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第三章【注文の多い魔物たち】
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守衛室があるというその建物前。
近代的な自動ドアを潜れば、社会科見学で覗いた企業のようなフロントが広がっているではないか。けれどそこにいるのは受付嬢ではなく、粘膜のような皮膚を持った形容し難い肉塊のモンスターがいた。それでもきっちりとスーツを着込んでるのが余計グロテスクというか……。
「守衛の赤穂殿はいるか。……伊波様が会いたいと仰られている。そう伝えてくれ」
「畏まりました、少々お待ちください」
夜中便所に行く途中で見かけたら間違いなく飛び上がってしまいそうなその受付からは無機質な声が聞こえてきた。
そしてどこかへ連絡して間もなく、奥の巨大な扉が開く。そして、現れたのは俺よりも一回りも二回りも大きな黒服の男――ではなく、鬼だった。
血を被ったような赤い皮膚、そしてスーツの上からでもわかる丸太か何かのように分厚い筋肉に覆われた体躯。一本、また一本と近づく度に建物全体が揺れてるような錯覚に陥った。
「……赤穂殿」
赤鬼、もとい赤穂は俺達を見つけるとその分厚い体を軽く曲げ、会釈した。そして、そのまままっすぐ俺たちの前までやってきた。
「伊波様、そして黒羽様……ご無沙汰しております。此度はどういったご要件で?」
「今日は赤穂殿に用があってここへ参った。時間はあるか?」
「ええ、構いませんが……少々お待ちください」
「少し出てくる。頼んだぞ」と、受付に声を掛ける赤穂。
初めて会った時は屋外だったからか、あのときもその大きさに圧倒されたが今回は屋内だから余計大きく見えてしまう。
受付に声をかけた赤穂はすぐに俺たちの元へやってきた。
「お待たせしました、それでは奥へどうぞ」
そう赤穂に連れられて案内されたのは応接間のようだった。
ここの魔物の体躯にあわせてるのだろうか、大きめのソファーが並んだそこに腰を掛ければ、体は柔らかいクッションへと沈んでいく。すごい、フカフカだ。
向かい側のソファーに赤穂が腰をかけ、俺の隣に座った黒羽は沈みかけていた俺を引き上げてくれる。
本題。
「……あの、すみませんお仕事中に」
「いえ、自分の業務はもう終わったあとでしたので。……それに、伊波様からの用件は私どもにとっては最重要項目です」
冗談、なのではないのだろう。赤穂の言葉に嘘偽りは感じないが、だからこそ余計なんだか無理させているようで申し訳なくなる。……ここまで職権濫用しているのだから今更ではあるのだけれど。
「……それで? 自分に話というのは……?」
「あ、あの……赤穂さんに聞きたいことがあって」
「自分に聞きたいことですか?」
「中華料理が好きって本当ですかっ?」
つい、身を乗り出してしまえば、キョトンと目を丸くした赤穂はずり下がる眼鏡を慌てて戻す。
しまった、これでは遠回り過ぎたか。そう内心焦るが、落ち着け俺。深呼吸だ……相手は大きな鬼だが俺が知ってる鬼よりも云倍も話がわかりそうな真面目な鬼だ。怖がるな、落ち着くんだ。
「中華……そうですね、どこから聞いたのかは存じ上げませんが確かに私は中華料理は好きですね」
「あの、赤穂さんは刑天閣の常連さんでもあるって聞いたんですけど……」
刑天閣の名前を出したとき、僅かに赤穂の胸筋が上下する。そして、バツが悪そうに俺から視線を反らすのだ。
「ええ、確かにあの店にはよく勤務後同僚たちを連れて食事に行っていました。……けれど、それも先月までの話です」
「赤穂さんも、刑天閣の噂聞いたんですか? ……あの、腐った死体の肉使ってるだとか、客が帰ってこないとか……」
「『も』ということは、貴方も?」
赤穂に聞かれ、はい、と素直に答えることにした。
敢えて刑天閣で働いてることを伏せて客目線で戻ってくるように伝えた方が効果的ではたいか、とか、色々考えてはいたがやっぱり正直に話すのが一番のような気がしたのだ。
「俺、今刑天閣のお手伝いするついでに刑天閣の悪評の元を調査してるんです」
「え、伊波様がですか?」
「その……実際に調べてもらってるのは黒羽さんとか、知り合いの人なんですけど……刑天閣の噂は全部嘘なんです。だから刑天閣の人たちもお客さんが来なくなって落ち込んでるし……それで、もし悪評の元が分かればまた以前みたいに経営できるんじゃないかと思って赤穂さんに話を聞きにきたんです」
しどろもどろ、なんとか事情を説明してみるが赤穂の反応は渋い。何やら困惑してる気配すらある。……無理もない、突然勤務中に押しかけてきてそんなことを言われたら俺だって困惑するだろう。
「……お忙しいところ、申し訳ないです。あの、無理にとは言わないんでどこで聞いたとかちょっとしたことで思い出したことあるなら教えてもらいたいです」
「伊波様……そうか、貴方が刑天閣に……」
「刑天閣の噂は全部真っ赤な嘘なんです。きっと、わざとお客さん減らそうとして噂を流してる誰かがいるはずなんですけど……見当も付かなくて」
「話を誰に聞いたのか……というのはハッキリと覚えていません、その場にたまたま居合わせた客に聞いたもので……自分もその、記憶が大分薄れてまして」
「あ、あの! どこでとかってわからないですか?」
「……確か、同僚に連れて行かれた初めて行くバーでしたね。紹介制で、やたら入店までに時間を割かれた覚えがあります」
「バー……?」
「ええ、確かアンデッドの種族以外は入れないようになっているらしく入店前に色々審査されるんですよ。時間がかかったわりに酒の質は悪く、何よりウエイターの態度が悪かったのは覚えてますね」
その時のことを思い出しているようだ、憤慨する赤穂はなかなか迫力がある。
……しかし、これは結構な有力情報じゃないか……?
「顔とか、なんか特徴とか覚えてないですか……?」
「……店内も薄暗かったのでよく顔も見えなかったのですが……やけに鼻につく男だった気がします。すみません、種族まではわかりませんでした……」
「いいえ、充分です。ありがとうございます」
場所がわかっただけでも大きい。
黒羽にアイコンタクトを送れば、黒羽は小さく頷き返し、そして立ち上がった。
「……赤穂殿、貴重な話をありがとう」
「ありがとうございました、赤穂さん」
「……した……っ!」
「……力になれることは少ないかも知れませんが、また何かございましたら自分は大抵ここか門にいるので」
「ありがとうございます」ともう一度頭を下げる。
立ち上がる赤穂は「外までお見送りします」と俺たちのために扉を開けてくれた。
それから、建物を出たとき。黒羽の愛車の前で待っていたホアンは俺たちの姿を見ると手を振ろうとし、そして、その後ろからついてきていた赤穂を見て慌てて車体の影に隠れるのだ。赤穂は気付かなかったようだが、俺はしっかりと見ていた。
「それでは、自分はこれで」
「お見送りまでありがとうございました」
人……というか魔物は見た目に依らないとはいうが、その通りだと思う。赤穂と話している間にすっかり緊張は解れ、別れることに一抹の名残惜しさすら覚えるほどだ。
そして赤穂も赤穂で何か踏み止まるような、何か言いたげな目線を向けてくる。
「あの、赤穂さん……どうしました?」
「伊波様方はこれから例のレストランへと向かわれるおつもりでしょうか」
「はい、一応そのつもりですけど……」
「……何故そこまでされるのですか?」
予想していなかった問いかけに、思わず「へ?」とアホみたいな声が漏れた。
けれど、赤穂はピクリとも笑っていない。真剣なその眼差しに俺は思わず息を飲む。
「何故って……」
「もしかして、刑天閣の従業員に何か弱みを握られている……というわけではないですか?」
「…………」
ああ、と思った。なるほど、と。
赤穂は不思議で仕方ないのだろう、何故俺がこうして動き回っているのが。
和光からある程度魔界ならではの思想については聞いていた、利己のためでしか動かない。利害が一致しなければ手を組むことはない。それは、悪いことではない。俺だって、自分に損になることはしたくないし……なら多分これは。
「俺は、刑天閣の……料理長の料理が好きだから、潰れてほしくないだけです」
「……それは……」
「弱み、ってことになるんですかね……? これも」
少なくとも胃袋は掴まれてしまってるわけだ。
赤穂は少しだけ考え込んで、そして、控えめに微笑んだ。
「……そうですね、刑天閣の料理は天下一品ですから」
そして、赤穂と別れた俺達は車へと戻る。後部座席には……いた、何も知らん顔して座ってるホアンが。
「ホアン、お前さっき赤穂さん見て隠れただろ」
「何言ってるアルか、阿拉はただ急に腹が痛くなっただけネ」
「……ホアン、嘘吐いてる……キョンシー、お腹痛くならない……」
「アーアー! 聞こえないアル……!」
ホアンもホアンで複雑なのか、赤穂の言葉を考えると刑天閣のことを完全に嫌いになったわけでもないだろう。
赤穂の言葉を伝えようと思ったのに、ホアンは耳を塞いだままそっぽ向いてる。……この調子では今伝えるのは無理そうだ。
仕方ない、と俺は運転席に座る黒羽に向き直る。
「黒羽さん、さっき赤穂さんが言ってた紹介制のバーだけど……」
「一軒心当たりがある。ビザール通りの裏路地にある夜間のみ営業行う不死者限定会員制バーだ。……私と巳亦は弾かれたため調査できていないが、そうか、ホアンとテミッドがいれば或いは……」
「……ぼ、僕……行く、行きます……なにかお手伝い、したいです……」
「不死限定アルか、きな臭いネ。……そこに何かがあるってことアルか?」
「ああ、赤穂殿の話によるとそこで出会った客に刑天閣のよからぬ話を吹き込まれたという」
「フーン……そういうことアルか、行ってみる価値はありそうネ」
「二人がいるのは心強いけど……問題は紹介してくれる人、だよね……」
「知り合いにその店のこと知ってる奴いるかもしれないネ、確認してみるアル」
「ぼ、僕も……っ」
そして、悪評の元凶を突き止めるため俺達は件のバーに潜入するための下準備をすることになったのだった。
しかしこうも上手く物事が進んでいるときというのはどうしようもなく不安になるものらしい、付き纏ってくる不穏なものを感じながらも俺はそれを見てみぬふりしてホアンたちに着いていくことにした。
近代的な自動ドアを潜れば、社会科見学で覗いた企業のようなフロントが広がっているではないか。けれどそこにいるのは受付嬢ではなく、粘膜のような皮膚を持った形容し難い肉塊のモンスターがいた。それでもきっちりとスーツを着込んでるのが余計グロテスクというか……。
「守衛の赤穂殿はいるか。……伊波様が会いたいと仰られている。そう伝えてくれ」
「畏まりました、少々お待ちください」
夜中便所に行く途中で見かけたら間違いなく飛び上がってしまいそうなその受付からは無機質な声が聞こえてきた。
そしてどこかへ連絡して間もなく、奥の巨大な扉が開く。そして、現れたのは俺よりも一回りも二回りも大きな黒服の男――ではなく、鬼だった。
血を被ったような赤い皮膚、そしてスーツの上からでもわかる丸太か何かのように分厚い筋肉に覆われた体躯。一本、また一本と近づく度に建物全体が揺れてるような錯覚に陥った。
「……赤穂殿」
赤鬼、もとい赤穂は俺達を見つけるとその分厚い体を軽く曲げ、会釈した。そして、そのまままっすぐ俺たちの前までやってきた。
「伊波様、そして黒羽様……ご無沙汰しております。此度はどういったご要件で?」
「今日は赤穂殿に用があってここへ参った。時間はあるか?」
「ええ、構いませんが……少々お待ちください」
「少し出てくる。頼んだぞ」と、受付に声を掛ける赤穂。
初めて会った時は屋外だったからか、あのときもその大きさに圧倒されたが今回は屋内だから余計大きく見えてしまう。
受付に声をかけた赤穂はすぐに俺たちの元へやってきた。
「お待たせしました、それでは奥へどうぞ」
そう赤穂に連れられて案内されたのは応接間のようだった。
ここの魔物の体躯にあわせてるのだろうか、大きめのソファーが並んだそこに腰を掛ければ、体は柔らかいクッションへと沈んでいく。すごい、フカフカだ。
向かい側のソファーに赤穂が腰をかけ、俺の隣に座った黒羽は沈みかけていた俺を引き上げてくれる。
本題。
「……あの、すみませんお仕事中に」
「いえ、自分の業務はもう終わったあとでしたので。……それに、伊波様からの用件は私どもにとっては最重要項目です」
冗談、なのではないのだろう。赤穂の言葉に嘘偽りは感じないが、だからこそ余計なんだか無理させているようで申し訳なくなる。……ここまで職権濫用しているのだから今更ではあるのだけれど。
「……それで? 自分に話というのは……?」
「あ、あの……赤穂さんに聞きたいことがあって」
「自分に聞きたいことですか?」
「中華料理が好きって本当ですかっ?」
つい、身を乗り出してしまえば、キョトンと目を丸くした赤穂はずり下がる眼鏡を慌てて戻す。
しまった、これでは遠回り過ぎたか。そう内心焦るが、落ち着け俺。深呼吸だ……相手は大きな鬼だが俺が知ってる鬼よりも云倍も話がわかりそうな真面目な鬼だ。怖がるな、落ち着くんだ。
「中華……そうですね、どこから聞いたのかは存じ上げませんが確かに私は中華料理は好きですね」
「あの、赤穂さんは刑天閣の常連さんでもあるって聞いたんですけど……」
刑天閣の名前を出したとき、僅かに赤穂の胸筋が上下する。そして、バツが悪そうに俺から視線を反らすのだ。
「ええ、確かにあの店にはよく勤務後同僚たちを連れて食事に行っていました。……けれど、それも先月までの話です」
「赤穂さんも、刑天閣の噂聞いたんですか? ……あの、腐った死体の肉使ってるだとか、客が帰ってこないとか……」
「『も』ということは、貴方も?」
赤穂に聞かれ、はい、と素直に答えることにした。
敢えて刑天閣で働いてることを伏せて客目線で戻ってくるように伝えた方が効果的ではたいか、とか、色々考えてはいたがやっぱり正直に話すのが一番のような気がしたのだ。
「俺、今刑天閣のお手伝いするついでに刑天閣の悪評の元を調査してるんです」
「え、伊波様がですか?」
「その……実際に調べてもらってるのは黒羽さんとか、知り合いの人なんですけど……刑天閣の噂は全部嘘なんです。だから刑天閣の人たちもお客さんが来なくなって落ち込んでるし……それで、もし悪評の元が分かればまた以前みたいに経営できるんじゃないかと思って赤穂さんに話を聞きにきたんです」
しどろもどろ、なんとか事情を説明してみるが赤穂の反応は渋い。何やら困惑してる気配すらある。……無理もない、突然勤務中に押しかけてきてそんなことを言われたら俺だって困惑するだろう。
「……お忙しいところ、申し訳ないです。あの、無理にとは言わないんでどこで聞いたとかちょっとしたことで思い出したことあるなら教えてもらいたいです」
「伊波様……そうか、貴方が刑天閣に……」
「刑天閣の噂は全部真っ赤な嘘なんです。きっと、わざとお客さん減らそうとして噂を流してる誰かがいるはずなんですけど……見当も付かなくて」
「話を誰に聞いたのか……というのはハッキリと覚えていません、その場にたまたま居合わせた客に聞いたもので……自分もその、記憶が大分薄れてまして」
「あ、あの! どこでとかってわからないですか?」
「……確か、同僚に連れて行かれた初めて行くバーでしたね。紹介制で、やたら入店までに時間を割かれた覚えがあります」
「バー……?」
「ええ、確かアンデッドの種族以外は入れないようになっているらしく入店前に色々審査されるんですよ。時間がかかったわりに酒の質は悪く、何よりウエイターの態度が悪かったのは覚えてますね」
その時のことを思い出しているようだ、憤慨する赤穂はなかなか迫力がある。
……しかし、これは結構な有力情報じゃないか……?
「顔とか、なんか特徴とか覚えてないですか……?」
「……店内も薄暗かったのでよく顔も見えなかったのですが……やけに鼻につく男だった気がします。すみません、種族まではわかりませんでした……」
「いいえ、充分です。ありがとうございます」
場所がわかっただけでも大きい。
黒羽にアイコンタクトを送れば、黒羽は小さく頷き返し、そして立ち上がった。
「……赤穂殿、貴重な話をありがとう」
「ありがとうございました、赤穂さん」
「……した……っ!」
「……力になれることは少ないかも知れませんが、また何かございましたら自分は大抵ここか門にいるので」
「ありがとうございます」ともう一度頭を下げる。
立ち上がる赤穂は「外までお見送りします」と俺たちのために扉を開けてくれた。
それから、建物を出たとき。黒羽の愛車の前で待っていたホアンは俺たちの姿を見ると手を振ろうとし、そして、その後ろからついてきていた赤穂を見て慌てて車体の影に隠れるのだ。赤穂は気付かなかったようだが、俺はしっかりと見ていた。
「それでは、自分はこれで」
「お見送りまでありがとうございました」
人……というか魔物は見た目に依らないとはいうが、その通りだと思う。赤穂と話している間にすっかり緊張は解れ、別れることに一抹の名残惜しさすら覚えるほどだ。
そして赤穂も赤穂で何か踏み止まるような、何か言いたげな目線を向けてくる。
「あの、赤穂さん……どうしました?」
「伊波様方はこれから例のレストランへと向かわれるおつもりでしょうか」
「はい、一応そのつもりですけど……」
「……何故そこまでされるのですか?」
予想していなかった問いかけに、思わず「へ?」とアホみたいな声が漏れた。
けれど、赤穂はピクリとも笑っていない。真剣なその眼差しに俺は思わず息を飲む。
「何故って……」
「もしかして、刑天閣の従業員に何か弱みを握られている……というわけではないですか?」
「…………」
ああ、と思った。なるほど、と。
赤穂は不思議で仕方ないのだろう、何故俺がこうして動き回っているのが。
和光からある程度魔界ならではの思想については聞いていた、利己のためでしか動かない。利害が一致しなければ手を組むことはない。それは、悪いことではない。俺だって、自分に損になることはしたくないし……なら多分これは。
「俺は、刑天閣の……料理長の料理が好きだから、潰れてほしくないだけです」
「……それは……」
「弱み、ってことになるんですかね……? これも」
少なくとも胃袋は掴まれてしまってるわけだ。
赤穂は少しだけ考え込んで、そして、控えめに微笑んだ。
「……そうですね、刑天閣の料理は天下一品ですから」
そして、赤穂と別れた俺達は車へと戻る。後部座席には……いた、何も知らん顔して座ってるホアンが。
「ホアン、お前さっき赤穂さん見て隠れただろ」
「何言ってるアルか、阿拉はただ急に腹が痛くなっただけネ」
「……ホアン、嘘吐いてる……キョンシー、お腹痛くならない……」
「アーアー! 聞こえないアル……!」
ホアンもホアンで複雑なのか、赤穂の言葉を考えると刑天閣のことを完全に嫌いになったわけでもないだろう。
赤穂の言葉を伝えようと思ったのに、ホアンは耳を塞いだままそっぽ向いてる。……この調子では今伝えるのは無理そうだ。
仕方ない、と俺は運転席に座る黒羽に向き直る。
「黒羽さん、さっき赤穂さんが言ってた紹介制のバーだけど……」
「一軒心当たりがある。ビザール通りの裏路地にある夜間のみ営業行う不死者限定会員制バーだ。……私と巳亦は弾かれたため調査できていないが、そうか、ホアンとテミッドがいれば或いは……」
「……ぼ、僕……行く、行きます……なにかお手伝い、したいです……」
「不死限定アルか、きな臭いネ。……そこに何かがあるってことアルか?」
「ああ、赤穂殿の話によるとそこで出会った客に刑天閣のよからぬ話を吹き込まれたという」
「フーン……そういうことアルか、行ってみる価値はありそうネ」
「二人がいるのは心強いけど……問題は紹介してくれる人、だよね……」
「知り合いにその店のこと知ってる奴いるかもしれないネ、確認してみるアル」
「ぼ、僕も……っ」
そして、悪評の元凶を突き止めるため俺達は件のバーに潜入するための下準備をすることになったのだった。
しかしこうも上手く物事が進んでいるときというのはどうしようもなく不安になるものらしい、付き纏ってくる不穏なものを感じながらも俺はそれを見てみぬふりしてホアンたちに着いていくことにした。
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