人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】

いざ地下監獄最下層!

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 何が起こったの変わらなかった。
 黒羽の存在を認識した瞬間、視界が鮮明に戻っていく。
 大きな爆発が起こったかのように崩れた部屋の中、黒羽は気付いた俺を見て渋面を僅かに緩めた。
 黒羽が戻ってる。そのことを喜ぶ暇もなかった。
 黒羽の背後で黒い影が動いたと思った瞬間、俺を抱えたまま黒羽は袖の下から取り出したクナイを放った。
 影もとい獄長は、目に見えない速さで飛んでくるそれをいとも容易くそれを剣で弾く。

「時間切れにはまだ早いはずだが……せっかく愛らしい姿にしてやったというのに。今度は二度と戻らんようにしてやろう」

「ほざけ」と吐き捨て、黒羽は俺を庇うように交代し、そして何かを口にした。瞬間、辺りに黒い霧が広がる。
 そして、生き物のように意思をもって動き出す影が獄長の足下に集まる。次の瞬間、蛇のように現れた影は獄長を地面に縫い付けようとした。

「小癪な真似を……」

 躊躇なく絡みついてくるそれを踏みつける獄長。
 潰れたそれは手応えのないスライムのように変形し、尚も獄長を束縛しようと縄のように絡みついた。
 鬱陶しそうにそれらをひと振りで薙ぎ払おうとしたときだ。まるで剣先が別のものに向くその瞬間狙ったかのように、霧に乗じて現れた無数の煌き。

「……おっせーよ、オッサン」

 獄長の頭上。現れたそれは先程リューグが使っていた短剣だった。十本、宙に浮いたその剣の切っ先は全て獄長に向けられていて。
 リューグが笑ったと同時に、それらは一斉に獄長の上半身に向かって飛んだ。
 縫い付けられた足を引き剥がすことに間に合わなかった獄長は透かさず前方から飛んでくる剣を防くが、背後にまでは手が回らなかったらしい。
 一本の剣が獄長の背中に突き刺さる。
 それを皮切りに残りの剣が腹を突き破る勢いで獄長の背後に突き立てられる。音もなく、僅かに逸れた上半身、獄長は己の体に突き刺さる剣を見て、笑った。

「ッ、は……」

 傷口から血の代わりに溢れるのは黒い瘴気のような靄。
 苦しむ素振りはない。それどころか、獄長は自分の背中に突き刺さるそのうちの一本を引き抜き、そしてリューグに向かって投げ返す。それを弾いたリューグは「化物かよ」と笑う。
 血は出ない。痛がるわけでもない。
 どうすればこの男を止めることができるのか。そう、考えるよりも先に黒羽がクナイを投げる。それを手袋が嵌められた手で止めた獄長にぎょっとした瞬間。
 クナイだったそれは縄へと形を変え、獄長の手、体へと一気に形を伸ばし、一瞬にして捕縛する。
 瞬きの内に全身ぐるぐるに拘束する縄に、獄長は顔色を変えるわけでもない。それどころか、愉しむ気配すらあった。自ら剣を手放した獄長。手から離れた剣は空気中に溶けるように姿を消した。

「天狗らしい面白い玩具を持っているではないか。……しかし、俺を拘束したところで無駄だ」
「それはこちらが決めることだ」

 黒羽を睨む獄長だったが、すぐに首の上まで伸びてきた縄によって視界を遮られる。容赦なく絡みつく黒い縄は口を塞ぎ視界すらも奪い、文字通り『捕縛』した。
 半壊した室内に静寂が戻る。

「……す、すごい……」

 そして、その沈黙を破ったのは火威だった。

「す、すごいね! すごいね君! あんな見事な捕縄術見たことないよ! し、し、しかもっ! 獄長相手に! というか君ただの烏じゃなかったんだ?!」

 黒羽の周りを興奮気味に飛び回る火の玉だったが、すぐにやってきたリューグに握り潰されていた。

「……おい、どういうことだよこれ。あんた勝手に変身の術解けたのか?」
「こっちが聞きたいくらいだ。……伊波様に危機が迫ってると思った瞬間体が熱くなって、それで、気が付いたらこれだ。失っていた魔力が一気に戻ってきたような……」

