馬鹿ばっか

田原摩耶

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酔狂ゲーム

02

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 教室前廊下。
 他の教室では授業が始まっているらしく廊下に人の影はない。というより教室にすら影がない。
 ここの学校のサボりはどんだけレベルが高いんだよと内心呆れつつ、俺は前を歩く彩乃に目を向ける。
 教室を出てからずっと黙って俺の腕を引く彩乃だったが、普通教室棟までやってきたときようやくその足を止め俺の手を離す。

「……」
「……」

 そして沈黙。
 こちらを睨むように見てくる彩乃に、今更あのタイミングで見られたことに対し恥ずかしくなってくる俺の顔には自然と苦笑が浮かんだ。

「なんか悪いな。助けてもらっちゃって……えっと、彩乃ちゃん」
「五十嵐だ」
「あ?」
「五十嵐と言っている。……その名前で呼ぶな」

 ああ、名前のことか。
 生徒会書記・彩乃、もとい五十嵐彩乃はそう吐き捨てるように低く続ける。
「五十嵐」確認するようにそう名前を呼べば、五十嵐は「馴れ馴れしい」と眉を潜めた。どうしろと。

「まあ、いいや。いやーでも本当助かったわ。ありがとな」

 そう笑みを浮かべながら早速切り替えた俺は「んじゃ、俺はこれで」と言い、五十嵐に背中を向ける。
 流れでここまでやってきたは良いが、授業をサボるような真似はしたくない。という程優等生でもないが、ただ単にあまり岩片から目を離したくなかった。恐らく既に特別教室棟へ向かっているであろう御主人様を思い浮かべながら、そのまま歩き出そうとしたときだ。

「おい」

 伸びてきた五十嵐に肩を掴まれる。無理矢理五十嵐の方を向かされるのだ。

「お前、さっき自分がなにされそうになったのか分かってるのか?」

 睨むように俺の目をじっと見据えてくる仏頂面の五十嵐は、そう尋ねてくる。
 なにって、さっきの能義たちとのことを言っているのだろうか。
 岩片と行動を共にしてきた今、概ねは理解出来ているつもりだがどう五十嵐に返せばいいか迷う。考え込んでみるが、五十嵐みたいなタイプにはなにを言っても同じだろうなと悟った俺は適当にはぐらかすことにした。

「別にいいだろ、もう。それよりさあ科学室ってどこ? 他のやつとはぐれちゃってわかんねーんだよね」

 そうなんとか話題を変えようとする俺に、五十嵐の眉間の皺が更に深くなる。
 掴まれた腕に指が皮膚にめり込み、僅かに顔をしかめた俺はそれを振り払おうとした。が、離れない。

「……気に入らねえ」

 そして、五十嵐はそう低く唸る。まさかそんなこと言われるとは思わなくて、笑みを浮かべた俺の口から「は?」と素っ頓狂な声が洩れた。

「ヘラヘラヘラヘラ笑いやがって、自分の立場分かってねーのか。能天気野郎」
「の……っ」

 能天気野郎。まるで人をなにも考えてないバカのように言う五十嵐に腹の底から怒りが込み上げてくる。それを必死に抑えながら、俺は強張った顔を慌てて弛ませた。

「……なんだよ、俺の立場って」
「お前ら二人は今回の賭けの対象にされている」
「賭けの対象?」

 ここまでは、神楽から予め聞いている。
 今回のと言うことには前回があったということなのだろう。なんで五十嵐が対象である俺にネタばらしをするのかがわからなかったが、聞かない他ない。静かに促す俺に、五十嵐は「ああ」と重々しく頷いた。

「まあ、賭けは賭けでも誰が一番最初に転校生を落とせるかという酔狂な遊びだな」

 酔狂な遊び。そう五十嵐は言った。

「……へえ、俺らがねぇ」

 俺だけではなく岩片までターゲットにするとは確かに酔狂だ。
 落とす、か。確か神楽も似たようなこと言ってたな。あの時は能義の邪魔が入って聞けなかったが、今周りに邪魔がいないこの場所ならもう少し詳しい話ができるかもしれない。

