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前編【誰が誰で誰なのか】
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馬淵宅。
渡利に引っ張られるようにして帰ってきた俺は生乾きの制服を脱ぎ、私服に着替える。
やることもなく自室でぼんやりしていると、不意に自室の扉が開いた。
渡利だ。
「取り敢えず洗濯しといたから」
そんなことを言いながら部屋へ入ってくる渡利は「体は?痛むか?」と心配そうに声をかけてくる。
「腹に力が入らない」
「だろうな、骨が折れてないだけましだろ」
「取り敢えず寝とけよ。一応風呂入れとくから沸いたら入れ」相変わらず上から目線の渡利。
それもそれで気に入らなかったが、俺が気になったのはそこではなかった。
「風呂?」
渡利の言葉にそう目を丸くさせれば、渡利は「無理そうか?」と聞き返してくる。
無理とかよりも、俺にとって人の家で人のために無駄に動く渡利の方が不思議だった。
ただ単に馬淵の体が心配なのか。だとしてもあまりのお節介っぷりになんだか引いてしまう。
こいつのためにそこまでするか、と。
「いや、大丈夫」
寧ろ風呂には入りたかったところだ。そう頷き返せば、渡利は「わかった」とだけ答えた。
もし、渡利の立場が俺で相手が弱った久保田なら俺はなにからなにまで面倒を見てやるだろう。
そういうものなのだろうかと納得する反面、俺と久保田をこいつらに重ねてしまったことに自己嫌悪した。
渡利が風呂を見に行き、再び俺は部屋に一人になる。
ああ、久保田に会いたい。久保田に会いたい。
こうしている間も馬淵の糞野郎が久保田にちょっかいかけているかもしれないと思ったら、無理矢理でも体を動かしていきたいところだったが、何故だろうか、体が動かない。
間違いなく全身打撲してるというのが大きな理由だろうが、なんとなく違和感が拭えない。
まるで、体が動くことを拒否しているような。思考と筋肉が噛み合わなかった。
まあ、もしかしてそう思い込んでいるだけで自分の潜在意識が拒否しているというのが一番らしいのかもしれないがあれくらいで怖じ気付くようなヘタレた性格はしていないつもりだ。
といくら強がったところで命の危険を感じたのも思い通りにいかず絶望したのも諦めかけていたことも事実だ。渡利が少しでも遅れていたら俺はどうなっていたのだろうか。
タンク。水をいっぱいに注ぎ込んだタンクはどうなるんだろうか。
そこまで考えて、穴という穴から水を溢れ出させる自分を想像してしまい慌てて思考を振り払う。
どうも、ネガティブな思考ばかり考えてしまう。馬淵の体だからだろうか、根暗が伝染してしまったようだ。気を取り直して、別のことを考えることにする。
そう言えば渡利。あいつはなんであそこに来たのだろうか。たまたま通りがかったようには思えない。
俺を探していたにしろ、なんで遅くなったんだとか、結果的助かっただけましなのだろうがあの調子に乗った不良連中を逃がしてしまったのは不愉快極まりない。
そんなことを考えていると、不意に部屋の扉が開いた。勿論、渡利だ。
「馬淵、入ったぞ」
それにしてもこいつはよく働くな。
もしかしてここの家の連中よりも働いてるんじゃないかと思うくらいだ。まあ、楽だからいいが。
「立てるか?」
座り込んだ俺に近付いてくる渡利はそう尋ねてくる。
「引っ張って」そう手を差し出せば、「甘えんなよ」と呆れたような顔をする渡利だったがその腕を掴み引っ張り立たせてきた。
「……」
言ってみるもんだな。
思いながら手を離す目の前の渡利を見上げれば、至近距離で目が合った。
そのまま見つめれば、視線に堪えきれなくなった渡利は気恥ずかしそうに顔を強張らせ目を逸らす。
