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御主人様と奴隷
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「え、え、なに手ぇ繋いでんの、ちょ、だめだよぉー! だめだめ! ほら、離して!」
「……」
「あいたっ!」
駆け寄り、俺から彩乃を引き剥がそうとする神楽だったが逆に彩乃に頭を叩かれていた。しかも、子供に対して軽くあしらうようなものだ。
「ううっ……彩乃ちゃん叩くなんて酷いよぉー、もういいもん! ふくかいちょーに言い付けてやる!」
しかし、かなりダメージのなさそうだったが心のダメージはあったらしい。きゃいんきゃいんと吠える神楽がそう能義のことを口にした矢先のことだった。
「呼びましたか?」
すぐ背後から艶かしい男の声が聞こえてきた。ねっとりと絡みつくような低音は一度聞いたら早々忘れられない。振り返ればそこには、ふくかいちょーこと能義有人のドアップがあった。
いや普通に心臓止まる。
「おわっ!!」
「おや、なかなか新鮮な反応ですね。……悪くないですよ」
「あっ、ふくかいちょー! 聞いてよ聞いてよー! 彩乃ちゃんがねぇ、元くんを人気のない場所に連れ込んでそのままあーんなことやこーんなことしようとするんだよぉ。酷いんだよぉ、かっこいい顔してむっつりだし、しかも俺殴られたしい、彩乃ちゃんのこと怒ってよーふくかいちょー」
「おや、いけませんねぇ。書記、不純同性交遊は感心しませんよ」
持ち上げたいのか貶めたいのかよくわからない神楽の言い分(それもかなり脚色されてる)を聞き入れた能義は厭な笑みを浮かべる。二人に責められ、生徒会書紀・彩乃は面倒臭そうに息を吐いた。
「お前らと一緒にするな。こいつに話があるだけだ」
ばっさりと切り捨てるような物言いをするやつだと思った。やはり、生徒会役員だとは思ったが書紀か。神楽よりかはちゃんと仕事をしそうだが、他の連中とはまた違う硬派な雰囲気は取っ付きにくそうだと思った。
「話だってよ、ふくかいちょー」
「そんなわけないでしょう。口実ですよ、口実。思春期の青少年が人気のない場所で二人きりになるなんてあれ以外ありませんよ。いやらしい」
「やだー彩乃ちゃんってば不潔ー! エッチー! ケダモノー!」
好き勝手言い出す二人に彩乃の中の怒りが益々膨れ上がるのが見て取れるようだった。よくもこんなキレたらやばそうな男を煽るようなことできるな。俺なら無理だ。
けれど、もしかしたら彩乃にとっては日常茶飯事なのかもしれない。苛ついたように舌打ちをし、それから、二人を睨みつけた。
「お前らなにか勘違いしてるようだけどな、俺はあれに参加した覚えは……」
『こっち来んじゃねえ! あっち行けこの糞もじゃ!!』
そう彩乃が言いかけたときだった。食堂の外の方からどっかで聞いたことあるような怒鳴り声が聞こえてくる。
何事かと思いきや食堂入り口前、一際目立つ赤茶髪の男、政岡零児とそれに迫る糞もじゃもとい岩片の姿があった。……ていうか、あいつ急にいなくなったと思ったらなに遊んでんだあいつまじふざけんな。
「……参加した覚えはねえ」
言葉を遮られ些か不快そうではあるものの、関わるのは面倒だと判断したようだ。彩乃はそう見なかったことにして続ける。
できるなら俺も見なかったことにしたかったが、糞もじゃもとい岩片を野放しにしておくことはできない。
この学園の秩序と生徒たちの貞操のためにも。
なんとか隙を見て三人の役員たちから離れられないかと思った。が、それも先程までの話だ。
彩乃が言った『参加するつもりはない』というその言葉が引っかかる。それは、つまり。
