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後編【執着型偏愛依存症】
誰かの物語
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「古屋、怪我の調子は?」
「もう平気」
久保田が来てくれたから、なんて言葉を寸でのところで飲み込めば久保田は「そっか」と微笑み、俺の隣に腰を下ろす。
校庭のとあるベンチの上。
久保田の邪魔にならないよう杖を手に取り自分に寄せた。
先月、あの粋がった糞不良連中にリンチされ足を折られたお陰で今、杖が手離せない。
まあ一生持ち歩かなければならないというわけではないので、そう考えたらましだろう。
でも、隣で久保田が支えてくれるならこのまま怪我が治らなくてもいいかもしれない。
いやでもそれでは久保田に迷惑かけてしまうわけだからやっぱり早く治さないと。なんて思案していたとき。
「古屋」
名前を呼ばれる。
「お前また変なこと考えてただろ」
「や、別に」
「顔に出てるんだよ。にやにやしたり、凹んだり。ほんと、おもしろいやつだな」
クスクスと笑う久保田の言葉に顔が熱くなる。
顔に出さないように気をつけていたのに。
久保田の笑い声にますます居たたまれなくなって俺は手で口許を押さえた。
「別に隠さなくていいだろ」
「だって、久保田が笑うじゃん」
「馬鹿にしてるわけじゃないって」
伸びてきた久保田に「ほら、手」と手首を取られ、そのまま顔から離される。
こちらを覗き込んでくる久保田と真っ正面から目があった。
「くぼ……」
た。
そう口にしようと唇を開いたとき、目の前の久保田の顔が近付いた。
そして、唇をなにかで塞がれる。
「……っ」
「……わり、魔が差した」
熱が伝染つったみたいにわずかに頬を赤くした久保田はそう言って苦笑した。
「なに、やって」
「だって、古屋がそんな顔するから」
「そんな顔ってどんな」
あまりの出来事に心臓が死にそうになるのを必死に耐えながら俺は羞恥心を紛らすように言葉を紡ぐ。
久保田はちらりと俺をみた。
「……触って欲しそうな顔」
その一言に俺は体内の温度が跳ね上がるのを感じた。
沸き上がる血液。今すぐ恥知らずな自分の顔を潰したくなる衝動に駈られたが、それ以上にそんな俺を受け入れ答えてくれた久保田が嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて、死にそうだった。
「もしかして、だめだった?」
赤面したまま押し黙る俺を不審に思ったのか、不安そうな顔をする久保田に俺はぶんぶんと首を横に振った。
「……でも、心臓に悪い」
「だよな、ごめん。場所考えなくて」
「ち、違う。そうじゃない、そうじゃなくて……」
嬉しすぎ、死んじゃいそうだから。
感極まって腹の底から込み上げてくる涙を飲み込み、俺は静かに続けた。今度は久保田の顔が赤くなる番だった。
馬淵の糞野郎が久保田に告白してそんで元に戻ったとき俺は久保田に受け入れられ、最初は不良どもに追い掛け回されてそれどころじゃなかったが最近になってようやく久保田と向き合うようになり、いつの間にかに俺たちはそういう関係になっていた。
付き合ってるかどうかはわからない。
だけど、自分の気持ちを受け入れた上でこうして久保田と接することが幸せで堪らなかった。
これ以上、幸せなことがあるのだろうか。そう思えるほどに。
「馬淵」
久保田と別れ、教室へ戻るために歩いていると不意に目の前に見覚えのある人影が立ちはだかる。
顔を上げればそこには渡利敦郎が立っていた。
もう秋だと言うのに相変わらず原色Tシャツを見に纏った渡利に眉を潜めた俺だったがすぐに笑顔を浮かべる。
「渡利君、呼ぶなら人目のないところで名前呼んでって言ったよね」
「悪い。つい」
「なるべく、気を付けてね。誰かに聞かれてたら面倒だから」
そう、誰かさんに。薄く笑んだまま渡利の前まで歩いていった俺はやつを見上げ、「ね」と念を押す。
そっぽ向いた渡利は「気をつける」と呟いた。
「それより、最近古屋君の姿を見掛けないけどどうしたのか知ってる?」
相手を上目に見上げたまま、俺は気になっていたことを素直に尋ねる。
一瞬だけ、渡利の顔が歪んだ。それも束の間、難しい顔をした渡利は小さく首を横にする。
