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前編【誰が誰で誰なのか】
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「とにかく、古屋君は明日また久保田君がいない隙を狙って襲って」
馬淵家、自室内。
言いながら先ほどリビングから持ってきたジュースに口をつければ、床の上で胡座を掻く渡利は「お前立ち直るの早いな」と呆れたような顔をする。
「普通だよ」そう答えれば、渡利は「よく言うよ」とぼそりと呟いた。
どういう意味だ。
含んだような言い方をする渡利にむっとして相手に目を向ければ、渡利は「取り敢えず」とあからさまに話題を変える。
「あとはボコすだけだろ。またあの久保田とかいうやつがちょろちょろすんじゃねえの」
「大丈夫、ちゃんと古屋君を一人にさせるから」
言いながら、俺は先ほどの接触で渡利が馬淵から奪った携帯電話(ちなみに古屋将のもの)を取り出せば渡利は「……そーですか」となんともやる気がない返事を返してくれる。
そう言われたらなにも言えなくなるわけで見事話題が途切れた自室内には沈黙が流れた。
そして暫く。
「なあ」
「なに」
「殴ったところ、手当てしなくて大丈夫か」
なにを思ったのか、今さらになってそんなことを尋ねてくる渡利に俺は「別に痛くない」と返す。
本当はヒリヒリと肌が焼けるように痛んだが面倒なのは好きではない。
そう断ったはずなのだが、どうやら渡利は俺の言葉を聞く気はないようだ。
「ほら、タオルで冷やしとけよ」
「っ、ちょ……っん」
用意していた濡れたタオルを手にした渡利は言いながらそれを人の目元に押し当ててくる。
ひんやりとしたその柔らかい感触にピクリと体が反応し、次第にその冷たさは心地よく染みていった。
「おい、あんま強く押し付け……」
「…………」
「……っ、渡利君」
「なんでそこまでして久保田に拘るんだよ」
構わずタオルを押し当ててくる渡利に俺が顔をしかめたとき、不意に渡利はそんなことを言い出す。
またこいつはなにか言い出した。
思いながら渡利に目を向ければ、こちらを見据える渡利と目が合う。俺はそのまま見つめ返す。
「見ただろさっき、お前に声すら掛けなかったぞ」
「……別に渡利君には関係ないよ」
「あるだろ」
「俺がいなかったらどんな目に遭ってたかわかんないだろ」ああ、お説教タイムか。
こいつ自惚れんじゃねえと言いたいところだが正直馬淵の人間関係のなさといい身体能力のなさといい笑えないレベルなだけになにもいえない。
渡利がいなかったらきっと今頃まだ水浸しの便所の中で腹を膨らませているかもしれない。
その点では渡利の言いたいこともわかった。わかったが。
「あいつに拘らなかったらお前がこんなこと俺に頼む必要も面倒なやつに絡まられずに済んだはずだ」
「第一、馬淵があいつにそこまで必死になる理由がわからない」
「出来るなら支えになってあげたいって思ってたけど、俺はお前の召し使いでも奴隷でもないんだよ」
要約すると、どうやら渡利は久保田を優先させたことがよっぽど気に入らないようだ。
反抗期か、こいつ。なにも言わない俺を良いことに言いたい放題好き勝手言う渡利にいい気はしない。
が、黙って聞き流す気にもなれなかった。
「なにが言いたいのかな」
「久保田に拘るのやめろ。あと、古屋とかいうやつにもだ。あいつはちゃんと言われた通り殴っておくからお前は関わるな」
「携帯取り返したんだからもう良いだろ」アドバイスではなく最早強要だった。
至近距離。打撲痕に触れたタオルは熱を帯び、心地よかった冷たさも次第に温くなっていく。
「嫌だって言ったらもう助けてくれないの?」
「助けるに決まってんだろ、見捨てねえよ」
即答。見据えられたまま、真顔で答える渡利は嘘をついているわけでも冗談で言っているわけでもはなさそうだ。
「その代わり、お前の言いなりにはなる気はない」そして、渡利はそうつけ足す。
助けるは助けるけど言いなりにはならない。どうやら渡利は確かに反抗期を拗らせてしまったようだ。
いつも黙って言うこと聞いていたのにこの噛み付きよう、鬱憤が溜まったというところだろうか。
まあ、無理もない。馬淵のようなやつに顎で使われては誰だって腹が立つ。渡利が言いたいことは大体予測ついた。
それでも敢えて俺は尋ねる。
「分かりやすく言ってよ」
そう笑いながら聞き返したとき、渡利に肩を掴まれた。拍子に渡利が押さえていたタオルがぼとりと床に落ちる。
それを一瞥し、俺はゆっくりと目の前の渡利に目を向けた。
「それなりの褒美は貰わないと割りに合わねえって言ってんだよ」
正直、渡利が見返りを求めるようなやつだとは思わなかった。
しかしまあ、馬淵みたいなやつに尽くすんだ。見返りを求めず無条件に助けるわけがない。
そうはわかっていたが、正直、なんとなく拍子抜けした。というか、見損なった。
渡利はなにも考えずに俺の、否、馬淵の言うことを聞いてくれると考えていただけに、余計。だからといって軽蔑はしない。
馬淵相手ならそれが普通だ。
だから俺は、渡利の条件を飲むことにした。
「……いいよ、褒美だよね」
「で、なにがいいの?金?」そう言いながら俺は正面の渡利を見詰め返す。
俺の言葉が理解出来なかったのか、きょとんと目を丸くさせた渡利はアホみたいな顔をした。
そして、
「……は?」
まるで信じられないとでもいうかのような呆れた顔。
目を見開き、そう素っ頓狂な声を上げる渡利に失笑せずにはいられない。
「だから、褒美。そうしたら渡利君は僕の手助けしてくれるんだよね」
自分から要求してきたくせにこの反応、どうせ俺が怖じ気付いて大人しく諦めるとでも思ったのだろう。腹立たしい。そう薄ら笑いを浮かべながら一頻り言葉を紡いだ俺は、思い出したように「ああ」と小さく声を漏らした。
「でも金欠だからなるべく勉強教えてあげるとかのがいいな。僕、数学は得意だから」
「……お前なぁ……っ」
そう笑いながら続けたときだった。
先ほどまで呆れたように黙りこくっていた渡利は不快そうに眉を寄せ、そう唸る。
真正面から睨み付けられ、あくまで余裕を崩さず「なに?」と聞き返したときだった。
肩を掴んでいた渡利の指にぐっと力が入り、そのまま床に押し倒される。
「って、ちょ……っと、渡利く、んっ」
「……言い方を変える。あいつらから手を引かなかったら、俺はお前が嫌がることをする。それが代償だ」
「……それが、これ?」
背中を床へ押し付けるように倒され、昼間不良連中にやられた背中の打撲痕が疼き出した。
「殴らないって言ったくせに」押し倒してくるその腕を掴みながら、俺はそうこちらを見下ろしてくる渡利を睨めば渡利は「殴らない」と小さく続ける。
「その代わり、犯す」
一瞬、言葉の意味がわからず硬直する。
犯す。犯す?犯すって、つまりセックスということか。
初めてそんなこと言われたせいか床に押し付けられた背中にじんわりと嫌な汗が滲んだ。
いや、普通にないだろ。外見は馬淵だぞ、勃つものも勃たたない。
昼間のことを思い出し、ぞっと鳥肌が立った。
嫌な状況に取り乱しそうになったが、普通に考えてみれば渡利の言葉はただの脅しなのだろう。
