どうしょういむ

田原摩耶

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近いようで遠い関係性、幼馴染。六日目。

あるかもしれない未来

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「……っ、さだ、サダ……待って……っ!」

 悲しいことにサダの歩幅についていけず、既に虫の息になっていた俺にサダはハッとしたような顔をして立ち止まった。ちらほらと主婦の方々が行き交う住宅街のど真ん中、「悪い、美甘」と俺から手を離したサダ。
 ……よかった、いつものサダだ。

「はふ……っ、いや、俺も……ぜぇ……ちょっと歩けない……」
「……ごめん、お前のこと考えてなかった。……どこか暖かくて休憩できる場所……」

 そう、きょろ、と辺りを見渡すサダの袖を掴む。「いや、このままでいい」と告げれば、サダは心配そうな顔をするのだ。

「なんで……でも、寒いだろ」
「……サダ」
「…………まさか、あいつらのところに戻るなんて言わないよな?」

 ……そのまさかである。ズバリ言い当てられて驚いたが、サダは頭いい。俺の心を読まれていたとしても納得できる。
 頷き返せば、「美甘」と肩を掴まれた。

「怒ってるのか? 俺が、俺と美甘の関係を慈光弟に伝えたこと」
「いや、別に怒ってない。まあ、びっくりはしたけど……」
「……じゃあ、なんで」
「言っただろ、あと一日だって。どうせ、明日にはさよならだってさ」
「……美甘、それ本気で言ってるのか?」
「……そ、そんなに怖い顔するなって。サダ。……お前が言いたいことは分かってるよ。けど、多分、意味ないってか……」

 サダの反応は当たり前で、これが普通の反応だと思う。なんなら寧ろ優しいくらいだろう。
 俺だって別に好き好んであいつらのお世話になったわけではない、寧ろ諦めに近いだろう。そうやって俺達はずっと過ごしてきた。

「だから、大人しくしてろっていうのか。……あんな真似までされて、迎えに来た方が迷惑だったって?」
「ち、違う。そうじゃなくて……サダ、お前はいいやつすぎるから問題なんだよ」
「美甘、俺は真剣に……」
「お、俺だって真剣だ! ……と、思う」
「……なんでそこで疑問系なんだ」
「俺も、戸惑ってるんだ。……好きな人とか、恋人とか……こんなこと初めてだし、確かにそりゃサダからしてみりゃそうだなって、嫌だよなってさ」

 しどろもどろと考えながら言葉を選ぶものの、上手く纏まらない。何しろ、俺はアドリブやイレギュラーには大層弱いのだ。

「宋都は、あいつは別に俺のこと好きじゃないし、普通に何人も彼女つくるようなやつだよ。……確かに酷いやつだけど、昔からそうだったから俺は慣れっこだし、あんなことばっか言ってんのはからかってるだけだから気にしなくていいぞ」
「……あいつのこと、庇ってるのか?」
「ち、違う。えーと……庇うっていうか、俺は好きなのはサダだって話だよ」
「……けど、美甘、あいつがしたこと分かってるのか? あんなやつに好きにさせてたら、お前の人生無茶苦茶になるぞ。もし俺が本当に何も知らなかったら、あんな電話――……」

 思い出してるのだろう。こんなに語気の強いサダを見たのは初めてだった。
「サダ、落ち着いて」とそっと肩を叩いて宥めれば、その顔がじわじわと赤くなっていく。そして忌々しげに「クソ」と呻くのだ。
 サダを傷つけるつもりはなかった、本当だ。

「……サダ、ごめんな。嫌な思いさせて」

 俺にはもう謝ることしかできない。必死に背伸びし、サダの頭を撫でようとするが上手くできない。そして、そのままサダに抱き締められた。

「さだ、」
「あいつ、すごい自信満々だった。……俺のことを部外者だって、なんだよそれ。すげえ腹立ったのに、美甘……俺、今不安で仕方ないんだよ」
「サダ、大丈夫だから。あいつ意地悪なことばっかいうの特技みたいなもんだから、気にすんな」
「……なあ美甘。本当に、明日になったら全部終わるのか?」

 俺の肩口に顔を埋めたまま、サダが静かに問いかけてくる。
 こんなサダ、見たことない。けれど、俺はこういうときどうしたら安心するのか知っている。俺が不安で心細さでどうにかなりそうになったとき、あいつがいつもやってくれていたから。

「……ああ、大丈夫だ」

 サダの肩から背中までそろりと撫で、そのままぽんぽんと心音に合わせて軽く叩いてやる。「だから、心配するな」と続ければ、腕の中、重なっていた体からサダの緊張が僅かに和らいだのが分かった。

