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昔虐めてきた性悪双子と一週間ひとつ屋根の下で生活する羽目になった。一日目。
王子様の顔をした悪魔※
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翌日。
聞いていた通り、両親は朝早くから旅行へ向かった。それを見送り、さあ二度寝でもするかと思った矢先、インターホンが鳴り響く。
こんな朝から誰だと思いながら部屋へ戻ろうとするが、再び部屋の中にインターホンが響いた。
渋々インターホンを確認すればそこに映し出された顔を見て血の気が引いた。レンズ越し、こちらに手を振るのは瓜二つの顔をした男二人。
――宋都と燕斗だ。
嘘だろ、なんであいつらがここに。逃げなければ、と固まってる間に玄関の扉が開く音が聞こえてくる。
「な……ッ!」
やばい、と隠れようとするが遅かった。
デカい足音とともにバタバタと近付いてくる気配に身が竦む。リビングのソファーの陰に隠れようとしたとき、扉が勢いよく開いた。
「あ、本当だ。ここにいた」
「だから言っただろ。美甘はインターホン確認するけど絶対出ないって」
「ちゃんと出ろよ、美甘」
「……っ、宋都……燕斗……ッ! な、どうやってここに……ッ!」
「どうやってって……さっきそこでオバサンたちと会ったんだよ。『もしかしたら逃げるかもしれないからちゃんと連れて行ってやってくれ』って、鍵もくれたし」
ほら、と燕斗は俺の眼前に鍵をぶら下げる。
間違いない。というか、何を考えてるんだうちの母親は。なんでよりによってこいつらに。
混乱と戸惑い、そして焦りで固まってると「みーかも」と宋都に肩を抱き寄せられる。
「つかさ、久し振りじゃね。少しは背ぇ伸びたか? 縮んだ?」
「ち、縮んでない……っ、ていうか、俺は別に一人でも大丈夫だし。うちの親が勝手に言ってるだけで、オバサンには断っておいて……」
「いやいやいや、そりゃないだろ」
「そうだよ、美甘。俺たち、美甘が泊まりに来るって聞いてずっと楽しみにしてたのに」
俺はそうじゃない。一緒にするな。そう言い返すことができればいいのに、燕斗に手を握られると背筋が凍りつくのだ。向けられた視線はじっとりと絡みつくようで、その目で見詰められるとぞわぞわと無数の虫が這い上がっていくような嫌な感覚に襲われるのだ。
最後に話したのは大分前なのに、なに一つ変わらない。いや、昔よりも図体だけでかくなった連中に挟まれ、両腕を掴まれる。
腕に食い込む指の感触に、記憶の奥底へと押し込めていたものがぶわりと蘇る。咄嗟に「ま、待って」と叫べば、右脇を掴んでいた宋都は笑った。
「待たねえよ。腹減ってんだよ、俺」
「っ、さ……宋都……」
睫毛が当たりそうなほどの至近距離、顔を寄せてくる宋都に凍り付く。そのまま鼻先を噛まれるのではないか、そんな恐怖で思わずぎゅっと目を瞑ったとき。
「朝飯、美甘もまだだろ? うちのババアが張り切って作ってたから、さっさと帰ろうぜ」
そう笑う宋都に、俺は思わず目を開けた。
てっきりなにかの暗喩かと思っていただけに戸惑う。
「美甘の好物ばかり準備して、俺達の好物全部無視してるんだよあの人」
「好物……」
「うん、だから俺たちと一緒に帰ろう?」
笑う燕斗にそっと頭を撫でられる。
てっきり、いきなり服剥ぎ取られて全裸で踊らされるのではないかと怯えていたが、以前の、関係がおかしくなる前のように振る舞ってくる燕斗と宋都に俺は狼狽えた。
本当になにもなかったように優しくしてくれるのだ。もしかしたら反省して俺への対応を改めてくれているのだろうか。分からなかったが、ずっと元のような関係に戻りたい。そう思っていた俺にとってそれは嬉しいことだった。
だから、俺はうっかり「わかった」と差し出された燕斗の手を取ってしまったのだ。
そのとき宋都と燕斗が笑ったことなど知らず、「俺もお腹減ってたんだ」なんてアホみたいな顔をして。
それから念の為家の戸締まりをし、燕斗に言われるがまま必要なものの準備だけして俺は双子に挟まれて家を出る。荷物は燕斗が持ってくれてるし、なんというか至れり尽くせりというやつだ。
俺んちと慈光家はそう遠くない距離にある。しばらくもしないうちに現れた無駄に広い庭付きの大きな家を前に、頭の奥がずきずきと痛んだ。
先を歩いていく宋都がこちらを振り返り、「どうした?」と声をかけてきた。
「い、いや……大丈夫」
「また頭痛かよ。薬は?」
「まだ……」
「じゃあ早く部屋で休んだ方がいいかもね」
行こうか、と背後に立っていた燕斗に背筋を撫でられた瞬間、言葉にし難い感覚が広がった。じんわりと熱を孕んだ痺れるような間隔は不快感にもよく似ていた。
この家には、一時期毎日のように来ていた。中の内装の場所も鮮明に覚えてるくらいだ。その子供部屋には、いい思い出がない。
でも、俺達も高校生になったのだ。まだ常識もなにも知らなかった子供の頃とは違う。
あんな過ち、起きるはずがない。それに、二人だってもう彼女の一人や二人は出来てるだろう。わざわざおかしなことをするはずはない。
そう自分に言い聞かせ、呼吸を整える。そして、俺は心配そうに見てくる燕斗に「もう大丈夫だ」とだけ答えて足を進めた。
門を通り抜け、慈光家の敷地に足を踏み入れる。
オバサンの趣味である可愛らしい置物が置かれた庭先を抜け、やってきたのは玄関前。
「懐かし……」
「ほら、美甘こっち」
燕斗に腕を掴まれたまま、俺はその後ろについていく。
他人の家にはその家特有の匂いがあるというが、慈光家の場合は甘くて優しい香りだろう。
寧ろいい匂いのはずなのに、頭痛は増していく。具合が悪くなっていくのはこの家の雰囲気だけではない、こいつが一緒にいるからだと分かっていた。
……一週間か。
我慢しなければならないというのに、いくらこいつらが更生していたとしてもなかなか気が重い。
腹を括って、俺は二人に招かれるまま慈光家内に足を踏み入れた。
――慈光家、リビングルーム。
「あら~! いらっしゃい、遠君。見ないうちに大きくなったわね」
「あ、オバサン……お世話になります」
「いいのよ、そんなに畏まらなくても。自分ちと思って寛いでね。なんなら好きなだけいてくれてもいいんだから」
