腐敗系男子

田原摩耶

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友人の使い方

01

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 童貞を卒業すれば何か変わると思っていた。
 一皮剥け、周りからも一目置かれ、周りの童貞男子諸君を見下すことができ、精神的にも余裕が出て来る……そう思っていたが、実際はどうだろうか。

 校内、寮、食堂に売店。
 筆卸相手のあいつの姿を見かける度に俺は冷水ぶっ掛けられたみたいに飛び上がり、こそこそと影に隠れては徹底的にあいつを避けていた。
 ルームメイト兼同室者の友人である鹿波は不良というやつで、正直普通に学園生活を送ってる分には関わりたくないタイプの人間だ。
 そんな相手を無理矢理縛り上げた上に射精させてそのケツで中出しとか本当……今思い返せばどんだけ勇気あるんだ、俺。

 というわけで、俺はあの日の記憶を封印し、徹底的に鹿波から逃げ回っていた。今でも思い出す度にあいつに殴られた顔面が痛む。
 鹿波だってそうだ、ちょっと目が合うだけで俺に飛び掛かってくるのだ。
 確かにまあ敵視するなと言った方が無理な話だろうが、拘束を解いた後ボコボコに殴られた上強制土下座までさせておいて尚、俺のことを許そうとしない鹿波には呆れさせられた。
 そろそろ『俺っ、高座のことが好きだったのに……強姦なんて酷い!でも好き!』みたいなことになったっていいのではないか?現実は酷だ。やっぱり二次元最高。

 というわけで、現在に戻る。
 最近は自家発電と言う知恵を身に着け、絵を描くようになったわけだがやはり中々上手くいかないというもので。



「山下、一生のお願いがあるんだけど」
「んー?なに?」
「ちょっと下脱いで四つん這いになれよ」

 夜の自室内。
 俺の言葉に、ルームメイトの山下は爽やかな笑顔を浮かべたまま硬直する。
 徐々に顔面から血の気が引いていき青ざめていったと思えば、いきなりビクッと体を跳ねさせそのまま後ずさった。

「ま、まさか、僕にまで手を出すつもり?け、ケダモノ……ッ!」
「ちげーよ。モデルだって、モデル」

 なんだよ、ケダモノって。
 エロゲやりまくって二十四時間興奮しているようなやつにだけは言われたくない。

「……モデル?」
「そうそう、モデル」
「いや、ちょっと待ってよ。モデルなのになんで下脱がなきゃいけないの。なんのモデルだよ」
「俺の被写体」

 素面で即答する俺に、山下は「絶対やだ」と首を横に振った。

「だって、あれでしょ?『君は俺の被写体だ。俺の指示以外の動きは許さない』とか言いながらいやらしい格好させたりいやらしいことさせたりして挙げ句の果てハメ撮りしながら中出ししちゃうんでしょ?やだよ、僕そんないやらしいこと堪えられない!」
「……」
「腸内カメラinして『君のナカもきれいなピンク色だね、俺色に染めてようか』とか言うつもりなんでしょ?!」
「お前は本当逞しいやつだよな」

 どうやらまた山下は妙なゲームをプレイしたようだ。
 言葉責めがやたら脂ぎってる。

「そんなことなら鹿波呼べばいいじゃん」

 携帯を取り出した山下は、そんなことを言い出した。
 鹿波。鹿波だって?こいつは正気か?俺に死ねと言ってるのか?

