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第三章【注文の多い魔物たち】
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しおりを挟む「やだなぁ、アヴィドさん。僕が貴方のことを面倒だなんて言うわけないじゃないですか」
「どの口で言ってるんだか。腹の中では何考えてるかわからないからな、お前のような輩は」
「なあ、少年」と、アヴィドの視線は確かにヴァイスの背後にいた俺に向けられるのだ。パタパタと飛んできた水色の蝙蝠が俺の肩に止まる。ぴーぴーと鳴くそれに、以前出会ったあの水色の髪のインキュバスが浮かんだ。
「アヴィド……さん」
「久し振りだな。まさか、こんなところで会えるとは思ってもいなかったが……」
「アヴィドさん、この子と知り合いなんです?」
「知り合いも何も有名人じゃないか。お前のような穴蔵暮らしの引き篭もりだったやつは知らないだろうが」
「ところで、こんなところで何をしている?少年も男だったということか?」なんて、含むような視線を投げ掛けてくるアヴィドにギクリとした。
この人……苦手なんだよなぁ、なんというか、何を考えてるか分からないというか……リューグのお兄さんなだけのことはある。
「えと、俺は……」
「制服着ているということは……なるほど、この店の手伝いをしているのか。なら丁度いい。少年、俺に付き合ってくれ」
「え?」
「ちょっと……アヴィドさん、困りますよ。この子には僕の手伝いをしてもらってるのに……」
「人手が足りないならうちのクリュエルを貸すぞ。それなら構わないだろう」
「……貴方、本当に強引ですね」
名前を出された水色の蝙蝠は俺の頭の上でぴっ!と飛び上がる。なんで蝙蝠に擬態してるのか、というかなんで俺の頭の上で寛いでるのか、聞きたいことは色々あったがこれはチャンスではないだろうか。
アヴィドに協力してもらって、なんとかテミッドたちを助けることができるかもしれない。それに、アヴィドとヴァイスは何やら相性よくなさそうだし。
「それともなんだ、何か不都合でもあるのか?」
「……はぁ、いいですよ。わかりました。……貴方の頼みとならば聞き入れないと後が恐ろしいですからね」
「え」
いいのか?と驚く俺に、ヴァイスは視線を流してくる。そして、俺の頭の上にいたクリュエル蝙蝠を摘み上げるのだ。
「伊波君、彼の取扱にはくれぐれも気をつけるようにね」
「人を危険物みたいに言うな。ほら、行こうか。……伊波」
「は、はい……」
やけにあっさりと認めてくれたヴァイスにも驚いたが、今は一先ずやつの監視下から逃れられたことを喜ぼう。
一メートル離れたら死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたが、魔法は解けていたらしい。アヴィドに肩を掴まれ、俺は店の奥、上層のフロアへと移動することになる。
……というよりも、薄々感じていたがやはりこの人目立っている気がする。リューグも悪い意味で目立つ人物らしいし、その兄もまた然りということか。直接モーション掛けてくる無謀な者はいないものの、この俺でもアヴィドに向けられた熱い視線を感じるほどだ。
そのままアヴィドはフロアを離れ、件の個室へと移動した。その、お互いの合意を得てあんなことやこんなことをするらしいその部屋へだ。俺を連れて。
俺は合意したつもりではないが……いや、アヴィドについていくと決めた時点で合意になるのだろうか。そんなことを考えてる内に通されたのはフロア同様薄暗く淫靡な雰囲気の部屋だ。扉を開けばすぐ目の前にはベッドみたいに大きなソファがドーン!と待ち構えてるではないか。
「ここから先は邪魔者もいない。楽にすればいい」とアヴィドは言った。できるわけがないだろう。けれど、いつまでも棒立ちでいるわけにも行かない。促されるように俺はソファの縁に腰を下ろす、そして、その隣にアヴィドが腰を下ろすのだ。近い、というか、なんだこれ、すげー気まずいというか俺が意識し過ぎなだけなのだろうけど。
「……あの、ありがとうございました」
何か、何か言わないと。このままでは確実になんか……こう、くんずほぐれつなことになってしまいそうな気がする。危惧し、口を開く俺にアヴィドは「なにがだ?」と流し目でこちらを見るのだ。う、顔がいい。……。
「え、あの……ヴァイスから助けてくれたんじゃ……」
「違うな。俺はただ君を借りたんだ」
「へ?」
「……君も、ここがどういう趣旨の店かわかっているのだろう」
薄暗い照明の下、アヴィドの笑みが余計艶かしく見える。
遠くから聞こえてくる官能的なクラシックジャズに、頭がクラクラするような甘い匂いはアヴィドからするのだろうか。
そっと伸びてきた冷たい指先に顎の下を撫でられ、耳元で囁かれた瞬間、ぞくりと頭の奥が熱くなるのだ。
「そ、それは……その……っ」
「ヴァイス――そう名乗るあの男は今までにも実験と称して何人もの同胞を殺してきた重罪人だ。同胞殺しの罪は重い。本来ならば死刑も免れないが、何をどうやったのか監獄の主と取引をし、ノコノコと地上に戻ってきてはまた同じことを繰り返そうとしている。そして、この店をその殺戮の場にしてだ」
「エッチなことを……え?」
予想の斜め上のアヴィドの言葉に、思わずアホのような声が出てしまう。固まる俺に、アヴィドも目を丸くした。そして、笑う。
「……少年、そんなつもりで俺についてきていたのか?」
「あ、いえ、これは……っその!」
「いや、その認識は間違いではない。表向きはここは不死者専用の風俗店だ。……そうだな、お前がそんな風に思うのも間違いではない……が……くく……っ」
「……ッ! ……ッ!」
全部、全部巳亦のせいだ。巳亦があんなことするから、俺の思考まで変になっていってしまってる!
顔が熱くなって、俺はもう顔を上げることもできなかった。声を殺して笑うアヴィドに、俺はもういっそ殺してくれと泣きたくなった。
「そう気に病むな、誰にでも勘違いはある」
「……う、うぅ……すみません……」
正直、恥ずかしい。
何故俺はアヴィドに慰められているのだろうか。アヴィドからしてみれば勝手に勘違いした自意識過剰のガキなのに、リューグなら絶対嫌ってくらいネタにしてイジってくるだろうがアヴィドはそんなことしない。これが人間性の差というやつか……相手は吸血鬼だが。
「それよりも、伊波。さっきの話だが……」
「あ、あの……俺も、聞きました。ヴァイスの口から……俺を、実験体にするって……それで、そのとき一緒にいた友達も連れて行かれてしまったんです」
頭はまだこんがらがったままだった。
そうだ、テミッド。巳亦。黒羽さん。大丈夫だろうか、と不安になり、いても立ってもいられなくなる。立ち上がろうとして、「まあ落ち着け」とアヴィドに肩を掴まれた。
「つまり伊波、君はあいつに友達を人質に捕られているということか。それでその代わりに協力を要請されていると」
「は……はい」
「それなら話が早い。少年、俺が君の友達を助けてやるから俺に協力してくれないか」
「します、なんでもします!」
俺の方から頼みたいくらいだったのに、まさかアヴィドの方から持ち掛けてくるなんて。咄嗟に手を挙げれば、アヴィドは驚いたように目を丸くする。
「おい、少しは内容聞いてから決めた方がいいんじゃないか?」
「いえ、テミッドたちを助けてくれるなら……俺は……っ!」
手段を選んでる暇などあるのか。そう、逸る俺にアヴィドは目を伏せて小さく笑うのだ。
「なるほど、噂通りだな」
「へ?」
「……リューグのやつがえらく君のことを気に入ってるようだったが、確かに話に違わぬお人好しのようだ」
リューグが?アヴィドに?俺のことを?
あいつ変なこと言ってないだろうなと思ったが、予想してなかっただけに一瞬思考停止する。そんなこと言ってたのか、いつも俺に嫌味と嫌がらせしかしないくせに。
「そ……そんなことは……」
「恥ずかしがることはない。仲間思いなのは立派なことだろう、寧ろ誇るべき美点だ」
「あ……う……」
アヴィドに褒められると本当に自分が立派な人間みたいに思えてくるから不思議だ。なんだろうか、褒め上手というか……不思議な人だ。自信が湧いてくるのだ。
励ますようにポンポンと背中を叩いたアヴィドだったが、すぐにその表情から笑みが消えた。真剣な目だ。俺は慌てて背筋を伸ばす。
「俺の目的は一つ、あの男――ヴァイスの化けの皮を剥がすことだ。そして監獄へとブチ込む」
「化けの皮を……」
「既に餌はばら撒いてある。現に君も見たのだろう、あの男の異常性の一片を」
言われて、俺は地下の屍を思い出した。
頷き返せば、アヴィドは頷く。
「この店には既に俺の部下が入り込んでいる。あとは君の捕まった友達を見つけ出せば早い」
「あ、あの……っ」
「どうした、少年」
「……なんで、アヴィドさんがこんなことしてるんですか?」
警察、というか自警団のような真似。それこそ風紀を取り締まる獄長……いや、獄吏の仕事ではないか。
尋ねれば、アヴィドは少しだけ眉を動かした。
「……地下監獄が閉鎖、監獄長の解雇・不在に当たって、現在この都市の無法地帯になりつつある。このままでは以前の魔界、いや、厄介を一箇所に集めてる時点で更に面倒な状況になることは避けられんだろう」
「……それは……」
「我が魔王様の望みはただ一つ、魔界の平和だ。そのために平和を脅かす危険因子は早急に排除しなければならない。なお且つ平和的に、と。――排除だけならまだ楽なのだろうがな」
「ま、おう様……」
「君はまだ会ったことがないのだったな、我が魔王様に」
こくりと頷き返せば、アヴィドは薄く笑う。
「彼も君と同じお人好しだ。恐らく、君ならば仲良くできるのかもしれないな」
……アヴィドは現魔王お願いのために危険人物であるヴァイスに探りを入れていたということか。
しかし、話を聞けば聞くほど親近感が沸くというか……魔王様か、あまりにも強大な存在すぎて全く想像できなかったのに、黒羽やアヴィドから聞く魔王様はきっととてもいい人なんだろうと思えるから不思議だ。
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