「おや、おやおやおやおや。一体なにを言い出すかと思えば。口を慎みなさい書記、でなければ貴方のあだ名をプリティー彩乃にしますよ」
言いながら、彩乃に詰め寄った能義は言いながら彩乃の頬をぐりぐりする。彩乃は「やれるもんならやってみろ」と青筋浮かべていたが、いや、違う、そんなことは今どうだっていい。
「……なあ、彩乃、今参加するとかしてないとかってなんの話? もしかしてなんかイベントとかあんの?」
恐らく、彩乃が言っていた参加不参加の話は生徒会のゲームのことだろう。能義の訪問のお陰であのとき神楽から詳しい話を聞き損ねていたが、丁度良い。少し反応を見てみるか。
惚けたフリして彩乃に尋ねれば、横にいた神楽はなに言い出すんだと青褪める。
「ちょっちょっちょっと、は、元くん、なに、え?」
「ほう、あなたも気になるんですか?」
「まあねーなんか楽しそうだし。ゲーム?」
露骨に取り乱す神楽とは対象的に、能義の反応は変わらないものだった。それどころか、こちらの反応を見て楽しんでる気配すらあった。
神楽当人は俺が能義たちにチクると思っているようだ。「ご飯食べようよぉご飯~」「もういいからそういうのはぁ」と話題を逸らそうする神楽があまりにもまとわりついてくるので、俺は『別にバラさらないから』と目配せをする。伝わったかどうかは知らない。
「へえ、あなたもやりたいんですか?」
「面白そうならな。どんなゲームか教えてくれよ」
「好奇心旺盛な方ですね。いいですよ、今夜私の部屋に来てください。手取り足取り教えてあげますよ」
しまった、変な方向に流された。遠回しに喋る気はない、そう拒絶されたようだった。やはり、能義相手に主導権を奪うのは無理そうだ。
それにしても、岩片みたいなこと言うやつだな、と内心顔引き攣らせた矢先だ。
「へえ、有人がサポートしてくれんの? 楽しそうじゃん、俺も混ぜてよ」
背後からぐっと肩を抱かれる。もう、今は耳に馴染んでしまったその軽薄な声。振り返れば、そこには岩片がいた。
というかどいつもこいつもなんで気配消して俺の背後を狙うんだ、どこでそんなスキル覚えるんだ。是非ご教授願いたい。
「おや、会長はいいんですか?」
「あーあいつなら風紀だかなんだかのやつらに引っ張っていかれた。んで暇だったから戻ってきたけど……なんだよすっげーイケメン増えてんじゃん、こういうときはさっさと呼べっつったろハジメ」
『風紀』という単語に眉を潜める能義に構わず、耳打ちしてくる岩片にお前が勝手にどっか行ったんだろと突っ込まずにはいられなかった。
「なあ、お前名前なんてーの」
「ぅえ? お……俺ぇ?」
どうやら次のターゲットが決まったようだ。
俺にまとわりついていた神楽はまさか自分が声をかけられると思ってもいなかったらしい。露骨に顔を引きつらせる神楽は、舌舐めずりをしながらじりじりと詰め寄ってくる岩片から逃げるように後退る。
「お、俺は名乗るほどの者じゃ御座いませんよぉー……」
俺のときは自分から名乗ったくせに、よほど苦手らしい。そういや第一印象からしてあまり岩片にいい印象を持っていなかった。……まあ、大概のやつはそうだろうけどな。特に神楽みたいに容姿を重視するタイプなら余計。
「名乗るほどじゃねえその名前をこの俺が聞いてやるって言ってんだよ。その可愛い声で俺に……もごっ」
公共の場で何を言葉責めしてやがるんだこの男は。慌ててその口を塞ぎ、俺は一旦神楽から岩片を引き離した。ここぞとばかりに逃げ出した神楽はそのまま彩乃の背後に隠れる。
そんな二人を余所に、能義はというとなにやら難しそうな顔をしていた。
「風紀ですか……また面倒臭い方々に捕まりましたね」
