人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

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 それから、刑天閣を出た俺と黒羽は学園へと向かった。
 なんだか濃い一晩を過ごしたせいか学園の風景すら懐かしく思えてくる。
 いつものように文学部を受講し、グレアの眠たくなるような声を聞きながらも俺はずっとどうすれば刑天閣のお客さんが増えるかを考えていた。
 ホアンは俺が客寄せパンダになるといっていたが、俺だってずっと居られるわけではない。
 やっぱり、悪い噂が全部根拠のない誤解だと示すしかないのか。
 でもそれは黒羽と巳亦に任せてるし、俺にもできること……。でも俺がでしゃばりすぎてまたマオみたいな面倒な客のせいで刑天閣が巻き込まれるのも嫌だ。
 一体どうすれば……と考えている内に気付けば授業は終わっていたらしい。
「伊波様」と、やってきた黒羽に声をかけられ、そこでハッとする。

「く、黒羽さん……」
「刑天閣のことを考えていたのか」
「う……うん……俺に何かできないかなって思ったんだけど……」

 アイデアを出すだけ出したノートを見て、黒羽は何か考え込んでるようだ。
 ちゃんと授業を聞けと怒られるのだろうか、と構えたときだった。

「わぁ~~、すごいいっぱい書かれてますね」

 黒羽の後ろからひょっこり顔を出すのはローブを深く被った男、もといグレアだ。
 俺のノートを覗き込み、「僕、日本語読めないんですけど君はとても可愛らしい字を書きますね」と優しく微笑む。
 内心サボってるのバレたんじゃないかと驚いたが、その言葉に安堵する。

「グレア先生……」
「授業中、ずっと上の空のようでしたから少し気になったんです。……何か悩みですか?」
「う……」

 と思ったらやはりバレていたらしい。
 流石魔界の先生というべきか、ふわふわと漂うような甘い声につい罪悪感を覚える。

「ご、ごめんなさい……」
「んー……僕にはやっぱり言いにくいですかねえ?」
「そういうわけじゃないんですけど……なんと言ったらいいのか……」

 そもそも言葉にし辛い上、経緯も経緯だ。
 けれど、純粋に心配してくれるグレアの気持ちは嬉しいし、ありがたい。
 と、そこまで考えてふと思い付いた。

「そうだ、グレア先生って中華料理好きですか?」
「中華料理ですかぁ? ……うーん、僕はあんまり食べないですけど……確か守衛の赤穂さんは大好きだって言ってましたね」

 守衛、と呼ばれてピンとこなかったが、ここに始めてきた日、学園前の門番をしていた赤鬼と青鬼を思い出す。
 確か、キッチリとした人……ではなく、鬼だった気がするが……。

「なんかお気に入りのお店が色々問題が起こしたとかで行くの辞めてしまったけど、そこのお店以上の味に出会えず最近満足な食事に有りつけてないだとかどうとか言ってましたけど……」

 そのグレアの言葉に、俺はすぐに刑天閣を思い浮かべる。問題になった中華料理店といえば刑天閣に違いない。
 思わず立ち上がれば、あまりに勢いつきすぎて前のめりになってしまう。
 けど、止まれなかった。

「も、もしかして、そこって刑天閣って店じゃないですか……?!」
「すみません、お店の名前まではハッキリと覚えてなくて……」
「そ、そうですか……」
「ですが、今の時間帯なら確か校門傍の守衛室に居ると思いますよ。オススメの場所見付けたら赤穂さんに教えてあげてくださいね。彼は良い方なので、きっと仲良くなれると思いますよ」

 にこーっと微笑むグレアだったが遠くから聞こえてくる鐘の音を聞き、はっとする。

「ああ、そう言えば次の授業の準備しないといけないんでした……すみません、僕はこれで失礼します」
「あのグレア先生、ありがとうございました……!」
「……? よくわからないですけど、伊波君の力になれたのならよかったです」

