人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】

帰ってきた日常

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 錆びた鉄。獣の匂い。ヘドロ。形容し難いそれらが入り混じった最悪の空気の中、俺は、吐き気を堪えるのが精一杯だった。
 どうして、どうしてこんなことになったのだろうか。
 ザブザブと、膝下まで溜まった血の海を歩いていく。正直、吐き気を堪えることもできなかった。止まらない嗚咽。幸い吐いたものは全部吐き終えたあとなので空っぽのそこからは何も出ない。
 黒羽さん……巳亦……テミッド……。
 名前を繰り返す。
 まさか、あんなことになるとは。
 思い出すだけで、不安と心細さで涙が込み上げてくる。
 俺のせいだ、俺が、もっとしっかりしていればあんな悲惨なことになはならなかった。
 静まり返った地下空洞。そこには、この地下世界で行われた行為により排出されたあらゆる残骸が流れ着いていた。
 最早原型の留めていない肉片や骨、そんなものばかりが浮かんでる。それを、俺は一人の男を背負って歩いていくのだ。
 眠るように気絶した紫髪の男、吸血鬼・リューグ。
 本当は投げ捨てていきたいが、今はこの男の力が俺には必要だった。

 それは数十分ほど前へと遡る。
 深い眠りから覚めたとき、俺は見覚えのない場所にいることに気付いた。
 岩場の影、硬い感覚に身体を起こせば辺りに人の気配がないことがわかった。
 そして次に思い出したのは、記憶を失う直前のこと。
 拘束を抜け出した巳亦に助け出されて、それから、……それからどうなった?
 記憶はそこで途切れている、巳亦に眠らされてそれから今の今まで俺は爆睡してたのだろう。
 けれど肝心の巳亦の姿は辺りに見当たらない。

「……巳亦?」

 名前を呼ぶ。けれど空洞の中には俺の声が響くばかりだ。
 少なからず巳亦が俺をここまで運んでくれたのだと思いたいが、いかんせん俺には状況把握できるほどの情報も持ち合わせていない。
 関節が麻痺しかけていた身体を起こし、辺りを見渡す。
 巳亦どころか生き物の気配もない。その代わりどこから異臭がしてくるのだ。

「巳亦?」

 名前を呼びながら、恐る恐る足を進めていく。
 瓦礫はないが、至るところにヒビが入っているのが見て取れた。けれど、壊れる気配はなさそうだ。
 決して広くはないその通路を歩いていくと、どこかから音が聞こえてきた。それは地鳴りにも聞こえるし、水の流れる音のようにも聞こえた。音のする方へと足を進める。勘だった。巳亦がいるような気がしたから。ただ足を向かわせた。
 暫くすると拓けた場所へと出ることになる。
 先程までの地下通路のような狭い天井ではない、今度は見上げるほどの高さのある空洞がそこには広がっていた。
 剥き出しになった岩の壁。そして、底が見えない濁った水。
 ……これが悪臭の元凶だというのはわかった。
 汚水どころではない、明らかに固形物も混ざったそこは死体処理するための場所だとわかった。
 壁際には引っかかった死体のようなものがあるのを見つけ、堪らず吐きそうになる。

「み、また……どこだよ……」

 本当に、ここにいるのか。最早自分の勘が正しいのかこの時点で俺にはわからなくなっていた。
 そんなことを思いながら辺りを改めて見渡したときだ。足元なにか蠢く影を見つけた。

「っう、わ!」

 驚いて尻餅をついたときだ。そのまま地面についた手のひらの側、心配そうに近寄ってくるそれに俺は息を飲んだ。
 艷やかな黒く細長いそれは間違えない。

「ちっさい蛇……?」

 チロチロと舌を出すその蛇に、俺は巳亦の姿を思い出した。けれど俺が知ってる巳亦はこんなに可愛いサイズではない。けれど。けれども。

「お前……巳亦か?」

 そっと手のひらを差し出せば、黒い蛇は擦り寄るように絡みついてくる。
 俺はそれを掬い上げるようにそっと自分の身体に寄せた。
 前までは怖かった蛇なのに、巳亦の姿を見てきたからかまるで可愛くすら思えるのだから不思議だ。
 キョロキョロとした白い瞳がこちらを見上げる。

