人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

03

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 ビザール通りは昼間(と言っても相変わらず夜なのだが)とはまるで姿が違った。
 様々な種族でごった返し、喧騒、騒音、そして様々な食べ物の匂い。大きな祭りにでも来た子供のような気分になったが、至るところで辺りを監視する獄吏を見つけては緊張した。
 今、獄吏たちを管理してるのは学園側だという。
 けれどやはり獄吏たちのあの黒服と仮面を見るとあの男を思い出さずにはいられなかった。

「……伊波様、いいですか、絶対に離れないで下さい」
「わかった。ほら、ちゃんと黒羽さんの服掴んでるから」

「これなら人混みに紛れても大丈夫だよ」と、黒羽の服の裾を掴む。口にして人混みではないなと思ったが、そんなことはさておき。
 やはり不安そうな顔をした黒羽は「失礼します」と俺の手を取った。

「自分が掴んでおきます。何かあってからでは遅いので」

 そう、硬くて熱い皮膚の感触に包まれる右手にびっくりして思わず黒羽を見上げた。目が合い、「少しの間、我慢してください」と黒羽はなんとも言えない顔で俺から視線を逸らす。

「……では参りましょう」

 遠くから聞こえてくる何かの楽器の音色。普段学園では見かけないような種族が多いことに気づいた。
 肌に絡みつくような濃厚な嫌な気。それを、黒羽は気にすることなく掻き分け進んでいく。
 俺は、繋がった右手に取り残されないようにその後を追い掛けた。




「危ねえだろガキ」
「おい、人間だ! 人間様がいるじゃねえか!」

 擦れ違った物の怪たちは好き勝手何か言ってくるが、振り返ろうとする俺の肩を掴み「有象無象だ、無視しろ」と耳打ちする。その後すぐ、どこから悲鳴が聞こえてきたが、とうとう俺は振り返ることはできなかった。
 足音に、声に、掻き消される。

「そこの男前なお兄さん、今夜限りのセイレーンのステージがあるよ!良かったらどうだい!」
「セ、セイレーン……って、あの……?」
「そこは毎日今夜限りと言ってる。それにセイレーンではなく河童の婆だ」
「黒羽さん行ったのっ?」
「……ビザール通りの店は一通り調査済みだ」
「…………行ったんだ」
「…………」

 何も言わない黒羽。なんだその沈黙は。
 別に俺は黒羽さんが女の人がいるお店に行くことは悪いとは言わないけどなんだろう、そこまでするのかっていう気持ちもあったり、本当は気になって行ったんじゃないかっていう疑心もあったり。……なんていうか、モヤモヤ。
 なんて思ってると、いきなり腕に何かが絡みついてくる。「わっ」と振り返れば、ぞっとするほど美しい露出が高い女の人が俺に向かって微笑んでいて。

「ああ、やっぱり可愛い子……ねえ、私と遊ばない?」
「はわっ、はわわ……」

 これが逆ナンと言うやつですか?!
 と動揺でアホみたいな声しか出せなくなったとき、黒羽が俺とその美女の間に立って入る。

「他所を当たれ。貴様のようなやつが近づいて良い方ではない」
「あら、お兄さんもなかなかかっこいいわねえ。良かったら三人で……」
「だっ、だめ! 俺たち今急いでるから!」

「ねっ、そうだよな黒羽さん!」と慌てて黒羽の腕にしがみつけば黒羽は「ああ」とだけ頷き、そして返事を待つよりも先に「行くぞ」と俺を半ば抱えるようにしてその女から逃げた。
 ……よかった、安心した。というかやっぱり黒羽さん妖怪の中でもモテるんだ……いやそりゃ男の俺から見てもかっこいいと思うけど、モヤモヤ倍増って感じだ。

「伊波様、あのように美しい女人の姿をして誘ってくる女妖怪には気をつけろ。……ろくな奴がおらんからな」
「……そ、そうなのか」

 もしかして経験談?なんて聞きたかったけど、やめた。
 多分なんて答えられても俺の童貞感丸だしの思想に余計落ち込みそうだし。
 けど黒羽がいてくれてよかった。
 俺一人じゃあんな風に誘われたらきっと上手く逃げることもできないだろう。
 長い長いメインストリート、あまりにも絡まれるので裏路地に回った俺達はそのまま刑天閣まで駆け抜ける。
 喧嘩を仲裁する者、囃し立てる者、取り締まる者。人気は少ないが、裏に回れば回るほど混沌とした空間が広がっていた。死体のような残滓を食い漁る犬の化物に、建物の屋根から屋根へと飛んでいく何か。
 それから浮浪者のような男がボロの布切れの上に商品らしきものを並べて売ってる謎の露店。
 屈強な獣人たちが裏口に降りていき、酔っ払いらしき血まみれの太ったモンスターは店の従業員らしき連中に袋叩きにされてる。
 黒羽は全部を無視して歩く。俺は色んなところに目が動いてしまう。

