短編集

田原摩耶

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キャラは作れるが青春は来ない。|無気力後輩×御曹司キャラわんこ受け

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 放課後、皆が帰ったあとの教室。

「勘解由君、聞いてくれ。見てくれ。この僕を見てなにが重大なことに気付かないかい?」
「……はあ」
「はあとはなんだはあとは、真剣に僕のことを見たのかい? ほら、いつもと違わないと思わないかな?」

 言いながら、朝生先輩は明るい色の毛先をぴんと指で伸ばす。どうだい?と目を大きくしてこちらを覗き込んでくるが、なにがどういつもと違うのか俺には見当が付かない。
 ので。

「……今日も可愛いっすね」

 そう顔を近づければ、朝生先輩はぎょっとした顔をする。

「ち、違う! いや違わないのだが、今はそういうことを言ってるんじゃないんだ!」
「髪切りました?」
「そ、そう! そっちだそっち! ……全く、君は普段はぼんやりとしてるくせに急に歯の浮くようなことを言い出すのはやめてくれないか」

「心臓に悪いだろ」と、顔を赤くしながらも怒ってみせる朝生先輩。実にチョロい。

「別に思ったことを言ってるだけすけど」
「そ、そういうところだぞ! そもそも数日前からなんなんだ、僕が君にその……なにかしたかい? もしかしてこの前君が食べようとしてたおやつを食べたことを根に持ってるのか?」
「まあそれもありますけど」
「あ、あるのか……?!」
「……」

 朝生先輩――本名朝生優雅。
 名前は体を表すとはいうが、この人の場合は名前に引っ張られてるような気がする。
 実家はやや小金持ち程度のくせにまるでどこぞの御曹司キャラのように振る舞い、演技かかったその言動は最早浮くレベルを通り越して周りからは『そういう生き物』だというように認知された。去年俺が高校に入ったときは既に出来上がっていたというわけだ。

「朝生先輩」
「どうしたんだ、やぶから棒に」
「先輩こそなんでわざわざ俺に会いにくるんですか?」

 純粋な疑問を問い掛けた瞬間、確かに朝生先輩の動きは固まった。大きな犬っぽい目を丸くし、ぱちぱちと瞬きをする。……すげえ睫毛の長さ。

「き、君が……そうするからだけど……?」

 そして一拍。
 朝生先輩はなんとなく不本意そうな顔をして、そしてぼそりと呟くのだ。
 みし、と音を立てて朝生先輩を構成するメンタルの金メッキに亀裂が走る。いやメッキって亀裂入んのか?しらね。けれど、後もうひと押しだというのは分かった。感触は確かにある。

「朝生先輩」と肩を掴んでみれば、掌の下でびくりと朝生先輩の体が震えるのが伝わってきた。

「っ、勘解由君、君……なにを……っ」
「今度は俺の『真似』、したくなったんですか?」
「……ッ! ち、違うよ、君はきっかけであって、僕は自分の意志で……っ!」

 あの先輩が珍しく狼狽えている。
 普段の余裕の笑みは欠片もなく、こっちを見つめたと思うと今度は視線を落とすのだ。

「……真似っこじゃ、ないよ」

 少し意地悪しすぎたかもしれない。がっくりと肩を落とし、落ち込む先輩。その目がうる、と滲み出すのを見て内心驚いた。

「先輩、すみません、言い過ぎました」
「き、君は……意地悪だ。僕のことをからかって、弄んで……!」
「だって先輩がいつも逃げるからでしょう」
「に、逃げてないだろ。こうしてちゃんと君にも会いに来たし……ッ」

 笑ったり、怒ったり、喜んだり、悲しんだり。コロコロと表情を変える先輩は美点だろう。けれどもだ、この人は素直でわかりやすいくせに自分の気持ちに恐ろしいほど鈍感なのだ。
 だから、我慢することができなかった。
 先輩の顎を掴む。柔らかく、ほんのり熱を持った頬の感触に指がとろけそうだった。
 驚いたときまんまるになる目は草食動物のそれだ。――無自覚にするものなのだから、堪らなくなる。 

「……俺が言ってるのは、こういうこと」

 血色のいいその唇が近付く。鼻先が掠めるほどの至近距離、先輩が瞬きすると同時に睫毛がぱちりと音を立てるのだ。

「っ、な、な……ッ」
「先輩、俺が好きなのは先輩であって――そのよくわからないキャラじゃないんですよ。わかってます?」
「……っ、き、君は……僕を怒らせたいのか? それとも、傷付けたいのか?」
「俺の知ってる朝生優雅に会いたい」
「――……ッ」
「この意味、わかりますよね。……優雅君」