「巳亦……こんなにちっちゃくなって……無茶するから……」

 火威のように力を使い果たすと元の姿を保てなくなるということなのだろう。省エネモードの巳亦を腕にそっと絡ませて抱え、俺は立ち上がる。

「と……とにかく……ここから移動しないと……なんかヤバそうな気配するし……」

 正直鼻がひん曲がってしまいそうだった。
 巳亦の頭をそっと撫で、一旦その場から離れようかとしたときだった。
 空洞のその天井の一部が落ちてくる。こちらまでかかる飛沫、その匂いに思わず飛び退いたが避けきることはできなかった。

「うげっ……口に入った……」

 ぺっぺっと慌てて唾を吐き捨てたとき。
 落ちてきた瓦礫の上に何かが落ちてくる。まず目についたのは紫色だ。瓦礫にしがみつこうとしていたそれ、もといそいつはそのままずるずると落ちていき、汚泥の中に沈んでいく。

「っ、リューグ?!」

 思わず叫んでいた。
 なんであいつが、とか色々突っ込みたいことはあったがそのままぶくぶくと沈むリューグに咄嗟に俺は腐った血肉混ざった処理水へと飛び込む。
 ああ、酷い匂いだった。鼻呼吸やめても肺へと流れ込んでくるほどの刺激臭に涙が出てくる。処理水は見た目以上に泥濘んでおり、足を滑らせないように気をつけながら俺はリューグが落ちた場所まで進んでいく。巳亦が心配そうに俺の頭に乗ってくる。鼻は利かないと聞いたが大丈夫なのだろうか、そればかりが気掛かりだった。
 何度も吐きそうにながらもなんとか辿り着いたリューグの元。思いっきりリューグを引き上げ、近くの瓦礫の上に寝かせる。

「リューグっ、おい、しっかりしろ!」

 死んでも死ななそうなくせに気失ってるらしい。べちべちと頬を叩くが、リューグは唸るばかりだ。

「ど、どうしよう巳亦……」

 思わず語りかけるが巳亦は俺の頭の上でうねるばかりで。
 仕方ない、と辺りを見渡す。取り敢えずこいつを安全な場所へと連れて行くしかない。
 無駄にでかいせいで背負うのも一苦労だ。くそー、覚えとけよ。と思いながらも俺は無駄に長い腕を引っ張り、背負う。それからゆっくりと処理水に身を落とした。単身ならまだしも、やはり自分よりでかい相手がいると移動するのも困難で。

「はぁ……どこだよ……巳亦、俺どこ行けばいいの……休めるような安全な場所……さっきのところか……?」

 そう思い、来た道を引き返そうとしたとき、なにかに足を取られ、転んでしまう。リューグを落とさないようにしたせいで受け身がろくに取れず、おもくそ汚泥に倒れ込んだ俺はなんだかもう泣きそうになった。というか既に泣いてた。ここにきてから散々な目にしかあってない。
 黒羽さん、テミッド……どこだよ……。そしてなんでこいつは寝てるんだ……。
 そんなことを思いながらようやく陸地へと上がれそうな場所を見つけた。よし、と先にリューグを陸地へとあげようとしたとき。地面が、水面が揺れる。

「っ、お、わ……おわわ……」

 ガラガラと落ちてくる瓦礫。なんとか直撃するなんて悲惨なことにはならずには済んだが、丁度今まで来ていた通路が今の揺れで落ちてきた土砂で塞がれてるのを見て絶望した。

「じょ、冗談だろ……」

 なんだ、まさかこれも獄長の仕業か。
 そうでなければ最悪すぎる。だとしてもだ。

 それからどれほど歩いたのかわからない。処理水から上がる場所を探そうとするものも見渡す限りそんな場所はない。
 ひたすら足を取られそうになりながら前を進んでいく。
 自分がどこを歩いているのかもわからなかった。唯一巳亦がいることだけが救いだった。
 リューグ、早く目を覚ましてくれ。
 そんでいつものよくわかんないけどスゲー力でどうにかしてくれ。もうこの際なんでもよかった、とにかく息ができる場所に行きたかった。
 疲労のあまり、もう汚え水で汚れてもいいから休みたい、そんなことを考え始めたとき。
 空気が、震える。
 また地震か、そう身構えたとき。足元がより大きく揺れだした。なんか、さっきまでと違う……?
 段々揺れが近付いてるような気がして、咄嗟にリューグを抱える腕に力を入れて身構えたときだった。
 ぶくりと、足元の汚水が膨れ上がった。
 へ、と目を見開いた瞬間だった。