風紀委員は、確か生徒会とこの学園を二分にしてるというのは聞いていた。
「別に珍しいことでもない。どうせあいつらが無駄な時間潰すことになるだけだ」
「いえ、会長のことはどうでもいいんですが、その飛び火がこちらに来ないか心配ですね」
五十嵐の言葉に対し、そう小さく息をつく能義。さらりとどうでもいい扱いされた政岡に内心同情しつつ、二人のやり取りが気になった俺は「飛び火?」と聞き返した。
「まあ風紀というくらいですからね、彼らは校則違反者に煩いんですよ。会長がしょっぴかれたことで調子に乗った風紀委員が無茶苦茶な理由付けてこの場にいる全員指導室へ引っ張るなんてことも有り得ないわけではないということです」
「全員って、流石にそれは」
「ええ、全員は言い過ぎましたね。訂正しましょう。私以外この場の生徒全員です」
肝心なところが訂正されてなかった上に悪化している。
流石の彩乃もその言葉に呆れたようだ。
「おい、俺も入れろ」
そこじゃねーだろ。能義、お前も「嫌です」じゃねえよ。仲良しだろやっぱお前ら。
「取り敢えず、私たちも夕食を済ませますか。尾張さんと……そちらの方もどうですか?」
「ひははははひはっへほへほ!」
「なるほど、岩片さんですね。お二人もどうですか? 賑やかな方が楽しいでしょう」
よく聞き取れたな。
最早なにを言ってるかわからない岩片の代わりに、俺は能義に「名案だな」と答えてやる。言いながら、放置したままの俺の夕食を思い出していた。岩片はなんかもごもご言っていた。
「俺はパスだ。食事のときくらい静かに食いたいからな」
「別にあなたの話は聞いていないので会計と遊んでいてください」
「……」
「ええっなんで俺~?」と不満そうにする神楽を他所に俺たちはテーブルへと向かった。
正面に能義、その隣に神楽。んで俺の隣には飯にがっつく岩片。彩乃はしょんぼりしながら帰った。
大人数用のテーブルを囲む俺たち。テーブル席では主に岩片と能義がわいわいと盛り上がっていた。いやなんでこいつら打ち解けてんだ。二人を横目に俺は冷めきった料理を口に運んだ。
人が多いにも関わらず、周りのテーブルには人一人近寄らない。ぎゃあぎゃあ騒いでるから周りに敬遠されているのだろうかと思ったが、周りも周りでなかなか騒がしい。どうやら肝心の面子が敬遠されているだけのようだ。気にはなったが、ごちゃごちゃ混んでいないのは素直に助かる。
そんなこんなで完食後、食事を済ませた俺たちはさっさと食堂を後にした。
「あー肉無かったけどまあまあ旨かったな、なあハジメ」
「お前は肉肉言い過ぎなんだよ。俺は結構好きな味だったけど」
「お気に召されたのなら良かったです」
学生寮内、廊下にて。自室に戻る俺たちを、昼間同様部屋まで送ると言い出した能義と話しながら歩いていた。
そして、俺の隣にはくっついてくるように歩く神楽。岩片を警戒しているようだが、どうやらそれ以上に俺たちが気になるようだ。嫌々ついてくる神楽。……こいつも暇なのだろうか。
「そう言えば、お二人は転校前同じ高校だったそうですね」
「ああ、まあな」
どうやらとっくに調べられているようだ。この学校にはプライバシーというものがないのだろうか。隠すのも面倒なので頷く。
「こんな時期に一緒に転校だなんて珍しいですね。一体どういうご関係で?」
まあ、そうなるよな。尋ねてくる能義に、俺はどう答えようか脳を回転させる。一応ここに来る前聞かれたとき用にシミュレーションしておいたのだが肝心なときに役に立たないようだ。いきなり問い掛けられ、なにも考えていなかった俺は言葉に詰まる。
「ハジメは俺の恋人だよ、恋人。卒業したら外国行って結婚すんの」
うん、そうそう恋人コイビト。
……………はい?
