人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第四章【モンスターパニック】

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 それから、俺たちはアンブラの懲罰房を後にした。
 念の為、アンブラには見張りをつけてもらうように黒羽に頼めば黒羽は自分の使い魔のカラスをアンブラの房に残してくれた。
 無論、アンブラが逃げないかを見張るため――ではなく、アンブラの身に危険が起きたときに対応できるようにだ。

 寮へと続く階段までやってきたとき、黒羽は「伊波様」とこちらを振り返るのだ。なにも言わなくともその目からありありと黒羽が言いたいことは伝わってくる。

「……なあに、黒羽さん」
「これからアヴィドに会いに行くおつもりですか、アンブラを釈放してくれと」
「うん、アヴィドさんならきっと分かってくれると思うよ」

 アヴィドは合理的な人だ。敢えてアンブラを餌にしてヴァイスの動向を探る名目、そしてアンブラに協力してもらうという前提があれば納得してもらえるだろう。
 と、考えていると「伊波様」と腕を掴まれる。

「わ、黒羽さん……なに?」
「貴方がお優しいことは自分も知っている。……が、あの者に肩入れするのは危険だ」

 てっきり『甘いぞ』と怒られるのかと思ったが、黒羽の反応は俺が想定していたものとは違った。
――お優しいのはどちらというのだろうか。
 俺は黒羽の手にそっと触れる。アンブラとは違う、硬質な皮膚の感触。そしてその下に流れる血液の熱を感じた。……熱い。

「ありがとう黒羽さん……けど、大丈夫だよ。俺も結構、魔界では痛い目見てきたからね」

「ほら、アンブラを懲罰房で孤立させるよりも近くで見ていた方がわかりやすいだろ?」アンブラが聞いていたらまた泣くかもしれないな、と思いつつも一先ず黒羽を安心させようと言葉を続ければ、黒羽の眉間に僅かに皺が寄る。
 ……あれ、余計怒らせてる?

「……黒羽さん?」
「――いや、分かっているならそれでいい。それに、伊波様の提案自体には俺は異論はない」

 そう黒羽の手が離れた。
 伏せられる黒羽の視線がなんとなく引っかかったが、黒羽は俺の視線から逃げるようにそのまま歩き出したのだ。慌ててその広い背中を追いかけ、階段に足をかける。
 二人分の足音が辺りに響いた。

「黒羽さん、もしかして……怒ってる?」
「怒っていない」
「え、でも……眉間に皺が」
「これは生まれ付きだ」

 それはそれでちょっと問題じゃないのか、とか、どんな赤ちゃんだったんだ、とか色々言いたかったが、黒羽の背中から話しかけるなという圧を感じてしまい俺はそのまま口を閉じた。
 ちゃんと黒羽に相談しなかったから怒ってるのか。いや、でも本人は怒ってないと言ってるし……。
 なんて一人悶々しながらも歩いている内に長い階段も終え、俺達は再びアヴィドと落ち合うためにラウンジへとやってきていた。
 そして、ラウンジに置かれたビリヤードのような玉の代わりに球体の爆弾転がして遊んでるアヴィドとクリュエルに先程のアンブラとのやり取りを報告することになった。

 俺はアヴィドに下でのアンブラとの会話、そして聞いたこと、それからアンブラを解放してほしいというを提案する。それをキューを片手に弄りながら聞いていたアヴィドは、ビリヤード台に腰をかけたまま「いいんじゃないか」と口にした。

「え、いいんですか?」

 あまりにもあっさりすぎて逆にアホみたいな声が出た。アヴィドは「何故君が驚くんだ、少年」と口角を持ち上げ、笑う。

「俺たちの要望通り、あの夢魔の口を割らせたのは君だ、曜。そんな君がそうした方がいいと思うのならその選択は正しいのだろう」
「え、でも……俺が嘘言ってるかもしれないんですよ? 信じるんですか?」
「はは、嘘を言ったのか?」
「い、言ってません……けど」

 例え話が下手すぎた。アヴィドとクリュエルに笑われ、顔がじんわりと熱くなる。

「問題があるなら、俺に話させる前にそこの君のお目付け役が口を出していただろうしな」
「あ……」
「それに、人間の嘘くらい見抜ける。君は嘘は吐いていない」

 流石吸血鬼、ということなのか。それともただ単に俺の嘘が下手だと言われているのか。真意はわからないが、一先ずアンブラに承諾を得られたことにただほっとする。

「しかしまあ、今すぐにはアンブラを君の元に付けさせるわけにはいかない。こちらにも色々段取りというものがあるからな。――そうだ、また今夜、準備が終え次第君の元へ伺うとしよう」