俺に久保田を諦めさせるための脅迫だ。
本気な筈がない。こいつのことだ、ちょっと脅かせばビビるとでも思っているのだろう。
その判断は間違っていない。現に、俺は動揺している。が、こんな脅迫ぐらいで屈するほどヘタレてはいない。
「犯させたら、渡利君は僕の言うことなんでも聞くの?」
「……言っとくけど、一回きりじゃないからな。何回も、俺がしたいとき相手してもらうから」
「いいよ、別に」
「…………はぁ?」
「それで渡利君が僕の言うこと聞いてくれるなら別に構わないよ」
「でも、趣味悪いね君。僕に突っ込むなんて考えるその思考回路にビックリだよ」なるべく動揺を悟られないよう、浮かべた笑みを絶やさずに続ければ愕然とする渡利の顔はみるみる内に歪む。
「……っお前、まじで言ってんのか……っ」
低く、掠れた声。まるで失望したような、呆れたような、複雑そうな顔をする渡利は悲しそうな目でこちらを見てくる。
この様子だとやはり最初から俺を犯すつもりなんて毛頭なかったようだ。そして、あっさりと受け入れる俺に逆に戸惑っているのだろう。
相変わらず詰めが甘い。
「俺がっ、お前に突っ込むんだぞ!あいつらみたいに!嫌じゃねえのかよ?!」
渡利の手に力が入り、掴まれた肩に指が食い込み酷く痛む。
この馬鹿力が。軋む肩に顔をしかめた俺はそれを堪えながらも笑みは絶やさず、「やだな、嫌に決まってるじゃん」と笑いながら渡利の腕から手を離した。
「でも、渡利君がしたいんだったら別に好きにしていいよ。あんまり痛くしないでね」
「……お前、やっぱ可笑しいだろ……っそんなこと言うようなやつじゃなかっただろ!」
まあ確かにそうかもしれない。馬淵なら即怖じ気付いて言われた通り身を引くだろう。残念ながら、俺は馬淵ではない。
「そこまでして、あいつと居たいのかよ」
そう、苦虫を噛み潰したような顔をして尋ねてくる渡利に俺は間髪いれずに「そうだよ」と答える。
悔しそうに、歯痒そうに渡利の顔が歪むと同時に、肩を掴んでいた手から力が抜けた。
どうやら、なにを言っても無駄だと理解してくれたようだ。ここまで来ればあとはこっちのものだ。
「渡利君がしたいならなんでもしてあげるからさ、あれだったら命令、変えてもいいんだよ?君も脅しのつもりで犯すなんて言ったんだよね?」
「本当にこんな体犯させたら可哀想だもん」渡利の隙を見て、そう、俺はここぞとばかり言葉を並べる。
渡利はなにも言わない。
「どうせ聞くんだったらもっと有意義なやつのがいいよね」それもそうだ、渡利が虚勢張ってるだけだとわかった今あんな脅しにしては両者メリットもない行為をわざわざ実行させる必要はない。
気が利く俺は主導権を取り替えそうとするついでに渡利にそう然り気無く命令を変更させるよう促す。
が、相変わらず渡利はなにも言わない。
「…………」
「渡利君?」
人がせっかく提案しているのに無視かよ。俺を甘く見た自分の浅はかさに気付いたのか、それとも頭が追い付いていないのか。どちらにせよ、いい気はしない。
無反応の渡利に内心苛つきながらそう渡利の名前を呼んだときだった。
肩から外れた手が首元に触れ、そして思いっきり胸ぐらを掴み上げられる。
押し倒されたと思ったら今度は無理矢理上半身を掴み起こされ、一体なんなんだと顔をしかめたときだった。
「っんむ」
上から覆い被さってくる渡利に唇を塞がれ、目を見開いた。
胸ぐらを掴む手を離すのに気を取られていた矢先のことだった。訳も分からず口付けをされ、全身が緊張する。
「っん、っぅう……ッ」
咄嗟に顔を逸らそうとするが、すぐに唇の端を舐められ唇に吸い付かれた。
今の流れでどうしてこうなるんだ、馬鹿だろ。
まともに初めて感じた他人の唇の柔らかさを堪能する余裕なんかなくて、胸の底から込み上げてくる不快感にただただ気分が悪くなり、咄嗟に俺は足をバタつかせる。が、渡利の手によって押さえ込まれた体はまともに動かず、ただの身動ぎになって終わる。
「ふッ、んん……っ」
息苦しい。
何度も顔を逸らそうとしてもその度に顎を掴まれキスをされ、ただ唇を抉じ開けようとしてくる渡利の舌を堅く結んだ唇で拒絶することだけで精一杯で。唾液で濡れた唇が、這わされる舌が、他人の感触が酷く気持ち悪くて堪らない。
怖い。
「んっ、ぅ……」
貪るように唇を舌でなぶられ、吸われ、その感触に耐えられず、俺は渡利の顔を手のひらで掴み、強引に唇を離させた。
すると、渡利はあっさりと身を引いた。が、相変わらず上からは退かない。
胸ぐらを掴んでいた手が離れ、脱力した俺はそのまま床の上に落ちる。
「……正気?」
そして、唾液で濡れた唇をごしごしと肩口で拭えば、同様、唇を舌で拭う渡利は「本気だ」と静かに続ける。
「嫌なら、嫌って言えよ。やめるから」
こいつ、まさか俺を試すつもりか。
「嫌なら言えよ」
緊張する全身の筋肉。のし掛かってくる渡利の声が落ちてくる。
我慢比べということか。ここまで渡利が体張ってくると思わなかっただけに狼狽えずにはいられなかったが、ここで『やっぱ嫌だ』なんて言ったら渡利の思うツボだ。
無力に等しい今、渡利の協力は必要不可欠なもので、俺に残された選択肢は一つしかない。
なんとしても我慢比べに勝ち、渡利の言いなりにならないことだ。
「っ、別に……大丈夫だから。ヤるならさっさと済ませてよ」
「震えてんだろうが!」
「だから、大丈夫だってば。そっちこそ、無理しないで止めたらいいじゃん。別に軽蔑しないよ」
そう強張る頬を弛め、笑いかければ、渡利は「……っ馬っ鹿じゃねえの」と吐き捨てる。
相手につけ込まれないよう見栄を張ってみるが、やはり、キツい。
いくら馬淵の体とは言えど、俺の意思がある限りこの体は感触諸々を伝えてくる媒体になるわけで。
肩に触れた手が、首筋に触れる唇が、渡利が動く度に掠る黒髪が、吐息が、濡れた舌が。それらの感触が鮮明に伝わり、頭が可笑しくなりそうだった。
「は、……っ」
犬みたいに首筋を舐められ、浮き出た血管を丹念にしゃぶられる。
ヤるだとか言うから突っ込んでさっさと終わるのかと思ったら、なんだこれは。まるで壊れものでも大切に扱うような手で触れられ、思考回路が乱れ始める。
ああ、あれか。時間をかけて俺が嫌がるのを待ってるわけか。渡利のくせに、やることなすこと質が悪い。
「っ、ぁ、んぅ……ッ」
静まり返った室内に荒い息遣いと濡れた音が響き、這わされる舌は徐々に下がる。
唾液で濡れた熱い舌で鎖骨をなぞられ、全身が粟立った。
これは、馬淵の体だ。俺がされているわけではない。
他人を意識するな。すぐ終わる。
そう、部屋の窓に目を向けやり過ごそうとするが、上で動く他人の存在というのはなかなか厄介で、それをまったく意識しないというのは至難のわざだった。
首筋に噛み付かれ、皮膚に歯が食い込む。
ピリッとした痛みが走り、「ぅ」と小さな呻き声が漏れる。
すぐに歯は取れ、噛み跡全体を舐められ、吸うようにキスをされた。
唇で皮膚を吸われればちゅっとリップ音が響き、必死にただ舐められてるだけだといい聞かせ平静を保たせるも、込み上げてくる全身の熱は収まらない。
不意に、唇が離れる。
その隙を狙って唾液にまみれた首筋を拭おうとしたとき、不意に下腹部に渡利の手が伸びた。
