人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第三章【注文の多い魔物たち】

01

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 ビザール通り、その建物と建物の間を縫って入った路地裏を突き進んだ先に摩天楼、否――中国料亭『刑天閣けいてんかく』は塔のように聳え立っていた。
 入り口を開ければすぐ目の前には各階へと繋がるエレベーターと閉め切られた扉があり、零時を過ぎれば開店するバーと、限られた者しか入れない巨大な厨房がある。
 そして二階三階は料亭スペースになっており、四階から六階は団体用の広間。そして七階から十階は所謂お偉いさん用の個室があった。
 見渡す限りの朱と黒と金色で統一された豪奢な内装。天井からぶら下がるのはシャンデリアではなくたくさんの提灯だ。そしてどこで鳴ってるのか銅鑼の音が響いてる。
 食欲を唆るような匂いが至るところで充満したその店内、俺は空腹に魘されながらも刑天閣を駆け回っていた。
 銅鑼の音が鳴り響く、また来客だ。
 真っ赤な蝶番の扉から現れたのは恋人らしき男女の妖怪だ。
「はいいらっしゃいませー!」なんて忙しさで目を回しつつもしっかり挨拶をしてれば、隣にいたチャイナ服のウエイターに小突かれた。

「ヨウ、違うアルヨ。そこは『イラッシャイマセ』じゃなくて『歓迎光臨』!」
「ふぁ……ふぁんいんぐぅあんりん……!」

 慣れない中国語に舌を噛みそうになりながら発音すれば、青年ーーホアンはニッと笑った。笑ったせいで糸目がちな目が更に細くなる。

「非常好! やっぱりヨウはテミッドよりも接客センスアルヨ~!」

 そう上機嫌に笑うホアンに、引き合いに出されたテミッドはいつもよりも生気のない顔を更に暗くする。そういうテミッドもしっかり華やかなチャイナ服に身を包んでいる。
 この制服、ウエイターに支給される制服なのだが、顔のいいテミッドや背丈があるホアンに比べて平均的な体型で華のない俺には些か派手すぎる。
 初めて着たときはテミッドは「素敵です」と目をキラキラさせて褒めてくれたが、こうも周りが着こなしてるのを見ると居たたまれなくなるってのも仕方ない話で。

「……い、伊波様をぼ、僕なんかと比べるなんて……ホアン……不敬罪だから……」
「ンーそんなこと言ってもネー、テミッドももっと頑張らないとそんなんじゃ駄目アルよ~もっとしゃきっとしないと!」
「……僕は、生まれつきこうだから放っておいて」

 こんなにツンケンしてるテミッドもなかなか見ない。けど、仲がいいというのはよくわかった。
 キョンシーであるホアンはテミッドの友達であり、今回俺がこの中華料理屋で働くことになった原因でもあった。

『お願いアル、このままじゃうちの店閑古鳥が鳴くどころか巣作りしちゃうアル~! お頭も日に日に落ち込んでるし、ここは今大人気の親善大使様の力でなんとかしてくれアル~!』

 学園内のロビーでテミッドといるところを狙って泣きついてきたホアンがいうに、自分が働いてる先の中華料理屋が客が来ないから客寄せパンダになれということだった。
 少し前までは大繁盛していたその老舗料亭に、突如悪評が流れ始めては一気に客足は遠のいたという。
 犯人は分からず仕舞い、今来るのは昔からの常連客くらいだという。
 最初は黒羽はもちろんテミッドも反対したのだが、話を聞けば聞くほど他人事ではなくなりテミッドも一緒で短期間でならという条件の元働くことになったわけだが……。
 黒羽さん?黒羽さんも最初は一緒に働くと言って聞かなかったのだが、ウエイターとしては威圧感がありすぎるし料理人としても不器用すぎると言うことになり不採用だった。
 そして人生初のバイトが妖怪たちが集う料亭のウエイターになったのだが……やはりホアンの言うとおり、人間という客寄せパンダに釣られて来る客は多かった。

「哈哈哈! テミッドも頑張るアルよ~! ほらヨウ、次はあそこのテーブルに聞きに行くアル!」
「お、おう……!」

 俺が来たばかりのときは基本二階しか開けておらず、その二階のテーブルすら満席になることはなかった。
 けれど、今はあっという間に全席満席。今度は人手が足りなすぎるのではないか?!というくらいで。
 それでもベテランの他のスタッフがフォローしてくれるので助かる。俺はというと営業スマイルというやつを浮かべてテーブルに向かい注文聞いてそれを厨房に伝えるのがメインだ。
 妖怪客ばかりということもあり料理の量も俺の想像よりも桁外れで、両手使ってでも運べないような料理の山をテミッドやホアンがテーブルまで運んでくれていた。
 肉体労働ばかり任せて申し訳ないが下手に手を出してひっくり返したら洒落にならないので他のスタッフに甘んじることにしてる俺。
 というわけで新しく埋まった席へと向かう俺。
 衝立を覗くように「お待たせしました」と顔を出す。