 こちらを見た黒羽はそのままそっと俺をおろし「伊波様、お怪我は」と俺の手を取った。
 あまりの出来事に頭から吹き飛んでいた。
 そういえば怪我をしていたと思い出すが、黒羽に触れられても直接痛みを感じることもなければ、麻痺していた指先も動くようになっていた。

「あ、あれ……?」
「どうされましたか?」
「……なんか、寧ろ調子良くなってます」
「本当ですか」
「ほら、指もちゃんと動きますよ」

 そう両手でグーとパー交互に作ってみれば、黒羽は渋面を更に顰める。
「……ならばいいのですが」と口にするが、原因が不明なだけになんだか釈然としない。
 何が起きたのか分からないのは俺も同じだった。
 黒羽も訳のわからないことを言っていたし、それに、と和光から貰った首輪に触れる。まるで生き物のようにバクバクと脈打つそれはまだ熱い。
 違和感といえばこれもだが、今ここで悠長にしている場合ではない。

「まー良かったってことで……それじゃ、逃げられる前にこいつにトドメ刺しとくか」

 言いながら、新たな一本の短剣を取り出したリューグは自由を奪われた獄長にその剣先を向ける。耳は聞こえてるはずだろうが、獄長はたじろぐことはない。
 本気か、と驚いたが、リューグの言い分もわかる。けれど、それはまずい。獄長にはまだやってもらわないといけないことが山ほどあるのだ。

「おい、リューグ!」
「待て」

 ストップ、と俺が止めるよりも先に黒羽がリューグの手を掴み、静止した。

「この男にはまだやってもらわなければならないことがある」

 そう一言。感情のない声で静かに告げる黒羽は腰から忍刀を抜き、それを獄長の口元、猿轡となっていた縄を切った。
 口だけ自由になった獄長は、薄い唇に笑みを浮かべる。

「……随分な扱いだな」
「今すぐ殺してやりたいところだが、どうせ簡単には死なんのだろう。……その体も挿げ替えが利くようだしな」
「そこの吸血鬼よりかは少しは賢いようだな」
「最下層の門を開けろ」

「従わなければ、貴様を国賊として我が王へ付き出させてもらう」両刃のそれを首筋に押し当て、黒羽は冷たく吐き捨てる。
 獄長はその脅しに怯える風でもなかった。「烏ではなく犬だったか」なんて、揶揄するように笑い、そして……。

「従う義理はない。……突き出したければ好きにすればいい。その前に、貴様らを殺すだけだ」

 黒羽が獄長の首を掻っ切るのと開いた扉から多数の獄吏たちが現れたのはほぼ同時だった。
 舌打ちをし、すぐに戦闘態勢に入るリューグと慌てて隠れる火威と俺。
 そして、獄吏たちの背後から覗いたのは――赤。

「とうっ」

 なんて、気が抜けるような声とともに現れた獄吏たちが壁まで吹き飛び、そのまま瓦礫の中につっ込んだ。血の代わりに砂が飛び散る部屋の中、砂埃とともに現れたその少年を見て、俺は目を見張った。

「っ、て、テミッド……?!」
「……お待たせ、しました……遅くなってごめんなさい、伊波様」

 血のような紅髪も乱れ、白い肌は赤黒い返り血で汚れている。緑の瞳を細め、テミッドは申し訳なさそうに項垂れた。
 無事で良かったとか、怪我は大丈夫なのか、とか色々言いたいことはあった。けれど、すぐにそれは吹き飛ぶ。

「待て、待つんだお前たち!!」

 テミッドの肩の上、もぞもぞと何かが動いたかと思えばそれは勢いよく飛び出し、そして、獄長の前までやってきた。
 洋装を身に纏う丸々太った鼠は獄長を庇うように短い腕をいっぱいに広げ、獄長を庇うかのように俺達の前に立ちふさがった。
 この男……否、雄鼠には覚えがあった。