「ぜってーー無理、殺される。つか、あいつが『うんわかった』って承諾してくれると思うか?」
「想像できないけど九割方自業自得なんじゃないの、それ」
「だ、だとしても、無理だ。あいつ会う度すげー形相で追いかけてくるし」
「高座、まだ鹿波にちゃんと謝ってないの?」

 山下は藪から棒にそんなことを言い出した。俺は飲みかけていた栄養ドリンクを吹き出す。お陰でパソコンのモニターがビショビショだ。どうしてくれる。

「あ、謝ってって……そん時に謝ったっての!つかやめてくれよあいつの話は。どこかで聞かれてたりでもしたらまた歯折られるだろ」
「まーたそんなこと言って。鹿波だってゴリラじゃないんだから今度こそ誠意持って謝ったら仲良くなれるって」
「別にあいつと仲良くなりたかねーよ!」
「ふーーーん、そうなんだ。ここ最近ずっと鹿波のこと気にしてたみたいだからてっきり僕……」
「俺が気にしてたのはあいつの動向だっての、鉢合わせにならないための。……つーかそれ、絶対鹿波の前で言うなよ。殺される」

 確かにここ最近BL漫画を読んでも脳内であの時の鹿波が再生されては話にもエロにも集中できないというのは続いていたが……。
 俺が鹿波を気にしてるだって?……確かにあの時は少し、ちょっとだけ、まーぼちぼち、可愛いところもあるんじゃないかと思ったりもしたが、それとこれとは別だ。ワンパンで人の奥歯折るようなゴリラはこっちから願い下げだ。

 そんなことを話しながら、汚れたモニターを拭いていたときだった。
 廊下に繋がった扉が開く。そして、

「なんだよ山下、いきなり呼び出しやがって」

 噂をすればなんとやら。開いた扉から現れたのは、いま最も会いたくない男、鹿波だった。
 なんで鹿波がここにくるんだよ。
 あの日以来ここには来なかった鹿波が、まさかこのタイミングで遊びに来るとは思ってもいなかった。
 そしてすぐ、先程携帯を取り出していた山下を思い出す。まさか呼び出したのかこいつ、モデルから逃げるために。

「まあ、ゆっくり話してみたらいいよ」

 そうBL漫画のやけに物分りのいい親友キャラよろしく爽やかに笑う山下は、俺の肩をぽんと叩く。
 何がゆっくりだ楽しみやがって。

「……て、てめえっ、なんでここにいるんだよ……っ!」

 そして鹿波も鹿波で俺が部屋にいないとでも聞かされていたのだろう。顔を怒りやらなんやらで真っ赤にしたあいつは声を荒げた。

「まあまあ、鹿波。ゆっくりしていってよ。ほら」
「おい山下っ、俺帰る、こいついるんなら嫌だ」
「かーなーみっ、そんなこと言わずに、ほら、高座も反省してるし。ねっ、高座」

「ごめんなさいは?」と笑顔の圧力掛けてくる山下。
 ここで力づくで蟠り無くさせるつもりなのだろうか。絶対無理だろこいつ相手に。と思うが、そんなこと言ってしまえばまたぶん殴られるだろう。俺は渋々「ごめんなさい」と頭を下げる。
 こいつから逃げ回る生活にはもううんざりだ。
「ふざけるな」と一蹴されるだろうかと思ったが、鹿波の反応は予想外だった。

「な……なんだよ、それ……ッ」

 呻く鹿波はどう見ても納得してるようには見えない。
 けれど、怒鳴りつけるわけでもなく、なんとなく、遣る瀬無い、そんなものを感じた。
 なんだ?なんだその反応は。

「じゃあ、僕ちょっと飲み物買ってくるね。高座、なにが飲みたい?」
「俺、牛乳」
「おい、山下……お前……ッ」
「了解。鹿波はコーラだよね?」
「そうだけど……って、おい!」

