人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

12※

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 憤りを感じる暇もなかった。どれほど経ったのかもわからないが俺にとっては数秒のことのように思えた。危機感で叩き起こし、飛び起きた瞬間、鮮明な朱の世界にいた。

「おお、お姫様のお目覚めだ」

 目の前、椅子に腰を下ろしていた猫男が嗤う。
 なんでここに、というか、ここは。
 混濁する頭の中、自分が長椅子に座らされていることに気付いた。そして、腰に回された骨っぽい腕に気付いたとき。

「ほんま、よう眠っとったわ。待ち草臥れてボク、あれから三回一人でシコシコやらせてもらったんやからな」

「なあ」と、腰を撫でられた瞬間、下腹部がぎゅっと熱くなる。唇を尖らせる能代とは裏腹にその手付きはなまなましく、それよりも、頭に生えた二本の大きな耳に目が行った。狐、と言いかけた瞬間、何か大切なことを忘れていることに気づく。
 恐ろしくなって咄嗟に立ち上がろうとするが、痺れるように疼き始めるそこからどろりとしたものが溢れ、思わず足を閉じる。というか、俺、なんでこんな格好してるんだ。
 ほぼ下半身丸出しみたいな短い丈のチャイナドレスから剥き出しになった自分の足、その右足首には鉄枷が嵌められており、その先は長椅子の足へと繋がってる。逃げられない、と瞬時にして理解した。
 というか。

「な、な、なに……したの……俺に……」
「覚えてへんの? あかん、人間には効きすぎたんかいな」
「な、なに……」
「ほんまに覚えてへんの?」

 腰を撫でていた手のひらが降りていき、臀部、その奥の割れ目を生地越しに撫でられたとき、頭の中で電流が流れた。ばちりと音を立て、その瞬間頭の中には忘れていたはずの何かがどっと蘇る。
 そして、息を飲んだ。

「ぁ……あぁ……っ」
「ええ、ちょっとフーちゃん。曜めっちゃ怖がってんじゃん、何したの」
「なん言うてん、ボクはこれまでにないほど曜クンには目一杯優しゅうしたんやけど」

 舌で、指で、性器で、唇で、視線で、言葉で、あらゆる手段で嬲られたことを思い出し、溢れ出す記憶の渦に心まで持っていかれそうになる。そして次の瞬間やってきたのは死にたくなるほどの自己嫌悪と、そして、隣でニヤニヤと嗤うこの男への怒りだ。

「さわ、るな……っ!」
「なんや、いけずやのう。……閨ではあない可愛かったんに、ちゅーして、もっと奥、って」
「……ッ!」

 顔から火が吹き出るのではないかと思うほどだった。あろうことか、黒羽に化けて俺を散々玩具にした狐に俺は唇をぐっと噛む。言い返したいのに、全部思い出してしまったせいで、何を言ってもあのときの自分の醜態を想起してしまっては言葉に詰まった。穴があったら入りたい、どころではない。逃げ出したいのに、逃げられない。
「へーいいなぁ」と羨むマオが余計憎たらしい。

「なあ、オレにも貸してよ」
「あかんに決まってんやろ、アンタ潰すやろ」
「ええ、オレ曜クンなら大切にするのに」
「抱いた女片っ端から潰してきてよう言うわ」
「ちょ、人聞き悪いからそれ!」
「ともかく、曜クンはボクの言うたんはアンタやからな、マオ。ボクがええ言うまでそこで指咥えてなはれ」

 なあ、曜クン、と当たり前のように唇を舐められそうになり、咄嗟に胸を反らして逃げようとするが元よりこの長椅子の上で逃げ場などない。唇を塞がれ、ぺろりと舐められる。「能代さん」と慌てて胸を押し返そうとすれば、あつさりと能代は俺から唇を離した。

「なあ、愛らしい給仕はん。ボク、のぞ渇いたんやけど」

 そして、彫刻が施されたガラス張りのテーブルの上、置かれた酒瓶とお猪口に視線を向ける能代。
 何を言わんとしてるかすぐに理解できたが、こんな状況で、俺にお酌をしろというのかこの男は、どんな神経してるんだ。するわけないだろ、と思うのに、細められた目から覗く瞳に見据えられると逆らうことができなかった。
 震える指先でお猪口を取る。酌なんて、生まれてこの方したことない。頭の中のお酌のイメージで、震える指先でとにかく小さいお猪口にお酒を注ぐ。
 どのくらい入れたらいいのかわからなくて、結局タイミングを逃して並々と注いでしまったそれを、震えながら能代へと差し出す。能代は愉快そうに目を細めて笑い、そして俺の手ごとを掴んで自分の唇へと寄せた。そのままぐいっと喉奥まで流し込んだ能代は「もう一杯」と囁くように唇を歪める。
 なんで、こんなことをさせられてるのだろうか。
 情事の痕跡の残るまま、ひたすら狐に奉仕をする。それを二匹の妖怪に見守られるなんて、一年前の自分では想像できなかったことだろう。

