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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】
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地上に帰ってきてから怒涛のように時間が過ぎていく。
やはり地下監獄が封鎖され囚人たちが脱獄したことは大きな問題となったが、その上地下監獄が水没してしまったのも更に深刻化していた。
もちろんそんな状況で運営が不可能だと判断した運営陣は地下監獄を一時的に閉鎖。
残っていた鼠入と火威たちが地上へ向けた穴を掘り、生き残りの囚人たちを一箇所に集めてくれてたお陰で運良く水没から免れたらしい。
泥人形である獄吏たちは水没時に消滅したが、肝心の獄長の姿だけは見つからなかったという。
囚人たちは魔界が運営する別の監獄へと収監されたという話は俺の耳にも飛び込んできた。
そして、肝心の俺達の処分についてだが。
俺は巻き込まれたということでお咎めなしだったが、黒羽と巳亦、テミッドは脱獄の上何体もの囚人や獄吏を殺してきた。地下が治外法権とはいえ、学生である俺たちには校則がある。
というわけで、一週間自宅謹慎もとい自室に幽閉されることになった。
「この度は君に大変な目を遭わせてしまったようだね。……君の安全を保証するために黒羽を寄越したというのに役に立たず申し訳ない」
俺が地下監獄閉鎖騒動に巻き込まれたということを聞いたのだろう、地上へと帰還した夜、何人もの黒スーツの骸骨を連れた和光が俺の部屋へとやってきた。
「役立たずなことないです。……黒羽さんは俺のことをたくさん助けてくれました」
「けれど現に君は傷付いてる。……私にはわかるよ。君の魂、一度消滅してるね」
「えっ?」
「ここに来たばかりのとき、君は簡単に死なないように仮死状態になっていると伝えただろう。仮に君の肉体が物理的に消滅しても、この首輪が君の魂を留め、記録した元の肉体をすぐに再生するように出来ている」
「そして最後にあったときから一度、その機能が使われてるみたいだね」そう、俺の首輪に触れた和光は怒るわけでも悲しむわけでもなくただ柔らかい声で続けた。
ギクリとした。
心当たりは死ぬほどある。獄長に向かって魔銃を向けたとき、あのとき、確実に死んだと思ったのに身体が破損するどころか回復したあのときだ。
当時はそれどころではなくて気にしなかったが、和光の言葉に合点が言った。
けれどそれはつまり黒羽に対する和光の評価を下げてしまうことになるのではないか。
「……それは、俺が勝手にしたことなので黒羽さんのせいじゃないです」
「君は随分と黒羽を気に入ってるようだね。いやはや、上司としては嬉しい限りだが……君の思ってるよりもこの世界はまだ不完全だ。何が起こるかもわからない。また今回のようなことに巻き込まれるかもしれない。そのときのため、代わりのお付きをつけようと思ったのだが」
「お気遣いありがとうございます。けど、大丈夫です。俺には黒羽さんだけで十分ですので」
和光なりに心配してることはわかった。
俺を連れてきたという立場上、俺を危険な目に合わせられないというのもだ。
けれど、だからだろうか。言葉とは裏腹に黒羽のことを軽んじてるような気がして、無性に腹がたったのだ。
きっとこれは俺が子供だからかもしれない。自分のヒーローを悪く言われてるようで悔しかった。
何を言っても聞かないと思ったのだろう、和光は「そうかい」とだけ頷いた。
「君に無理強いするつもりはない。が、必要があればいつでも言ってくれ」
「……心配ありがとうございます」
「うん、一先ず元気そうな君が見れて安心した。……それでは私はこれで失礼するとしよう」
「……」
「ああ、そうだ、最後に一つだけいいかい」
不意に問い質され、少し緊張しながらも俺は「はい」と頷き返した。
「ユアン獄長……彼が見つかったら君はどうしてほしい?」
それはとても穏やかで優しい声だった。
けれど、こちらを見るその青い目は感情を感じさせないほど冷たく、ゾッとした。
「どう……って」
「治外法権とは言えど彼が君にしたことは不敬罪だ。罪を犯したものは裁く義務がある。……それが断罪する立場の者だとしてもだ」
「でも……獄長は、見つからなかったって……」
「少年、これはもしもの話だ」
