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第四章【モンスターパニック】
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どれ程歩いただろうか、とある襖の前までやってきた白梅は立ち止まる。ここに京極さんがいるのだろうか、と釣られて立ち止まったとき、目の前の襖は自動ドアのように開いた。
そして、息を飲む。
「今宵は随分と賑やかではないか。白梅、黄桜」
膝をつき、頭を下げる白梅と黄桜。
広間の奥、そこに大きな影は存在していた。脇息に肘を置き、寛いだその大柄な男は真っ直ぐに俺を見て笑うのだ。
「人の子」
相変わらず足枷に繋がれたその人――もとい鬼は目を細める。
その広間には京極の他にもう一つ影があった。
眩い銀髪と、髪と同じ銀糸の太い尻尾と三角の尖った耳。鋭利な印象のその男はこちらを睨むように見た。
何か話していたのか、既に酒瓶を傍らに呑み始めていたらしい京極ともう一人の狐っぽい男になんと返せばいいのかと迷っていたときだった。
「京極様、本日はご客人を連れて参りましたの」
「こちらは曜殿からの手土産です」
京極の下へと向かった二人はそう、俺からの差し入れを京極へと見せる。
ほう、と視線だけ動かした京極は再び俺を見る。
二人が寂しがっている、というからもっと極端な事になっているのかと思ったが、流石相手は妖怪の偉い人だ。全く寂しがってるようには見えない。
俺からもなにか言ったほうがいいのかな。けど、どう接していいのかわからない。こういうときの礼儀やマナーなど、俺は習ったことはなかった。
迷った末、取り敢えず失礼にならないよう二人の真似をして頭を下げた。顔をあげれば、じっと複数の瞳がこちらを見ていた。
「あの、能代さんが居なくなって寂しそうだって聞きました。だから、一緒に楽しめたらなー……なんて」
と笑って誤魔化そうとして、気付く。広間の空気が一気に凍りつくのを。
京極の両脇にいた姉妹も、銀髪の男も、俺の傍に控えていた黒羽さんもぎょっとした顔で俺を見ていた。
その表情を見て俺は嫌でも気付く。いくらフランクな相手とはいえど、フランクに出過ぎてしまったのだと。
「あ、ご、ごめんなさい。生意気なことを……」
言っちゃって、と慌てて正座して頭を下げようとしたとき、京極がのっそりと下動作で立ち上がる。
そして、ミシミシと畳を軋ませながらこちらへと近付いてくる京極。その圧倒的存在感に押し潰されそうになりながらも頭が上げられずにいたときだった。
「そうか、俺は余程寂しそうに見えたか」
落ちてきた低い声に、つられて顔を上げる。うお、デカすぎて足元しか見えない。陰った顔はよく見えなかったが、その口元は笑ってるようにも見えた。
そんな京極の傍へ白梅は歩み寄る。
「申し訳ございません、京極様。曜殿に悪気は……」
「そんなこと分かっている」
庇ってくれてるらしい白梅の方を見向きもせず、京極はこちらをじっと覗き込んだ。「もっと顔をよく見せろ」と言わんばかりに伸びてきた大きな手にもにゅりと顔を掴まれる。黒羽のものとはまた違う、固く大きな指。尖った爪が食込むのも構わず顔を上げさせられた。
痛みは、ない。黒羽さんの血のお陰だろうか。その代わり、京極の背後におどろおどろしいオーラのようなものが見えた。血や骨、人の体をどろどろに溶かしたようなそんな生臭くて嗅いでるだけでも恐怖と吐き気で胸が詰まりそうになるほどの、瘴気。
けれどそれもほんの一瞬のことだった。あれほど濃かったそれは一瞬にして消える。
気の所為、だったのだろうか。
そうぼんやりと京極を見ていると、ふと京極は笑った。
「そうかそうか、……人の子。以前よりもいい目をするようになったな」
「あ、ありがとうございまふ……」
「なるほど、貴様が俺の退屈を紛らわしてくれるというのか」
「え、えと……ご期待に添えるかはわかりませんが、精一杯……尽力? ……させていただこうと……っ」
知ってる敬語知識をフル回転させながら言葉を並べれば「よい」と京極は首を横に振る。そして、犬か何かを撫でるかのように大きな掌で俺の髪をぐしゃりと掻き混ぜるのだ。
「わ、わ……」
「畏まる必要などない、今の俺は一介の妖怪に過ぎん。……それよりも、あの能代を懲らしめたときの話を聞かせてくれ。そちらの方が興味がある」
「こ、懲らしめたというよりは……成り行きというか……」
「どちらでもよい、さあ聞かせてくれ。この魔界に来て体験したこと、貴様の口から聞かせてみろ。酒の肴によさそうだ――なあ、壬生」
壬生、と呼ばれたその銀髪の男はぴくりと耳を跳ねさせる。……そうだ、この人、能代さんと一緒にいた人だ。
よりによってここで話せというのか。どう見ても快く思ってないであろう相手を前に。
呼ばれた壬生は俺から視線を外したまま「ええ、私も興味があります」と抑揚のない声で答えた。
……気まずすぎる。が、拒否権はないようだ。黒羽が止めないということは『良し』ということなのだろう、そう判断した俺は「わかりました」と頷いた。
「少しだけなら……」
「ほう、俺相手に出し惜しむと」
「……っ! あ、そういうわけではなくて……」
「白梅、黄桜。早速宴の用意をさせろ。……そして他の客人も饗せ」
気を悪くするわけでもなく、寧ろ何故か上機嫌に言いつける京極に二人は「御意」と頭を下げる。
