人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

14※

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 黒羽に担がれ、隣の部屋まで連れて来られた俺。
 黒羽が後ろ手に扉を閉めるのを見て心臓が大きく跳ねた。
 ――内側から開けないと開かない扉。
 今回の件でその事実が揺らいでしまったが、それでも特殊な鍵がなければ開かない扉になっている。
 そして、その鍵を持ったホアンたちは戻っていった。
 ということは、正真正銘俺たちは二人きりになるということだ。
 こんな格好、それも、このタイミングで黒羽に化けた能代に犯されたときの恥態を思い出してしまい急に恥ずかしくなる。
 能代たちといた赤で塗られた部屋とは打って変わって、その部屋は黒や金を基調にした高級感溢れる造りになっていた。色違いなだけで大きく造りが変化してるわけではなさそうだ、天蓋付きのベッドに降ろされたとき、沈む体に心臓がトクトクと脈打ち始める。

「暫くここで横になってるといい」

 薄暗い寝室の中、灯籠の火が揺らめく。
 あの甘ったるい匂いはないが、薄暗いからだろうか。どうやっても先刻までのことを思い出してしまい、とてもじゃないが眠れるような状況ではなかった。

「あ、の、くろは、さん……具合は……」
「私のことよりも、自分の心配をしてください」
「……っう」

 ようやく会えた黒羽だ、もっと一緒にいたい。そう思うのだが、本物の黒羽は能代が見せた幻影よりも厳しく、そして俺のことを考えてくれる。
 ぐうの音も出ないが、その優しさが嬉しい。

「お、俺は……大丈夫だから」
「……何故、そのような嘘を吐く」
「……う、それは……その……黒羽さん、怒ってる……よね」

 先程まではホアンやトゥオがいたからこうしてゆっくり二人で向き合うことはなかったが、二人きりになってわかる、黒羽の纏う空気がピリピリしてることに。
 俺は近くの枕を手繰り寄せ、膝の上に乗せた。それを隠れ蓑にしつつ恐る恐る尋ねれば、黒羽の眉間に深い皺が刻まれる。

「…………怒ってなどいない、ただ」
「……ただ?」
「……」
「……もしかして、まだ酔い醒めてないの?」

 そっと黒羽の手に手を伸ばせば、触れた指先から尋常ではないほどの熱が流れ込んでくる。思わず「熱っ」と口に出す俺に、黒羽は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……自分があのような賭けに乗らなければこのようなことにはならなかった」
「黒羽さんのせいじゃ……」
「いいえ、自分のせいです。……貴方が恐ろしい思いをしたのも、貴方が汚されてしまったのも」

 ……真面目な黒羽が気にしてないはずがないとわかっていたが、今回は間違いなく俺のせいだ。
 黒羽さんのせいじゃ、と言いかけたとき、伸びてきた黒羽の手が腿に触れる。
 ほぼミニスカート状態の裾の上から触れる手のひらに驚いて、「黒羽さん」とその手を掴んだ俺はそのまま硬直した。

「……伊波様にこのような下賤な格好をさせるとは」
「っ、く、ろはさん……」
「こんなところにまで傷が……すぐに手当を」

 どうやら能代とマオに付けられた爪の跡が気になったようだ。黒羽に触れられただけで頭の中が甘く痺れてしまい、恥ずかしくなってしまう。

「て、あて……?」
「ああ、今持ち合わせは塗り薬しかないが……何もしないよりましだ」

「裾を持ち上げててくれ」と、命じられ、思わず息を飲む。こんな短い裾、持ち上げたらまずい。それに、中にはまだ、能代の体液が残っている。
 裾を掴んだまま固まる俺に、「伊波様?」とこちらを見た黒羽はそのまま口を閉じる。

「あ、あの……薬……自分でするから……」

 下腹部に黒羽の視線を感じ、居たたまれなくなった俺は黒羽から塗り薬を貰おうとするが、取り上げられる。そして、そのままベッドの上に押し倒されるような形になったのだ。

「っ、く、黒羽……さん……?!」
「……失礼する」
「えっ、や、待って、だめ……そこ、待って、見ちゃだめだって……っ!」

 まずい、と足をバタつかせようものなら黒羽からは丸見えになってしまう。慌てて起き上がろうとする俺を無視して、俺の膝裏を掴んだ黒羽はあろうことかそのままスカートの中を確かめ始めたのだ。