 それじゃあ、とグレアは会釈し、そのまま静かに教室を後にした。

「よし……!」

 そう頬を叩いて気合を入れ直す俺に、黒羽は訝しげな顔をする。

「伊波様、何を……」
「赤穂さんのところに行ってみようと思う」
「……あの赤鬼の元へ? 何故……」
「赤穂さん、元々刑天閣の常連さんなのかも知れない。噂が嘘だとわかったら、きっとまた通ってくれるはずだよ」

 もちろんあくまで希望的観測でしかないが、一人でも多く誤解が解ければ大きいはずだ。
 黒羽は終始気難しい顔をしていたが、俺が折れないとわかっていたのだろう。

「……わかった。守衛室へと向かうのだな」
「っ、黒羽さん……!」
「説得が難しいと判断した場合は、話の途中だとしてもすぐに連れ戻す。……構わないな」
「う、うん! ありがとう、黒羽さん……!」

 絶対渋い顔されるとは思っていたけど、それでもこうして黒羽が協力してくれるのは有り難い。
 早速俺達は赤穂のいるであろう守衛室へと向かうことになる。


 守衛室に向かうには、一度学園を出てこの敷地内に入るためのあのゲートまで行かないと行けないようだ。
 そこまでは黒羽の例の愛車(愛馬と呼ぶべきか)で送るという黒羽に正直ホッとする。
 いくら魔界の中の施設とは言え、都市並の広さはある施設だ。

 というわけで、学園のロビーを通り抜け、外へと出ようとしたときだった。
 様々な魔物たちが行き交うロビー。
「おーい」と遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
 その声には聞き覚えがある。人混みの中、声の主を探し当てようとしたとき、頭一つ突き抜けた長身の男がこちらに手を振ってるのを見つけた。ホアンだ。

「ホアン!」
「よーやく会えたアルネ。……おっと、テミッドもいるアルヨ」
「い、伊波様……おはようございます……っ」

 近寄れば、隣で背伸びしてたらしいテミッドはパタパタと駆け寄ってくる。恥ずかしそうにしながらも、ぺこっと頭を下げてくるテミッド。相変わらず眩しい笑顔だ。
 おはようというには少々遅い気がするが、まあいいや。

「おはよう、テミッド。ホアンも、昨日はその……色々ありがと」
「……私からも礼を言う。お陰で伊波様も休まることができた」

 黒羽の言葉に不本意ながら昨夜のことを思い出し、思わずギクリとした。目を合わせないように俯く俺を見て、ホアンは細い目を更に細め、「そりゃよかったアルネ」と意味深に笑うのだ。

「ヨウ、黒羽サン。あれから狐狸と猫とは会ったアルか?」
「そういや、見かけてないな……」
「哦ー、やっぱりそうアルか……阿拉も探しているけどどこかへ雲隠れしてるみたいネ。目撃証言すら上がらないアル」
「やっぱりそうなのか」

 出会わなくてホッとする反面、大人しいとそれはそれで不安になる。五重塔でうっかり能代と鉢合わせになる可能性も危惧していたが、それどころか狐の姿すら見えないし。
 そもそも化けることに長けてる二人だ、探すとなると骨が折れそうだ。
 そんな俺達を見比べていたテミッドは、不安そうな顔をしてこちらを見る。

「い……伊波様、能代様が伊波様に乱暴したというのは……その、本当なんですか……?」
「ら、乱暴……っ?」
「だから阿拉ずっと言ってたネ、あの狐狸はろくでもないやつって」
「そ、んな……能代様、僕にも優しかったのに……」
「アイツは面食いなだけアル」
「珍しく意見が合うな」

 余程能代のことが気に入らないらしい、ホアンと黒羽が握手する。まあ、少しでも仲良くなってくれたのは有り難いが……。そうか、テミッドは能代に可愛がられていた。
 能代の本性を嫌ってほど知ってしまった俺からしてみればホアンの言葉もよくわかるのだが、テミッドからしてみれば可愛がってくれていた先輩……なのか、よくわからないがきっとテミッドに対しては優しかったのだろう。