「……なんだよ」
「渡利君っていいお父さんになりそうだよね」
そう呟けば、渡利は「は?」と目を丸くさせる。
詳しく言うなら、モンスターペアレント。まあ、今も対して変わらないのかもしれないが。
なにか言葉を深読みしようとしているのか相変わらずきょとんとしアホ面晒す渡利から視線を逸らした俺は「まあいいや」と言いながら壁を伝うように扉へ向かう。
「あっ、おい。一人で大丈夫か?」
「……なにが」
「風呂」
「なに、渡利君一緒にお風呂入るつもりなの」
「一人じゃ辛いだろ」
素で心配してくれているようだ。呆れる俺に対し、真面目な顔をする渡利。
まあ確かに多少支障は出るかもしれないが、赤の他人と入るよりかは幾分ましだ。
第一、こいつはなんだ。馬淵を赤ん坊かなにかと勘違いしているのか。甘過ぎるんだよと怒鳴りたいところをグッと堪え「いらない」とだけ答えた俺はそのまま部屋を出る。
浴室。
ハラハラした顔でついてこようとする渡利を振り払い浴室へ移動した俺は手っ取り早く体を洗い流しそのまま浴槽に浸かる。
若干シャワーに対し恐怖心を感じたが、生活に支障が出る程ではない。
くそ、あの場にいた連中全員捕まえて一人一人俺と同じ目に遭わせてやる。
そう野心を燃やしていると浴室扉の外から『なあ』とくぐもったような渡利の声が聞こえてきた。
あいつ、ついてこなくていいって言ったのに。内心呆れながら扉の磨りガラスに映る渡利の影を睨む。
「なに」そう突っぱねるように聞き返す俺。すると、渡利は『お前、携帯どうしたんだ?』と尋ねてきた。
「携帯?」
「携帯。制服確かめたけどないぞ」
洗濯して衣服を調べたときに気付いたようだ。
無駄に気が利くというか、なんというか。
「あー……」と唸るように呟いた俺は深く息を吐く。まあ、どうせ渡利に言うつもりだったしいいか。
『どうかしたのか?』
「渡利君、古屋知ってる?」
『古屋?』
第三者として自分の名前を口にするというのはなかなか不思議な感じだ。
「古屋将。ほら、この前僕に絡んできたやつ」そう続ければ、渡利は『ああ』と思い出したように声を上げる。
『よく久保田とかいうやつにくっつき回ってるあいつだろ。性格悪そうな顔した』
喧嘩売ってんのかこいつ。
表情にはかなり気を付けているだけに、こんな風に言われたのは初めてだ。
誰彼構わず睨むようなお前よりましだと腸煮え繰り返りそうになるが、必死に堪える。
『どうした?そいつにまたなんかされたのか?』
まただと?
押し黙る俺に対し、サラリと気になることを口にする渡利にピクリと反応する俺。
気になったが、今聞いても怪しまれるだけだろう。俺は「携帯取られた」と口を開いた。
「奪い返してきて」
『は?あいつから?』
「渡利君を呼ばせないよう取られたんだ。それで、いきなり不良つれてきて」
「渡利君が来てくれたからよかったけど、もしまた今回みたいなことがあると思ったら……」嘘はついていないはずだ。
そうわざとらしく声を震わせ、ぼそぼそ喋れば磨りガラスの向こう側の渡利は黙り込む。
不自然な沈黙。
すぐに乗ってくれると思っていただけに、僅かに違和感を覚えた。が、それも束の間。
『本当に携帯取られたんだよな』
そう尋ねてくる渡利。
しつこいやつだな。思いながら、俺は「そうだよ」と続ける。
「この前みたいに逃がさないでよ、半殺しにしていいから」
あのときの馬淵のやり取りを思い出し、再びイラつきが込み上げてくる。
つい興奮して本音を口にしてしまったが、渡利は『いいのか?』と確認してくるだけで。
自分を落ち着かせるため、湯船で顔を洗った俺は鬱陶しい前髪を掻き上げ「なにが」と聞き返す。
『前、あいつに手を出すなって言ってたじゃねえか』
すると、渡利から返ってきたその言葉は意外なものだった。
馬淵がか?俺に?
