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 もしかしたら最初から夢だったのかもしれない。
 或いは、末廣に対する恋心を拗らせたあまりに脳が見せた幻覚。


 ここ数日、自分がどう生きていたかもわからなかった。
 ようやく迎えた休日、昨夜も結局いつの日かの末廣の手の感触を思い出しながら自慰行為に耽け、結局朝まで眠ることはできなかった。
 やけに下がうるさいことに気づきながらも、俺は水でも飲もうかとパジャマのまま一階へと降りた。
 そしてリビングの扉を開き、硬直する。

「よ、益子」

 そこには末廣がいた。一瞬まだ寝惚けてるのかと思ったが、夢ではない。私服姿の末廣がそこにいる。誰もいないリビング、ソファーで寛いでいた末廣が。

「な、んで……」

 自分で言って後悔した。俺が呼んでいないのに末廣がここにいるということは、そういうことなのだ。

「お前の弟に会いに来た……んだけど、買い出しだってよ。ったく、本当マイペースっていうか、付き合いたてくらいは彼氏べったりでもいいってのになぁ?」

 恐らく出してもらったのだろうジュースの入ったグラスに口をつける末廣。
「そうか」と返すので俺は精一杯だった。朝から末廣と会えて嬉しいのと、こんな寝起きの姿を見られたくなかったのと、弟との関係が良好なのを見せつけられて苦しいのと、色々。

「……ゆっくりしとけよ、テレビとか、好きに見ていいから」
「おー」
「……んじゃ」
「益子」

 さっさと戻ろうとしたとき、呼び止められる。瞬間、体は石のように固くなった。足音が近付いてくる。背後にまで末廣がやってきている気配がして、振り返ることができなかった。

「お前の部屋、行っていい?」

 これは、友人としてなのだ。やましいことは何一つない。けど。

「……っ、だ、だめだ」
「どうして」
「頼むから、勘弁してくれ」
「……ああ、お前まだ俺のこと好きなのか」
「……っ、……末廣……」

 さらりと後ろ髪を撫でつけられ、思わず振り返りそうになる。そして思いの外近い位置にあった末廣の顔に心臓が締め付けられた。

「じゃ、やめとくか。……悪いな、呼び止めて」

 ぱっと離れる手。悪びれもなくそう言い残し、あっさりと末廣は身を引いた。再び遠ざかっていく後ろ姿。ほんの少しでも名残惜しさを覚えてる自分という矛盾に耐えきれず、俺はその場から逃げ出した。

 苦しい。こうなることは分かってたし、それを望んでいたのは俺だったはずなのに。

 階段を駆け上がり、逃げ帰るように飛び込んだ自室の扉を背に座り込む。下腹部、股間に集まった熱を抑えることはできなかった。
 ほんの一瞬、首筋に触れられた末廣の感触はこびりついたままだった。

 玄関口の方から音が聞こえてくる。弟が帰ってきたようだ。楽しげな二人の声を聞きながら、俺は自分の下半身に手を伸ばした。
 昼下がり、陽射しが差し込む事実の中で一人猿のように己を慰める。

 嫌いになりたいのに、失望したいのに。見たことのない、知らない顔を見る度に末廣のことをもっと知りたくなる。
 末廣が弟に向けるような目を俺に向けないとわかってた。無理だってことも、わかってる。けれど。


 ――前々から思ってたんだけどさ……益子、やっぱりお前ってあいつと兄弟なんだよな。
 ――顔、そっくり。声も、今みたいに細くなったときとか結構被るんだよな。

 ――言いたきゃ言えばいい。そしたら俺はアイツに嫌われて、腹いせにお前に酷いことするだけだよ。
 ――もっと酷いこと。お前がやめてって泣いても今度はやめてやらねえから。

 ――お前がもっと酷いやつだったら良かったんだけどな。

 ドクンドクンと心臓から血管へと押し流される血液はマグマのようだった。

「は……っ、は、ぁ……っ、ん、……っ」

 いけない。だめだ。俺は二人が幸せでいたらいいと思っていた、はずなのに。

 湯煎で溶かされた思考もろとも脳みそを捏ねられ作り変えられていく。末廣の言葉は麻薬のようだった、取り憑かれてそれ以外聞こえなくなっていく。それは一種の呪いでもあった。

 二人が幸せなら。二人が。
 ……幸せなのか、本当に。

 末廣は本当は悪いやつで、弟は末廣に騙されてるんじゃないのか。仲睦まじいフリして本当は俺の知らないところで俺みたいに弟は乱暴なことをされそうになってるのではないか。末廣は本当は俺以外にも同じようなことをしてるのではないか。あいつは好きでもない男の性器を扱くようなやつだ、きっと浮気してるだろう。

 俺は、あいつのことを何も知らない。
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