馬鹿ばっか

田原摩耶

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酔狂ゲーム

04

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 そして翌日、朝。
 たまたま食堂で鉢合わせになった五十嵐を連れ出した俺と岩片は人気のない通路までやってきた。

「ってわけだから、協力してやるよ。生徒会潰し」

 学生寮。
 相変わらず仏頂面な五十嵐に岩片はそうビシッと人差し指を突き立てる。
 中止させるのはゲームだろうが。役員を前になに言い出すんだ、こいつは。どんだけ血の気が多いんだよ。心の中で突っ込みつつ、俺は「悪い、こいつちょっとあれだからさ」と慌ててフォローを入れる。

「……ああ、よろしく」
「ま、俺が協力してやるんだから精々大船に乗った気持ちでいてくれていいからな! よろしくな、彩乃!」
「五十嵐だ」
「ああ、そうだったな。でさ、彩乃に聞きたいことあるんだけど良い? あ、一応昨日彩乃がこいつに言ったことは全部聞いてるから」

 注意したにも関わらず右から左へと受け流す岩片に眉間の皺を深くする五十嵐だったがやがてその勢いに圧されてしまったようだ。

「ここでいいのか」

 遠回しに場所を移動しようと促してくる五十嵐の言葉に俺は感付く。
 ふと遠くから足音が聞こえ、岩片もそれに気付いたようだ。

「ここでいい」

 しかし、岩片は五十嵐の意思を汲み取るわけでもなくそうハッキリと告げた。五十嵐は少しだけ眉を上げたが、特になにも言わない。

「で、聞きたいことはなんだ」
「今までやってきたゲームの勝者と敗者、ターゲットになった人間がどうなったをもーちょい詳しく教えてもらいたいんだけど」

 五十嵐に雑把に過去の例をいくつか教えてもらったが、やはり岩片は聞き足りなかったようだ。
 そんな話ならわざわざここでしなくてもいいだろうと思いつつ、俺は黙って二人のやり取りを見守ることにする。
 自分の方を見てくる岩片になにか言いたそうな顔をする五十嵐だったが、「ああ」と頷いた。

「俺も人伝に聞いたから真偽はわからないが、答えられる範囲で答えさせてもらおう」

 五十嵐曰くいままでやってきたゲームの全てを掌握しているわけではなく、俺たちは中でも有名だった年の話を聞いた。

 数年前のことだ。毎年恒例の生徒会のゲームが開催される。
 当時の生徒会役員たちはあまり仲が良くなかったらしく、役員個人個人を筆頭に複数の党派に分裂した状態だった学園内は舎弟同士でも揉めることは日常茶飯事だったようだ。ゲームのターゲットが決まるなり荒れ放題だった学園内は盛り上がり、誰が一番だとか自分のリーダーのために舎弟自らターゲットを脅すことも少なくなかったらしい。
 当時のターゲットは一人。そいつも俺たちみたいな転校生で、ある程度腕っぷしはあったようだ。
 舎弟に絡まれても自力で追い払ったりしていたらしいが、生徒会離就任式が近付くにつれ焦りを覚えた生徒会役員たちのターゲットである生徒に対しての扱いが酷くなる。最終的には個室に監禁し、拷問紛いな真似をした当時の副会長がゲームに勝ったようだ。本当に口を割った理由はその生徒の家族を人質に取り脅迫したらしいが、真偽はわからない。
 ゲーム終了後、その生徒の体は所々欠損し、目は虚ろでまるで廃人のようだったと五十嵐は言った。
 まるでその人を見たようなことを言う五十嵐が気にかかったが、その生徒は副会長から解放されるなりそのまま行方が分からなくなったらしい。
 そして、勝負に負けた役員たちは各々賭けていたものを副会長に差し出した。
 地位を賭けた会長は全校生徒の前で全裸で挨拶した後、全員から家畜のように扱われる。
 宝物を賭けた会計は他校に通う恋人を全校生徒に輪姦され、そのまま副会長の専用便器にされる。
 信頼関係を賭けた書記は自分の手で親友数人を半殺しにさせ、全校生徒からハブられる。
 生徒の話を聞いたあとだからだろうか。大分役員たちには手優しいと思ったが恐らく俺の感覚が麻痺しているのかもしれない。
 もしかしたら実際裏で他にもさせられた可能性もあるが、今となっては知る由もないし聞きたくもない。
 ターゲットのその後については当時副会長が飼ってるんじゃないかという噂が流れていたが、今現在当時の副会長はこの世に存在しないという。ヤクザに喧嘩売っただとか、不自然な事故死だったようだ。ターゲットも消息不明で、他の役員たちも罰ゲームに耐えれず退学して行ってから誰も姿を見たものはいないらしい。ハッキリとわかっているのは死んだ副会長のみ。