「あ、あはは……」
冗談じゃない。オバサンには悪いけど、流石にそれは嫌だ。
二人に挟まれた俺を見て、オバサンはずっとニコニコしていた。
昔からこの人は俺に優しくしてくれた。子供の頃から擦れていた息子たちよりも、その間で縮こまっている俺の方が可愛い……らしい。
そのお陰でたくさんお菓子ももらったが、正直この二人のクセの強さはオバサンから来てるような気もしないでもない。
そしてうちの母親とそう歳も変わらないはずなのに、一向に歳を取らないのも謎で少し怖い。
オバサンに捕まり、どうしたものかとしてるといきなり宋都に肩をがしっと抱かれる。
「そうそう、美甘がずっと居てくれんなら俺も結構嬉しいかも」
「な、なんだよ急に……」
「ん~? 正直な気持ちだっての、なに照れてんだよ」
「て、照れてないし……」
離せよ、とやんわり宋都の腕の中から逃れる。
「ゆっくりしていってね」というオバサンの言葉に甘え、取り敢えず頭痛が収まるまでソファーで休ませてもらおうかと腰を掛ければ、その右隣に燕斗が腰をかけてくる。
太もも同士がぴたりとくっつきそうなほどの距離に、もう少し離れろよと思いながらも足を閉じれば「美甘」と名前を呼ばれぎくりとした。
「な、なに……」
「本当に母さんは美甘のこと気に入ってるね」
「……お前たちが悪さばかりしてるからじゃないか?」
「おいおい、俺らは良い子だろ? なあ、燕斗」
言いながら、左隣にどかりと腰を掛けてくる宋都。
こいつに至っては足を閉じるという気遣いすら見えない。
というかなんで空いてる向かい側のソファーに座らないのだ。
ただでさえ狭いのだからデカい二人は向こうにいってくれ。
……なんて、口が避けても言えないが。
「美甘、そう言えば頭痛はまだ酷いの?」
「……まあ、少し」
「あら、美甘君体調悪いの? 大変、薬はあるの?」
「あ、はい……いつものことなんで。一応常備薬持ってきてます」
「そう……ご飯は大丈夫そう? 無理そうだったら後からまたお腹に優しいもの用意するわよ」
「す、すみません……その……」
頭の奥、頭痛は広がっていく。
正直、この状態で食べてもまともに味わうことはできないだろう。
それが分かったからこそ、躊躇った。
そんな俺の顔をじっと覗き込んでいた燕斗は「母さん、美甘のご飯は後でもらうよ」と代わりに答えるのだ。
そして、そのまま俺の手を掴んだまま立ち上がる。
「美甘具合が悪いみたいだから俺、先にこいつ部屋で休ませてくるよ」
「え、あ……おい……燕斗……っ」
半ば強引に立たされ、驚く俺。
それを見ていた宋都は「……あー、はいはい。了解~」とにやにや笑いながら背もたれに背中を預ける。
対するオバサンは心配顔で。
「あら、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。……そういうことだから、美甘。俺たちの部屋に行こっか」
……気を遣ってくれてるのだろうか。
昔から燕斗は周りによく気付くやつだった。
そんなところがまたいいらしく、余計女子にキャーキャー言われていたのをよく覚えている。
あのときの俺は『そいつのそれは猫被りだぞ』ってずっと言ってやりたくて堪らなかった。
が、今目の前にいる燕斗はどうだろうか。
あのとき女子相手にしていたときのように肩のラインを撫でられるとぞわりと背筋が震えた。
「歩ける?」と耳元で尋ねられ「大丈夫だ」とだけ応えたが、燕斗は俺の身体から手を離すことはなかった。
落ち着かないし、不快ではあるが――それよりも休みたかった俺は燕斗の気遣いに素直に甘えることにした。
燕斗に連れられて上がってきた慈光家二階。
三階建てのこの家の二階には双子の部屋があり、昔から二人はそれぞれの部屋を持っていた。
基本三人で遊ぶときは遊び部屋なる部屋があり、その共有スペースで遊んでいたのだが……。
「ここ、全然変わってないな……」
「そりゃあね。美甘が来なくなったって言ってもまだ二年も経ってないし」
「……」
「じゃあ、俺の部屋の場所覚えてる?」
二階に上がり、きょろきょろと辺りを見渡していた俺に燕斗は尋ねてくる。
目の前の遊び部屋だった扉を挟んで右隣の扉、確かそこが燕斗の部屋だ。
「……こっち」
燕斗は「正解」と笑い、右手の扉を開く、
そして「こっちだよ」と俺を引き摺って歩いていくのだ。
記憶云々以前に、宋都の部屋は一見しただけでもすぐ分かるのだ。
扉からして何故かボロボロで汚いし。部屋の中もお察しだし。
遊び部屋だった部屋は今二人の書斎になっているという。
燕斗はともかく、宋都と書斎が結びつかなかったがどうせ漫画ばかり並べているのだろう。二人で使うものとかはいちいちお互いの部屋に行き来するのが面倒だから置いていっているだとか。
俺にはやはり金持ちの感覚はあまりわからないが、俺の部屋よりも大きなスペースをそんなよくわからない使い方をするのだからやはり金持ちだな、なんてぼんやり考えた。
――燕斗の部屋。
「……相変わらず、なにもない部屋だな」
「そう? でも、汚い部屋よりかはましだろ?」
宋都にも言ってやれ、それ。
ベッドの上、腰を掛けた燕斗は自分の隣をぽんぽんと軽く叩く。
「ほら、美甘。おいで」
まるで犬や猫のように呼びやがる。
俺が昔みたいに喜んでいくと思っているのだ。
当たり前のように呼ばれるとなんだか癪で、「俺、床に座るからいい」と断れば「美甘」と先程よりも低い声で呼んでくるのだ。
「っ、燕斗……」
くそ、と心の中で毒づきながら俺は渋々燕斗の座るベッドへ――やや燕斗から離れた箇所に腰を下ろす。
軋むスプリング。ベッドの端に座る俺に、燕斗は怒るどころかふ、と笑うのだ。
そして更にやつは距離を詰めてくる。
また腿が当たりそうな距離まで詰められ、避けようとするがこれ以上はベッドから落ちてしまう。
そう硬直したとき、伸びてきた指に首筋を触れられぎょっとした。
「な……ッ!!」
「体温も上がってきてるみたいだ。……もしかしたら風邪っぽいのかな?」
無遠慮も無遠慮。首筋から項まで、細い指が皮膚の表面を撫でていく。
全身が泡立ち、「急に触るな」と慌ててやんわり離そうとするが燕斗のやつの指は離れない。
それどころか。
「……ああ、また熱くなってきたね」
こいつ、わざとか?
