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二巡目
01
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――学舎、自室。
「はぁ……っ、はあ、はあ……ッ」
戸締まりを厳重に確認した俺は、そのままガチャガチャと首輪の留め具を外し、そのまま首輪を放り投げた。そしてようやく押さえつけるものがなくなった首に安堵した。
――あれは、なんなのだ。
全ての記憶は俺の中に残っていた。卯子酉という記憶も、前回卯子酉の記憶を取り戻してその前々回のルートを変えようとアンリとなり変わろうとしたことも――そして最期、わけのわからぬまま犯され、絞殺されたことも、全部。
「……っ」
死んだのは二度目だ。それでも一度目の自害とは訳が違う。
ガチガチと重なる奥歯を噛み締め、必死に震えを堪えた。
俺の記憶が正しければ、また俺は婚約破棄される一ヶ月目に戻ってきてるはずだ。
あの世界線は、消えてるはずだ――同じことをしなければ。
そう自分に言い聞かせても、体の震えは暫く止まらなかった。
自分の体を確認するのも怖くて、俺はその日はそのままベッドに潜り、誰にも顔を合わせず部屋に閉じこもった。
『リシェス様、体調が悪いんですか?』
どれほどの時間、ベッドの上で丸まっていただろうか。
控えめなノックのあと聞こえてきたハルベルの声に、緊張して身構えていた体が緩まる。
「……ハルベル」
『午後の授業も顔出していないとお聞きしました。あの、僕と顔を会わせるのも難しいほどでしょうか』
「いや……大丈夫だ」
そう鉛のように重い体を起こし、俺は扉を開いた。瞬間、目の前よりも高い位置にあったハルベルの影にほんの一瞬緊張してしまう。
「リシェス様……っ、大丈夫ですか? 酷い顔色だ……養護室には行かれましたか」
「大丈夫だ、休めば治る」
「ですが……」
「大丈夫だと言ってるだろ!」
思わず声が大きくなってしまい、ハルベルが驚いたように目を丸くした。
その表情を見て、しまった。と思った。
――ハルベルは純粋に心配してくれているだけだ、こいつにはなんにも関係ない。
「っ……少し、放っておいてくれ」
「リシェス様……」
「これ以上は……お前に当たりそうだ」
こんなやりとりをしたのは初めてではない。
幼い頃から俺の世話係として側にいたリシェスは、どんな俺の我儘や理不尽にも笑顔で受け入れてくれた。
当時の俺にとってはそれは当たり前だったが、優しい男と知ってしまった今なら罪悪感が込み上げてくるのだ。
そうハルベルから顔を逸し、ハルベルを部屋から押し出そうとしたときだった。扉の隙間に差し込まれるハルベルの手に、そのまま大きく扉を開かれるのだ。
そして、
「――……僕は構いませんよ」
伸びてきたハルベルの手に、そっと手を握りしめられる。
「僕は、リシェス様にだったら何されても構いませんので」
「……」
「……どうか、一人で抱え込まないでください。リシェス様」
大きな掌。重ね合わされた皮膚越しに流れ込んでくるハルベルの体温に次第に緊張が和らいでいく。
幼い頃からこうやって、俺が癇癪起こす度にハルベルは自分の身を挺して落ち着かせようとしてきた。
今までそんな関係を疑問に思ったことはなかったが、今では正しいと言えない関係ということだけは分かっていた。
だからこそ余計に、言葉に詰まってしまう。
「……ありがとう、ハルベル」
「リシェス様」
「俺はもう、大丈夫だ」
ここまで献身的なハルベルに暴力を奮うなど、俺にはできなかった。
そうハルベルから手を離したとき、ハルベルの目の色が変わったことに気付く。
「……リシェス様、どうしてですか? ……僕はそんなに頼りないでしょうか」
「違う、そうじゃない……これは、俺の問題だ」
まさか死ぬ度に今日という日に帰ってきていて、ここにいるのは二度目の俺だ、なんて言ったところで俄信じてもらえるとは思えない。