一瞬耳を疑ったが、ここで黙り込んでは怪しまれるかもしるない。
「気が変わった」それだけを呟けば、磨りガラス越しの渡利の陰が動いた。
『……携帯取り返せばいいんだろ』
どうやらようやくわかってくれたようだ。
尋ねてくる渡利に内心ほっとしながら俺は「うん」と全身の緊張を弛る。
「なるべく早くね」
無意識に笑みが浮かんだ。
「そう言えば、どうして遅くなったの?」
風呂上がりの自室にて。
適当な服に着替え髪を乾かす俺は畳まれた布団の上に腰をかけ、床の上で胡座を掻く渡利に目を向ける
どこかぼんやりしていた渡利はどうやら人の話を聞いていなかったようだ。
「は?」と聞き返してくる渡利に俺は「助けに来てくれるの」と短く答える。
すると今度はちゃんと聞いていてくれたらしく、渡利は「ああ」と面倒臭そうな顔をした。
「知らねーよ、お前探してたらいきなり指導のやつに引っ張られたんだよ」
「ふーん」
特になにも言わずにそっぽ向く俺に、隣までやってきた渡利は「怒ってんのか?」と尋ねてくる。
渡利を一瞥した俺は、「別に」とだけ答え視線を逸らした。
実際、渡利に怒りなんて覚えてない。
もう少し早ければだとか思うところはあったが、悪いのは馬淵含めたあの不良連中だ。渡利に遅いと怒ったところで意味はない。
「でも、もう僕から離れないでよ」
暴行を加えられ未だ熱を帯びる腹部を濡れたタオルで冷やしながら俺はそう続ける。
言ってから、なんか紛らわしいなと後悔したが他に言いようがない。
だが、今回のことで渡利がいなくなった馬淵の体は見事なまでの役立たずだとわかったので渡利に離れて欲しくないのも本音だ。
訂正しない俺の言葉に目を丸くした渡利だったが、「じゃあお前が授業出ないで俺のとこいたらいいだろ」とかなんとか言い出した。
なにを言い出すんだこいつ、そんなことしたら久保田と授業受けれなくなるだろう。
確かに一番安全だろうがそれでは本末転倒だ。
勿論そんなこと了承できるはずがなく、俺は「やだ」と即答する。
「教室でも一緒にいて」
「いやクラス違う時点で無理だから」
「つーかなにお前、いつからそんな甘えたになったんだよ」そして、呆れたように顔をしかめた渡利はこちらを見てくる。
「嫌?」目が合って、それを見詰めながら聞き返せば渡利は慌てて目を逸らした。
「…………や、嫌とかそういうあれじゃないけどなんかお前、なんか、変っていうか」
そんなに変か。
俺的に馬淵のなよなよしたイメージを完璧にコピー出来てると思ったのだが。
敢えてなにも答えずにいると、渡利はハッと閃いたような顔をした。
「別に、普通だと……って、何?」
そう適当に流そうとすれば、不意に近付いてきた渡利に気付き、そのまま見上げる。
訝しむように渡利を睨めば、ビクッと全身を跳ねさせた渡利はそのまま目を逸らした。
「……あ、いや、その……悪かった」
「助けるの、遅くなって」そして、そう気恥ずかしそうしそうにどろもどろと謝罪を口にする。
その顔はどこか申し訳なさそうで、俺は『なんだこの空気は』と顔をしかめた。
もしかして渡利は自分が責められていると勘違いしているのだろうか。
項垂れる渡利を見据えたまま俺はどう反応すればいいのか考え込み、「そうだね」と口を開く。
「今度から気を付けてね」
「…………」
言いながら然り気無く背中に回してきていた渡利の手を振り払い、俺は「トイレ」とだけ言って自室を出た。
どうも、俺はああいう空気が苦手なようだ。馴れない。
渡利に引っ張られるようにして帰ってきた俺は生乾きの制服を脱ぎ、私服に着替える。