「鼠入……先生?」

 鼠入が無事だったことに安堵するのも一瞬、獄長を庇うように立っている鼠入に困惑する。それは俺だけではないらしい。 
 この学園の講師が獄長を庇うという図に流石のリューグや黒羽も困惑してるように見えた。
 そしてそんな中ただ一人、獄長だけは鬱陶しそうに舌打ちをした。

「邪魔すんなよ鼠爺、丸焼きにして食っちまうぞ!」
「待て、落ち着けお前ら! こんなことしてどうなるのか分かってるのか?! いくらマーソン家の後ろ盾があろうとも、規約違反は規約違反だぞ!」
「元はと言えばこいつが……」

 と言い掛けたリューグだが、元はと言えば校則違反でここへと釣れてこられたことを思い出したようだ。
 必死に留めようとする鼠入に、リューグは言葉を飲む。

「……ユアン殿、今回の騒動のことは今上には連絡と取っている。貴殿も色々大変だろうが一先ずここは……」

 そう鼠入が獄長の拘束を解こうとし、ビクともしない拘束に弱ったように息を吐く。

「これほどまでの強い呪を込めた捕縛を掛けるとは恐れ入る。……君の仕業だな、黒羽君。頼む、これを解いてくれ」
「その男は俺たちを殺すつもりだと言う。……実際、親善大使である伊波様にも手を掛けている。この学園はそんな相手を野放しにしろというのか」
「なんと! ユアン殿、それは本当か」
「最初にこの監獄の掟を破ったのはそいつらだ。裁けない人間を処するのが俺たちの役目のはずだが」
「な、なんてことを……」

 反省するどころか開き直る獄長に青褪める鼠入。
 確かに元はと言えば校則を破ったのはこちらなので俺からしてみれば何も言えない。気丈な鼠入が弱ってる。
 見た目が見た目なだけに余計弱々しく見える。

「ユアン殿、あれ程人間の子供に手を出してはならないと言われたばかりではありませんか……!」
「地上では、の話だろう」
「ゆ、ユアン殿っ」
「おいジジイ、そいつに何言っても無駄だって。話になんねーから」
「だからジジイではないと……っ、仕方ない。伊波君、この度はこちらの管理不足でこんなことに巻き込んでしまって申し訳ない。ユアン殿……彼の処分についてはまた追って伝えよう」
「っ、あ、あの……待ってください。処分って……」
「隣の彼……黒羽君だったかな、彼から聞いていないのか。君に無礼を働いたものには国からの重い罰が下される。君はこの国直属の使者なのだろう。私よりも彼の方が詳しいはずだ」

 鼠入に名前を呼ばれた黒羽を振り返れば、黒羽は無言で頷いた。

「伊波様に害を成す者――この国の魔王以外の者全てに適応される。貴方が処罰しろといえばそれは絶対になる。貴方はそれだけこの国にとって肝要だからだ」
「……黒羽さん」
「この地下の管理者であろうが権力者であろうがそれは変わらない。伊波様が望まれるのであればこの場でこの男の生命活動を停止され必要がある。……それが自分の、和光様から仰せつかった命だ」

 俺が言えば殺すだとか、殺さないだとか。
 物騒なことを当たり前のような顔で静かに続ける黒羽に、俺はこの男がそういったことを躊躇いなく行う存在であることを思い出した。
 優しく、頼りになるところばかりを見ていたから忘れていた。
 黒羽は、俺が命じれば本当に何がなんでも獄長を殺すのだろう。
 別に獄長のことを擁護するつもりはサラサラないし、確かにこの男を野放しにしてると俺の命のが危ないというのも大いにある。
 けれど、今はそんな場合ではない。

「……鼠入先生、俺がお願いしたらなんでも聞き入れてくれるんですか?」
「何を言い出すかと思えば……我々は叶えられる範囲ならば協力するように、と命じられている」
「じゃあ、最下層に巳亦に会わせてください。……面会するだけでいいから、巳亦と話がしたい」
「何? 巳亦が最下層だって?」

 大きな目を更に見開いた鼠入。「どういうことですか、ユアン殿」と鼠入が獄長に詰め寄った矢先だった。

 空気が、凍り付く。温度が冷える。
 地割れのような振動とともに、部屋の中心部に巨大な穴が開く。見覚えがあるそれに、俺は思わず「えっ」と声を上げた。
 巳亦が前に飲み込まれたあの最下層へと続く穴だ。蟻地獄のように現れたそれに、獄長も感じたらしい。「まさか」と舌打ち混じりに吐き捨てた。
 そのときだ。

「最下層に行きたい、貴方はそう仰った」

 いつの間にかに俺の隣に立っていたその影はくぐもった声で静かに続ける。気配のなさにぎょっとし、顔を上げた俺は凍り付いた。

 喪服を連想させる時代錯誤な装飾過多のロングコートの下には真っ黒なタキシード。彫りの深い顔立ち。真っ白な顔と、血の気のない紫色の唇。白髪に近いその髪がブロンドだと気付いたのは光に当てられ金色に光ったからだ。
 死神だと、思った。理由は恐らく病的なまでに細く、長いシルエットから骸骨を連想したからだ。
 そして、窪んだ目元から覗く白く濁ったその目は、生者のそれとは掛け離れていた。

「だ……ッ」
「……貴方のために扉は開いた。……最下層に行くことを望んだのでしょう。……それから先は貴方次第です」

 誰だ、と続けようとして、息を飲む。
 歌うように囁きかけてくるテノール声とともに、生白く細い指がそっと肩に触れ、その冷たさにゾッとした。

「貴方は……っ」
「ダムド! 貴様、何故ここに……ッ!」

 黒羽と獄長の声が重なる。ダムドと呼ばれた痩身の男は無言で微笑む。笑みと呼ぶにはあまりにも不気味で、感情のない形状ばかりのそれは心の底まで凍り付くようだった。

「さあ、少年。時間は有限ではありません。……それとも、怖気づいたのですか……一寸先の闇に」

「それもまた選択、君の好きなようにすればいいでしょう」動けないでいる俺の肩から離した骸骨のような男……ダムドと呼ばれたその得体の知れない男は演技かかった仕草で手を動かす。
 瞬間、広がっていた奈落の穴が縮んでいく。
 せっかく開いたのに、と思ったと同時に、先程まで動かなかった足が動き出した。無意識だった。見えない手に背中を押されたみたいに、俺は穴へと飛び込もうとして、黒羽に腕を掴まれ、止められる。

「ダムド様、何故、あなたの様なお方がここへ」
「……壊れた人形の回収。我が主はそれを望んでおられる」

「ユアン」と、優しく、我が子を呼ぶようにその名を口にした瞬間。縄に捕縛されていた獄長の姿が消える。
 そして、その代わりに獄長がいたそこには一体の球体人形が落ちていた。黒い髪に紅い目、黒衣を纏ったその人形は獄長によく似ていた。

「え……ッ!」
「……ダムド様。それをどうなさるつもりですか」
「私の役目はこの人形の回収すること。……それ以上でもそれ以上でもない」

 それを拾い上げたダムドは、こちらを振り返る。
「行かなくていいのか」と静かに尋ねるような目。

「黒羽さん……俺……」

 勇気を出し、俺は黒羽に目配せをする。
 黒羽は少し迷って、わかりました。とだけ口にした。

「……黒羽君、君にこれを託そう」

 そう、ダムドは何かを黒羽に向かって投げる。それを受け取ったと同時に、ダムドは獄長の人形とともに消えた。
 何が起こったのか理解できなかった。
 けれど、黒羽の様子からして、先程の男は黒羽の知り合い、恐らく和光や魔王……国に仕える側の者なのだろうということは感じた。見たことのない黒羽の表情といい、いとも容易く獄長を人形へと変えたあの男。

「……生の死神、初めて見たわ。おっかねー」
「それにしても……いつからいたんだろう、あの人。もしかしてもう地上へ帰れるのかな? っていうか、獄長さん連れて行かれたけど大丈夫なの?!」