「だ……駄目だってば……っ」

 長時間の挿入にぐずぐず肛門から、何かがつぷりと垂れるのを感じた。下着を取り上げられ、覆い隠すものを失った下半身。そこを黒羽の眼下にさらされ、全身が焼けるように熱くなる。見下ろす左目の視線が痛い。それ以上に、恐怖や嫌悪感よりも先に黒羽に触れられ、見られてるという事実に恐ろしいほど熱を帯び始める自分の体に困惑した。

「……これは、どういうことだ」
「っ、それは……」
「…………殺す」
「ま、待って! 待って黒羽さん、ストップ!」

 短刀を取り出し部屋を出ようとする黒羽に、慌て背中にしがみついて止めた。ぎゅっと胸に腕を回せば、流石に動きを止めてくれたがその逞しい背中からは殺意がありありと滲んでいて。

「何故止める」
「こ、殺しは……駄目……」

 そう口にすれば、黒羽の隻眼がすっと細められる。
 あ、やばい。と肌で直感した。背筋に冷たいものが走る。

「まさか、あの連中に情でも沸いたのか」
「ち、違う……違うけど、それでも駄目だ!」

 正直俺だって能代と次あったらぶん殴ってやりたいと思うし、黒羽だって俺がゴーサインを出したら本気で寝首掻きに行きかねない。
 黒羽のことを弱いと思ってるわけではないけど、それでも、危険な真似をしてほしくないというのはおかしいのだろうか。
 怒りと苛つき、そして困惑が入り混じったような目をした黒羽がこちらを向く。

「……伊波様、貴方は……貴方の仇すら取ることを許してくれないのか」
「俺は別に死んでないし、ほら、ピンピンしてるから……!」
「しかし次はないかもしれない」
「……っそれは……」

 これでは駄々をこねてる子供だ。黒羽の仕事を邪魔してるようなものだ、理屈が通ってないことなど鼻からわかってた。黒羽を困らせてることも。わかっていたけど、今は、今だけは。

「……お、俺を……一人にしないで……」

 本当にあの部屋に閉じ込められたままじゃないかって思ったときの不安が今になって溢れ出す。
 これじゃ、本当に駄々っ子だ。けれど、それでも黒羽から離れることができなくて、そのままぴったりしがみつく俺に黒羽は少しだけ息を飲んで――それから、短刀を鞘に納めた。

「っ、くろ……」

 黒羽さん、と口を開いた時だった。
 俺がその名前を口にするよりも先に、振り返った黒羽は俺の体を抱き締めた。

「……く、ろは……さん……」

 驚いた、そりゃもう、まさか抱き締められるとは思わなくて。それでも力加減をしてくれてるのだろう、息苦しくない。それ以上に黒羽の体温に、硬い服越しに伝わる筋肉感触に埋もれ、酷く安堵する。
 俺を抱き締めたまま、黒羽は「すまない」と耳元で呟くのだ。

「……貴方の気持ちまで考えることができなかった。自分は、従者失格だ」
「そんなこと、ない……っ」

 あまりにも自責する黒羽に、堪らず俺は声をあげた。
 思いの外大きな声が出てしまい、黒羽も俺も驚いた。
 けれど、このまま言わせっぱなしでいるわけにはいかない。黒羽には思い込んでほしくなかったのだ。
 伊波様、とこちらを向いたその目に見据えられると胸の奥、心臓がきゅうっと締め付けられる。

「お願いだから、そんなこと言わないで……俺、黒羽さんじゃないと嫌だよ」

 いつの日か、和光に言われた言葉が頭を過る。
 もし、黒羽が俺の側からいなくなったらと思うと不安で仕方なかった。このままでは本当に黒羽がどこかに行ってしまいそうです怖かったのだ。
 引き止めたいのに、上手い言葉が見当たらないのが歯がゆい。ただ、その胸にしがみついて子供のようなことしか口にできない。
 俺がもう少し大人だったら、もっとちゃんと言葉にすることができたのだろうか。なんだか無性に遣る瀬無くなって、それでも、しがみつく腕を緩めることはできなかった。

