どうしょういむ

田原摩耶

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近いようで遠い関係性、幼馴染。六日目。

さよなら、幼馴染。

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 久しぶりに実家へと帰ってきたというのに、安心するどころか緊張してしまうのは隣にサダがいるからだろう。

「ここが、美甘んちか」
「さ、サダんちみたいに片付いてないし、汚いけど……」
「そんなことないだろ。いいところじゃないか、生活感あるし……なんか、美甘がここで育ったって聞いたら納得できるよ」
「……それ、褒めてるのか?」
「褒めてるよ」

 家先、ウェルカムボードを掲げた謎の生き物の置物を一瞥し、俺は玄関の扉を開く。当たり前だが、暫く無人だった家の中は寒い。外よりましだとはいえど。
 ぶるりと震えながら玄関扉を開いた俺は、サダを振り返る。目があって、サダは「……どうした?」と不思議そうな顔をした。

「……入らないのか?」
「ああ。流石に、そこまでお邪魔するのはな」
「……邪魔じゃないし。それに寒いだろ、そこに立ちっぱなしってのも」
「大丈夫だよ」

 なんで変なところで遠慮するのだ、とサダを見上げれば、サダは目を逸す。

「……それに、言っただろ。お前には一人でゆっくり休息するのが必要だって」
「サダ……」
「それに、あいつらがまた来たときのためにもな。俺はここで見張っておくよ」

 気を遣わせないようにしてるつもりだろうが、俺にとってはただ突き放されてるような寂しさしかない。
 さっき少しだけ話したとき、少しはギクシャク感も薄まったかもしれない、なんて思ってしまっていただけに余計。

「……わかった。けど、せめて玄関にいろよ。……風邪引くだろ」
「……美甘」
「……」

 俺と一緒にいるのが気まずいとしてもだ。
 そうじっと見上げれば、先に折れたのはサダだった。わかったよ、と小さく呟き、それからサダは俺に続いて玄関の扉を潜ったのだ。

 扉を閉め、しっかりと施錠する。一足先に家へと上がった俺は、玄関の側までサダ用の椅子をリビングから引っ張ってきた。

「ごめん、ありがとう」
「……ん。てか、別にリビングとか居ても全然いいからな。好きに寛いでくれ……なんて、俺が言えた立場じゃないけど」
「……美甘」
「……じゃあ俺、二階の部屋にいるから。……気が変わったら、声かけてくれ」

 サダは少しだけ返事に迷ったあと、「ああ」とだけ答えた。
 初めてあいつら以外の友達を家に連れて来られて、本当は二人で遊べるゲームとか色々やりたいことあったのに、今はそんな空気ではないというのは俺にでも分かる。

 部屋の暖房をつけたあと、俺はそのままサダと別れて二階の階段に登った。
 そして約一週間ぶりに帰ってきた自室の扉を開き、そのまま脇目も振らずにベッドへ飛び込む。

「……はあ~~、なんでこんなことになったんだよ……」

 初めての恋人が出来て、それから数日でこんなギクシャクするなんて。
 サダの普通が俺の普通ではなくて、それだけでこんなに気まずくなるのか。
 今まで燕斗や宋都と喧嘩することはあれど、いくらこっちが嫌だといっても毎日のように顔を合わせることになってたからギクシャクする暇もなかった。
 けれど、そんなあいつらとも――というか、燕斗とも変な感じになったし。

「…………俺が、悪いのか?」

 なんて考えだしたら、全身からキノコが生えてきそうなほど体が重くなる。動きたくない。このままいっそのことシーツと一体化してベッドの上で一日を過ごす塊になって生きたい。

「……サダ」

 薄々分かってた。てか、俺だって分かる。
 多分、俺とサダは決定的に価値観が違う。サダと恋人になれて浮かれていた俺でも気づく。このまま付き合っていたところで、多分この先もサダを傷つけてしまうんじゃないかって、そんなことを考えてはじんわりと目頭が熱くなる。
 別れるとか別れないだとかで泣くやつってなんなんだ、結婚もしてないくせに。と先々週くらいの俺は恋愛ドラマ横目に鼻で笑っていたが、今では俺がヒロイン気取りだ。ああ、なんだこれ。