だから適当に流して帰ってもらおうと思ったのだが、ハルベルの表情は暗くなっていくばかりで。
「……分かりました」
「ハルベル……」
「あの、食事……入りそうだったら食べてください。食卓に用意してますので」
――では、失礼します。
そう頭を下げたハルベルはそのまま部屋を後にするのだ。
今まで過去の俺は何度もハルベルを傷つけたことはあった。けれど、それでもハルベルがさっきみたいな顔をするのは――初めてみた。
なんだか胸の奥がざわつく。
いても立っても居られず、ハルベルが部屋を出ていったのを確認した俺は、一旦気を紛らわすためにハルベルが用意してくれた食事にありつくことにした。
このまま塞ぎ込んでいたところで、俺の知らないところでアンフェールとアンリは親密になっていく。そうすれば、また俺は一巡目を辿ることになってしまう。
怖くないといえば嘘になる。それでも、ここで腐ってる暇はない。
ハルベルが運んできてくれた食事を食べた後、再び寝室に戻った俺は机に向き合った。そして、引き出しに仕舞っていた手帳を取り出す。
以前あんなに書き込んでいたページは白紙に戻っていた。
そこに俺は前々回、そして前回の自分の行動を新たにまとめ直した。
一巡目の俺が正規ルートだとする。二巡目の俺はアンリと成り代わろうとした結果、本来ならばアンリが俺にいじめられてアンフェールが助けに来るという部分が大きく変わってしまった。
それまでは順調だったはずだ――と、思う。
あの暴漢が誰なのかあらかじめに分かっていれば、回避された?
しかし、このリシェスという男は敵は少なくはない。それは俺自身がよく知っていた。
この顔と容姿のお陰か、身に覚えのない一方的な好意を寄せられることも少なくはなかった。俺にはアンフェールしか見えなかったし、その都度無視するかあまりにもしつこい場合は対処をハルベルに頼んだりすることもあった。
――と、そこまで考えてハッとする。
ハルベル。あいつと一緒にいたら、一人のところを狙われて襲われることはなくなるのではないだろうか。
あいつは優しい男だ。それに、今までだってどんな俺の我が儘にも嫌な顔一つせずついてきてくれた。さっきのハルベルの様子からして、それはいまでも変わらないはずだ。
アンフェールと婚約を結ぶことになってから、意図的にハルベルと距離を取っていたところはあったが、それまでは朝から晩まで、寝る時ですら一緒だった俺達だ。
明日、ハルベルが迎えに来たら話してみよう。
……今日はもう休むか。確か明日は、アンフェールが近隣の森に見回りに行って、アンリと出会う日だ。
スチル回収を忘れないように気をつけなければ。
そう頭の中でぐちゃぐちゃ考えながら、手帳を引き出しにしまった。
そして翌朝、起こしに来たハルベルは俺が起きているのを見て少し驚いたような顔をした。
それから、ここ最近身の回りで少し気になることがあるとハルベルに伝えて付き添ってもらうことになる。
ハルベルは快く俺の言葉を受け入れてくれた。
「そういえばリシェス様、首輪はどうされたんですか?」
ハルベルとともにやってきた食堂で、俺の首元に気付いたようだ。普段はあまり意識されないようにインナーと襟で隠していたのだが、流石ハルベルだ。変なところで目聡い。
ハルベルは俺がオメガだということを知っている。万が一の心配をしてくれてるのだろう。
「……首が」
「首?」
「……締め付けられるのが、窮屈でな」
嘘は言っていない。
なんなら、まだ首にまとわりつくあと細い紐の感覚が残っているほどだった。
俺の態度からなにか感じたのだろう。ハルベルは「そうですか」と心配そうな顔のままこちらを見ていた。
「アンフェール様も心配されるのではないですか? 前の首輪が合わないようでしたら、採寸し直してリシェス様に合うものを新調させましょう」
「……そうだな」
アンフェールの顔が過る。