普段は正反対な印象の二人だが、京極さんの前ではそっくりな印象になるのだから不思議だ。
なんて思いながら、俺はそのまま京極に連れられて広間の奥へと連れて行かれることとなる。
そして、息を飲む。
「今宵は随分と賑やかではないか。白梅、黄桜」
膝をつき、頭を下げる白梅と黄桜。
広間の奥、そこに大きな影は存在していた。脇息に肘を置き、寛いだその大柄な男は真っ直ぐに俺を見て笑うのだ。
「人の子」
相変わらず足枷に繋がれたその人――もとい鬼は目を細める。
その広間には京極の他にもう一つ影があった。
眩い銀髪と、髪と同じ銀糸の太い尻尾と三角の尖った耳。鋭利な印象のその男はこちらを睨むように見た。
何か話していたのか、既に酒瓶を傍らに呑み始めていたらしい京極ともう一人の狐っぽい男になんと返せばいいのかと迷っていたときだった。
「京極様、本日はご客人を連れて参りましたの」
「こちらは曜殿からの手土産です」
京極の下へと向かった二人はそう、俺からの差し入れを京極へと見せる。
ほう、と視線だけ動かした京極は再び俺を見る。
二人が寂しがっている、というからもっと極端な事になっているのかと思ったが、流石相手は妖怪の偉い人だ。全く寂しがってるようには見えない。
俺からもなにか言ったほうがいいのかな。けど、どう接していいのかわからない。こういうときの礼儀やマナーなど、俺は習ったことはなかった。
迷った末、取り敢えず失礼にならないよう二人の真似をして頭を下げた。顔をあげれば、じっと複数の瞳がこちらを見ていた。
「あの、能代さんが居なくなって寂しそうだって聞きました。だから、一緒に楽しめたらなー……なんて」
と笑って誤魔化そうとして、気付く。広間の空気が一気に凍りつくのを。
京極の両脇にいた姉妹も、銀髪の男も、俺の傍に控えていた黒羽さんもぎょっとした顔で俺を見ていた。
その表情を見て俺は嫌でも気付く。いくらフランクな相手とはいえど、フランクに出過ぎてしまったのだと。
「あ、ご、ごめんなさい。生意気なことを……」
言っちゃって、と慌てて正座して頭を下げようとしたとき、京極がのっそりと下動作で立ち上がる。
そして、ミシミシと畳を軋ませながらこちらへと近付いてくる京極。その圧倒的存在感に押し潰されそうになりながらも頭が上げられずにいたときだった。
「そうか、俺は余程寂しそうに見えたか」
落ちてきた低い声に、つられて顔を上げる。うお、デカすぎて足元しか見えない。陰った顔はよく見えなかったが、その口元は笑ってるようにも見えた。
そんな京極の傍へ白梅は歩み寄る。
「申し訳ございません、京極様。曜殿に悪気は……」
「そんなこと分かっている」
庇ってくれてるらしい白梅の方を見向きもせず、京極はこちらをじっと覗き込んだ。「もっと顔をよく見せろ」と言わんばかりに伸びてきた大きな手にもにゅりと顔を掴まれる。黒羽のものとはまた違う、固く大きな指。尖った爪が食込むのも構わず顔を上げさせられた。
痛みは、ない。黒羽さんの血のお陰だろうか。その代わり、京極の背後におどろおどろしいオーラのようなものが見えた。血や骨、人の体をどろどろに溶かしたようなそんな生臭くて嗅いでるだけでも恐怖と吐き気で胸が詰まりそうになるほどの、瘴気。
けれどそれもほんの一瞬のことだった。あれほど濃かったそれは一瞬にして消える。
気の所為、だったのだろうか。
そうぼんやりと京極を見ていると、ふと京極は笑った。
「そうかそうか、……人の子。以前よりもいい目をするようになったな」
「あ、ありがとうございまふ……」
「なるほど、貴様が俺の退屈を紛らわしてくれるというのか」
「え、えと……ご期待に添えるかはわかりませんが、精一杯……尽力? ……させていただこうと……っ」
知ってる敬語知識をフル回転させながら言葉を並べれば「よい」と京極は首を横に振る。そして、犬か何かを撫でるかのように大きな掌で俺の髪をぐしゃりと掻き混ぜるのだ。
「わ、わ……」
「畏まる必要などない、今の俺は一介の妖怪に過ぎん。……それよりも、あの能代を懲らしめたときの話を聞かせてくれ。そちらの方が興味がある」
「こ、懲らしめたというよりは……成り行きというか……」
「どちらでもよい、さあ聞かせてくれ。この魔界に来て体験したこと、貴様の口から聞かせてみろ。酒の肴によさそうだ――なあ、壬生」
壬生、と呼ばれたその銀髪の男はぴくりと耳を跳ねさせる。……そうだ、この人、能代さんと一緒にいた人だ。
よりによってここで話せというのか。どう見ても快く思ってないであろう相手を前に。
呼ばれた壬生は俺から視線を外したまま「ええ、私も興味があります」と抑揚のない声で答えた。
……気まずすぎる。が、拒否権はないようだ。黒羽が止めないということは『良し』ということなのだろう、そう判断した俺は「わかりました」と頷いた。
「少しだけなら……」
「ほう、俺相手に出し惜しむと」
「……っ! あ、そういうわけではなくて……」
「白梅、黄桜。早速宴の用意をさせろ。……そして他の客人も饗せ」
気を悪くするわけでもなく、寧ろ何故か上機嫌に言いつける京極に二人は「御意」と頭を下げる。
普段は正反対な印象の二人だが、京極さんの前ではそっくりな印象になるのだから不思議だ。
なんて思いながら、俺はそのまま京極に連れられて広間の奥へと連れて行かれることとなる。
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