「っ、ん……だ、大丈夫……だって言って……」
「俺には見えないけど」
「……ッ、ん……!」
冷たい指先が耳朶に触れ、思わず肩を竦める。
自然と距離が近付き、鼻先へと迫る燕斗の顔に、じっと向けられたその目に俺は息が詰まるような感覚に陥る。
「え、燕斗……っ、近い……」
「そうかな。俺達、いつもこれくらいだっただろ」
「そ、かもだけど……」
「それとも、たかが一年で俺との距離忘れたわけじゃないだろ」
何度も忘れようとはした。
なんて言ったら燕斗はどんな顔をするだろうか。
いや、こいつのことだ。いつも通り涼しい顔をして「じゃあまた覚えればいい」とか抜かすのだろう。
「……っ、えん、と……ッ」
別に服を脱がされてるわけでも、恥ずかしいことをされているはずでもないはずだ。
それなのに、その細く整った指先で耳朶から耳の凹凸をすっと撫でられると、それだけで背筋がびりびりと痺れ始めるのだ。
そんな俺を見て、燕斗は「益々熱くなったね」と微笑むのだ。熱を持ち始めていた頬を撫で。
「燕斗……っ、……」
「美甘、薬は?」
指摘され、はっとする。
俺は慌てて上着のポケットを探れば、そこにはいつも突っ込んでいた頭痛薬が入っていた。
「ちゃんと持ち歩いてるんだ、偉いね」なんて心の籠もってない褒め言葉を口にしながら、燕斗はベッドの側、取り付けられていたドリンク用の冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出した。
そのキャップを開け、燕斗はこちらを見る。
「ほら、薬。飲ませてあげるよ」
「い、いい……自分で……ッ」
飲む、と言いかけたときだった。
燕斗は「遠慮しないで」と俺の手を重ねるように握り、そのまま硬く握りしめた俺の拳を開かせてくるのだ。
こいつ、顔に似合わず力が強い。中身は宋都と同じなのだから納得も納得なのだが。
「や、やめろって、おい……っ!」
そんな燕斗に敵うはずもなく、呆気なく俺は燕斗に薬を取り上げられた。
錠剤を二つ、シートから取り出した燕斗はあろうことか俺の目の前でその二つの錠剤を自分が飲むのだ。
目を疑った。何を考えてるんだ。
凍り付く俺を前に、燕斗はべ、と舌を出して笑った。
「ほら、お前も口を開けなよ。美甘」
俺が飲ませてあげる、と燕斗は俺の顎を掴む。
驚きの屈辱のあまり、思わず反応に遅れてしまう。
「っ、お、まえ……ッん、う……ッ!」
口を閉じる隙もなかった。
錠剤を乗せた舌は咥内へとねじ込まれ、躊躇なく俺の舌へと絡められる。
唾液が絡み、ざらりとした感触が不快だった。
「……っ、ん、んう……ッ!」
俺の咥内へと薬を移した燕斗は、そのままちゅぷ、と音を立てて唇を離す。
そして、予め用意していたミネラルウォーターのボトルを口に含むのだ。
――油断していた、こいつらに常識や人の心、倫理観諸々などあってないようなものだということを。
「燕斗、待っ――……ッ、ん、ぅ……!」
上を向くように顎を掴まれたまま舌ごと水を喉奥まで押し流される。
注がれるそれを拒むことなどできなかった。
水に押し流され、喉の奥、ころころと流される薬の感触を感じる。
嫌なのに、拒むができない。受け入れることしか許されず、俺の口の中が空になってようやく燕斗は唇を離すのだ。
「……っ、は、……ッ、けほ……ッ!」
「あーあ、ベッドまで濡れたね。……全く、美甘は昔から要領が悪いんだから」
「……っ、燕斗、お前……ッ」
「そのままじゃ気持ち悪いだろ? 俺が着替えるの手伝ってあげるよ」
「脱げよ、美甘」溢れた水を拭い、咽返る俺の口元をそっと袖で拭いながら、やつは王子様のような顔とは正反対の言葉を口にするのだ。
「な、何言ってんだよ、お前……」
「脱いでって言ったんだよ、美甘。そのままじゃ風邪引くだろ?」
「……ッ」
あまりにも平然とした顔で燕斗が答えるものだから、思わず言葉を失ってしまう。
それでも、またここで言いなりになってしまうのは嫌だった。
「っ、い、やだ……服なら、あっちで自分で脱ぐし……お、お前には……」
お前には見られたくない、そう言いかけたときだった。
いきなり伸びてきた手に服の裾を掴まれる。そのまま裾を持ち上げられ、バンザイをするように着ていたTシャツ脱がされるのだ。
「っ、ぉ、おいっ! 燕斗……っ!」
「いいから、ほらじっとしてろ」
まるで子供をあやすようにシャツを脱がされ、抵抗する暇もなくあっという間に頭からシャツを抜かれるのだ。
上半身裸になり、咄嗟に胸を隠す俺を見て燕斗は笑った。
「そんなにビクビクしなくても、取って食いやしないのに」
「お、お前……」
「ほら、着替え。……俺の服だけど」
そう、棚からシャツを取り出した燕斗はそう俺に手渡した。
暫く受け取らずにいると、「今度は俺に着せてほしいのか?」なんて涼しい顔して言い出すので慌ててそれを奪った。
そして燕斗に背中を向けたまま急いでそれを頭から被る。分かっていたことだが、燕斗サイズのそれは俺にはあまりにも大きすぎる。
肩の位置からして合わないおかげで全体的にだらしなくなってしまってる気がしてならないが、何度直したところでそれは変わらない。
「ぶかぶかだな」
「お前が……デカすぎるんだよ」
「美甘が成長してないだけだろ」
すぐ後ろで、くすくすと燕斗が笑ってることに気付く。はっと振り返ろうとしたとき、背後から伸びてきた手に右腕を掴まれた。
「ほら、こことか。……細すぎ。筋肉もないし、袖余ってる」
「っ、わ、悪かったな……」
二の腕から脇までゆっくりと揉むように撫でられ、ぞわぞわと背筋が震える。というか、近い。
慌てて燕斗から逃げようと腰を浮かせたとき、そのまま裾の中まで燕斗の指が入ってくるのだ。
ぎょっとすれば、俺の行動を読んだかのようにもう片方の手でやんわりと上体を抱き寄せてくる。
骨張った大きな掌が平らな胸を滑り、もう片方の手はそのまま直接素肌に触れてくるのだ。
「っ、待っ、待て、おい……ッ」
「ここも全然育ってないな。……昔あんなに揉んでやったのに、サボってたからかな」
「ッ、ん、なに……言って……」
気付いたときには既に燕斗の手中の中だった。俺を抱え、自分の膝の上へと座らせてくる燕斗。
やめろ、と腰を浮かせようとするが、それよりも早く燕斗の無駄に長い足が俺の足に絡み、そのまま強引に開かせられるような形で固定されるのだ。
「っ、燕斗……ッ」
「美甘、俺に裸見られるの嫌なのか?」
「あ、当たり……前だ……ッ、ぁ……!」
「どうして?」
「ど……っ、してって……ッ、ひ……ッ!」
言い終わるよりも先に、シャツの下、皮膚の上を優しく撫でるように動いていた燕斗の指が胸の突起に触れる。
幼い頃から悪戯に弄られてきたそこは、俺が人前で裸になりたくない要因ともいえる。
他の同年代の男に比べ、明らかにぽってりと大きくなったそこは見た目だけではなく、息を吹きかけられるだけで感じてしまいそうになるほどだった。
それでもここ一年ほどはなにもなかったので落ち着いていたはずなのに、快感を高めるように乳輪と乳輪の間の皺をなぞられるとそれだけで全身の毛穴が開くようだった。
