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同床異夢
どうしょういむ【最終話】
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…………。
水底に沈んだ体が浮上するような感覚とともに、意識が戻ってくる。
目を覚ましたらちゃんと俺は新幹線に乗っていて、隣にはサダが座ってて、そして目的地まであと一駅――だったら、どれほど良かっただろうか。
けれど目を覚ましたときまず目に入ったのは見覚えのない天井だった。そして。
「ようやく起きたか、美甘」
「っ……?! さ、んと、なんで……っ」
視界の中、こちらを覗き込んでくる栄都に驚いて飛び起きようとした矢先。腹部に鈍い痛みが走る。そこで、俺はこいつに殴られたことを思い出した。
見覚えのある部屋の中、ベッドの上に俺は寝かされていた。
――何故、俺は栄都の部屋にいるのか。
そのことよりも、部屋の片隅に置かれた荷物の山に俺はサダのことを思い出す。
「お、お前……サダは、どうした?! あいつになにかしたらただじゃ……っ」
「おいおい、何かされたのはこっちだってのに、酷い言いがかりじゃねえか」
どういう意味だ、と栄都を見上げたとき。やつは笑いながら前髪を掻き上げる。
前髪の生え際、額に数センチほどの縫合傷が浮かんでるのを見て息を飲んだ。知ってる限り、栄都の額に傷などなかったはずだ。
「その傷、なに……」
「お前の彼氏、凶暴すぎんな。……もっと相手選んだ方がいいぞ」
その言葉がどういう意味なのか、考えたくもなかった。
「サダがそんなことするわけない」
「お前、また騙されんのか」
「ちが、うそだ……っ」
「……美甘」
サダは優しくて真面目で、真っ直ぐで……。
栄都に縫わせるほどの怪我を負わせるようなやつではない。そう言い返そうとしたとき、伸びてきた手に胸ぐらを掴まれる。そのまま強引に唇を塞がれ、黙らされるのだ。
「ん、っ、う……っ!」
頭に血が登るのが分かった。
このままではまたこいつの思い通りになる。そう察した俺は、力を振り絞り栄都の胸を押し返した。
「そんなに、俺たちのこと邪魔したいのかよ……っ、そんなに俺のことが嫌いなのかよ……っ」
「は、……っ、ああ、そうだな。お前のその面、チンポがイライラすんだわ」
「っ、な、んむ……っ!」
ふざけんな、と言い返す暇もなく再びキスをされる。今度は後頭部をがっちりと掴まれたお陰で、ちょっとやそっとの力では引き剥がすこともできなかった。
無理矢理奪うようなキスに息が苦しくなり、やめろ、と栄都の胸板を叩く。が、俺のパンチなど鍛えられた栄都の体には少しも響いていない。
「さ、んと……っ、ん、ぅ……っ」
ぬるりと這わされる舌先。唇を割って口内に侵入しようとしてくるそれに歯を立てれば、がりっと鈍い音とともにじんわりと鉄臭い味が広がっていく。顔を顰め、それでも尚強引に舌を絡め取る栄都。あまりにもしつこく、乱暴なキスから俺はとうとう逃れることはできなかった。
血ごと飲まされ、唇を塗りたくるように舌を這わされる。鉄臭くて、吐き気がする。それなのに舌同士を擦り合わせ、喉奥深くまで絡められると脳の奥が麻痺していくのがわかった。
力が抜け、指先が震える。突き飛ばすつもりがいつの間にかにしがみつくような体勢になっていることに気付いたとき、ゆっくりと栄都は俺から舌を抜いたのだ。
ぷはっと息を吸い込み、俺は何度も唇を拭う。それから栄都を睨んだ。
「っ、栄都の嘘吐き……っ、」
「俺はお前に嘘吐いたことはねえよ」
「なんで、今更そんなこと……っ」
「言ったろ、お前を逃さねえって」
「そ、んなの……っぉ、俺じゃなくて、いいだろ……っ、ぉ、お前は……っ、もっと他にも……っ」
「あーそうだな、お前の代わりなんていくらでもいるよ」
「っそんなに俺のことが嫌いなら、も、放っておいてくれよ……っ」
馬鹿栄都、と声をあげようとしたとき。今度は触れるだけのキスをされる。そのまま口にぷ、の息を吹き込まれ、固まる俺に「ちゃんと息しろ、お前」と栄都は呟くのだ。
その言葉に、至近距離から見つめてくる栄都に、俺は自分が喋るのに夢中になって息継ぎを忘れていたことに気付く。指摘され、俺は深呼吸をした。
お前が変なことするから酸素が足りなくなってるというのに、ムカつくのに言い返せなくて、それよりも自覚すればするほど苦しくなる。激しくなる動悸を落ち着かせるよう目を瞑れば、そのまま栄都に抱き寄せられた。ぽんぽん、と一定の間隔でゆっくりと叩かれる背中。その感覚が心拍音に似ていて、それを意識すると次第に緊張が解れていくのがわかった。
俺が癇癪起こして大泣きしては酸欠気味になったとき、その度に燕斗はこうやって俺をあやしてくれた。燕斗にあやされてる俺を見てはこいつは馬鹿にして笑って、一度たりともこんなことしなかったくせに……。
「サダはやめとけ」
落ちてくる栄都の声に、俺は栄都を睨んだ。
「な、に、言って……ぉ、お前が、言うな……っ」
「ああ、そりゃ確かにな」
そのくせ、他人事のように笑う栄都。濡れた唇を撫で、そのまま弄ぶように柔らかく揉む。