「その落とすってさ、どういう意味なわけ?」
「……意味?」
「あんたらがやってる賭けのルールだよ、せっかくだし教えてくれよ」

 そう笑いながら尋ねる俺に訝しげな目を向ける五十嵐だったが、案外すんなりと口を開いた。
 五十嵐が言う生徒会の賭けは至ってシンプルなものだった。どちらかの転校生を落とす、つまり惚れさせ、それを公言させることが出来れば勝ち。そのためには方法・手段は選ばない。
 賭けるものは金やら私物やらスタンダードなものから始まり、自分含めた人間まで様々のようだ。
 毎年、生徒会メンバーが入れ替わる時期になると行われ、そのターゲットにはなにも知らない転校生・新任教師などの外部の人間が選ばれる。
 賭ける内容によっては周りの人間が巻き込まれ、怪我人も出ることも多々あるようだ。
 そして、この悪趣味極まりないゲームは学園公認の由緒正しき伝統的なイベントだという。

 一頻り五十嵐からルールの説明を聞いてただ一言。
 ――歴代生徒会はなにをやっているんだ。

 学園全体の雰囲気を見て薄々は感じていたが、まさかここまでろくでもない場所とは思わなかった。

「んで、ターゲットが俺たちってわけ」
「ああ。過去にも複数人選ばれたこともある」
「ふーん、でもそんなにベラベラ喋っちゃって大丈夫? 自分から聞いといてあれだけど」
「別にそれは構わない。最初から俺はお前らに言うつもりだったからな」

 お前ら、ということは一応岩片も入っているようだ。昨日食堂で五十嵐に引っ張り出されそうになったことを思い出し、『あれはそういうことだったのか』と一人納得する。

「俺はこの賭けを俺たちの代で終わらせたい。……いや、止めさせる」

 そう静かに続ける五十嵐。なるほど、だから不参加か。
 確かになにも知らなかった俺でさえ聞いて頭が痛くなったのに、怪我人の話など前例を知っている人間ならばこんな行事止めさせるのが普通だろう。しかし、それが出来なかった。
 ゲームのルールの説明を聞いているとき、生徒会役員の選出法についてちらっと聞いた。
 この学園では生徒会役員は他薦推薦で選ばれた候補生の中から更に選挙で四人の生徒会役員が選ばれる。
 力が全てなこの学園内では自然と多くの舎弟を持ったカリスマ性のある生徒、もとい喧嘩馬鹿が舎弟の組織票で役員に選ばれるようだ。そして見事選ばれた役員に拒否権はなく、中には不本意で選ばれた生徒がいるらしい。因みに、五十嵐がそうだという。
 だからか、賢い一般生徒は力馬鹿が集まった生徒会に口を出すような真似はしないようだ。いたとしても、そんな生徒で組まれた生徒会のことだ。
 過去に無理矢理黙らせたこともあるのだろう。
 それでも、今回はその力馬鹿の生徒会の中にまともなやつがいたようだ。
 俺は目の前の五十嵐を見上げる。目と目が合い、それでも俺は逸らさなかった。

「だから、お前ら二人に協力して欲しい」
「俺と岩片に?」

 そう問い掛ければ、五十嵐は「ああ」と小さく頷く。
 正直、出来ることならあまり関わりたくなかった。しかし、こうしてターゲットに選ばれた今止めさせるという五十嵐の考えは最善だと思う。
 それに、俺だけならまだしもそのターゲットには岩片も含まれている。自分だけの判断で即決するわけにもいかない。最悪、五十嵐の話全てが演技だという場合もある。
 そして、こうして俺に近付くことで賭けに勝つつもりだという場合もだ。

「言いたいことはわかったけどさあ、色々いきなり言われてもすぐに判断出来ないっつーか……」
「このことについて強要をするつもりない。信じろと言ってもすぐには信じれないだろうしな」

 相変わらず不機嫌そうだが意外とまともなやつだ。濁す俺に対しそう続ける五十嵐に少し驚く。

「まあ、わかった。一応あいつにも俺の方から話しておくよ。教えてくれてありがとな」

 この件は保留することを選んだ俺は、そう五十嵐に笑いかけた。五十嵐は「ああ」と頷き、俺から視線を外す。
 話が終わり、大分時間ロスしたななんて思いながら歩き出した俺はとあることを思い出し、「あ」と足を止めた。

「一つ聞き忘れてたんだけど、いい?」
「……なんだ」
「俺たちが協力するとして、五十嵐には生徒会を止める方法あんの?」
「……」

 なんでそんなことを聞くんだと言いたそうな顔をする五十嵐だったが、少し黙り込み「ある」と口を動かした。
 それが本当かどうかもわからなかったが、俺にとってその二文字だけで十分だった。

