どうしょういむ

田原摩耶

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性悪双子から逃れようと友人に泣きついたけど詰んだ。二日目。

救世主、またの名を親友。

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 翌朝。

「おはよう、美甘。美甘。起きて」
「ん、うあ……まだアラーム鳴ってない……」
「もしかしてあの遅刻ギリギリを逆算して五分ごと刻んでるやつ? あんなのアラームにならないだろ」

 ……何故“やつ”の声が頭の上から聞こえてくるのか理解したくなかった。
「ほら、起きて」と優しく身体を揺すられ、飛び起きようとした瞬間燕斗は「おっと」と俺から離れる。

「え、燕斗……っ?! なんでここに……ハッ、ふ、服……っ!」
「ああ、ちゃんと眠った後綺麗にして服も着せておいたから安心しろ。……それと、早起きは三文の得っていうだろ?」

「朝飯もできてるから、食べられるようなら降りてこいよ」なんて言いたいことだけ言って、そのまま燕斗は部屋を出ていった。

 ――何が早起きは三文の得だ。
 こんなところにいる時点で得もクソもないが、確かにオバサンのご飯をまた食えるのは得かもしれない。

 しかも、なんか昨日眠らされたお陰で変な夢も見ることなく爆睡してしまったし……。
 いつもつい惰性で眠りこけて寝坊することもしばしばあったため、時間に余裕をもって起床するのは久し振りかもしれない。
 早く降りないとまた燕斗がやってくるかもしれない、そう危惧した俺は慌てて身体を起こした。

 小学生のときはよく、今みたいに燕斗たちが俺を起こしに来ていた。勿論宋都のやつは自主的に起きるわけがないので燕斗に叩き起こされて突合されてるだけのようだったが、なんだかふとその時のことを思い出す。
 中学のときから宋都はいなくなって、燕斗だけが俺を起こしに来てくれていたのだ。……いや別に頼んでもないけども。

 それがなくなってギリギリまでアラームを掛けるような朝を過ごしていたことを燕斗に見られたことがただ恥ずかしい。
 ってかそうだ、あいつシレッと人の携帯見たのかよ。慌てて携帯探せば、テーブルの上に朝用の頭痛薬と水と携帯がまとめて置かれてる。

「……」

 本当、優しいのかよくわかんないんだよな、あいつ。
 取り敢えず食前用のそれを飲んで、俺はもそもそと動き出した。

 下へと降りれば、おばさんと燕斗がいた。

「おはよう、遠君。今朝は体調は大丈夫そう?」
「あ、はい……お陰様で」
「あらそう、よかった」
「それより母さん、宋都のやつは?」
「ああ、宋都なら朝ご飯はいらないって言ってたわよ」
「……はあ、またかアイツ」

 何かあったのだろうか。オバサンからお皿を受け取り、燕斗が座るテーブルから一番離れたところに腰をかければ、燕斗がこちらを見る。

「ああ、美甘。……そんな端じゃなくて隣に座ればいいのに」
「いい、これが本来の俺のパーソナルスペースだからな」
「そうか、美甘は難しい言葉を知ってるな」
「お、お前……馬鹿にしてるだろ?」

 オバサンがいる手前はやはり変なことは言わないようだが、やっぱり性格の悪さは変わらない。

「美甘、今日は学校行くんだろ? 制服、ソファーの上に置いてるから」
「あ……ありがと」
「良いんだよ。俺が好きでやってるんだし」

 本当外面だけはいいんだよな、こいつ。いやでも今は家の中だから内面になるのか? ……どうでもいいか。

「燕斗は学校じゃないのか? 制服……」
「ああ、俺も着替えるよ。けど、美甘と同じでなるべくゆっくりしたいんだよな」
「……あっそ」
「なんだ、その言い方は。傷つくだろ」

 どの口で言うのか。ニコニコと笑いながら人が食べてるところをじっと見てくる燕斗になんとも言えない気持ちになる。

「ほら燕斗、遠君が食べてるでしょ。いくら遠君と喋りたいからって、食べ終わるまで待ってなさいよ」
「……はーい」
「ごめんねえ、遠君。ゆっくり自分のペースで食べて良いんだからね」
「あ、いえ……」

 オバサンに怒られた燕斗はすごすごと席を立ち、そのままソファーに移動した。
 しかし、助かった。燕斗から見られながら食事なんて味がしないからな。
 思いながら、俺はなんだか寂しそうな燕斗の背中越しにテレビを見ながら箸を進めた。


