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第四章【モンスターパニック】
04
しおりを挟むというわけで、改めてハウスメイドを呼び出したニグレドによって荒れたラウンジはここに来る前同然の綺麗な状態に戻る。
それから俺達はニグレドの案内の元、食堂へと連れて行ってもらうことになった。
それから先程の要領で再び食べたいものをハウスメイドに頼むことになったのだが、今度はあの手が生えることはなかった。
ソースを零さないように気を付けながらもようやく俺達は料理にありつく。
「それにしても……あの男はどこで何をしてるんだ」
ティーカップを手にしたニグレドはそうこちらを睨む。あの男というのは黒羽のことだろう。
「黒羽さん、俺も探してたんだよ」
「ハッ、主が危険な目に遭ってるというのに側にいなくて何が従者だ。そこのグール一人じゃなにもできないときた」
「……っ、そんな言い方……」
何故そんな言い方をするのか。あまりにもムカついたが、俺が口を開くよりも先に「伊波様」と隣の席のテミッドが俺の手を握り締めてくる。ひんやりとした血の通っていないパサついた指先の感触に思わずはっとする。
テミッドは伏し目がちなその目で俺を見ていた。申し訳なさそうに、悲しそうに。
「ごめんなさい……僕のせいで、黒羽様にも任せていただいたのに……」
「……俺はテミッドにニグレド呼んできてもらって助かったよ。ニグレドも、助けてくれてありがとう……ございます」
改めてお礼を口にすれば、興味が失せたようにニグレドはふんと鼻を慣らし、そしてティーカップに口を付ける。
「これに懲りたなら大人しく部屋に閉じこもってることだな」
「……」
邪魔してるのは俺の方だし、それ以上なにも言い返せなかった。
テミッドは俺とニグレドを交互に見てはあわあわとしていたが、やがてしゅんと縮こまるようにちみちみと鮮血の滴る肉を齧っていた。
結局ニグレドによって部屋まで送り返されることになった俺たち。
ニグレドにがみがみねちねちチクチクと怒られた俺とテミッドは会話する元気もなくなり、二人並んでソファーに座って膝を抱えていた。
そしてちらりと顔を上げれば、向かい側のソファーに腰を掛け優雅に紅茶を飲んでるニグレドと目が合う。
「……なんだ、その物言いたげな目は」
「……別に」
「……チッ」
……舌打ちしたぞこの人。……いや、人じゃないのか。
黒羽が戻ってくるまでの間、一緒にいると申し出たのはニグレドの方だった。確かにニグレドが居てくれると心強いが、さっきのがさっきだ。居心地の悪さがあるのも確かだった。
「なあ、ニグレド……別に無理していなくてもいいんだからな」
「さっきも言っただろ。お前を一人にして余計面倒事起こされた方が面倒だ」
「……う」
「……それにしてもあの烏天狗、どこをほっつき歩いてんだ」
ぶつくさと言いながら制服から文庫本を取り出し、ニグレドはそのまま読書を始める。
すっかりテミッドは意気消沈してるし……余程歯が立たなくて悔しかったのだろう。前回のバーでのこともある、なにか自信を取り戻せるようなことができればいいのだけれど……。
考えてもなにも思いつかない。それにニグレドにも余計なことをするなと怒られたばかりだった。
せめて気分転換でもできれば……。そううーんと考えながら俺はハウスメイドに念じる。すると、背後からぬっとそれは生えてきて二つ落ちてきた。
四角の形をしたそれは立体パズル――ルービックキューブだ。「テミッド」と小声で俺はテミッドにルービックキューブを渡す。
「伊波、様……これって……」
「人間界で有名なパズルなんだよ、ルービックキューブって言って……こうやってバラバラになった色を一面揃えてそれを六面全部やるんだ」
「……るーびっく……」
ぴく、と向かい側で読書をしていたニグレドの長い耳が反応する。……もしかしてニグレドも興味あるのだろうか。