やることもなく自室でぼんやりしていると、不意に自室の扉が開いた。
渡利だ。
「取り敢えず洗濯しといたから」
そんなことを言いながら部屋へ入ってくる渡利は「体は?痛むか?」と心配そうに声をかけてくる。
「腹に力が入らない」
「だろうな、骨が折れてないだけましだろ」
「取り敢えず寝とけよ。一応風呂入れとくから沸いたら入れ」相変わらず上から目線の渡利。
それもそれで気に入らなかったが、俺が気になったのはそこではなかった。
「風呂?」
渡利の言葉にそう目を丸くさせれば、渡利は「無理そうか?」と聞き返してくる。
無理とかよりも、俺にとって人の家で人のために無駄に動く渡利の方が不思議だった。
ただ単に馬淵の体が心配なのか。だとしてもあまりのお節介っぷりになんだか引いてしまう。
こいつのためにそこまでするか、と。
「いや、大丈夫」
寧ろ風呂には入りたかったところだ。そう頷き返せば、渡利は「わかった」とだけ答えた。
もし、渡利の立場が俺で相手が弱った久保田なら俺はなにからなにまで面倒を見てやるだろう。
そういうものなのだろうかと納得する反面、俺と久保田をこいつらに重ねてしまったことに自己嫌悪した。
渡利が風呂を見に行き、再び俺は部屋に一人になる。
ああ、久保田に会いたい。久保田に会いたい。
こうしている間も馬淵の糞野郎が久保田にちょっかいかけているかもしれないと思ったら、無理矢理でも体を動かしていきたいところだったが、何故だろうか、体が動かない。
間違いなく全身打撲してるというのが大きな理由だろうが、なんとなく違和感が拭えない。
まるで、体が動くことを拒否しているような。思考と筋肉が噛み合わなかった。
まあ、もしかしてそう思い込んでいるだけで自分の潜在意識が拒否しているというのが一番らしいのかもしれないがあれくらいで怖じ気付くようなヘタレた性格はしていないつもりだ。
といくら強がったところで命の危険を感じたのも思い通りにいかず絶望したのも諦めかけていたことも事実だ。渡利が少しでも遅れていたら俺はどうなっていたのだろうか。
タンク。水をいっぱいに注ぎ込んだタンクはどうなるんだろうか。
そこまで考えて、穴という穴から水を溢れ出させる自分を想像してしまい慌てて思考を振り払う。
どうも、ネガティブな思考ばかり考えてしまう。馬淵の体だからだろうか、根暗が伝染してしまったようだ。気を取り直して、別のことを考えることにする。
そう言えば渡利。あいつはなんであそこに来たのだろうか。たまたま通りがかったようには思えない。
俺を探していたにしろ、なんで遅くなったんだとか、結果的助かっただけましなのだろうがあの調子に乗った不良連中を逃がしてしまったのは不愉快極まりない。
そんなことを考えていると、不意に部屋の扉が開いた。勿論、渡利だ。
「馬淵、入ったぞ」
それにしてもこいつはよく働くな。
もしかしてここの家の連中よりも働いてるんじゃないかと思うくらいだ。まあ、楽だからいいが。
「立てるか?」
座り込んだ俺に近付いてくる渡利はそう尋ねてくる。
「引っ張って」そう手を差し出せば、「甘えんなよ」と呆れたような顔をする渡利だったがその腕を掴み引っ張り立たせてきた。
「……」
言ってみるもんだな。
思いながら手を離す目の前の渡利を見上げれば、至近距離で目が合った。
そのまま見つめれば、視線に堪えきれなくなった渡利は気恥ずかしそうに顔を強張らせ目を逸らす。
「……なんだよ」
「渡利君っていいお父さんになりそうだよね」
そう呟けば、渡利は「は?」と目を丸くさせる。
詳しく言うなら、モンスターペアレント。まあ、今も対して変わらないのかもしれないが。