「……伊波様」

 ――……俺、黒羽のこと困らせてる。
 寛容な黒羽だってこんなガキ、嫌気差しただろう。それでも、俺はそうする術しか知らないのだ。
 黒羽が俺を拒めない立場だってわかってて、ワガママ言ってる……俺。
 黒羽の顔を見るのが怖くて、その胸に顔を埋めたまま動けなくなる俺の頭にそっと手が伸びる。そして、柔らかく髪を撫でられたとき、俺はつられて顔を上げた。

「……ありがとうございます、伊波様」

 そう、黒羽は目を細め、破顔した。
 ……笑った、黒羽が、あの、いつも仏頂面か怒ってるか困ってるかしか顔に出さない黒羽が、笑った。
 それは、わざとらしい笑顔とは違う。不器用な、笑いなれていない、引き攣ったような笑みだったがそれでも俺は十分だった。伏せられた左目に、その優しい眼差しに気付いた瞬間、心臓が痛いほど脈打つ。

「っ、く、ろはさん……っ」

 トクトクと脈打つ心臓。胸の奥が、温かい。
 お酒のせいで表情が豊かになってるだけかもしれない、それでもいい。黒羽が笑った。それだけで俺は嬉しくて、満たされて、堪らずぎゅっと腕に力を入れる。

「い……伊波様」
「……俺、嬉しい……」
「……嬉しい?」
「うん、やっぱり……俺、黒羽さんのこと好きだ」
「な……――」
「一緒にいてくれるの、黒羽さんじゃなきゃやだよ、俺……黒羽さんが嫌だって言っても、俺は、黒羽さんがいい……ッ!」

 俺、何言ってんだろう。
 相当恥ずかしいこと言ってると思ったけど、それでも止まらなかった。黒羽は、俺を信じて全霊で尽くしてくれる。それなら、俺も黒羽を信じていたい。そう思うと、次々に言葉が溢れてくるのだ。
 触れた手のひらが焼けるほど熱い。それでも、今度は手を離さなかった。強張る黒羽の手に自分の手のひらをそっと重ねる。大きく太く長い指先、こうして見ると本当に大人と子供みたいだと思った。それでも、最初の頃ほど怖いとは思えない。むしろ、安堵すら覚えるのだ。

「……能代さんが、黒羽さんに化けてたんだ。……その時は俺、黒羽さんだって信じてしまったけど……こうしてみると全然違うや」

 なんで、そう思ってしまったのか自分でも不思議なくらいだった。自嘲すれば、触れていた黒羽の手のひらがぴくりと反応する。そして、先程まで緊張していたその表情が変わる。

「……あの男が私に?」
「……ほんと、どうかしてるよな……本物の黒羽さんは、もっと格好良くて……こんなに真面目で優しい人なのに」
「……っ、……伊波様……」
「黒羽さん……っ?」

 名前を呼ばれ、どうしたのかと顔を上げたとき、視界が影に覆われる。
 唇同士が触れるだけのキスをされ、驚いたが、嫌な気持ちはなかった。それよりも、濃厚な酒の匂いに目眩を覚える。唇の感触を確かめるように柔らかく噛まれ、鼻先がこすれる。掠める前髪に、至近距離からこちらを覗き込むその鋭い目に、まるで恋人にするみたいや優しいキスに、心臓が熱くなる。唇は、すぐに離れた。

「っん……」

 離れる唇が名残惜しく思ってしまうほど、俺も呑まれかけていた。

「あの、黒羽さん、もしかして……酔ってる?」
「……酔ってなどいない、酒気ならとっくに抜けている」
「なら、なんで……急に……」
「……あの男たちが私の姿で貴方に無体を働いたことが許せない」

 先程の笑顔はどこかへ行ったようだ。
 いつもの不機嫌そうな強面を更に顰める黒羽に俺は『それって』と言葉を飲んだ。
 ヤキモチ、なんて単語が脳裏に浮かぶ。
 確かに黒羽は過保護だし、俺に対してすごい……なんというか良くしてくれるけど、こんな風に……キスなんてすること、早々ない。

「っや、やっぱり、黒羽さん……酔ってる……」

 あんだけの量のお酒を飲んだのだ、トゥオたちも酔わない方がおかしいと言っていた。
「酔ってなどいない」そう、頑なに認めない黒羽だがそうでなければ俺の心臓が保ちそうにない。……正直、普段が真面目なので酔ってる黒羽を見れることも嬉しいのだけど本人としては不本意なのかもしれない。

