どうしょういむ

田原摩耶

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近いようで遠い関係性、幼馴染。六日目。

02

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 暫くその場にむず痒い、じれったい空気が流れた。そして、沈黙を破ったのはサダだった。

「なあ、美甘。……俺んち来いよ」
「え? サダの家に?」
「ああ。……ごめん。やっぱ、あいつらのところ帰らせたくない。無理だ」

 黙ってた間、ずっと名残惜しそうに俺の手を握ったまま離さなかったサダだったが、より一層強くその手を握り締められる。
 サダ、やっぱりそのことを考えてたのか。
 俺だって別に好き好んであいつらと一緒にいるわけではない、――はずなのに、サダからの申し出に対して『本当にそれでいいのか?』ともう一人の自分が問いかけてくる。

「お前が心配してたのは、あいつらが俺になんかまたしてきたらってことだろ? ……あんなこと言ったあとだ、もう一緒だろ」

「それに、俺が大人しくしてたところで変わらないだろ」開き直るサダ。確かにあれでは宋都に喧嘩売ってるようなものだったし、実際宋都も楽しそうだった。退屈が嫌いな宋都はどうせろくなことは考えてないだろう。
 けれど、とやはりどうしても頭の片隅になにかが引っかかるのだ。扉を閉じた部屋の奥、一人ぼっちでいるあいつのことが。

「……美甘?」
「あ、ああ……その、サダにそういう風に言ってもらえるのは嬉しいんだけど……やっぱり俺、帰るよ」
「……なんでだよ。また酷い目に遭わされるだろ、もしかしたら俺のせいで余計に――」

 多分これは価値観の問題だ。俺とサダで、『俺』に対する価値観が違う。俺はサダが思うほど大切にされるようなものでもないし、雑に扱われるのはもちろん嫌だが、正直今となっては何もかもが今更なのだ。

「サダ、」
「悪いけど、今回は俺のワガママ通させてくれ」
「え、ちょ、さ、サダ……っ」
「お前の言いたいことも、どうしたら穏便に済むかってのもわかるよ。けど、ソレって要するに、お前があいつらに乱暴されてるのを黙って見てろってことだろ?」
「……っ、そ、それは……」
「そんなことするくらいなら、家に来られた方がマシだ」

 サダの目が据わってるの見て、俺は言葉が出なかった。

「……とにかく、悪いけど無理矢理にでも連れて帰るからな。……明日も俺の家から通えばいい。明後日には送り迎えもするし、あいつらがもしなんかしてくるようだったら警察に通報する」
「さ、サダ、そこまでは……」
「やりすぎなわけないだろ」

 すっと、サダの目が細められる。
 俺の手を握るサダの指に力が入り、思わず固まった。

「……美甘、お前はあいつらと長く居すぎて麻痺してるんだよ。――普通に考えて、お前らの関係は異常だよ」

 そして、サダの口から放たれた一言は鋭利な刃物となって突き刺さるのだった。

 世の中にはストックホルム症候群なるものがある。かくいう俺もそれなりの年頃のときにかっこいい単語ということで意味くらいは知ってたし、わかってた。
 サダ曰く、俺とあいつらの関係は友情でもなんでもなくストックホルム症候群ではないかとも言われた。
 しかし待ってほしい、別に俺はあいつらに好意を抱いてるわけでも望んで好き勝手させてるわけでは……無い、はずなのだ。

「じゃあ、今後一生あいつらと関わるなって言ったら頷けるか?」

 サダに突然問いかけられ、俺は口籠る。
 俺の気持ちとしてはそっちのがいいけど、どうせまたこの先どこかで顔を合わせたらあいつらは絡んでくるだろう、という諦めに近いものはあった。

「ぁ、う、えと」と、断言できずに口籠る俺に、サダは悲しそうに目を細める。

「……そういうことだ。美甘。お前は自分の意思であいつらとの関係を断つことはできない」
「……っ、けど、本当に、高校に入ってから今週までは断ててたんだ」

 口にして、気付いた。――断っていたのは俺ではなく、あいつらの方だったと。
 敢えて俺と違う学校を選んだのもあいつらだったと。

「……それとも、本当はあいつらとの関係を楽しんでるのか?」

 握りしめられたサダの指に力が入る。関節が軋むことよりも、投げかけられた言葉の方がショックだった。
 どんな罵詈雑言よりも、そんな風にサダに思われることの方が耐え難い。

「ち、ちがう……サダ、そんなこと言わないでくれ」
「…………俺だって、お前のことは信じたいけど、なんでお前が渋るのか、俺がここまで言ってるのに悩んでるのかが分からないんだ」
「それは、サダに迷惑をかけたくなくて……サダはいいって言うけど、絶対やだって」

「……だって、それに」延長線上、お互いに譲り合うことの出来ない対話ほど疲弊するものもないだろう。それでも、口にしなければ伝わらないのだと分かった。俺は学んだ。
「それに?」とサダはこちらを見る。サダのことを怖いなんて思いたくなかったから、その目を直視することはできなかった。

「…………っ、サダのこと、好きだから」

 サダの隣は居心地がいい。甘えさせてくれるし、けれど、それがサダの我慢によって出来てると思ったら多分俺の方が耐えられなくなるだろう。
 俺とサダは多分、思考とかがよく似てる。相手がどうなるかくらいなら自分が、と考えてしまう。だからこそ、噛み合わないのだ。

「美甘」
「……っ、ごめん、サダ……」

謝ることしかできなくなる俺。
サダに鬱陶しいやつと思われたかもしれない。そう項垂れた時だった。深くサダは溜息を吐いた。
イラつかせてしまった、と反射で「ごめん」と言いかけたときだった。サダに手を引かれる。

「さ、サダ?」
「……決めた」
「え?」
「美甘、お前の家ってまだ誰もいないんだっけ?」
「そ、そうだけど……」
「鍵はあるのか?」
「鍵……は、あ」

 咄嗟に言われるがまま制服のポケットを探れば、上着のポケットに突っこんだままになっていた鍵の感触が指に当たった。
「ある」と取り出した鍵をサダに見せれば、サダは安心したように頷いた。

「じゃあ、今日は家に帰ったらいい」
「え、い、家に?」
「別におかしなことじゃないだろ。あいつらになんか言われたら忘れ物探したとでも言えばいいだろ。……とにかくさ、一旦あいつらと距離取って冷静になった方がいい」

「俺も、お前も」そう呟くサダの横顔は疲弊していた。
 多分、というかこれはサダにとって譲歩した結果なのだろう。なんとなくサダの様子が気がかりではあったが、これ以上我が儘を言う気にもなれなかった。俺は「わかった」と頷き返す。そしてそのままサダと一緒に久方ぶりに我が家へと帰ることとなった。
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