 爽やかに微笑んだ山下は、鹿波を俺に押し付ければそのまま颯爽と自室を後にした。
 この手際のよさといったら。

「……っ」

 呆然と山下の去った後を見ていた鹿波だったが、目の前にいるのが俺だと気がついたのだろう。
 慌てて俺から離れようとする鹿波に、無意識に俺は鹿波の腕を掴んでいた。

「触んじゃねえって、このホモ野郎……っ」

 どうやら、鹿波も鹿波で動揺しているようだ。手を思いっきり振り払われ、それでも、俺はやつの腕を掴んだ。

「この間のは俺が悪かった。だから、話だけでも聞いてくれ」

 殴られる前に塞ぐべし。
『この間』と口に出した瞬間、鹿波の顔がじわじわと赤くなる。どうやら思い出したようだ。

「い、今さら、なに言って……」

 俺から視線を逸らした鹿波の語尾は、段々弱くなっていく。
 ぐっと、掴む腕に力がこもった。どうやら俺の腕を振り払おうとしているようだ。あれから筋トレしておいてよかった。
 好感触、というのはこのことか。
 さっきの反応といい、思ってたよりも鹿波の反応は中々悪くない。
 これはあれか?もしかしたら俺が逃げていた間こいつもこいつで俺のことを恋しがっていたとかそういうやつか?
 だとしたら、このチャンス、逃す訳にはいかない。

「離せって、離せよ。信じらんねえ、気持ち悪いんだよ、糞野郎、まじ殺すぞ」

 照れ隠しにしてはちょっと言い過ぎではないだろうか。
 なかなか離そうとしない俺に焦れたのか、鹿波はその声は次第に荒々しくなる。

「だから、聞けって」

 鹿波の腕を強く掴み、俺は語気を強くする。鹿波を壁に押し付ければ不意に顔が近付き、瞬間、至近距離で丸くなった鹿波の視線が、揺れた。
 もしかして、怖がられているのだろうか。肩が強張ってる鹿波に、以前のようなふてぶてしさというか傲慢さが感じられなかった。自然と口が緩みそうになり、慌てて口元を引き締めた。

「……なんだよ、早く言えよ」

 この状況から逃げられないと悟ったのだろう。
 悔しそうに顔を強張らせた鹿波は、そう諦めたように口を開いた。相変わらず上から目線なのは否めない。が、話が早いのは助かる。

「下脱いで四つん這いになれよ」

 そう俺は先ほど山下にしたのと同じ要求を鹿波にする。 
「……は?」目を丸くした鹿波は、俺の言葉が理解できなかったらしく、間抜けた声を漏らした。

「だから、下脱いで……いってえ!」

 聞き損ねた鹿波のためにもう一度復唱してやろうとしたが、言い終わる前に脛に鹿波の蹴りが入れられる。
 片足に激痛が走り、俺の口からは情けない声が漏れた。
 くそ、こいつ人がテンション上がっているというのになんてことを。

「お前、全然反省してねーだろ!ふざけんな、殺すぞ!」

 どうやら俺は鹿波のお怒りに触れたようだ。
 血相を変えて怒鳴る鹿波に、俺は少しだけビビる。

「そんな熱くなんなよ。ほら、反省ならしてるから」

 殴られた。

「ふざけんじゃねえっ、反省してるやつが脱げとか言うわけねーだろ!」

 俺の腕を振り払った鹿波は、俺の胸ぐらを掴み怒鳴り散らす。
 まさか腕を拘束したまま殴られるとは思ってもいなかった。
 ヒリヒリと痛む頬を押さえる。少しはしおらしくなったかと思ったが、そんなこともなかった。
 この間のように縛るか。しかし、こうなった鹿波を縛れる自信はない。
 仕方ない、ここは大人しく諦めるか。でなければまじで俺の命が危ない。
 鹿波の言葉を右から左へと受け流しながら、俺は掴みかかってくる鹿波の手首を掴んだ。