「曜!!」

 目の前に山が現れた。黒い山だ。
 血のように赤い瞳を携えたその山は、俺のよく知った声で怒鳴った。
 濁った処理水から飛び出してきたその蛇は俺を見つけるなり鋭い牙をむき出しにする。

「お前……勝手に動くなよ!心配しただろ!」

 ……一瞬、何がなんだかわからなかった。
 黒い巨大な蛇に食われそうになって固まる俺の頭の上、ミニ巳亦が震えて俺の背に隠れる。
 って待てよ、……あれ?どういうことだ?

「あ、あ……巳亦?……じゃあこのちっこいのは……」
「ちっこいのって……なんだよそれ。どう見てもそれは蛇違いだろ、というか俺と間違えたのか?それとも俺を騙って曜を騙したのか?」

 ギョロリと見開かれる瞳孔開いたその目に睨まれ、ブルブルと小さな蛇は震える。蛇違い……だった?
 俺はそっと蛇を絡ませ、覗き込んだ。言われてみれば艶が違う……けど、まじか、俺勝手に巳亦と思い込んでたのか。

「そ、その……ごめん俺が早とちったんだよ。黒かったし……」
「よく見ろよ曜、俺の目は赤いんだよ。……全く、心配したんだからな。いつの間にかに眠ってたはずの曜いなくなってるし」

「……とはいえ、無事でよかった。……眠ってる間に曜から目を離した俺も俺だったな」一先ず怒りは収まったらしいが、次は反省し始める巳亦。
 巳亦が目の前にいる、その声を聞いたというだけでここまで安心するものなのだろうか。

「取り敢えず、ここから移動しよう。こんなところにいたら人間の身体は保たないだろ」

 へたり込む俺を尾で器用にすくい上げた巳亦はそのまま自分の背中に乗せる。

「そうだ、巳亦……っリューグが、天井から落ちてきて」
「ああ、一緒に乗せておくよ」
「あ……ありがと……重くないか?」
「軽いもんだよ。それより、しっかり掴まってろよ」

 そう言う巳亦に俺は慌ててその広い背中にしがみつく。汚い水の中なのに汚れを一切感じさせない艷やかな鱗。痛くないように、それでもしっかりとしがみつく。
 俺とリューグと蛇、一人と二匹を乗せスイスイと汚水の中を泳いでいく巳亦。
 ……落ち着く。
 巳亦が神様だからだろうか。きっとそれだけではないのだろう。巳亦だから、俺のこと助けてくれる巳亦の側だからこんなに安心するのかもしれない。


 そして、どれほどの時間が経ったのだろうか。

「ついたぞ」

 そうしがみついた背中から聞こえてきた声にハッとしたとき、水面から陸地へとにその段差を滑るように這いずり上がった巳亦はそこで動きを止めた。
 最後に見たときとは大分印象は違うが、目の前に佇むそれを見てここがどこかわかった。

 塔のように聳え立つ断頭台。
 処刑場だ。
 大砲でも打ち込まれたかのように破壊された壁、そして瓦礫がゴロゴロと転がった床の上。

 俺はリューグと黒蛇をそろそろと抱えながら降りていく。
 そして辺りを見回そうとしたときだ。

「伊波様っ!!」

 聞こえてきた太い声にハッとする。そして振り返った俺は、酷く久しぶりに見た黒羽に思わず駆け寄った。足の裏で瓦礫を踏んで痛いとか、そんなことお構いなしに黒羽さんへぶつかるようにしがみつけば、大きく腕を広げた黒羽さんはそのまま俺を受け止めてくれる。

「黒羽さん……っ」
「伊波様……申し訳ございません、私が目を離したせいで恐ろしいことに……っ」
「そんなことっ、もとはといえば俺のせいだし……こちらこそ、ごめんなさい」
「貴方は何も悪くありません」

