馬鹿ばっか

田原摩耶

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ヒーロー失格

02

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 風紀室。
 周りには誰もいない。
 否、先程まで俺をここに連れてきた野辺がいたが数分前俺を拘束してさっさと風紀室を後にした。
 今、俺は一人だった。
 訳もわからぬまま手足を拘束され床の上に転がされた俺は後ろ手にスラックスのポケットに入っていた携帯を取り出し、岩片に助けを求めるメールを送信する。
 気紛れなあいつが来てくれるかどうかわからなかったが、来てくれるはずだ。そう信じたい。というか来い。来てください。
 なんて念じながら再びポケットに携帯を戻そうとしたときだった。
 不意に、風紀室の扉が開く。
 野辺が寒椿と他の風紀委員を引き連れ戻ってきたのだ。
 全身が緊張し、瞬間、たった今隠そうとしていた携帯電話がするりと手から滑り落ちた。
 風紀室にカランと乾いた音が響き、連中の視線が一斉にこちらを向く。

「貴様、なにをしている」
「げっ」
「怪しいものは全てこちらに渡せと言ったはずだ! さっさとさっさと出せ!」
「あっ」

 眉間を寄せ、手にした竹刀を引き摺るようにずかずか近付いてきた野辺は落ちていた携帯を拾い、床の上の俺を見下げるように睨み付けた。
 全身から血の気が引く。
 前回殺されかけたせいか、なんかもうダメだ。条件反射で身がすくんでしまう。

「他にもなにか隠してないだろうな」
「隠してねーよ」
「ふん、どうだかな! どうせあれだろ? ブランド品とか見せびらかすように歩いて他の連中を煽ってたんだろ? ああ、いやらしい! これが下品な都会に毒された若者の姿か! 見せ付けてわからせたかったんだろ、田舎者の猿に! 『お前らみたいな下流家庭とは違うんだよ』ってほくそ笑んでたんだろ、田舎者の薄汚い猿どもに!」

「ああ! これだから嫌なんだ都会の連中は!」なんだその百八十度偏った思考は。被害妄想ってレベルではない。
 こいつは俺をなんだと思っているんだと呆れる反面、どこか演技かかった仰々しい動作で声を荒げる野辺になんかもうとにかく早く岩片が来てくれることだけを祈る。
 そして、その祈りが通じたのか風紀室を歩き回りながら語っていた野辺は不意にぴたりと動きを止めた。

「全て出せ」

 まだか。まだ諦めてなかったのか。

「出せって言われても、大体あんたらのせいで腕使えねーんだって」
「足を使えばいいだろそんなこともわからないのかこの猿!」

 そんな無茶苦茶な。
 取り敢えず言っとけみたいなノリならまだわかるのだが、こいつの場合本気で言ってそうなだけに全く笑えない。
 やっぱりこいつ嫌いだと再確認する俺はもちろん拘束された足でどうこうするようなスキルを心得ているわけでもなく、文字どおり手も足も出来なかった。
 そんな俺に対し、こちらを一瞥した野辺は「まあいいだろう」と低く呟き、隣に並ぶ寒椿に目を向ける。

「おい寒椿、身体検査だ」

「そいつを脱がせろ」そして、そう一言。
 野辺はまた突拍子のないことを言い出した。

「脱が……っ」

 脱がせるって、なんで俺が脱がされなきゃならないんだ。
 自慢じゃないけど一応こう見えて俺は被害者なんだぞ。こんな扱いを受けるような真似はしていないつもりだ。
 相変わらず一方的な野辺に狼狽える俺だが、命令されたのは寒椿深雪だ。
 あのちょっと頭可笑しいけどなんか優しそうなあいつなら野辺の横暴な命令を聞き入れないはずだ。
 そう信じる俺だが、やはりこの世の中というものは俺に冷たく出来ているようだ。

「全く、人使いが荒いな。野辺委員長は」

 寒椿はそう諦めたような表情で小さく息を吐き、転がる俺の足首の拘束だけを解いた。
 自由になる足。
 咄嗟に立ち上がろうとしたとき、伸びてきた寒椿にそっと背中を撫でるように押される。
 変な体勢だったお陰で痺れが走り、思ったように歩けない俺を寒椿は風紀室に置かれたテーブルに誘導してきた。
 そして、訳もわからずよろめく俺は地に足を着いたままテーブルに上半身を押し付けられる。
 上半身を支える腕が使えず、そのままテーブルに頬擦りさせられるように俯せに倒される俺は背後が見れないこの体勢に嫌な予感を覚え、慌てて起き上がろうとするが押さえ付けてくる寒椿の手は思ったよりも力強く、全身に力を入れようとすればするほど首の骨が軋んだ。