空気が冷たい。表情はこんなにも優しいのに、だからこそ余計そのアンバランスさに恐ろしく感じるのか。
「俺は、俺のことは、自分で決めるので何もしなくて大丈夫です」
「君が自ら裁くと?」
「はい」
「君にそんなことができるのかい? 少なくとも、誰かの手が必要だろう。……人間である君が、魔界でも有数の魔力を所有する彼に手を下せるとは思えないが」
「それも、どうするかは俺が決めます」
「……私達の手は必要ないということかね?」
頷き返す。正直、口から心臓が飛び出してこないかと思うほど怖かった。沈黙。和光の表情は変わらない。
けれど、すぐにその口元には笑みが浮かんだ。
「……そうか。それが、人間式か。そうだね。確かに法律で裁くよりも個人で行う私刑の方がこの場合は公平なのかもしれないね」
「……和光さん?」
「いやすまない、少し君の意見が聞きたくてね。……参考になったよ」
和光はそれだけを言い残せば骸骨たちに合図し、部屋を出ていく。
その背中を見送っていたとき、不意に一人の骸骨の肩に乗ってる黒蛇を見つけた。
あれ?と思ったときには和光たちの姿は霧と消える。
結局その日はモヤモヤした気持ちのまま一人の夜を過ごすことになった。
和光が何を考えてるのかわからなかったから余計。
そして、何日かが経過する。
黒羽たちの処分期間も終わり、再会した俺達はその日から学園へと復帰することになったのだが……。
「……はぁ……なんかすごい久し振りの登校だな」
「申し訳ございませんでした、自分のせいで」
「黒羽さんだけのせいじゃないって。あと、敬語……また戻ってるよ」
黒羽に指摘すれば、思い出したらしい。少しだけばつが悪そうに顔を強張らせ、「すまない」と項垂れる。
このやり取りも久しぶりな気すらした。
そんなことを言い合ってると、俺の横にぬっと現れた巳亦にトン、と肩を叩かれる。
そして、
「けど無理はするなよ。何かあれば俺が癒やすからな」
「あ、ありがと……」
そう、顔を寄せてくる巳亦。久し振りあった巳亦は最後に見たときよりも大分肌艶がいいというか元気になってるようだ。
最下層でのことを思い出し、不意にドキドキしそうになるのを必死に抑える。
そんな俺と巳亦のやり取りを見ていた黒羽の目付きが鋭くなっていくことに気付き、慌てて俺は巳亦から離れようとするが巳亦がそれを許さなかった。
「曜、どうしたんだよ急に。……まさかどっかまだ体調優れないのか?」
「優れないというか……その……」
「おい巳亦貴様……薄々思っていたが前よりも伊波様に馴れ馴れしくないか? いくら伊波様が懐深い方だとしても立場を弁えろよ」
「あーそのことだけどね黒羽さん、俺、曜と……」
「おわーっ! ちょっと待って! 何言おうとしてるんだ?!」
「え、何ってそりゃ……地下で言ってただろう。……まさか、忘れたわけじゃないよな?」
俺は本気だからな、と念を押すように見詰められると色々思い出して頭が爆発しそうになる。
というかこのままではまじで実行し兼ねない勢いすら感じ、生きた心地がしない。
「あのー巳亦さん? そのことなんだけどな……」
きちんと言わなければ。確かに巳亦のことは好きだが俺は巳亦との子供を身籠るつもりはないと。
そう向き合おうとしたときだった。
学園内・ロビー。
たくさんの生徒たちが行き来する中、不意にロビーの奥がざわざわと騒がしくなる。
「……ん? なんの騒ぎだ?」
普段から人通りの多い場所は騒がしいが、今日は一段と煩い。何事かと騒ぎのする方へと目を向けた俺達は、そこで停止した。
その人物を避けるようにして割れる人垣。そしてその中央に、そいつはいた。
カツカツと響く軽快なブーツの音。そして、翻るロングコートの裾に目深に被った軍帽、そして、真っ黒な前髪の下から覗く赤い目は真っ直ぐに俺を見ていた。
クソ暑苦しいほどの黒尽くめ、こんな男を見間違えるはずがない。
「……貴様ら何をダラダラしている?一限目の授業まで間もないはずだが時間管理もろくにできないのか、低能共は」
間違いない、地下監獄とともに水没したはずの獄長がそこにいた。
あまりの驚きに俺も巳亦も黒羽も、皆一瞬反応に遅れた。けれどすぐ黒羽は制服の裾の下からクナイを取り出し、構える。
「貴様なぜここに……ッ!!」
「……喚くな雑魚共が。公共の場すなわちこの場での抜刀は規約違反だろう? それともそこの鴉はこの場で焼き鳥にされたいのか?」
