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三巡目

07※

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 それから、俺達は食堂を後にした。
 そして教室へと戻る途中、ふと身体に違和感を覚える。
 体温が上がっている。そして、やけに早い鼓動。この感覚には覚えがあった――ヒートの予兆だ。

 そういえば薬を飲んでいない。
 咄嗟に制服のポケットを漁るが、普段から常備していた薬ケースがないことに気付いた。

「どうしましたか? リシェス様……って、リシェス様?!」

 突如襲われる目眩に耐えきれずよろめいたとき、ハルベルに身体を支えられた。
 背後から抱き締められるような体制に耐えられず、咄嗟にハルベルを引き剥がす。

「……大きな声を出すな。問題ない」
「ですが」
「少し、寮へと戻る。……薬を忘れた」
「でしたら、僕も――」
「いい、一人で十分だ」

 今ならまだ歩ける。このまま真っ直ぐに自室へと帰れば済む話なのだ。
 心配そうなハルベルの肩を掴んだまま、そっと押し返す。

「リシェス君、本当に大丈夫?」

 そして、アンリが近付いてきた。
 覗き込んでくるアンリに「問題ない」と答えようとしたとき、俺の代わりにハルベルが「大丈夫ですよ」と口を挟むのだ。

「ですので、アンリ様は僕が教室まで送りましょう」
「あ、ありがとう……」

 このときばかりはアンリを連れて行くハルベルに感謝した。

 今のうちに、と視線で促してくるハルベルに頷き返し、俺はそのままアンリたちとは正反対の道を歩き出す。

 人気が多いところでヒートになるのはまずい。せめて、人気のない裏口へと周り、俺は寮舎へと向かって歩き出した。
 ――薬を飲み忘れる挙げ句持ってくるのを忘れるなんてミス、俺としたことが。
 今朝アンリが来てバタバタしたせいだ、絶対。
 そう思いながらも、本格的なヒートに入る前に走って戻ってきた自室。逃げいるように部屋の鍵を外し、そのまま中へと飛び込んだ。

「……っ、はぁ……」

 体温が上昇していく。目眩が強くなり、全身の血管を巡る血液が下半身に溜まっていくのが分かった。
 この感覚が嫌だから、制御剤を飲み忘れることなんてないようにしていた。なのに――最悪だ。

 血管の流れを少しでも緩和させなければ。脳が熱い。
 早く薬を、といつも薬を置いていたはずの机の上を確認するが、見当たらない。何故だ。おかしい。

「……っ、……」

 頭が働いていないから見落としてるのか。どこだ。どこにあるのだ。早く処方しなければならないのに。
 焦れば焦るほど手元が狂う。花瓶に手が辺り、中に入っていた一輪挿しの花が床に飛び散る。パン、と弾け飛び散るガラスの片を靴裏で踏みしめ、床に這いつくばって薬を探す。落ちていないか。そう思うのに、なにも見えない。それどころか視界が熱で滲み、余計見えなくなっていく。

 何故だ、元より切らしていた?
 ……そんなはずがない、俺がそんな見落としを。




「わっ、びっくりした。リシェス君、どうしたの? そんなに床に這いつくばって」

 ……とうとう、幻聴まで始まったのか。
 目の前、視界に入る靴先。汗が流れる。顔を上げれば、何故か俺の目の前にはアンリがいた。
 こちらを見下ろしたまま、「ねえ、リシェス君」とアンリは笑った。

「――もしかして、君が探してるのって『これ』?」

 そして、掲げられた手の中には俺の薬ケースが握られていた。何故、お前が持っているのか、という言葉よりも先に手が動く。そのままアンリの手からケースを奪おうとすれば、「おっと」とアンリは俺を避ける。

「これが、オメガの制御剤かな? ……不便な体質だよね、オメガっていうのも」
「っ、なんで、おまえ」

 頭がクラクラする。本格的な発情が始まっているのだとわかった。この状態で、大体一緒にいるやつは宛てられて発情するのに。
 この男は一人だけ平然としていられるのだ。

「これがないと、周りの人たち皆君にムラムラしちゃう……ってことなんだよね? でも、なんだかわかる気がする。そうやってしてる君、とても扇情的なんだもん」
「アンリ、おい……っ」
「薬、飲まないと苦しいんだっけ?」

 体内の熱が上昇し、少しでも体温を下げようと呼吸は浅くなる。はっはっと犬のように呼吸することが精一杯な俺を見下ろしたまま、アンリは笑った。
 いつもと変わらない、無邪気な笑顔で。