「別にお前が誰と付き合おうがいいけど、お前がビービー泣かされてんのはムカつくから」
「泣かしてんのはお前だろ……っ!」
「俺以外のやつにだよ」
「……っ、無茶苦茶だ、お前」
「それ、燕斗のやつにも言われた」
「……っ、……」
なんで、ここであいつの名前を出すんだよ、なんて。俺と栄都の間で口にしない方がおかしいって分かってても、何も言えなくなる。
「サダと別れさせたいから、こんなことしたのか?」
「だったらなにか悪いのかよ」
「……っ、……悪いだろ」
「なにが」
「俺のこと、嫌いだって言ったくせに」
「ああ、言ったな」
じゃあ、放っておけよ。
そういったところで全ては堂々巡りになる。こいつの答えはそこにないからだ。
「お前は……俺がお前の玩具になれば、それで満足なのか?」
栄都が俺に固執する理由は、とどのつまり都合のいい玩具が惜しいだけなのだ。――ずっと、そう思っていた。
唇にねじ込まれる指に歯を立てれば、栄都は僅かに目を細める。そして、「足んねえ」と俺の唇を摘んだ。そのまま唇に這わされる熱い舌に腰がぴくりと反応する。
「……サダに手を出さないでくれ」
「言ったろ、先に手を出したのはあいつだ」
「……じゃあ、頼むからもうこれ以上はあいつを放っといてくれ」
サダは良いやつなのだ。それは間違いない。
あいつに暴力を振るうような真似をさせたのは、間違いなく俺たちなのだ。
「……栄都、お願いだから」
燕斗と同じことを繰り返したくない。
あいつを追い詰めるような真似をしたくない。
そう栄都の胸にしがみつけば、栄都は「ふはっ」と声を上げて笑った。
「まるで俺が悪役みてぇな言い分だな、美甘」
「……分かってるよ。……悪いのは俺なんだろ、栄都」
「――なんだ、やっと自覚したのか」
散々突き付けられたからな、なんて言い返す気力もなかった。
深く口付けられる唇を受け入れたまま、俺は栄都から手を離した。
――今更まともに恋愛できると思うなよ。
今になってお前の言葉を思い出したよ、栄都。
けど、それはお前も同じなんじゃないのか。
傷付けないために別のものを傷付ける方法しか思いつかない。俺もお前もあいつも、全てを掛け違えてきたのだ。
同じ穴の狢同士がお似合いだと言われようが、俺は約束したのだ。……あいつに捨てられるまで、あいつと一緒にいるのだと。
「……っ、美甘、悪い、俺……っ!」
「いや、……いいんだ。終業式疲れてたんだろ? 予定はズレたけどさ、ほら、ちゃんとホテルに連絡できたんだし……」
二泊三日の旅行は潰れた。旅行もなくなった。
悔いが全くないと言えば嘘になる。けれど、サダと連絡が取れたことの方がずっとほっとした。
栄都のやつのことだからまさか本気で殴ったのかと思いきや、どうやらただスタンガンで眠らせただけらしい。それもそれだと思うが、もし本当に手を出していたのならきっともっと大事になっていたはずだ。
幸いサダは誰に襲われたか気付いてないらしい。もしかしたら勘付いてるかもしれないが、この際はどちらでもよかった。
「美甘……」
「それより、代わりに出かける先思いついたか? 俺はサダと一緒だったらどこでもいいけど……」
「……俺も、美甘と一緒だったらどこでもいいよ」
そう少しだけ恥ずかしそうにして笑うサダに釣られて頬が緩む。
サダが不安にならないように振る舞えばいいのだ。俺以外に気を取らずに済むように、――あいつの影を匂わせないように。
自分にそんな器用な真似ができるのかと思う。失敗したら終わりだと。けれど、何も知らないままでいるくらいならずっとマシだ。
「美甘、……本当に怒ってないのか?」
「ん、……怒ってない。そりゃ残念だけど」
「……そう、だよな。本当に悪かった」
「けど……サダがやっぱ嫌になったからとかじゃなくて、よかった」
「当たり前だろ、そんなの……っ」
「さ、サダ……声おっきい……」
「ご、ごめん……つい」
しゅんと項垂れるサダの手を取り、俺はそのままそっとその指に自分の指を絡めた。瞬間、見えないはずの大きな尻尾が大きく揺れた――ような気がした。
「……なんてな、本当に俺はサダと一緒にいたら十分なんだ」
「美甘……俺もだよ」
握り返される手。暖かくてほっとするはずなのに、なんでこんなにも無機質に感じてしまうのだろうか。
求めていたはずの笑顔も、言葉も、全てが膜を一枚隔てたように聞こえてしまう。
燕斗、お前もずっとこんな気持ちで俺と接していたのか。なあ。……燕斗。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、笑顔を浮かべた。何も知らなかった頃の俺は、どんな顔をしてサダの横で笑ってたのだろうか。
今ではもう、思い出すことも難しい。重ねられる唇を受け入れながら、俺はポケットの中で震える栄都からの呼び出しに気付かないフリをした。
【END】
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完結おめでとうございます!
田原さんの書く作品どれもほんとに大好きで、どうしょういむも最後までとても楽しかったです。
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