「そんなに震えなくても大丈夫だよ、僕の仔兎。委員長と違って僕は優しいからね、真綿で包み込むように丁寧に一枚一枚君の素肌を覆う布切れを剥い「さっさとしろ寒椿!」……やれやれ。せっかちな男は嫌われるよ、委員長」
「まあいいさ。それじゃあお言葉に甘えて君の体、調べさせてもらおうかな」顔を青くし、絶句する俺に構わずそう耳元で甘く囁いてくる寒椿は言いながらテーブルに押し付ける人の下腹部に手を這わせ、そのままカチャカチャと音を立てベルトを緩めようとしてくる。
「わっ、ちょ、タンマタンマタンマ」

 いきなりそこかよ。
 いや、段取りを踏めばいいというものではないのだが。
 さっそく下を脱がせようとしてくる寒椿になんかもう生きた心地がせず、股間をまさぐる寒椿の手から逃れるため必死に上半身を捻らせるが後頭部を押さえ付けられているお陰で全くもって効果はない。

「ああ、恥ずかしいのか。恥じらいはいいね、大切だよ。君みたいに恥じらいをもっている初な子を一糸まとわう姿にするなんて、まるで罪を犯してるようで酷く緊張するね。ほら、聞こえる?僕の心臓の音が」

「でも、この背徳すらも心地よく感じてしまうのはやはり相手が君だからかな」この体勢で聞こえるわけねえだろと内心突っ込む俺に構わず緩められたベルトから手を離した寒椿はそのままウエストの中へと手を這わせ、尻の輪郭をなぞるように下着ごとずるりと脱がされる。
 咄嗟に足をばたつかせるが、腹部に当たるテーブルに這いつくばらされくの字に折れ曲がった体はそれ以上動かない。
 衣擦れする音を肌で感じ、尻を這う他人の手の感触が不愉快極まりない。
 全身が粟立ち、背筋が震えた。

「っ、退けって、おい」
「寒椿、いつも思うが貴様実は身体検査の意味を知らないのか」
「やだな委員長、僕の国では身体検査はこうだよ」

「ものを隠していないか隅々まで調べるのはこの国も同じだろう?」暴れる俺の動きを封じ込む寒椿はそう、側にいるであろう野辺に返す。
 確かにそうかも知れないけど、なぜ俺がこんなことをしなければならないんだ。
 それだけがただ納得できない。

「っ、ゃ、まじ……っ離せよって、なあっ! なんも持ってねえってば、ほんとに」
「可哀想に、こんなに震え上がって……大丈夫、安心して。すぐに終わらせてあげるからね、僕の可愛い仔兎」

 素晴らしいぐらい噛み合わない会話。
 死にそうになりながら背後の寒椿を睨めば、ふふと上品に笑う寒椿は人の下着を膝上まで下ろし、そのまま乾いた自分の指先を舐め唾液を絡ませてくる。
 上品な相貌には似合わない、下品な動作。
 目が合えば、寒椿は小さく笑いながら徐に人の尻を鷲掴んだ。
 そして、臀部に這わされたその指はそのまま皮膚を滑り肛門の付近をなぞる。
 次の瞬間、ずぷりとしなやかな指が体内に進入してきた。

「っ、ぃ、ッ……っ」

 唾液のぬめりを助けに内壁を濡らすように埋め込まれるその指の感触に目を見開く。
 体内で動く異物に嫌な汗が滲んだ。
 痛みが、というよりも探るような動きで奥まで深く挿入される異物感に体が強張り、息が詰まりそうになる。
 最悪だ。どれくらい最悪かというとそりゃあもう言葉に出来ないくらい。

「どうだ寒椿、異物はないか?」
「んー……そうだね。手前の方にはなにもないけど奥の方はどうかな」
「っ、やめろっ! おいっ!」

 二人のやり取りに我慢出来ず、声を張り上げる。
 手首を束ねる拘束具が外れないかと試行錯誤してみるがびくともせず、その代わり、乾いた寒椿の指がもう一本追加された。
 内壁を引っ張るその痛みに唸るが、構わず二本の指を捩じ込む寒椿は中を掻き回し、そのまま左右に押し開く。
 背後に立つ連中に自分がどんな姿を晒しているのかと思えばまるで生きた心地がしなかった。