「なるほど、恋人ですか。仲良さそうで羨ましい限りですね」
笑みを浮かべたまま凍り付く俺とお化けでも見たような顔をする神楽。
そんな俺たちを他所におおらかな笑みを浮かべる能義と、「羨ましーだろ?」とヘラヘラ笑う岩片。
ちょっと待て、いつから俺たちは付き合い始めたんだ。というか能義もなに普通に受け入れてるんだ。こういうとき突っ込んでくれよ。
「ははは、なに言ってんだ岩片。おもしろい顔しやがってこいつ」
いつものタチが悪い岩片の冗談とわかっているはずなのに何故だろうか、調子狂わされる。そしてこの岩片の言葉に惑わされたのは俺一人ではないようだ。
「え、は、元くん……処女じゃなかったの……? あんなに嫌がってたからてっきり俺処女だと思ってたのに……」
わなわなと顔を青くする神楽は、なんかいきなりまた余計なことを言い出しやがった。信じられないとでも言う神楽に、こっちが信じられないと言いたくなる。
「ということは、やっぱり初めては岩片さんとですか? どちらが突っ込まれてあんあん鳴いているのか興味ありますね。個人的には尾張さん希望ですが」
こいつもこいつでなにを言い出すんだ。
「有人はわかってるなー。あんあん鳴いているのはハジメだよ。でもハジメのケツは俺専用だから興味持つなよ」
お前はもう黙ってろ。
「おや、それは残念です」
「嘘だぁ! 絶対初めてだと思ったのにー」
いや初めてもなにも普通にアナルは許容範囲外だし、そしてさっきからなんで神楽は人の肛門の開通未開通で嘆いてんだ。
「……いや、分かってると思うけどこれ冗談だからな」
岩片なりの笑えない冗談だとわかっていても流石に転校早々彼氏持ちアナル非処女認定なんて辛すぎる。俺のこれからに支障が出る。
岩片と深く関わりすぎた今支障も糞もないが、神楽の話を聞いたからこそ尚更気が抜けない。
「あっ、そうなのぉ? だ、だよねぇ~。元くんがもじゃと付き合ってるなんて、ねぇ」
「もじゃって誰?」
「お前だよ、もじゃ片」
「俺かよ」
自覚なかったのかこいつ。「この野郎ーちょっと垢抜けてるからって調子乗んじゃねーよ」と絡み出す岩片を小突き、止める。
「……おや、冗談でしたか。てっきり私」
「てっきり、なんだよ」
「なんでもありません」
……なんだよ。言えよ。余計もやもやするだろ。
こうして、俺たちはそんな調子でぐだぐだ話ながら自室の前まで戻ってきた。
冗談を冗談だと言えたが、こいつらが百パーセント人の話を聞いているかどうかは怪しかった。特に神楽。岩片がとんでもない嘘をついてからずっと神楽の様子がおかしい、というかよそよそしい。
それはネタバラシをした今でも変わらず、やはり見るからにもっさい岩片とチャラ男の神楽は相容れないなにかがあるのだろうかなんて思ってしまう。
――学生寮、自室前。
「わざわざ送ってくれてありがとな」
「いえ、お安い御用です。なにか困ったときはいつでも頼ってくださって構いませんからね、全力でサポートさせていただきますので」
そう続ける能義に微笑みかけられ、そこまでしなくてもいいと言えず俺は「わかった」とだけ頷く。
「それは下半身の「じゃあ、俺たちはこれで、また今度な!」
能義の発言に食い付いた岩片がまたなんか妙なことを言い出す前にそうさっと別れを切り出した俺は、扉を開け部屋の中に岩片を押し込んだ。
能義たちと別れ、片付いた自室へと戻ってきた俺たち。
「なんだよ、さっきの恋人とかなんとか」
「ああ、あれな。なに、ハジメもしかして真に受けたのかよ。そんなに嬉しかったのか?」
「んなわけないだろ」
「おっ、ハジメが素で返してくるなんて珍しいな」
岩片はそう可笑しそうに笑う。指摘され、墓穴掘った俺はなにも言わずに岩片から視線を逸らした。
「最初から言っといた方がいいだろ、色々避けになるし」
「お前の余計な一言で友達が出来なくなったらどーすんだよ」