 珍しく顔色が悪いリューグと、その影に隠れていた火威は口々にする。
 死神。
 その単語に、やっぱりそうかと思った。それと同時に、和光の顔が浮かぶ。ダムドが言っていた我が主というのは魔王か、それとも、和光のことなのか。そこまではわからなかったが、あの怖いもの知らずそうなリューグが恐れるくらいだ。死神という存在がどれ程脅威なのかは察することができた。

「……伊波様、本当に、地下へ行くの?」

 不意に、そばにそっとやってきたテミッドが小さな声で尋ねてくる。なんとなくその表情は浮かない。ちらりとテミッドがリューグの方を一瞥する。なんであいつがいるのかと言いたげだが、説明するには長くなりそうだ。

「……行くよ。獄長が居なくなった今がチャンスだと思うし……とにかく、巳亦と話がしたい」

 連れて帰りたい、という言葉は飲んだ。とにかく今は巳亦と話がしたかった。
 テミッドはこくりとだけ頷いた。わかった、とそれ以上は言わずに、その代わりに俺の裾を掴むのだ。

「……僕も、行く」
「行くって、最下層に?」

 テミッドの言葉に食いついてきたのはリューグだ。ニヤニヤ笑いながら穴を覗き込むリューグは「じゃあ俺も行こうかな」なんて言い出す。
 まずい、リューグとテミッドは仲悪いんだった。

「はあ? なんでだよ、別にお前は来なくても……」
「来なくてもいい、なんて釣れないこと言うなよ。自分の用が済んだらポイか? 流石、人間様はやることが違う」
「おい……っ」
「俺の用事も済んでねえしな」
「ぐ……ッ」

 ぺろりと舌なめずりするリューグに、テミッドの全身から殺意にも似たどす黒い感情が溢れ出すのを感じた。
 このままでは、厄介なことには違いない。

「りゅ、リューグ君、本気?! ……さっきの死神が来たってことは、多分上に戻る道もできてるはずだよ。あ、あまり長居して脱獄してるってバレるのは得策じゃないと思うんだけどなぁ……」
「なに火威お前ビビってんの?」
「そ、そりゃそうだよ! だって、死神まで出てきたっていうんなら話は違うよ……! 僕は嫌だよ、また捕まって今度こそ水責めの刑なんてことになったら……」
「……一応そういう話は私のいないところで話してくれるか」

 フヨフヨと飛びながらリューグを留めようとする火の玉基火威に、バツが悪そうに口にする鼠入。
 そこで自ら墓穴を掘ったことに気づいたらしい。火威は「しまった」と青褪める。

「とにかく、ダムド様からの許可が降りてる限り伊波君の選択に私は口出しすることはできない……が、リューグ、火威。お前らに限っては話は別だ。……脱獄云々はこの際置いておくとするが、このまま地下にいては危険な可能性もある。罰とは言わんが、私と来てこの騒ぎの収集を手伝ってもらうぞ」
「ええっ?! なんで俺が! ならそこのチビも連れていけよ!」
「彼は囚人ではないだろうが! ほら、でかい図体で暴れるでない!」

 テミッドまで道連れにしようとしていたが、鼠入が機転を効かせてくれたおかげでなんとかなった。
 鼠入に引っ張られ、火威とリューグは強引に部屋から連れ出されていく。
 静けさが戻る。本当に、獄長がいなくなったのか。その実感がまるで沸かない。まだ心の臓を鷲掴みにされてるような感覚があるのだ。油断すればまた影とともに追いかけてきそうで気が気ではない。

「……そろそろ行こう。あまり、時間もないようだ」

 黒羽に言われ、俺とテミッドは頷いた。
 足下、先の見えない闇を見下ろす。この奥に、巳亦がいる。そう思わなければ、踏み出すことすら恐ろしく感じるのだ。
 無意識に呼吸を止め、そして俺は一歩踏み出した。
 暗転、浮遊感も落下感もなかった。
 次に瞬きをしたとき、俺は見知らぬ部屋の中にいた。
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