なにか言葉を深読みしようとしているのか相変わらずきょとんとしアホ面晒す渡利から視線を逸らした俺は「まあいいや」と言いながら壁を伝うように扉へ向かう。
「あっ、おい。一人で大丈夫か?」
「……なにが」
「風呂」
「なに、渡利君一緒にお風呂入るつもりなの」
「一人じゃ辛いだろ」
素で心配してくれているようだ。呆れる俺に対し、真面目な顔をする渡利。
まあ確かに多少支障は出るかもしれないが、赤の他人と入るよりかは幾分ましだ。
第一、こいつはなんだ。馬淵を赤ん坊かなにかと勘違いしているのか。甘過ぎるんだよと怒鳴りたいところをグッと堪え「いらない」とだけ答えた俺はそのまま部屋を出る。
浴室。
ハラハラした顔でついてこようとする渡利を振り払い浴室へ移動した俺は手っ取り早く体を洗い流しそのまま浴槽に浸かる。
若干シャワーに対し恐怖心を感じたが、生活に支障が出る程ではない。
くそ、あの場にいた連中全員捕まえて一人一人俺と同じ目に遭わせてやる。
そう野心を燃やしていると浴室扉の外から『なあ』とくぐもったような渡利の声が聞こえてきた。
あいつ、ついてこなくていいって言ったのに。内心呆れながら扉の磨りガラスに映る渡利の影を睨む。
「なに」そう突っぱねるように聞き返す俺。すると、渡利は『お前、携帯どうしたんだ?』と尋ねてきた。
「携帯?」
「携帯。制服確かめたけどないぞ」
洗濯して衣服を調べたときに気付いたようだ。
無駄に気が利くというか、なんというか。
「あー……」と唸るように呟いた俺は深く息を吐く。まあ、どうせ渡利に言うつもりだったしいいか。
『どうかしたのか?』
「渡利君、古屋知ってる?」
『古屋?』
第三者として自分の名前を口にするというのはなかなか不思議な感じだ。
「古屋将。ほら、この前僕に絡んできたやつ」そう続ければ、渡利は『ああ』と思い出したように声を上げる。
『よく久保田とかいうやつにくっつき回ってるあいつだろ。性格悪そうな顔した』
喧嘩売ってんのかこいつ。
表情にはかなり気を付けているだけに、こんな風に言われたのは初めてだ。
誰彼構わず睨むようなお前よりましだと腸煮え繰り返りそうになるが、必死に堪える。
『どうした?そいつにまたなんかされたのか?』
まただと?
押し黙る俺に対し、サラリと気になることを口にする渡利にピクリと反応する俺。
気になったが、今聞いても怪しまれるだけだろう。俺は「携帯取られた」と口を開いた。
「奪い返してきて」
『は?あいつから?』
「渡利君を呼ばせないよう取られたんだ。それで、いきなり不良つれてきて」
「渡利君が来てくれたからよかったけど、もしまた今回みたいなことがあると思ったら……」嘘はついていないはずだ。
そうわざとらしく声を震わせ、ぼそぼそ喋れば磨りガラスの向こう側の渡利は黙り込む。
不自然な沈黙。
すぐに乗ってくれると思っていただけに、僅かに違和感を覚えた。が、それも束の間。
『本当に携帯取られたんだよな』
そう尋ねてくる渡利。
しつこいやつだな。思いながら、俺は「そうだよ」と続ける。
「この前みたいに逃がさないでよ、半殺しにしていいから」
あのときの馬淵のやり取りを思い出し、再びイラつきが込み上げてくる。
つい興奮して本音を口にしてしまったが、渡利は『いいのか?』と確認してくるだけで。
自分を落ち着かせるため、湯船で顔を洗った俺は鬱陶しい前髪を掻き上げ「なにが」と聞き返す。
『前、あいつに手を出すなって言ってたじゃねえか』
すると、渡利から返ってきたその言葉は意外なものだった。
馬淵がか?俺に?
