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第三章【注文の多い魔物たち】
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更衣室は一階、厨房へと繋がる従業員専用通路から行ける。そこには更衣室だけではなく従業員専用の休憩室のような部屋があった。
その通路へと向かう途中、ロビーでは様々な客を見かけた。
「伊波様がいなくとも繁盛してるではないか」
「そうだな……確かに結構お客さんが多いような……」
夜の方が客入はいいと聞いていたが、それでもずっと通い続けてるような常連客が殆どで満席になることはないと言っていたのに。
……けれど以前のように繁盛するようになったのなら喜ばしい。
どれほど歩いただろうか。目的地である扉の前にやってくる。中国語で何か書かれた扉の前。恐らく、関係者以外立入禁止という注意書きなのだろう。そこまでやってきた俺は黒羽を振り返る。
「あ、黒羽さん、ここから先は俺だけで行ってくるよ」
「しかし……」
「皆良い人たちだから大丈夫だよ。……それに、何かあったらすぐに呼ぶから」
いつの日か黒羽に貰った懐中時計を取り出して見せれば、黒羽も折れたようだ。
「わかりました」と重々しく頷く黒羽。
そんな黒羽と別れ、俺は赤い扉の南京錠を解き、中へと足を踏み入れる。
通路を通り抜け、休憩室へと向かう。休憩室……と呼んでいいのか知らないが、従業員たちが憩いの場として使ってるそこは従業員たちの私物で溢れかえり相変わらずごみごみしていた。
普段ならば誰かしらいるのだが、珍しいことに影すら見えない。俺は休憩室の奥、壁に掛かってる複数の鍵の束の中から一つ『男人』と書かれた札がぶら下がった鍵を手にした。これが更衣室の鍵になるのだ。
鍵を手にしたまま男子更衣室へ向かう。真っ黒な扉をノックし、恐る恐る扉を開いた。
「失礼しまーす……」
知らない人がいたら気まずいなと思ったのだが、そんな心配は無用だった。
休憩室同様そこには誰もいない。
無造作に並ぶサイズの違うロッカー(と呼んでいいのだろうか)の中から俺用にと支給されたロッカーに近付いた。
余程忙しいのかもしれない。が、好都合には変わりない。
誰かが来る前に用事を済ませよう。そうロッカーを開け、中を探す。
しかし。
「嘘だ……ここにもない……」
ロッカーの中になければ、更衣室にも落ちていない。散らかった更衣室内ひっくり返して確認したがどこにも俺のエンブレムはなかった。
床に這いつくばって絶望していたときだ、いきなり更衣室の扉が開き、飛び上がる。
「――ヨウ?」
「ひっ! って……ホアン……?」
顔見知りのチャイナ服の男は、俺を見るなり驚いたように目を見開いた。
それは俺も同じだ。
「ホアン、さっき帰ったんじゃ……」
「帰るつもりだったアルけど急に団体客来て働かされてたアルよ。それよりも、ヨウこそこんなところでコソコソして何してるアルか。賊かと思ったアルよ」
ふーっと安心したように胸を撫で下ろすホアン。相変わらず身振り手振りの動作が大きいが、やってきたのがホアンだということに心底安堵する。
しかし、団体客……なるほど、通りで賑わってるということか。
しかし確かに不審者丸出しだ、ここは正直にホアンに事情を説明することにした。
「ええと、実は落とし物しちゃって……」
「失せ物アルか? アイヤーついてないアルね。もう諦めるアル」
「な、何他人事みたいに……。諦めるなんて無理だ。すっごい大事なものなんだよ」
あまりにもあっけらかんとしたホアンに脱力しそうになるが、慌てて力説するとホアンは興味津々に目を輝かせた。
「大事なもの? 何アルか?」
「ええと……エンブレム……」
「原来如此、そういうことアルね。確かに大事なものアル」
腕組むホアンは納得したようにうんうんと頷く。
俺同様に学園に通ってるホアンにもその大切さはわかってるのだろう。あれがなければ教室にすら入れない。
「なあ、どこかで見かけなかったか? 太陽みたいなやつ……」
「厶……太陽アルか? どこかで見たような……」