俺はもう一個ルービックキューブを用意しようと思ったが、ニグレドは読書中だ。それに、もし違って怒られるかも、と思いやめておく。
俺の見様見真似でパズルを両手で掴んだテミッドだったが、次の瞬間パズルが弾けた。――そう、弾けたのだ。
「……ぁ、う……伊波様……」
ぷるぷると震えながら大きな目を潤ませるテミッド、その掌には粉々になったルービックキューブの残骸が乗ってる。いやそうはならないはずだ。
「ま、待ってて! もう一個用意してもらうから!」
なるべく耐久性があるやつで!とハウスメイドに注文付けたら今度は金属製のルービックキューブがゴロンと落ちてきた。重い。これで人殴ったら死ぬんじゃないか?という重量感だが、これならばテミッドの握力にも耐えてくれるだろう。
そしてそれをテミッドに渡せば、ぱあっと表情を明るくしたテミッドはうきうきしながらそれで遊び出す。
……少しは気を紛らせればいいのだが。
思いながら俺も一緒にルービックキューブに取り掛かることになったのだが……。
――数十分後。
「ぅ……ん……? ぁ、あれ……」
「いなみ、さま……一面揃いました……っ!」
「おー! すごいな!」
「伊波様は……?」
「う……っ! ……俺、人間界で一回もまともにこれ完成させたことないんだよな」
「ぁ……い、伊波様……頑張って……」
「あ、ありがとな……テミッド……」
励ますつもりがテミッドに励まされる。
何故よりによってルービックキューブをチョイスしたのか自分でも後悔し始めた。せめて一面くらいは揃えねば、と躍起になったときだった。
いきなり伸びてきた褐色の手にルービックキューブを取り上げられる。
「あ」と顔を上げたときだった。その手――ニグレドはルービックキューブを一瞬にして六面全て一色に戻す。
「へ……」
「に、ニグレド様……っすごい……っ!」
「……お前らがやってるのはただ回してるだけだ、頭を使え、頭を」
ころん、とテーブルの上にルービックキューブを置くニグレド。相変わらずの皮肉混じりだが、その言葉に棘はない。それよりも。
「っ、す……すげえ……!!」
「……っ、!」
「な、なあ! どうやったんだよ、ニグレド……! もっかいやって! なあ、これとかもできるのか?!」
ニグレドが揃えたばかりのルービックキューブをもう一回色をバラバラにしてニグレドに渡せば、「俺をなんだと思ってるんだ」と眉間に皺を深く刻んだニグレドはそのまま秒で元に戻すのだ。
「魔法……?!」
「こんなことに魔力使うか、馬鹿馬鹿しい」
「っすげー! エルフって頭良いって聞いてたけど……なんか今すげー実感した!」
「感想があほ丸出しだな」
「っ、ニグレド様……! 僕も……」
「お前はそこまで自分で揃えられたんだ、あとは自力でもできるだろ。そこのアホに比べたらな」
アホ、と指差されてぐうの音も出ない。
テミッドもテミッドで俺を慰めようとあわあわしてるし……けど、正直悪い気はしないのだから変だ。
「なあニグレド、コツとかあるのか?もしかしてやったことあるとか……」
「この手のパズルはパーツの動かし方は決まってる。お前の場合はまず十字架を揃えることを意識しろ」
「は、はい! 先生!」
「……せ、先生……」
一瞬、さっきまで怒ったような顔ばかりしていたニグレドが妙な顔をした。なんか感動したような……口元を手で覆うニグレドに「どうした?」と声を掛ければ、ハッとしたニグレドは慌てて咳払いをした。
「……なんでもない。あと詳しいことはそうだな……これでも見ておけ」
そうどこからともなく取り出したのはタブレットだ。
……タブレット?!
「この動画でやり方をちゃんと丁寧に説明されてるから一通り見てみろ」
「ま、待ってニグレド……」
「なんだ? まだなにかあるのか?」
いや大ありだ。そもそもその動画サイトも俺見たことあるぞ。いやでもよく見たらサムネイルの文字も日本語じゃないしサムネに写る方々はどうみても人間からは掛け離れてるが!