「仲良しねえ」と通りすがりのおばちゃんに茶化されたのは照れくさかったが、それでもサダを安心させるのが俺にとっては重要だった。
 不安にさせたのは俺が悪い。流れとは言えどこいつと付き合うと言ったのは俺だし、そして何より俺がサダの悲しむ顔を見たくないというのが一番大きかった。


 人目も憚らず抱き合ってると、サダは「悪い」と呟きそろりと俺の腕から離れる。

「もう大丈夫なのか」
「……大分、頭は冷めたよ」
「……サダ」

 それでもやはり、腑に落ちないというのはサダの表情を見ても分かった。
 俺はサダのことは好きだし、仲良くしていきたい。それでもやはり、サダが嫌だというのなら――やっぱりなかったことにしたいと言われても今度は受け入れるつもりだった。
 それでもせめて友達ではいてほしいとはごねるつもりだが。

「変なとこ見せてしまったな」
「……そんなことないし、寧ろ俺の方が……」
「美甘は強いな」
「強い? 俺が……? そんなこと言われたの初めてだ……」
「強いよ、十分。……お前の方が辛いっていうのに、俺がこんなんじゃ駄目だな」
「サダは駄目じゃない」
「………………」
「……なあ、そんなこと言うなよ。……寂しいだろ」

 サダは何も言わなかった。ただ俺を見下ろしたまま、そっと髪を撫でつけて、まだぎゅうっと抱きしめられる。かと思えば、すぐにサダは俺から体を離したのだ。

「……なあ、美甘」
「ん? ……どした?」
「……まだ先の話だけどさ。高校卒業したら……一緒に住まないか」
「住む? ……って、え? さ、サダと?」

 あまりにも神妙な口振りで名前を呼ぶものだからとうとう別れでも切り出されるのかと思いきや、予想してなかったところからボールを投げてくるサダに驚く。
 サダは「ああ」と頷くのだ。

「大学とか、進学か就職かもまだちゃんと決まってないけどさ……先に言っておこうと思って」
「……、……」
「あの、これはあくまで俺の希望だから。聞き流してくれていいんだけどさ、……この辺離れて、知り合いがいないとことかで部屋借りて……ゆっくり過ごすのもいいんじゃないかって」
「……、……」
「…………美甘?」

 あまりにも突然の申し出に脳の処理が追いついていなかった。不安そうに覗き込んでくるサダにハッと、俺は慌てて首を縦に振る。

「ぁ……っ、ゃ、……き、きいてる……ただ、びっくりしたんだ」
「……それは、そうだな。突然こんなこと言われても――」

 そう、ばつが悪そうな顔をするサダに慌てね俺は「そうじゃなくて」と首を横に振った。

「そうじゃなくて……ぉ、お前が……そこまで考えてくれてるんだって」
「……そりゃ、考えてるよ」

 真面目な顔をするサダに、ポカポカと頬が熱くなっていく。
 サダ、学校卒業しても俺と一緒にいてくれるのか。あんな、あんな恥ずかしいところ見られたのに、俺のことを好いてくれるのか。
 そう思うと、尚更胸が苦しくなってくる。

「サダ……俺も、ちゃんと考える」
「……考えるって?」
「サダがそんな風に思ってくれてるとはおもわなかったから、ちゃんと……勉強もする。サダと同じ大学行きたいし、……一緒に、暮らしたいし」
「……っ、美甘……」

 そう、がばりとこちらへと手を伸ばしたサダだったが、通りすがりの子供が「チューしてる!」と指差してきた。「してないだろ!」と咄嗟に追い払いつつ、出鼻挫かれた顔したサダは「悪い」と恥ずかしそうに顔を手で抑えた。

「サダ?」
「チューは……正直しそうになった」

 そこかよ。や、別にいいけどさ。サダだし。
「……見えないところでなら、いいぞ」とこそりと耳打ちをすれば、サダは妙な顔をして俺を見た。

「……美甘って、怖いよ」
「え、俺、駄目だったか?」
「駄目じゃない。……駄目じゃないから、怖い」

 サダは難しいことを言うな。じゃあしたくないのかと思えば、すごく気まずそうな顔をしたサダに適当な物陰に引っ張られるし、結局少しだけキスした。優しくて、普段されてるのとは全然違う触れ合うだけのキスだ。
 俺は、サダに触れられるのが好きだ。大切にされてるのが、気遣ってくれてるのが分かるから。
 そんなことを改めて考えながらも、俺は先程サダが口にした『これから先の話』のことをぼんやりと考えていた。
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