成り代わり物語

田原摩耶

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前編【誰が誰で誰なのか】

02

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「……あの、すみません。そこ、通りたいんですけど……」

 校舎内、男子便所。
 新しく出来た友人たちと授業サボって便所で話してると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 目を向ければ、馬淵がいた。
 便所に入りたいのに、洗面台俺たちが邪魔で入れないようだ。
 視線を逸らしながらそう弱々しい声を漏らす馬淵に、俺たちは目を合わせて笑う。
 丁度、友人たちに馬淵の話をしていたところだったのだ。
「ほら、さっき言ってたやつ」隣にいたやつにそう囁けば、「すげータイミング」とそいつは楽しそうに笑う。

「あれ、ふ、古屋……くん……?」

 視線を持ち上げこちらに目を向けてくる馬淵は、そう驚いたような顔をした。
 仮にも柄がいいとは言えない集団の中に見知った顔がいて安心したのだろう。
 それと同時に、なんで俺がこんなやつらと一緒にいるのかわからなかったようだ。
 久保田とつるむようになってから顔が広くなったお陰で色々な人脈が増えた。
 その中には周りからよく思われていないやつらもいた。
 敢えていうなら、ただそれだけだ。
 あまり仲良くなりたくない部類だったが、仲良くしといて損はなかった。
 特に、嫌いなやつを潰したいときに役に立つ。例えば、こういうときとか。

「ねぇ、君ってホモなんだってね。アナルってきもちーの?」

 不良の一人が可笑しそうに笑いながら馬淵に近付く。
 道を空けるどころか立ち塞がる不良に、馬淵は呆れたように目を丸くした。
 なんで知っているんだ。そう言いたそうな顔をして自分よりいくらか高い不良を見上げる馬淵が次に見たのは俺だった。

「古屋くん、まじでいいの?こいつやっちゃって」
「お前らサンドバッグ欲しかったって言ってただろ」

 助けを求めるようにこっちを見てくる馬淵を無視し、「あんま肉ついてねーから殴り心地悪そうだけどな」と笑いながら続ければ不安そうな馬淵の顔から徐徐に血の気が引いていく。

「古屋くん、これ、どういう……」

 震えた声。自分がこれからどんな目に遭うか想像ついたようだ。
 失望したような眼差しを向けてくる馬淵に笑いかける。

「気安く話し掛けんじゃねーよ、ホモ野郎」

 馬淵みたいなガリを複数で囲んで捩じ伏せるのは簡単だった。
 制服を剥いて窓から捨てて全裸にさせて殴って蹴って犯して。
 自分からそうさせるよう仕向けておいてなんだが、正直悪趣味極まりない。

 男子便所の隅。
 最初は抵抗していた馬淵だったが、殴られているうちに戦意喪失してしまったらしい。
 意識混濁した馬淵は、全身を性欲処理に使われていた。
 青白い肌には全身の痣がよく映える。
 そんなことを思いながら、俺は馬淵から目を逸らした。
 いい気味だ。加勢したいところだったが、馬淵がチクったときのことを考えれば出来なかった。
 汚れ仕事はこいつらだけがやればいい。俺はあくまで第三者だ。
 我が物顔で久保田の隣に座っていた馬淵が、今は雑巾以下の扱いを受けている。それ愉快でしょうがなかった。

「古屋、お前やんなくていいの?つまんねーだろ、見るだけなんて」

 馬淵の上に覆い被さり挿入していたやつは、そう笑いながらも腰を振る。
 冗談じゃない。誰が突っ込んだかわからないような汚いケツに欲情するほど、俺は落ちぶれてはいない。

「俺はいいよ。これ以上人数が増えたら馬淵が可哀想だし」

 薄ら笑いを浮かべながら答えれば、また別の生徒から「流石、古屋くんやっさしー」と茶化すような声が聞こえてきた。
 いくらバカでも、やつらはわかっているのだろう。
 俺の言葉がただの気休めだということを。
 複数の男に全身を嬲られていた馬淵は、目だけを動かして遠巻きに傍観していた俺に目を向ける。
 赤く充血した目が俺を捉えた。
 殺意がこもったようなその視線に微笑み返す。

「ごめんね?気、散らしちゃったかな」

 睨んでくる馬淵に、俺はそう声をかけた。
 今にも怒鳴ってきそうな気迫があったが、残念ながら馬淵の口は男性器で塞がっている。
 流石にこの状況で噛み千切るわけにもいかないと頭で理解できているようだ。馬淵は無言で俺を睨み続ける。

「じゃあ俺帰るから。誰か、見張りよろしくね」

 馬淵から視線を逸らした俺は、そう言って男子便所を後にした。
 とにかく気分がよかった。
 俺が「ホモ野郎」と口にしたときのあいつの顔。目を丸くし、次第に状況を飲み込んだ馬淵の顔が引きつっていく様は愉快でしょうがなかった。
 馬淵の姿を思い出せば、腹の底から笑いが込み上げてくる。
 このまま、さっさと自主退学してくれたら一番いいのだけれど。あの調子じゃ、多分無理だな。
 こちらを睨んでくる馬淵の顔を思い出せば、つい頬が緩んだ。
 まあ、あいつらには自主退学に追い込むまで好きにしていいと言ったので一回きりで終わることはないだろう。
 これから馬淵が学校に来る度に今日と同じような扱いを受けると思ったら、堪らなく気分がよかった。

 爽快感。今の俺を表すなら、その単語が一番しっくり来るだろう。
 俺はあいつに選りすぐりの友人を紹介したんだからもっと褒められるべきだよな。
 そんな冗談めいた思考を働かせながら、俺は友人たちの待つ教室へと向かう。