 一通り聞いて、参考になるようでならない話だと思った。というか、こう、重すぎる。
 キナ臭い話を聞かされ、ずんと気分が沈む俺はちらりと岩片に目を向けた。相変わらず分厚いレンズの眼鏡で覆われた目元はよく見えないが、口許には笑みが浮かんでいる。どうせそんなことだろうとは思っていたが、口だけでも引き締められないのだろうか。

「なあ、他のときのターゲットはどうなったんだよ。今の話じゃそいつ失踪したらしいけど、まさか毎度毎度全員失踪しているわけじゃないんだろ?」

 笑みを浮かべたままそう五十嵐に尋ねる岩片。五十嵐の話が衝撃的過ぎてそれが全体像だと錯覚していた俺は、岩片の言葉に『言われてみれば』と五十嵐に目を向ける。

「他のやつか。……卒業するまで残っていたやつが何人かいたが、大体のやつは解放されたらすぐに自主退学して行った」
「やっぱ全部決着はついたわけ?」
「ああ。さっき話したやつが唯一長引いたが、他の時は短期で済んだと聞いた」
「んじゃ、俺らみたいに複数人がターゲットに選ばれて勝ち残ったことは?」

 次々に質問を投げ掛ける岩片に疎ましそうな顔をする五十嵐。岩片に目を向けた五十嵐は「ないな」と静かに続けた。

「おい、聞いたかハジメ」
「なにが」
「俺らが初めての勝ち組になるんだってよ」

 そう自信たっぷりに笑う岩片。
 実にいい笑顔だが、今の話を聞いてよくそんなこと断言できるな。あまりにも能天気というか緊張感がない岩片に、俺は呆れを通り越して脱力する。

「随分自信があるようだな」

 岩片の一言が気にかかったようだ。
 そう口を開く五十嵐に、「当たり前じゃん」と岩片は肩を揺らして笑う。

「なんてったってターゲットは俺らだもん。負けるわけねーじゃん」

 そうにやにやと笑いながら続ける岩片に、どうやら五十嵐はそれをネタと受け取ったようだ。

「頼もしいな」

 そう薄く笑みを浮かべる五十嵐に、『うわ笑った』と驚く反面こいつが冗談ではなく本気だとわかっている俺はなんとも言えない気分になる。

「そう言えば五十嵐、昨日考えがあるっつってたけどさ、あれどうなったわけ?」

 このまま岩片の好きにさせておいたらとてつもないナルシスト発言で埋まりそうなので俺はてっとり早く話題を切り換えることにした。その言葉に、五十嵐はこちらに目を向ける。

「手があると言ったやつか」
「そ。それ」
「あれは嘘だ」

 ただ一言、五十嵐はそう仏頂面のまま即答する。

「…………」

 確かに嘘でもどちらでもいいとは言ったがまさかまじで嘘だとは。しっかりした手が思い付かなかったとしても他に適当なの考えることはできるだろ。
 あまりも堂々とした五十嵐に俺は一種の清々しさを感じた。感じはしたが、今この場にそんな清々しさは必要ない。

「んじゃ、どうすんだよ。具体例がなきゃ協力するにもできねーじゃん」

 俺たちの気を引きたくてそう発言したことはわかったし、五十嵐の言っていることが全部事実だとして五十嵐自身本気で協力を求めているということも理解出来た。が、肝心の部分がこれじゃあなんとも言えない。

「細かいことは気にするな」

 顰めっ面になる俺に五十嵐はそう続ける。気にしないにも程があるだろ。そう怒鳴りそうになるが俺のキャラではない。
 周りが暢気かつマイペースなやつらばかりだからだろうか、なんだか俺一人だけがこの状況に焦ってるような気がしてくる。まあ、実際そうなのだろうが。