「や、やめろ……っ、燕斗……ッ」
「美甘、俺達が触ってない間、ちゃんと自分でも弄ってたか?」
「っ、だ、れが……」
そんなこと言うか、と燕斗の腕から抜け出そうと身を捩ったときだった。
もう片方の乳首をシャツ越しに優しく揉まれ、腰が大きく跳ねた。わざとシャツに浮かすように襟首を噛んで引っ張った燕斗は、そのままこしこしと乳首の側面を優しく撫でながら「本当に?」とあの耳障りのいい声で囁いてくるのだ。
「ほ、んと……ッんぅ……ッ!」
「本当? むっつりでエッチな美甘のことだから、俺達が触ってあげられないときでも一回二回くらいはここでオナニーしてたと思ってたんだけど」
「っ、ぁ、も、やめろ……っ! そ、そこばっか……ッ!」
「足、もじもじしてきてる。駄目だろ、閉じちゃ。気持ちいいときは気持ちいいって素直に言わないと」
「ね?」と燕斗は両乳首を内側、外側から同時に押し潰し、柔らかく乳輪に指を埋めたまま胸の内側を穿るのだ。俺はこれが嫌いだった。逃れることすらもできず、背後の燕斗に凭れたまま俺は声にならないに悲鳴を上げる。
「っ、ぁ、あ……ッ」
「美甘の声、やっぱエロくていいな。腰に響く」
「っ、ば、か……ッ! や、め、……ッんん!」
「美甘が元気になってくれたらもっとできるのに……本当、残念だな。早く元気になってくれよ」
「ぉ、お前……ッ、」
こいつ、言ってることもやってることも無茶苦茶だ。
愛撫に耐えられず、尖った乳首の先っぽをいい子いい子するみたいに優しくくるくると撫でられるだけで、目の前が赤く染まっていく。
呼吸が浅くなり、いつの間にかに膨らんだ俺の下半身を見て燕斗は「こっちも撫でてあげないとな」と優しく触れてくるのだ。
「っ、ぁ、や、触るな……ッ」
「こんなに股広げて何言ってるんだ。……ほら、また大きくなった」
「ち、が……ッ、こんな……ぁ……ッ、ん、……ッ」
焦らすように揉まれ、すぐに股間から離れた手は広げられたまま固定された腿を撫でていく。
その指の動きすらも全神経が追ってしまい、頭がどうにかなりそうだった。
疲弊する俺を見て、燕斗は「ここまでか」と口にした。
そして、俺から手を離す。拘束していた燕斗の足も外れ、俺はそのままずるりと背後の燕斗に撓垂れ掛かかった。燕斗はそんな俺の肩を抱き寄せ、乱れたシャツを整えていく。
裾を下ろし、腹部まで折りてきたその手は俺のウエストを引っ張り、そのまま下着の中にずぼっと入ってくるのだ。
「……ッ、ぅ、あ……ッ」
「あーあ。濡れちゃったな、美甘」
ぐちゅ、と下着の中、粘着質な音が響いた。
「こっちの着替えも貸してやろうか」と優しい顔して笑う悪魔に、俺はその腕を振り払った。
そのままよたよたと下着をずり上げながら俺は燕斗の部屋から飛び出した。
燕斗は最初から俺を追いかけてくる気はなかったようだ。呆気なく逃げられたことに戸惑いながらもこのまま慈光家から飛び出してやろう、と階段を降りようとしたときだった。
「んあ、お前何やってんだ?」
丁度階段を上がって来ようとしていた宋都が、文字通り壁となって俺の目の前に立ち塞がったのだ。
「っ、さ、宋都……っ!」
最悪だ。最悪以外の何者でもない、こんなの。
目の前に立つ大きな壁に身が竦む。
こんなタイミングで顔など合わせたくなかった。
咄嗟に引き返そうとすれば、「待てよ」と伸びてきた腕に身体を抱えられるのだ。
無遠慮に腰に回される筋肉質な腕に抱き寄せられ、先程までの燕斗の腕を思い出しては血の気が引いた。
「な、さ、触るな……ッ」
「なんだ、随分と早かったな。あいつのことだからもっと時間かかるかと思ったけど」
「へ……は? なに……」
「ま、いーや。その顔からしてどうせまた逃げてきたんだろ? あいつから」
近付く鼻先に咄嗟に後退ろうとするが、抱き寄せられた身体はろくに動かすこともできない。
宋都のその含み笑いからして、なにがあったのか大体察しているのだろうか。
「つか、あいつの服着てんの腹立つな」
「っ、ぁ……ちが、これは……水が溢れたから着替えを貸してもらっただけだ……っ!」
「ふーん、似合わねえな」
そんなこと分かってる。というかサイズが合わないのだから仕方ないだろ。
言い返してやりたかったが、益々自分が惨めになっていくだけな気がしてやめた。
「離してくれ」と宋都の胸を押し返せば、そのまま宋都は俺の手を掴むのだ。
「おい、元気だな。具合悪いんじゃねーのかよ、お前」
「……っもう、いい。平気だ。やっぱ俺……」
「今更帰るってか? やめとけやめとけ、どうせあいつが家まで押し掛けるぞ」
「……あいつって」
「ああ? 燕斗以外に誰がいるんだよ」
考えたくはないが安易に想像つく。
けれど、宋都の口振りには妙に引っ掛かった。
「お、お前は……いいのか?」
「あ? なにが?」
「俺が帰っても……」
言い掛けて、宋都がにたーっと嫌な笑みを浮かべる。
その気味悪い笑顔に背筋が震えた。
そして、宋都は俺を見下ろすのだ。
「なんだよその面、まるで俺に引き止めてほしいって口振りだなぁ?」
言われて、自分の言動を振り返っては顔が熱くなった。
「っ、ち、ちが……」
「違わねえだろ。はは! 燕斗に教えてやっかな、美甘はお前より俺のが良いって」
「や、やめろ! 絶対やめろって……っ!」
普段は穏やかだが、怒ったときの燕斗のおっかなさはこいつだって知ってるはずだ。
それなのに宋都は子供の頃と変わらない、悪ガキのような顔でくしゃくしゃに笑う。
「冗談だよ、冗談。俺だってあいつにぶっ殺されたくはねえからな」
冗談だと分かってても冗談に聞こえない。
「ま、お前が勝手に逃げ出せるとは思わねえけどな」なんて、宋都は楽しげに俺の肩を叩く。
そのまま強く肩を掴まれ、食い込む指に思わず声が漏れそうになった。
「……っ、おい……」
「燕斗と一緒が嫌なら俺の部屋来いよ」
来るか?とかそんな断りでもなんでもない、最早決定事項である。嫌だ、と首を横に振るよりも先に宋都はさっさと俺の腕を引っ張って歩き出すのだ。
強い力、本人はじゃれついてるつもりなのだろうがこいつの力は無駄に強い。それも本人は気にしていないから余計質が悪かった。
「さ、宋都……痛いっ、痛いってば……ッ!」
「ああ? こんくらいで痛いってお前雑魚すぎんだろ、ほら、こっち。それともお姫様抱っこのが良かったか?」
んなわけねえだろ。なんて口利けば、何されるかたまったものではない。何も答えない俺に宋都は小さく舌打ちをし、そのまま宋都に連れ込まれるのだった。
根本は同じでも、宋都と燕斗の性格は正反対だ。そしてそれは部屋の内装にも反映されている。
脱いだままの服のが脱ぎ散らかされたベッドに身体を放り投げられ、驚く暇もなく雑に布団を被せられた。女の香水の匂いがする。あと、ヤニも。
どちらも俺の嫌いな匂いなだけに具合が悪くなって顔を出せば、ベッドの横に立ちこちらを見下ろしていた宋都が笑った。
「寝ていいぞ。それとも子守唄がほしいか?」
「……っ、お前……部屋の換気くらいしろよ」