 強い言葉だった。
 背中を優しく撫でる手に、なんだか酷く安心して今までの緊張が緩んでしまう
 ひとしきり黒羽との再会を噛み締めていた俺は、巳亦の視線を感じ、慌てて黒羽から離れた。

「それよりも、テミッドは……」

 そう、辺りを見渡したとき。巳亦の影からそろりと覗き込んでくる影が一つ。

「伊波、様」
「テミッド……!!」
「良かった、です……無事で……」

 そう、そっと寄ってくるテミッド。俺なんかよりも傷だらけの笑顔でそんなことを言ってくるもんだからなんだか無性に辛くなって、俺はテミッドを抱き締めた。テミッドはよしよしと俺の頭を撫でてくれる。

 こうしてまた皆と再会できたことにここまで安心するとは。
 安心したが、そうだ、まだ問題が残ってるはずだ。
 あの黒衣の変態人形遣い。
 あの高笑いが頭に蘇り、せっかくの気分すらも落ち着かないものになる。

「巳亦……獄長は……」
「あいつなら今頃ピラニアと泳いでるんじゃないかな」
「えっ?」
「とはいえ、完全にあいつの動き止めれるわけじゃないから時間が限られてるんだけど……」

「だからなんとかしてここから脱出する前に黒羽さんとテミッド見つけておかないとって思ってね。もし落石に巻き込まれたりでもしたら曜に恨まれそうだし」そう、巳亦はいつもと変わらぬ調子で続ける。
 泳いでるということは、まさか。
 獄長が水が苦手なことは巳亦から聞いていたが何をしたのか。聞く勇気はなかった。
 それよりもだ。

「……落石?」
「そう。落石。……今から地上へ戻るよ。……正規法ではないから何が起こるかはわからないけど、強行突破ってことで」
「そ……そんなことできるのか?」

 確かに巳亦はすごいと思うけど、まるで想像付かない。
 そんな俺を見て、巳亦はにっと笑うのだ。

「できるさ。曜が信じてくれるなら」

 巳亦がそういうのなら本当にやってのけてくれそうに思えてしまうのだから神様はすごいと思う。
 そうだな、巳亦がそういうのならできるのだろう。
 頷き返せば、巳亦は益々嬉しそうに笑った。
 その横、黒羽が険しい顔で巳亦を見た。

「……最初からなぜそれをしなかったのか」
「言っただろ、最終手段だよ。下手したら他の人も巻き込んじゃうからね」

 巳亦の言葉から何かを察したのか、黒羽はそれ以上言及することはなかった。
 そして、強引に話の流れを打ち切るように巳亦は頭を下ろし、そして口を大きく開いた。

「それじゃ、早くおいで」

 そう、大きく顎を開いたまま舌を動かす巳亦に、黒羽が顔を引き攣らせた。

「待て。なんの真似だこれは」
「だから地上まで行くんだよ。ほら、乗って乗って」
「自ら貴様の口の中に入れというのか?!」
「俺の背中に乗ってもいいけど、掴むところがないから滑るのがオチだと思うよ。……泳ぐのならまだしも、登るときは流石に俺も押さえつけてあげれる自信ないし」

 いつか巳亦に口の中に入れられ運ばされたときのことを思い出す。あのときも巳亦は外部の衝撃から俺の身を守るために口の中飲み込んでいたのだ。
 ならば。

「……わかった」
「伊波様?!」
「……黒羽さん、巳亦は呑み込まないよ。俺、知ってるもん」

 そう、牙に引っかからないよう黒蛇を抱えて巳亦の口の中に入る。俺が入っても伸びができるほどの広さ、本当に大きいのだと体感することができた。
 真っ先に入る俺に呆気取られてるらしい、心配そうな黒羽の横、ぼんやりとこちらを見ていたテミッドもひょいと俺の隣へ腰を下ろす。

「テミッド」
「……ヌルヌルしてるけど、暖かい……ですね」

 そう言いながら巳亦の舌に触れるテミッド。「こら、掴むなよ」とこそばゆそうに口の中の赤い肉が蠢く。
 テミッドの行動を予期してなかったらしい、残された黒羽は「くっ……」と唸る。
 やがて、諦めたようだ。