「それまでにあの夢魔の牙は完全に折っておいてやるから安心するといい」なんて本気とも冗談とも取れない爽やかな笑顔を浮かべ、ネクタイを締め直すアヴィドに背筋がぶるりと震えた。

「えー、アヴィド様もう行っちゃうの?」
「ああ、お前は遊んでていいぞ」
「やったー! じゃあ曜君に遊んでもーらおっと!」

 きゃっきゃとはしゃぎながらくっついてくるクリュエル。問答無用で黒羽に引き剥がされていた。

「……それと、黒羽君」

 クリュエルと揉み合いになっていた黒羽は、クリュエルの首根っこを掴みながら「なんだ」とアヴィドを振り返る。
 丁度ラウンジを出ていこうとしていたアヴィドは扉に手をかけたまま「少々話がある、少しいいだろうか」と静かに続けるのだ。
 アヴィドの表情は変わらないはずなのに、なんだろうか。なんとなくその雰囲気が恐ろしくて、俺は思わず黒羽に目を向けた。
 黒羽さん、とその腕に触れようとしたとき、「ああ」と黒羽は小さく応えるのだ。

「伊波様、少し外す。――おい、そこの淫魔。伊波様に余計な真似をしてみろ」
「しーまーせーんーっ! ほらさっさとアヴィド様のところ行っちゃいなよ~!」

「いーっ!」とベロを出してぱたぱたと背中の羽を羽撃かせるクリュエル。これはクリュエルなりの威嚇行為なのだろうか、黒羽は舌打ちをし、そしてそのままそっと俺の手を離した。
 それから「すぐに戻る」と耳打ちし、そのままアヴィドの後を追いかけていく。
 一人残された俺は「よちよち、曜君泣かないで~僕がママになってあげるからね!」とぎゅーっとクリュエルに抱きしめられた。思いの外柔らかさよりも硬さが勝る感触……って、まじでぐるじい。ギブギブ。

「クリュエル、ぐるじ……っ」
「さあ、邪魔者もいなくなったことだし……曜君、あのこと忘れてないよね?」 
「え?」
「え? じゃないよ、もー! まさか本当に忘れちゃったの?」

 そうやんわりとクリュエルのハグから抜け出そうとするも、プリプリしながら顔を寄せてくるクリュエルにまたぎゅーっと絞められる。

「って、ぐ、ぐるじ……っ」
「夢の中で僕とした約束、もしかして本当に忘れちゃった?」

 言いながらさわさわとどさくさに紛れて服を脱がそうとしてくるクリュエル。
 油断も隙もないとはまさにこのことだ。
「待った、タンマクリュエル!」と慌てて止めようとするが、こいつなかなか力強いぞ。流石淫魔。

「あのクソ雑魚ド陰キャ助ける代わりに君が僕に付き合ってくれるって約束、ずーっと僕覚えてるんだよ? ねえ、曜君」
「う、ぁ……っ」
「あ、心臓ドクドク言ってる! ちゃんと約束、思い出してくれた?」

 ふうっと耳に息を吹きかけられ、飛び上がりそうになる。
 忘れるわけがない、なんならそのこともあったからこそクリュエルと二人きりになることを躊躇っていた節すらもあった。

「ねーえ、曜くーん。ちゃんと答えてよ」

「それとも、無理矢理お口割られる方が好きなの?」そう口角を上げ、歯を剥き出しにしてクリュエルは笑う。襟首から胸元までボタンを外され、そのままするりと伸びる指はシャツ越しに肌に触れてくるのだ。
「クリュエル、まずいって」と声を潜め、不躾なその手をそっと握るが、止まらない。
 俺よりも華奢そうなのに、その力は強い。そのまま両胸の突起を柔らかく摘まれば「んっ」と思わず声が漏れてしまう。

「あは、可愛い声~! もしかして、アヴィド様たちが戻ってきたときのこと気にしてる?」
「あ、当たり前だろ……っ、こんなところ、黒羽さんに見られたら……ッぁ、」
「大丈夫大丈夫、アヴィド様には了承貰ってるから」