「テミッド……」
「でも、伊波様に酷いことする人は……許せない」
「て、テミッド……?」

 落ち込んでるのかと思い、恐る恐る名前を読んだとき、手をそっと握り締められる。冷たく、ひんやりとした少しだけ湿った肌。

「……伊波様は、僕が守ります」

 長い前髪の下から覗く深い色の瞳に、思わず息を飲む。
 下手したら俺よりも細いんじゃないかと思うほどの指なのに、きゅっと握り締めてくるその力は強い。
 けれど、すぐにその手は離れた。

「……能代様の匂いは、覚えてますので僕も一緒に行きます。……あの方が近付かないように」
「それは助かるが……」

 黒羽はテミッドの扱いに迷ってるようだ。けれど、その目を見て本心だと判断したのだろう。「あまり無茶なことはするなよ」と釘を刺す。テミッドははい、と数回頷いた。

「それじゃ、行くアル」
「……待て、何故お前も着いてくるつもりだ」
「今日は刑天閣も休みだから阿拉暇アルネ、どうせ今から張り込みにでも行くつもりだったんじゃないアルか?」
「張り込みというか……なんというか……」
「ま、ま、細かいことは気にしちゃ駄目ネ。一寸光陰一寸金、さっさと行くアル」
「あ、おい、押すなってば!」

 ……とまあ、成り行きでついてくることになったテミッドとホアンも加えて一度学園の敷地から出ることになったわけだが……なんだか一気に賑やかになった気がする。
 黒羽の愛車に乗り込み、俺達はゲート付近まで大移動することになった。
 その途中、今から守衛に会いに行くその理由を説明していたのだが、どうやらホアンも覚えていたようだ。

「赤穂サンネ、覚えてるアルヨ。あの人はよく食べるし散らかさないしチップもくれるいいお客様だったアル」
「やっぱりそうだったのか……」
「けど、それなら阿拉行かない方がいいかも知れないアルネ。ヤラセって思われるアル」
「今更何言ってるんだよ、人を客寄せに使っておいて」
「ヨウのくせに痛いところ突くネ」
「ホアンは他の常連客とか覚えてないのか?」
「覚えてないこともないけど、まさか全員に会いに行くアルか?」
「う……だめ?」
「正直な話、無駄足になるネ。連中は噂を聞いて通うのを止めた連中ばかりアル。すぐに納得するとは思えないネ」
「……で、でも……もしかしたら気が変わるんじゃ……」
「……まあ、ヨウの気持ちは有り難いアル。けど、阿拉もそれは何度か試したアルヨ」

 その結果がどうだったかはホアンは言わないが、表情と現状からするに一目瞭然だ。
 俺は何も言えなくなる。
 重苦しい空気が車内に流れた。隣のテミッドは、俺を慰めるように視線を向けてくる。大丈夫だよ、と視線を返したとき。

「……ホアン、お前は赤穂殿には話をしたのか?」

 先程まで静観していた黒羽が会話に入ってくる。
 名前を呼ばれたホアンは少しだけ意外そうにして、「没有」と首を横に振る。そんなホアンを一瞥し、そして窓の外へと視線を戻す黒羽。

「なら、試すだけ価値があるはずだ」
「っ、黒羽さん……」
「ついたぞ、ここから先は徒歩しか入れないようだ」

 その言葉と同時に、車が停まる。全員が車から降りた途端、黒いその車は夜空へと飛んでいった。
 そして、俺は目の前に聳え立つ既視感のある建物を見上げた。近代的というか、人間界で見かけたようなビルだ。
 絵本のようなメルヘンな魔界には恐ろしく浮くその建物、ここに赤穂がいる。そう思うと、今更緊張してきた。
 ホアンは建物の外で待っていると言った。自分がいると話しにくいだろうとも。
 そして、先陣を切る黒羽の後ろから俺とテミッドはついていく。
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