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馬鹿ばっか
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しおりを挟む政岡がここにいる気はしていたが、まさかよりによって野辺やったのが政岡とは。
なんつーか、元気で何よりと喜ぶべきか。つか、よく見ると政岡も額から血滲んでる。手だけではない、満身創痍も良いところだ。
「お、尾張、無事だったか?!」
「いや俺よりお前だよ、怪我が……」
「こんなの怪我の内に入んねえよ。……って、いうか、お前……どうしてここに……」
「まさかあいつらに何かされたのか?」言いながらハッとする政岡。なんだか妙に会話が噛み合わない。
……もしかしてこいつ、何も知らないのか?岩片が思いつきで追加したルールのことも。
何が起きたのか分からないと言った様子の政岡を前に、俺は背後にいた馬喰に目配せする。
「馬喰、野辺連れて一旦ここ出るぞ。……嫌な予感がする」
「ああ、……ってまさか俺がこいつ担ぐのかよ……」
「頼めるか?」
「構わねえけど……」
お前はいいのか?という顔でこちらを見る。そこで政岡はようやく馬喰の存在に気づいたらしい。
「馬喰って……ああ?! なんでテメェがいやがんだよ白髪野郎!!」
「政岡、後で説明するから……取り敢えず一旦ここから逃げ出すぞ」
「お、おお……!」
いや政岡と野辺を連れて行って大丈夫か。そもそも五十嵐と合流しなければ。
そもそも、何かおかしくないか?
なんでここに政岡しかいない?ただの見張りしかいなかった?肝心のあいつらの姿が見えないことに嫌な予感がした。
そして、その嫌な予感は的中する。
バヂン、と弾けるような音ともに不意に視界が白く染まる。視界だけではない、体育館全体、そしてステージが照らされる。
「うお、眩しっ」
「……っ」
突然の明かりに眼球が痛んだが、それもすぐに慣れていく。白ばんだ視界に色が戻り始めたとき、今度は天井に取り付けられたスピーカーからキィンと耳障りなハウリングが響いた。
『あー、マイクテステス。……聞こえていらっしゃいますか? 私の声は』
それからノイズの奥、聞こえてきた声に全身が凍りつく。
粘っこく絡みついてくるこの声は聞き間違えようがない。
「能義……ッ!」
『おやおや、丁度よかった。皆さん勢揃いではありませんか』
辺りを見渡し、能義有人の姿を探す。が、姿は見えない。
「くっそ、またテメェか能義! タイマンじゃ勝てねえからって今度は遠隔でお喋りか?! ああ?!」
『当たり前でしょう、貴方の頭突きを食らったら今度こそ整形外科のお世話にならなければならなくなる。私はこの顔が気に入ってるのでね……って、貴方とお喋りしてる暇はないんですよ。尾張さん、ここまでよく頑張って持ち堪えてくれましたね。ずっと見てましたよ、我々。貴方が頑張ってる姿をここから応援上映していました』
「……っ」
『よりによって風紀委員を懐柔させるとは……いやはや、お見事です。貴方のようなお方が快く思っていない相手に不本意ながらも頭を下げて弱みを見せるその姿は実に……ええ、健気でいじらしく――興奮しましたよ』
何を聞かされてるのか。近くに落ちていた機材を手に取った政岡が天幕に隠れていたスピーカーをぶっ壊そうとしてるのを見て「待て、政岡!」と慌てて止める。気持ちは分かるが、やつが何か思惑があってこんな大袈裟な真似をしてるのは違いない。
『仲間、友情、勝利! ……いやあ素晴らしいですね。私も年甲斐もなくうるりときましたよ。……やはりこう言ったゲームにはドラマは必要です。お陰で大盛り上がりです、こちらもね』
『副かいちょー、話ながぁい。あと鼻息乗ってんのキツいからちょいマイク離してぇ』
『煩いですよ会計。貴方はさっさと準備に戻りなさい』
「……」
裏の声まで音拾ってるわ、なんだか妙に緊張感がねえというか。けれど、気を抜けねえ。
馬喰に目を向ければ、あいつも気付いたらしい。野辺を引っ張りステージからハケていく馬喰を尻目に俺は体育館の出口を確認する。いくつか開きっぱなしの扉もある。逃げ道はあるはずだ。
ただ、嫌な予感がするのは一向にあいつらの援軍が来ないことだ。
俺がここにいて政岡とも合流したことも理解した上で、あいつらは俺たちを野放しにしてる。この意味が示すのは一つだけだ、それをする必要がないからだ。
『……おっと失敬。ノイズが入りましたね。何が言いたいのかと――』
『貸せ、有人。お前の話は自語りが多過ぎてテンポが悪い』
ガサガサとノイズが走り、スピーカーから聞こえてきたその声に全身が跳ね上がる。
耳障りのいい軽薄な声。能義とは違う、鼓膜から染み込むような抑揚のない声。
『よお、ハジメ。……さっきぶりだな』
「い、わかた……」
分かっていたはずだ。あいつがあっち側にいるということは。それでもスピーカーから聞こえてきたあいつの声に一斉に胸の奥がざわつき出す。
じっとりと嫌な汗が穴という穴から滲むような感覚とともに周囲の音が一気に遠くなった。それなのに、あいつの声だけはやけに鮮明に頭の中に響く。
『ハジメ。お前はもう分かってんだろ? 今回の臨時ルールがなんの意味があんのかって』
語りかけてくるな。名前を呼ぶな。
ぞわぞわと心臓の裏側を擽られるような不快感に無意識に拳を握っていた。けど、それも一瞬。
「……なんだよ、臨時ルールって」
地を這うような低い声に頭の奥が冷えていく。政岡の目が見開かれてるのを見て、先ほどとは違う緊張が走った。と、同時にしっくりきた。納得した。
岩片のやつが今から何を言うつもりなのか、何を狙っているのかを。
『ああ、零児。お前は薬でスヤスヤ眠ってて聞かされてなかったか。今俺ら鬼ごっこしてたんだよ、参加者はハジメ。そんで、鬼はそれ以外。……分かりやすいゲームだろ?』
「ふざけんじゃねえ、なんだそれ……」
『ハジメ捕まえたやつは制限以内ならなんでもしていい。……っていう単純明快なルール設けてさ、ああ勿論お前もちゃんと仲間に入れてやったぞ。零児。お前仲間はずれにされると拗ねるらしいからな』
「……ッ、テメェ、頭湧いてんのか?! そんなことして、なんの意味があんだよ。これ以上こいつ追い込むような真似して――」
『意味ならある』
「ああ?!」
『なあ、そうだろ? ハジメ』
「…………」
俺への嫌がらせだと思っていた。けど、実際はその逆だ。
岩片の狙いは最初から『俺』ではなかった。
『ハジメ。お前が潜在的に避けたいもの、信頼してるもん、ぜーんぶここから見させてもらったぞ。……ああ、お前でも気付いてないような奥の奥までな』
「ごちゃごちゃ気持ち悪いこと言ってんじゃねえぞクソマリモ、良いからこっち降りてこい! 一発ぶん殴ってやらねえと気が済まねえ!」
『零児、教えてやるよ。この状況になってハジメがまず最初に誰に会いに行ったのか』
「……は?」
ああ、そうだよな。岩片、お前はそういうやつだ。
くすくすとマイクの向こうで能義の笑い声が聞こえる。『酷い方ですね』と、楽しそうな声が。
「何、言ってんだ……こいつは俺を助けにここに……」
『五十嵐彩乃。……お前が暴れた時に潰せるように、真っ先にこいつは彩乃に協力を求めに行った。
――お前のこと、最初から信用してねえんだよ。こいつは』
あれ程騒がしかった体育館内に静寂が走る。
脳の芯から冷えていく。目を丸くしたまま政岡がこちらを見つめる。嘘だろ、と、多分そんな辺りだろう。
失望されることも、信頼が地に落ちることも慣れている。人から嫌われることも今更なんとも思わない。
自分が不誠実な人間だと言うことは俺が一番よく知ってる。だから、平気だと思っていた。何を言われたところで痛くも痒くもなかった。
けど、今自分の腹の奥から沸々と込み上げてくる感情。これはなんなのか。
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