「……この間落ちてからあまり調子がよくないみたいだ。医者に安静にしろと言われ部屋で大人しくしている」
元に戻ってから一度も馬淵のあの陰気臭い面をみていない俺には渡利の言うそれが事実かどうかはわからなかった。
それでもまあ、目障りなのがいないのは俺的に気分がいい。
「そ、わかった。なら、この調子でまた彼が余計なことしないよう見張っててよ」
込み上げてくる笑いを堪えることができず薄く微笑んだ俺に渡利は小さく頷いた。
渡利は、俺が元に戻ったことを知らない。
馬淵の野郎なら真っ先に渡利に伝えるはずだとは思ったが、俺が馬淵の姿を一目もみていないのも渡利が俺を騙そうとしている気配がないのも事実だ。恐らくまだ渡利に伝わっていないのと馬淵が姿を現さないのには理由があるのだろう。
単細胞で短絡的な渡利のことだ。二人の間でどんなやり取りが交わされたかは大体想像つく。つくが、俺には関係ない。
渡利が俺を馬淵だと思い込んでいるのならそれはそれで都合がいい。
俺はやつの前で馬淵周平というやつを演じるだけだ。
「それと、怪我には気をつけてね」
殴り過ぎて赤くなったやつの握り拳にそっと指を這わせた俺は、渡利を見上げ微笑んだ。
緊張し、僅かに紅潮する渡利から手を離した俺は「これからもよろしくね」とだけ呟きそのまま踵を翻した。
あぁ、気分がいい。物事が上手く行くとこんなにも楽しいものなのだろうか。
携帯を取り出し、待ち受け画面に表示された気恥ずかしそうにはにかんだ久保田の笑顔を眺めうっとりと頬を綻ばせた俺はそのまま軽い足取りで教室に向かう。
廊下でたむろっていたやつらは俺を見るなり左右に道をあけ、顔を逸らした。
その内の数人は無様に顔を腫らしていて、必死になって空気に同化しようとしていたので笑える。
以前よりも悪化した怪我は前日俺に負わせたものよりも酷くて。
やはり、渡利は便利だな。
馬淵の真似をするのは面倒だが俺にちょっかいかけてくるやつが消えるのならそれが一番だ。久保田と平和な時間を過ごせるのなら、それが。
古屋将として過ごす自分と馬淵周平として成りきる自分。
どちらが本当の自分なのか、はたまたどちらとも別のなにかなのかわからないが今日も俺は自分のためになにかに成り代わるだけだ。
誰かの物語
‐end?‐
「もう平気」
久保田が来てくれたから、なんて言葉を寸でのところで飲み込めば久保田は「そっか」と微笑み、俺の隣に腰を下ろす。
校庭のとあるベンチの上。
久保田の邪魔にならないよう杖を手に取り自分に寄せた。
先月、あの粋がった糞不良連中にリンチされ足を折られたお陰で今、杖が手離せない。
まあ一生持ち歩かなければならないというわけではないので、そう考えたらましだろう。
でも、隣で久保田が支えてくれるならこのまま怪我が治らなくてもいいかもしれない。
いやでもそれでは久保田に迷惑かけてしまうわけだからやっぱり早く治さないと。なんて思案していたとき。
「古屋」
名前を呼ばれる。
「お前また変なこと考えてただろ」
「や、別に」
「顔に出てるんだよ。にやにやしたり、凹んだり。ほんと、おもしろいやつだな」
クスクスと笑う久保田の言葉に顔が熱くなる。
顔に出さないように気をつけていたのに。
久保田の笑い声にますます居たたまれなくなって俺は手で口許を押さえた。
「別に隠さなくていいだろ」
「だって、久保田が笑うじゃん」
「馬鹿にしてるわけじゃないって」
伸びてきた久保田に「ほら、手」と手首を取られ、そのまま顔から離される。
こちらを覗き込んでくる久保田と真っ正面から目があった。
「くぼ……」
た。
そう口にしようと唇を開いたとき、目の前の久保田の顔が近付いた。
そして、唇をなにかで塞がれる。
「……っ」
「……わり、魔が差した」
熱が伝染つったみたいにわずかに頬を赤くした久保田はそう言って苦笑した。
「なに、やって」
「だって、古屋がそんな顔するから」
「そんな顔ってどんな」
あまりの出来事に心臓が死にそうになるのを必死に耐えながら俺は羞恥心を紛らすように言葉を紡ぐ。
久保田はちらりと俺をみた。
「……触って欲しそうな顔」
その一言に俺は体内の温度が跳ね上がるのを感じた。
沸き上がる血液。今すぐ恥知らずな自分の顔を潰したくなる衝動に駈られたが、それ以上にそんな俺を受け入れ答えてくれた久保田が嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて、死にそうだった。