「ご注文お伺いしま……」

 そう言いかけた矢先だった。
 いきなりぬっと視界が黒くなる。それが影だと気づいたときには遅かった。がっと肩を掴まれ、俺はびっくりして顔を上げた。
 そして更にびっくり。そこにあったのはよく知った顔だ。

「い、伊波様……なんと嘆かわしい姿を……!」
「えっ、黒羽さん……?! って巳亦も?!」
「や、頑張ってるみたいだな。曜」

 何ということなのだろうか。相席していた黒羽と巳亦は、俺の姿を見るなりそれぞれ違う反応を示す。

「曜は来るなって言ってたけどずーっと黒羽さんが心配してたから客として来ちゃった」
「来ちゃったって……来るなって言っただろ」
「いやはやそれにしてもよく似合ってるな、その制服」
「う……見るなってば……」

 客の前では慣れてきたにしてもやはりジロジロと、それも知り合いに見られるとなるとワケが違う。
 露出した肩を隠すようにメニューを盾にすれば、巳亦は楽しげに笑った。

「……それで、ここに来たってことはなんかわかったのか?」

 黒羽と巳亦には別のことをしてもらっていた。
 それはこの中国料亭に流れ出した悪評についてだ。
『この料亭の食材は従業員である』だとか、『腐った死体を高級肉だと謳って出してる』だとか、『料理の中に禁じられてる薬物を混入して兵を作り出している』だとか、『知り合いが刑天閣に行ったっきり帰ってこない』とか。
 まー平たく言えばそんな感じだ。流石にそんな悪評流れるところにノコノコ手助けに行くわけにも行かないと審議を確認してもらったが勿論全部白だ。根も葉もない噂である。
 それどころか料理長は無口(というか首無し)の3メートル越えの巨人で斧のような肉包丁振り回すような人だが料理してるとき以外はおっとりしてるし、閑散時には俺やテミッドにたくさんの賄いをデザート付きで用意してくれる優しい人だし、他の従業員たちも初見時はびっくりするような人たちばかりだったがいい人だ。
 そんなわけで少しでもこの店を助けたくて犯人探しを乗り出した俺だったが、やはり肝心なところはこの二人に任せざるを得なかった……。
 が、重々しく首を横に振る黒羽にやっぱそんな簡単にはいかないかと肩を落とす。

「噂の元を辿ってもキリがない。けれど火のないところに煙も立たないはずだ」
「ライバル店の仕業っていうのもあるだろうし、一旦俺達は刑天閣周辺を洗い流してみるつもりだ」
「……悪いな、二人とも。俺のわがまま聞いてもらって」
「何を仰るか。……確かに貴方から離れるのは不安だが何かあればすぐに駆け付けることのできるようにしてる。……こちらのことは私に一任ください」
「一応俺も手伝ってるんだけどなぁ」
「……うん、ありがとう」

 俺だって黒羽たちと離れることが不安にならないわけではない。テミッドがいるからまだ大丈夫だけど、知らない妖怪たちの前に出るのも緊張するときがある。
 けれど、無礼者がいればすぐに店の用心棒が飛んでくるし側には大体誰かいてくれるのもでかい。
 ……が、やはり口ではなんといっても黒羽の表情は険しいものだった。

「それにしてもあの給仕……乾屍の分際で伊波様を扱き使うなどとは許せん!」

 ……と思いきや黒羽はホアンのことに腹を立ててるらしい。
 近くにホアンがいなくてよかったが、相変わらずのようだ。

「黒羽さん……ホアンは先輩だし俺にも分かるように教えてくれるんだよ。……確かにちょっと大雑把だけど、悪い人じゃないから」
「ですが……むう、あの胡散臭い男……」
「ゴホンっ! ……それで、注文は?」

 ホアンに聞かれたらまずい、慌てて咳払いして誤魔化すように俺は二人の前に置かれたメニューにそっと手を伸ばす。

「じゃあ俺は天鶏姿煮野菜添えと燕の巣のスープと極上肉皮包で」
「……紅焼熊掌」
「畏まりました」

 そうぺこりと頭を下げる。
 どこからかまた銅鑼の音が響き、一階から上がってきたエレベーターからは複数の客がぞろぞろと現れた。
 もっと二人と一緒にいたかったがこんな忙しいときに長々とここでお喋りするわけにはいかない。俺は二人の席から離れ、一階の厨房に注文内容を伝える。
 遠くでは軽々と料理皿の山を運ぶテミッドと席に案内するホアンの姿が見えた。
 ……これからまた忙しくなりそうだ。
 そんなことを思いながらふっと息を吐く。
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