「……間違ってでも伊波様に歯を立てるなよ」
「ははは、大丈夫だよ。黒羽さんが口の中で暴れない限りね」

 笑う巳亦に「食えない蛇め」と吐き捨てた黒羽は、リューグを拾い上げ、奥に押し込めた。まさか俺が言わずとも黒羽がリューグを連れて行こうとするなんて思ってもいなくて、目を丸くしてると俺よりも巳亦が先に驚いた。

「連れて行くんだ」
「この男には借りがあるからな。これでチャラにしてもらうとする」
「……なるほどね」

 黒羽さんがリューグに借り?
 不思議だったが、黒羽がそうしないつもりなら俺が連れて行こうと思ってただけに意外だった。
 そして、俺達が全員乗り込んだのを確認して巳亦は口を閉じる。色が、光が失せる。闇の中。巳亦の低体温だけが全身を包み込んだ。

「それじゃあ、行くよ」






「ぅ、おあっ!」
「伊波様っ!」

 いきなり吐き出されたかと思いきや、黒羽に抱えられたお陰で無様に落下することはなかった。
 学園から離れた森の側。雨が降ってるかと思いきやそれが割れた地面から湧き上がり噴水のように吹き上がる大量の水だと気付いた。
 本当に地上へと帰ってきたのか。
 久しぶりに吸った新鮮な空気に、開放感のある空に全身から力抜けそうになる。

「っ、は……ジェットコースターみたいだ……」
「伊波様、お怪我は……」
「ん、大丈夫……それよりも……」

 テミッドは巳亦の口からリューグを引きずり出し、地面へと捨てる。
 そして地面の上、ぐったりとしていた巳亦の姿がみるみるうちに小さくなる。巨大な穴の側。そこにはいつもの人の姿をした巳亦が力なく座り込んでいた。
 地下から地上の距離を考えても相当の距離だったに違いない。
 巳亦の口の中は真っ暗なジェットコースターのようだった。けれど、俺たちを気遣いながらも地上まで運んでいた巳亦の負担を考えると文句も言えない。
 それどころか、感謝しかなかった。

「……ありがとう、巳亦」

 そう、青白い巳亦の頬に触れる。ひんやりとした肌。いつもよりも疲れた顔をしていた巳亦は、俺の手を握りしめ、掌に頬を寄せる。鱗とは違う、滑るような肌の感触にどきりとしたとき。

「情けないなぁ」
「え?」
「これくらい、昔は平気だったのに。身体が大分鈍ってしまったみたいだ」

 自虐的な笑み。それでも、少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
 つられて頬が緩む。きっと、巳亦の言う昔っていうのは俺からしたら考えられないくらい昔なんだろうな。そんなことを思いながら。

「……また、慣らしていけばいいよ。俺も、付き合うから」

 そう、頬を撫でれば少しだけ目を丸くしていた巳亦は気持ち良さそうに目を伏せた。
「そりゃ、心強いな」そう、喜んでるとも寂しそうにも取れるような表情で。

「っ、う……ピラニアやめろ……ぐ……おお……っ」

 そんな中、聞こえてきた奇妙なうわ言に俺と巳亦は振り返る。すると、黒羽とテミッドが気絶してるリューグを突いてるところだった。

「このガキはいつまで寝てるんだ」
「……放って、おいていいと思い……ます」
「同意見だ」

 というかどんな夢を見てるのだろうか。
 何故リューグがこんなことになってるのかとか色々聞きたいことはあったが、それも無理そうだ。

「おいっ! 一体なんの騒ぎだ! この地震は……!」

 ぞろぞろと駆け付けてくるモンスターは教師たちだろう。見たことのないものも多いが、皆が皆俺達を見るなりぎょっとした。
 無理もない。俺達の格好は酷いし俺とリューグ、巳亦に至っては死体の海を泳いでたわけだしな。
 おまけに地形は歪んで噴水もできている。ここを突き破ったときも相当な揺れが生じたに違いない。
「巳亦」と、黒羽は巳亦を横目に睨んだ。

「はいはい、わかってますよ。今回は俺のせいだからね」

 そして、ゆっくりと立ち上がった巳亦は教員たちの前に立った。
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