「けど、あーげない」

 そう、あろうことかアンリは部屋の窓を開けるのだ。なにを考えてるのだ。こいつの意図がわからず、それでも慌てて止めようとするが、間に合わなかった。そのまま「えいっ」と窓の外に薬ケースを投げ捨てるアンリに、今度こそ俺は全身から力が抜け落ちた。

 何が起こってるのか、これも全て発情の熱からくる幻聴幻覚なのではないかと思った。思いたかった。けれど、アンリはそのまま静かに窓を閉めた。それから、茫然とする俺の目の前に座り込むのだ。

「ぉ、おまえ、なにして……」

 理解できなかった。
 優しく、撫でるように伸びてきた指に顎を掴まれ、顔をあげさせられる。少し柔らかく、細い指が顎下から首の付け根を撫で、その感触だけで腰が震えるのだ。
 そんな俺を丸い目で見下ろしたまま、アンリは薄い唇を歪まれた。

「――君が悪いんだよ、リシェス君」

 大きなノイズが視界の半分以上を支配する。じじ、とアンリの声に混ざる雑音が鼓膜を揺らすのだ。

「っ、ふざけ、てんのか……」
「ふざけてるのは君の方だよ、リシェス君。僕に近付いてきたのも君。――他の皆のフラグも全部へし折って、君の方から僕に会いに来てくれたんだ」

 アンリはこんな風に笑わない。
 アンリはこんなことをいわない。
 俺の知ってるアンリは――。

「やっと、僕を選んでくれたんだ」

「な、に言って……んんっ」

 細く白い指が強い力で顎を捉える。振り払いたいのに、それを無視して近付いてきたアンリに唇を塞がれた。視界が陰る。
 何故、自分がアンリにキスされているのかまるで理解できなかった。

「っ、ん、ぅ……ッ! ふ、ぅ」

 ああ、まずい。最悪だ。薬を飲まなければならないのに。
 拒まなければならないのに、重ねられる唇の感触に思考をかき乱されていく。
 恋人のように指を絡めとられ、逃がさないとでもいうかのように隙間なく抱きしめてくるアンリに血の気が引いた。身長はそう変わらないはずなのに、今まで感じたことのない威圧感に身が竦む。

「は……っ、何回も会いに来た甲斐があったよ。ねえリシェス君、今この場で君を犯せば孕むことは出来るんだよね」
「は、ゃ、やめろ……っ、あんり……ッ」
「ああでも、君にはかっこよくて運命の番でもある婚約者がいるんだっけ? ……名前は確か、アンフェール君だったかな? まあでもどっちでもいいか、どちらにせよ、僕には関係ないし」

 熱が集まっていた下腹部を撫でられ、背筋に甘い感覚が走った。
 これは、なにかの間違いだ。そう思いたいのに、アンリの華奢な指はスラックス越しに優しく屹立へと触れてくる。

「ぅ、や、やめろ……アンリ……っ」
「リシェス君の声震えてるね。ヒートの時ってやっぱりいつもよりも感度が良くなってたりするのかな」
「く、っ、ぅ……っ!」

 限界まで膨らんだ股間、その山なりの部分をすりすりと可愛がるように撫でられる。
 直接的な快感には程遠い触れ方だ。それが余計、俺の中で燻っていた熱を更に倍増させるのだ。

「ぁ、アンリ、こ……こんなことして、なにが……ッぅ」
「君って本当鈍感だね。それともそういうフリ?」
「……っ、い、嫌がらせのつもりなら、こんな真似――」

 したって無駄だ、と言いかけた矢先だった。
 むぎゅ、と膨らんだそこを今度は鷲掴みにされた瞬間、ぶわりと全身から汗が噴き出す。先程の表面を優しく撫でられるだけの触れ方とは違う。指が食い込みそうなほど強く、全体をぎゅうと圧迫された瞬間ヒートの熱とは違う感覚が胸の奥から溢れ出そうになる。

「あ、アンリ、なにをっ」
「酷いなあ、リシェス君。嫌がらせだなんて」
「ッ、手を離せ、……っひ、ぅ……ッ!」
「嫌がらせするんだったらもっと有効なことするよ。……そうだね、例えば部屋をめちゃくちゃに荒したり、自分の友達に“お願い”して皆の前でレイプさせようとしたり?」

 耳元で囁きかけてくるアンリに心臓が止まりそうになる。
 俺の緊張がアンリにも伝わったのだろう。こちらを覗き込んでいたアンリの唇が歪む。
 アンリの言葉には心当たりしかなかった。どれもすべて、『リシェス』というキャラクターが原作でアンリに行った嫌がらせだったからだ。どれも成功することはなく、結果的にアンフェールとの婚約破棄に繋がった。
 しかし何故、この世界のアンリがそれを知っていると言うのか。