 そして、刑天閣があるビザール通り。
 夜空に聳える刑天閣。そこへ近付くに連れまるで道標のように提灯がぽつぽつと現れた。どこからか聞こえてくる琴の音色。裏通りは表通りの混沌とは違う、並ぶ建物は赤く統一されていた。喧騒が遠く、そこだけ切り離されたかのような異国感。人通りは落ち着くが、無人というわけではない。
 中華系の妖怪たちが多く行き交うその通り。
 いつもなら薬屋の爺さん婆さんたちが多いのだがこの時間帯はまた違う顔を見せていた。
 豪奢なチャイナドレスを身に纏った美女が馬頭の男と寄り添い、看板すら出ていない建物の中へと入っていく。また別の店では、二階の格子越しに色白の艶めかしい女が手を振っていた。俺が釣られて手を振り返そうとしたとき黒羽さんがそれを睨む、すると女は慌てて引っ込んでいく。……手を振り返すのも駄目なのか。

「……伊波様」
「わかった、わかった!警戒しろってことだろ?わかった!」
「……」

 黒羽さんの目が怖い。
 でもそれだけ危険も多いということなのだろうが……なんか危険というよりは、変な感じだな。
 カップルが多いと思いきや、男ばかりの集団もちらほらいる。声を潜めて何かを話し合ってるような、そんな静かさに妙に胸がざわついた。
「行こう」、と黒羽の手が俺の手を軽く握り締める。俺はというとなすがままにその後をついていくことになった。そして。

 ――刑天閣前。
 蝶番の扉を押し開けば、赤と金のきらびやかな世界がそこには広がっていた。
 が、すぐに違和感に気付く。内装は変わらないが、店内が薄暗いのだ。提灯に照らされた天井の明かりは遠い、敢えてなのだろうが、知ってるはずの場所なのにまるで知らない店に来たかのような不安感を覚えた。

「歓迎光臨」

 そしてそこに立つのは。
 ぶっきらぼうでガサツ、けれど芯の通った声。

「ようこそいらっしゃいました。……お一人様で?」

 正面フロント。佇む男の顔は見えないが、この敬語でありながらもふてぶてしい物言いには覚えがあった。

「トゥオさん!」
「おっ? なんだ、坊主か」

 俺が黒羽の影から現れると、トゥオはニッと鋭い歯を見せて笑った。

「どうした、夜遊びか?」
「えと、その……忘れ物しちゃって……更衣室に入りたいんですけどいいですか?」
「忘れ物だと? 別に構わねえが……そこの人は?」

 トゥオの目は俺の横に居る黒羽に向けられる。
 訝しむような目だ。ああそうか、トゥオは黒羽さんのことを知らないのか。

「トゥオさん、この人は黒羽さんって言って……ええと……」
「黒羽と申します。……伊波様がお世話になっております」

 保護者か。

「へえ、坊主のお目付け役ってことか。……そりゃ難儀だな。坊主の忘れ物のためにわざわざついてきたんだろ?」
「夜は危険が多い故一人で出歩かせるわけにも行きません」
「へえ、人気者は大変そうだな」

 そうひらひらと手を振るトゥオに、僅かに黒羽の目の色が変わったのに気付いた。
 自分が罵倒されるのは構わないが俺の悪口一つだけでも頭に来る黒羽だ、いつもからかってくるトゥオと相性は良くないだろう。

「あーっ、それじゃ黒羽さんっ、更衣室!更衣室に行こっ!ねっ!」
「……」
「そ、それじゃあトゥオさん……お疲れ様です~……」
「おう。終わったらまた声掛けろよ」
「はい!」
「ああそれと……」
「……? それと?」
「上層階行きのエレベーターには近付くなよ」

「優しいお兄さんからの忠告だ」と、手を振るトゥオに俺はすぐにそれが何を意味するのか気付いた。
 上層階、即ち七階よりも上階は限られた者にしか入れない。そして、そこに入るには通常のエレベーターとは異なるエレベーターを使う必要があった。
 そこに近づくなということは、普段は無人のそこに客が来ているということだ。

「わ、かりました」

 絞り出した声は震えていた。
 トゥオはそれだけ言うと『さっさと行け』って言うみたいにしっしと手を振った。
 今にも掴みかかりそうな黒羽を引っ張り、俺はトゥオに改めてお礼を言ってその場を離れた。

 上層階……そんなお偉いさんがきてるのか。
 気になりはするが、障らぬなんとかに祟りなしだ。
 俺は大人しく目的地である更衣室へと向かった。
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