そう、獄長が腰の獲物に手を掛けた瞬間だった。音もなく獄長と黒羽の間に全身をローブで包んだ男が現れる。
グレアだ。
「いけませんよ、ユアン先生。そんな乱暴な言葉を生徒に吐くなんて。それに、抜刀が禁止されてるのは彼だけではなく僕たちもですよ」
殺伐とした空気には場違いなほどの柔らかい声に、俺たちは安堵するどころか戦慄する。
「……待て、今先生と言ったか?」
「ま、まさか……」
聞き間違いだと言ってくれ。青ざめる俺たちの前、グレアは変わらない調子で漂う。
「ああ……そうでした、黒羽君と巳亦君……君たちは何日間か寮に幽閉されてたから知らなかったんですね、ユアン先生が見つかったこと」
なんて、ふわふわとした爆弾を落としながら。
グレアは簡潔にここ数日に起きたことを説明してくれた。
概ねは俺が知ってる情報と同じだったが、獄長が見つかったことからは俺の知らないことだった。
この学園の地下監獄を任されるというだけあって獄長の存在は魔界の中でも珍しいらしい。その豊富な能力にそれらを駆使することのできる魔力、それらを身をもって知ってる俺は何も疑うことはない。寧ろ自分でもよくあの男から逃げられたと思えたくらいだった。
そしてそんな男を裁くことができる者は限られている。
本来ならば和光たちが裁く予定だったという。
親善大使である俺に手を出した者は処すると言い張っていたくらいだ、けれど魔界陣営はそうしなかった。
その理由は明確にはわかりませんが、とグレアは言ったが俺は知ってる。
数日前俺の元に訪れた和光との会話を思い出す。
もしかしたらあの時点で和光は獄長を見つけていたのかもしれない。
そして、死刑の代わり和光は獄長に罰を与えた。
一部能力の剥奪に魔力の制限。そして、この学園で教員として働くこと。
いくらそんなペナルティを与えられたからと言ってあのような傲慢な男がおとなしく国の言うとおりになるものなのかと疑わしかったが、その首に見覚えのある首輪が嵌められてるのを見て俺は何も言えなかった。和光らしい強引な真似だと思った。
……なるほど、俺にでも手を下せるように施したのかあの男は。
「それで、ユアン先生は今日から生物学拷問科を担当してくれることになったんですよ。拷問科の生徒はクセのある子が多いからユアン先生みたいな人が来てくれて嬉しいな」
「何故この俺が下等魔物の面倒を見てやらなきゃならんのか甚だ疑問だがな」
「またまたそんなこと言って。地下監獄の看守も似たようなものじゃありませんか」
「……貴様、目上の者に対する口の利き方がなってないようだな」
「ああ、すみません。ユアン先生は僕に出来た初めての後輩なのでつい嬉しくて」
獄長の態度にも慣れてるのか、それともグレアがマイペースなだけなのか。
口元に浮かぶその笑顔に、今度は獄長の顔が引きつった。
「こ、後輩……だと?」
「そうですよ、教員としては一番新しい先生だしずっと地下担当だったので学園のこともわからないこと多いですよねー? 何かあったり迷子になったときでもどんどん言ってくださいね」
嬉しそうにふわふわと漂うグレアに獄長、もとい元獄長は不快感を露骨に表した。
グレアのマイペースさには獄長も敵わないのか……なんだか新鮮というか……ざまあみろというか……。
「……なんだかんだこの男にとっては一番の重い罰かもしれないな」
「本当、あのおじさんが考えることは性格悪くていいね。ここじゃ勝手な真似もできないだろうしな」
黒羽と巳亦の言葉に俺はうんうんと頷いた。
あんなに恐ろしい化物が牙を抜かれてやってきたのだ、噛まれたところで痛くも痒くもないだろう。そう思うとある意味これで良かったのかもしれないと思う。
勿論巳亦を苦しめたのは許せないけど、これから他人を従える立場から従わざる得ない立場になる獄長の心境を考えると下手に痛めつけられるよりも堪えそうだからだ。
「……貴様が人にものを教えれるとは思わんがな」
「ま、その調子でがんばれよ、先生」
「貴様ら……っ!」
通りすぎ様、黒羽と巳亦の言葉を聞き逃さなかった。
俺も捨て台詞の一つや二つ言ってやろうかと思ったけど思いつかなかったのでべーっと舌出してたら捕まった。
しまった、油断してた。
「曜っ!」と、眉尻を釣り上げた獄長に腕引っ張られ、ぐっと顔を近付けられる。至近距離から睨む赤い目。いきなりのことで対応に遅れる。
つか、あれ、能力制限されたんじゃ……いやこれ普通に能力関係ないってことか?!