前の世界線とは言え、顔も知らぬ男に抱かれてしまったせいでどんな顔をして会えばいいのか今の俺にはわからなかった。
しかし、避けては通れない存在だ。俺にとっても、リシェスにとってもだ。
「後でアンフェールには会いに行く」
そう呟けば、ハルベルは「ええ、それがいいと思います」とにっこりと笑ったのだ。
それから、俺は二巡目の世界と同じようにアンリよりも先にアンフェールのイベントを回収することにした。
それに加えて、なるべく一人にならないようにハルベルと一緒に行動することも気を付けた。
捕虜となったアンリは学園に入学し、そこで俺はアンリと二度目の握手を交わす。
全ての大まかな展開は二巡目と変わらない。
ハルベルとアンリが知り合いになり、ハルベルが側にいるかいないかくらいだ。
ハルベルは攻略キャラではないので、アンリとハルベルが打ち解けているのを見て焦ったりはしなかった。
一巡目の世界でも、孤立する俺の側にずっといてくれたのはハルベルだ。俺が死亡したあとのハルベルの末路も知っている――アンリを殺そうとして、そのまま始末されたハルベルのことを。
だからこそ、少なくともハルベルもアンリのことを知っておけばあんな末路にならずには済んだのかもしれない。なんて今更ながら考えたりもしていた。
そしてアンフェール、アンリ、俺とハルベルという謎の組み合わせで学園の案内を終えたあと。
「それじゃあ、僕はこれで」
「ああ」
「ハルベルさんも、ありがとうございました」
ぺこりと俺の後ろについていたハルベルに頭を下げ、そのままアンリは自室へと帰っていく。
目の前でパタンとアンリの部屋の扉が閉まるのを確認して、小さく呼吸をする。
本来ならばあの日、俺はこの直後、部屋に帰ろうとしたところでいきなり背後から襲われた。
――緊張しない方が無理な話だ。
「リシェス様?」
暫くその場から動けなくなった俺を心配そうに覗き込んでくるハルベル。
大丈夫ですか、と優しく背中に触れてくるその腕を掴む。
「ハルベル……少し、外の空気が吸いたい」
「外、ですか」
「付き合ってくれないか」
ここから離れることができるのならそれで満足だった。やはり心配そうな顔をしていたハルベルだが、ノーとは言わない。
「ええ、もちろんです」と微笑むハルベルとともに俺は寮舎を後にした。
ループして三日目。
今日一日を平穏無事に過ごすことができればどうでも良かった。
ハルベルと学園内にある庭園へとやってきた。
学園で雇われた庭師が手入れされたそこは、気分転換には丁度良い。
色とりどりの花を鑑賞しながら、ささくれだっていた自分の心を落ち着かせていく。
「随分とお疲れのようですね、リシェス様」
そんな俺の横顔をじっと見つめてくるハルベル。その言葉に内心ぎくりとした。
「……気のせいだ」
「何故そのように隠されるのですか? ……アンフェール様の様子も最近おかしいと聞きます。もしかして、なにかあったのですか?」
「……え?」
予期せぬ言葉に思わず俺はハルベルを見上げた。
「アンフェールがどうかしたのか」
「……ご存知なかったのですか? ……ただの噂でしかありませんが」
しまった、という反応をするハルベル。
「いいから言え」とハルベルの腕を掴めば、観念したようにハルベルは息を吐く。そして、「僕も又聞きしただけですが……」と念を押すように口を開いた。
「最近疲れているのか、訓練でも普段ならばないようなミスがあると。……リシェス様の前では普段通りされているようですが、執務室では声をかけることも憚れるほどの様相だと」
なので、なにかがあったのかと思っただけなのです。と、何故かハルベルは落ち込んでる。
二巡目の世界ではそんなことはなかったはずだ。……と思うが。
それに、アンフェールとのイベントは順調に回収はできている。好感度を下げるようなこともしていないはずだ。
だとしたら、俺の行動のせいでアンフェールにも影響が出ている可能性があるということか?