 でも、サダと別れたくない。サダがルームシェアしようって言ってくれたのも嬉しかったし、高校卒業して社会人になったときのことを考えるとワクワクする。今までは灰色で薄ぼんやりと冴えない未来しか想像できなかったのに、そこにサダがいてくれると思うと楽しみで仕方なかったんだ。

「…………サダ、好きだぁ」

 なんで俺、枕に向かって告白してんだ。情けねえ。けど、多分サダは迷ってる。俺のことクソビッチって思ってるかもしれない。
 だったらどうしたらいい?
 そんなこと、分かってるはずだ。答えもとっくに出てる。けど、俺はその選択を選ぶことを今まで避けてきた。

 変化が怖かったし、あいつらがいなくなったときの未来が浮かばなかった。あいつらの方から自然と離れるのはまだいい、けれど自分から切り離すのとでは違う。

 ――完全にあいつらとの関係を断ち切り、サダを安心させる。

 それが、俺がサダに出来る最大の誠意の見せ方だろう。それを躊躇ってしまうのは、良くも悪くもあいつらは俺の体の一部のようになっていたからだ。

「……」

 けれど、と涙諸々でやや湿り気を帯びた枕を見詰める。

 ――幸か不幸か、タイミング的には悪くはなかった。
 多分、俺が十六年生きてきた中であいつらの心が最も離れたのが今なのだ。
 燕斗からも嫌われ、宋都は……まあ知らねえけど、多分俺のことなんか丁度良い位置にある叩けば音が出る玩具と思ってることだろう。

「…………よし」

 俺はベッドからもぞりと起き上がり、そしてそのままの勢いでベッドから飛び起きた。

「……あいつらと、縁を切ってやる」

 これは俺のためでもあり、……奇しくもあいつらのためでもあるのだ。
 ずっとずっと、あいつらの横にいて感じていた、腹の中で煮え滾らせていた劣等感諸々の負の感情を今こそ呼び起こす……しかない。
 そうでもしなければまた迷いそうになる。“あいつ”の顔を思い出して、記憶の中のほんの少し綺麗なところだけを切り抜いていい感じの思い出補正でまた絆されてしまう。
 ――そうなる前に、俺は決心しなければならなかった。
 宋都ではないが、俺も、いい加減気づいてしまった。そこまでしなければならないほど、あいつらを切り捨てることを出来ない自分に。
 なんなら、今でもまだしこりのようなものは胸の奥にしっかりと残ってた。

 大嫌いではある。大嫌いだし最悪なやつらだけれど、少なからず幼い頃の俺にとっては家族のように育ってきた間柄だった。その思い出も記憶も、嘘ではない。

「……」

 机の鍵つきの引き出しを開く。黒歴史の日記帳が無造作に放り込まれたその奥、一枚の裸の写真を取り出した。
 小学校の入学式の日、二人の間に挟まれて縮み込んでる自分の写真だ。ピカピカのランドセルを背負ってたところ、転んで少し傷が入ってしまったショックで朝から俺は泣いていたのだ。
 そんな俺を迎えに来た燕斗と宋都にそのまま引っ張られ、並んで小学校へと向かった。そんな俺達の後ろから慈光家ファミリーとうちの親が話してたのを今でも覚えてる。
 あのときも、こんな気持ちだった。大好きだった保育園の先生と離れて小学校に入学するという不安で毎晩枕を濡らしていたけど、あいつらも同じ小学校に通うって聞いてそれだけが楽しみだったのだ。
 ……大分酷い目には遭わされてきたが、当時の俺と遊んでくれるやつなんてあいつらしかいなかったから。

