人生の汚点様

田原摩耶

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 人に好かれて悪い気はしない。
 けれど、困るときの方が増えてきたというのが正直な話だった。



「明日真お前、先輩に呼び出されてたの大丈夫だった?」

 午後。教室へと戻ってきたとき、真っ先に出迎えてくれたのは友人の香春かわらだった。
 心配するような口調とは裏腹に、その顔にニヤけが浮かんでるのを見て『こいつ』と直感した。

「あー……まあな」
「んだよ明日真、歯切れ悪いな」
「……てかお前、また盗み見てたろ」

 指摘すれば、香春は目を丸くした。
 そして、「え、気付いてたのかよ」と驚いた顔をしていた。素直にも程がある。

「カマ掛けたんだよ、馬鹿」
「俺らは心配してたんだって、明日真がモテすぎるからシメられるんじゃねえかってさ」

 ら……ってことは、他にもいたのか。と思えば、近くにいた他の友人が『そうそう』と同調するのを見て頭が痛くなった。

「余計なお世話だよ。……ってか、相手にも失礼だからやめろよ、覗きは」
「わかったわかった、悪かったって。……で、どうすんの?」
「どうすんのって」
「あれ、思いっきり告白だったじゃん。やっぱ時津レベルになると男にもモテんのすげーよな」
「…………」

 そう、そこが俺の悩みでもあった。
 今回俺に告白してきたのは三年の男の先輩だった。何度か話したことはあったくらいだったし、知り合いの知り合いくらいの距離感の男。
 ただでさえ、女の子相手にも振るのはわりと体力を使うのだが、今回の相手はなかなかしぶとかった。

「試しに付き合ってみたらいいじゃん、男同士ってどんな感じになるか気になるわ~」
「香春、お前そんなんだから女子に嫌われるんだぞ」
「な、そうなの?!」
「……とにかく、あんま言いふらすなよ」
「はぁーい」

 本当か?こいつ。訝しんだが、香春は気が多い男だ。放課後になる前にとっくに忘れてるだろう。
 俺は自分の席に着き、授業の準備に取り掛かった。

 人から好かれるのには悪い気はしないが、人から向けられる好意が全て善の感情から来るわけではないと知っている。
 俺のこともよく知らないで、『俺と付き合えば友達に自慢できる』みたいなマウントの材料にされてたと知ったとき、反吐が出そうになった。

 それに、恋人など作ろうと言う気にもなれない。
 友達だってそうだ。香春や他の友人たちはまだいい、あくまでも上っ面だけで浅い繋がりだけでいい。
 好きになって、信じたところで、裏切られたときの反動が大きくなるだけだ。
 それなら最初から踏み込まない関係ぐらいが俺には丁度いいのだ。



 教師が教室に入ってきて、授業が始まる。クーラーの効いた教室の中、やけに天気が悪くなった空を眺める。
 じっとりと肌にまとわりつくような嫌な暑さ。雨が降る直前のあの特有の空気の匂いが俺は嫌いだった。
 余計なことまで考えてしまいそうになるからだ。

「……」

 授業を聞きながら校門を眺めてると、校門の方に見覚えのある姿を見つけた。
 遠目に見ただけでも分かりやすい、アッシュパープルの目立つショートウルフ。またあいつ、髪型変わったな。なんて思いながら、あいつのところへと駆け寄っていく生活指導の教師の姿を見て『馬鹿なやつ』と口の中で呟いた。
 せめて学校に顔出しに来るときは大人しくすりゃいいのに。
 俺は窓から目を逸し、ノートに目を向ける。
 カリカリとノートの上をシャーペンが走る音を聞きながら、俺はこの退屈な時間を過ごすことに集中した。


 俺の嫌いなやつの話をしよう。

 幸永大聖ゆきながたいせいは小・中・高と同じ学校に通っていた。
 小学校の入学式の日、初めて話しかけた相手が大聖だった。「昼飯、何時に食えるんだろう」とか、そんなアホみたいなことを言った記憶がある。
 それをきっかけに、俺と大聖は仲良くなった。授業受けてるとき以外はずっと二人でいるくらいにだ。
 お互いに別々の友達もいたが、それでも中でも特に一緒にいたせいか当たり前のように二人でセット扱いされることもあった。

 そんな関係は中学二年生の夏まで続いた。
 今となっては同じ学校に通ってるものの、もう暫くあいつの顔は見ていない――はずだったが、今しがたそれは解消された。
 あんな派手な頭をしてるやつなんて一人しかいない。目立ちたがり屋で協調性のない典型的な社会不適合者。
 ――それが、今のあいつだ。

明日真あすま、帰りどっか寄って行かねー?」
「あ、わり。今日家の用事あんだよな」
「用事ってなんだよ」
「弟の迎え。親が仕事でさ」
「うわ、真面目かよ」
「そうだよ。悪いな、また別の日付き合うから」
「頼むぞ、お前いねーと女子こねえから」
「馬鹿、人をなんだと思ってんだよ」

 軽口を言い合いながらも、クラスメートの友人たちと別れを告げて俺は駆け足で教室を出ていく。

 校舎を出て駐輪場へと向かった。話しかけてくる下級生に適当に挨拶返しつつ、俺は停めていたチャリの元へと向かった。
 そして、立ち止まる。

 人のチャリの上、丁度いいベンチかなにかのように腰をかけたアイツは「遅かったな」と笑った。アッシュパープルの髪。そして、顔中にぶら下がるピアス。

「――退けよ、大聖」
「んだよ、お前を待ってたんだよこっちは。『遅れてすみません』くらい言ったらどうだ?」
「俺はお前と約束したつもりはない、退け」
「そんなに毛嫌いしなくていいだろ、久し振りに会えた親友に対して」

 ポケットに手を突っ込んだまま立ち上がる大聖。ひょろりとした体躯だが、しゃんと背筋を伸ばせば俺よりもでかい。
 夏服姿の生徒たちに混じって一人だけ派手な私服姿の大聖は周りに溶け込む気すらも見せない。そのくせ暑さなんて関係ないみたいな真っ白な顔してるせいか、それも相まって浮いているのだ。何もかもから。

「誰が親友だ」
「まあいいや、丁度ガッコに用事あったんだけどさぁ、この後俺んち使えねえから明日真、お前の家行っていい?」
「はあ? やだよ、女のところ行けばいいだろ」
「面倒なんだよ、勘違いされるとやだし。けどお前は“今更”だろ」
「ふざけ――」

「おい、幸永ゆきなが! なんだその頭は!」

 言いかけた矢先だ、今度は学年主任が飛んできた。「うぜ」と吐き捨て、そのまま俺の腕を掴んだ大聖は勝手に人をチャリに乗せる。

「おいっ、大聖……っ!」
「ほら、さっさとチャリ出せよ」

 ああクソ、なんだこいつ。面倒なことに俺を巻き込むなとか言いたいことはあったが、もう全部飛んでいった。クソ大聖、と口の中で吐き捨てながら、俺は重たい荷物を乗せたまま自転車を出すこととなる。
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