「いつでも拷問科に来い。俺は待ってるぞ、今度こそ必ずこの手で貴様を俺の所有物にしてやる」
ぐぐぐっと顎を掴まれ、耳に唇を押し付けられる。直接鼓膜に流し込むような甘い声に全身から力が抜けそうになり、咄嗟に俺はやつを振り払う。
「だ……誰が行くかよっ!」
「貴様ッ! 伊波様から離れ……」
黒羽がクナイを投げた瞬間だった。何もなかった空間からいきなり大量の白い綿が落ちてきた。
違う、綿ではない。マシュマロだ。クナイを落とし、俺と獄長の間を割って落ちてくる巨大マシュマロに驚いたときだ。
「……だめですよ、ユアン先生。言ったじゃありませんか、その子は僕の可愛い生徒なのでいじめないでくださいと」
悲しそうな声。そして、トドメ代わりに獄長の頭の上に落ちてくる手のひら大の巨大な星……ではない、金平糖だ!
「グレア……貴様の仕業か……! クソッ、なんだこれベタベタするぞ!」
「それでは行きましょうか。このままでは先生も遅刻してしまいそうですね」
「少しは人の話を聞けと言ってるだろうが、この……っ! おいこの菓子を早く消せ!」
ぎゃいのぎゃいのと揉めながらも獄長を強制的に連れて行くグレアの背を呆然と見送っていた俺たち。
もしかして結構すごい人なのか……?
普段のおっとりしたグレアばかり見てきただけに驚いた。
俺は残った巨大マシュマロを千切って齧ろうとしたが黒羽に取り上げられて捨てられる。けれどロビーに残った甘い香りからして本物に違いないだろう。
かくして、無事学園生活へと舞戻ることになったのだがまだ平穏な学園生活が訪れる気配はなさそうだ。
やはり地下監獄が封鎖され囚人たちが脱獄したことは大きな問題となったが、その上地下監獄が水没してしまったのも更に深刻化していた。
もちろんそんな状況で運営が不可能だと判断した運営陣は地下監獄を一時的に閉鎖。
残っていた鼠入と火威たちが地上へ向けた穴を掘り、生き残りの囚人たちを一箇所に集めてくれてたお陰で運良く水没から免れたらしい。
泥人形である獄吏たちは水没時に消滅したが、肝心の獄長の姿だけは見つからなかったという。
囚人たちは魔界が運営する別の監獄へと収監されたという話は俺の耳にも飛び込んできた。
そして、肝心の俺達の処分についてだが。
俺は巻き込まれたということでお咎めなしだったが、黒羽と巳亦、テミッドは脱獄の上何体もの囚人や獄吏を殺してきた。地下が治外法権とはいえ、学生である俺たちには校則がある。
というわけで、一週間自宅謹慎もとい自室に幽閉されることになった。
「この度は君に大変な目を遭わせてしまったようだね。……君の安全を保証するために黒羽を寄越したというのに役に立たず申し訳ない」
俺が地下監獄閉鎖騒動に巻き込まれたということを聞いたのだろう、地上へと帰還した夜、何人もの黒スーツの骸骨を連れた和光が俺の部屋へとやってきた。
「役立たずなことないです。……黒羽さんは俺のことをたくさん助けてくれました」
「けれど現に君は傷付いてる。……私にはわかるよ。君の魂、一度消滅してるね」
「えっ?」
「ここに来たばかりのとき、君は簡単に死なないように仮死状態になっていると伝えただろう。仮に君の肉体が物理的に消滅しても、この首輪が君の魂を留め、記録した元の肉体をすぐに再生するように出来ている」
「そして最後にあったときから一度、その機能が使われてるみたいだね」そう、俺の首輪に触れた和光は怒るわけでも悲しむわけでもなくただ柔らかい声で続けた。
ギクリとした。
心当たりは死ぬほどある。獄長に向かって魔銃を向けたとき、あのとき、確実に死んだと思ったのに身体が破損するどころか回復したあのときだ。
当時はそれどころではなくて気にしなかったが、和光の言葉に合点が言った。
けれどそれはつまり黒羽に対する和光の評価を下げてしまうことになるのではないか。
「……それは、俺が勝手にしたことなので黒羽さんのせいじゃないです」
「君は随分と黒羽を気に入ってるようだね。いやはや、上司としては嬉しい限りだが……君の思ってるよりもこの世界はまだ不完全だ。何が起こるかもわからない。また今回のようなことに巻き込まれるかもしれない。そのときのため、代わりのお付きをつけようと思ったのだが」