「っおい、まじ、抜けよ、抜けってば……ッ!」

 指に絡み付いた唾液が中でかき混ぜられる度にぐちゅぐちゅと嫌な音を立てる。
 背筋が凍るような指の動きに、羞恥よりもあまりの不快感に顔が熱くなった。
 この学園はどうなってるんだ。転校早々ケツ弄られるのこれで二回目だぞ。
 こんなにじっくり掻き回されるくらいならまだ、政岡に突っ込まれた方がましだ。……いや、どっちも嫌だ。普通に嫌だ。

「それにしても、初めてみたいだね。美味しそうに僕の指を咥えて離さない、いい締め付けだ」

 頭上から、透き通った柔らかい声が聞こえてくる。
 その内容に、なんだかもう泣きそうになった。
 根本から第一関節までぐちゅぐちゅと抜き挿しされ、いやらしい動きで中を擦るその指をどうにかして拒もうとしたのが裏目に出たようだ。
 緊張した内壁をほぐすように二本の指で揉まれ、ぞくりと背筋が粟立つ。

「なんだ貴様、そんな顔して初物か。てっきり使いまくってガバガバのだらしないケツの穴だと思ったんだがな。ふん、貞操観念が残っていたことだけは褒めてやろうか」

 やはり一方的に言葉を並べる野辺はそのままテーブルに俯せになる俺の目の前まで歩いてくる。
 そして「寒椿」と名前を呼んだと思えば、そのままごとりとなにかをテーブルの上に置いた。
 銀色に輝く、大きなくちばしみたいな形のクリップがついたその金属には、見覚えがある。

「それを使え。処女の狭いケツ弄るのは面倒だろ? 寒椿」

 クスコ。と、言うらしい。
 前の学校で、岩片が養護教諭に使っていたのを思い出す。確かその用途は、陰部の拡張。
 いや待てよなんでそんなものが風紀室に置いているんだ。可笑しいだろ。そしてなんで俺が使われなきゃいけないんだよ。指の次は金属とかそんなバリエーションいらないんだよ。というか、岩片はまだか。
 まさかこんなところでクスコをお目にかかることができるとは。しかも体験までさせていただけるなんて。ほんとふざけんな。

「へえ、委員長準備いいね。じゃあこの子の中をもっとよく見るために貸してもらおうかな」

『そんな金属を僕の可愛い仔兎に入れて中を傷付けたらどうするんだい?』とかなんとかかんとか言ってもしかしたら、万が一寒椿が野辺に言い返してくれるかもしれない。そう淡い期待を抱いた俺だったが淡すぎたようだ。
 テーブルの上のそれを手に取り、ふわりと微笑む寒椿になんだか生きた心地がしない。
 いや、冗談抜きにこの展開はやばい。
 いくら自分に自信がある俺でも体内を覗いて平気なほどタフな精神はしていない。

「っやめろって、言ってんだろ……っ!」
「ふふ、そんなに照れないでくれ。なにも入れられていない綺麗な君の体をよく見てたいんだ」

 クスコを手にした寒椿の引き締まった腕を掴み、奪おうとするがなかなか手強い。
 近くにいた風紀委員に両肩をテーブルに押し付けられ、突っ伏した俺は「なにも入ってねえなら見る必要ねえだろっ」と声を上げた。
 その一言に一瞬風紀室が静まり返る。

「………………」

 少し考え込むように顔を見合わせる野辺と寒椿。
 そして、こちらに視線を落とした寒椿は可憐に微笑んだ。

「今日の仔兎は元気だね。ちょっとひやってするかもしれないけど堪えられなくなったら僕の手を握って我慢してくれても構わないからね」

 おいなにこいつ流してんだ。まさか今自分が掘った墓穴なかったことにするつもりか。

「ふざけ、んん……っ」

 抵抗しようと体を起こそうとするが背後から体を押さえ付ける手が増え、後頭部を押されテーブルに強制頬擦りされる俺は歯を食い縛り、背後に立つ王子の皮を被った強姦魔を睨み付ける。
 目が合って、寒椿は目を細め微笑んだ。
 丁度そのときだった、風紀室の扉が叩かれる。
 室内に響くノック音。まさかの訪問者にぎょっとして首を動かし背後の扉を振り返る俺。
 同様、風紀委員たちの視線もその扉に向けられた。
 そして、小さな沈黙。