「精子臭かったか? いいだろ、お前好きじゃん」
「っ、……」
こいつは本当に下品なやつだ。
恥じらいもしない宋都の言葉に、何故かこちらが顔が熱くなる。おまけになにか布団の中に入ってるなと思って手に取ればそこには女物の下着が出てくる始末だ。
手にとってしまい、「うわっ!」と思わず投げ捨てれば、そんな俺を見て宋都は声を上げて笑った。
「っく、はは! うわって! ゴキブリじゃあるまいし」
「お、お前……部屋の掃除したのいつだよ」
「さあ? いつだっけな?」
「…………」
信じらんねえ。汚い。がさつにもほどがある。
なんでこんなやつがモテてるんだ。顔が良ければ世の中の女はそれでいいのか。そんなの不公平じゃないか。
「ったく、注文が多いな。換気すりゃいいのか?」
なんて呆れてると、宋都は渋々部屋の窓を開けるのだ。そして下着を拾い上げ「いつのだ?これ」なんて言いながらそのままゴミ箱に突っ込む。
部屋の中に新鮮な暖かな空気が流れ込み、先程よりも幾分気分がましになった――そんな気がした。
「ほら、さっさと寝ろ。寝とけ。あとがしんどいぞ」
脱ぎ散らかされた服も纏めて一箇所の床の上に集め、そのまま足で避けた宋都は布団の中で丸まっていた俺の身体をぽんぽんと叩くのだ。
なんか、宋都が優しい。
いやあまりにも優しさに飢えていたせいでそんな風に思っているだけかもしれない。それでも昔の宋都だったら俺の言葉なんて「うるせえ黙ってろ」って馬乗りになって泣かせてくるはずだ。
高校生になってようやく成長したのか?なんて、布団の中で戦々恐々としながらも俺は「わかったよ」とだけ答え、そのまま目を瞑る。
すぐに寝ろと言われて寝れるわけがない。他人の家、それもあの双子の家だぞ。そんなことを考えている内に、薬の副作用もあってかあっという間に睡魔に襲われるのだ。
沈んでいく意識の中、遠くで扉が開く音が聞こえた。
そんな気がした。
聞いていた通り、両親は朝早くから旅行へ向かった。それを見送り、さあ二度寝でもするかと思った矢先、インターホンが鳴り響く。
こんな朝から誰だと思いながら部屋へ戻ろうとするが、再び部屋の中にインターホンが響いた。
渋々インターホンを確認すればそこに映し出された顔を見て血の気が引いた。レンズ越し、こちらに手を振るのは瓜二つの顔をした男二人。
――宋都と燕斗だ。
嘘だろ、なんであいつらがここに。逃げなければ、と固まってる間に玄関の扉が開く音が聞こえてくる。
「な……ッ!」
やばい、と隠れようとするが遅かった。
デカい足音とともにバタバタと近付いてくる気配に身が竦む。リビングのソファーの陰に隠れようとしたとき、扉が勢いよく開いた。
「あ、本当だ。ここにいた」
「だから言っただろ。美甘はインターホン確認するけど絶対出ないって」
「ちゃんと出ろよ、美甘」
「……っ、宋都……燕斗……ッ! な、どうやってここに……ッ!」
「どうやってって……さっきそこでオバサンたちと会ったんだよ。『もしかしたら逃げるかもしれないからちゃんと連れて行ってやってくれ』って、鍵もくれたし」
ほら、と燕斗は俺の眼前に鍵をぶら下げる。
間違いない。というか、何を考えてるんだうちの母親は。なんでよりによってこいつらに。
混乱と戸惑い、そして焦りで固まってると「みーかも」と宋都に肩を抱き寄せられる。
「つかさ、久し振りじゃね。少しは背ぇ伸びたか? 縮んだ?」
「ち、縮んでない……っ、ていうか、俺は別に一人でも大丈夫だし。うちの親が勝手に言ってるだけで、オバサンには断っておいて……」
「いやいやいや、そりゃないだろ」
「そうだよ、美甘。俺たち、美甘が泊まりに来るって聞いてずっと楽しみにしてたのに」
俺はそうじゃない。一緒にするな。そう言い返すことができればいいのに、燕斗に手を握られると背筋が凍りつくのだ。向けられた視線はじっとりと絡みつくようで、その目で見詰められるとぞわぞわと無数の虫が這い上がっていくような嫌な感覚に襲われるのだ。
最後に話したのは大分前なのに、なに一つ変わらない。いや、昔よりも図体だけでかくなった連中に挟まれ、両腕を掴まれる。
腕に食い込む指の感触に、記憶の奥底へと押し込めていたものがぶわりと蘇る。咄嗟に「ま、待って」と叫べば、右脇を掴んでいた宋都は笑った。
「待たねえよ。腹減ってんだよ、俺」
「っ、さ……宋都……」
睫毛が当たりそうなほどの至近距離、顔を寄せてくる宋都に凍り付く。そのまま鼻先を噛まれるのではないか、そんな恐怖で思わずぎゅっと目を瞑ったとき。
「朝飯、美甘もまだだろ? うちのババアが張り切って作ってたから、さっさと帰ろうぜ」
そう笑う宋都に、俺は思わず目を開けた。
てっきりなにかの暗喩かと思っていただけに戸惑う。
「美甘の好物ばかり準備して、俺達の好物全部無視してるんだよあの人」
「好物……」
「うん、だから俺たちと一緒に帰ろう?」
笑う燕斗にそっと頭を撫でられる。
てっきり、いきなり服剥ぎ取られて全裸で踊らされるのではないかと怯えていたが、以前の、関係がおかしくなる前のように振る舞ってくる燕斗と宋都に俺は狼狽えた。
本当になにもなかったように優しくしてくれるのだ。もしかしたら反省して俺への対応を改めてくれているのだろうか。分からなかったが、ずっと元のような関係に戻りたい。そう思っていた俺にとってそれは嬉しいことだった。
だから、俺はうっかり「わかった」と差し出された燕斗の手を取ってしまったのだ。
そのとき宋都と燕斗が笑ったことなど知らず、「俺もお腹減ってたんだ」なんてアホみたいな顔をして。
それから念の為家の戸締まりをし、燕斗に言われるがまま必要なものの準備だけして俺は双子に挟まれて家を出る。荷物は燕斗が持ってくれてるし、なんというか至れり尽くせりというやつだ。
俺んちと慈光家はそう遠くない距離にある。しばらくもしないうちに現れた無駄に広い庭付きの大きな家を前に、頭の奥がずきずきと痛んだ。
先を歩いていく宋都がこちらを振り返り、「どうした?」と声をかけてきた。
「い、いや……大丈夫」
「また頭痛かよ。薬は?」
「まだ……」
「じゃあ早く部屋で休んだ方がいいかもね」
行こうか、と背後に立っていた燕斗に背筋を撫でられた瞬間、言葉にし難い感覚が広がった。じんわりと熱を孕んだ痺れるような間隔は不快感にもよく似ていた。
この家には、一時期毎日のように来ていた。中の内装の場所も鮮明に覚えてるくらいだ。その子供部屋には、いい思い出がない。
でも、俺達も高校生になったのだ。まだ常識もなにも知らなかった子供の頃とは違う。
あんな過ち、起きるはずがない。それに、二人だってもう彼女の一人や二人は出来てるだろう。わざわざおかしなことをするはずはない。
そう自分に言い聞かせ、呼吸を整える。そして、俺は心配そうに見てくる燕斗に「もう大丈夫だ」とだけ答えて足を進めた。
門を通り抜け、慈光家の敷地に足を踏み入れる。
オバサンの趣味である可愛らしい置物が置かれた庭先を抜け、やってきたのは玄関前。
「懐かし……」
「ほら、美甘こっち」