「お気遣いありがとうございます。けど、大丈夫です。俺には黒羽さんだけで十分ですので」
和光なりに心配してることはわかった。
俺を連れてきたという立場上、俺を危険な目に合わせられないというのもだ。
けれど、だからだろうか。言葉とは裏腹に黒羽のことを軽んじてるような気がして、無性に腹がたったのだ。
きっとこれは俺が子供だからかもしれない。自分のヒーローを悪く言われてるようで悔しかった。
何を言っても聞かないと思ったのだろう、和光は「そうかい」とだけ頷いた。
「君に無理強いするつもりはない。が、必要があればいつでも言ってくれ」
「……心配ありがとうございます」
「うん、一先ず元気そうな君が見れて安心した。……それでは私はこれで失礼するとしよう」
「……」
「ああ、そうだ、最後に一つだけいいかい」
不意に問い質され、少し緊張しながらも俺は「はい」と頷き返した。
「ユアン獄長……彼が見つかったら君はどうしてほしい?」
それはとても穏やかで優しい声だった。
けれど、こちらを見るその青い目は感情を感じさせないほど冷たく、ゾッとした。
「どう……って」
「治外法権とは言えど彼が君にしたことは不敬罪だ。罪を犯したものは裁く義務がある。……それが断罪する立場の者だとしてもだ」
「でも……獄長は、見つからなかったって……」
「少年、これはもしもの話だ」
空気が冷たい。表情はこんなにも優しいのに、だからこそ余計そのアンバランスさに恐ろしく感じるのか。
「俺は、俺のことは、自分で決めるので何もしなくて大丈夫です」
「君が自ら裁くと?」
「はい」
「君にそんなことができるのかい? 少なくとも、誰かの手が必要だろう。……人間である君が、魔界でも有数の魔力を所有する彼に手を下せるとは思えないが」
「それも、どうするかは俺が決めます」
「……私達の手は必要ないということかね?」
頷き返す。正直、口から心臓が飛び出してこないかと思うほど怖かった。沈黙。和光の表情は変わらない。
けれど、すぐにその口元には笑みが浮かんだ。
「……そうか。それが、人間式か。そうだね。確かに法律で裁くよりも個人で行う私刑の方がこの場合は公平なのかもしれないね」
「……和光さん?」
「いやすまない、少し君の意見が聞きたくてね。……参考になったよ」
和光はそれだけを言い残せば骸骨たちに合図し、部屋を出ていく。
その背中を見送っていたとき、不意に一人の骸骨の肩に乗ってる黒蛇を見つけた。
あれ?と思ったときには和光たちの姿は霧と消える。
結局その日はモヤモヤした気持ちのまま一人の夜を過ごすことになった。
和光が何を考えてるのかわからなかったから余計。
そして、何日かが経過する。
黒羽たちの処分期間も終わり、再会した俺達はその日から学園へと復帰することになったのだが……。
「……はぁ……なんかすごい久し振りの登校だな」
「申し訳ございませんでした、自分のせいで」
「黒羽さんだけのせいじゃないって。あと、敬語……また戻ってるよ」
黒羽に指摘すれば、思い出したらしい。少しだけばつが悪そうに顔を強張らせ、「すまない」と項垂れる。
このやり取りも久しぶりな気すらした。
そんなことを言い合ってると、俺の横にぬっと現れた巳亦にトン、と肩を叩かれる。
そして、
「けど無理はするなよ。何かあれば俺が癒やすからな」
「あ、ありがと……」
そう、顔を寄せてくる巳亦。久し振りあった巳亦は最後に見たときよりも大分肌艶がいいというか元気になってるようだ。
最下層でのことを思い出し、不意にドキドキしそうになるのを必死に抑える。
そんな俺と巳亦のやり取りを見ていた黒羽の目付きが鋭くなっていくことに気付き、慌てて俺は巳亦から離れようとするが巳亦がそれを許さなかった。
「曜、どうしたんだよ急に。……まさかどっかまだ体調優れないのか?」
「優れないというか……その……」
「おい巳亦貴様……薄々思っていたが前よりも伊波様に馴れ馴れしくないか? いくら伊波様が懐深い方だとしても立場を弁えろよ」
「あーそのことだけどね黒羽さん、俺、曜と……」