「なんだよ彩乃、お前なんも考えてなかったのか?」

 流石の岩片も呆れたような顔をする。なんだかんだその辺まだ頭は働くようだ。いいぞ、もっと言ってやれ。

「俺が考えるよりもしっかりした策士を見つけたからな」

 しかし、そんな岩片に調子崩すわけでもなくそう低く五十嵐は続ける。
 策士。あまり聞き慣れない単語に反応した俺はどういう意味だと五十嵐に目を向けた。まさか他にも仲間がいるのだろうか。
 が、五十嵐の視線の先にいたのはもじゃもじゃ岩片だ。

「岩片凪沙、お前確か最初転入クラスはS組だったらしいな」

 岩片を見据えたままそう静かに尋ねる五十嵐。尋ねられた岩片は少し驚いたような顔をしたが、五十嵐がなにを企んでいるのか気付いたようだ。

「なに? 俺に作戦練ろって言ってんの?」

 楽しそうに唇の両端を吊り上げ笑みを浮かべる岩片に、五十嵐は「ああ」と頷いた。
 冗談じゃない。なにを考えてるんだ、五十嵐のやつは。いや、もしかしたらなにも考えてないから岩片に頼るのだろうか。だとしても、もっと他にいるだろう。俺とか。

「彩乃の審美眼はいいんだけどさぁ、俺タダ働きするほどお人好しじゃないんだよな」

 自分から乗っておいてこの上から目線にはいつも驚かされる。
 にやにやと笑いながらそう彩乃に目を向ける岩片に、見定められるような眼差しに顔をしかめる五十嵐は「そうか」と静かに息をついた。

「なにが欲しい。用意出来るものならなんでも用意してやる」

 岩片相手に大きく出る五十嵐には感心せずにはいられない。岩片に主導権を取られてしまった今、とにかく相手の気を引こうとする五十嵐の判断は正しいのかもしれない。賢いは言えないが。
 そんなこと言ったら岩片が調子に乗るだろ、やめとけ。なんて思いながらも二人の駆け引きの仲裁に入るほどの立場もない俺は内心ハラハラしながらそのやり取りを眺める。
 正直、五十嵐の貞操が心配で堪らない。

「んーそうだな。じゃあさ、役員候補にまで選ばれた生徒の名簿持ってこいよ。勿論在学中のやつでな」

 てっきり『服を脱いで這いつくばれ!』とかそんなことを言い出すかと思っていた俺は岩片の言葉に目を丸くした。どうやらこの岩片の発言に驚いたのは俺だけではないようだ。

「理由を聞いてもいいか」

 そう尋ねる五十嵐に、岩片は「一文字につき服一枚ずつ脱ぐならいいよ」と笑顔で答える。五十嵐はなにも言わなかった。正しい判断だ。

「役員の彩乃なら調べるのはそう難しくないだろ? 選挙にまで出てなくても噂が上がってた生徒でもいい。隅から隅まで調べてそれを俺に教えろよ」

 親衛隊候補か。大体なんとなく岩片が考えてることの見当がついた。恐らく岩片は生徒会役員には選ばれなかった生徒を探し親衛隊に使うつもりなのだろう。確かに強い生徒を見付けるのには手っ取り早いだろうが、それの相手をさせられる俺の身にもなってほしい。

「……わかった。なるべく早く調べてやる」

 やけに素直に従う五十嵐。
 先日までの威圧的な雰囲気がないのが気になったが、もしかしたら思ったよりも空気が読めるやつなのかもしれない。
 二人きりにしたら決裂し兼ねないと心配していたが無駄だったようだ。
 岩片は自分が作戦を考えることを条件に五十嵐に親衛隊候補をリストアップさせるということで交渉は成立する。
 ただただ岩片に策士を任せるということだけが心配で仕方なかった。



「おい」

 話が終わり、さっさと校舎へ向かう岩片の後を追って渡り廊下へ向かおうとしたときだ。
 ふと、背後の五十嵐に呼び止められる。

「なんだよ」
「お前、あいつとどういう関係だ」

 ここに来て何度目の質問だろうか。五十嵐から問い掛けられ、そんなに俺たちの関係が不思議なのだろうかと今さら気になり出す自分がちょっと可笑しくて俺は笑う。

「ただの腐れ縁だよ」

 そして、決まったように答えるこのやり取りも何度目だろうか。なんて思いながらそう簡潔に答えた俺は「それじゃ、またな」とだけ呟き、先に行った岩片の後を追い掛ける。
 通路を出るまで、背中に突き刺さった五十嵐の視線が痛かった。