燕斗に腕を掴まれたまま、俺はその後ろについていく。
他人の家にはその家特有の匂いがあるというが、慈光家の場合は甘くて優しい香りだろう。
寧ろいい匂いのはずなのに、頭痛は増していく。具合が悪くなっていくのはこの家の雰囲気だけではない、こいつが一緒にいるからだと分かっていた。
……一週間か。
我慢しなければならないというのに、いくらこいつらが更生していたとしてもなかなか気が重い。
腹を括って、俺は二人に招かれるまま慈光家内に足を踏み入れた。
――慈光家、リビングルーム。
「あら~! いらっしゃい、遠君。見ないうちに大きくなったわね」
「あ、オバサン……お世話になります」
「いいのよ、そんなに畏まらなくても。自分ちと思って寛いでね。なんなら好きなだけいてくれてもいいんだから」
「あ、あはは……」
冗談じゃない。オバサンには悪いけど、流石にそれは嫌だ。
二人に挟まれた俺を見て、オバサンはずっとニコニコしていた。
昔からこの人は俺に優しくしてくれた。子供の頃から擦れていた息子たちよりも、その間で縮こまっている俺の方が可愛い……らしい。
そのお陰でたくさんお菓子ももらったが、正直この二人のクセの強さはオバサンから来てるような気もしないでもない。
そしてうちの母親とそう歳も変わらないはずなのに、一向に歳を取らないのも謎で少し怖い。
オバサンに捕まり、どうしたものかとしてるといきなり宋都に肩をがしっと抱かれる。
「そうそう、美甘がずっと居てくれんなら俺も結構嬉しいかも」
「な、なんだよ急に……」
「ん~? 正直な気持ちだっての、なに照れてんだよ」
「て、照れてないし……」
離せよ、とやんわり宋都の腕の中から逃れる。
「ゆっくりしていってね」というオバサンの言葉に甘え、取り敢えず頭痛が収まるまでソファーで休ませてもらおうかと腰を掛ければ、その右隣に燕斗が腰をかけてくる。
太もも同士がぴたりとくっつきそうなほどの距離に、もう少し離れろよと思いながらも足を閉じれば「美甘」と名前を呼ばれぎくりとした。
「な、なに……」
「本当に母さんは美甘のこと気に入ってるね」
「……お前たちが悪さばかりしてるからじゃないか?」
「おいおい、俺らは良い子だろ? なあ、燕斗」
言いながら、左隣にどかりと腰を掛けてくる宋都。
こいつに至っては足を閉じるという気遣いすら見えない。
というかなんで空いてる向かい側のソファーに座らないのだ。
ただでさえ狭いのだからデカい二人は向こうにいってくれ。
……なんて、口が避けても言えないが。
「美甘、そう言えば頭痛はまだ酷いの?」
「……まあ、少し」
「あら、美甘君体調悪いの? 大変、薬はあるの?」
「あ、はい……いつものことなんで。一応常備薬持ってきてます」
「そう……ご飯は大丈夫そう? 無理そうだったら後からまたお腹に優しいもの用意するわよ」
「す、すみません……その……」
頭の奥、頭痛は広がっていく。
正直、この状態で食べてもまともに味わうことはできないだろう。
それが分かったからこそ、躊躇った。
そんな俺の顔をじっと覗き込んでいた燕斗は「母さん、美甘のご飯は後でもらうよ」と代わりに答えるのだ。
そして、そのまま俺の手を掴んだまま立ち上がる。
「美甘具合が悪いみたいだから俺、先にこいつ部屋で休ませてくるよ」
「え、あ……おい……燕斗……っ」
半ば強引に立たされ、驚く俺。
それを見ていた宋都は「……あー、はいはい。了解~」とにやにや笑いながら背もたれに背中を預ける。
対するオバサンは心配顔で。
「あら、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。……そういうことだから、美甘。俺たちの部屋に行こっか」
……気を遣ってくれてるのだろうか。
昔から燕斗は周りによく気付くやつだった。
そんなところがまたいいらしく、余計女子にキャーキャー言われていたのをよく覚えている。
あのときの俺は『そいつのそれは猫被りだぞ』ってずっと言ってやりたくて堪らなかった。
が、今目の前にいる燕斗はどうだろうか。
あのとき女子相手にしていたときのように肩のラインを撫でられるとぞわりと背筋が震えた。
「歩ける?」と耳元で尋ねられ「大丈夫だ」とだけ応えたが、燕斗は俺の身体から手を離すことはなかった。
落ち着かないし、不快ではあるが――それよりも休みたかった俺は燕斗の気遣いに素直に甘えることにした。
燕斗に連れられて上がってきた慈光家二階。
三階建てのこの家の二階には双子の部屋があり、昔から二人はそれぞれの部屋を持っていた。
基本三人で遊ぶときは遊び部屋なる部屋があり、その共有スペースで遊んでいたのだが……。
「ここ、全然変わってないな……」
「そりゃあね。美甘が来なくなったって言ってもまだ二年も経ってないし」
「……」
「じゃあ、俺の部屋の場所覚えてる?」
二階に上がり、きょろきょろと辺りを見渡していた俺に燕斗は尋ねてくる。
目の前の遊び部屋だった扉を挟んで右隣の扉、確かそこが燕斗の部屋だ。
「……こっち」
燕斗は「正解」と笑い、右手の扉を開く、
そして「こっちだよ」と俺を引き摺って歩いていくのだ。
記憶云々以前に、宋都の部屋は一見しただけでもすぐ分かるのだ。
扉からして何故かボロボロで汚いし。部屋の中もお察しだし。
遊び部屋だった部屋は今二人の書斎になっているという。
燕斗はともかく、宋都と書斎が結びつかなかったがどうせ漫画ばかり並べているのだろう。二人で使うものとかはいちいちお互いの部屋に行き来するのが面倒だから置いていっているだとか。
俺にはやはり金持ちの感覚はあまりわからないが、俺の部屋よりも大きなスペースをそんなよくわからない使い方をするのだからやはり金持ちだな、なんてぼんやり考えた。
――燕斗の部屋。
「……相変わらず、なにもない部屋だな」
「そう? でも、汚い部屋よりかはましだろ?」
宋都にも言ってやれ、それ。
ベッドの上、腰を掛けた燕斗は自分の隣をぽんぽんと軽く叩く。
「ほら、美甘。おいで」
まるで犬や猫のように呼びやがる。
俺が昔みたいに喜んでいくと思っているのだ。
当たり前のように呼ばれるとなんだか癪で、「俺、床に座るからいい」と断れば「美甘」と先程よりも低い声で呼んでくるのだ。
「っ、燕斗……」
くそ、と心の中で毒づきながら俺は渋々燕斗の座るベッドへ――やや燕斗から離れた箇所に腰を下ろす。
軋むスプリング。ベッドの端に座る俺に、燕斗は怒るどころかふ、と笑うのだ。
そして更にやつは距離を詰めてくる。
また腿が当たりそうな距離まで詰められ、避けようとするがこれ以上はベッドから落ちてしまう。
そう硬直したとき、伸びてきた指に首筋を触れられぎょっとした。
「な……ッ!!」
「体温も上がってきてるみたいだ。……もしかしたら風邪っぽいのかな?」
無遠慮も無遠慮。首筋から項まで、細い指が皮膚の表面を撫でていく。
全身が泡立ち、「急に触るな」と慌ててやんわり離そうとするが燕斗のやつの指は離れない。
それどころか。
「……ああ、また熱くなってきたね」
こいつ、わざとか?