 二度目は、なんとか適量を注ぐことができたが、それを能代へと運ぼうとしたとき、手が震えてお猪口を落としてしまう。中の透明の液体がばしゃりと能代の胸元を汚した。

「あーあ、やっちゃったな」
「ご、めんなしゃ……」
「ええよ、ええよ別に。これくらい、どちらにせよ汚れてるんやから」

「アンタが綺麗にしてしてくれはんなら」と、ニコニコ嗤う能代に安心する暇もなく叩き落とされる。

「う、え」
「そのおぼこい舌で綺麗にしいや、隅々までな」

 僅かに開いたその目は情欲に濡れている。記憶の中で、何度も見てきたその目に全身の熱が呼び起こされる。喉が急速に乾いていく。そんなこと、する必要なんてない。そう思ってるのに、体が自分のものではないみたいに動くのだ。

 二人の視線に晒されたまま、能代の膝の上に乗せられた俺は恐る恐る能代の着物の襟を掴む。既に乱れたそこからは生白い能代の胸が顕になっていて、溢れた酒で濡れ、灯籠に照らされ生々しく光る肌が一層厭らしいものに見えたのだ。噎せ返るほどの酒気に目眩を覚えながらも、俺は恐る恐るその濡れた胸元に唇を寄せる。

「っふ、ぁ……んぅ……」

 恐る恐る舌を出し、その先が能代の体に触れるのを感じた瞬間、余計全身の熱が増すようだった。黒羽に比べると細いし痩せているが、こうして目の当たりにしてわかる、痩せているだけではなく引き締まった無駄のない体だと。
 なるべく意識しないようにと思うのに、どうしても情事のことを思い出さずにはいられなかった。抱き締められ、覆いかぶさってきたこの体を。

「ええよ、そうそう、曜クンはそうちいさい舌忙しのう動かさんと、いつまで経っても綺麗にならへんからな」

 頑張りや、と嗤う能代に尻を揉まれ、下腹部が震える。滴る雫を指で受け止め、邪魔をされながらも俺は必死に引き締まった能代の上半身に舌を這わせるのだ。地獄のような時間だった。ほぼ丸出し状態のチャイナドレスの裾を捲くられそうになり、後ろ手に抑えながらもさっさと終わらせようと舌を動かす。
 当の能代は少しも気持ち良さそうではない、それどころか、この男、俺にセクハラをしてそれを愉しんでるようにしか見えない。

「っ、は、……ぅ……ん……っ」
「……だめだ、フーちゃん。オレ、もう無理、曜抱かせてくれよ」
「ほんま我慢できひん男やの。あかんいうとるやろ。……やるんなら帰したお姉やんたち呼び戻してしなはれや」
「ええ、無理、絶対集中できねーもん。さっきだって曜の声がエロすぎて全然女の子に集中できなかったし。な、頼むよ。じゃあ、挿入しないから!」
「……ほんまお前ってやつは……」

 何を、言ってるんだこいつらは。
 混濁した意識の中、ただ恐ろしいやり取りが行われているというのはわかった。舌先から伝わってくる能代の熱に浮かされ始めていたとき。

「ん、ひっ……!」

 明らかに能代のものではない手の感触が下腹部に触れる、長い爪で裾を摘み上げられ、剥き出しになった窄みを指の腹で撫でられた。先程まで能代のものを咥え込まれていたにも関わらず既に閉じたそこを擽られれば、全身が跳ね上がる。

「待っ、ぁ、な、に……ぃ……ッ」
「んん? 曜はそのままフーちゃんを気持ちよくさせてやってていいから。オレは勝手にするし」
「ぅ、え」

 背後から聞こえてくるマオの場違いなほど弾んだ声に気を取られた瞬間、窄みにざらりとした熱く濡れた肉の感触が触れる。長時間の挿入に腫れ上がったそこは掠っただけでも酷く刺激が強く、それなのに、容赦なく入り口を穿る舌先に血の気が引いた