「……っ」
腹部を撫で付けるようにスウェットのウエストの中へと入り込んでくる無骨な手の感触に全身が緊張し、無意識に息を飲んだ。
スウェットの中をまさぐるようなその手に耐えられず、気付けば俺は渡利の腕を掴んでいた。
「おい」
嫌ならやめるぞ。そう言いたそうな、窺うようなその渡利の目に見据えられ、俺はおずおずと手を離し、そのままやり場に困った手を床につく。
無言で目を逸らせば渡利は舌打ちをし、そのまま下着越しに性器を鷲掴まれた。
「強がってんじゃねえよ、糞っ」
「強がってなんか、ッ……つ……ぅ……ッ」
毒吐く渡利の手のひらにそのまま下着の上から下腹部を柔らかく押し潰すように揉まれ、下腹部から全身にかけてぞくりと快感にも似た感触が走る。
スウェットの中の乱暴な手付きに腰が動き、くすぐったさと心地好さに身動ぐ。
「っん、ぅ、くぅ……ッ」
全体を握り締めるように摩擦され、薄い布越しに伝わってくるそのもどかしい感触に股を擦り合わせた。
糞、このくらいで感じるなよ。そう、馬淵の体に呼び掛けるが勿論返事が返ってくるはずがなく、輪郭をなぞるように撫でてくる指先の感触を堪えるように俺は唇を固く紡ぐがその代わりに息が荒くなってしまい、乱れる。
「っ、ふ、ぅ……あ……っ」
全身の熱が渡利が触れる下腹部に集まり、嫌でも自身が勃ち上がるのを感じた。
こんなことをなにが楽しいんだろうか、こいつは。さっぱり理解できない。悪趣味過ぎる。他に趣味はないのか。馬鹿が。これだから不良は嫌なんだ。頭が悪すぎる。こんなことしたってなんの得にもなりやしないというのに。
現実から逃げるようにただひたすら頭の中で渡利を罵倒する。
それでも摩擦するそれは止まらず、勃つ性器を手のひらで包み込み、布で包んだまま擦るその手は加速するばかりで。
乱暴に擦られれば擦られるほど渡利の手の中で硬度を増す自身が忌々しくて堪らない。
先走りが溢れ始めたのか衣擦れ音に混ざってくちゅりと濡れた音が立ち、じわじわと顔が熱くなる。
「っ、んっ、ぅっ、く……ッ」
ああ、本当、なにが楽しいんだ。理解出来ない。
全身の神経が下腹部に集まり、敏感になり始めるそこを擦られれば擦られるほど腰が跳ねるようにビクつき、渡利の手から逃げるように後ずさるが効果はなく、ただ、俺はされるがままになる。
生理現象というのはなかなか厄介で俺の意思に反して現れるから嫌いだ。
先走りで濡れた下着を側面に巻き付けるに擦られればガチガチに勃起し、次第に息が苦しくなる。
すぐ耳元で鼓動が鳴り、ぞくぞくと背筋が震えた。
渡利の手が突っ込まれたスウェットの中がどんなことになってるかなんてわからなかったが、嫌でも自分がどうなるかはわかった。
「っ、は、ぁっ、んんっ、んぅッ」
側面から先端まで、手のひらで包まれたそれを絞るように全体を擦りあげられれば、食いしばった唇の端から唾液が垂れる。
馬鹿みたいに全身が緊張し、気付けば自分の手は渡利にしがみつくようにその服を掴んでいた。
そんな俺を驚いたようになにか言いたそうな目で見る渡利だが摩擦する手を止めるわけでもなく寧ろそれは早まるばかりで激しく擦られれば、自然としがみつく手に力が入った。
ああ、やばい。やばい。やばい。イキたくない。イかされる。なんでこんなやつなんかに。嫌だ。嫌だ。
気持ち良い。
「はっ、う、くぅ……ッ!!」
瞬間、ドクンと鼓動は大きく鳴り、目の前が真っ白になる。
呻き声を漏らし、ビクンと腰が跳ね、下着の中に嫌な感触が広がった。不意に渡利の手が止まる。
ぐったりと床の上に横たわり、はっはっと犬みたいに浅く息を取り込む俺を覗き込む渡利と目が合い、なんだかもう生きた心地がしなかった。
なにをやっているんだろうか、俺は。そんな虚無感が全身を支配し、絶望に似たやるせなさに息が漏れる。
その矢先のことだった。ずるりと渡利の手が引き抜かれ、白濁で濡れたその手をスウェットにかけた渡利にそのまま乱暴に脱がされる。
「っ、なにして……ッ」
まさか、まだやるのか。
てっきりイったら終わりだと思っていただけに軽いショックを受けた俺は慌てて足をバタつかせて抵抗しようとするが敵うはずがなく、腰を押さえ付けられあっさりとスウェットを脱がされる。
続けざまに汚れた下着まで脱がされ、下半身を隠すものがなくなりやけに風通しがよくなったそこに耳が熱くなるのがわかった。
服の裾を掴み、ぐいぐいと引っ張るように隠しながら渡利を睨む。
「やめたいならやめるぞ」
「……そっちこそ」
どうやら渡利も折れる気がないようだ。
喘いでる馬淵を見てさっさと折れるかと思ったが、心なしか渡利の顔が赤い。息が荒い。
そして、なんでこいつは勃起してるんだ。病気か。
ああ、本当どいつもこいつも趣味が悪いやつばかりで嫌になる。
不自然に膨れた相手の下腹部に目を向けた俺は、目を細め、目の前の渡利を軽蔑せずにはいられなかった。
指だ。指が入ってくる。
体の負担を考えれば昼間突っ込まれたモップの柄よりかは格段ましだとはわかっていたが、体温を持った人の指なんて俺からしてみればモップの柄よりも不愉快で堪らなかった。
夕暮れ時。鳥の鳴き声に混じって聞こえてくる帰宅途中の学生たちの楽しげな声がやけに遠くから聞こえてくる。
未だ、渡利から解放されない。
「……っ、く、ぅん……ッ」
「こんくらいで痛がってどうすんだよ、もっと痛いことするんだぞ」
「……っうっさいんだよっ、痛くないってば……っ」
M字に開くように腿を掴まれ、持ち上げられる腰。露出したそこに先ほど射精したときの精液を塗りたくられる。
唾液と白濁を絡ませた人差し指をずぷりと埋め込まれ、そのまま中を撫で付けるように指を差し入れされればされる程傷付いた内壁は小さな痛みでヒクつき、自然と呻き声が漏れた。
「ッん、ぅ……ッ」
「おい」
「だから……いたくないってば……ッ」
本当は、かなり痛い。でも一度でも弱音を吐いたら我慢出来なくなりそうで、歯を食いしばり必死に堪える。
異物を突っ込まれたお陰で腫れて熱を孕んだそこは敏感になっており、少し触れただけでピリリと嫌な感触が背筋に走った。
顔が強張り、汗が滲む。
「まじで馬鹿だろ、信じらんねえ」
「やなら、やめ……っんんッ」
呆れたような顔をする渡利にそう今はもうお決まりの言葉を投げ掛けようとした瞬間、体内に埋め込まれ、慣らしていた渡利の指が引き抜かれた。
拍子に指全体で中を擦られ、その刺激に下腹部が打ち震える。
そして、ようやく失せる異物感に安堵に似た脱力感を覚えたときだった。
「お前がやめるって言うまでやめねえっつっただろうが……っ」
睨むようにこちらを見下ろす渡利はそう、吐き捨てるように続け、腿を腹部に押し付けるように大きく開かせる。
食い込む指。ぎしりと股関節が軋んだ。
痛い。そう感じた矢先、ジッパーが下ろす音が聞こえ、俺は目を見開く。
正気か、こいつ。
「はっ、ぁ……ッ」
膝立ちになった渡利に丁度良いように腰を高く持ち上げられ、傷だらけの体が悲鳴を上げる。
呼吸が上手く出来ない。取り出された勃起した性器に釘付けになった俺の顔面から血の気が引いていく。そのまま宛がわれる勃起したその先端、太さはホースやモップの柄とは比にならない。