『美甘』

 そんなとき、ふと頭の中に記憶が過る。小学校の入学式が終わって、写真を撮り終えたあと。ぐすぐすと鼻を啜る俺の涙をハンカチで拭いながら燕斗は『干からびるよ』と笑った。

『まだランドセルのこと、気にしてるの?』
『気にしてない……』
『じゃあなんで泣いてるんだ?』
『……嫌だから……』
『嫌?』
『お、大人になりたくない。ずっと、燕斗たちと一緒がいい……』
『なんだ、入学したばかりでもう卒業のこと考えてるの?』

 問いかけられ、当時ガキ真っ盛りの俺はぐす、と頷き返す。そんな俺を見て、燕斗は微笑むのだ。そして、額をこつりとぶつけてくる。

『ぅ、燕斗……』
『大丈夫だよ。美甘、大人になっても、俺達ずっと一緒だ』
『う、うそだ』
『うそじゃないよ』
『だって、大人になったら、サラリーマンになって、結婚して、家族できるって……お父さんいってた』
『それは……人それぞれなんじゃないかな』
『人それぞれ……?』
『うん、そうだよ。人それぞれ。……美甘次第ってこと』
『燕斗、難しい言葉ばっかり使う……』
『俺と美甘でも家族になれるよってこと』
『じゃあ、みかも、宋都のお兄ちゃんになる?』
『なれるよ、美甘がそう思い続けてたら』

 昔から燕斗は大人びてた。俺の知らないこともたくさん知ってたし、間違えて『お母さん』と呼んだことも何度もあった。それでも燕斗は嫌な顔せず、寧ろ嬉しそうに笑っていた。

『……燕斗は?』
『ん?』
『燕斗は、サラリーマンになっても、大人になって、家族ができても、僕と仲良くしてくれる?』
『美甘がそう願うなら』
『それ、ずるい。燕斗、ちゃんと言ってよ。僕ちゃんと言ったのに……』
『じゃあ、大人になっても気持ちが変わってなかったら』
『気持ち? 変わらないよ、なんでそんなこというの?』
『美甘はすぐ嫌なことあると逃げ出すからね、念の為だよ』
『……燕斗の馬鹿、意地悪』
『意地悪じゃないよ。俺も、振られたら傷付くから。……保険だよ』
『ほけん……?』
『俺は美甘のことずっと好きだよってこと。何があっても、美甘の味方だ。……だから、寂しくなったり悲しくなったら俺のこと思い出してくれ、ってことだよ』

 あらあら、と微笑ましい顔して俺達を見守ってた保護者たち。当時の俺のちっちゃな脳味噌のキャパなんてとっくに越えてて、ただ燕斗の手に頭を撫でられるのが気持ちいいことは覚えてた。
 それから、その言葉に確かに安堵したのも。

『う、うぅ……ながい、難しい……っ燕斗、もう一回言って……?』
『もう言わないよ』
『なんでえ……』
『次は、美甘の方から言ってくれたときにね』

 ……十年くらい前の記憶なのに、なぜ今になって思い出すのか。写真を見つめたまま、俺はそれを伏せて引き出しの奥へと戻した。

 いつでもずっと、俺のことが好き。
 愛も恋も知らぬ子供の戯言だと思ってた。それでも、燕斗が本気なのだとしたら。……いや、惑うな。俺は心に決めたはずだ。

「…………」

 子供の頃、本気で慈光家の兄弟になれると思ってた自分がいた。燕斗の弟になりたかった自分もいた。それを全て自分で捨てる。
 心身影響受けるほど俺のことが好きだという男を、切り捨てる。

 燕斗だってとっくに気付いてるはずだ。俺と自分は、家族にはなれないのだと。

「………………」

 引き出しを閉め、鍵を掛ける。
 過去に縋りついたところで、俺にとっても燕斗にとっても良くないのだ。あいつのためでもある、なんて保険を掛けて俺は自分を正当化させる。
 初めて自分の意思で欲しいと思った未来のため、俺はあいつらとの縁を切るという選択肢を選んだ。
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