「っ、ん……だ、大丈夫……だって言って……」
「俺には見えないけど」
「……ッ、ん……!」
冷たい指先が耳朶に触れ、思わず肩を竦める。
自然と距離が近付き、鼻先へと迫る燕斗の顔に、じっと向けられたその目に俺は息が詰まるような感覚に陥る。
「え、燕斗……っ、近い……」
「そうかな。俺達、いつもこれくらいだっただろ」
「そ、かもだけど……」
「それとも、たかが一年で俺との距離忘れたわけじゃないだろ」
何度も忘れようとはした。
なんて言ったら燕斗はどんな顔をするだろうか。
いや、こいつのことだ。いつも通り涼しい顔をして「じゃあまた覚えればいい」とか抜かすのだろう。
「……っ、えん、と……ッ」
別に服を脱がされてるわけでも、恥ずかしいことをされているはずでもないはずだ。
それなのに、その細く整った指先で耳朶から耳の凹凸をすっと撫でられると、それだけで背筋がびりびりと痺れ始めるのだ。
そんな俺を見て、燕斗は「益々熱くなったね」と微笑むのだ。熱を持ち始めていた頬を撫で。
「燕斗……っ、……」
「美甘、薬は?」
指摘され、はっとする。
俺は慌てて上着のポケットを探れば、そこにはいつも突っ込んでいた頭痛薬が入っていた。
「ちゃんと持ち歩いてるんだ、偉いね」なんて心の籠もってない褒め言葉を口にしながら、燕斗はベッドの側、取り付けられていたドリンク用の冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出した。
そのキャップを開け、燕斗はこちらを見る。
「ほら、薬。飲ませてあげるよ」
「い、いい……自分で……ッ」
飲む、と言いかけたときだった。
燕斗は「遠慮しないで」と俺の手を重ねるように握り、そのまま硬く握りしめた俺の拳を開かせてくるのだ。
こいつ、顔に似合わず力が強い。中身は宋都と同じなのだから納得も納得なのだが。
「や、やめろって、おい……っ!」
そんな燕斗に敵うはずもなく、呆気なく俺は燕斗に薬を取り上げられた。
錠剤を二つ、シートから取り出した燕斗はあろうことか俺の目の前でその二つの錠剤を自分が飲むのだ。
目を疑った。何を考えてるんだ。
凍り付く俺を前に、燕斗はべ、と舌を出して笑った。
「ほら、お前も口を開けなよ。美甘」
俺が飲ませてあげる、と燕斗は俺の顎を掴む。
驚きの屈辱のあまり、思わず反応に遅れてしまう。
「っ、お、まえ……ッん、う……ッ!」
口を閉じる隙もなかった。
錠剤を乗せた舌は咥内へとねじ込まれ、躊躇なく俺の舌へと絡められる。
唾液が絡み、ざらりとした感触が不快だった。
「……っ、ん、んう……ッ!」
俺の咥内へと薬を移した燕斗は、そのままちゅぷ、と音を立てて唇を離す。
そして、予め用意していたミネラルウォーターのボトルを口に含むのだ。
――油断していた、こいつらに常識や人の心、倫理観諸々などあってないようなものだということを。
「燕斗、待っ――……ッ、ん、ぅ……!」
上を向くように顎を掴まれたまま舌ごと水を喉奥まで押し流される。
注がれるそれを拒むことなどできなかった。
水に押し流され、喉の奥、ころころと流される薬の感触を感じる。
嫌なのに、拒むができない。受け入れることしか許されず、俺の口の中が空になってようやく燕斗は唇を離すのだ。
「……っ、は、……ッ、けほ……ッ!」
「あーあ、ベッドまで濡れたね。……全く、美甘は昔から要領が悪いんだから」
「……っ、燕斗、お前……ッ」
「そのままじゃ気持ち悪いだろ? 俺が着替えるの手伝ってあげるよ」
「脱げよ、美甘」溢れた水を拭い、咽返る俺の口元をそっと袖で拭いながら、やつは王子様のような顔とは正反対の言葉を口にするのだ。
「な、何言ってんだよ、お前……」
「脱いでって言ったんだよ、美甘。そのままじゃ風邪引くだろ?」
「……ッ」
あまりにも平然とした顔で燕斗が答えるものだから、思わず言葉を失ってしまう。
それでも、またここで言いなりになってしまうのは嫌だった。
「っ、い、やだ……服なら、あっちで自分で脱ぐし……お、お前には……」
お前には見られたくない、そう言いかけたときだった。
いきなり伸びてきた手に服の裾を掴まれる。そのまま裾を持ち上げられ、バンザイをするように着ていたTシャツ脱がされるのだ。
「っ、ぉ、おいっ! 燕斗……っ!」
「いいから、ほらじっとしてろ」
まるで子供をあやすようにシャツを脱がされ、抵抗する暇もなくあっという間に頭からシャツを抜かれるのだ。
上半身裸になり、咄嗟に胸を隠す俺を見て燕斗は笑った。
「そんなにビクビクしなくても、取って食いやしないのに」
「お、お前……」
「ほら、着替え。……俺の服だけど」
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肩の位置からして合わないおかげで全体的にだらしなくなってしまってる気がしてならないが、何度直したところでそれは変わらない。
「ぶかぶかだな」
「お前が……デカすぎるんだよ」
「美甘が成長してないだけだろ」
すぐ後ろで、くすくすと燕斗が笑ってることに気付く。はっと振り返ろうとしたとき、背後から伸びてきた手に右腕を掴まれた。
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「っ、わ、悪かったな……」
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慌てて燕斗から逃げようと腰を浮かせたとき、そのまま裾の中まで燕斗の指が入ってくるのだ。
ぎょっとすれば、俺の行動を読んだかのようにもう片方の手でやんわりと上体を抱き寄せてくる。
骨張った大きな掌が平らな胸を滑り、もう片方の手はそのまま直接素肌に触れてくるのだ。
「っ、待っ、待て、おい……ッ」
「ここも全然育ってないな。……昔あんなに揉んでやったのに、サボってたからかな」
「ッ、ん、なに……言って……」
気付いたときには既に燕斗の手中の中だった。俺を抱え、自分の膝の上へと座らせてくる燕斗。
やめろ、と腰を浮かせようとするが、それよりも早く燕斗の無駄に長い足が俺の足に絡み、そのまま強引に開かせられるような形で固定されるのだ。
「っ、燕斗……ッ」
「美甘、俺に裸見られるの嫌なのか?」
「あ、当たり……前だ……ッ、ぁ……!」
「どうして?」
「ど……っ、してって……ッ、ひ……ッ!」
言い終わるよりも先に、シャツの下、皮膚の上を優しく撫でるように動いていた燕斗の指が胸の突起に触れる。
幼い頃から悪戯に弄られてきたそこは、俺が人前で裸になりたくない要因ともいえる。
他の同年代の男に比べ、明らかにぽってりと大きくなったそこは見た目だけではなく、息を吹きかけられるだけで感じてしまいそうになるほどだった。
それでもここ一年ほどはなにもなかったので落ち着いていたはずなのに、快感を高めるように乳輪と乳輪の間の皺をなぞられるとそれだけで全身の毛穴が開くようだった。
「や、やめろ……っ、燕斗……ッ」
「美甘、俺達が触ってない間、ちゃんと自分でも弄ってたか?」
「っ、だ、れが……」
そんなこと言うか、と燕斗の腕から抜け出そうと身を捩ったときだった。
もう片方の乳首をシャツ越しに優しく揉まれ、腰が大きく跳ねた。わざとシャツに浮かすように襟首を噛んで引っ張った燕斗は、そのままこしこしと乳首の側面を優しく撫でながら「本当に?」とあの耳障りのいい声で囁いてくるのだ。
「ほ、んと……ッんぅ……ッ!」
「本当? むっつりでエッチな美甘のことだから、俺達が触ってあげられないときでも一回二回くらいはここでオナニーしてたと思ってたんだけど」
「っ、ぁ、も、やめろ……っ! そ、そこばっか……ッ!」
「足、もじもじしてきてる。駄目だろ、閉じちゃ。気持ちいいときは気持ちいいって素直に言わないと」
「ね?」と燕斗は両乳首を内側、外側から同時に押し潰し、柔らかく乳輪に指を埋めたまま胸の内側を穿るのだ。俺はこれが嫌いだった。逃れることすらもできず、背後の燕斗に凭れたまま俺は声にならないに悲鳴を上げる。