「先に言うときますわ、曜クン。……ボクはほんま紳士やて」

「この男に比べたらな」とどこか憐れみさえも孕んだ瞳で俺を見下ろす能代に、俺は、裾を掴んだまま動けなくなる。

「な、ひィ……ッ」
「っ、は、かわいそーに、こんなに赤く腫れちゃって……っなぁ、ふーちゃんに散々虐められたんだろ? オレが慰めてやるからな」
「ぃ、や、やめ、……っ!」

 やめてくれ、という言葉は続かなかった。
 指で左右に押し拡げられた肛門を嗅がれるだけでも顔から火が吹きそうだったのに、この猫男はあろうことか長い舌でべろりと舌を這わせたのだ。
 無数の棘のような突起物が生えた舌はざらざらしてて、散々嬲られたせいで過敏になった体は掠っただけでもヤスリにかけられたような痛みを覚えるのに、それを無視して拡張されたそこに舌先をぬっと挿入されれば背筋が凍るような衝撃に体が飛び跳ねそうになる。

「っ、ぁ、や、う、そ、うそうそ、うそぉ……っ!」

 能代の舌とは違う。中を舌で撫でられればそれだけで内側を無数の棘で引っ掻かれたような刺激に堪らずのたうち回りそうになる。痛みもあるがそれ以上に、羞恥とあまりにも強い刺激に腰が震えた。目の前の能代にしがみつけば「おお、可哀想に」と抱き止められる。

「マオ、あんた曜クンが痛がっとるやないの。……可哀想な目に遭わせとるんわどっちゃろうか?」

「猫舌のくせに舐めたがるのほんま悪い癖やなぁ」と、呆れたように目を細めた能代は慰めるように俺の背中を撫でるのだ。慈しんでるつもりなのか、背面部、開いた部分から素肌を撫でられ、息を飲む。浅い部分をぐるりと円を描くように舐め回したマオは、逃げようとする俺の腰を捕まえたまま一旦舌を引き抜き、濡れたそこに唇を寄せてキスをするのだ。

「だって皆嫌がるけど俺は好きなんだもん、舐めるの。なあ、曜。けどお前の場合は随分と嬉しそうだな」
「っ、ぅ、や……っ」
「本当、やらしい給仕だな。お前、料理運ぶよりも閨で雄の相手した方が向いてるんじゃないか?」
「っ、ふ、ざけ……っんん、ぅうっ!」

 言い終わるよりも先に、ジュルルルッ!と音を立て中に残っていた体液ごと啜られれば頭の中が真っ白になる。
 気持ちいい、なんて認めたくもない。ふわふわと夢を見てるような脳味噌は既に先刻の能代との行為のせいでぐずぐずになっていて、逃げたいのに、体が思うように動かない。

「ぅ、あ、……っ、や、だ……っ、も、やめて……ッ!」

 再び挿入された濡れた猫の舌は腹の中を隈なく舐めるのだ。わざと舌の表面で刺激するように執拗に唾液を擦り付けられ、ぐちゅぐちゅと音を立てて本来ならば届くはずのない奥まで侵入してくる熱い舌の愛撫から逃げることもできない。腿を掴まれ、足を広げられ、下腹部ごと食われる勢いで肉壁を執拗に舐め回されるのだ。
 痛いはずなのに、それ以上の熱に当てられ目眩を覚えた。まるで下半身が別の生き物のように痙攣し、そのくせ感覚だけは生々しいまでに脳へと届いてくる。

「っ、は、曜の中、すっげ……んんっ、は……美味いな、ここ、舌で撫でる度にどんどん汁が溢れてくるじゃん」
「ぅ、や、さわ、るなっ、ぁ、んんっ、ぃ、や、やだっ、握……る、なぁ……っ!!」

 奥から浅いところまで舌が行ったり来たりしては丁度性器の裏側のところをマオに舐められ、頭の奥がじわりと熱くなる。
 ――なんだこれ、なんだ、なに、俺の体どうなってるんだ。
 マオの言う通りだった。そこを固くなった舌で、表面のざらざらで何度もコリコリって舐められるだけで全身から汗が噴き出し、チャイナドレスの下、必死に裾を持ち上げ主張するそこからは透明の汁がどろどろと溢れて止まらない。それを指で掬うマオは、俺の性器に塗り込むようにそこを擦りだすのだ。

「っ、ぁ、は、ぁ、っ、や、だぁ……っ、やだ、マオ……っの、しろさ、助け……ったしゅ、け、ぇ……ッ」
「助けてやりたいところやけんど……こ れくらいで弱音吐いてたらあんさん身ィもたへんよ」
「っ、ぅ、も、や……っ、ぁ、帰りた……っ、帰りたい……っ、帰して……っ」
「そないなこと言わんといてぇや。……曜クンの帰るところはここや」
「っ、きゅ、ふ」