ああ、嫌だ。嫌だ。久保田。久保田。久保田。俺は男に犯されたくない。嫌だ。初めてなのに。どうせなら、久保田に。違う、これは俺の体じゃない。落ち着け、これは馬淵の体だ。こいつの体がどうなろうと俺には関係ない。だから、大丈夫だ。俺なら我慢出来る。いや、無理だ。あんなもの入らない。頭沸いてんじゃないのか。なんでそうなるんだ。
乱れ始める思考回路の中。混乱する俺を他所に宛がわれる肉質のあるそれに俺は「ひっ」と息を飲む。
躊躇うような顔をしてこちらを見る渡利だったが、それも束の間。青い顔をしたままなにも言わずに呆然としている俺に痺れを切らした渡利はそのままぐっと腰を掴み、それを捩じ込んできた。
それからもうひたすら拷問だった。
「っ、あッ、ぁあ゙……っ!」
裂けるような下腹部の痛みのあまりに開いた口からは呻き声が漏れ、それでも構わず挿入してくる勃起した性器に全身が強張った。
何度も馬淵に挿入させたことはあったし、それを傍観したこともあった。
しかし、挿入されたのは初めてで、雑ながらも慣らされたはずだったがあまり効果があったようには思えなかった。
みちみちとなにかが裂けるような音、感触が走り、嫌な汗が滲む。
「くぼ、た……ッ!くぼたぁ……っ!」
すがるように渡利の肩を掴み、力いっぱい指を食い込ませる。
無意識に、口から助けを求める声が漏れた。どうやら渡利はそれが気に入らなかったようだ。
「っ、呼ぶなって言ってんだろ!」
眉をしかめ、そう怒鳴る渡利は悶絶する俺を攻撃する代わりに腰を進めてきた。
渡利なりに気を遣ってくれていたのかゆっくり挿入されるそれに油断していただけに、一気に奥まで突っ込まれ声にならない声を上げる。
腫れた内壁の痛みと裂くように、捩じ込まれる異物による痛み。
二つの痛みが重なり、あまりの激痛に見開いた目から涙が滲んだ。
僅かに狼狽える渡利だったが決して中断はさせず、根本奥深くまで挿入した状態のまま、間近で俺を見据えてくる。
「それ以上他のやつの名前呼んだらお前の言うこと聞かねえぞ」
「……ッ」
低い声で脅され、無意識に全身がすくんだ。
なんでそんな命令までされなきゃいけないんだ。そう言いたかったが、俺が今ここまで渡利に尽くしている目的を思い出せば自然と唇は閉じる。
馬淵の体の今、どうしても渡利の気分を損ねるわけにはいかなかった。
「っんっ、くぅッ、んぅっ」
大人しくなった俺を一瞥した渡利は再び挿入を始める。
溢れる先走りを塗り付けるように中を摩擦され、何度も腰を打ち付けられた。
肌を打つ感触が、中で膨張するその熱が、腿と腰を掴む大きな手が、接触するなにもかもが不快で不快で堪らないのに、それ以上に不安にも似た感覚が全身を襲う。
「あっ、ぐ……っんくっ!ぅっ、んっ!」
早く、終われ。
奥を突かれる度に喉奥から声が漏れ、背筋がぞくぞくと震えて自然と胸が仰け反ってしまう。
肌と肌がぶつかる度に四肢が揺れ、濡れた渡利の性器が結合部を出し入れする目の前の光景に耐えられなくなった俺はぎゅっと目を瞑った。しかし、それも束の間。
「目を開けろ」
腹の底から這うような低い声と同時に、伸びてきた手に前髪を掴まれる。
上半身が起き上がったとき、乱暴に中を突かれその痛みに目を見開いた。
至近距離、渡利と目が合う。
「余所見すんじゃねえよ、俺を見ろ、目を逸らすな、今お前に突っ込んでんのは俺だっ!」
垂れた前髪のその隙間、睨むようなキツい眼差しが向けられる。
先ほどと比べ物にならないくらい激しくピストンされる度にぐちゅぐちゅと濡れた摩擦音が下腹部から漏れ、その動きに耐えられない馬淵の体がガクガクと痙攣し始める。
「っ、渡利、わた、ぁっ、んっ、渡利ッ!クソッ、んんっ!」
「ほら、しっかり目に焼きつけろよ、なあ!馬淵!」
「……っあっ、んく……っ、やっ、ぁ……ッ!っぁ、あ、ああっ!」
白ばむ視界、だらしなく開いた唇から涎が溢れ、突かれる度に思考が飛んだ。
視界には何度も何度も何度も何度も激しく打ち付けてくるそれと自分の下腹部が目に入り、よく見ると腰を打ち付ける度に飛び散る体液に血が混じってるのを眺め、どおりで痛いわけだとか思いながら俺はあまりの痛みに頭がふわふわしてきて目の前の光景が現実なのかはたまた夢なのか判断つかなくなる。
「あッ、ひぃっ!」
そして、やがてその痛みすら心地よくなるという末期症状が現れ始めたとき、体内でビクンと跳ねた渡利のものから熱い液体が溢れた。
間違いなくそれは夢でもなんでもない現実のもので、ぞっとするくらい体内に注がれる精液に腰が大きく跳ね、いつの間にかに勃起していた自身のものから精液が飛び出す。
違和感で膨れた腹は重く、全身が気だるい。
射精後。乱れた吐息を整えるように浅く呼吸を繰り返し、ゆっくりと引き抜かれるそれの感触に僅かに下腹部が痛む。
遮る蓋が無くなり、起き上がろうと四肢に力を入れたせいで開いた肛門から白濁が溢れ出した。ぬぷりと熱い液体が溢れ、身の毛のよだつ。
渡利の肩を押し退け、上半身を起こした俺はそのまま異物を捩じ込まれあまつさえ中に出されたそこに手を伸ばし、腿を滴るそれを掻き出した。
「っ、ん……ぅ……ッ」
爪を立てないよう指の腹で擦るように中を掻き出そうとすれば熱を孕んだ内壁が疼く。
声を出さないよう唇を結ぶが、小さな呻き声が漏れてしまった。
あまりの腹部の違和感に我慢出来ずに、指に絡みつくねっとりとした液体をそのまま乱暴に掻き出す。
中に突っ込んだ指を動かす度にくちゅくちゅと耳障りな濡れた音が立ち、酷くいたたまれなくなる。
どうやらそれは俺だけではないようだ。
「……馬淵」
乱れた衣服を整える渡利は、なにか言いたそうな目でこちらを見る。
まさかまだやるというのか。そう嫌な予感がしたが、どうやらそのつもりはないようだ。
「……中にまで出したんだからさぁ、守ってよね」
床を汚さないようゆっくりと膝を立て、下腹部を隠すように肛門に指を這わせた俺は「約束」と小さく唇を動かした。
奥に流れ込んでいた精液がどろりと溢れ、つぅっと腿を伝い落ちる。
それを手で拭ったとき、渡利の顔が一層険しくなった。
「勝手にしろ……っ」
そして立ち上がった渡利はそう唸るように吐き捨て、そのまま部屋を出ていった。
俺の態度か言葉か行動か、いずれかが渡利の癪に触れたようだ。
自分がやりたいようにしたくせに、意外と自分勝手というか。
別に優しくされたいというわけではないが、自分の精子くらい自分で後片付けしてほしい。
「……」
まあ、いいや。約束は約束だ。あいつが俺の言うことを聞いてくれるのなら構わない。
丁度足元に出来た赤が混じった白濁の水溜まりを見詰め、そして、近くにあったティッシュボックスを手に取った。
馬淵家、自室内。
言いながら先ほどリビングから持ってきたジュースに口をつければ、床の上で胡座を掻く渡利は「お前立ち直るの早いな」と呆れたような顔をする。
「普通だよ」そう答えれば、渡利は「よく言うよ」とぼそりと呟いた。
どういう意味だ。
含んだような言い方をする渡利にむっとして相手に目を向ければ、渡利は「取り敢えず」とあからさまに話題を変える。
「あとはボコすだけだろ。またあの久保田とかいうやつがちょろちょろすんじゃねえの」