 さらりととんでもないことを言い出すクリュエルに「は」と思わず声が上擦った。
 青ざめる俺に、クリュエルは舌なめずりをする。

「夢の中でのこと、全部アヴィド様も見てるって言ってたじゃん? なに? もしかして曜君、そのことまで忘れちゃったの?」

「本当にうっかりさんなんだからっ」と抱きつくように更に密着してくるクリュエル。重さはないが、ふわふわの総レースのスカート越しに腰の辺りに押し付けられる嫌な感触の正体を考えたくなかった。
 それよりも、今はクリュエルの言葉だ。

「ま、まさか、見てるって……」

 アンブラに見せられた悪夢も、クリュエルに中をかき回された一部始終も全部アヴィドには筒抜けだったと言うのか。
「もちろんっ」と弾むような声で答えるクリュエルに俺は言葉を失った。そして、マグマのように熱く滾った熱が顔面に集まる。

「どうしたの、曜君」と不思議そうに胸を揉んでくるクリュエルに反応することもできなかった。

「で、でも……アヴィドさんはなにも言わなかったし……」
「だってそりゃあ、僕淫魔だもん。ご飯は食べなきゃ」
「そ、そういう問題なのか……っ?! だ、だって俺は……」
「それに、僕はそこら辺の見境ない淫魔ちゃんと違ってちゃんとアヴィド様の眷属のインキュバスなんだよ? ちゃんと気持ちよくさせるよっ!」
「そういう問題じゃ、」

 ないだろ!と思わずツッコミかけたとき、問答無用で「ん~」と唇を寄せてきたクリュエルにキスをされる。それも、濃厚なやつを。
 キスの上手下手など俺にとっては知ったこっちゃないと思っていた。けれど、今なら分かる。
 本物のインキュバスのキスほど恐ろしいものはないのだと。

「ん、っ、ぅ……っ!」

 長い舌は別の生き物のようだった。根本から絡みついた舌先はまるで舌を性器に見立てて愛撫するのだ。1ミリの快感すらも逃さないかのように丹念を吸い上げられ、濡らされ、唾液を全体に絡めるように、塗り込むように舌を執拗に摩擦される。
 唾液に変な薬でも入ってるのではないだろうか。そう思うほど、クリュエルに触れられた粘膜は甘く熱を持ち出す。
 少し舌を絡め取られただけだった。そのはずなのに、あっと言う間に意識は放り投げだされたように宙に浮いていた。

「ふ、ぅ……」

 抵抗する、ということも忘れ、気付けばクリュエルの腕に刺さてられていた。
 舌伝い、唾液をたっぷりと飲まされ、そのまま糸を引きながら唇を離したクリュエルは俺の顎の下をそって撫でるように押し上げ、口を閉じさせる。

「っ、ん……」
「僕の唾液はお薬なんだよ、ほら、ちゃんとごっくんして?」

 よしよし、と耳元で囁かれる声がより甘く響く。

 さっきまではそんな気分じゃなかったはずなのに。
 こんなことしてる場合ではないはずなのに。
 ――頭の中からすっぽりと大事なものが抜け落ち、その代わりに『気持ちよくなりたい』という歪なピースを嵌め込まれたようだった。
 言われるがまま、口の中、舌の上に溜まっていたクリュエルの唾液の塊をこくりと喉の奥へと流し込む。まるでシロップみたいに甘く、とろとろとした液体に更に目の奥が熱くなった。
 唇を開けば喉の奥からはあっと息が漏れ、俺はクリュエルに褒めてもらいたくて犬みたいに舌を突き出す。

「の、のんら……」
「良い子良い子、曜君はとっても従順で可愛い人間だね」

 唇をなぞられ、垂れていた唾液を舐め取られる。先程よりもよりクリュエルの指の腹と皮膚が擦れる感触が増しているのがわかった。
 びくりと仰け反る背中。そこに回されたクリュエルの手はそのまま優しく背筋から腰、そのまま臀部の膨らみまで撫でていくのだ。大丈夫だよ、と子供でもあやすかのように優しく。そっと。
 逃げたいはずなのに、真正面にある大きな目で覗き込まれると逃れることができない。

「ぅ、クリュエル……」
「僕はアヴィド様に逆らうことはできないから、君に酷いこともしないよ。――僕がするのは、君も僕も幸せになれることだけ」

 薄暗い娯楽室内。赤く光るクリュエルの目から顔を、視線すらも逸らすことはできなかった。
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