「出来なくていいだろ」
即答。なんでもないように言う岩片を目を向ければ、岩片は口許に笑みを浮かべた。
「ハジメは俺の護衛だけしときゃーいいんだよ。まともな青春しようなんて考えんなよ」
分厚いレンズの奥の目は見えない。
けど、確かに岩片が自分を見ていることだけはわかった。
相変わらずのジャイアニズム。どっから沸いてくるのか自信過剰な岩片に今更呆れはしないが、やはりこうきっぱり俺の青春ない宣言されるとクるものがある。
「ハジメ」
「はいはい、わかりましたって。別に、最初からそんなつもりねーし」
ちょっと嘘吐いた。けどま、思うだけならタダだろ。御主人様がこう言ってちゃ、本当に思うだけになりそうだがな。
転校初日、俺たちは生徒会の四人と知り合った。
「……」
「あいたっ!」
駆け寄り、俺から彩乃を引き剥がそうとする神楽だったが逆に彩乃に頭を叩かれていた。しかも、子供に対して軽くあしらうようなものだ。
「ううっ……彩乃ちゃん叩くなんて酷いよぉー、もういいもん! ふくかいちょーに言い付けてやる!」
しかし、かなりダメージのなさそうだったが心のダメージはあったらしい。きゃいんきゃいんと吠える神楽がそう能義のことを口にした矢先のことだった。
「呼びましたか?」
すぐ背後から艶かしい男の声が聞こえてきた。ねっとりと絡みつくような低音は一度聞いたら早々忘れられない。振り返ればそこには、ふくかいちょーこと能義有人のドアップがあった。
いや普通に心臓止まる。
「おわっ!!」
「おや、なかなか新鮮な反応ですね。……悪くないですよ」
「あっ、ふくかいちょー! 聞いてよ聞いてよー! 彩乃ちゃんがねぇ、元くんを人気のない場所に連れ込んでそのままあーんなことやこーんなことしようとするんだよぉ。酷いんだよぉ、かっこいい顔してむっつりだし、しかも俺殴られたしい、彩乃ちゃんのこと怒ってよーふくかいちょー」
「おや、いけませんねぇ。書記、不純同性交遊は感心しませんよ」
持ち上げたいのか貶めたいのかよくわからない神楽の言い分(それもかなり脚色されてる)を聞き入れた能義は厭な笑みを浮かべる。二人に責められ、生徒会書紀・彩乃は面倒臭そうに息を吐いた。
「お前らと一緒にするな。こいつに話があるだけだ」
ばっさりと切り捨てるような物言いをするやつだと思った。やはり、生徒会役員だとは思ったが書紀か。神楽よりかはちゃんと仕事をしそうだが、他の連中とはまた違う硬派な雰囲気は取っ付きにくそうだと思った。
「話だってよ、ふくかいちょー」
「そんなわけないでしょう。口実ですよ、口実。思春期の青少年が人気のない場所で二人きりになるなんてあれ以外ありませんよ。いやらしい」
「やだー彩乃ちゃんってば不潔ー! エッチー! ケダモノー!」
好き勝手言い出す二人に彩乃の中の怒りが益々膨れ上がるのが見て取れるようだった。よくもこんなキレたらやばそうな男を煽るようなことできるな。俺なら無理だ。
けれど、もしかしたら彩乃にとっては日常茶飯事なのかもしれない。苛ついたように舌打ちをし、それから、二人を睨みつけた。
「お前らなにか勘違いしてるようだけどな、俺はあれに参加した覚えは……」
『こっち来んじゃねえ! あっち行けこの糞もじゃ!!』
そう彩乃が言いかけたときだった。食堂の外の方からどっかで聞いたことあるような怒鳴り声が聞こえてくる。
何事かと思いきや食堂入り口前、一際目立つ赤茶髪の男、政岡零児とそれに迫る糞もじゃもとい岩片の姿があった。……ていうか、あいつ急にいなくなったと思ったらなに遊んでんだあいつまじふざけんな。
「……参加した覚えはねえ」
言葉を遮られ些か不快そうではあるものの、関わるのは面倒だと判断したようだ。彩乃はそう見なかったことにして続ける。
できるなら俺も見なかったことにしたかったが、糞もじゃもとい岩片を野放しにしておくことはできない。