「大丈夫、ちゃんと古屋君を一人にさせるから」
言いながら、俺は先ほどの接触で渡利が馬淵から奪った携帯電話(ちなみに古屋将のもの)を取り出せば渡利は「……そーですか」となんともやる気がない返事を返してくれる。
そう言われたらなにも言えなくなるわけで見事話題が途切れた自室内には沈黙が流れた。
そして暫く。
「なあ」
「なに」
「殴ったところ、手当てしなくて大丈夫か」
なにを思ったのか、今さらになってそんなことを尋ねてくる渡利に俺は「別に痛くない」と返す。
本当はヒリヒリと肌が焼けるように痛んだが面倒なのは好きではない。
そう断ったはずなのだが、どうやら渡利は俺の言葉を聞く気はないようだ。
「ほら、タオルで冷やしとけよ」
「っ、ちょ……っん」
用意していた濡れたタオルを手にした渡利は言いながらそれを人の目元に押し当ててくる。
ひんやりとしたその柔らかい感触にピクリと体が反応し、次第にその冷たさは心地よく染みていった。
「おい、あんま強く押し付け……」
「…………」
「……っ、渡利君」
「なんでそこまでして久保田に拘るんだよ」
構わずタオルを押し当ててくる渡利に俺が顔をしかめたとき、不意に渡利はそんなことを言い出す。
またこいつはなにか言い出した。
思いながら渡利に目を向ければ、こちらを見据える渡利と目が合う。俺はそのまま見つめ返す。
「見ただろさっき、お前に声すら掛けなかったぞ」
「……別に渡利君には関係ないよ」
「あるだろ」
「俺がいなかったらどんな目に遭ってたかわかんないだろ」ああ、お説教タイムか。
こいつ自惚れんじゃねえと言いたいところだが正直馬淵の人間関係のなさといい身体能力のなさといい笑えないレベルなだけになにもいえない。
渡利がいなかったらきっと今頃まだ水浸しの便所の中で腹を膨らませているかもしれない。
その点では渡利の言いたいこともわかった。わかったが。
「あいつに拘らなかったらお前がこんなこと俺に頼む必要も面倒なやつに絡まられずに済んだはずだ」
「第一、馬淵があいつにそこまで必死になる理由がわからない」
「出来るなら支えになってあげたいって思ってたけど、俺はお前の召し使いでも奴隷でもないんだよ」
要約すると、どうやら渡利は久保田を優先させたことがよっぽど気に入らないようだ。
反抗期か、こいつ。なにも言わない俺を良いことに言いたい放題好き勝手言う渡利にいい気はしない。
が、黙って聞き流す気にもなれなかった。
「なにが言いたいのかな」
「久保田に拘るのやめろ。あと、古屋とかいうやつにもだ。あいつはちゃんと言われた通り殴っておくからお前は関わるな」
「携帯取り返したんだからもう良いだろ」アドバイスではなく最早強要だった。
至近距離。打撲痕に触れたタオルは熱を帯び、心地よかった冷たさも次第に温くなっていく。
「嫌だって言ったらもう助けてくれないの?」
「助けるに決まってんだろ、見捨てねえよ」
即答。見据えられたまま、真顔で答える渡利は嘘をついているわけでも冗談で言っているわけでもはなさそうだ。
「その代わり、お前の言いなりにはなる気はない」そして、渡利はそうつけ足す。
助けるは助けるけど言いなりにはならない。どうやら渡利は確かに反抗期を拗らせてしまったようだ。
いつも黙って言うこと聞いていたのにこの噛み付きよう、鬱憤が溜まったというところだろうか。
まあ、無理もない。馬淵のようなやつに顎で使われては誰だって腹が立つ。渡利が言いたいことは大体予測ついた。
それでも敢えて俺は尋ねる。
「分かりやすく言ってよ」
そう笑いながら聞き返したとき、渡利に肩を掴まれた。拍子に渡利が押さえていたタオルがぼとりと床に落ちる。
それを一瞥し、俺はゆっくりと目の前の渡利に目を向けた。
「それなりの褒美は貰わないと割りに合わねえって言ってんだよ」
正直、渡利が見返りを求めるようなやつだとは思わなかった。
しかしまあ、馬淵みたいなやつに尽くすんだ。見返りを求めず無条件に助けるわけがない。
そうはわかっていたが、正直、なんとなく拍子抜けした。というか、見損なった。
渡利はなにも考えずに俺の、否、馬淵の言うことを聞いてくれると考えていただけに、余計。だからといって軽蔑はしない。
馬淵相手ならそれが普通だ。
だから俺は、渡利の条件を飲むことにした。
「……いいよ、褒美だよね」
「で、なにがいいの?金?」そう言いながら俺は正面の渡利を見詰め返す。
俺の言葉が理解出来なかったのか、きょとんと目を丸くさせた渡利はアホみたいな顔をした。
そして、
「……は?」
まるで信じられないとでもいうかのような呆れた顔。
目を見開き、そう素っ頓狂な声を上げる渡利に失笑せずにはいられない。
「だから、褒美。そうしたら渡利君は僕の手助けしてくれるんだよね」
自分から要求してきたくせにこの反応、どうせ俺が怖じ気付いて大人しく諦めるとでも思ったのだろう。腹立たしい。そう薄ら笑いを浮かべながら一頻り言葉を紡いだ俺は、思い出したように「ああ」と小さく声を漏らした。
「でも金欠だからなるべく勉強教えてあげるとかのがいいな。僕、数学は得意だから」
「……お前なぁ……っ」
そう笑いながら続けたときだった。
先ほどまで呆れたように黙りこくっていた渡利は不快そうに眉を寄せ、そう唸る。
真正面から睨み付けられ、あくまで余裕を崩さず「なに?」と聞き返したときだった。
肩を掴んでいた渡利の指にぐっと力が入り、そのまま床に押し倒される。
「って、ちょ……っと、渡利く、んっ」
「……言い方を変える。あいつらから手を引かなかったら、俺はお前が嫌がることをする。それが代償だ」
「……それが、これ?」
背中を床へ押し付けるように倒され、昼間不良連中にやられた背中の打撲痕が疼き出した。
「殴らないって言ったくせに」押し倒してくるその腕を掴みながら、俺はそうこちらを見下ろしてくる渡利を睨めば渡利は「殴らない」と小さく続ける。
「その代わり、犯す」
一瞬、言葉の意味がわからず硬直する。
犯す。犯す?犯すって、つまりセックスということか。
初めてそんなこと言われたせいか床に押し付けられた背中にじんわりと嫌な汗が滲んだ。
いや、普通にないだろ。外見は馬淵だぞ、勃つものも勃たたない。
昼間のことを思い出し、ぞっと鳥肌が立った。
嫌な状況に取り乱しそうになったが、普通に考えてみれば渡利の言葉はただの脅しなのだろう。
俺に久保田を諦めさせるための脅迫だ。
本気な筈がない。こいつのことだ、ちょっと脅かせばビビるとでも思っているのだろう。
その判断は間違っていない。現に、俺は動揺している。が、こんな脅迫ぐらいで屈するほどヘタレてはいない。
「犯させたら、渡利君は僕の言うことなんでも聞くの?」
「……言っとくけど、一回きりじゃないからな。何回も、俺がしたいとき相手してもらうから」
「いいよ、別に」
「…………はぁ?」
「それで渡利君が僕の言うこと聞いてくれるなら別に構わないよ」
「でも、趣味悪いね君。僕に突っ込むなんて考えるその思考回路にビックリだよ」なるべく動揺を悟られないよう、浮かべた笑みを絶やさずに続ければ愕然とする渡利の顔はみるみる内に歪む。
「……っお前、まじで言ってんのか……っ」
