44 / 82
43【side:菖蒲】
しおりを挟む
ズキズキと、骨の奥が軋むような痛みを覚えた。
ずっとこの調子だ。海陽から電話を受け取ったその時から――愛佐の、そして星名の騒ぎを聞いてからずっと脳味噌全体を締め付けるような痛みを覚えた。
それは普段の偏頭痛とは違う。それよりももっと根が深く、芯から広がっていくような――。
「……どういうことか説明してもらえるかな」
生徒会室。
ソファーに腰をかける海陽、そして隣で足を崩す小晴に目を向ける。
「電話でも言った通りだ」
「つか、俺は巻き込まれたって感じなんすけどね。あいつが暴れやがるから」
「なんとか海陽が機転を利かせたお陰で大事にはならなかったが……一部の生徒の間ではもう噂が広まってるなってるようだ。愛佐のことが」
そう、先程別の知人から送られた一年のグループチャットのスクショを表示させ、端末ごと二人に渡す。それを受け取った小晴は「うわ、まじだ」と笑った。普段と変わらない軽い調子で。
「はは、『会長があいつをお気に入りにしてるのは側にストレス解消用のSubが欲しかったから』だって。こいつAVの見過ぎだろ」
「……小晴」
「そんなカリカリしないでくださいよ。で? 愛佐君は? 一人にしてて大丈夫なんですか?」
「……暫く誰にも会いたくない、とのことだ」
それも、海陽から聞いた話だった。
僕とも顔を合わせたくない、とのことだ。心配にならないわけではない。無理矢理にでも会いにいくことも出来たが、Subの繊細さは僕自身よく知っていた。
それに、と最後に愛佐に会った時のことを思い出す。あの時の愛佐の態度も気になっていた。
愛佐は今不安定な状態だ。少しでもバランスを崩せば、それが命取りにもなる。刺激を与えたくなかった。
「あーあ、不登校になっちゃうかもなあ」
「随分と楽しそうだな、月夜野」
「海陽先輩、酷いなあ。俺はあいつのこと心配してるんすよ、これでも。俺、顔に出にくいらしいですけど」
「……」
「もういい、静かにしてろ。小晴。……人の口には戸は立てられない、そのことは僕もよく理解してる」
はーい、と小晴は僕に端末を返す。それを受け取り、会長机に置いた。
「とにかく、愛佐にはこのまま休んでもらう」
「一週間、だったか」
「……こうなったら落ち着くまでは帰省させた方が良いだろうね。……最悪の事態は避けたい」
本当はもっと休ませたいが、それは愛佐の希望でもあった。
そんな僕の言葉が引っかかったらしい。小晴は口元にうっすらと笑みを浮かべたままこちらを見た。
「最悪な事態ってなんすか。もしかして――自殺とか?」
小晴はデリカシーはある方だ。何より、人の顔色くらい目につき相手の心情を読むことに長けている。
少なくともこの生徒会活動を通してそう評価をしていたつもりだったが、どうやらそれを改めなければならないようだ。
「……小晴、君は僕を苛立たせたいのか?」
「はは、まさか。けど、あいつなら大丈夫ですよ」
「何を根拠に――」
「あいつがSubってことはほら、会長、すげーDomなんですよね? 可愛がってあげりゃいいじゃないですか。セックスで」
わざと煽ってる、というのは分かった。
けど、隣にいた海陽が机を蹴り立ち上がろうとするのを見て「海陽、やめろ」と声をかけた。そして、小晴に殴りかかる寸でのところで海陽は動きを止める。
「……」
「……おっと、海陽先輩に殴られんのは勘弁。顔面の形変わるわ」
「小晴。君は僕を怒らせたいみたいだけど……無駄だよ。それよりもこれ以上自分の立場を悪くしない努力をすることだ」
「なら俺をリコールすりゃいいのに」
肩を竦める小晴は子供のようだ。駄々を捏ねる子供。
なるほど、そういうことか。と納得した。
至って真面目に会計としての役職を全うしていると思っていたが、ずっとそんなことを考えていたのか。
呆れを通り越して感心する。
「小晴。僕がここにいる以上、君を解任するつもりはない。そういう約束だからね」
はっきりと述べれば、小晴は興味を失ったように笑う。
「……はー、そっすか。本当!会長ってDomの癖にそういうところSubみたいですよね。犬みたいに媚び諂って」
「僕の悪口ならなんとでも言えば良い。けど、周りを巻き込むようなやり方は却って自分の首を絞めるだけと学んだ方がいいね。君は一人じゃないんだから」
「ご忠告どーも」
そう立ち上がる小晴。そのまま生徒会室を出て行こうとする彼を「話は終わってないよ」と呼び止めれば、「俺からは何もないですよ」とこちらを振り返った小晴は笑う。
「星名のやつから聞いた方が早い。何があったかなんて。……俺、呼んできますよ」
「結構だ、僕の方から伺うよ。どうせ指導室に行けば会えるんだから」
「……ま、それがいいですね」
結局小晴はそのまま生徒会室を後にする。今度は呼び止めることなく見送った。
「……桐蔭、転校生に会いにいくのか」
「少し頭を冷ましたらね。……さっきは助かったよ。君がいてくれて良かった」
「殴った方がスッキリしたんじゃないか」
「一時的にはね」
海陽のような思い切りの良さがあれば違ったのだろうが、僕にはその一歩を踏み出すことができない。この学園の生徒会長である限り、僕個人の感情で動くことに脳がセーブをかけている。それはもう癖のようなものだ。
正直、今のは……少し堪えた。
無意識に握り締めていた拳を開く。深呼吸をし、脳に酸素を流す。ゆっくりと鼓動を落ち着かせることで切り替えることができる。
けれど、焦燥感はずっと付き纏ってくる。あの子のことになると手元が狂いそうになる。全ての均衡が崩れそうになる、それが怖かった。
……二の舞にはなるなよ。
言い聞かせるように口の中で呟く。
同じ轍は踏まない。そう決めた。そのためにここまで来た。
僕が冷静を失えば、誰があの子を支えるのだ。
――ああ、本当に。
コーヒーが飲みたい。あの子が淹れてくれたコーヒーが。
こんな時に限って、いつも僕を隣で支えてくれていたあの子がいないのだ。
ずっとこの調子だ。海陽から電話を受け取ったその時から――愛佐の、そして星名の騒ぎを聞いてからずっと脳味噌全体を締め付けるような痛みを覚えた。
それは普段の偏頭痛とは違う。それよりももっと根が深く、芯から広がっていくような――。
「……どういうことか説明してもらえるかな」
生徒会室。
ソファーに腰をかける海陽、そして隣で足を崩す小晴に目を向ける。
「電話でも言った通りだ」
「つか、俺は巻き込まれたって感じなんすけどね。あいつが暴れやがるから」
「なんとか海陽が機転を利かせたお陰で大事にはならなかったが……一部の生徒の間ではもう噂が広まってるなってるようだ。愛佐のことが」
そう、先程別の知人から送られた一年のグループチャットのスクショを表示させ、端末ごと二人に渡す。それを受け取った小晴は「うわ、まじだ」と笑った。普段と変わらない軽い調子で。
「はは、『会長があいつをお気に入りにしてるのは側にストレス解消用のSubが欲しかったから』だって。こいつAVの見過ぎだろ」
「……小晴」
「そんなカリカリしないでくださいよ。で? 愛佐君は? 一人にしてて大丈夫なんですか?」
「……暫く誰にも会いたくない、とのことだ」
それも、海陽から聞いた話だった。
僕とも顔を合わせたくない、とのことだ。心配にならないわけではない。無理矢理にでも会いにいくことも出来たが、Subの繊細さは僕自身よく知っていた。
それに、と最後に愛佐に会った時のことを思い出す。あの時の愛佐の態度も気になっていた。
愛佐は今不安定な状態だ。少しでもバランスを崩せば、それが命取りにもなる。刺激を与えたくなかった。
「あーあ、不登校になっちゃうかもなあ」
「随分と楽しそうだな、月夜野」
「海陽先輩、酷いなあ。俺はあいつのこと心配してるんすよ、これでも。俺、顔に出にくいらしいですけど」
「……」
「もういい、静かにしてろ。小晴。……人の口には戸は立てられない、そのことは僕もよく理解してる」
はーい、と小晴は僕に端末を返す。それを受け取り、会長机に置いた。
「とにかく、愛佐にはこのまま休んでもらう」
「一週間、だったか」
「……こうなったら落ち着くまでは帰省させた方が良いだろうね。……最悪の事態は避けたい」
本当はもっと休ませたいが、それは愛佐の希望でもあった。
そんな僕の言葉が引っかかったらしい。小晴は口元にうっすらと笑みを浮かべたままこちらを見た。
「最悪な事態ってなんすか。もしかして――自殺とか?」
小晴はデリカシーはある方だ。何より、人の顔色くらい目につき相手の心情を読むことに長けている。
少なくともこの生徒会活動を通してそう評価をしていたつもりだったが、どうやらそれを改めなければならないようだ。
「……小晴、君は僕を苛立たせたいのか?」
「はは、まさか。けど、あいつなら大丈夫ですよ」
「何を根拠に――」
「あいつがSubってことはほら、会長、すげーDomなんですよね? 可愛がってあげりゃいいじゃないですか。セックスで」
わざと煽ってる、というのは分かった。
けど、隣にいた海陽が机を蹴り立ち上がろうとするのを見て「海陽、やめろ」と声をかけた。そして、小晴に殴りかかる寸でのところで海陽は動きを止める。
「……」
「……おっと、海陽先輩に殴られんのは勘弁。顔面の形変わるわ」
「小晴。君は僕を怒らせたいみたいだけど……無駄だよ。それよりもこれ以上自分の立場を悪くしない努力をすることだ」
「なら俺をリコールすりゃいいのに」
肩を竦める小晴は子供のようだ。駄々を捏ねる子供。
なるほど、そういうことか。と納得した。
至って真面目に会計としての役職を全うしていると思っていたが、ずっとそんなことを考えていたのか。
呆れを通り越して感心する。
「小晴。僕がここにいる以上、君を解任するつもりはない。そういう約束だからね」
はっきりと述べれば、小晴は興味を失ったように笑う。
「……はー、そっすか。本当!会長ってDomの癖にそういうところSubみたいですよね。犬みたいに媚び諂って」
「僕の悪口ならなんとでも言えば良い。けど、周りを巻き込むようなやり方は却って自分の首を絞めるだけと学んだ方がいいね。君は一人じゃないんだから」
「ご忠告どーも」
そう立ち上がる小晴。そのまま生徒会室を出て行こうとする彼を「話は終わってないよ」と呼び止めれば、「俺からは何もないですよ」とこちらを振り返った小晴は笑う。
「星名のやつから聞いた方が早い。何があったかなんて。……俺、呼んできますよ」
「結構だ、僕の方から伺うよ。どうせ指導室に行けば会えるんだから」
「……ま、それがいいですね」
結局小晴はそのまま生徒会室を後にする。今度は呼び止めることなく見送った。
「……桐蔭、転校生に会いにいくのか」
「少し頭を冷ましたらね。……さっきは助かったよ。君がいてくれて良かった」
「殴った方がスッキリしたんじゃないか」
「一時的にはね」
海陽のような思い切りの良さがあれば違ったのだろうが、僕にはその一歩を踏み出すことができない。この学園の生徒会長である限り、僕個人の感情で動くことに脳がセーブをかけている。それはもう癖のようなものだ。
正直、今のは……少し堪えた。
無意識に握り締めていた拳を開く。深呼吸をし、脳に酸素を流す。ゆっくりと鼓動を落ち着かせることで切り替えることができる。
けれど、焦燥感はずっと付き纏ってくる。あの子のことになると手元が狂いそうになる。全ての均衡が崩れそうになる、それが怖かった。
……二の舞にはなるなよ。
言い聞かせるように口の中で呟く。
同じ轍は踏まない。そう決めた。そのためにここまで来た。
僕が冷静を失えば、誰があの子を支えるのだ。
――ああ、本当に。
コーヒーが飲みたい。あの子が淹れてくれたコーヒーが。
こんな時に限って、いつも僕を隣で支えてくれていたあの子がいないのだ。
351
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる