人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

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 まさか、まさかそんなわけがあるだろうか。
 場所は店の隣にあるとある建物の一室。許可を貰って鍵を開ければ、そこに広がる光景に俺は思わず叫んだ。

「ホアン!リューグ!」
「げ、イナミ……!」
「ヨウ、なんでここに居るアルか?!」

 とある部屋の一室、アンティークな造りのベッドの上にて。
 一糸纏わぬ女の子モンスターを侍らせ楽しんでいた二人は現れた俺、そして背後の黒羽とテミッドを見るなりぎょっとした。
 巳亦曰く、途中で女の子たちと盛り上がって隣の店、連れ込み宿――ラブホテルに行ってるのではないかというから来てみれば案の定だ。
 俺は憤慨していた。何かあったのではないかと真剣に心配したのにこれだ。

「あ、なんだ黒羽サン見つかったアルか、それは良かったネ……って等一下! テミッド落ち着くアル!」
「待て待て! 俺たちは真っ当にこの子たちが何か知らないか聞こうとしててだな……おわっ!」
「……言い訳はそれだけ?」

 俺以上にブチ切れてるのはテミッドだ。元々リューグと険悪だったことは知っていたがもう止める気にもならなかった。
 一気に騒がしくなる部屋を後にした。

 そして数十分後。

「悪かったアル、いい加減機嫌治すネ」
「……もうホアンに頼まない」
「我明白了、阿拉も酒は控えるアル」

 テミッドとリューグは店の外で大乱闘を繰り広げている。そしてそれを仲裁しに行った巳亦。黒羽はアヴィドに『事情聴取』を受けていて、一人残された俺は同じく手持ち無沙汰のホアンと向き合っていた。
 女の子たちは返して一気に静かになった部屋の中、ベッドの上で正座したホアンは「ゴメンネ」と謝ってくるのだ。ホアンが調子のいいことばっか言うやつと知ってるけれど、今回は本当に反省してるらしい。元はといえば俺だって頼んだ立場だ、許していいと思う半面よりによって女遊びなんてと思う自分もいるのだ。

「ヨウ、いい加減部屋の隅っこでむくれるのやめるアル。こっち向くネ」
「……本当に反省してる?」
「してるしてる、大反省アル」
「さっきの娘たち可愛かったな」
「是、是。おまけに名器アル」
「……………………」
「…………っていうのは冗談ネ」

 嘘だ、いま絶対さっきの女の子たちのこと思い出してデレデレしただろ。
 視線で訴えかけていると、弱ったようにホアンは頭をがしがしと掻く。

「ヨウ、ゴメンネ。お詫びに好きなもの奢ってやるから許せアル」
「テミッドだって心配したんだぞ」
「分かった、テミッドにも食わせるアル。ほら、機嫌治すアル。ヨウは笑顔が似合うネ」

 いいながら俺の横までやってきたホアンはこちらを覗き込んでくる。う、俺が押しに弱いというのを知ってのことか。卑怯なり。

「そうやってさっきの子たちも口説いたのか?」
「う、手厳しいネ……」
「けど、まあ……無事でよかった」
「……ヨウ」
「あの店全部探しても見つからないっていうし、もしヴァイスの実験体にされてたらって思ったら心配で仕方なかったんだからな」

 ぽす、と軽くホアンの胸を叩けば、僅かにホアンの目が開いた。

「ヨウ、そんなに阿拉のこと心配してたアルか?」
「あ……当たり前だろ、めちゃくちゃ心配したんだからな。なのに、こんな……っ」

 羨ましい、じゃない!こんなやらしいことしてたなんて知ってたら心配するものか。
 そう憤っていると、なで……っと頭を撫でられた。

「ホアン……」
「心配かけたネ、もう大丈夫アルヨ」
「あ……当たり前だ……」

 子供扱いされてムカつくのに、なでなでと頭を撫でられると段々語気が弱くなってしまう。勢いを無くした俺はやり場のなくなった怒りを飲み込む。

「……ホアン」
「ウン?」
「無事でよかった」

 呑気に女遊びしてたけど、それでもホアンの姿を見つけてほっとしたのも事実だ。そう見上げたとき、ちゅ、と当たり前のように額に口付けられ驚いた。

「心配かけて悪かったアル」
「ぅ、……ホアン」
「いい加減泣き止むネ」
「な、泣いてねえし……」

 驚いたが友愛のキスだったらしい、わしわしと頭を撫でくり回されてぼさぼさになる頭にむっとしつつ慌ててその手を払おうとしたとき、手首を掴まれる。
 え、と顔を上げた瞬間、そのまま手首に唇を押し当てられぎょっとした。

「ほ、ホアン……っ?」
「…………」

 唇はすぐに離れた。名前を呼べば、ホアンは俺から手を離す。そしてすぐに立ち上がった。

「危ねーアル、黒羽サンに殺されるところだったネ」
「な、何言って……って、おい、どこに……」
「酔醒ましアル。……もうそろそろテミッドたちも戻ってくるネ」

 煙管を取り出すホアンはそのまま部屋を出ていくのだ。一人部屋の中取り残された俺は顔が異様に熱いことに気付いた。……俺もまだ酔いが残ってるのかもしれない。ぱたぱたと手で仰ぎながら俺はベッドに飛び込んだ。
 熱は冷めそうにない。


 リューグもホアンも無事というわけで一件は一旦収束する形となった。
 形式上はヴァイスが客集めのため、刑天閣の風評被害を流すことで客脚を遠退かせて商売敵を陥れようとしていたということになったが本人がいない現状、その真偽は定かではない。

「ま、どうせ潰れちまうならこっちのものアル。それに実際とんでもねー店だったネ、何言っても構わんアルヨ」
「そういうものなのか……?」
「商売というのはそういうものアルネ、ヨウ。覚えとくヨロシ」

 そうだそうだと言うように、隣に腰を掛けたテミッドもこくこくと横で頷いていた。
 行われた実態実験や被験者たちの本格的な調査に入るという魔界直属の政府機関の魔物たちに追い出された俺達は件の宿のロビーでアヴィドが戻ってくるのを駄弁って待っていた。

「しかしあながち間違いでもないだろうな。あの姑息な男ならやりかねない」
「しっかし、政府のお役人まで出てくるんだもんな。……俺、死神見たの初めてかも」

 一面ガラス張りの壁の向こう、件の店の前でなにか話してるアヴィドとその向かい側にいるのは見覚えのある男だ。人と呼ぶにはあまりにも歪な痩せ細った長身の骸骨のような背広姿の男、確か名前は……。

「罪人の管理、その大元はダムドの管理下に当たるからな」

 ……そうだ、ダムド。
 あのとき地下監獄の最深部への扉を開き、獄長を人形に変えた得体の知れない死神だ。
 政府機関というのはケイサツのようなものなのだろうか。俺にはよくわからないが、出入りする機関野者たちは皆ダムドの指示で動いているようだった。
 それにしてもアヴィドもアヴィドだ、魔王に命令を受けたり独自で調査してたり黒羽も敬う死神と対等に話してるようにも見える。
 ……只者ではないとは聞いていたが、やはり異質なように見える。
 遠巻きに眺めていると、どうやら話が済んだようだ。ダムドと別れたアヴィドは俺たちの視線に気付いたようだ、そのままこちらの宿まで向かってくる。そして、

「やあ、済まない待たせたな」
「随分と忙しそうだったがもういいのか?」
「ああ、要件は全て連中に伝えている。あとは勝手に捜査してくれる」

「店は解体、ヴァイスは逃亡。残ったのは何も知らない従業員とやつの傀儡だったあのデクの棒。それと、あいつが欲しがる実験材料が二体。やつには逃げられたが結果としては十分だろう?」なんて、薄く笑みを浮かべるアヴィドの肩に一匹の紫色の体毛の蝙蝠がふらふらと止まる。

「んなこと言っちゃって、本当は悔しくて悔しくて仕方ないくせになー」

 人語を話す蝙蝠には心当たりがあった。リューグだ。リューグが現れた瞬間テミッドが一瞬牙を剥いたのを俺は見てしまった、見なかったことにする。にたにたと牙を剥き出しにして笑う蝙蝠の挑発にも慣れてるのか、アヴィドは表情は変えることなく「そうだな」と頷いた。

「だが次必ず捕まえればいい話だ、そのための布石も用意してある」

「それよりもお前、人のことを言う前に少年からの頼みも聞かずに遊び呆けていたらしいがそれに関しては何もないのか」ひょい、とリューグの首根っこを掴んだアヴィドはそう義弟を覗き込んだ。アヴィドに捕まったリューグは「はいはい、ごめんなさいよっと」と悪びれもなく片翼を持ち上げてみせるのだ。こいつ、と文句の一つや二つ言ってやろうとするよりも先に黒羽が切れる方が早かった。

「そもそも貴様には謝意も疎か誠意というものがない、それで謝罪したつもりか?地面に額を埋めてから言え」
「元はと言えば誰かさんがあんな胡散臭い元人間野郎に捕まっちゃったせいなんだけどなぁ?」
「……」
「く、黒羽さん!」

 無言でクナイを構える黒羽の腕にしがみつき、慌てて止めに入る。見兼ねたアヴィドは「お前もやめろ」と、虚空から現れた黒い鳥籠にリューグを放り込んだ。

「すまんな黒羽、この愚弟には後で俺が言い聞かせておく」
「ちょ、おい! こんな扱いあるかよ!」
「口の聞き方がなっていない愚弟には教育が必要だからな」

 鳥籠の中、ぴーぴーと鳴きながら籠の柵を掴むリューグ。そしてアヴィドが指を鳴らした瞬間鳥籠ごとリューグの姿は消えるのだ。

「りゅ、リューグ……?!」
「それでは向かおうか。お前たちの部屋は既に手配済みだ。今クリュエルに部屋の片付けをさせている、それも終わる頃だろう」
「あ、ありがとうございます……」

 リューグの消えた先への言及はなしなのか、と呆れるが触れない方がいい気がしてきた。……そうか、これからアヴィドの監視下にいることになるのか。魔界寮は未知の領域だ。わくわくする反面、妖怪たちとは違い友好的ではない種族も多いという魔界の住民たちが住まうモンスターハウスだ。正直怖くないわけがない。

「こちらの寮にいる期間はヴァイスが捕獲できる迄ということになっているが構わないか?」
「和光様の命であればそれで構わん。……こちらこそ世話を掛ける」
「それについてはお互い様だ」

「テミッド」と、いきなりアヴィドに呼ばれたテミッドは「は、はい」とこわごわ返事をする。

「ヴァイスのこともだが、お前は伊波君とも親しいようだし彼らの世話係を頼んでもいいだろうか」
「え、ぼ……ぼく、ですか……?」
「妖界寮との勝手も違うだろうし戸惑うことも多いだろう、そういうときに助けてやってくれ」
「っは、はい……! ぼ、僕、伊波様と黒羽様……お助けします……っ!」

「……よろしくお願いします、伊波様、黒羽様」そうたどたどしく、それでも嬉しそうに微笑むテミッドに俺は「よろしくな」と握手をした。
 どうなることかと不安半分だったが、テミッドが一緒ならまだなんとかなるだろう。

 こうして一件落着……ではないが、一先ずの平穏を取り戻したと思い込んでいた俺だったが全くの気のせいだったこと後に知ることになるのだった。
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