 キスする寸でで止まり、代わりに顎の下を撫でれば強張っていた朝生優雅の顔がぐにゃりと歪む。釣り上がっていた眉はふにゃりと下がり、「君は」と朝生先輩――優雅君はとうとうぐしゃぐしゃな顔で泣き出してしまった。

「き、君は……っ、鬼だ、ぼ、僕だって……僕は、頑張ってここまできたのに……!」
「まあ、見事なロープレだとは思いますけど……」
「というか、気付いていたならなんで言わない?!」
「頑張ってるなあと思って。……あと、流石に二人きりになればやめてくれるかと思ったんですけど、あんたの演技力には脱帽っす」
「……ッ」

 泣き虫で、ふにゃふにゃで、毎日のようにクソガキたちに虐められていた優雅君。俺の記憶では小学校まではふにゃふにゃだったが、優雅君が先に卒業してからというものの疎遠になった。
 風の噂で優雅君がおかしくなったというのは聞いていたが、中学は別々で、時たまに駅であったときはまだふにゃふにゃの優雅君だった。
 それなのに、追いかけて今度こそ同じ高校に通うことを決めた先にいたのは電波御曹司(偽)だ。

「だ、だって君は……金髪高飛車お嬢様キャラばかりを好きになっていたじゃないか……」
「だからそのよくわかんないキャラを三年間続けてきたんですか?」
「六年間だ! 小学生のとき、君の中での好意ランキングによりによってぽっと出の架空のキャラに負けてしまったとき……僕は一週間泣き続けたよ、僕たちが過ごしてきた時間はなんだったんだって……」
「……あー」

 確かに言った気がするが、覚えてない。
 俺も俺であのときは擦れていたのだ、人間には興味ねえというキャラでいくつもりだった。

「けど、まるで初対面のように振る舞われてこっちもショック受けたんだからおあいこっすよ」
「え、き、君……君だって『初めまして』って真顔で言ってたじゃないか! 僕はあれで三週間は枕を濡らしたんだからね!」
「だったらなんで試すようなこと言ったんですか」
「う……っそれは、だって、君に……君には、気付いてほしかったから……」

 です、と唇を尖らせる朝生先輩。
 ああもう、本当にこの人は……。

「メン雑魚のくせに駆け引きしようとしてんなよ」
「め……っ?!」
「俺が初対面のフリしてあんたを可愛いとか言って、それで先輩は嬉しいわけ?」

 問い詰めれば、ようやく泣き止んでいた瞳に再びじわりと涙が滲んだ。そしてふるふると小首を振るのだ。女児か。あざとすぎて腹立ってきた。

「だ、だって……勘解由君の好みに近付かないと、勘解由君見てくれないと思って……」
「そんなの、思春期の照れ隠しに決まってるでしょ。……いっときますけど、俺はあんたの泣き顔で抜けますから」
「な゛、に……っ、おい! それは最低だぞ君……ッ!」
「あーそうですよ、言っときますけど俺今からもっと最低なことするんで覚悟してくださいね」

「へ」と開いた口に自分の唇を重ねる。見た目通りの柔らかさ。流石に舌を入れると暴れだしそうだったので、唇が触れたところでブレーキを無理矢理掛けた。本当に俺の理性は偉い。
 タコのように真っ赤になった先輩を抱き締める。平均男子よりも華奢で、筋肉とは無縁の細っこさ。

「俺は優雅君が好きです。……さっきは意地悪言いましたけど、あんたが頑張ってロープレしてんのを見るのもわりと好きです」
「……ッ、君は……本当に、余計な一言が……」
「返事は?」
「……好きじゃなかったら、こんなことしないよ……っ!」

 胸に飛び込んでくる優雅君を受け止め、俺は笑った。人間というのは幸せだと自然に笑えるらしいが、どうやらそれは間違いではないようだ。
 遠くからさっさと帰れとチャイムが急かしてくるが、無視だ無視。俺は暫く今まで会えなかった優雅君との逢瀬を堪能することにした。

 END

「ところで勘解由君、君も昔と大分キャラ変わったんじゃないか?」
「あー……俺、中学の三年間で山賊と忍者と修行僧と将軍は一通りやったんで」
「き、君も人のことを大概言えないんじゃないか……?!」
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