「どうぞ」

 と思いきや普通に扉を開く野辺。
 どうぞじゃねーよ状況見やがれこの節穴野郎がと罵る隙も俺ケツ丸出しじゃんと恥ずかしがる隙も与えられない内に呆気なく招き入れられる訪問者。
 そして、開いた扉の向こう側に立つ訪問者の姿を目にした俺は凍りついた。
 ワックスで弄った茶髪に着崩したカラースーツ。
 全身からホストですみたいなオーラを滲ませた担任がそこにいた。

「……!!」
「ああ、なんだ大体揃って……」

 現れた顔見知りのホスト教師もとい宮藤雅己に青ざめた俺は咄嗟に顔を隠そうとしたが、遅かった。
 風紀室を見渡しそこにいる数人の風紀委員と委員長の姿を確認した宮藤と目が合い、宮藤の動きが停止する。
 そりゃあもう、まるで時間が止まったかのように。
 それは俺も同じで、やばいと思ったときにはなにもかもが遅かった。
 ああ、終わった。俺の華やかな学生生活終わった。
 なんだかもう顔が熱くなって、恐らくタコのようになっているであろうときだった。
 不意に、宮藤の視線が逸らされる。
 そして、

「揃ってるな」

 なにもなかったかのように続ける宮藤。
 そう、なにもなかったかのようにだ。
 まるでこの風紀室にはズボン脱がされて半ケツのままテーブルに押し付けられ肛門に指捩じ込まれて弄られてる生徒なんて最初からいなかった。そんな宮藤の態度に少なからず俺はショックを受けていた。
 いや別に『うおっ! こんなところに我がクラス2ーAの生徒尾張元が風紀委員に押さえつけられてアナルいじられてる!』とかそこまで食いついてもらいたいわけではないがこう、止めるとかもっと他にも教師としてあるだろ。
 そう言いたかったが、いつの日か五十嵐彩乃から聞いた話で教師たちは不良生徒に無関心というか関わらないをモットーにしているというのを思い出し、なにも言えなくなる。取り敢えず穴があったら入りたい。

「どうかしましたか、宮藤先生」
「ああ、この間頼んでいた調査の書類を取りに来たんだよ」

 そんな俺の気も知らず、ごく普通に宮藤に対応する野辺に対し声を掛けられた宮藤は「出来てるか?」と聞き返す。

「これですか?」
「おー、それそれ」

 そして風紀室の資料棚の側まで行き、なにやら普通に委員長らしいことしている野辺は宮藤になにか手渡した。
 宮藤もなかなかの不良教師だが野辺の対応を見る限り教師という役職の人間には一応敬意を払って接しているようだ。いやそんなこと今はどうでもいい。

「まさみちゃ、……っ、ん……ッ」

 複数の手に押し潰されそうになる俺はあまりの圧迫感に堪えれず、もうこうなったら誰でもいい。助けてくれ、と宮藤を呼ぶが、聞こえていない。
 それどころか、宮藤への対応は委員長の野辺に任せることにしたらしい寒椿は手にしたクスコを握り直し、そのまま人の肛門に宛がった。
 肛門に突き立てられるひんやりとした金属独特の感触に息を飲んだときだ。
 その硬く尖った先端はぷにっと肛門をつつき、そしてそのまま体内へと侵入を始める。

「駄目じゃないか、いま君の体に触れてるのは僕だよ。この僕、寒椿深雪だ」
「待っ、や、痛ぅ……っ」
「さあ、その桃色に染まった愛らしい唇で僕の名前を呼んでくれ。そして聞かせてくれ。君の甘く淫靡な声を」
「っぁ、や、め……ッ、糞っ、離せ、離せよ……っ」

 先ほど乱暴ながらもほぐされたお陰であまりの痛みに痺れた肛門には今痛覚という痛覚はなく、ただ身の凍るような嫌な異物感が体内を這い擦るようにゆっくりと入り込んでくる。
 元々挿入するための医療器具なのであまり負担のかからない作りをしていたが、だからこそ余計に恥ずかしくて堪らない。
 風紀委員に囲まれたままもがく俺の声なんか聞こえていないのか、野辺となにかを話し終えそのまま風紀室を出ていこうとする宮藤になんだかもう俺はすがるようにその背中を眺める。

「くどうせんせ……ッ!」
「…………」

 そして、そう圧迫された喉奥から声を振り絞ったときだった。
 ドアノブを掴み、そのまま扉を開けようとしていた宮藤の動きがピタリと止まる。
 そして、思い出したようにこちらを振り返った。