この学園の秩序と生徒たちの貞操のためにも。
なんとか隙を見て三人の役員たちから離れられないかと思った。が、それも先程までの話だ。
彩乃が言った『参加するつもりはない』というその言葉が引っかかる。それは、つまり。
「おや、おやおやおやおや。一体なにを言い出すかと思えば。口を慎みなさい書記、でなければ貴方のあだ名をプリティー彩乃にしますよ」
言いながら、彩乃に詰め寄った能義は言いながら彩乃の頬をぐりぐりする。彩乃は「やれるもんならやってみろ」と青筋浮かべていたが、いや、違う、そんなことは今どうだっていい。
「……なあ、彩乃、今参加するとかしてないとかってなんの話? もしかしてなんかイベントとかあんの?」
恐らく、彩乃が言っていた参加不参加の話は生徒会のゲームのことだろう。能義の訪問のお陰であのとき神楽から詳しい話を聞き損ねていたが、丁度良い。少し反応を見てみるか。
惚けたフリして彩乃に尋ねれば、横にいた神楽はなに言い出すんだと青褪める。
「ちょっちょっちょっと、は、元くん、なに、え?」
「ほう、あなたも気になるんですか?」
「まあねーなんか楽しそうだし。ゲーム?」
露骨に取り乱す神楽とは対象的に、能義の反応は変わらないものだった。それどころか、こちらの反応を見て楽しんでる気配すらあった。
神楽当人は俺が能義たちにチクると思っているようだ。「ご飯食べようよぉご飯~」「もういいからそういうのはぁ」と話題を逸らそうする神楽があまりにもまとわりついてくるので、俺は『別にバラさらないから』と目配せをする。伝わったかどうかは知らない。
「へえ、あなたもやりたいんですか?」
「面白そうならな。どんなゲームか教えてくれよ」
「好奇心旺盛な方ですね。いいですよ、今夜私の部屋に来てください。手取り足取り教えてあげますよ」
しまった、変な方向に流された。遠回しに喋る気はない、そう拒絶されたようだった。やはり、能義相手に主導権を奪うのは無理そうだ。
それにしても、岩片みたいなこと言うやつだな、と内心顔引き攣らせた矢先だ。
「へえ、有人がサポートしてくれんの? 楽しそうじゃん、俺も混ぜてよ」
背後からぐっと肩を抱かれる。もう、今は耳に馴染んでしまったその軽薄な声。振り返れば、そこには岩片がいた。
というかどいつもこいつもなんで気配消して俺の背後を狙うんだ、どこでそんなスキル覚えるんだ。是非ご教授願いたい。
「おや、会長はいいんですか?」
「あーあいつなら風紀だかなんだかのやつらに引っ張っていかれた。んで暇だったから戻ってきたけど……なんだよすっげーイケメン増えてんじゃん、こういうときはさっさと呼べっつったろハジメ」
『風紀』という単語に眉を潜める能義に構わず、耳打ちしてくる岩片にお前が勝手にどっか行ったんだろと突っ込まずにはいられなかった。
「なあ、お前名前なんてーの」
「ぅえ? お……俺ぇ?」
どうやら次のターゲットが決まったようだ。
俺にまとわりついていた神楽はまさか自分が声をかけられると思ってもいなかったらしい。露骨に顔を引きつらせる神楽は、舌舐めずりをしながらじりじりと詰め寄ってくる岩片から逃げるように後退る。
「お、俺は名乗るほどの者じゃ御座いませんよぉー……」
俺のときは自分から名乗ったくせに、よほど苦手らしい。そういや第一印象からしてあまり岩片にいい印象を持っていなかった。……まあ、大概のやつはそうだろうけどな。特に神楽みたいに容姿を重視するタイプなら余計。
「名乗るほどじゃねえその名前をこの俺が聞いてやるって言ってんだよ。その可愛い声で俺に……もごっ」
公共の場で何を言葉責めしてやがるんだこの男は。慌ててその口を塞ぎ、俺は一旦神楽から岩片を引き離した。ここぞとばかりに逃げ出した神楽はそのまま彩乃の背後に隠れる。
