人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

07

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 始まった黒羽とマオの飲み比べ対決。
 一発目から危険な酒を持ってきたマオに俺はハラハラしていたが、ぐいっと喉奥へと流し込んだ黒羽はすぐにグラスを空にした。
 そしてほぼ同時に黒羽とマオは空になったグラスを叩きつけるように中華テーブルに叩き付ける。

「何が極東一だ、ただの水ではないか」
「言うねえ。その大口がどこまで叩けるか楽しみだ」

 変わらない調子で言い合う二人に周りも「行けマオー!」やら「天狗の兄さんもいいぞー!」と盛り上がる。中にはどちらが勝つかに賭けている者もいるようだ。
 それぞれのグラスにどんどんと継ぎ足される酒に、暫く睨み合っていた二人は更にペースを上げる。
 どんどん酒を進めていく二人に、俺は掛ける言葉もなくホアンの隣でヒヤヒヤしながら黒羽を見ていた。

「だ、大丈夫かな……黒羽さん」
「安心するヨロシ。どうせ長くは保たないアルよ」
「……どういう意味だ……?」
「そのままの意味アル。いいアル? 極東一の酒アルヨ、おまけにこんな飲み方をしてみろアル。……全く、こんな飲み方をするなんて罰当たりアルね」

 そう、ぷりぷりと怒るホアン。
 やはり相当やばい酒なのだろうか、それにしても二人共顔色は変わらないが……。
 それどころか少し目を離した隙にどんどん二人の横に空いた瓶が置かれていく。
 相変わらず表情が変わらない黒羽と、マオの方は僅かに顔が赤くなってるようだ。元が色白だから余計そう見えるのだろうか。

「ホアン……俺の目にはマオが大分やばそうに見えるんだけど気のせいか?」
「気のせいではないアルよ。……さあ、そろそろ来るアル」

 どれほど二人が飲み進んだのかはわからなかったが、明らかに異変が起きたのはマオの方だった。
 ガシャーン!と音を立て、持ってたグラスを落とすマオに、黒羽は訝しげに目を細め、そして口元に不敵な笑みを浮かべる。

「どうした、手が止まってるぞ」
「んん……これはぁ、ちょっと手が痺れただけ……だニャ」

 テーブルの上、突っ伏していたマオは近くの酒瓶にしがみつき始める。

「おい、ふざけてるのか貴様ッ! まだ酒瓶二十本も開けていないぞ!」
「んニャ……酔ってない……ニャ、俺はまだイケるニャ……」

 大分語尾も目も怪しいマオだが、猫のようにぐぐぐと背伸びすれば頭からはぽんっと猫の耳が現れる。
 そして、ゴロゴロしていたマオはハッとする。

「玉香の姐さん、妖怪殺しもう一本持ってくるニャ!」
「あんた、耳と語尾から猫が出てるわよ」 
「ニャ……じゃなくて! オレはまだ全然平気だ、姐さん。ほら、見ろよこの目をッ!」
「酔っぱらいの目アル」
「ホアンっ、給仕のくせにうるせえぞ!」

「妖怪殺し! 妖怪殺しじゃなきゃ嫌だ!」とジタバタするマオに黒羽も俺もそろそろ察していた。
 この男、めちゃくちゃ酒弱いぞ。

「話にならんな。貴様のようなシラフがいてたまるか。……約束通りエンブレムを返してもらうぞ」
「待って、待って、ストップ!確かにオレ気持ちよくなってるけどここからだろ酒って?な?オレが酔っぱらいかどうか決めるのは早すぎるんじゃないか?」
「…………」

 今までに見たことないほど黒羽が冷たい目をしていた……。
 しかし、何かを思いついたらしい。浮かしかけていた腰をふたたび椅子に鎮める。そして。

「……給仕、妖怪殺しを持ってこい」

 近くにいた玉香に命じる黒羽に、俺は素直に驚いた。黒羽ならこれ以上の滞在は無用だと判断すると思ったのだが……。とそこまできて気付いた。

「店にある分全てだ。……全部この男のツケで頼む」

 黒羽の目も据わっている。
 そしてここまで臭うほどの酒の匂いに俺は黒羽が既に正常ではないことを察した。察せずにはいられなかった。



 結果から言おう。マオはめちゃくちゃ酒に弱かった。
 俺が見てもわかるくらいベロンベロンになってたし、それでも酒を飲む手を止めないのだ。
 そして黒羽さんはというと。

「すげーアル……あいつの胃袋どうなってるアルか。普通ならとっくに胃潰れてるアル、あの酒精で顔色一つ変えないって……」
「イイねえ、いつも偉そうなこと言ってはすぐ潰れる誰かさんよりもいい飲みっぷりだねぇ」

 ある種いろんな意味で盛り上がってる一部と、黒羽の飲みっぷりを褒め称える外野に囲まれ、黒羽は用意された酒の過半数を空にしていた。

「これで最後だ」

 ドン、と乱暴にテーブルへと叩きつけられる酒瓶。
 完飲である。この店にある酒の在庫を飲み尽くしてしまったのだこの男は。
 お腹は膨れてすらいない、どこにあの量の酒がいったのか気になって仕方なかったが、妖怪だから……なのか?いや、でも同じ妖怪であるマオはこんな調子だし……と狼狽えてる間にも俺はワッと盛り上がる外野にもみくちゃにされそうになった。

「すごいな旦那、アンタの胃袋どうなってんだ?!」
「ここまで酒に強いやつなんて早々いないんじゃないか」

 やいのやいのと黒羽に囲む連中に、『そうだろ、黒羽さんはすごいんだぞ』という気持ちとなんだか面白くない気持ちが半々……。
 最初は不安だったが、けど、俺のためにここまでしてくれたのだと思うと嬉しくなる……後半はもうマオをこてんぱにしてやりたいという意地もあったかもしれないが。
 マオは酒瓶を手繰り寄せ、中身が入ってるやつを探そうにももう全部黒羽が飲んだあとだ。
 うにゃにゃ……と猫みたいに唸ったマオだったが、一滴すら残ってないのを確認して、ぷるぷると震えだした。
 そして。

「お前……インチキしただろ!」

 何を言い出したかと思えば、椅子を引っくり返す勢いで立ち上がったマオは黒羽に向かってそんなことを言い出す。
 びしっと突き出した人差し指、それを向けられた黒羽は黙ってるわけがない。

「……貴様、往生際が悪いにも程があるぞ……ッ!」
「そうアル、潔くこの黒羽サンにエンブレムを返すアル。かっこ悪いアルよ」
「そんなことよりもマオ、お代のこと忘れていないわよね。アンタ今までのツケも合わせて全部きっちり回収させてもらうわよ」
「ぐぬっ……な、なんだよお前らッ、俺たち同胞じゃないか! 鬼! 裏切り者!」
「食い逃げ常習犯だったアンタが何言ってんのよ」

 そーだそーだと、マオの仲間だった連中も面白がってマオに野次を飛ばす。
 ぐぬぬぬぬ……と震えるマオ。
 なんだかこう……ここまで来ると本当に仕方ないやつだなという庇護欲が湧いてくるというか……。

「と、とにかく! 約束は約束だからな。ちゃんと返してもらわないと困るんだよ……」
「曜君……」

 うっ……酒臭い。相当な量飲んでたから無理もないと思うが、名前呼ばれただけでこちらまで酒気に当てられてしまいそうだ。

「わかったよ、返すよ……」

 耳を垂れさせ、露骨にしょんぼりしながらマオは自分の服に手を突っ込む。そして、色んなポケットを探っていたマオだったが次第にその顔からは酔いが薄れ、そして「あれ?あれれ?」なんて小首傾げ始めた。
 待て待て待て……なんだその嫌な反応は。

「ま、マオさん……?」
「おっかしーな、確かここに入れてたはずなんだけど」
「そうやってしらばっくれて自分の物にするつもりではないだろうな貴様ッ」
「違うんだって、本当本当! さっきまでちゃんと持ってたはずなのに……おっかーしな」
「これはマオお得意の嘘アルね」
「違う違う、本当だって!」

 言いながら服脱ぎ出して「ほらほら、見ろってこれ」と服ごと引っくり返してみせるマオ。
 本当になくしたのか?今の騒ぎの間に?

「これは……事件の匂いがするな」
「ホアン、この男を縛るのを手伝え。身ぐるみ引っ剥がしてやる」
「ちょ、待った待った! まじで暴力反対! お店で喧嘩しちゃだめってルールだっただろ、なあ曜君!」

 うるうると目を潤ませ縋り付いてくるマオの首根っこ掴んで引き剥がした黒羽は躊躇なく自分の影を使ってマオを捕縛した。

「いで、痛い痛い痛い中身出ちゃう!!」
「く、黒羽さん……流石に可哀想じゃ……」
「伊波様、貴方の優しさは美徳でもありますがこの男は現行犯です。このような盗人にまで慈悲を掛ける必要はありません」
「黒羽サンの言う通りアル。この男は手癖の悪いわホラ吹きだわで悪さばかりする猫ある。逆によく出禁にならないか不思議アル」
「ここぞとばかりにオレを虐めやがって……!!」 

 メソメソと大袈裟になき真似をするマオ。
 ……可哀想だと思ったが本人はあまり悪びれてる様子はない。
 いつものことなのだろうか、妖怪のノリというのはよくわからないが、それでもなんというか……憎めない。
 そんなときだった。

「おい、何があった。酒蔵が空になってるじゃないか……って、何じゃこりゃ」

 広間の扉が開き、現れたのはバーテン服の草臥れた男だ。

「トゥオ!」

 そして、現れたその男の姿を見たマオは先程までの落ち込みようが嘘のように飛び起き、そして目をキラキラと輝かせた。

 名前を呼ばれたバーテン、もといトゥオは、捕まってるマオを見て露骨に顔を顰めた。

「マオ……お前また店の酒を買い占めたのか、金もないくせに」
「だってだってだって~~? 男には後に引けないときがあるんだよなぁ、っていうか飲んだのそこの黒羽君だし」
「貴様……ッまだ悪あがきするつもりか!」
「あー……なんかもうわかったわ、またこいつの悪い癖が出たってことか」
「「そういうことね(アル)」」

 ハモる二人に、やれやれと肩を竦めたトゥオはそのままぐるぐるに捕縛されたマオに歩み寄る。
 そして、黒羽の方を見た。

「今回はこいつのせいで悪いな、面倒掛けて。この通りこいつはもうこんなんで千年以上生きてきたんだ、この性根はどうしようもねえ」
「この男の生き様など興味ない。……元より私は最初から約束を守ってもらえるならばそれ以外はどうでもいい」
「約束?」
「……曜君のエンブレムを返すって約束」
「おまっ、人間の物に手を出すって何考えてんだこのバカっ!!」

 流石のトゥオも呆れたらしい、頭を抱える。

「……悪いな、坊主。こいつから目を離していた俺の責任だ」
「トゥオの監督不行届アル」
「クソ……ホアンのやつめ日頃の恨みを晴らしてやがるな……。じゃなくて! おいマオ! さっさと坊主に返してやれ!」
「それがなー、実は各々云々」

 すごい適当なマオだが伝わったらしい。
 トゥオは益々顔を歪める。

「何やってんだお前はよぉ……!!」
「というわけで、取り敢えずオレが責任持ってエンブレム探すから開放してくれるように黒羽君に言ってくれないかニャ」
「あのー? くろ……」
「駄目だ」
「取り付く島もねえなコリャ……」
「その男の目を見ればわかる。大方酔ったフリをして全部を煙に巻いて酒も飲んでエンブレムも持って逃げるつもりだろう」

 そう冷たい目のまま吐き捨てる黒羽の言葉に俺は驚いた。
 いくらなんでもマオみたいなおっちょこちょいというか詰めが甘そうなやつが……と思ったが、ほんの一瞬、マオの目の色が変わったのを見て背筋が凍る。

「……鼻の利く鴉だな。光り物の捜し物は猫よりも得意なんじゃないか?」

 鈴のようなその声に、一瞬、マオが別人のように見えた。
 まさか全部演技だったのか、と慄くのも束の間。
 まばたきをした次の瞬間にはそこには先程までのお調子者のマオがいた。

「減らず口を……」
「ま、そんな言うんならもういいよ。焼くなり煮るなり好きにしたらいいさ。オレもーなーんも知らね。あとはそっちで好きにしたらいいさ。じゃあねー」

 飽きたのか、そう言うなり縛られたまま床の上に寝転がるマオは「ぐう」と寝始める。

「おい! まだ話は終わってないぞ! ……クソッ、なんだこの猫野郎は!」
「諦めるアル黒羽サン、こうなったときのマオは何をやっても目を覚まさないアルヨ。狸寝入りってやつアル」
「誰が狸だ!」
「あ、起きた」
「……ぐう」

 マオ、どんだけ図太いやつなんだ……。
 この状況でぴすぴすと鼻ちょうちん膨らませて眠るマオになんだか俺は怒る気になれなかった。
 それよりも、だ。マオがエンブレムを持ってないってことは本当にどっかに行ってしまったのだろうか……。

「とにかく、一旦この部屋を片付けるアル。そしたら出てくるかもしれないアル。……なかったらまたマオを起こせばいいアル」
「ホアン……」
「アタシがこいつをちゃんと見なかった責任もある。それに、腐ってもうちの常連だからね。アタシたちも手伝わせてもらうよ、曜」
「玉香さん……」
「……というか待てよ、酒ないってことは今夜うちのバー開けれねえじゃねえか」
「ヨウ、良かったアルネ。一人人柱が増えたアルヨ」
「トゥオさん……!」
「……まあいいけどよ、どうせやることもねえわけだし。……取り敢えず、マオのやつ移動させて他の連中は帰らせるぞ」

 というわけで、マオと黒羽の飲み比べ対決は終わったのだけど……俺は肝心のことを忘れていた。というよりも、あまりにも変わらない黒羽に気付きすらしなかったというべきか。
 時計の針が零の文字を刺して重なったその時開店するトゥオのバー。
 ……もうすぐ、日を跨ぐ。そのことに俺も黒羽も、すっぽりと失念していた。

「とにかくこの部屋を片付けて手分けして探すアル」

 そのホアンの提案に俺たちは頷いた。
 トゥオとホアンは大量の酒瓶に酒樽を撤去し、玉香は妖怪たちを帰らせ、一時的にマオを移動させる。
 そして俺たちはというと。

「黒羽さん、あの、本当に大丈夫……?」
「ああ、問題ない」
「で、でも……さっきから微妙に足取りが危なっかしいというか……」

 と、言った側から蹌踉めく黒羽の巨体を慌てて受け止める。
 お、重い……!潰れる!
「すまない」と、慌てて俺から離れようとする黒羽だがそのままずるずると落ちていく。

「く……っ、クソ……こんな時に……」
「無理をしないで、とにかく、酔いが醒めるまでは……」
「自分は酔ってなどは……」
「酔ってる人は皆そういうらしいですよ」
「ぐ……っ」

 呻く黒羽を座らせ、その側に俺も座り込んだ。
 表面には出ないが、触れた黒羽の身体は焼けるように熱い。

「どうしたアル、黒羽サン具合悪いアルか?」

 そんなやり取りをしていると、ふいに大量の酒瓶が入ったケースを抱えていたホアンがやってくる。

「ホアン、実は黒羽さんが……」
「少し酔いが来ただけだ。……少し休めば問題ない」
「あんだけ飲んでて少し休めばってのもすごいアルけど……酔い止めの薬、厨房にあるはずだから一緒に持ってくるアルヨ」
「ありがとう、ホアン!」
「不介意! 困ったときはお互い様アル」

 そういうなり軽い足取りでひょいひょいと酒瓶を抱えていくホアンを見送る。
 それにしても相変わらずすごい力持ちだな、と感心しながらもそっと黒羽に視線を戻せば、酔いのせいだろうかいつもよりも険しい顔をした黒羽が目を伏せた。

「……自分のせいで、申し訳ございません」

 ホアンの手まで借りたことが不服だったのだろうかと思ったが、どうやらまた自己嫌悪に陥ってたらしい。
 真面目というか……なんというか。 
 そんな黒羽のことを怒る気などサラサラなかったし、黒羽のせいだとも微塵も思わなかった。

「黒羽さんのせいじゃないよ。それに、俺としては黒羽さんの酔いの方が心配なんですけど……あんなに強いお酒いっぱい飲んで、本当に大丈夫ですか……?」
「……はい、足元が覚束ないくらいで、それ以外は問題ありません」

 それは結構キテるってことなんじゃ……。
 そっと黒羽の額に触れれば、黒羽の片目が見開かれる。「伊波様」と窘めるような視線を向けられるが、それ以上に火で熱した石に触れてるような熱さにびっくりして俺は思わず指を離した。

「熱……ッ、ちょ、黒羽さん、すごい熱が……っ!」
「これくらいならば、支障の内に入りません」
「いや、支障とかじゃなくて……俺、なんか冷やせるもの持ってきますね」
「い、伊波様……っ! 自分は……」
「すぐ戻ってきますから、お願いですから黒羽さんはそこにいてくださいっ!」

 無理に動かすわけには行かない。
 俺は黒羽にそう念を押し、それから慌てて広間を出た。
 ワラワラとマオの取り巻き妖怪たちが帰ろうとしてるのを掻き分けるように通り抜け、エレベーターを使って一回の厨房に向かう。あそこならば、熱冷ましのようなものがあるだろう。
 チンと音を立て止まるエレベーターを降り、一階の通路を小走りで駆け抜けていく。
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