どうしょういむ

田原摩耶

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同床異夢

お話をしよう

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 ただ体力を消耗し、汗で汚れただけだった。気持ち悪さだけが残った気怠い体をなんとか動かし、俺はシャワーでも浴びようかと一階へと降りていく。
 今度はサダのいるリビングには寄らず、そのまま真っ直ぐ、なるべく静かに脱衣室へと向かったとき。

 ガチャリとリビングの扉が開いた。

「……あ」
「美甘……」

 なんというタイミングだろうか。リビングから現れたサダに、思わず立ち止まる。
 精液で汚れた手もティッシュで拭ったものの、自分の全身が精子臭くないかがただ気がかりだった。

「あ、あのさ、美甘……さっきのことだけど」
「さっきの? ……あー」
「うん、あれ。……その、俺は本当にお前のことが嫌だってわけじゃなくて……」

 もしかして、それを言いたくて俺が降りてくるタイミングを待ってたのか。
 口をもごつかせるサダに、「分かってるよ」と頷いた。

「……分かってるし、お前が気遣ってくれてんのも知ってる。……それに、あれは俺がどうかしてただけだし」
「美甘……」
「悪かった、変なこと言って。……気にしないでくれ、本当に」

 お前が気にするようなことじゃないんだ、と念押しする。サダは何か言いたさそうな顔をするが、それを口に出される前に俺は「風呂に入ってくる」とだけ言い残してその場から逃げ出した。

 ……変に思われただろうか。
 脱衣室に足を踏み入れ、扉を閉める。すん、と自分の体を嗅いでイカ臭くないか確認したが、どうも自分では分からなかった。

 けれど、サダは後を追ってこなかった。
 サダのことだ、分かってくれるだろう。けれど、なんとなくサダの顔が網膜にこびりついて離れなかった。
 ――なんだか、突き放されたような顔をした顔。

 俺はサダが好きだ。
 別に、気持ちよくなりたいというだけでサダと付き合うことを決めたわけではないし、あいつらと会う前はオナニーで事足りてたのだ。
 多少の欲求不満、自分でなんとかできる。
 そう自分に言い聞かせながら、俺は汗で濡れて冷たくなった衣類を脱ぎ、浴室へと足を向かわせた。


 ◆ ◆ ◆


 風呂場で汗を流し、服も着替えたら大分頭もすっきりしてきた。
 とは言えど自慰のせいで疲労感も拭えない。なんだか今すぐにでもベッドに飛び込みたい気分だった。

 ……サダに「おやすみ」とだけでも伝えておこう。
 さっきオナニー後ということもあって変な感じの別れ方になってしまったしな。

 そう、タオルを被ったままリビングへと向かおうとしたときだった。ピンポーンと無機質なインターホンが家中に鳴り響く。
 そして、ガチャガチャと乱暴にドアノブが捻られる。ピンポンピンポンピンポーンと近所迷惑なほどのインターホンに、すぐさまリビングからサダが顔を出した。

「美甘……っ?!」
「ぁ、さ、サダ……」
「奥に行ってろ、美甘。……あいつだ」

 慈光弟がきた、とサダは呟いた。
 あいつらは合鍵を持ってるがドアチェーンはついてる。というかそもそも合鍵あるくせにピンポン連打とは。

 文句の一つでも言ってやりたかったが、サダは俺と宋都を合わせることも嫌らしい。インターホンが止んだと思えば、今度は鍵が差し込まれる音が聞こえた。
 ――扉が開かれそうになる。「美甘」とサダは俺の腕を引っ張り、そして咄嗟にリビングへと俺を押し込んだ。

「隠れておけ。何があってもお前は出てくるなよ」

 なんだそのフラグみたいな恐ろしいセリフは。やめてくれ。
 まるで死地にでも向かうようなサダの言葉に不安になったが、俺の言葉を待つよりも先にサダは扉を閉めてしまった。そして、すぐに玄関の扉が開く気配がした。

 扉の向こうのやり取りは気になったが、サダの言うことを聞かなければ。そんな思考に囚われた俺は、逃げ出すように、尚かつなるべく静かにリビングの奥へと行く。玄関でサダが宋都を引き止めてくれるだろうが、一応言われたとおりリビングの奥にあるキッチンまでやってきた。普段は母親が立ってるそこに、俺は身を縮こませて膝を抱きかかえる。

「……サダ……」

 ……本当にこのままでいいのだろうか。
 いや、サダを信じると決めたのだ。けれど。
 胸の奥がざわつく。玄関の方で何やら揉めるような声と物音がして、体がびくりと硬直した。
 ……サダはすぐ警察呼ぶって言ってたし、大丈夫だよな?
 流石にあいつだって馬鹿じゃない。サダに乱暴なことはしないはずだ。……そうだよな。

「……っ、……」

 ガタガタと物音が聞こえる度に腰を浮かせ、様子を見に行きたかった。本当にこのままでいいのか。
 何度目かの自問を繰り返したときだった。

 ――正直に言おう。俺は玄関の様子が気になって、気がそぞろになっていた。
 だから、リビングにある裏口の扉が開いたことに気付くのに遅れた。吹き込む冷たい風に、どこかの窓が空いてるのかとぶるりと背中を震わせた。そして振り返ったその先、ぼうっと暗がりの中に立つ人影を見た瞬間血の気が引いた。

「――え」

 見間違いかと思った。見間違いだったら良かった。
 けど、俺がこいつを見間違えるわけがなかった。いくら真っ暗な部屋の中だろうが、こいつを。

「……やっぱり、夜は冷えるようだな」
「んと」
「特に風呂上がりは湯冷めをする。……しっかり髪を乾かすようにっていつも言ってるだろ、美甘」

 普段と変わらぬ笑顔で、普段と変わらぬ声色で、燕斗は静かに口にした。
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