 おばさんの手料理で腹を満たし、学校の準備を終えた俺は「行ってきます」とおばさんに声をかけてそのまま慈光家を後にしようとした。
 そんな俺の後ろから着いてくる無駄にでかい影が一つ。

「……なんで着いてくるんだよ」
「途中まで一緒だろ? そりゃ着いていくさ」
「急がなくていいのか? 電車登校なんだろ?」
「ああ、急がないと遅刻かもな」
「おい……」
「久し振りの美甘との登校なんだし多少の遅刻くらいなら問題ないだろ」

「な?」と靴に履き替えたやつは笑いかけてくる。
 なにが「な?」だよ。顔がいいだけに余計ムカつく。

「昔は遅刻皆勤賞の優等生だったくせにな。宋都から悪い影響受けてるんじゃないか」
「優等生なら尚更、体調悪い幼馴染を慣れない道で一人行かせないだろ」
「お前……」

 ああ言えばこう言う。口喧嘩で一度足りとも俺も、宋都だって燕斗に勝てたことはない。
 こうなることは分かってはいたが、それでもやはり顕在のようだ。昨夜の時点で散々気づいてはいたが。
 当の本人はそんな俺の目に気付いているのか気付いていないのか、恐らく前者だろうが構わず「それじゃ行こうか」と前を歩いて玄関の扉を開いて待ってくれる。
 優等生アピールも大変なことだ。「どうも」とだけ返し、俺は燕斗ともに慈光家を後にした。

 驚くほど登校中の燕斗はいつも通りだった。人目がある中ではやはり大人しいというか、借りてきた猫である。「この店懐かしいな」とか「ここからショートカットできるんじゃないか」とか、他愛ない中身のない会話を繰り広げながら歩いていく。
 その最中でもやはり道行く女がちらちら俺の隣を歩く燕斗に目を向け色めき立ってるのがわかって、久し振りにあの嫌な感覚を思い出す。
 ああ、これだ。別に直接的に言われてるわけではないのに、こいつの横にいるだけで『それに比べてお前は』と声が聞こえてくるようで目の前が暗くなってくるのだ。
 中学のときはそれが嫌だった。被害妄想だと言われればそれまでだが、それでも劣等感が膨らんでいく。
 そんなマイナス思考の中、こいつと並ぶのが嫌で自然と早歩きになっていた。

「おい美甘、なに急いでるんだ?」
「誰かさんが遅刻にならないように急いでるんだよ」
「そうか、優しいなお前は」

 そんな俺の劣等感も負の感情も全部見抜いてるくせに、気づいてるくせに、この男はわかってて歩幅を合わせてくるのだ。
 そして、いきなり伸びてきた手に手首を掴まれてぎょっとする。

「けど、そんなに俺のためにペースをあげなくていい。ただでさえ美甘は体力ないんだし、ゆっくり行こう」
「……っ、手」
「手? ……ああ、昔はこうやってよく繋いでただろ?」

「美甘はすぐに置いてかれて泣いてたから、はぐれないようにな」と俺の手を重ねるように握り締めてくる燕斗に固まった。
 周りに人だっているのだ。ただでさえ燕斗のせいで目立つのに、これ以上変に悪目立ちするのは俺にとってよくないことだった。

「……っ、やめろ、子供じゃないんだから」

 そう慌ててその手を振り払えば、燕斗は振り払われると思わなかったようだ。少しだけ驚いたように目を丸くした。
 そんなに乱暴にしたつもりではなかったが、その燕斗の顔を見て『しまった』と後悔する。
 また昨夜のように酷い目に遭わされるかもしれない、そうはっとしたときだった。

「悪い、そうだったな。……美甘ももう高校生なんだもんな」

 そう、ほんの少しだけ寂しそうな顔をして燕斗は俺から手を引いた。
 ――なんだ、その顔は。まるで傷付いたような顔をするな。それとも、それも演技なのか?
 そのまま何事もなかったように燕斗は歩き出した。俺はまだ燕斗の熱が残ったままの指先を握り締め、押し黙る。そうすれば自然と会話も減っていき、なんだか妙な空気のまま俺は自分の高校まで辿り着くことになった。

