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世界が歪んだ日
非実在キャラクターの記録
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サイスが出ていった部屋の中。
――今度こそ、ようやくひとりだ。
「は……ッ」
酷い目に遭った。
けれど、と僕はベッドの側。カーペットの上にに転がっていたエースの頭へと手を伸ばす。
マネキンのように冷たくなったエースの頭を抱えたまま、そっと顔を寄せる。
――でも、エースを手に入れられた。
――そうだ、エースがいたらそれでいい
どんな姿でも、些細な欠片だけでもいい。
エースがいたという痕跡が必要だ。そして、それを掻き集めることができれば。
その結果どうなるかもわからない。なにもならないかもしれない。どちらにせよこの世界から逃れる方法など分からない現状、僕にできることなど限られている。
「……」
汚れた体を布巾で拭い、クローゼットを開く。見慣れた僕の服も、お気に入りの服も、母様が下さった礼服もなにも見当たらない。中には僕の趣味からは掛け離れた白とフリルを貴重とした服で塗り替えられていた。
これは恐らくアリスの趣味が反映されているのだろう。
舌打ちをし、僕はその中でも一番マシな白のシャツに袖を通す。そして、着替えた僕はそのまま適当な服にエースの首を包む。落ちないようにしっかりと袖口をリボンのように結んだ。それを手にした僕は今度は扉へと近付いた。簡単には開かないように近くにあったドレッサーを扉の前まで持っていく。
これだけでは心もとない、ついでに僕の腕でも動かけそうなものを片っ端から扉の前に置く。
――これくらいあれば、時間稼ぎくらいはできるだろう。
もう片方の手に椅子を抱え、そのままベッドによじ登った。
――誰が、キングなんかに会いに行くか。
ベッドヘッドに足をかけ、そのまま月明かりが射し込む窓に触れる。
簡単には開かないようにしっかりと組み込まれた木枠。それをベッドシーツで覆った椅子で思いっきり窓ガラスごと叩き割る。
シーツのお陰で物音は緩和されないかと思ったが、現役の軍人相手にはその手は使えなかったようだ。ガチャガチャと激しく捻られるドアノブ。
「ちょ、なんすかこれ……っ!」
扉の外からサイスの声が聞こえてくる。そしてドレッサーたちが雪崩を起こして倒れるのを尻目に、僕はもう一度窓に椅子を叩きつけ、残った破片も全て取り除く――これくらいなら平気だろう。
月明かりが反射して、キラキラと光る硝子の破片を踏み潰す。そしてそのままエースを抱えたまま窓の縁に足を掛ける。
前にもこんなことがあった。けれど、今度は受け止めてくれる三日月ウサギはいない。
背後で扉がぶち破られる気配がした。いかなければ、と前足に力を入れてそのまま飛び降りようとしたときだった。
凄まじい力で首根っこを掴まれる。
「なにやってんすか、あんた!」
――クソ、間に合わなかった。
僕の首を根っこを掴むサイスに血の気が引く。「離せ!」と慌ててサイスの手から逃げようとするが、そもそもリーチから違う。
「離せじゃねえっすよ、……っ、あーもう! こんなにめちゃくちゃにして……っ!」
「僕は行かない、あんなやつのところになんか……っ!」
「またそんな駄々っ子みたいなこと言って――」
「命令だ、サイス! 僕に触るな! ……っ、触るなって言ってるだろ!」
「クイーンの命令でも駄目っすよ。んなこと言って、このまま見逃したら俺が打ち首になるって分かってるでしょ!」
普段はいい加減なくせになんなのだこいつは。
ふざけるな、となけなしの力でサイスの腕から逃れようとした瞬間、拍子に抱えていたエースの頭が僕の手から離れてしまう。
――しまった。
そう慌てて拾い上げようと腕を伸ばしたときだった。僕よりも早く、サイスの手が衣類に包まれたエースの首を拾い上げる。
「ん? なんすかこれ……」
「っ、返せ! それは――」
お前に関係ないものだ、と言いかけたときだった。転がった拍子に緩んだ結び目が解ける。そして、中からごろりとエースの頭が転げ落ちたのだ。
しまった、と血の気が引く。
それと、サイスの動きが止まったのはほぼ同時だった。
「……っ、エース?」
そして、サイスの唇がそう動いたのを見て僕は思わずサイスを見上げた。
「……っ! お前、エースのこと覚えてるのか……っ?」
「え、や……待ってください、なんだ……これ。あいつは、処刑されて――」
「……っ!」
言いながら、サイスの目がぐるりと回る。混乱している。記憶が混ざり合っているのだろう。これはどういうことなのか。
けれど、この世界ではないエースのことを知っている。この世界の一部である帽子屋とは違う形で。
「……っ、エースは、あいつは……っ」
「――エースは、お前を助けるためにあの処刑台に自ら立ったんだ」
思い出せ、サイス。そう頭を抱えるサイスの腕を掴み、顔を覗き込む。掻きむしられ、乱れた前髪の下。二つの目がこちらを向いた。
そして、
「――お、うじ」
この歪な世界に大きな、ヒビが入る。
――今度こそ、ようやくひとりだ。
「は……ッ」
酷い目に遭った。
けれど、と僕はベッドの側。カーペットの上にに転がっていたエースの頭へと手を伸ばす。
マネキンのように冷たくなったエースの頭を抱えたまま、そっと顔を寄せる。
――でも、エースを手に入れられた。
――そうだ、エースがいたらそれでいい
どんな姿でも、些細な欠片だけでもいい。
エースがいたという痕跡が必要だ。そして、それを掻き集めることができれば。
その結果どうなるかもわからない。なにもならないかもしれない。どちらにせよこの世界から逃れる方法など分からない現状、僕にできることなど限られている。
「……」
汚れた体を布巾で拭い、クローゼットを開く。見慣れた僕の服も、お気に入りの服も、母様が下さった礼服もなにも見当たらない。中には僕の趣味からは掛け離れた白とフリルを貴重とした服で塗り替えられていた。
これは恐らくアリスの趣味が反映されているのだろう。
舌打ちをし、僕はその中でも一番マシな白のシャツに袖を通す。そして、着替えた僕はそのまま適当な服にエースの首を包む。落ちないようにしっかりと袖口をリボンのように結んだ。それを手にした僕は今度は扉へと近付いた。簡単には開かないように近くにあったドレッサーを扉の前まで持っていく。
これだけでは心もとない、ついでに僕の腕でも動かけそうなものを片っ端から扉の前に置く。
――これくらいあれば、時間稼ぎくらいはできるだろう。
もう片方の手に椅子を抱え、そのままベッドによじ登った。
――誰が、キングなんかに会いに行くか。
ベッドヘッドに足をかけ、そのまま月明かりが射し込む窓に触れる。
簡単には開かないようにしっかりと組み込まれた木枠。それをベッドシーツで覆った椅子で思いっきり窓ガラスごと叩き割る。
シーツのお陰で物音は緩和されないかと思ったが、現役の軍人相手にはその手は使えなかったようだ。ガチャガチャと激しく捻られるドアノブ。
「ちょ、なんすかこれ……っ!」
扉の外からサイスの声が聞こえてくる。そしてドレッサーたちが雪崩を起こして倒れるのを尻目に、僕はもう一度窓に椅子を叩きつけ、残った破片も全て取り除く――これくらいなら平気だろう。
月明かりが反射して、キラキラと光る硝子の破片を踏み潰す。そしてそのままエースを抱えたまま窓の縁に足を掛ける。
前にもこんなことがあった。けれど、今度は受け止めてくれる三日月ウサギはいない。
背後で扉がぶち破られる気配がした。いかなければ、と前足に力を入れてそのまま飛び降りようとしたときだった。
凄まじい力で首根っこを掴まれる。
「なにやってんすか、あんた!」
――クソ、間に合わなかった。
僕の首を根っこを掴むサイスに血の気が引く。「離せ!」と慌ててサイスの手から逃げようとするが、そもそもリーチから違う。
「離せじゃねえっすよ、……っ、あーもう! こんなにめちゃくちゃにして……っ!」
「僕は行かない、あんなやつのところになんか……っ!」
「またそんな駄々っ子みたいなこと言って――」
「命令だ、サイス! 僕に触るな! ……っ、触るなって言ってるだろ!」
「クイーンの命令でも駄目っすよ。んなこと言って、このまま見逃したら俺が打ち首になるって分かってるでしょ!」
普段はいい加減なくせになんなのだこいつは。
ふざけるな、となけなしの力でサイスの腕から逃れようとした瞬間、拍子に抱えていたエースの頭が僕の手から離れてしまう。
――しまった。
そう慌てて拾い上げようと腕を伸ばしたときだった。僕よりも早く、サイスの手が衣類に包まれたエースの首を拾い上げる。
「ん? なんすかこれ……」
「っ、返せ! それは――」
お前に関係ないものだ、と言いかけたときだった。転がった拍子に緩んだ結び目が解ける。そして、中からごろりとエースの頭が転げ落ちたのだ。
しまった、と血の気が引く。
それと、サイスの動きが止まったのはほぼ同時だった。
「……っ、エース?」
そして、サイスの唇がそう動いたのを見て僕は思わずサイスを見上げた。
「……っ! お前、エースのこと覚えてるのか……っ?」
「え、や……待ってください、なんだ……これ。あいつは、処刑されて――」
「……っ!」
言いながら、サイスの目がぐるりと回る。混乱している。記憶が混ざり合っているのだろう。これはどういうことなのか。
けれど、この世界ではないエースのことを知っている。この世界の一部である帽子屋とは違う形で。
「……っ、エースは、あいつは……っ」
「――エースは、お前を助けるためにあの処刑台に自ら立ったんだ」
思い出せ、サイス。そう頭を抱えるサイスの腕を掴み、顔を覗き込む。掻きむしられ、乱れた前髪の下。二つの目がこちらを向いた。
そして、
「――お、うじ」
この歪な世界に大きな、ヒビが入る。
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