 翌日。
 いつも通り久保田の家に迎えに行った俺は、目の前の光景に浮かべていた笑みを凍り付かせた。

「おー、おはよーさん。古屋」

 言いながら元気に挨拶してくる久保田の横には、満身創痍のそいつがいた。

「……」

 じっと怨めしそうな顔をしてこちらを見てくる馬淵と目が合う。
 なんだ、その反抗的な目。つーかなんでまだこいつ久保田んちにいるんだよ。
 朝から元気に学校に行く気か?ハマったのか、こいつ。

「おはよー久保田」

 馬淵から目を逸らした俺は、言いながら久保田の元に歩いていく。
 再び馬淵を一瞥すれば、馬淵は無言で俺から顔を逸らした。
 久保田にチクったのだろうかと思ったが、当の久保田は至って通常通り俺に接してくる。

 どういうつもりなのだろうか。俺に対する態度は冷たいものの、久保田に対してはいつも通りの馬淵に不信感ばかりが募る。
 なにを考えているかがわからなかった。やっぱりあの時「久保田に近付くんじゃねー」とかそういうこと言っていた方がいいのだろうか。思いながら、俺たちはいつものように学校へ向かう。
 HRが終わり、退屈な授業が始まった。携帯電話を弄りながら、俺同様授業を退屈だと思っている友人とメールをして時間を潰す。
 カチカチカチとボタンを押し文を作っていると、新着メールが一件届いた。
 誰だろうか。思いながらメールを開けば、馬淵を押し付けたあの友人からだ。
 本文は無記入、画像が数枚添付されていた。

 周りに目を向け携帯電話を机の陰に隠した俺は、そのまま画像を見る。
 予想通り、それは馬淵の写メだった。
 友人の一人に、馬淵をやるときにはその様子を送ってくれと冗談で言ったのを真に受けたらしい。

 どうやら今日は外でやってるようだ。
 馬淵が抵抗してるせいか大体の写メがぶれまくっていたが、最後の一枚だけはちゃんと撮れていた。
 服をもぎ取られ、地面の上で全裸で丸まる馬淵を見下ろすようなアングルで撮られた写メだ。
 どうやら事後のものらしい。
 ぐったりとする馬淵を囲むように、数人の足元が写り込んでいた。
 昨日見たときよりも、なんとなく全身に出来た傷が増えたような気がする。
 馬淵の体に興味はなかったが、後々役には立つだろう。それに、馬淵が痛め付けられている姿を見るのは楽しい。
 昼間っぱらから元気だなと忍び笑いを漏らしながら、俺はメールを閉じた。



 放課後、いつものように友人たちとともに教室を後にする。
 これからどこへ行こうかだとかそんな話ばっかしながら廊下を歩いていると、なんとなく便所に行きたくなった。

「ごめん、先行ってて」

 そう友人に声をかけ、俺は一番近い男子便所へと向かう。
 特別教室が並ぶ廊下に取り付けられたそこは他と比べて人気がなく、遠くの喧騒がよく聞こえるくらい静まり返っていた。
 無人の男子便所に入り、用を済ませた俺は手を洗ってさっさと友人たちの元へ向かおうとする。
 廊下を歩いていると、ふと窓の外から声が聞こえてきた。大きな声だったが内容までは聞き取れず、なんとなく野次馬根性が働いた俺は窓の外へ目を向ける。
 校舎三階。窓の外を見下ろせば、丁度校舎裏が見渡せた。
 そこには、馬淵がいた。あまりにも距離が離れすぎてそれが馬淵かどうかは確信持てなかったが、馬淵らしきその生徒は全裸になって壁に凭れるように座り込んでいる。
 遠目に見ただけでもわかる全身の痣は、昼間不良から送られてきた写メと同じものだった。
 それと、馬淵の側にはもう一人の生徒がいた。黒髪のその生徒は、ジャージかなにかを馬淵に渡しているようだ。恐らく、先ほど聞こえた声もこの生徒のものだろう。
 その生徒は後ろ姿だけで、それが誰かわからなかったが馬淵の友人のようだ。
 さしずめ、服を不良たちに取られた馬淵が友人にジャージを取ってきて貰ったというところか。
 馬淵に友人がいることにビックリしたが、それが久保田じゃないだけましだろう。
 馬淵と友人は他にもなにか話しているようだったが、ここからではなにも聞こえない。友人たちを待たせていることを思い出した俺は窓から顔を逸らし、友人たちの元へ向かった。

 翌日。
 いつものように久保田と一緒に登校する。昨夜遊びすぎたせいか少し体がだるかったが、久保田と一緒にいるとそれすらも気にならなかった。馬淵が後ろからついてきていたが無視した。

 学校につき、いつものように久保田と別れて教室入りをする。
 俺がいなくなった途端久保田の隣へ行こうとする馬淵が目障りで仕方なかったが、知り合いの不良たちが馬淵にちょっかいかけてるのを見て気分がよくなった。
 久保田に助けを求めようとしていたが、視線だけで久保田が気付くわけがない。
 結局複数の不良たちに引っ張られ、それを友人に囲まれていると勘違いした久保田は笑顔で馬淵に手を振っていた。笑えてしょうがない。

 休み時間終了のチャイムが鳴り響き、教室でHRが行われる。
 また一日が始まった。
 授業中、一人ドキドキしながら不良からメールが届くのを待つ。
 あの後、馬淵はどうなったのだろうか。それを想像しただけでテンションが上がった。
 だけど、その日不良からメールが送られてくることはなかった。
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