低く、掠れた声。まるで失望したような、呆れたような、複雑そうな顔をする渡利は悲しそうな目でこちらを見てくる。
この様子だとやはり最初から俺を犯すつもりなんて毛頭なかったようだ。そして、あっさりと受け入れる俺に逆に戸惑っているのだろう。
相変わらず詰めが甘い。
「俺がっ、お前に突っ込むんだぞ!あいつらみたいに!嫌じゃねえのかよ?!」
渡利の手に力が入り、掴まれた肩に指が食い込み酷く痛む。
この馬鹿力が。軋む肩に顔をしかめた俺はそれを堪えながらも笑みは絶やさず、「やだな、嫌に決まってるじゃん」と笑いながら渡利の腕から手を離した。
「でも、渡利君がしたいんだったら別に好きにしていいよ。あんまり痛くしないでね」
「……お前、やっぱ可笑しいだろ……っそんなこと言うようなやつじゃなかっただろ!」
まあ確かにそうかもしれない。馬淵なら即怖じ気付いて言われた通り身を引くだろう。残念ながら、俺は馬淵ではない。
「そこまでして、あいつと居たいのかよ」
そう、苦虫を噛み潰したような顔をして尋ねてくる渡利に俺は間髪いれずに「そうだよ」と答える。
悔しそうに、歯痒そうに渡利の顔が歪むと同時に、肩を掴んでいた手から力が抜けた。
どうやら、なにを言っても無駄だと理解してくれたようだ。ここまで来ればあとはこっちのものだ。
「渡利君がしたいならなんでもしてあげるからさ、あれだったら命令、変えてもいいんだよ?君も脅しのつもりで犯すなんて言ったんだよね?」
「本当にこんな体犯させたら可哀想だもん」渡利の隙を見て、そう、俺はここぞとばかり言葉を並べる。
渡利はなにも言わない。
「どうせ聞くんだったらもっと有意義なやつのがいいよね」それもそうだ、渡利が虚勢張ってるだけだとわかった今あんな脅しにしては両者メリットもない行為をわざわざ実行させる必要はない。
気が利く俺は主導権を取り替えそうとするついでに渡利にそう然り気無く命令を変更させるよう促す。
が、相変わらず渡利はなにも言わない。
「…………」
「渡利君?」
人がせっかく提案しているのに無視かよ。俺を甘く見た自分の浅はかさに気付いたのか、それとも頭が追い付いていないのか。どちらにせよ、いい気はしない。
無反応の渡利に内心苛つきながらそう渡利の名前を呼んだときだった。
肩から外れた手が首元に触れ、そして思いっきり胸ぐらを掴み上げられる。
押し倒されたと思ったら今度は無理矢理上半身を掴み起こされ、一体なんなんだと顔をしかめたときだった。
「っんむ」
上から覆い被さってくる渡利に唇を塞がれ、目を見開いた。
胸ぐらを掴む手を離すのに気を取られていた矢先のことだった。訳も分からず口付けをされ、全身が緊張する。
「っん、っぅう……ッ」
咄嗟に顔を逸らそうとするが、すぐに唇の端を舐められ唇に吸い付かれた。
今の流れでどうしてこうなるんだ、馬鹿だろ。
まともに初めて感じた他人の唇の柔らかさを堪能する余裕なんかなくて、胸の底から込み上げてくる不快感にただただ気分が悪くなり、咄嗟に俺は足をバタつかせる。が、渡利の手によって押さえ込まれた体はまともに動かず、ただの身動ぎになって終わる。
「ふッ、んん……っ」
息苦しい。
何度も顔を逸らそうとしてもその度に顎を掴まれキスをされ、ただ唇を抉じ開けようとしてくる渡利の舌を堅く結んだ唇で拒絶することだけで精一杯で。唾液で濡れた唇が、這わされる舌が、他人の感触が酷く気持ち悪くて堪らない。
怖い。
「んっ、ぅ……」
貪るように唇を舌でなぶられ、吸われ、その感触に耐えられず、俺は渡利の顔を手のひらで掴み、強引に唇を離させた。
すると、渡利はあっさりと身を引いた。が、相変わらず上からは退かない。
胸ぐらを掴んでいた手が離れ、脱力した俺はそのまま床の上に落ちる。
「……正気?」
そして、唾液で濡れた唇をごしごしと肩口で拭えば、同様、唇を舌で拭う渡利は「本気だ」と静かに続ける。
「嫌なら、嫌って言えよ。やめるから」
こいつ、まさか俺を試すつもりか。
「嫌なら言えよ」
緊張する全身の筋肉。のし掛かってくる渡利の声が落ちてくる。
我慢比べということか。ここまで渡利が体張ってくると思わなかっただけに狼狽えずにはいられなかったが、ここで『やっぱ嫌だ』なんて言ったら渡利の思うツボだ。
無力に等しい今、渡利の協力は必要不可欠なもので、俺に残された選択肢は一つしかない。
なんとしても我慢比べに勝ち、渡利の言いなりにならないことだ。
「っ、別に……大丈夫だから。ヤるならさっさと済ませてよ」
「震えてんだろうが!」
「だから、大丈夫だってば。そっちこそ、無理しないで止めたらいいじゃん。別に軽蔑しないよ」
そう強張る頬を弛め、笑いかければ、渡利は「……っ馬っ鹿じゃねえの」と吐き捨てる。
相手につけ込まれないよう見栄を張ってみるが、やはり、キツい。
いくら馬淵の体とは言えど、俺の意思がある限りこの体は感触諸々を伝えてくる媒体になるわけで。
肩に触れた手が、首筋に触れる唇が、渡利が動く度に掠る黒髪が、吐息が、濡れた舌が。それらの感触が鮮明に伝わり、頭が可笑しくなりそうだった。
「は、……っ」
犬みたいに首筋を舐められ、浮き出た血管を丹念にしゃぶられる。
ヤるだとか言うから突っ込んでさっさと終わるのかと思ったら、なんだこれは。まるで壊れものでも大切に扱うような手で触れられ、思考回路が乱れ始める。
ああ、あれか。時間をかけて俺が嫌がるのを待ってるわけか。渡利のくせに、やることなすこと質が悪い。
「っ、ぁ、んぅ……ッ」
静まり返った室内に荒い息遣いと濡れた音が響き、這わされる舌は徐々に下がる。
唾液で濡れた熱い舌で鎖骨をなぞられ、全身が粟立った。
これは、馬淵の体だ。俺がされているわけではない。
他人を意識するな。すぐ終わる。
そう、部屋の窓に目を向けやり過ごそうとするが、上で動く他人の存在というのはなかなか厄介で、それをまったく意識しないというのは至難のわざだった。
首筋に噛み付かれ、皮膚に歯が食い込む。
ピリッとした痛みが走り、「ぅ」と小さな呻き声が漏れる。
すぐに歯は取れ、噛み跡全体を舐められ、吸うようにキスをされた。
唇で皮膚を吸われればちゅっとリップ音が響き、必死にただ舐められてるだけだといい聞かせ平静を保たせるも、込み上げてくる全身の熱は収まらない。
不意に、唇が離れる。
その隙を狙って唾液にまみれた首筋を拭おうとしたとき、不意に下腹部に渡利の手が伸びた。
「……っ」
腹部を撫で付けるようにスウェットのウエストの中へと入り込んでくる無骨な手の感触に全身が緊張し、無意識に息を飲んだ。
スウェットの中をまさぐるようなその手に耐えられず、気付けば俺は渡利の腕を掴んでいた。
「おい」
嫌ならやめるぞ。そう言いたそうな、窺うようなその渡利の目に見据えられ、俺はおずおずと手を離し、そのままやり場に困った手を床につく。
無言で目を逸らせば渡利は舌打ちをし、そのまま下着越しに性器を鷲掴まれた。
「強がってんじゃねえよ、糞っ」
「強がってなんか、ッ……つ……ぅ……ッ」
毒吐く渡利の手のひらにそのまま下着の上から下腹部を柔らかく押し潰すように揉まれ、下腹部から全身にかけてぞくりと快感にも似た感触が走る。