 五十嵐と別れ、俺と岩片はギリギリの時間で教室入りする。
 丁度席に座る前にチャイムが鳴っていたが、担任の宮藤は咎めるどころか「ちゃんと朝起きるとか偉いな」と喜んでいた。
 生徒が生徒なら教師も教師だなと思ったが、この扱いは嬉しいのでまあいい。

 転校して二日目。
 昨日のような野次馬はなくなったが、その代わり教室の外には別のものがいた。

「元くーん、元くーん」

 半分以上の机が空席になった教室にて。
 隣の席で岩片と岡部がゲームで遊んでいるのを横目に黒板前の宮藤の声を聞き流していると、ふと教室の外から間延びした声が聞こえてくる。因みに今休み時間でもなんでもない授業中だ。そしてもう夕方だ。

「元君ってばあ、無視しないでよー」

 確かに退屈な授業に飽きていたがこんな展開求めていない。
 あまりにも寂しそうなその声に恐る恐る声がする方に目を向ければ、開いた扉の影から生徒会会計・神楽麻都佳がちらちら覗いていた。というかはみ出ていた。
 堂々と話し掛けてくるなとか名前を呼ぶなとか今授業中だろとかなんで皆何事もないように授業に集中してるんだとか色々突っ込みたいことはあったが追い付かない。ちらりと岩片に目を向ければ偶然目が合った。
『どうしよう』と目で話しかける俺。『無視しろ』そう小さく岩片の唇が動く。
 どうやらこの前神楽にもじゃと言われたことを根に持ってるようだ。私怨かよと思いつつ、まあ妥当だなと自己完結させた俺は岩片の言い付け通りなにも聞こえないことにした。
 しかし、それがまずかったようだ。

「元君てばあ! 無視しないでよお!」

 情けない声を上げながら教室に入ってくる神楽はそのまま俺の席までやってくる。うわーんと大袈裟に泣き真似をする神楽はしがみついてこようとしてきた。
 咄嗟に危険を察知した俺は椅子から立ち上がり神楽を避ける。そしてそのまま神楽の脛に椅子を蹴り当てれば、「う゛っ」と悲痛な声を漏らしながら神楽はそのまま踞いた。

「ひ……酷いよぉハジメ君、俺挨拶しただけなのにぃ」
「うわっ、わり。つい癖で」

 膝を抱えるように脛を押さえる神楽の元に慌てて俺は駆け寄る。
 昨日能義と五条のことがあったからかやはり防衛本能が強くなったようだ。ぐすぐすと泣き出す神楽に謝れば、隣の席でゲームをしていた岩片は「ぷっ」と小さく吹き出す。慌てて咳払いをし誤魔化す俺は神楽に「大丈夫か?」と声をかけた。

「無理ーもうだめだってぇ、絶対ヒビ入っちゃったよこれ足動かないよぉ」

 こんなモヤシみたいなやつでも生徒会に選ばれているのだから多少丈夫で出来ているのだろう。
 わざとらしく大根演技をする神楽になんか元気そうだなと思いながら俺は「頑張れ」とだけ答えた。そのまま何事もなかったかのように席に戻ろうとすれば、ガシッと足首を掴まれる。

「ねえハジメ君、責任取って保健室までおんぶしてよぉ」

 言いながらすがるように俺の足元抱き着いてくる神楽。
 確かに足を出したのは俺だが、それほど強くした覚えもない。どっからどうみても健康優良児な神楽に泣き付かれ、暴力を振った側の俺は断るに断りにくくなる。
 どさくさに紛れて尻を揉んでくる神楽の手を払いながら俺は助けを求めるように岩片に目を向けた。

「せんせー、神楽君が足骨折したらしいので保健室までおぶってほしいそうでーす」

 すると、なにを思ったのか岩片はそう黒板の前に立つ宮藤に発言する。
 それまで特に興味無さそうに授業を続けていた宮藤は「そーか、よし任せとけ」と言いながら持っていた持っていた参考書を閉じた。
 宮藤に教室から引っ張り出されそうになり、慌てた神楽は「や、もう大丈夫っ元気になったから! いらない! いらないって!」と声を上げながら俺を盾に逃げる。素晴らしい逃げ足の早さだった。