「わかった。ありがとう」

 そうもう一度お礼を口にした俺は今度こそ五十嵐と別れ、特別教室棟へと足を向かわせる。

 五十嵐と別れてから科学室の場所を聞きそびれたことを思い出した俺は一旦職員室に向かい、たまたま空いていたホスト教師・雅己ちゃんに連れていってもらう。

「ったく、今朝注意したばっかなのに一限目から遅刻たぁいい度胸じゃねぇの」
「ごめんってば。小便行ってたらいつの間にかに皆居なくなってたんだから仕方ねーじゃん」
「どんだけ長いんだよ、お前のは」
「やだ雅己ちゃんったらセクハラ……」
「その発言が俺に対するセクハラなんだけどな」

 そんな他愛ない会話を交えながら歩くこと暫く。
 特別教室棟、科学室前。
「んじゃ、後は一人で行けるな?」と尋ねてくる宮藤に俺は頷いた。

「ありがとー雅己ちゃん」
「おう。しっかり学んで来いよ」

 科学室の扉を開く俺に、宮藤はそう軽く手をヒラヒラさせる。ああ、俺の周りが皆宮藤みたいなやつばっかりだったらよかったのに。思いながら、「すみません遅れましたー」と言いながら俺は科学室へ入る。
 科学室には、SHR時に教室にいた生徒の過半数しかいなかった。そこに黒もじゃもとい岩片凪沙の姿を見つけた俺は内心ほっと胸を撫で下ろし、そのまま岩片の元へ歩いていく。
 そう言えば、五十嵐の言うことが本当なら宮藤もなにか知っていたりするのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、クラスメートから取り上げたであろうゲーム機で遊んでいる岩片の隣の席についた。取り敢えず、今は授業だ。



 ――放課後。
 どこか人気がない場所がないか探している内にあっという間にこんな時間になる。
 やはり五十嵐が言っていたことが関係しているのか、どこに行っても誰かにつけられたり先客がいたりと岩片と二人きりになれる場所がなく、結局俺はクラスメートの地味な男子にセクハラを仕掛ける岩片を無理矢理引き剥がしそのまま学生寮の自室まで戻ってきた。

「ったく、ハジメったら本当に気がはえーんだから。そんなに俺と二人っきりになりたかったのかよ、寂しがり屋さんめ」

 その解釈はおかしい。誰が寂しがり屋さんだよと口の中で呟きつつ、俺は「取り敢えず座れって」と岩片を促した。まあ、二人きりになるのを狙っていたのは事実だけども。隠していたつもりだが、やはり無意識の内に行動に出ていたのだろう。

「なんだよ、座るの? 対面座位?」
「お前本当そればっかだな。岩片に大事な話があるんだよ」
「……ようやく俺にケツを差し出す気になったか」
「大事な話って言われて人のケツ云々言い出したやつは初めてだわ。ってもう話逸らすなってば、真面目な話だって、真面目な」

 あまりにも話が進まないことに焦れた俺は頬を引き締めそう続ける。相変わらずにやにやと口許に笑みを浮かべた岩片は「わかったわかった」と笑いながらソファーに腰を掛けた。

「なんだよ、言ってみろよ。ちゃんと聞いててやるからさ」

 ようやく本調子に戻ったようだ。にやけ面は変わらないが、それでも人の話を聞ける状態になってくれるだけでもましな方だろう。
 小さく息をついた俺は「わかった」と呟き、目の前の岩片に目を向けた。



「……というわけ。だから、今のところ書記には返事を保留している」

 五十嵐彩乃から聞いたことを全てそのまま岩片に説明した俺は「書記と協力するかどうかに関しては岩片の判断に任せるから好きなようにしろよ」と続ける。
 一応既に能義と揉めたことも話したが、勿論乳首云々の辺りは省いた。
 話し終え、ちらりとソファーの上の岩片に目を向ける。終始微妙な顔をしていた岩片はうーんと唸り、そして、口を開く。

「つーかさあ、一つ聞いていい?」
「なに?」
「なんでお前書記と仲良くなっちゃってんの?」

 そう、いつもと変わらない調子で続ける岩片の言葉に全身が強張った。
 そこじゃねえだろ。

「成り行きだよ、成り行き」
「成り行きなあ。俺がいないところで随分楽しくやったみてーじゃん」
「…………」
「出たダンマリ」

 言い返したら言い返したで文句言って来るのはどこのどいつだよと口に出しそうになるのを堪えつつ、俺は「とにかく」と強引に話題の軌道修正を計る。

「どうすんだよ。念のため転校先考えとくか」
「あ、話逸らした」
「岩片」

 そう名前を呼べば、岩片は「はいはい」と笑う。

「んーまぁ取り敢えず転校とか考えなくていいから」
「……真面目に?」
「真面目に。だって楽しそうじゃねえか、ゲーム。俺さあ、ギャンブル好きなんだよね。見るのもやんのも」
「いいのか? 俺たちは賭けのネタにされてんだぞ」
「だからなんだよ。寧ろさあ、俺らがその賭けの勝敗握ってるってことじゃん? 生徒会のやつ全員負かすことだって出来るんだよな。……そういうの、すっげぇ興奮するんだけど」