「ああ、そうだった。そういえばさっき生徒会室前で役員たちが揉めてたな。お前ら全員そっち止めてきてくんねえかな」

「至急な」そう、にこりと営業スマイルを浮かべる宮藤の口から出た『生徒会』という単語に風紀室の空気が一瞬にして変わるのがわかった。
 そして、一番最初にその宮藤の台詞に食い付いたのはやっぱり野辺だった。

「なに? また生徒会の連中か! おい寒椿、さっさと行くぞ!」
「生徒会役員の一人や二人くらい委員長一人でもいいんじゃないかな」
「煩いぞ寒椿! 副委員長の分際で俺に口答えするんじゃない!」

 言いながらズカズカと歩み寄ってきた野辺はそのまま俺のケツに挿入されていたクスコを掴み……え?ちょっと待った。
 まさか、まさか。

「っ、ひ、ぁッ!」

 ずぼっと音を立てる勢いで引き抜かれる金属のそれに思いっきり内壁を擦り上げられ、痺れたそこに走った刺激に我慢出来ず声を洩らしてしまう。
 なんでこうこいつはこんなに手荒いんだ。抜いてくれるのはありがたいがせめてこうもっと優しくしてくれ。
 変な声を出してしまい一人なんかもう顔から火を吹きそうになる俺に構わず、引き抜いたクスコをテーブルの上に投げ捨てる野辺は悶絶する俺を一瞥し「そこのやつは縛ってそこら辺に置いとけばいいだろう」と吐き捨てた。

「寒椿」
「わかってるよ、彼の自由を封じればいいんだろう」

 野辺に呼ばれ、そうやれやれと肩を竦めた寒椿は言いながら縄を取り出し、そのまま束ねるように拘束していた俺の腕をぐるぐるに縄で縛り上げる。
 キツく縛られたせいで僅かに胸が反るような形になった。かなり恥ずかしい。というかなんでこいつ縄なんてもの常備してんだ。

「ああ、ごめんね。こんな奴隷のような姿をしてしまって。本当は一時足りとも君と離れたくないんだけど、どうやら運命はどうしても僕たちを引き裂きたいらしい。君を傷付けるようなこんな世界、滅べばいいのに」

 お前がしたんだろうが。

「寒椿深雪、さっさとしろ! 委員長命令だ!」
「わかってるよ、委員長。それじゃあまた、囚われの姫君。今度君の縄をほどく時、それはきっと「とろいぞ寒椿!」……ああ、委員長、止めてくれ。服にシワが出来てしまう」
「知るか、さっさと来い!」

 そしてあまりにもこう前口上が長い寒椿に痺れを切らしたようだ。
 壁に立て掛けていた竹刀を手に取り、空いた手で寒椿の首根っこを掴んだ野辺は風紀室にいた委員を連れずるずると寒椿を引き摺りながら風紀室を退散する。というか寒椿、副委員だったのか。

 風紀委員がいなくなり、だだっ広い風紀室には俺と担任の宮藤雅己の二人きり。
 押さえつけるものがなくなり、足腰に力が入らなくなった俺はそのまま机からずり落ちる。
 腕を縛られているお陰で体勢を建て直すことが出来ず派手に尻餅をついて呻けば、頭上から「はぁ」と小さな溜め息が聞こえてきた。
 その声に反応して顔を上げるのと、傍に屈み込んだ宮藤に体を起こしてもらうのはほぼ同時だった。

「こりゃまたきつーく縛られてんな、こりゃ」
「……雅己ちゃん」
「宮藤先生だろ」

 そんなお決まりの会話を交わしながら床の上に座る俺。
 その背後に回った宮藤は器用に両腕を拘束する縄をほどいた。

「ほら、動けるか?」
「ん、あぁ。……ありがと」
「お礼とか言うなよ。罪悪感感じるだろ」

 笑う宮藤。
 自由になった腕はキツく縛られていたお陰で血流が悪くなってたようで痺れる。それを動かして血を通わせる俺は宮藤に目を向け「無視したもんな」と呟いた。

「悪かったって、泣くなよ」
「泣いてねえから」

 本当はかなりショックでちょっと泣きそうになっていたが、言わない。
 宮藤からぷいと顔を逸らした俺は慌てて乱れた衣服を整える。
 その様子を眺めていた宮藤だったがふと疑問を抱いたようだ。
 宮藤はベルトを締め直す俺を不思議そうに見た。