 唇が、塞がれる。赤い舌に唇から頬、そして涙が溢れる目尻を舐め取られ、ごく自然な動作で能代は俺の頭を掴んで抱き締めるのだ。そして、耳に唇を押し当てられた。

「ボクの膝の上」

 膝、というよりも、股間の上と言うか、なんかまた当たってるんですけどなんて言う俺の言葉も内臓を愛撫する猫舌により掻き消される。

「キミが死ぬまでここで飼い殺すのもええなぁ、邪魔者が入らないよう閉じ込めて、ボクの上で死ぬんや」
「ぃいい、やだぁ……っ」
「雄猫に尻の穴舐められて子種垂れ流して喜んでおいて何言うてはるんや、キミみたいなどうしょーもない子にはお似合いやろ」
「っ、ぉ、れ、よろこんで、なんか、ぁッ、は、な、い……ッ! ひ、ッんぎ!」

 瞬間、マオに腰を持ち上げられる。頭が低い位置に落ち、自然と腰を突き上げる体勢にぎょっとするのも束の間。
 無理な体勢にも関わらず、執拗な舌での愛撫と頭に血が昇りより一層快感が直にやってきた。
 食われる。捕食される。脳神経どこかしらいじられてるのかもしれない、じゃないとおかしい。痛覚すら麻痺したみたいにビリビリと甘く痺れる下半身にとってもう何もかもが快楽に変換され直接頭を掻き回してくるのだ。

「ぁ、あ、待っ、舌、ら、めっ、ぬっ、ふ、ぅ、抜い、ぃい……ッ抜いて、抜っ、ぅ、あ、ひ、んんぅっ!!」 

 ぴんと爪先に力が入る。イく、と思ったときには遅かった。外部と中を刺激され、マオに握り込まれていた性器からはどろりと精液が溢れた。頭の中すらも白く塗り潰される。何も考えられなかった。
 肛門から舌を抜いたマオが性器から溢れる精子を長い舌で、熱い唇でまるでご馳走でも前にしたかのように直接啜るのだ。その刺激と熱でまた精液がびゅっと溢れ出し、マオが「やっぱり搾りたてだよなぁ」と人でなしみたいなことを言っていたのだけが頭に残っていた。
 そもそも、人ですらなかったが。

「ふ、ぅ……ッ、ひ……ッ」

 全身を舌で嬲られ、弄ばれ、どこもかしこもふやけてしまってるんじゃないだろうかと思うほどだった。
 捲り上がった裾を下ろすことを許されぬまま、男の形をした二匹の物の怪に体液を啜られる。

「っ、も、やめ……っ」
「そないいけず言わんと、いい加減認めなはれや。……曜クンはボクのやて」

 散々舌で嬲られ、すっかり柔らかくなった肛門を長い爪で左右に開かれればひくりと腰が揺れた。やめろ、と能代の腕を掴もうとするのに、力が入らない。体が抵抗する気を失っている。力の差ではどうやっても敵わないと思い知らされた今、抵抗すら体力を浪費する原因になる。長時間の性行為とその快感に疲弊しきった体は既に限界に近かった。
 なけなしの力でふるふると首を横に振るが、能代はくつくつと喉を鳴らして笑うのだ。細く鋭いその目を更に細まる。そして、逃げようとする俺の体をぐっと抱き寄せ、マオの唾液でビチャビチャに濡れそぼったそこを人差し指の腹で撫でるのだ。

「……見とうみ、曜クンのここ、こない寂しそうに口開いて誘うとりますわ」
「ち、が……」
「ほんま助平な子やわ、まだ食い足りんのやろ?」

「奇遇やなぁ、ボクもや」と、頬を舐められ、その濡れた舌の感触にさえ絶頂に近い快感に襲われるのだ。びりびりと痺れる脳髄に、腰が重く疼いた。無意識の内に下腹部にきゅっと力が入り、能代の口元は弧を描く。

「や、だ、も……っ」
「ふーちゃんはしつこいからなぁ、俺ならふーちゃんよりも優しいけどどう?」
「っど、って……な、に言っ……へ、んん……っ」

 当たり前のように唇を奪われる。飴かなにかを見つけたように人の唇を貪るマオから逃げる暇すらなかった。顎を掴まれ、音を立てて執拗に唇を甘噛みされる。
 本当に食べられそうで怖かった。俺は抵抗することすらできず、ただ、伸し掛かってくるその体重に押し潰されそうになりながら受け入れるしかなかった。

「ぁ、は、っ、んんっ……ぅ、ん、ん……っ! や、ぁむ、……っふ、ん、ぅう……っ!」

 鼻で呼吸をすることすら忘れそうになる。人のケツを舐めた口でキスをするなと思うのに、ざらついたヤスリのような舌で口の中を掻き回され喉の奥まで粘膜ごと舐め回されれば何も考えられなくなる。
 面白くなさそうに目を細めた能代に頬を舐められ、同時に二人の舌に舐め回され、文字通りもみくちゃになる。

「っ、ん、ぅ、う、……っふ、……ッ!」

 悪戯に太ももや胸を撫でられ、顔中キスされる。嫌なのに、抵抗する気力は失せていた。自分がどこにいるのかもわからない、どんな顔をしてるのかもだ。
 甘い匂いに思考すらも犯されているようだ。まるで悪い夢を見てるかのような非現実感の中、口の中を舐っていたマオの舌が音を立てて引き抜かれる。口を閉じるのを忘れていた俺の唇をなぞるように撫で、マオはうっとりと目を細める。

「っ、はあ、やべ……俺曜の体液ならずっと啜ってられそー……」
「アンタが言うと洒落に聞こえへんわ」

「……ん?」不意に、能代の目が開いた。そして、後方、外と唯一繋がる扉の方へと視線を向けた。

「ふーちゃんどしたの?」
「……なんやの、けったいな気配が……」

 先程までの緩みきっていた能代の表情筋が緊張する。
 その表情には怯えに似た色すら滲んでいる。ずるりと肩から落ちる着物を直すことすら忘れ、一点を見つめたまま動かなくなる能代に流石に疑問を抱いたようだ。俺を抱いたまま、マオは「気配?」と首を傾げた。
 しかし、それに応えるよりも先に能代は大きく起き上がった。反動で飛び上がりそうになる俺を抱き抱えたマオ。
 何事かと視線を向ければ、能代の頭の上にはピーンッと伸びた二本の金色の耳と、同じく針金みたいにピンと伸びた九本の同色の尻尾が毛を逆立てていた。

「……ぁ、ッ、あかん、これは……!! この気配は、息遣いは……!」
「んん? なんも聞こえねえけど……もしかして、『アレ』か?」

 人の胸を揉みながら、マオは慣れた様子で能代に聞き返す。なんだ、アレって……。というか人の胸を揉むな。俺の胸は手持ち無沙汰をどうにかする小道具ではない。……かく言う俺も、マオと同じだ。突然見えない何かに対して怯え出す能代に、もしやこれはチャンスなのではないかと思った。ソファーの隅っこ、まるで人を抱きまくらよろしく抱きしめたまま丸まる能代はマオの腕を掴み、懇願する。

「マオ、早う外にいるあの悍ましい怪物をどっか追い払っといてえや……」

 こんな弱々しい能代見たことない。というか先程まで好き勝手振る舞っていた男と同一人物かどうかすら疑わしいほどの豹変っぷりに俺まで恐ろしくなってくる。
 あの能代をこれほどまで萎縮させるということはもしや余程恐ろしい魔物がいるのか……?一瞬黒羽が助けに来たのかとも思ったが、状況が状況だ。安心することはできなかった。
 ぶるぶると震える能代と、青褪める俺とは対象的にマオはいつもと変わらない様子で「うーん」と何かを考えているようだ。そして。

「じゃあ曜と交尾していい?」

 今後に及んでこの男、私利私欲に走るつもりである。

「かまへんよ」

 かまうわ。かまえよ。俺は公共紙幣か。
 先程までの渋りっぷりはどこいったのか、かまへんかまへんをする能代にマオは「ふーちゃん最高!」と机に乗り上げ、そして瞬きをした次の瞬間、巨大な化け猫が現れた。二股の太い尻尾を撓らせた化け猫マオは凍り付く俺にぐっと顔を寄せる。

「待ってろよ、すぐ片付けてくる」

 大きな二つの猫目が俺を覗き込む。無数の鋭い牙を剥き出しにし、ニィッと三日月型に口を歪めて笑ったのだ。
 その裂けたように大きな口から垂れるヨダレがぽたぽたと顔に垂れる。食われる。色んな意味で。圧倒された俺は仰け反ったまま、マオがその場から移動するまで動けなかった。
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