 結局俺を学校まで送った燕斗は「じゃあ、また終わる頃迎えに来るから待ってろよ」と笑って踵を返すのだ。

「……」

 なんなんだ、あいつは。
 俺はぽつんと一人残されたまま、結局送ってくれたお礼も手を叩いてしまった謝罪もできぬままその背中をただ見送った。


 その後、燕斗と別れた後。
 どこから見ていたのか、他校の制服を着た燕斗に興味津々の女子たちに「さっきの人誰?知り合い?」と詰め寄られる。普段は知らんぷりな癖にあの双子と一緒にいるといつもこうだ、必死に女子の質問責めから逃げ出し命からがらやってきた教室内。

「なあ、さっきのって慈光兄だろ」

 元同じ中学の友人、君完きみさだ――サダが声を掛けてくる。
 サダは中学のときは双子のせいであんま関わりなかったが、高校になってからあいつらがいなくなったお陰でできた友達の一人だ。

「サダ、見てたのかよ」
「そりゃあんな目立ってたらな。てか、高校こっちじゃなかったよな。あいつら」

 不思議そうな顔をするサダ。
 事情を説明するにも、その経緯を思い出すだけで憂鬱になってくる。

「……はあ」
「おい、なんだよその溜息」
「まじで最悪、ほんとやだ……サダ助けて」

 そう机の上、項垂れるようにうつ伏せになる俺に「え、どしたん?」とサダは心配そうな顔をする。
 そして、俺はなるべく思い出したくない部分は全カットしてサダにあの二人の家で一週間暮らすことになってしまったということを伝えた。
 それを聞いたサダは「ってことは、今あいつらと同棲ってこと?!」と驚愕する。いいリアクションだ。

「声でけえし、同棲って言うなよ! ……ただ家にお邪魔させられてるってか……」
「うーわ、幼馴染なんだっけ? よくわかんねえけど、そこまでするかよ? 普通」
「うちの親、まじで親馬鹿だからすんだよ。向こうも向こうで乗り気だし、まじで最悪……」
「あー……確かにあいつら、お前だけはやたら気に入ってたもんな」

 うんうんと一人納得したような顔をするサダ。
 気に入っていたというか、都合がいい玩具と思われていただけだ。そうわざわざご丁寧に訂正するのも悲しくなる。

「サダ、どうしよ。どうしたらいい?」
「お、俺に言われてもな……取り敢えず、頑張れ」
「お前、他人事だと思って……」
「でもマジな話、普通に家に帰ったってよくね? 流石に無言はヤバそうだからメッセージだけ入れときゃいいだろ」
「……それ後からねちねち言われねえかな」
「言われる。てた家割れてんなら飛んでくるまでありそう」

 実際合鍵持って来ただけに洒落にならない。
 想像してぞっとした。

「もおヤダ~……」
「まじで参ってんな」
「そりゃそうだろ、あんなやつらと好き好んで……一緒に暮らしたがりそうなやつはいるな」

 というか、本性を知らない連中はそんなやつらが大半だろう。サダは面識あるし、散々俺が双子の文句言ってたのを聞いてきたので今ではよき理解者となっていてくれているが。
 昔はサダのような相手もいなかったのだと思うと感傷的になってしまう。思わずじっとサダを見上げれば、不意にサダは「そうだな」と何か考えるように俺から視線を外した。

「じゃあ今日は俺んち泊まるって言えば?」

 サダの口から出てきたのは予想してなかった提案だった。
「え? サダの?」と聞き返せば、サダは「ああ」と静かに頷いた。

「まあ一日くらいなら別に普通じゃん」
「まじ? 泊まる泊まる!」
「はは、すげえ喜ぶのな。一応だけど、ちゃんとあいつらには連絡入れとけよ」
「入れる入れる」
「あ、でも誰んち泊まるとか言うなよ。うちまで特定されたら洒落になんねーから」

 慌てて付け足すサダ。なんだか目の前の男が聖母に見えてきた。
 あの双子に初日から散々な目に遭わされてきただけに、その優しさにじんわりと胸が熱くなる。
「ありがとな、サダ」と口にすれば、サダは「困ったときはお互い様だろ」と朗らかな笑みを浮かべる。この安心感、あの双子には絶対にない器の広さ。……これだ、これなのだ俺が求めていたものは。
 ひしっとサダに抱きつけば、サダはぎこちない手でよしよしと肩を撫でてくれた。
 俺が女ならここらへんでころっと惚れてただろう、間違いない。
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