「それにしてもなんでこんなところにいんだよ。またなにか問題起こしたのか?」
「またってなんだよ」

「それは俺の方が聞きたいんだけど」本音だった。
 何故自分がセクハラ紛いのことをされなければならないのかだとか岩片の野郎はなにやってるんだとかとにかく言いたいことはたくさんある。
 しかし、宮藤に当たったところでどうしようもない。
 宮藤に自分の醜態を見られたことを思いだし居たたまれなくなる俺に対し、宮藤は笑う。
 それを一瞥した俺はそのまま立ち上がろうとして、寒椿深雪に掻き回されたお陰で疼くように痛む肛門に眉を潜めた。

「取り敢えず保健室行っとくか。痛むだろ?」

 そんな俺に気付いたのか、宮藤はそう提案してくる。
 どこがとは言わない宮藤だが、恐らくわかっているのだろう。
 その親切心が余計俺をみじめにしてくるのだが、正直ありがたい。
 俺は小さく頷き返した。

「保健室ってどう行けばいいわけ?」
「仕方ねえな、一緒についていってやるからしっかり覚えろよ」
「別に一人で大丈夫だって」
「途中で風紀の連中と遭遇したらまた抜け出したとか騒がれるぞ」

「それに、一人じゃ辛いだろ」その言葉に、下腹部の心配されてると思ったらなんとなく顔が熱くなった。
 もしかしたら先ほどまで無茶な体勢を取らされていたせいで全身が痛んでいるといいたいのかもしれないが、やはり、情けない。
 醜態を晒した上こうやって気を遣われることがこの上なく辛く、俺はそのまま宮藤を見上げた。

「んじゃおんぶして」
「お前みたいなでかいやつ背負えるわけないだろ」

 そう気を紛らすように茶化せば、宮藤は「肩なら貸してやるよ」と笑った。
 優しすぎるというのも困るな。
 思いながら俺は「ありがと」とだけ呟き、こちらに手を差し出してくる宮藤の手を取る。
 本当は保健室なんて行くほどの痛みではなかったが、どちらにせよ五条祭の探索には行き詰まってしまった。
 また一から情報収集しなければいけないのには変わりない。
 だから、俺はそのまま保健室に向かった。




 岩片はなにしてるのだろうか。なんて思いながら宮藤に案内されるがまま保健室へとやってきた俺は目の前の扉を見上げる。
 そこには可愛らしい動物のキャラクターのボードが掲げられており、『ほけんしつ』と園児のようなフォントの文字が踊っていた。
 ……なんかここだけ異質だな。
 他の特別教室とは打って変わって可愛らしいというか対象年齢が一気に下がったそのカラフルポップな保健室に内心冷や汗を滲ませる俺に構わず、宮藤は白いその扉に手を掛けそのまま開いた。
 そして、

「ようこそ、捕験室へ」

 扉のすぐ目の前にはスタンバっていたらしい茶髪の男が満面の笑みで立っていた。
「失礼しました」そして間髪いれずに扉を閉める宮藤。
 しかしすぐにその扉は先ほどの教員らしき男によって開かれる。

「いやですね、宮藤先生。ちょっとした冗談じゃないですか。保健室だけに捕験、なんちゃって。んふふふふふ」

「ほら、怪我人なんでしょう? 僕が大切に手当てさせていただきますよ、早く入ってきなさい」どうやらこの男が養護教諭のようだ。
 にやにやと含み笑いを浮かべ、ねっとりをこちらを眺めてくるその養護教諭になんだかもうこうデジャヴが。
 なんか今日はやけに苦手なタイプと遭遇するななんて思いながら後ずさったとき、そんな俺に気付いたらしい宮藤はそのまま俺を庇うように養護教諭の前に立つ。

「未来屋先生、俺の大事な生徒なんですから傷増やさないで下さいよ」
「おおっと、まるで僕が下手くその役立たずみたいな言い方は止めてくださいよ。ほら、生徒が怖がってるじゃないですか、んふふふふふ」
「貴方のその笑い方が原因だと思いますよ」
「ふふふ、冷たいこと言わないで下さいよ。これは遺伝なんですからどうしようもないんです。ねえ、君」
「ええ? ……はあ、まあ」

 いきなり話を振られ、内心狼狽えているとふと未来屋と呼ばれた養護教諭は浮かべていた笑みを消し、じっとこちらを見据える。

「……ああ、その顔、どこかで見たことがあると思えば確か転校生の岩片凪沙君でしたっけ」
「いや、俺は尾張はじ」
「ああ、そうでしたね。確か今年は二人だったんでしたっけ。あなた方の噂はよーく聞いてますよ、あの名門学園の生徒だったとか」