スウェットの中の乱暴な手付きに腰が動き、くすぐったさと心地好さに身動ぐ。
「っん、ぅ、くぅ……ッ」
全体を握り締めるように摩擦され、薄い布越しに伝わってくるそのもどかしい感触に股を擦り合わせた。
糞、このくらいで感じるなよ。そう、馬淵の体に呼び掛けるが勿論返事が返ってくるはずがなく、輪郭をなぞるように撫でてくる指先の感触を堪えるように俺は唇を固く紡ぐがその代わりに息が荒くなってしまい、乱れる。
「っ、ふ、ぅ……あ……っ」
全身の熱が渡利が触れる下腹部に集まり、嫌でも自身が勃ち上がるのを感じた。
こんなことをなにが楽しいんだろうか、こいつは。さっぱり理解できない。悪趣味過ぎる。他に趣味はないのか。馬鹿が。これだから不良は嫌なんだ。頭が悪すぎる。こんなことしたってなんの得にもなりやしないというのに。
現実から逃げるようにただひたすら頭の中で渡利を罵倒する。
それでも摩擦するそれは止まらず、勃つ性器を手のひらで包み込み、布で包んだまま擦るその手は加速するばかりで。
乱暴に擦られれば擦られるほど渡利の手の中で硬度を増す自身が忌々しくて堪らない。
先走りが溢れ始めたのか衣擦れ音に混ざってくちゅりと濡れた音が立ち、じわじわと顔が熱くなる。
「っ、んっ、ぅっ、く……ッ」
ああ、本当、なにが楽しいんだ。理解出来ない。
全身の神経が下腹部に集まり、敏感になり始めるそこを擦られれば擦られるほど腰が跳ねるようにビクつき、渡利の手から逃げるように後ずさるが効果はなく、ただ、俺はされるがままになる。
生理現象というのはなかなか厄介で俺の意思に反して現れるから嫌いだ。
先走りで濡れた下着を側面に巻き付けるに擦られればガチガチに勃起し、次第に息が苦しくなる。
すぐ耳元で鼓動が鳴り、ぞくぞくと背筋が震えた。
渡利の手が突っ込まれたスウェットの中がどんなことになってるかなんてわからなかったが、嫌でも自分がどうなるかはわかった。
「っ、は、ぁっ、んんっ、んぅッ」
側面から先端まで、手のひらで包まれたそれを絞るように全体を擦りあげられれば、食いしばった唇の端から唾液が垂れる。
馬鹿みたいに全身が緊張し、気付けば自分の手は渡利にしがみつくようにその服を掴んでいた。
そんな俺を驚いたようになにか言いたそうな目で見る渡利だが摩擦する手を止めるわけでもなく寧ろそれは早まるばかりで激しく擦られれば、自然としがみつく手に力が入った。
ああ、やばい。やばい。やばい。イキたくない。イかされる。なんでこんなやつなんかに。嫌だ。嫌だ。
気持ち良い。
「はっ、う、くぅ……ッ!!」
瞬間、ドクンと鼓動は大きく鳴り、目の前が真っ白になる。
呻き声を漏らし、ビクンと腰が跳ね、下着の中に嫌な感触が広がった。不意に渡利の手が止まる。
ぐったりと床の上に横たわり、はっはっと犬みたいに浅く息を取り込む俺を覗き込む渡利と目が合い、なんだかもう生きた心地がしなかった。
なにをやっているんだろうか、俺は。そんな虚無感が全身を支配し、絶望に似たやるせなさに息が漏れる。
その矢先のことだった。ずるりと渡利の手が引き抜かれ、白濁で濡れたその手をスウェットにかけた渡利にそのまま乱暴に脱がされる。
「っ、なにして……ッ」
まさか、まだやるのか。
てっきりイったら終わりだと思っていただけに軽いショックを受けた俺は慌てて足をバタつかせて抵抗しようとするが敵うはずがなく、腰を押さえ付けられあっさりとスウェットを脱がされる。
続けざまに汚れた下着まで脱がされ、下半身を隠すものがなくなりやけに風通しがよくなったそこに耳が熱くなるのがわかった。
服の裾を掴み、ぐいぐいと引っ張るように隠しながら渡利を睨む。
「やめたいならやめるぞ」
「……そっちこそ」
どうやら渡利も折れる気がないようだ。
喘いでる馬淵を見てさっさと折れるかと思ったが、心なしか渡利の顔が赤い。息が荒い。
そして、なんでこいつは勃起してるんだ。病気か。
ああ、本当どいつもこいつも趣味が悪いやつばかりで嫌になる。
不自然に膨れた相手の下腹部に目を向けた俺は、目を細め、目の前の渡利を軽蔑せずにはいられなかった。
指だ。指が入ってくる。
体の負担を考えれば昼間突っ込まれたモップの柄よりかは格段ましだとはわかっていたが、体温を持った人の指なんて俺からしてみればモップの柄よりも不愉快で堪らなかった。
夕暮れ時。鳥の鳴き声に混じって聞こえてくる帰宅途中の学生たちの楽しげな声がやけに遠くから聞こえてくる。
未だ、渡利から解放されない。
「……っ、く、ぅん……ッ」
「こんくらいで痛がってどうすんだよ、もっと痛いことするんだぞ」
「……っうっさいんだよっ、痛くないってば……っ」
M字に開くように腿を掴まれ、持ち上げられる腰。露出したそこに先ほど射精したときの精液を塗りたくられる。
唾液と白濁を絡ませた人差し指をずぷりと埋め込まれ、そのまま中を撫で付けるように指を差し入れされればされる程傷付いた内壁は小さな痛みでヒクつき、自然と呻き声が漏れた。
「ッん、ぅ……ッ」
「おい」
「だから……いたくないってば……ッ」
本当は、かなり痛い。でも一度でも弱音を吐いたら我慢出来なくなりそうで、歯を食いしばり必死に堪える。
異物を突っ込まれたお陰で腫れて熱を孕んだそこは敏感になっており、少し触れただけでピリリと嫌な感触が背筋に走った。
顔が強張り、汗が滲む。
「まじで馬鹿だろ、信じらんねえ」
「やなら、やめ……っんんッ」
呆れたような顔をする渡利にそう今はもうお決まりの言葉を投げ掛けようとした瞬間、体内に埋め込まれ、慣らしていた渡利の指が引き抜かれた。
拍子に指全体で中を擦られ、その刺激に下腹部が打ち震える。
そして、ようやく失せる異物感に安堵に似た脱力感を覚えたときだった。
「お前がやめるって言うまでやめねえっつっただろうが……っ」
睨むようにこちらを見下ろす渡利はそう、吐き捨てるように続け、腿を腹部に押し付けるように大きく開かせる。
食い込む指。ぎしりと股関節が軋んだ。
痛い。そう感じた矢先、ジッパーが下ろす音が聞こえ、俺は目を見開く。
正気か、こいつ。
「はっ、ぁ……ッ」
膝立ちになった渡利に丁度良いように腰を高く持ち上げられ、傷だらけの体が悲鳴を上げる。
呼吸が上手く出来ない。取り出された勃起した性器に釘付けになった俺の顔面から血の気が引いていく。そのまま宛がわれる勃起したその先端、太さはホースやモップの柄とは比にならない。
ああ、嫌だ。嫌だ。久保田。久保田。久保田。俺は男に犯されたくない。嫌だ。初めてなのに。どうせなら、久保田に。違う、これは俺の体じゃない。落ち着け、これは馬淵の体だ。こいつの体がどうなろうと俺には関係ない。だから、大丈夫だ。俺なら我慢出来る。いや、無理だ。あんなもの入らない。頭沸いてんじゃないのか。なんでそうなるんだ。
乱れ始める思考回路の中。混乱する俺を他所に宛がわれる肉質のあるそれに俺は「ひっ」と息を飲む。
躊躇うような顔をしてこちらを見る渡利だったが、それも束の間。青い顔をしたままなにも言わずに呆然としている俺に痺れを切らした渡利はそのままぐっと腰を掴み、それを捩じ込んできた。
それからもうひたすら拷問だった。
「っ、あッ、ぁあ゙……っ!」