そんな二人を余所に、能義はというとなにやら難しそうな顔をしていた。
「風紀ですか……また面倒臭い方々に捕まりましたね」
風紀委員は、確か生徒会とこの学園を二分にしてるというのは聞いていた。
「別に珍しいことでもない。どうせあいつらが無駄な時間潰すことになるだけだ」
「いえ、会長のことはどうでもいいんですが、その飛び火がこちらに来ないか心配ですね」
五十嵐の言葉に対し、そう小さく息をつく能義。さらりとどうでもいい扱いされた政岡に内心同情しつつ、二人のやり取りが気になった俺は「飛び火?」と聞き返した。
「まあ風紀というくらいですからね、彼らは校則違反者に煩いんですよ。会長がしょっぴかれたことで調子に乗った風紀委員が無茶苦茶な理由付けてこの場にいる全員指導室へ引っ張るなんてことも有り得ないわけではないということです」
「全員って、流石にそれは」
「ええ、全員は言い過ぎましたね。訂正しましょう。私以外この場の生徒全員です」
肝心なところが訂正されてなかった上に悪化している。
流石の彩乃もその言葉に呆れたようだ。
「おい、俺も入れろ」
そこじゃねーだろ。能義、お前も「嫌です」じゃねえよ。仲良しだろやっぱお前ら。
「取り敢えず、私たちも夕食を済ませますか。尾張さんと……そちらの方もどうですか?」
「ひははははひはっへほへほ!」
「なるほど、岩片さんですね。お二人もどうですか? 賑やかな方が楽しいでしょう」
よく聞き取れたな。
最早なにを言ってるかわからない岩片の代わりに、俺は能義に「名案だな」と答えてやる。言いながら、放置したままの俺の夕食を思い出していた。岩片はなんかもごもご言っていた。
「俺はパスだ。食事のときくらい静かに食いたいからな」
「別にあなたの話は聞いていないので会計と遊んでいてください」
「……」
「ええっなんで俺~?」と不満そうにする神楽を他所に俺たちはテーブルへと向かった。
正面に能義、その隣に神楽。んで俺の隣には飯にがっつく岩片。彩乃はしょんぼりしながら帰った。
大人数用のテーブルを囲む俺たち。テーブル席では主に岩片と能義がわいわいと盛り上がっていた。いやなんでこいつら打ち解けてんだ。二人を横目に俺は冷めきった料理を口に運んだ。
人が多いにも関わらず、周りのテーブルには人一人近寄らない。ぎゃあぎゃあ騒いでるから周りに敬遠されているのだろうかと思ったが、周りも周りでなかなか騒がしい。どうやら肝心の面子が敬遠されているだけのようだ。気にはなったが、ごちゃごちゃ混んでいないのは素直に助かる。
そんなこんなで完食後、食事を済ませた俺たちはさっさと食堂を後にした。
「あー肉無かったけどまあまあ旨かったな、なあハジメ」
「お前は肉肉言い過ぎなんだよ。俺は結構好きな味だったけど」
「お気に召されたのなら良かったです」
学生寮内、廊下にて。自室に戻る俺たちを、昼間同様部屋まで送ると言い出した能義と話しながら歩いていた。
そして、俺の隣にはくっついてくるように歩く神楽。岩片を警戒しているようだが、どうやらそれ以上に俺たちが気になるようだ。嫌々ついてくる神楽。……こいつも暇なのだろうか。
「そう言えば、お二人は転校前同じ高校だったそうですね」
「ああ、まあな」
どうやらとっくに調べられているようだ。この学校にはプライバシーというものがないのだろうか。隠すのも面倒なので頷く。
「こんな時期に一緒に転校だなんて珍しいですね。一体どういうご関係で?」
まあ、そうなるよな。尋ねてくる能義に、俺はどう答えようか脳を回転させる。一応ここに来る前聞かれたとき用にシミュレーションしておいたのだが肝心なときに役に立たないようだ。いきなり問い掛けられ、なにも考えていなかった俺は言葉に詰まる。
「ハジメは俺の恋人だよ、恋人。卒業したら外国行って結婚すんの」
うん、そうそう恋人コイビト。
……………はい?