 僅かに頬を紅潮させ、乾いた唇を舌で舐める岩片に俺はやれやれと肩を竦める。
 相変わらず、悪趣味極まりない。ここまでくると、目の前の瓶底眼鏡の青年が頼もしくすら見えてきた。そう感じる俺も相当なのだろう。

「あんたがギャンブル好きなのはわかったけど、いいのか? 書記から聞いたけど前は色々大変だったらしいぞ、狙われた方も」
「ああ、なんだハジメ、俺の尻の心配してくれてんの?」

 誰がなんのためにわざわざ遠回しに聞いてやったんだと思ってるんだ、こいつは。
 相変わらず恥の欠片も感じさせない岩片に言葉に詰まるが、俺が口を開く前に岩片は「大丈夫」と口許に下品な笑みを浮かべる。

「そのためにお前がいるんだろ」

 まあ、そうなりますよね。

「はははっ! ハジメすっげー顔になってんぞ。まあ、お前が嫌だっつうんならさっさとリタイアして適当な役員に『好きです』でも『愛してる』でも適当に言えばいいだけだからそんな難しく考えなくてもいいんだからな。その書記が言ってることが本当ならそれがゲーム終了の合図なはずだからな。一番平和的な終わり方だ」

 そう矢継ぎ早に話す岩片は一息つき、「ことなかれ主義のハジメ君にはぴったしだな」と笑みを浮かべた。
 確かに、それが一番楽だろう。そして俺が望む平和的やり方というのにも変わりない。それを理解した上でやっすい挑発をけしかけてくる岩片に、俺は笑い返す。

「俺、本当に好きな人にしかそういうの言わない派だから。安心しろよ」
「……はっずかしいこと言うなあ、お前」

 お前に言われたくない。岩片相手に真面目になった自分が情けなくてもう恥ずかしさでいっぱいになった。

「まあ、ハジメがどこまで有言実行することが出来るか見物だな。いやーワクワクしてきた、ついでだし俺らも賭けるか」
「賭け?」
「そ。ハジメがリタイアするかしないかみたいな」
「俺と岩片がどちちがとかじゃなくてか」
「あーダメダメ。そんなんやったら俺が優勝しちゃうじゃん」

 自分がなにをされても生徒会に屈しない自信があるのだろう。呆れたように即答する岩片に俺は一種の感心すら覚えた。

「だから、ハジメがリタイアするか最後まで我慢できるか。楽しそうじゃん」

 俺を見たままヘラヘラと笑う岩片に、俺は「賭けるものは?」と促した。
 問い掛けられ、岩片は「うーん」と僅かに考え込む。

「そうだな、ハジメがリタイアしたら親衛隊長解任。最後までリタイアしなかったら無し」

 そう思い付いたように続ける岩片に俺は目を剥いた。

「シンプルで分かりやすいじゃん?」

 そう笑う岩片はどこまでも楽しそうで、瓶底眼鏡越しに俺の様子を見ているのがわかる。
 恐らく、というより間違いなく試されているのだろう。こんなメリットデメリットがハッキリした賭けを仕掛けてくる岩片に、胸糞悪さのあまりに自然と笑みが浮かんだ。

「ほんっと、悪趣味」
「あははっ! 褒めんなよ、照れるだろ」

 俺が辞められないのをわかっててこういう条件を出す岩片は相当性格が悪い。
 笑みを引きつらせる俺に対し、大きく口を開けてゲラゲラと笑い出したと思えばすぐに真顔に戻る岩片。

「まあ、これでお前も楽しくなったろ?」
「お陰さまでな」
「感謝しろよ」

 軽薄に笑う岩片に、今までのこと全て本気か冗談かわからなくなってくる。恐らく全て本気なのだろう。訂正しない辺り、岩片の思案が伺えた。

「あ、そーだ。さっき言ってた書記だっけ?」
「五十嵐彩乃か」
「えっ、あいつ彩乃って言うんだ。やべー可愛いじゃん、ドキドキしてきた」
「……で、そいつがどうした?」
「ん? あ、そうそう。一応協力するってことにしといて」