一瞬耳を疑ったが、ここで黙り込んでは怪しまれるかもしるない。
「気が変わった」それだけを呟けば、磨りガラス越しの渡利の陰が動いた。
『……携帯取り返せばいいんだろ』
どうやらようやくわかってくれたようだ。
尋ねてくる渡利に内心ほっとしながら俺は「うん」と全身の緊張を弛る。
「なるべく早くね」
無意識に笑みが浮かんだ。
「そう言えば、どうして遅くなったの?」
風呂上がりの自室にて。
適当な服に着替え髪を乾かす俺は畳まれた布団の上に腰をかけ、床の上で胡座を掻く渡利に目を向ける
どこかぼんやりしていた渡利はどうやら人の話を聞いていなかったようだ。
「は?」と聞き返してくる渡利に俺は「助けに来てくれるの」と短く答える。
すると今度はちゃんと聞いていてくれたらしく、渡利は「ああ」と面倒臭そうな顔をした。
「知らねーよ、お前探してたらいきなり指導のやつに引っ張られたんだよ」
「ふーん」
特になにも言わずにそっぽ向く俺に、隣までやってきた渡利は「怒ってんのか?」と尋ねてくる。
渡利を一瞥した俺は、「別に」とだけ答え視線を逸らした。
実際、渡利に怒りなんて覚えてない。
もう少し早ければだとか思うところはあったが、悪いのは馬淵含めたあの不良連中だ。渡利に遅いと怒ったところで意味はない。
「でも、もう僕から離れないでよ」
暴行を加えられ未だ熱を帯びる腹部を濡れたタオルで冷やしながら俺はそう続ける。
言ってから、なんか紛らわしいなと後悔したが他に言いようがない。
だが、今回のことで渡利がいなくなった馬淵の体は見事なまでの役立たずだとわかったので渡利に離れて欲しくないのも本音だ。
訂正しない俺の言葉に目を丸くした渡利だったが、「じゃあお前が授業出ないで俺のとこいたらいいだろ」とかなんとか言い出した。
なにを言い出すんだこいつ、そんなことしたら久保田と授業受けれなくなるだろう。
確かに一番安全だろうがそれでは本末転倒だ。
勿論そんなこと了承できるはずがなく、俺は「やだ」と即答する。
「教室でも一緒にいて」
「いやクラス違う時点で無理だから」
「つーかなにお前、いつからそんな甘えたになったんだよ」そして、呆れたように顔をしかめた渡利はこちらを見てくる。
「嫌?」目が合って、それを見詰めながら聞き返せば渡利は慌てて目を逸らした。
「…………や、嫌とかそういうあれじゃないけどなんかお前、なんか、変っていうか」
そんなに変か。
俺的に馬淵のなよなよしたイメージを完璧にコピー出来てると思ったのだが。
敢えてなにも答えずにいると、渡利はハッと閃いたような顔をした。
「別に、普通だと……って、何?」
そう適当に流そうとすれば、不意に近付いてきた渡利に気付き、そのまま見上げる。
訝しむように渡利を睨めば、ビクッと全身を跳ねさせた渡利はそのまま目を逸らした。
「……あ、いや、その……悪かった」
「助けるの、遅くなって」そして、そう気恥ずかしそうしそうにどろもどろと謝罪を口にする。
その顔はどこか申し訳なさそうで、俺は『なんだこの空気は』と顔をしかめた。
もしかして渡利は自分が責められていると勘違いしているのだろうか。
項垂れる渡利を見据えたまま俺はどう反応すればいいのか考え込み、「そうだね」と口を開く。
「今度から気を付けてね」
「…………」
言いながら然り気無く背中に回してきていた渡利の手を振り払い、俺は「トイレ」とだけ言って自室を出た。
どうも、俺はああいう空気が苦手なようだ。馴れない。
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