「私だけに見せる伊波様が、あの狐と猫にも知られたと思うと……正直腹立たしい」
「く、ろはさん……」

 ……酒の力を借りてるとはいえ黒羽の本音を聞けているようで、ドキドキする。というか、そんな風に思っていたのか。嬉しい、と思うのは変なのだろうか。あの黒羽が二人に妬いてるなんてと思うとなんだかむず痒くて、嬉しくて、堪らず「黒羽さん」ともう一度名前を呼べば黒羽は俺を見つめ、そしてどちらともなく唇を重ねる。

「ん、ぅ……っ、む……っ」

 黒羽の胸にしがみつき、精一杯背伸びをする。濃厚なアルコールの臭気。厚い舌で唇を舐められ、無意識の口に口を開いた俺はその舌を受け入れた。

「っ、ん、ぅ……っく、ろ、はさ…………っ」

 なんでキスしてるんだ、俺たち。ふわふわとした心地良さの中朧気になる頭の中、それでもすぐ傍に感じる黒羽の熱や匂いに安心してどうでもよくなってしまう。
 無我夢中で黒羽の舌に吸い付く。離れたくなくて、やり場に迷った手で黒羽にしがみつきながら稚拙なキスをするしかできない俺を抱き締め、黒羽舌ごと噛み付くように唇を深く重ねるのだ。

「ん……っ、ぅ……ふ……っ」

 黒羽の熱に充てられたかのように全身が熱くなる。頭がくらくらする。……気持ちいい。
 呼吸することを忘れて、喘ぐ俺に気づいたのか黒羽は唇を離した。ちゅぽ、と音を立て引き抜かれる舌に口の中が寂しくなる。それでも、慰めるように軽くキスをされればポッカリと空いた胸が充足感で満たされるのだ。
 戯れるような、慈しむようなキスが気持ちいいものとは思わなくて、恥ずかしいがそれ以上に心が暖かくなる。

「黒羽さん、お酒の臭い……すごい」
「……嫌か?」
「い、や……じゃない…………もっとして……」

 不安そうな顔をしていた黒羽は小さく息を吐き、そして、俺の頬に唇を寄せるとそのまま俺の体ごと抱えるのだ。
 全身を覆う浮遊感。地から足が浮き、一瞬何事かと思ったが、すぐに黒羽に抱きかかえられたのだとわかった。
 そして、ベッドに再び寝かされたかと思ったとき、上から覆い被さってくる黒羽に唇を重ねられる。

「……ん、ぅ……っ」

 っ、これは……やばい。
 いつの日かの夜のことを思い出す。それでも、恐怖よりも恐ろしいほどの興奮で頭が塗り潰されるのだ。
 舌を甘く噛まれ、咥内中の粘膜を嬲られ、唾液ごと啜られる。逃げる気も、抵抗する気も俺にはなかった。
 ただ、覆いかぶさってくる黒羽の背中にそっと手を伸ばすことが精一杯だった。ただでさえ細身の衣装、その腰回りは窮屈になる。

「っ……伊波様」

 はぁ、はぁ、と呼吸を繰り返す俺を見下ろし、黒羽は何かを言いたそうな顔をする。あのときの赤い目とは違う、けれどあの時と同じ怪しい熱を孕んだ黒い瞳が俺を捉えて離さない。
 そして俺も、そんな黒羽から目を逸らすことができなかった。死ぬほど恥ずかしいのに。呼吸することも忘れてしまいそうになるほど黒羽のことしか考えられなくて。

「お、れのことなら……気にしなくていいから……っ」
「……」
「だ、め……ですか……」

 ……俺、すごいこと言ってる。ぼんやりと考えながら、俺は黒羽の服を引っ張った。
 瞬間、黒羽の表情が益々険しくなるのだ。同時に、黒羽の孕んだ熱が膨れ上がる。

「……っ貴方はいつもそうやって、私を試す」

 伸びてきた手が頬を撫でる。厚く、硬い指の表面がまるで宝物でも触れるかのようにそっと優しく滑っていくのだ。
 こそばゆさに、堪らず息が漏れた。そっとその手を重ねれば、黒羽は「酷い人だ」と低く吐き捨てるのだ。
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