 脱線し掛けていた岩片の言葉に、俺は「わかった」とだけ答える。
 一応か。岩片のことだ。どうせまた良からぬことを企んでいるのだろう。敢えて俺は突っ込んだことを聞かないようにした。

「よし、そうと決まったら俺たちもやらなきゃいけないことが出てきたな」
「やらなきゃいけないこと?」

 喉が渇いたのか、立ち上がるなりそのまま冷蔵庫まで歩いていく岩片。

「そ、やらなきゃいけないこと。このままじゃリタイア云々より先にハジメが潰れるかもしれねーしな」

 冷蔵庫の中から、寮内の自販機で購入したサイダーが入ったペットボトルを取り出す岩片はそのキャップを捻りながら続ける。
 潰れる、ということは恐らく先ほど言っていた岩片の分の負担を全て俺が被ったときのことを言っているのだろう。

「それで、なにすんだよ」
「んぐ……っぷは、あ゛ー生き返る」
「あ、俺にも頂戴」
「仕方ねーな」

 そう言いながらやってきた岩片は俺にペットボトルを手渡す。冷たい表面が心地がよく、「どーも」と言いながらそれを受けとれば岩片は「50円な」とにやりと笑った。金取る気か、こいつ。一瞬飲むのを躊躇う俺に岩片は「冗談だよ」と笑った。

「それでだけど……なんだっけ」
「やらなきゃいけないこと」
「あーそうそう、それな」

 一口分それを喉に流し込み、俺はソファーに腰をかける岩片を目に向けた。目が合えば、岩片はにこりと笑う。

「この学校にも、俺の親衛隊を作ろうと思う」

 親衛隊。俺にとってそれは馴染みある言葉だった。

「……そんな簡単に言ってるけどなぁ、ここ、前のとこと全然違うんだぞ」

 なんでもないようにそう口にする岩片に、俺はそう顔をしかめる。

 確かに、前のように金やら顔やらセックスやらで戯れていた物好きな御坊っちゃま相手ならどうにかなるかもしれないが、ここは違う。
 見掛けばかりはいいものの、中はただの不良の巣窟だ。力だけはある生徒相手に、男である岩片がたぶらかすことが出来るかどうかはかなり怪しい。

「違う? 俺からしてみればどこも一緒だぞ。自分に合わない環境なら無理矢理にでも作り替えればいいだろ。なんのためにわざわざお前を連れてきたと思ってるんだ、ハジメ」

 つまりそれは、岩片の代わりに俺が力で黙らせろと言うことですか。相変わらず当たり前のような顔して厄介な仕事を投げ掛けてくる岩片に、俺は「そうだったな」と諦めたように小さく息を吐く。
 まあ確かに自分の力は自信はあったが、ここ二日間で既に生徒会役員に力負けしたことを思い出してしまった俺は内心冷や汗を滲ませる。
 あんな状況だし負けたなんて認めたくないのでなかったことにしよう。

「俺がお前の護衛するってのはわかったけど、親衛隊だろ? いい人材はいるのか」
「まあ、今のところ二人。一人はわかんねえけど、もう一人は確実にいける」

 もう見付けたのか、こいつ。

「ま、二人ともすぐに落とすから安心しろよ」

 相変わらず自信過剰な岩片は、そう言って俺に笑いかけてきた。
 流石、隙有らば男漁りをしてるだけある。あまり褒めたくはないが、こういうことに対しての無駄な積極性とかは尊敬してしまう。

「名前はわかってんのか?」
「一人はな」
「どんなやつ?」
「うーんと、なんて言ったらいいかな。普通のやつだよ」

 よっぽど特徴がないのか、言葉に詰まる岩片に俺は「普通?」と聞き返す。

「そ、普通。あーなんて言えばいいかわかんねえ」

 岩片がここまで悩むのも珍しい。胸を反らすように大きく背凭れにもたれ掛かった岩片はそのまま動きを止め、「あ、そうだ」と声を漏らした。

「なんなら、今から会いに行くか」

 そう思い付いたように提案する岩片は、言いながらむくりと起き上がる。

「今から?  場所わかんのか?」
「丁度飯時だし食堂にいるだろ。それに、これ返そうと思ってたところだったし」

 言いながら岩片が制服のポケットから取り出したのは、今朝クラスメートの男子生徒から取り上げていた携帯ゲーム機だった。
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