「おわーっ! ちょっと待って! 何言おうとしてるんだ?!」
「え、何ってそりゃ……地下で言ってただろう。……まさか、忘れたわけじゃないよな?」
俺は本気だからな、と念を押すように見詰められると色々思い出して頭が爆発しそうになる。
というかこのままではまじで実行し兼ねない勢いすら感じ、生きた心地がしない。
「あのー巳亦さん? そのことなんだけどな……」
きちんと言わなければ。確かに巳亦のことは好きだが俺は巳亦との子供を身籠るつもりはないと。
そう向き合おうとしたときだった。
学園内・ロビー。
たくさんの生徒たちが行き来する中、不意にロビーの奥がざわざわと騒がしくなる。
「……ん? なんの騒ぎだ?」
普段から人通りの多い場所は騒がしいが、今日は一段と煩い。何事かと騒ぎのする方へと目を向けた俺達は、そこで停止した。
その人物を避けるようにして割れる人垣。そしてその中央に、そいつはいた。
カツカツと響く軽快なブーツの音。そして、翻るロングコートの裾に目深に被った軍帽、そして、真っ黒な前髪の下から覗く赤い目は真っ直ぐに俺を見ていた。
クソ暑苦しいほどの黒尽くめ、こんな男を見間違えるはずがない。
「……貴様ら何をダラダラしている?一限目の授業まで間もないはずだが時間管理もろくにできないのか、低能共は」
間違いない、地下監獄とともに水没したはずの獄長がそこにいた。
あまりの驚きに俺も巳亦も黒羽も、皆一瞬反応に遅れた。けれどすぐ黒羽は制服の裾の下からクナイを取り出し、構える。
「貴様なぜここに……ッ!!」
「……喚くな雑魚共が。公共の場すなわちこの場での抜刀は規約違反だろう? それともそこの鴉はこの場で焼き鳥にされたいのか?」
そう、獄長が腰の獲物に手を掛けた瞬間だった。音もなく獄長と黒羽の間に全身をローブで包んだ男が現れる。
グレアだ。
「いけませんよ、ユアン先生。そんな乱暴な言葉を生徒に吐くなんて。それに、抜刀が禁止されてるのは彼だけではなく僕たちもですよ」
殺伐とした空気には場違いなほどの柔らかい声に、俺たちは安堵するどころか戦慄する。
「……待て、今先生と言ったか?」
「ま、まさか……」
聞き間違いだと言ってくれ。青ざめる俺たちの前、グレアは変わらない調子で漂う。
「ああ……そうでした、黒羽君と巳亦君……君たちは何日間か寮に幽閉されてたから知らなかったんですね、ユアン先生が見つかったこと」
なんて、ふわふわとした爆弾を落としながら。
グレアは簡潔にここ数日に起きたことを説明してくれた。
概ねは俺が知ってる情報と同じだったが、獄長が見つかったことからは俺の知らないことだった。
この学園の地下監獄を任されるというだけあって獄長の存在は魔界の中でも珍しいらしい。その豊富な能力にそれらを駆使することのできる魔力、それらを身をもって知ってる俺は何も疑うことはない。寧ろ自分でもよくあの男から逃げられたと思えたくらいだった。
そしてそんな男を裁くことができる者は限られている。
本来ならば和光たちが裁く予定だったという。
親善大使である俺に手を出した者は処すると言い張っていたくらいだ、けれど魔界陣営はそうしなかった。
その理由は明確にはわかりませんが、とグレアは言ったが俺は知ってる。
数日前俺の元に訪れた和光との会話を思い出す。
もしかしたらあの時点で和光は獄長を見つけていたのかもしれない。
そして、死刑の代わり和光は獄長に罰を与えた。
一部能力の剥奪に魔力の制限。そして、この学園で教員として働くこと。
いくらそんなペナルティを与えられたからと言ってあのような傲慢な男がおとなしく国の言うとおりになるものなのかと疑わしかったが、その首に見覚えのある首輪が嵌められてるのを見て俺は何も言えなかった。和光らしい強引な真似だと思った。
……なるほど、俺にでも手を下せるように施したのかあの男は。
「それで、ユアン先生は今日から生物学拷問科を担当してくれることになったんですよ。拷問科の生徒はクセのある子が多いからユアン先生みたいな人が来てくれて嬉しいな」
「何故この俺が下等魔物の面倒を見てやらなきゃならんのか甚だ疑問だがな」