「これって人間界の動画も見れるのか?」
「……俺のこれはな」
「え」
「……諸事情で必要だっただけだ! ……本来市販されているタブレットでは魔界のネットしか経由できないが、俺のタブレットは人間界の回線を引っ張ってきている」
「……っ、そ、それって……」
もしかして、と俺はタブレットを覗き込む。
「今人間界がどうなってるのかとか、そういうのも分かるってことか?!」
思わず大きな声が出てしまった。
ソファーに座ってちまちまルービックキューブで遊んでいたテミッドも驚いてキューブを落とそうとしていた。
が、ニグレドは慌てて俺の口を塞いだ。
「声がデカイぞ、人間!」
「に、人間じゃなくて曜だ! ……っ、なあ、ニグレド……」
「……お前、人間界の様子が気になるのか?」
「……ああ」
気にならないはずがない。ずっと、心の片隅では気になっていた。もう戻らない、戻れないと分かっていたがそれでも生まれ育ってきた故郷だ。
……それに、俺のことも少なからずニュースにはなっていたはずだ。家族の顔が過り、いても立ってもいられなくなった俺はニグレドの顔を覗き込む。
ニグレドのレンズ越し、端正なその顔は苦渋に歪んだ。
そして。
「……確かに、俺のタブレットは人間界のネットを経由しているといった」
「ああ」
「けど、だ……その……あくまで一部だけだ」
「…………一部?」
「……月額払ってるアニメ配信サイトしか見れない」
「…………………………………………」
いやまあ、確かに。確かに薄々こいつ……?と思ったことは何度もあったが、それでもだ。
「なんとかハッキングとかして見れないのか……?!」
「馬鹿言え! 俺はそういう卑怯な真似をするのは嫌いなんだ!」
「改造して月額有料アニメ配信サイト見てんじゃん!」
「金はちゃんと払ってるし作品にもリスペクト払っている! なんの問題がある?! 第一、人間界のネットワークにはネタバレと解釈違いが蔓延ってて俺はリアタイしたくないんだ!!」
「な、なんて……?」
散々大声出しておいて、気まずそうにごほんと咳払いしたニグレドは静かに続ける。
「……とにかく、諦めろ。どうせ魔界に骨を埋めることになるも同然だ。人間界の現状見たところでお前の足しにはなにもならない」
それは俺が決めることだ、と言いたいがタブレットの通知によくわからない美少女アイコンからの通知が届いてるのを見てしまい全部頭から抜けてしまう。
「ニグレド……お前オタクだろ」
「そ……そうやってすぐに他者をカテゴリ分けするのも人間の悪癖だ、俺がなにに興味持ってようがお前になんの意味もないだろう?!」
「スタミナ満タンになってるらしいぞ、ログインしなくていいのか?」
「だ……クソ……ッ!!」
……やっぱりこいつ、悪い人ではなさそうだな。
だからといって人間界のニュース見せてくれないのは分からないが、ニグレドの言葉も分かる。
……未練か。和光に連れてこられたとき、既に断ち切ったものだと思っていた。
魔界で過ごす一日一日が濃くて、最早人間界で自分がどんな風に生活していたのか思い出せなくなってきているのも事実だ。それでも、やはり。
「……おい、人間」
「人間じゃなくて伊波……」
「動画なら観てもいいぞ」
そう、そっとタブレットを俺の前に置くニグレド。
動画というかアニメじゃないか、と喉元まででかかったがぐっと堪えた。
「……ニグレドのおすすめで」
少しでもニグレドと仲良くなれたらいいな、なんて思いながら口に出した言葉だったが、最早その後三期まである長編アニメ(+劇場版)をどこからか出てきたプロジェクターで壁一面フルスクリーンで見せられるとは思いもしなかった。
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