「っ、ぁ、あ……ッ」
「美甘の声、やっぱエロくていいな。腰に響く」
「っ、ば、か……ッ! や、め、……ッんん!」
「美甘が元気になってくれたらもっとできるのに……本当、残念だな。早く元気になってくれよ」
「ぉ、お前……ッ、」
こいつ、言ってることもやってることも無茶苦茶だ。
愛撫に耐えられず、尖った乳首の先っぽをいい子いい子するみたいに優しくくるくると撫でられるだけで、目の前が赤く染まっていく。
呼吸が浅くなり、いつの間にかに膨らんだ俺の下半身を見て燕斗は「こっちも撫でてあげないとな」と優しく触れてくるのだ。
「っ、ぁ、や、触るな……ッ」
「こんなに股広げて何言ってるんだ。……ほら、また大きくなった」
「ち、が……ッ、こんな……ぁ……ッ、ん、……ッ」
焦らすように揉まれ、すぐに股間から離れた手は広げられたまま固定された腿を撫でていく。
その指の動きすらも全神経が追ってしまい、頭がどうにかなりそうだった。
疲弊する俺を見て、燕斗は「ここまでか」と口にした。
そして、俺から手を離す。拘束していた燕斗の足も外れ、俺はそのままずるりと背後の燕斗に撓垂れ掛かかった。燕斗はそんな俺の肩を抱き寄せ、乱れたシャツを整えていく。
裾を下ろし、腹部まで折りてきたその手は俺のウエストを引っ張り、そのまま下着の中にずぼっと入ってくるのだ。
「……ッ、ぅ、あ……ッ」
「あーあ。濡れちゃったな、美甘」
ぐちゅ、と下着の中、粘着質な音が響いた。
「こっちの着替えも貸してやろうか」と優しい顔して笑う悪魔に、俺はその腕を振り払った。
そのままよたよたと下着をずり上げながら俺は燕斗の部屋から飛び出した。
燕斗は最初から俺を追いかけてくる気はなかったようだ。呆気なく逃げられたことに戸惑いながらもこのまま慈光家から飛び出してやろう、と階段を降りようとしたときだった。
「んあ、お前何やってんだ?」
丁度階段を上がって来ようとしていた宋都が、文字通り壁となって俺の目の前に立ち塞がったのだ。
「っ、さ、宋都……っ!」
最悪だ。最悪以外の何者でもない、こんなの。
目の前に立つ大きな壁に身が竦む。
こんなタイミングで顔など合わせたくなかった。
咄嗟に引き返そうとすれば、「待てよ」と伸びてきた腕に身体を抱えられるのだ。
無遠慮に腰に回される筋肉質な腕に抱き寄せられ、先程までの燕斗の腕を思い出しては血の気が引いた。
「な、さ、触るな……ッ」
「なんだ、随分と早かったな。あいつのことだからもっと時間かかるかと思ったけど」
「へ……は? なに……」
「ま、いーや。その顔からしてどうせまた逃げてきたんだろ? あいつから」
近付く鼻先に咄嗟に後退ろうとするが、抱き寄せられた身体はろくに動かすこともできない。
宋都のその含み笑いからして、なにがあったのか大体察しているのだろうか。
「つか、あいつの服着てんの腹立つな」
「っ、ぁ……ちが、これは……水が溢れたから着替えを貸してもらっただけだ……っ!」
「ふーん、似合わねえな」
そんなこと分かってる。というかサイズが合わないのだから仕方ないだろ。
言い返してやりたかったが、益々自分が惨めになっていくだけな気がしてやめた。
「離してくれ」と宋都の胸を押し返せば、そのまま宋都は俺の手を掴むのだ。
「おい、元気だな。具合悪いんじゃねーのかよ、お前」
「……っもう、いい。平気だ。やっぱ俺……」
「今更帰るってか? やめとけやめとけ、どうせあいつが家まで押し掛けるぞ」
「……あいつって」
「ああ? 燕斗以外に誰がいるんだよ」
考えたくはないが安易に想像つく。
けれど、宋都の口振りには妙に引っ掛かった。
「お、お前は……いいのか?」
「あ? なにが?」
「俺が帰っても……」
言い掛けて、宋都がにたーっと嫌な笑みを浮かべる。
その気味悪い笑顔に背筋が震えた。
そして、宋都は俺を見下ろすのだ。
「なんだよその面、まるで俺に引き止めてほしいって口振りだなぁ?」
言われて、自分の言動を振り返っては顔が熱くなった。
「っ、ち、ちが……」
「違わねえだろ。はは! 燕斗に教えてやっかな、美甘はお前より俺のが良いって」
「や、やめろ! 絶対やめろって……っ!」
普段は穏やかだが、怒ったときの燕斗のおっかなさはこいつだって知ってるはずだ。
それなのに宋都は子供の頃と変わらない、悪ガキのような顔でくしゃくしゃに笑う。
「冗談だよ、冗談。俺だってあいつにぶっ殺されたくはねえからな」
冗談だと分かってても冗談に聞こえない。
「ま、お前が勝手に逃げ出せるとは思わねえけどな」なんて、宋都は楽しげに俺の肩を叩く。
そのまま強く肩を掴まれ、食い込む指に思わず声が漏れそうになった。
「……っ、おい……」
「燕斗と一緒が嫌なら俺の部屋来いよ」
来るか?とかそんな断りでもなんでもない、最早決定事項である。嫌だ、と首を横に振るよりも先に宋都はさっさと俺の腕を引っ張って歩き出すのだ。
強い力、本人はじゃれついてるつもりなのだろうがこいつの力は無駄に強い。それも本人は気にしていないから余計質が悪かった。
「さ、宋都……痛いっ、痛いってば……ッ!」
「ああ? こんくらいで痛いってお前雑魚すぎんだろ、ほら、こっち。それともお姫様抱っこのが良かったか?」
んなわけねえだろ。なんて口利けば、何されるかたまったものではない。何も答えない俺に宋都は小さく舌打ちをし、そのまま宋都に連れ込まれるのだった。
根本は同じでも、宋都と燕斗の性格は正反対だ。そしてそれは部屋の内装にも反映されている。
脱いだままの服のが脱ぎ散らかされたベッドに身体を放り投げられ、驚く暇もなく雑に布団を被せられた。女の香水の匂いがする。あと、ヤニも。
どちらも俺の嫌いな匂いなだけに具合が悪くなって顔を出せば、ベッドの横に立ちこちらを見下ろしていた宋都が笑った。
「寝ていいぞ。それとも子守唄がほしいか?」
「……っ、お前……部屋の換気くらいしろよ」
「精子臭かったか? いいだろ、お前好きじゃん」
「っ、……」
こいつは本当に下品なやつだ。
恥じらいもしない宋都の言葉に、何故かこちらが顔が熱くなる。おまけになにか布団の中に入ってるなと思って手に取ればそこには女物の下着が出てくる始末だ。
手にとってしまい、「うわっ!」と思わず投げ捨てれば、そんな俺を見て宋都は声を上げて笑った。
「っく、はは! うわって! ゴキブリじゃあるまいし」
「お、お前……部屋の掃除したのいつだよ」
「さあ? いつだっけな?」
「…………」
信じらんねえ。汚い。がさつにもほどがある。
なんでこんなやつがモテてるんだ。顔が良ければ世の中の女はそれでいいのか。そんなの不公平じゃないか。
「ったく、注文が多いな。換気すりゃいいのか?」
なんて呆れてると、宋都は渋々部屋の窓を開けるのだ。そして下着を拾い上げ「いつのだ?これ」なんて言いながらそのままゴミ箱に突っ込む。
部屋の中に新鮮な暖かな空気が流れ込み、先程よりも幾分気分がましになった――そんな気がした。
「ほら、さっさと寝ろ。寝とけ。あとがしんどいぞ」
脱ぎ散らかされた服も纏めて一箇所の床の上に集め、そのまま足で避けた宋都は布団の中で丸まっていた俺の身体をぽんぽんと叩くのだ。
なんか、宋都が優しい。
いやあまりにも優しさに飢えていたせいでそんな風に思っているだけかもしれない。それでも昔の宋都だったら俺の言葉なんて「うるせえ黙ってろ」って馬乗りになって泣かせてくるはずだ。
高校生になってようやく成長したのか?なんて、布団の中で戦々恐々としながらも俺は「わかったよ」とだけ答え、そのまま目を瞑る。
すぐに寝ろと言われて寝れるわけがない。他人の家、それもあの双子の家だぞ。そんなことを考えている内に、薬の副作用もあってかあっという間に睡魔に襲われるのだ。
沈んでいく意識の中、遠くで扉が開く音が聞こえた。
そんな気がした。
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