31 / 55
四巡目
09
しおりを挟む
ベッドに潜り、目を瞑る。
――また、あの夢だ。
卯子酉丁酉とアンフェールが親しくなっていく、そんな光景を俯瞰して眺めている俺視点の夢だ。
目を覚ませば、見慣れた天井が視界に入った。汗で張り付いたシャツを剥がしながら俺は起き上がる。
「……はあ」
ぐっすり眠りすぎるのもあまり良くないのかもな、なんて思いつつ俺はベッド側に置いていたハルベルからのプレゼントの香油を手に取り、ベッドから遠ざけだ。
今回も断片的な記憶を覗いているような夢だった。
アンフェールと丁酉の交流を眺めてるだけで、他に目新しい情報もなにもない。ただ、モヤモヤとしたものだけが腹の奥に残っていた。
恐る恐る薄目で鏡を確認すれば、そこにはいつもと変わらないリシェスの顔があってほっと息を吐く。
なにがトリガーになって夢に変化が起きているのか。あまり考えたくなかったが、ストレスを覚える度に記憶が掘り返されているのだとすれば厄介だ。
不意に部屋の扉が叩かれる。気付けばハルベルが部屋にやってくる時間になっていた。
俺は寝汗で汚れた寝間着を脱ぎ、制服のシャツを羽織る。
そして、扉の外で待つハルベルを迎えることにした。
「リシェス様、おはようございます」
扉を開けば、いつもと変わらない笑顔を浮かべた優男が立っていた。
「……ああ、おはよう」
「なんだかまだ眠たそうですね」
「そうだな。ハルベル、お前の土産のお陰だな」
「早速試されたんですね。……確かに、微かにいつもと違う匂いがしますね」
「お……おい、嗅ぐな……っ!」
犬のように当たり前のように首筋に鼻先を近づけてくるハルベルにぎょっとする。慌ててその顔を抑え、引き離せばハルベルは「あっ、すみません!」と慌てて頭を下げるのだ。
「つい、癖で……」
「それ、他のやつの前でやるなよ」
「ええ、もちろん。リシェス様にしかしませんよ」
「……お前な」
呆れて突っ込む気にもなれなかった。
……けれど、そんなに変わるものなのか。まだ寝ている間、枕元に置いていただけなのに。
自分では匂いの変化が分からないが、ハルベルが言うのならそうなのかもしれない。
けれど、体臭について言及されるとやはりなんとなく厭なものを感じて俺は念の為制御剤を飲む。
それを用意した水で喉奥へと流し込めば、ハルベルが心配そうな顔してこちらを見た。
「あれ、薬もう飲むんですか」
「……ああ」
「リシェス様、最近頻度多くないですか? あまり服用されて副作用が出たりでもしたら……」
「一日の上限は守っている。……問題ない」
「リシェス様……」
間違いが起きるよりかはましだ。
アンリ相手にはヒートの効果はなかったが、それでもあのとき俺が薬を服用してさえすればあんな無様なことにはならなかったはずだ。その後悔が大きかった分、常に薬は切らさないように、万が一なくしたときの予備も持ち歩くようになっていた。
「……ヒートの症状が重いのでしたら、一度医者に見てもらう手もありますが。もしかしたら薬があっていないのかも……」
「そういうわけじゃない。ただ、俺がきっちりしておきたいだけで症状は問題ない」
……そのはずだ。
毎回ヒート時は理性がなくなるおかげで記憶も朧気になるのだ。ただ、そのとき覚える強烈な熱と苦痛じみた飢餓感だけはしっかりと残ってる。
「いっそのこと、こっそりとアンフェール様に噛んでもらうのはいかがですか?」
「は?」
さらりとハルベルの口から出てきた言葉に思わず俺はハルベルを見上げた。
「お、怒らないでくださいね。……ほら、言うではありませんか。オメガの方は番が出来ればヒートが収まると」
そういえば、そんな話を聞いたことはあった。
けれど、婚約者とはいえどあのアンフェールが噛むのかとなると難しい問題のように思えた。
「症状が重くて辛い、とリシェス様の方からアンフェール様に告げれば流石に考えてくださるのではないですか?」
「……考えたことなかったな」
「でしょうね、お二人とも真面目ですから」
お前は違うんだな、という言葉は敢えて飲み込んだ。
けれど、それが実現するかはさておきなんだか道が開けたような感覚だった。
「検討してみよう」と俺は首輪に触れる。そうか、そんな考え方もあったのか。ハルベルは「僕が言ったっていうのは秘密でお願いしますね」と苦笑した。
――また、あの夢だ。
卯子酉丁酉とアンフェールが親しくなっていく、そんな光景を俯瞰して眺めている俺視点の夢だ。