 岩片に間違えられた上に自己紹介を遮られた。
 薄々気がついていたのだがどうやらこの男、人の話を聞かないタイプのようだ。苦手だ。

「そう言えば自己紹介が遅れましたね。僕は未来屋百合也と言います。こう見えてこの学園の養護教諭をしてるんですよ」

「末永く仲良くしましょう」養護教諭と仲良くなるような学園生活ってなんか嫌だ。
 とは思いつつ、まじで仲良くしないといけない場面が増えそうで嫌なんだが。
 にこにこしながら骨っぽいその手を差し出してくる未来屋に内心冷や汗を滲ませつつ俺は「ええと、……よろしく」と笑みを引きつらせながら手を握り返す。
 そして未来屋に一分近く手を握られ宮藤に無理矢理引き離された。やっぱり未来屋苦手だ。能義とか五条とか寒椿とかと同じ臭いがする。苦手だ。

「ああ、握手してしまいました。現役男子高校生と。……もう右手を洗うのはやめましょう」

「と言った側からアルコール消毒液を掛けないでください、宮藤先生」恍惚とした表情で右の手の甲に頬擦りをする未来屋になんだかもう若干恐怖を覚えつつ、仲裁に入った宮藤にポーカーフェイスのまま唇を尖らせる未来屋。ちなみに全くもってかわいくない。

「宮藤先生もしかして焼きもちですか? 生徒と教師の卒業するまでエッチはダメだよ? な禁断プレイですか? 嫌ですね、宮藤先生のようなふしだらな教師が蔓延っているから教育委員会に目を付けられるんですよ。ところでどちらから告白したんですか? 先生にも教えてください、自分だけなんてずるいですよ宮藤先生!」

 わざとらしい仕草でそう宮藤に擦り寄る未来屋。
 その首根っこを掴み無理矢理自分から引き剥がした宮藤は「未来屋先生、取り敢えず黙っていただければ嬉しいんですが」と微笑んだ。しかし額に青筋が浮かんでいる。水商売男がチンピラになった瞬間だった。
 しかしそんな宮藤に怖じ気づくどころか未来屋は調子に乗るばかりで。

「おっと宮藤先生、尾張君が見てる前でそんな……ダメですよ、僕には妻子が……」
「…………」
「わかりましたわかりました、冗談ですって。久し振りに生徒か来てくれて嬉しいんですよ、はしゃいでるんです、可愛いでしょう? ちょっとくらい多目に見ていただいてくれたっていいじゃないですか。ぷんぷ痛い痛い痛いごめんなさい」

 保健室に来てから十数分。宮藤の実力行使によってようやく本題に入る。

 ……。
 …………。

「なるほど、また風紀委員の被害者ですか」

 ポップで愛らしい装飾が施された保健室内。
 椅子に腰を掛け、未来屋と向かい合うように腰を下ろす俺。
 取り敢えず、先程手荒く縛られたときに抵抗のあまりに摩擦で皮が剥けた手首に薬を塗ってもらっているのだがかなり痛い。
 ヒリヒリと痛む手首に塗り込まれるそれに顔を歪め、それでも必死に堪えていたのだが擦り傷を強く擦られれば全身に鋭い痛みが走り、俺は肩を跳ねさせる。

「い……っ」
「痕になってますねぇ。さぞ激しいプレイだったんでしょう、是非先生も混ざりたかっあいた! ……擦れてるので染みるでしょうが我慢して下さいね」
「……つぅ……ッ」
「ああ、その痛みを堪える顔、堪りませんねえ。痛いんですか?ほら、泣いちゃってもいいんですよ、ほら」

 人が必死に堪えているのをいいことににやにやと笑う未来屋は鼻息を荒くしながら傷口を刺激してくるという養護教諭あるまじき行為に出てくる。この糞教師がぜってーぶん殴ると静かに殺意を抱く俺。
 そんな俺を見兼ねたのか、ピクピクとコメカミをひくつかせた宮藤は「未来屋先生」と静かに養護教諭の名前を呼ぶ。
 そしてその手にはガーゼなどを切るために使う先端鋭いハサミが。

「ふふふ、宮藤先生ってばそんな危ないもの持ったらいけませんよ。うっかり僕に当たったりでもしたら大惨事じゃないですか」
「当ててんだよ」
「物騒な方ですね、全く。どうせなら別のものを押し付けていただいた方が嬉しいんですが……はい、終わりましたよ、元君」

 あれ、雅己ちゃんキャラ違う。目が笑ってない。
 目の前の教師らしからぬ教師二名の物騒なやり取りに内心冷や汗を滲ませる俺だったが、首筋に当てられたハサミに顔色ひとつ変えない未来屋は言いながら俺から手を離す。
 同時に、宮藤は持っていたハサミを投げた。