「わ、悪かった。悪かったから落ち着けって。ちょっとした冗談だろうが……ったく」
「……冗談だと?」

 またもや俺は鹿波の逆鱗に触れたらしい。
 額に青筋が浮かべた鹿波は、俺の胸ぐらを掴む指先に力をこめた。マジギレ怖い。

「くそ、こうなったら山下にやらせるしかねーな」

 つい、そんなことをぼやいたときだった。
 俺を掴んでいた鹿波の手が、外れる。それと同時に、顔面蒼白になった鹿波と目が合った。

「お前……山下にも手え出すつもりかよ……」

 俺が山下に手を出すだって?まさか。どうしたらそんなことになるんだ。
 どうやら鹿波は俺の言葉を悪い意味で受け取ったらしい。
 そんなことあるわけないだろう。山下は俺の友人だ。友人にまで手を出すほど俺は飢えていない。というかあいつは縛ってもモデルにならないだろう。ちょっとした軽口のつもりだったが、鹿波からしたら洒落にならなかったようだ。真っ青になり、さっきまでの勢いはどこにいったのか、萎んでいく鹿波に俺は閃く。

「……」

 自分が断ったら友人が自分の身代わりにされると思っているのだろう。
 というより、そんなに俺は見境ないやつと思われているのか。そっちの方がショックだ。
 しかし、悪くない。すぐにネタバラシをするのもつまらないし、鹿波には先ほどの脛の蹴りと今の一発分の借りがある。

「別に俺が山下に手え出そうがお前には関係ないだろ?ほら、帰れよ。今日のところは見逃してやるからよ」

 俺は言いながら鹿波の肩を突き、しっしと手を払う。
「お前よりも山下のが従順そうだしなぁ」と悪役っぽく言えば、微かに鹿波が震えてるのがわかった。怒りかそれとも恐怖か分からないが、まるで人を親の仇かなにかのような目で見てくる鹿波はなかなかの迫力だ。
 しかし、ここで逃げないところを見ると、山下のことを完全に無視できないでいるようだ。
 これは、あと一息ではないか?
 内心ほくそ笑みながら、俺は続ける。

「どうしたんだよ。出ていけって。俺はこれから山下と仲良くしなきゃなんねえんだからな、お前の相手してる暇ねーんだよ」

「……ッ」
 山下が聞いていたら卒倒してしまいそうだとか思いながら、俺は扉を指差し「帰れよ」ともう一度口にした。

 小馬鹿にするような俺の態度が鼻についたようだ。
 悔しそうに顔をしかめた鹿波は、ぎゅっと唇を噛みしめる。そして。

「……ばいいんだろ」
「はい?」
「やればいいんだろって言ってんだよ、この変態野郎がっ」

 頬を赤くさせながら、鹿波はそう俺に向かって怒鳴った。変態野郎は余計だ。
 俺の腕を掴んだ鹿波は、ぐっと顔を近付ける。
 本人としてはガンつけているつもりらしいが、俺からしてみれば見詰められているようにしか感じなかった。

「なんだよ。お前が脱ぐのか?やれんのかよ、お前腰抜けだからなあ」

 わざと鹿波を煽るようなことを口にしてみる。
 不愉快そうに顔を険しくさせた鹿波。その拳がきつく握り締められるのを俺は確かに見た。

「あ、殴んのか?俺を?そんなことしてみろ、山下がどうなるか覚えとけよ」

 今にも俺に殴りかかって来そうな鹿波に、俺は先手を打つことにする。
 まさか山下の名前がこんなところで役に立つとは思わなかった。にやにやと笑いながら鹿波の耳元で囁けば、鹿波は握り締めていた掌を広げる。
 いやー悪くない。人を服従させるというのは。萎えかけていたテンションが再び高ぶり、俺は笑いながら鹿波の肩に腕を回す。

「ほら、さっさと脱げよ。俺が見ててやるからさ」

 そう耳朶に唇を寄せ、ふっと息を吹き掛ける。いつもなら鼻の骨一本は折れてるだろうが、今、俺はこいつよりも優位だ。
 その証拠に、鹿波は何もしなかった。
「早くしろ」と肩を撫でれば、やつの目がこちらをぎろりと睨んだ。相変わらずおっかねーが、それも今の俺からしてみれば可愛いものだった。
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