裂けるような下腹部の痛みのあまりに開いた口からは呻き声が漏れ、それでも構わず挿入してくる勃起した性器に全身が強張った。
何度も馬淵に挿入させたことはあったし、それを傍観したこともあった。
しかし、挿入されたのは初めてで、雑ながらも慣らされたはずだったがあまり効果があったようには思えなかった。
みちみちとなにかが裂けるような音、感触が走り、嫌な汗が滲む。
「くぼ、た……ッ!くぼたぁ……っ!」
すがるように渡利の肩を掴み、力いっぱい指を食い込ませる。
無意識に、口から助けを求める声が漏れた。どうやら渡利はそれが気に入らなかったようだ。
「っ、呼ぶなって言ってんだろ!」
眉をしかめ、そう怒鳴る渡利は悶絶する俺を攻撃する代わりに腰を進めてきた。
渡利なりに気を遣ってくれていたのかゆっくり挿入されるそれに油断していただけに、一気に奥まで突っ込まれ声にならない声を上げる。
腫れた内壁の痛みと裂くように、捩じ込まれる異物による痛み。
二つの痛みが重なり、あまりの激痛に見開いた目から涙が滲んだ。
僅かに狼狽える渡利だったが決して中断はさせず、根本奥深くまで挿入した状態のまま、間近で俺を見据えてくる。
「それ以上他のやつの名前呼んだらお前の言うこと聞かねえぞ」
「……ッ」
低い声で脅され、無意識に全身がすくんだ。
なんでそんな命令までされなきゃいけないんだ。そう言いたかったが、俺が今ここまで渡利に尽くしている目的を思い出せば自然と唇は閉じる。
馬淵の体の今、どうしても渡利の気分を損ねるわけにはいかなかった。
「っんっ、くぅッ、んぅっ」
大人しくなった俺を一瞥した渡利は再び挿入を始める。
溢れる先走りを塗り付けるように中を摩擦され、何度も腰を打ち付けられた。
肌を打つ感触が、中で膨張するその熱が、腿と腰を掴む大きな手が、接触するなにもかもが不快で不快で堪らないのに、それ以上に不安にも似た感覚が全身を襲う。
「あっ、ぐ……っんくっ!ぅっ、んっ!」
早く、終われ。
奥を突かれる度に喉奥から声が漏れ、背筋がぞくぞくと震えて自然と胸が仰け反ってしまう。
肌と肌がぶつかる度に四肢が揺れ、濡れた渡利の性器が結合部を出し入れする目の前の光景に耐えられなくなった俺はぎゅっと目を瞑った。しかし、それも束の間。
「目を開けろ」
腹の底から這うような低い声と同時に、伸びてきた手に前髪を掴まれる。
上半身が起き上がったとき、乱暴に中を突かれその痛みに目を見開いた。
至近距離、渡利と目が合う。
「余所見すんじゃねえよ、俺を見ろ、目を逸らすな、今お前に突っ込んでんのは俺だっ!」
垂れた前髪のその隙間、睨むようなキツい眼差しが向けられる。
先ほどと比べ物にならないくらい激しくピストンされる度にぐちゅぐちゅと濡れた摩擦音が下腹部から漏れ、その動きに耐えられない馬淵の体がガクガクと痙攣し始める。
「っ、渡利、わた、ぁっ、んっ、渡利ッ!クソッ、んんっ!」
「ほら、しっかり目に焼きつけろよ、なあ!馬淵!」
「……っあっ、んく……っ、やっ、ぁ……ッ!っぁ、あ、ああっ!」
白ばむ視界、だらしなく開いた唇から涎が溢れ、突かれる度に思考が飛んだ。
視界には何度も何度も何度も何度も激しく打ち付けてくるそれと自分の下腹部が目に入り、よく見ると腰を打ち付ける度に飛び散る体液に血が混じってるのを眺め、どおりで痛いわけだとか思いながら俺はあまりの痛みに頭がふわふわしてきて目の前の光景が現実なのかはたまた夢なのか判断つかなくなる。
「あッ、ひぃっ!」
そして、やがてその痛みすら心地よくなるという末期症状が現れ始めたとき、体内でビクンと跳ねた渡利のものから熱い液体が溢れた。
間違いなくそれは夢でもなんでもない現実のもので、ぞっとするくらい体内に注がれる精液に腰が大きく跳ね、いつの間にかに勃起していた自身のものから精液が飛び出す。
違和感で膨れた腹は重く、全身が気だるい。
射精後。乱れた吐息を整えるように浅く呼吸を繰り返し、ゆっくりと引き抜かれるそれの感触に僅かに下腹部が痛む。
遮る蓋が無くなり、起き上がろうと四肢に力を入れたせいで開いた肛門から白濁が溢れ出した。ぬぷりと熱い液体が溢れ、身の毛のよだつ。
渡利の肩を押し退け、上半身を起こした俺はそのまま異物を捩じ込まれあまつさえ中に出されたそこに手を伸ばし、腿を滴るそれを掻き出した。
「っ、ん……ぅ……ッ」
爪を立てないよう指の腹で擦るように中を掻き出そうとすれば熱を孕んだ内壁が疼く。
声を出さないよう唇を結ぶが、小さな呻き声が漏れてしまった。
あまりの腹部の違和感に我慢出来ずに、指に絡みつくねっとりとした液体をそのまま乱暴に掻き出す。
中に突っ込んだ指を動かす度にくちゅくちゅと耳障りな濡れた音が立ち、酷くいたたまれなくなる。
どうやらそれは俺だけではないようだ。
「……馬淵」
乱れた衣服を整える渡利は、なにか言いたそうな目でこちらを見る。
まさかまだやるというのか。そう嫌な予感がしたが、どうやらそのつもりはないようだ。
「……中にまで出したんだからさぁ、守ってよね」
床を汚さないようゆっくりと膝を立て、下腹部を隠すように肛門に指を這わせた俺は「約束」と小さく唇を動かした。
奥に流れ込んでいた精液がどろりと溢れ、つぅっと腿を伝い落ちる。
それを手で拭ったとき、渡利の顔が一層険しくなった。
「勝手にしろ……っ」
そして立ち上がった渡利はそう唸るように吐き捨て、そのまま部屋を出ていった。
俺の態度か言葉か行動か、いずれかが渡利の癪に触れたようだ。
自分がやりたいようにしたくせに、意外と自分勝手というか。
別に優しくされたいというわけではないが、自分の精子くらい自分で後片付けしてほしい。
「……」
まあ、いいや。約束は約束だ。あいつが俺の言うことを聞いてくれるのなら構わない。
丁度足元に出来た赤が混じった白濁の水溜まりを見詰め、そして、近くにあったティッシュボックスを手に取った。
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αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
すれ違い片想い
高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」
ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。
※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。
他の短編はノベプラに移行しました。
恭介&圭吾シリーズ
芹澤柚衣
BL
高校二年の土屋恭介は、お祓い屋を生業として生活をたてていた。相棒の物の怪犬神と、二歳年下で有能アルバイトの圭吾にフォローしてもらい、どうにか依頼をこなす毎日を送っている。こっそり圭吾に片想いしながら平穏な毎日を過ごしていた恭介だったが、彼には誰にも話せない秘密があった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
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