「……あのなあ、いくらお前が授業出なくてもいいけどな、授業妨害だけはすんなよ」

 そう溜め息混じりに続ける宮藤は言いながら壁にかかっていた電話型インターホンの受話器を手に取る。
 教師としてそのゆるい発言はどうなのかと思いつつ、腰にしがみついてくる神楽の腕を剥がす俺。
 どこかに内線電話を掛けているようだ。なにか受話器に向かってなにか話している宮藤に気になりつつも、尚もしがみついてくる神楽に「ほら大丈夫なんだろ」と言いながら強引に立たせようとしたときだ。

「失礼させていただこう!」

 仰々しいデカイ声と共に開きっぱなしの教室の扉から数人の生徒が入ってきた。
 きっかりと分けられた七三の黒い髪に細いフチの眼鏡。上まで全てボタンを掛け、キチンと着こなした制服。そして、その左肩には『風紀』と刺繍が入った腕章。
 一見インテリっぽそうなその眼鏡の生徒を筆頭にゾロゾロとやってくる数人の生徒。いずれも風紀の腕章をつけ、そして暑苦しいまでに制服をきっちりと着込んでいる。
 また変なやつが来た。
 いきなりやってきた集団に何事だと目を丸くする俺に「出た」と顔を青くする神楽。
 昨夜、能義と五十嵐から聞いた風紀委員の話をちらっと思い出した俺はただならぬ嫌な予感を感じた。

「おーご苦労さん。問題の生徒はそこに。授業妨害にサボり、後はそっちで調べてくれ」
「了解した。後は俺たちに任せて宮藤先生は授業の再開を」

 風紀のリーダー格らしきインテリ眼鏡の生徒に、宮藤は「ああ」と頷き持っていた受話器を置く。
 どうやら先程の内線電話の先は風紀委員だったようだ。ゾロゾロとやってきた風紀の連中は神楽を見付けると俺からむしるように乱暴に捕らえる。

「痛い、痛いってばあ! もう! 離してよぉ!」

 駄々っ子のように手足をばたつかせる神楽に構わず風紀委員は数人がかりで教室の外まで引き摺り出す。
 凄まじい荒業だ。神楽に掴まれ乱れた制服を直しながら遠い目をして見送っていたとき、まだ周囲に残っていた風紀が自分を見ていることに気付く。
 そして、

「なにをしている。さっさと連れていけ」

 やってきたインテリ眼鏡は俺の腕を掴み上げ、そう吐き捨てるように続けた。

「……はい?」

 素で意味がわからなかった。
 まさかこのインテリ眼鏡は俺が神楽と一緒にはしゃいでいたと勘違いしているのだろうか。いや、まあ確かに騒いでいたかもしれないが、冗談だろ。
 呆れたようにインテリ眼鏡を見詰めていると、不意にくいくいと制服を引っ張られた。
 何事かと目を向ければ、ゲーム機片手にこちらを見上げてくる岩片が小さく口を動かす。

『こいつ、親衛隊候補。素直に言うこと聞いとけ』

 確かにそう岩片は言った。
 親衛隊候補だって?このインテリ風紀が?
 再びインテリ眼鏡に目を向けたとき、近くの席から「うわわっ」と間抜けな声が聞こえてくる。

「えっ? 俺? 俺もですか?」

 焦ったような特徴のない声。
 岡部だ。俺同様風紀委員に囲まれた岡部は顔を青くする。先ほどまで我関せずでずっとゲームをしていた岡部が何故目を付けられるのかがわからなかったが、よく考えなくてもそれが問題なのだろうか。

「なにボサッとしている。さっさと歩け!」
「いッ……てぇ」

 瞬間、インテリ眼鏡に背中を強く押される。いや、叩かれたと言った方が適切なのかもしれない。
 じんじんと痛む背中に気を取られていると今度は髪を掴まれ、インテリ眼鏡は俺を引き摺るようにして歩き出した。
 力が強い。少しでも歩くことを渋ったら髪を引きちぎられそうで、嫌々ながら俺はインテリ眼鏡についていく。
 神楽や岡部のように複数の風紀委員に連行されるよりかはましなのかもしれないが、一方的に嬲られていい気はしない。
 今すぐ振り払いたいところだが、岩片に忠告を受けた今素直に言うことを聞いていた方がいいのかもしれない。
 それにしても岩片といい五条といいこのインテリ眼鏡といい、俺は眼鏡運が壊滅的に悪いようだ。そんな下らないことを考えつつ、俺は引っ張られるがままインテリ眼鏡についていく。


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