「なるほど、恋人ですか。仲良さそうで羨ましい限りですね」
笑みを浮かべたまま凍り付く俺とお化けでも見たような顔をする神楽。
そんな俺たちを他所におおらかな笑みを浮かべる能義と、「羨ましーだろ?」とヘラヘラ笑う岩片。
ちょっと待て、いつから俺たちは付き合い始めたんだ。というか能義もなに普通に受け入れてるんだ。こういうとき突っ込んでくれよ。
「ははは、なに言ってんだ岩片。おもしろい顔しやがってこいつ」
いつものタチが悪い岩片の冗談とわかっているはずなのに何故だろうか、調子狂わされる。そしてこの岩片の言葉に惑わされたのは俺一人ではないようだ。
「え、は、元くん……処女じゃなかったの……? あんなに嫌がってたからてっきり俺処女だと思ってたのに……」
わなわなと顔を青くする神楽は、なんかいきなりまた余計なことを言い出しやがった。信じられないとでも言う神楽に、こっちが信じられないと言いたくなる。
「ということは、やっぱり初めては岩片さんとですか? どちらが突っ込まれてあんあん鳴いているのか興味ありますね。個人的には尾張さん希望ですが」
こいつもこいつでなにを言い出すんだ。
「有人はわかってるなー。あんあん鳴いているのはハジメだよ。でもハジメのケツは俺専用だから興味持つなよ」
お前はもう黙ってろ。
「おや、それは残念です」
「嘘だぁ! 絶対初めてだと思ったのにー」
いや初めてもなにも普通にアナルは許容範囲外だし、そしてさっきからなんで神楽は人の肛門の開通未開通で嘆いてんだ。
「……いや、分かってると思うけどこれ冗談だからな」
岩片なりの笑えない冗談だとわかっていても流石に転校早々彼氏持ちアナル非処女認定なんて辛すぎる。俺のこれからに支障が出る。
岩片と深く関わりすぎた今支障も糞もないが、神楽の話を聞いたからこそ尚更気が抜けない。
「あっ、そうなのぉ? だ、だよねぇ~。元くんがもじゃと付き合ってるなんて、ねぇ」
「もじゃって誰?」
「お前だよ、もじゃ片」
「俺かよ」
自覚なかったのかこいつ。「この野郎ーちょっと垢抜けてるからって調子乗んじゃねーよ」と絡み出す岩片を小突き、止める。
「……おや、冗談でしたか。てっきり私」
「てっきり、なんだよ」
「なんでもありません」
……なんだよ。言えよ。余計もやもやするだろ。
こうして、俺たちはそんな調子でぐだぐだ話ながら自室の前まで戻ってきた。
冗談を冗談だと言えたが、こいつらが百パーセント人の話を聞いているかどうかは怪しかった。特に神楽。岩片がとんでもない嘘をついてからずっと神楽の様子がおかしい、というかよそよそしい。
それはネタバラシをした今でも変わらず、やはり見るからにもっさい岩片とチャラ男の神楽は相容れないなにかがあるのだろうかなんて思ってしまう。
――学生寮、自室前。
「わざわざ送ってくれてありがとな」
「いえ、お安い御用です。なにか困ったときはいつでも頼ってくださって構いませんからね、全力でサポートさせていただきますので」
そう続ける能義に微笑みかけられ、そこまでしなくてもいいと言えず俺は「わかった」とだけ頷く。
「それは下半身の「じゃあ、俺たちはこれで、また今度な!」
能義の発言に食い付いた岩片がまたなんか妙なことを言い出す前にそうさっと別れを切り出した俺は、扉を開け部屋の中に岩片を押し込んだ。
能義たちと別れ、片付いた自室へと戻ってきた俺たち。
「なんだよ、さっきの恋人とかなんとか」
「ああ、あれな。なに、ハジメもしかして真に受けたのかよ。そんなに嬉しかったのか?」
「んなわけないだろ」
「おっ、ハジメが素で返してくるなんて珍しいな」
岩片はそう可笑しそうに笑う。指摘され、墓穴掘った俺はなにも言わずに岩片から視線を逸らした。
「最初から言っといた方がいいだろ、色々避けになるし」
「お前の余計な一言で友達が出来なくなったらどーすんだよ」
「出来なくていいだろ」
即答。なんでもないように言う岩片を目を向ければ、岩片は口許に笑みを浮かべた。
「ハジメは俺の護衛だけしときゃーいいんだよ。まともな青春しようなんて考えんなよ」
分厚いレンズの奥の目は見えない。
けど、確かに岩片が自分を見ていることだけはわかった。
相変わらずのジャイアニズム。どっから沸いてくるのか自信過剰な岩片に今更呆れはしないが、やはりこうきっぱり俺の青春ない宣言されるとクるものがある。
「ハジメ」
「はいはい、わかりましたって。別に、最初からそんなつもりねーし」
ちょっと嘘吐いた。けどま、思うだけならタダだろ。御主人様がこう言ってちゃ、本当に思うだけになりそうだがな。
転校初日、俺たちは生徒会の四人と知り合った。
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