「……どーも」

 生徒も生徒なら教師も教師か。ろくな人間がいない。思いながら俺は椅子から立ち上がる。
 消毒液を染み込ませた脱脂綿を捨てながら未来屋は「いえ、これくらいお安いご用です」と笑った。そして、さっさと出ていこうとしていたこちらを振り返る。

「今度は宮藤先生がいないときに来てくださいね、たっぷりサービスしますので」
「尾張、ここに来るときは俺に言えよ。絶対な」
「まあ僕は3Pでも構いませんけどね」

 これほどまでにPTAに助けを求めたくなったことはあっただろうか。
 思いながら俺は「失礼しました」とだけ言い、宮藤に背中を押されるように保健室を後にする。


「悪かったな、尾張。本人はあれだけど腕は確かなんだよ」
「売店に薬局があった意味がようやくわかった気がする」

 保健室前廊下。
 申し訳なさそうな宮藤にそうぼやけば、宮藤は「ごめんな」と項垂れる。
 なんだか虐めてるみたいで可哀想になったので「なんで雅己ちゃんが謝んだよ」と笑えば宮藤はただ愛想笑いを浮かべた。

「もう大丈夫か?」
「まあ、大分楽になったけど……」
「まだどっか痛むか?」
「いや、大丈夫」

 遠回しに肛門は大丈夫なのかと聞かれているようでなんとなく居心地が悪かったが、俺がそう答えれば宮藤は「そうか、ならよかったな」とだけ頷いた。それ以上体のことに触れてこない。それが有り難かった。
 しかし、

「じゃあ教室戻るぞ」
「やだ」
「やだってなんだよ、やだって」
「ちょっと疲れたから部屋で休んでくる」
「大丈夫っつっただろ」
「メンタル的には大丈夫じゃない」
「あぁ……なるほど」

 納得しちゃった。
 風紀か未来屋か、どちらのことで納得したのかわからないがまあ疲れたのも事実だ。
 それに、宮藤にはああ言っていたが正直全身が痛い。というか変に疼いてる。
 とにかく俺は一人になりなたかった。
 体はタフだがメンタルはそうでもないピュアな男の子なのだ俺は。

「まあ、気が向いたら来いよな。俺も次授業入ってるから着いていけねーけど一人で大丈夫か?」
「ああ。ありがとな、わざわざ」
「気にすんなよ、自分の生徒の面倒を見るのが教師の役目なんだから」

 あんま説得力ないな。
 宮藤の言葉にさっき見捨てられそうになったのを思い出す。そこで、わりと自分が根に持つタイプだとわかった。
 というわけで、宮藤とはその場で別れた。
 手を振ってくる宮藤に小さく振り返し、その後ろ姿が見えなくなってから俺は小さく息を吐く。
 じゃあそろそろ俺も戻るか。
 人気のない廊下、俺は自室のある学生寮に向かうため学生寮と校舎を結ぶ渡り廊下へと向かうことにした。
 岩片からの命令がある今のんきに休むのもどうかと思ったが今の状態で風紀と鉢合わせになったら堪ったもんじゃないし、それに五条の件も振り出しに戻ってしまった。
 一旦部屋に戻って休養を取ると同時に条件を整理するのも悪くないだろう。そして一時間休んだあと五条探しを再開させて……。そう、頭の中で予定を組み立てていたときだった。
 次の瞬間、すぐ背後でバチリと鋭い音がした。
 いや、違う。その音は俺の体の中で発された。

「……あ?」

 首筋に固い感触。体内でなにかが弾けたような音がし、目の前が眩んだ。
 ああ、次から次へとなんなんだこれは。厄日か。どうやら俺は毎日厄日のようだ。
 意識が途切れる瞬間、反射で背後を振り返ればそこには絵の具をぶち撒けたような水色が見えた。
 それが頭だと気付くより先に俺の視界は黒に塗り潰される。





「あは、よわっちょろーい」
「よし、じゃああとはこれを連れていくだけだね、乃愛」
「そうだね、結愛。ねーえ、そこのゴミクズ眼鏡、そいつ運んでよ」
「僕たち箸より重たいの持てないんだよねー! ねえねえ、お願い?」
「はいぃ! このゴミクズ糞蛆虫脂眼鏡になんなりとお申し付け下さいませ!!」
「「……いや、そこまで言ってないんだけど」」
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