「もしかして、だめだった?」
赤面したまま押し黙る俺を不審に思ったのか、不安そうな顔をする久保田に俺はぶんぶんと首を横に振った。
「……でも、心臓に悪い」
「だよな、ごめん。場所考えなくて」
「ち、違う。そうじゃない、そうじゃなくて……」
嬉しすぎ、死んじゃいそうだから。
感極まって腹の底から込み上げてくる涙を飲み込み、俺は静かに続けた。今度は久保田の顔が赤くなる番だった。
馬淵の糞野郎が久保田に告白してそんで元に戻ったとき俺は久保田に受け入れられ、最初は不良どもに追い掛け回されてそれどころじゃなかったが最近になってようやく久保田と向き合うようになり、いつの間にかに俺たちはそういう関係になっていた。
付き合ってるかどうかはわからない。
だけど、自分の気持ちを受け入れた上でこうして久保田と接することが幸せで堪らなかった。
これ以上、幸せなことがあるのだろうか。そう思えるほどに。
「馬淵」
久保田と別れ、教室へ戻るために歩いていると不意に目の前に見覚えのある人影が立ちはだかる。
顔を上げればそこには渡利敦郎が立っていた。
もう秋だと言うのに相変わらず原色Tシャツを見に纏った渡利に眉を潜めた俺だったがすぐに笑顔を浮かべる。
「渡利君、呼ぶなら人目のないところで名前呼んでって言ったよね」
「悪い。つい」
「なるべく、気を付けてね。誰かに聞かれてたら面倒だから」
そう、誰かさんに。薄く笑んだまま渡利の前まで歩いていった俺はやつを見上げ、「ね」と念を押す。
そっぽ向いた渡利は「気をつける」と呟いた。
「それより、最近古屋君の姿を見掛けないけどどうしたのか知ってる?」
相手を上目に見上げたまま、俺は気になっていたことを素直に尋ねる。
一瞬だけ、渡利の顔が歪んだ。それも束の間、難しい顔をした渡利は小さく首を横にする。
「……この間落ちてからあまり調子がよくないみたいだ。医者に安静にしろと言われ部屋で大人しくしている」
元に戻ってから一度も馬淵のあの陰気臭い面をみていない俺には渡利の言うそれが事実かどうかはわからなかった。
それでもまあ、目障りなのがいないのは俺的に気分がいい。
「そ、わかった。なら、この調子でまた彼が余計なことしないよう見張っててよ」
込み上げてくる笑いを堪えることができず薄く微笑んだ俺に渡利は小さく頷いた。
渡利は、俺が元に戻ったことを知らない。
馬淵の野郎なら真っ先に渡利に伝えるはずだとは思ったが、俺が馬淵の姿を一目もみていないのも渡利が俺を騙そうとしている気配がないのも事実だ。恐らくまだ渡利に伝わっていないのと馬淵が姿を現さないのには理由があるのだろう。
単細胞で短絡的な渡利のことだ。二人の間でどんなやり取りが交わされたかは大体想像つく。つくが、俺には関係ない。
渡利が俺を馬淵だと思い込んでいるのならそれはそれで都合がいい。
俺はやつの前で馬淵周平というやつを演じるだけだ。
「それと、怪我には気をつけてね」
殴り過ぎて赤くなったやつの握り拳にそっと指を這わせた俺は、渡利を見上げ微笑んだ。
緊張し、僅かに紅潮する渡利から手を離した俺は「これからもよろしくね」とだけ呟きそのまま踵を翻した。
あぁ、気分がいい。物事が上手く行くとこんなにも楽しいものなのだろうか。
携帯を取り出し、待ち受け画面に表示された気恥ずかしそうにはにかんだ久保田の笑顔を眺めうっとりと頬を綻ばせた俺はそのまま軽い足取りで教室に向かう。
廊下でたむろっていたやつらは俺を見るなり左右に道をあけ、顔を逸らした。
その内の数人は無様に顔を腫らしていて、必死になって空気に同化しようとしていたので笑える。
以前よりも悪化した怪我は前日俺に負わせたものよりも酷くて。
やはり、渡利は便利だな。
馬淵の真似をするのは面倒だが俺にちょっかいかけてくるやつが消えるのならそれが一番だ。久保田と平和な時間を過ごせるのなら、それが。
古屋将として過ごす自分と馬淵周平として成りきる自分。
どちらが本当の自分なのか、はたまたどちらとも別のなにかなのかわからないが今日も俺は自分のためになにかに成り代わるだけだ。
誰かの物語
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