「どれも古典的ではあるけど、人の心を折るには手っ取り早いよね。……けど、バレた時のリスクが高すぎると思わない?」
「な、にを」
「僕だったら……そうだなあ、敢えてバレるように仕向けて、尚且つ矛先が自分に向かないようにするかな」

「――そう、例えば恋人がいる相手なら、その恋人が他の男に抱かれた挙句妊娠したと教えてあげたりね」圧迫される下腹部。どくどくと脈打つ性器から熱が滲むのが分かった。
 アンリが何を言っているのか理解したくなかった。それなのに、ぐり、と臍の辺りに押し付けられる硬いものの感触に強い眩暈を覚えた。

「ぁ、や、やめろ……」
「嘘吐き。……ねえリシェス君、今想像して興奮したよね?」
「す、するわけ――」

 ないだろ、と言い終わるよりも先に、アンリの手にぐに、とさらに布越しに性器を刺激され、頭の中が真っ白になる。逃げようとする腰を捕まえたまま、アンリは追い詰めるように執拗に性器を刺激する。その度にすでに先走りで濡れていた下着が擦れ、中で性器に張り付いてはより快感を助長させるのだ。

「く、ぅ……あっ、あ、や、め……ッ!」
「貴族って本当面倒臭そうだよね。けどやっぱ、君は自慢の家の力を借りてなかったことにでもするのかな? ……興味があるなあ」
「っひ、ぅ゛――!」

 アンリの手により限界まで切羽詰まっていた性器は呆気なく下着の中で暴発する。弓なりに逸れる身体を抱き寄せたまま、俺の頬に伝う汗を舐めたアンリは「あは」と微笑む。

「リシェス君、もしかしてイッちゃった?」
「ひ……っ、ぅ……ッ」
「匂いもどんどん甘くなっていく。……ねえリシェス君、これってヒートのせい? それとも、想像して気持ちよくなっちゃった?」

 そんなわけないだろ、と普段の俺だったら言えたはずなのに。
 さらりとアンリの前髪が落ちてくる。至近距離で見つめられたまま、胸に伸びた手にシャツの上から乳首を引っ掻かれ、息を飲んだ。

「ぁ、あ、ちが、おれ……っ」
「違わないよね? ……アンフェール君、可哀想。アンフェール君は君みたいな誰にでも発情する男、本当は嫌いなんじゃないかな?」
「っ、ぃ、ひ」
「ほら、ちょっと引っ掻いただけでこんなに乳首尖らせてさ、君って本当抱かれるために産まれて来たような身体してるよね」

 それ以上言わないでくれ、とアンリの腕から逃げようとするが、力が出ない。手首を掴まれたまま、着ていたシャツの前を大きく開かれる。
 外気の冷たさに肌が触れ、ひくりと喉が震えた。アンリの言葉を半分以上理解することはできない、それでも酷い罵倒をされているということだけは分かる。
 白い指先が開いたシャツの下、つんと尖っていた乳首の先端部に直接掠めた。逃げようとすれば、そのままきゅっとアンリに右胸の突起を抓られるのだ。

「っ、ぁ、くひ……ッ!!」
「……っ、リシェス君、可愛い。泣いてるの?」
「な、いて……な……ッ、ぁ、う」
「無理しないでもいいよ。君のいろんな顔、見たいなあ僕。……アンフェール君にも見せないような顔、見せてよ」
「……っ、ぁ、う、く……ッ!」

 必死に逃げようとすれば、そのままアンリに羽交い締めにされるように胸を弄られ、両胸を鷲掴みにされる。
 頭の中にアンフェールの顔が浮かんでは、両胸の乳首を同時にカリカリと引っ掻かれた瞬間脳内で弾けて消えた。

「っ、ひ、ぅ、んんう……ッ!」
「リシェス君、犬みたいな声出すんだね。……可愛い、おっぱい触られるのきもちい?」
「っ、ゃ、いやだ、やめろ、っ、ぃ、う゛ッ!」
「ほら、いっぱい気持ちよくしてあげるよ。快感は高めた方が着床率あがるらしいからね」
「っ、ぁ、く、ぅ……ッ!」

 気持ちよくない、気持ちよくない。こんなの、全然だ。アンフェールとの方がいいに決まってる。
 そう思いたいのに、絶妙な力加減で絡みつくアンリの指に執拗なまでに乳首を穿られ、潰され、転がされ、ときに優しく撫でられ、頭がどうにかなりそうだった。
 腰から力が抜けそうになりながらも、アンリに抱きかかえられたまま執拗に胸を愛撫される。逃げようとすれば背後のアンリの勃起した性器が尻に辺り、わざとそれを押し付けるように更に身体を密着させてくるアンリに目眩を覚えた。
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