「……教えてくれてありがとう。あいつには俺から聞いてみるよ」
「え、でもリシェス様、それは……」
「それこそ、婚約者である俺の役目だろ。……それにあいつは気難しいところもあるからな」
心配そうな顔をするハルベルを安心させるため、少し冗談めかして言ってみたもののだ。
――何が起こってるのだろうか。
不安にならないわけではない。が、このまま放っておくわけにもいかない。
どうせ一人になることは避けたかった。俺はこのあとにでもアンフェールに会いに行くことにした。
「はぁ……っ、はあ、はあ……ッ」
戸締まりを厳重に確認した俺は、そのままガチャガチャと首輪の留め具を外し、そのまま首輪を放り投げた。そしてようやく押さえつけるものがなくなった首に安堵した。
――あれは、なんなのだ。
全ての記憶は俺の中に残っていた。卯子酉という記憶も、前回卯子酉の記憶を取り戻してその前々回のルートを変えようとアンリとなり変わろうとしたことも――そして最期、わけのわからぬまま犯され、絞殺されたことも、全部。
「……っ」
死んだのは二度目だ。それでも一度目の自害とは訳が違う。
ガチガチと重なる奥歯を噛み締め、必死に震えを堪えた。
俺の記憶が正しければ、また俺は婚約破棄される一ヶ月目に戻ってきてるはずだ。
あの世界線は、消えてるはずだ――同じことをしなければ。
そう自分に言い聞かせても、体の震えは暫く止まらなかった。
自分の体を確認するのも怖くて、俺はその日はそのままベッドに潜り、誰にも顔を合わせず部屋に閉じこもった。
『リシェス様、体調が悪いんですか?』
どれほどの時間、ベッドの上で丸まっていただろうか。
控えめなノックのあと聞こえてきたハルベルの声に、緊張して身構えていた体が緩まる。
「……ハルベル」
『午後の授業も顔出していないとお聞きしました。あの、僕と顔を会わせるのも難しいほどでしょうか』
「いや……大丈夫だ」
そう鉛のように重い体を起こし、俺は扉を開いた。瞬間、目の前よりも高い位置にあったハルベルの影にほんの一瞬緊張してしまう。
「リシェス様……っ、大丈夫ですか? 酷い顔色だ……養護室には行かれましたか」
「大丈夫だ、休めば治る」
「ですが……」
「大丈夫だと言ってるだろ!」
思わず声が大きくなってしまい、ハルベルが驚いたように目を丸くした。
その表情を見て、しまった。と思った。
――ハルベルは純粋に心配してくれているだけだ、こいつにはなんにも関係ない。
「っ……少し、放っておいてくれ」
「リシェス様……」
「これ以上は……お前に当たりそうだ」
こんなやりとりをしたのは初めてではない。
幼い頃から俺の世話係として側にいたリシェスは、どんな俺の我儘や理不尽にも笑顔で受け入れてくれた。
当時の俺にとってはそれは当たり前だったが、優しい男と知ってしまった今なら罪悪感が込み上げてくるのだ。
そうハルベルから顔を逸し、ハルベルを部屋から押し出そうとしたときだった。扉の隙間に差し込まれるハルベルの手に、そのまま大きく扉を開かれるのだ。
そして、
「――……僕は構いませんよ」
伸びてきたハルベルの手に、そっと手を握りしめられる。
「僕は、リシェス様にだったら何されても構いませんので」
「……」
「……どうか、一人で抱え込まないでください。リシェス様」
大きな掌。重ね合わされた皮膚越しに流れ込んでくるハルベルの体温に次第に緊張が和らいでいく。
幼い頃からこうやって、俺が癇癪起こす度にハルベルは自分の身を挺して落ち着かせようとしてきた。
今までそんな関係を疑問に思ったことはなかったが、今では正しいと言えない関係ということだけは分かっていた。
だからこそ余計に、言葉に詰まってしまう。
「……ありがとう、ハルベル」
「リシェス様」
「俺はもう、大丈夫だ」
ここまで献身的なハルベルに暴力を奮うなど、俺にはできなかった。
そうハルベルから手を離したとき、ハルベルの目の色が変わったことに気付く。
「……リシェス様、どうしてですか? ……僕はそんなに頼りないでしょうか」
「違う、そうじゃない……これは、俺の問題だ」
まさか死ぬ度に今日という日に帰ってきていて、ここにいるのは二度目の俺だ、なんて言ったところで俄信じてもらえるとは思えない。
だから適当に流して帰ってもらおうと思ったのだが、ハルベルの表情は暗くなっていくばかりで。
「……分かりました」
「ハルベル……」
「あの、食事……入りそうだったら食べてください。食卓に用意してますので」
――では、失礼します。
そう頭を下げたハルベルはそのまま部屋を後にするのだ。
今まで過去の俺は何度もハルベルを傷つけたことはあった。けれど、それでもハルベルがさっきみたいな顔をするのは――初めてみた。
なんだか胸の奥がざわつく。
いても立っても居られず、ハルベルが部屋を出ていったのを確認した俺は、一旦気を紛らわすためにハルベルが用意してくれた食事にありつくことにした。
このまま塞ぎ込んでいたところで、俺の知らないところでアンフェールとアンリは親密になっていく。そうすれば、また俺は一巡目を辿ることになってしまう。
怖くないといえば嘘になる。それでも、ここで腐ってる暇はない。
ハルベルが運んできてくれた食事を食べた後、再び寝室に戻った俺は机に向き合った。そして、引き出しに仕舞っていた手帳を取り出す。
以前あんなに書き込んでいたページは白紙に戻っていた。
そこに俺は前々回、そして前回の自分の行動を新たにまとめ直した。
一巡目の俺が正規ルートだとする。二巡目の俺はアンリと成り代わろうとした結果、本来ならばアンリが俺にいじめられてアンフェールが助けに来るという部分が大きく変わってしまった。
それまでは順調だったはずだ――と、思う。
あの暴漢が誰なのかあらかじめに分かっていれば、回避された?
しかし、このリシェスという男は敵は少なくはない。それは俺自身がよく知っていた。
この顔と容姿のお陰か、身に覚えのない一方的な好意を寄せられることも少なくはなかった。俺にはアンフェールしか見えなかったし、その都度無視するかあまりにもしつこい場合は対処をハルベルに頼んだりすることもあった。
――と、そこまで考えてハッとする。
ハルベル。あいつと一緒にいたら、一人のところを狙われて襲われることはなくなるのではないだろうか。
あいつは優しい男だ。それに、今までだってどんな俺の我が儘にも嫌な顔一つせずついてきてくれた。さっきのハルベルの様子からして、それはいまでも変わらないはずだ。
アンフェールと婚約を結ぶことになってから、意図的にハルベルと距離を取っていたところはあったが、それまでは朝から晩まで、寝る時ですら一緒だった俺達だ。
明日、ハルベルが迎えに来たら話してみよう。
……今日はもう休むか。確か明日は、アンフェールが近隣の森に見回りに行って、アンリと出会う日だ。
スチル回収を忘れないように気をつけなければ。
そう頭の中でぐちゃぐちゃ考えながら、手帳を引き出しにしまった。
そして翌朝、起こしに来たハルベルは俺が起きているのを見て少し驚いたような顔をした。
それから、ここ最近身の回りで少し気になることがあるとハルベルに伝えて付き添ってもらうことになる。
ハルベルは快く俺の言葉を受け入れてくれた。
「そういえばリシェス様、首輪はどうされたんですか?」
ハルベルとともにやってきた食堂で、俺の首元に気付いたようだ。普段はあまり意識されないようにインナーと襟で隠していたのだが、流石ハルベルだ。変なところで目聡い。
ハルベルは俺がオメガだということを知っている。万が一の心配をしてくれてるのだろう。
「……首が」
「首?」
「……締め付けられるのが、窮屈でな」
嘘は言っていない。
なんなら、まだ首にまとわりつくあと細い紐の感覚が残っているほどだった。
俺の態度からなにか感じたのだろう。ハルベルは「そうですか」と心配そうな顔のままこちらを見ていた。
「アンフェール様も心配されるのではないですか? 前の首輪が合わないようでしたら、採寸し直してリシェス様に合うものを新調させましょう」
「……そうだな」
アンフェールの顔が過る。
前の世界線とは言え、顔も知らぬ男に抱かれてしまったせいでどんな顔をして会えばいいのか今の俺にはわからなかった。
しかし、避けては通れない存在だ。俺にとっても、リシェスにとってもだ。
「後でアンフェールには会いに行く」
そう呟けば、ハルベルは「ええ、それがいいと思います」とにっこりと笑ったのだ。
それから、俺は二巡目の世界と同じようにアンリよりも先にアンフェールのイベントを回収することにした。
それに加えて、なるべく一人にならないようにハルベルと一緒に行動することも気を付けた。
捕虜となったアンリは学園に入学し、そこで俺はアンリと二度目の握手を交わす。
全ての大まかな展開は二巡目と変わらない。
ハルベルとアンリが知り合いになり、ハルベルが側にいるかいないかくらいだ。
ハルベルは攻略キャラではないので、アンリとハルベルが打ち解けているのを見て焦ったりはしなかった。
一巡目の世界でも、孤立する俺の側にずっといてくれたのはハルベルだ。俺が死亡したあとのハルベルの末路も知っている――アンリを殺そうとして、そのまま始末されたハルベルのことを。
だからこそ、少なくともハルベルもアンリのことを知っておけばあんな末路にならずには済んだのかもしれない。なんて今更ながら考えたりもしていた。
そしてアンフェール、アンリ、俺とハルベルという謎の組み合わせで学園の案内を終えたあと。
「それじゃあ、僕はこれで」
「ああ」
「ハルベルさんも、ありがとうございました」
ぺこりと俺の後ろについていたハルベルに頭を下げ、そのままアンリは自室へと帰っていく。
目の前でパタンとアンリの部屋の扉が閉まるのを確認して、小さく呼吸をする。
本来ならばあの日、俺はこの直後、部屋に帰ろうとしたところでいきなり背後から襲われた。
――緊張しない方が無理な話だ。
「リシェス様?」
暫くその場から動けなくなった俺を心配そうに覗き込んでくるハルベル。
大丈夫ですか、と優しく背中に触れてくるその腕を掴む。
「ハルベル……少し、外の空気が吸いたい」
「外、ですか」
「付き合ってくれないか」
ここから離れることができるのならそれで満足だった。やはり心配そうな顔をしていたハルベルだが、ノーとは言わない。
「ええ、もちろんです」と微笑むハルベルとともに俺は寮舎を後にした。
ループして三日目。
今日一日を平穏無事に過ごすことができればどうでも良かった。
ハルベルと学園内にある庭園へとやってきた。
学園で雇われた庭師が手入れされたそこは、気分転換には丁度良い。
色とりどりの花を鑑賞しながら、ささくれだっていた自分の心を落ち着かせていく。
「随分とお疲れのようですね、リシェス様」
そんな俺の横顔をじっと見つめてくるハルベル。その言葉に内心ぎくりとした。
「……気のせいだ」
「何故そのように隠されるのですか? ……アンフェール様の様子も最近おかしいと聞きます。もしかして、なにかあったのですか?」
「……え?」
予期せぬ言葉に思わず俺はハルベルを見上げた。
「アンフェールがどうかしたのか」
「……ご存知なかったのですか? ……ただの噂でしかありませんが」
しまった、という反応をするハルベル。
「いいから言え」とハルベルの腕を掴めば、観念したようにハルベルは息を吐く。そして、「僕も又聞きしただけですが……」と念を押すように口を開いた。
「最近疲れているのか、訓練でも普段ならばないようなミスがあると。……リシェス様の前では普段通りされているようですが、執務室では声をかけることも憚れるほどの様相だと」
なので、なにかがあったのかと思っただけなのです。と、何故かハルベルは落ち込んでる。
二巡目の世界ではそんなことはなかったはずだ。……と思うが。
それに、アンフェールとのイベントは順調に回収はできている。好感度を下げるようなこともしていないはずだ。
だとしたら、俺の行動のせいでアンフェールにも影響が出ている可能性があるということか?
「……教えてくれてありがとう。あいつには俺から聞いてみるよ」
「え、でもリシェス様、それは……」
「それこそ、婚約者である俺の役目だろ。……それにあいつは気難しいところもあるからな」
心配そうな顔をするハルベルを安心させるため、少し冗談めかして言ってみたもののだ。
――何が起こってるのだろうか。
不安にならないわけではない。が、このまま放っておくわけにもいかない。
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