目を覚ませば、見慣れた天井が視界に入った。汗で張り付いたシャツを剥がしながら俺は起き上がる。
「……はあ」
ぐっすり眠りすぎるのもあまり良くないのかもな、なんて思いつつ俺はベッド側に置いていたハルベルからのプレゼントの香油を手に取り、ベッドから遠ざけだ。
今回も断片的な記憶を覗いているような夢だった。
アンフェールと丁酉の交流を眺めてるだけで、他に目新しい情報もなにもない。ただ、モヤモヤとしたものだけが腹の奥に残っていた。
恐る恐る薄目で鏡を確認すれば、そこにはいつもと変わらないリシェスの顔があってほっと息を吐く。
なにがトリガーになって夢に変化が起きているのか。あまり考えたくなかったが、ストレスを覚える度に記憶が掘り返されているのだとすれば厄介だ。
不意に部屋の扉が叩かれる。気付けばハルベルが部屋にやってくる時間になっていた。
俺は寝汗で汚れた寝間着を脱ぎ、制服のシャツを羽織る。
そして、扉の外で待つハルベルを迎えることにした。
「リシェス様、おはようございます」
扉を開けば、いつもと変わらない笑顔を浮かべた優男が立っていた。
「……ああ、おはよう」
「なんだかまだ眠たそうですね」
「そうだな。ハルベル、お前の土産のお陰だな」
「早速試されたんですね。……確かに、微かにいつもと違う匂いがしますね」
「お……おい、嗅ぐな……っ!」
犬のように当たり前のように首筋に鼻先を近づけてくるハルベルにぎょっとする。慌ててその顔を抑え、引き離せばハルベルは「あっ、すみません!」と慌てて頭を下げるのだ。
「つい、癖で……」
「それ、他のやつの前でやるなよ」
「ええ、もちろん。リシェス様にしかしませんよ」
「……お前な」
呆れて突っ込む気にもなれなかった。
……けれど、そんなに変わるものなのか。まだ寝ている間、枕元に置いていただけなのに。
自分では匂いの変化が分からないが、ハルベルが言うのならそうなのかもしれない。
けれど、体臭について言及されるとやはりなんとなく厭なものを感じて俺は念の為制御剤を飲む。
それを用意した水で喉奥へと流し込めば、ハルベルが心配そうな顔してこちらを見た。
「あれ、薬もう飲むんですか」
「……ああ」
「リシェス様、最近頻度多くないですか? あまり服用されて副作用が出たりでもしたら……」
「一日の上限は守っている。……問題ない」
「リシェス様……」
間違いが起きるよりかはましだ。
アンリ相手にはヒートの効果はなかったが、それでもあのとき俺が薬を服用してさえすればあんな無様なことにはならなかったはずだ。その後悔が大きかった分、常に薬は切らさないように、万が一なくしたときの予備も持ち歩くようになっていた。
「……ヒートの症状が重いのでしたら、一度医者に見てもらう手もありますが。もしかしたら薬があっていないのかも……」
「そういうわけじゃない。ただ、俺がきっちりしておきたいだけで症状は問題ない」
……そのはずだ。
毎回ヒート時は理性がなくなるおかげで記憶も朧気になるのだ。ただ、そのとき覚える強烈な熱と苦痛じみた飢餓感だけはしっかりと残ってる。
「いっそのこと、こっそりとアンフェール様に噛んでもらうのはいかがですか?」
「は?」
さらりとハルベルの口から出てきた言葉に思わず俺はハルベルを見上げた。
「お、怒らないでくださいね。……ほら、言うではありませんか。オメガの方は番が出来ればヒートが収まると」
そういえば、そんな話を聞いたことはあった。
けれど、婚約者とはいえどあのアンフェールが噛むのかとなると難しい問題のように思えた。
「症状が重くて辛い、とリシェス様の方からアンフェール様に告げれば流石に考えてくださるのではないですか?」
「……考えたことなかったな」
「でしょうね、お二人とも真面目ですから」
お前は違うんだな、という言葉は敢えて飲み込んだ。
けれど、それが実現するかはさておきなんだか道が開けたような感覚だった。
「検討してみよう」と俺は首輪に触れる。そうか、そんな考え方もあったのか。ハルベルは「僕が言ったっていうのは秘密でお願いしますね」と苦笑した。
40
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説


初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。


モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる