飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

文字の大きさ
19 / 82

18

しおりを挟む

 全身が熱い。
 まるでいつの日か制御剤を飲み忘れてしまったときのことを思い出す。
 Subの性質として、Domとプレイをして褒められることが精神を安定させる。
 しかし、必ずしもプレイのパートナーになるDomに出会えるわけもない。それも、心から信頼できるとなると更にその割合は限られるわけだ。
 俺は菖蒲さんに出会うまでDomに出会わなかった。だから制御剤で誤魔化して生きてきた。

 けれど、今ならよく分かる。今の時代ならば、相性最悪なDomに出会うことよりも薬に頼っていた方が遥かにマシだと。


「……っ、う……」

 寝返りを打つ度に全身が酷く痛み、呻く。そんな俺の体を誰かが優しく抱き留めた。
 菖蒲さん……?
 子供をあやすように背中を撫でる優しい手に、俺は寝惚け眼をこじ開けた。
 そして、息を飲む。

「……ッ!」

 目の前にいたのは菖蒲さんではない。黒髪の男、もとい真夜は目が合うなり「おはよ」と少し掠れた声で笑う。

「な、……っ、んで、お前が……」
「なんでって……ここが俺の部屋だから?」
「……ッ!」

 慌てて起き上がろうとした瞬間、全身、主に臀部に焼けるような痛みが走る。皮膚全体が火傷負ったような痛みに喘げば、「あーあー、無理すんなって」と真夜は俺の体を支え、そして抱き締めてくるのだ。

「は、なせ……っ! 触るな……っ!」
「つってもなあ、痛いだろ? お尻。あんなに小晴に叩かれたもんな」

 どさくさに紛れて真夜は俺の尻をそっと撫でる。その行為だけでも痺れるような痛みが下半身に広がり、腰が跳ねた。

「う……っ」
「大丈夫だ、そんなに怖がらなくても。今、この部屋には俺しかいないし?」
「……っ、お、ろせ……」
「嫌だって言ったら?」
「……」
「分かった、分かったからそんな睨むなよ。……けど、どうせ一人じゃまだ歩けないと思うぞ」

 そうぱっと俺から手を離す真夜。その隙を狙って、慌ててベッドから降りようとして、下腹部にろくに力が入らずそのままベッドからずり落ちそうになる。
 なんとかシーツにしがみつく俺だったが、急に体が軽くなった。真夜に体を支えられたのだ。

「……っ、触るなって言っただろ……!」
「そのままじゃ顔面から落ちるだろ? リビングに行きたいんだったら連れて行ってやるから」

 またコマンドで苦しめられるかもしれない。そう思ったが、真夜の態度はあくまであっさりとしたものだった。
 野良猫か何かのように首根っこを掴まれ、そのまま隣の部屋のソファーの上へと降ろされる。真夜の言う通り部屋の中には小晴の姿はなかった。

「具合は?」

 辺りを警戒していると、真夜が俺の隣へと腰を下ろしてきた。
 近くなる距離に、自然と食堂でのことを思い出しては慌てて飛び退く。

「そんなに逃げなくてもいいのに」
「……」
「言っとくけど、俺は小晴みたいに虐める趣味はないからな。安心しろ」
「っ、……」

 あれが虐めではなくなんだと言うのだ。
 睨みつければ、真夜は「そんなに全身の毛、逆立てちゃって」と楽しげに笑う。

「でも、元気そうでよかった。帰りたいんだったら帰って良いぞ」
「言われなくてもそうする」
「そ。おんぶが必要だったらいつでも呼べよ」
「……」

 この男が何を考えてるのか分からない。
 小晴とは違うというが、確かにただあの男が非常識の犯罪者であることに比べたらマシになるレベルだ。この男も同罪だ。

 ムカムカする胃を落ち着かせながら、俺は下肢に力を入れる。が、上手く立ち上がれない。
 ……クソ、立て。立てよ。こんなところでモタモタしてるわけにはいかないのだ。

「抱っこしてあげようか?」

 ソファーに深く凭れたまま、真夜はこちらを見ていた。

「……いらん、断る」
「俺に助けなんて求めたくない、かあ。悲しいなあ。こんなときほど頼ってほしいのに」
「……っ、……こっちに来るな、触るな!」
「眠ってる時はあんなに可愛かったのに」
「……っ!」

 そう、傍までやってきた真夜は俺の腕を掴み上げるように立ち上がる。そのまま抱きしめられるような体勢になり、拍子に気を失う直前、この男の腕の中で力尽きたことを思い出す。顔が、脳の奥がぢり、と熱くなった。

「愛ちゃん、そんなに俺に甘えたくないんだ」
「あ、たりまえだ……っ」
「頑張り屋さんだ」
「……っ」

 やめろ、褒めるな。
 この男に優しく微笑みかけられると、なんだか首筋、項の辺りがぞわぞわする。――不快だ。

「けど、このままモタモタしてると小晴が帰ってくるかもよ」
「……く……っ」
「抱かれるのが嫌なら、俺の腕掴むだけでも良いから。……杖と思ってさ」
「……お前みたいな杖がいるか」
「想像力の問題だな。……ほら、掴めよ。それともお姫様抱っこをご所望か?」
「冗談じゃ……っ」
「じゃあほら、部屋まで送ってやる」

 そのまま強引に抱き寄せられる。自然とくっつく体が不愉快なのに、『もっと近付け』と言わんばかりに真夜は肩へと手を回してきた。

「《帰るぞ》、愛ちゃん」

 コマンドに反応してビク、と体が跳ねるのを確認して、真夜は笑う。そして歩き出す真夜に合わせて俺の足も動いた。
 ……最悪だ。ドサクサに紛れて手を繋がれながら、俺は引っ張られるようにして真夜たちの部屋を後にする。



「……っ、手……」
「ん~?」
「離せ……っ!」
「俺が手を離したら愛ちゃん、一人で歩けないだろ」
「じゃあ、『一人で歩け』ってコマンドで命令しろ……っ!」

 そう。この男がそう命じれば、この身体は否応なしに従おうとするだろう。

「あれ? 愛ちゃん、俺からの命令嫌がってたのに」
「……それとこれとは……っ」
「俺からしちゃ同じだけどな。……へー嬉しいな、少しは打ち解けてくれたんだ」
「そんなわけないだろっ!」
「こら、愛ちゃん声大きいだろ? 皆びっくりするから静かにしないと」

 一応ここが寮内の廊下だということを思い出し、ハッとする。人気はないものの、確かに周りが見えていなかった。
 ……やっぱり調子がおかしい。目の前の男のことになると怒りで冷静で居られなくなる。感情の制御が以前よりも上手くいっていない気がする。
 ……当たり前だ、目の前には憎い犯罪者がいる。早くこの男を処分させて然るべきところに突き出さなければ。
 そんなことを考えながらも、真夜に引っ張られるがまま連れて来られたのは一年生の棟だ。

「部屋どこ?」
「……もういい」
「《答えろ》」

 くそ、またこいつコマンドを。
 拒む、という選択肢を選ぶ前に「……っ、ニ○五号室……」と勝手に口は動く。
「おーけー」と満足気に笑った真夜はそのまま俺の頭を撫でた。
「いい子だ」なんてまるで俺のパートナー面をして。ムカつくのに、ぞわぞわとまたあの嫌な感覚が首筋から今度は背中まで駆け下りていく。

「っ、さ、さわるな……っ!」
「愛佐?」

 そう俺が真夜に揉みくちゃにされていたときだった。
 不意に聞こえてきた声に体がビクン、と跳ねた。今までだったら聞くだけで耳から脳まで幸せになれていたあの声が。

「あ、か……会長」

 向かおうとした先、そこに立っていた制服姿のその人の姿に全身が緊張する。
 よりによってこのタイミングなんて。……今だけは、菖蒲さんに会いたくなかった。いや、この間からそうだ。俺にはずっと、菖蒲さんに合わせる顔がなかった。
 そしてそんなときに限ってこの人は現れる。

 が、今回は様子が違った。

「……真夜、なんでお前が一緒にいるんだ?」

 それは、聞いたことのないような低い声だった。そして、見たことのないような冷たい目を真夜に向けていた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

処理中です...