「またまたそんなこと言って。地下監獄の看守も似たようなものじゃありませんか」
「……貴様、目上の者に対する口の利き方がなってないようだな」
「ああ、すみません。ユアン先生は僕に出来た初めての後輩なのでつい嬉しくて」
獄長の態度にも慣れてるのか、それともグレアがマイペースなだけなのか。
口元に浮かぶその笑顔に、今度は獄長の顔が引きつった。
「こ、後輩……だと?」
「そうですよ、教員としては一番新しい先生だしずっと地下担当だったので学園のこともわからないこと多いですよねー? 何かあったり迷子になったときでもどんどん言ってくださいね」
嬉しそうにふわふわと漂うグレアに獄長、もとい元獄長は不快感を露骨に表した。
グレアのマイペースさには獄長も敵わないのか……なんだか新鮮というか……ざまあみろというか……。
「……なんだかんだこの男にとっては一番の重い罰かもしれないな」
「本当、あのおじさんが考えることは性格悪くていいね。ここじゃ勝手な真似もできないだろうしな」
黒羽と巳亦の言葉に俺はうんうんと頷いた。
あんなに恐ろしい化物が牙を抜かれてやってきたのだ、噛まれたところで痛くも痒くもないだろう。そう思うとある意味これで良かったのかもしれないと思う。
勿論巳亦を苦しめたのは許せないけど、これから他人を従える立場から従わざる得ない立場になる獄長の心境を考えると下手に痛めつけられるよりも堪えそうだからだ。
「……貴様が人にものを教えれるとは思わんがな」
「ま、その調子でがんばれよ、先生」
「貴様ら……っ!」
通りすぎ様、黒羽と巳亦の言葉を聞き逃さなかった。
俺も捨て台詞の一つや二つ言ってやろうかと思ったけど思いつかなかったのでべーっと舌出してたら捕まった。
しまった、油断してた。
「曜っ!」と、眉尻を釣り上げた獄長に腕引っ張られ、ぐっと顔を近付けられる。至近距離から睨む赤い目。いきなりのことで対応に遅れる。
つか、あれ、能力制限されたんじゃ……いやこれ普通に能力関係ないってことか?!
「いつでも拷問科に来い。俺は待ってるぞ、今度こそ必ずこの手で貴様を俺の所有物にしてやる」
ぐぐぐっと顎を掴まれ、耳に唇を押し付けられる。直接鼓膜に流し込むような甘い声に全身から力が抜けそうになり、咄嗟に俺はやつを振り払う。
「だ……誰が行くかよっ!」
「貴様ッ! 伊波様から離れ……」
黒羽がクナイを投げた瞬間だった。何もなかった空間からいきなり大量の白い綿が落ちてきた。
違う、綿ではない。マシュマロだ。クナイを落とし、俺と獄長の間を割って落ちてくる巨大マシュマロに驚いたときだ。
「……だめですよ、ユアン先生。言ったじゃありませんか、その子は僕の可愛い生徒なのでいじめないでくださいと」
悲しそうな声。そして、トドメ代わりに獄長の頭の上に落ちてくる手のひら大の巨大な星……ではない、金平糖だ!
「グレア……貴様の仕業か……! クソッ、なんだこれベタベタするぞ!」
「それでは行きましょうか。このままでは先生も遅刻してしまいそうですね」
「少しは人の話を聞けと言ってるだろうが、この……っ! おいこの菓子を早く消せ!」
ぎゃいのぎゃいのと揉めながらも獄長を強制的に連れて行くグレアの背を呆然と見送っていた俺たち。
もしかして結構すごい人なのか……?
普段のおっとりしたグレアばかり見てきただけに驚いた。
俺は残った巨大マシュマロを千切って齧ろうとしたが黒羽に取り上げられて捨てられる。けれどロビーに残った甘い香りからして本物に違いないだろう。
かくして、無事学園生活へと舞戻ることになったのだがまだ平穏な学園生活が訪れる気配はなさそうだ。
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さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。
百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
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