「えっ?! ほ、本当か?!」
「こーんなキラキラしたやつアルね?確かに変な形アルな~~って思ったアルけど、太陽と言われればそう見えないことはないネ」
「ど、どこで見たアル?!」
まさか予想外のところからの情報提供に興奮のあまり俺まで語尾が感染ってしまう。
しかし、喜ぶ俺とは対象的にホアンは珍しく険しい顔をしてる。ニコニコしてるホアンばかり見てるので段々不安になってきた。
「これはちょっと面倒アルネ……」
「面倒……?」
「……光り物が大好きなマオっていう常連客がいるアル。そいつがさっき自慢してたアルヨ、『すごい珍しいもの拾った』って」
血の気が引いた。まさか妖怪の手に渡っていたとは。
おまけにその言葉からするにその価値も分かってるはずだ。俺は益々青褪めた。
「な、な……そいつ……いや、その人はどこに……?」
「さっきまで六階で仲間たちと騒いでたアルヨ。あいつら食い方汚いし煩いから面倒アル、多分今頃玉香サンが相手してやってるアルね」
「六階……」
「まさか会いに行くつもりアルか? 悪いことは言わないアル、やめといた方がいいネ」
「そんなにやばい人なのか?」
「柄の悪い不良客アル。ヨウみたいな矮子が行ったところで玩具にされるアルよ」
「む……むむ……」
これは問題だ。
けれどだからと言って泣き寝入りするわけにもいかない。
ここは穏便に……と思ったが、ホアンの話からするに面倒な相手なことに違いなさそうだし……。
そう一人唸っていると、ホアンは手をぱんと叩き、ニッと歯を見せて笑った。
「……けどそうアルネ、最好的朋友であるヨウが困ってるなら阿拉も協力してやらないことないアル!」
途中なんて言ったのかわからないが、助けてやると言ってることはわかった。
歓喜のあまり俺は思わずホアンの手を取った。ヒヤリとした体温のない骨みたいな手に自分でびっくりして慌てて手を離す。
「お、おお……?! いいのか?!」
「元はといえば阿拉のお願い聞き入れてくれたのはヨウアル。助太刀するアルヨ!」
「ほ、ホアン……!!」
いつも人使い荒いとか影で愚痴ってて悪かったホアン、たまにがめついけどやっぱり持つべきものはなんとやらだ。俺達はひしっと熱く握手を交わした。
その通路へと向かう途中、ロビーでは様々な客を見かけた。
「伊波様がいなくとも繁盛してるではないか」
「そうだな……確かに結構お客さんが多いような……」
夜の方が客入はいいと聞いていたが、それでもずっと通い続けてるような常連客が殆どで満席になることはないと言っていたのに。
……けれど以前のように繁盛するようになったのなら喜ばしい。
どれほど歩いただろうか。目的地である扉の前にやってくる。中国語で何か書かれた扉の前。恐らく、関係者以外立入禁止という注意書きなのだろう。そこまでやってきた俺は黒羽を振り返る。
「あ、黒羽さん、ここから先は俺だけで行ってくるよ」
「しかし……」
「皆良い人たちだから大丈夫だよ。……それに、何かあったらすぐに呼ぶから」
いつの日か黒羽に貰った懐中時計を取り出して見せれば、黒羽も折れたようだ。
「わかりました」と重々しく頷く黒羽。
そんな黒羽と別れ、俺は赤い扉の南京錠を解き、中へと足を踏み入れる。
通路を通り抜け、休憩室へと向かう。休憩室……と呼んでいいのか知らないが、従業員たちが憩いの場として使ってるそこは従業員たちの私物で溢れかえり相変わらずごみごみしていた。
普段ならば誰かしらいるのだが、珍しいことに影すら見えない。俺は休憩室の奥、壁に掛かってる複数の鍵の束の中から一つ『男人』と書かれた札がぶら下がった鍵を手にした。これが更衣室の鍵になるのだ。
鍵を手にしたまま男子更衣室へ向かう。真っ黒な扉をノックし、恐る恐る扉を開いた。
「失礼しまーす……」
知らない人がいたら気まずいなと思ったのだが、そんな心配は無用だった。
休憩室同様そこには誰もいない。
無造作に並ぶサイズの違うロッカー(と呼んでいいのだろうか)の中から俺用にと支給されたロッカーに近付いた。
余程忙しいのかもしれない。が、好都合には変わりない。
誰かが来る前に用事を済ませよう。そうロッカーを開け、中を探す。
しかし。
「嘘だ……ここにもない……」
ロッカーの中になければ、更衣室にも落ちていない。散らかった更衣室内ひっくり返して確認したがどこにも俺のエンブレムはなかった。
床に這いつくばって絶望していたときだ、いきなり更衣室の扉が開き、飛び上がる。
「――ヨウ?」
「ひっ! って……ホアン……?」
顔見知りのチャイナ服の男は、俺を見るなり驚いたように目を見開いた。
それは俺も同じだ。
「ホアン、さっき帰ったんじゃ……」
「帰るつもりだったアルけど急に団体客来て働かされてたアルよ。それよりも、ヨウこそこんなところでコソコソして何してるアルか。賊かと思ったアルよ」
ふーっと安心したように胸を撫で下ろすホアン。相変わらず身振り手振りの動作が大きいが、やってきたのがホアンだということに心底安堵する。
しかし、団体客……なるほど、通りで賑わってるということか。
しかし確かに不審者丸出しだ、ここは正直にホアンに事情を説明することにした。
「ええと、実は落とし物しちゃって……」
「失せ物アルか? アイヤーついてないアルね。もう諦めるアル」
「な、何他人事みたいに……。諦めるなんて無理だ。すっごい大事なものなんだよ」
あまりにもあっけらかんとしたホアンに脱力しそうになるが、慌てて力説するとホアンは興味津々に目を輝かせた。
「大事なもの? 何アルか?」
「ええと……エンブレム……」
「原来如此、そういうことアルね。確かに大事なものアル」
腕組むホアンは納得したようにうんうんと頷く。
俺同様に学園に通ってるホアンにもその大切さはわかってるのだろう。あれがなければ教室にすら入れない。
「なあ、どこかで見かけなかったか? 太陽みたいなやつ……」
「厶……太陽アルか? どこかで見たような……」
「えっ?! ほ、本当か?!」
「こーんなキラキラしたやつアルね?確かに変な形アルな~~って思ったアルけど、太陽と言われればそう見えないことはないネ」
「ど、どこで見たアル?!」
まさか予想外のところからの情報提供に興奮のあまり俺まで語尾が感染ってしまう。
しかし、喜ぶ俺とは対象的にホアンは珍しく険しい顔をしてる。ニコニコしてるホアンばかり見てるので段々不安になってきた。
「これはちょっと面倒アルネ……」
「面倒……?」
「……光り物が大好きなマオっていう常連客がいるアル。そいつがさっき自慢してたアルヨ、『すごい珍しいもの拾った』って」
血の気が引いた。まさか妖怪の手に渡っていたとは。
おまけにその言葉からするにその価値も分かってるはずだ。俺は益々青褪めた。
「な、な……そいつ……いや、その人はどこに……?」
「さっきまで六階で仲間たちと騒いでたアルヨ。あいつら食い方汚いし煩いから面倒アル、多分今頃玉香サンが相手してやってるアルね」
「六階……」
「まさか会いに行くつもりアルか? 悪いことは言わないアル、やめといた方がいいネ」
「そんなにやばい人なのか?」
「柄の悪い不良客アル。ヨウみたいな矮子が行ったところで玩具にされるアルよ」
「む……むむ……」
これは問題だ。
けれどだからと言って泣き寝入りするわけにもいかない。
ここは穏便に……と思ったが、ホアンの話からするに面倒な相手なことに違いなさそうだし……。
そう一人唸っていると、ホアンは手をぱんと叩き、ニッと歯を見せて笑った。
「……けどそうアルネ、最好的朋友であるヨウが困ってるなら阿拉も協力してやらないことないアル!」
途中なんて言ったのかわからないが、助けてやると言ってることはわかった。
歓喜のあまり俺は思わずホアンの手を取った。ヒヤリとした体温のない骨みたいな手に自分でびっくりして慌てて手を離す。
「お、おお……?! いいのか?!」
「元はといえば阿拉のお願い聞き入れてくれたのはヨウアル。助太刀するアルヨ!」
「ほ、ホアン……!!」
いつも人使い荒いとか影で愚痴ってて悪かったホアン、たまにがめついけどやっぱり持つべきものはなんとやらだ。俺達はひしっと熱く握手を交わした。
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