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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】
脱獄囚が仲間になった!
しおりを挟むこれからどうするかを手短にリューグに相談する。
テミッドはもちろんだが、今はあの後逸れた黒羽のことが気がかりだった。おまけにあの姿だ、ひどい目に遭わされているのでないかと危惧する俺にリューグは「あいつなら放っておいて大丈夫だろ」と呑気な声を出す。
「大丈夫って、なんだよその自信」
「俺の蝙蝠ちゃんにこの辺の様子を探らせてる。あいつがいるのはここからそう離れてない独房だ、残念ながらまだあいつの気配があるらしい。暫く放っておいてもくたばんねえよ」
「そ、そんなこともできるのか……?」
「どう? 見直したか?」
「な、何言ってんだよ、別に……まあ、すげーとは思うけど……」
と、そこまで考えて、閃く。
リューグの蝙蝠を借りれば、出口、或いは巳亦やテミッドの様子もわかるんじゃないだろうか。
その旨をリューグに提案してみれば、あいつは微妙な顔して「あー」っと口を開ける。
「……別にできないことはないけど、距離飛ばすのは疲れるからやりたくねえんだよなぁ……」
「そ、そんなこと言ってる場合かよ……!」
「まあそんときはまた曜に血ィもらえばいいか」
にやりと笑うリューグ。その流し目に、ぞくりと嫌な予感を覚える。先程のことを思い出すと顔が熱くなり、それを誤魔化すように俺は「勝手にしろ」とだけ言い返す。
「ホイホイ、じゃー勝手にさせてもらいますか」
そう言うなり、どこからかともなく影から現れた蝙蝠数羽はリューグの合図で四方に飛んでいく。
「後は勝手に教えてくれるから、俺たちは先に行こうぜ」
「先にって……」
「このままあの鳥野郎のところに行くのは相手の縄張りに突っ込んでいくようなもんだ。それに、あの変態もどうせ待ち伏せしてるだろうしな。こっちも準備しとこうぜって話」
「って、言ったって……準備って何をするんだ?」
「あんたの血」
「……はぁ?! も、もうかよ……」
「……あ? いいの? 冗談のつもりだったんだけど、そりゃラッキーだわ」
「ッ、ま、紛らわしいこと言うんじゃねえよ……!」
まるで俺がいつでもオーケーですと言ってるみたいで恥ずかしくなる。確かに、拒める立場ではないのだけれど、リューグに無理矢理噛まれるのと実際自分から首を差し出すのとでは大分違う。
リューグは人の反応を見てクククと喉鳴らして笑った。
こいつ……。
「まあ、準備っつーか、探し人っつーか……」
「人?」
「ま、お前はどうせ考えたってわかんねえんだからあれこれ悩まなくていいんだよ。俺に黙ってついてくれば」
なんだか馬鹿にされてるみたいで面白くないが、そうすることしかできないのだから余計面白くない。……こいつの弄れっぷりは自信の表れとしてとっといてやろう。
というわけで、リューグ先導の元、俺たちは獄吏ルートから抜け出した。
リューグが向かう先は様々な囚人たちが蔓延る監獄ルートだ。騒ぎに便乗して脱獄する囚人たちが大半の中、逃げ出そうとせず周りを伺う囚人がいるのも事実だ。
檻の中、怯える小動物のような魔物もいれば、のんきに眠りこける囚人もいる。そんな囚人たちの檻を通り抜けようとするリューグ。
囚人たちは俺を見ると驚いたような顔をしていたが、隣にいるリューグを見て何か悟ったのだろう、連中は何も言わずに不躾な視線だけを向けてくる。
「気にすんな、やつらは手出ししてこねえよ」
俺がそわそわしてるのに気付いたのか、リューグは俺を横目で見て、そんなことを口にする。
心読まれたかのかと思って驚いてると、「ここにいるのは魔界の雑魚ばかりだから」と笑う。
「ここに、用があるのか?」
「ああ、そうだな。俺の記憶が正しけりゃ、それと、やつが俺の知ってるやつのままだったらいるはずだ」
「……?」
やけに引っかかる言い回しをするリューグに小首を傾げたときだ。「こっちだ」、とリューグに肩を掴まれる。左腕が傷んだが、俺はそれを堪え、慌ててやつについていく。
進むに連れ、ただでさえ薄暗かった通路は益々暗さを増した。
照明代わりの火が少なくなっているようだ。足元に気をつけながらも俺はリューグの後を追う。
そして辿り着いた先、そこは、一部が瓦礫で崩れた監獄だった。
天井は崩れ落ち、内部の八割瓦礫の山で埋め尽くされたそこに人影は見えない。
「……なあ、ここか? ……誰もいないように見えるけど……」
「ああ、そーだな」
「そうだなって……」
「おい、火威!いるんだろ! 出てこい! 出てこねえとお前のケツに着火してやる!」
「な……」
いきなりそう怒鳴るリューグにぎょっとする。
何を言い出すんだとうろたえたときだった、瓦礫の奥、パラパラとその山が崩れだした。
え、と思った次の瞬間、それはガラガラと音を立て本格的に崩れ出す。
そして、その山の中から現れたのは……。
「りゅ、リューグ君……? な、ど、どうしてここに……」
煤汚れたその青年に、俺は少しだけ驚いた。ここにいるということは魔物か妖怪かのはずなのに、現れた人間は巳亦とよく似た、いや、人間臭い青年だったのだ。
俺達と同じ制服に身を包んでいるのも相まって、俺は呆気取られる。
ズカズカと独房内に足を踏み込むリューグに、青年は怯えてるようだ。「うわわっ」と情けない声を出して逃げようとする青年の胸倉を掴み、そして俺の前へと引き摺り出す。
「火威、お前偉いな、この騒ぎに託けててっきりもう逃げてっかと思ったわ」
「な、そんなことしないよ! た、確かにちょっと火を貰いに檻からは出ちゃったけどさ……やっぱり、見つかって後から怒られる方が怖いからね……っていうか、待って、そこにいる彼って……!」
「あ、お前気付くの遅くね?」
ヒオドシ、と呼ばれた青年は、暗闇の中にも関わらず檻の外で待機してた俺の姿を見つけたようだ。
ワナワナと震える火威に、俺はなんとなくただならぬものを感じ、思わず後退りそうになったときだ。
「どっ、どうして、彼が、人間がここにいるんだい?」
「お前がこんな土臭えとこでおねんねしてる間に色々あったんだよ、そんでこいつは人間界から送られてきた俺の餌」
言いながら、近付いてきたリューグに檻へと招き入れられ、そのまま肩を抱かれる。俺は「違うだろ」と慌ててその腕を押し退けるが、火威の耳には入っていないらしい。
あ然とする火威はそのまま動かない。
「曜、こいつは火威。火が大好きなやつでな、火がねえならなんもできねー雑魚だよ」
「っ、ざ、雑魚なんて、そんな……そうだけど、僕は確かに雑魚で、弱くて、なんの役にも立たない可燃物だよ、……」
言いながらも、ヨロヨロと立ち上がる火威。
丸まった猫背に、引き気味の腰。尖らせた唇に、伏し目がちな目は俺の方を向こうとしない。なんとなく卑屈そうな男だと思ったが、こうして目の前に立たれるとそのデカさに圧倒されそうになる。
「ええと、曜、くん……って呼んでいいのかな、それともあまり馴れ馴れしくしない方がいい? ……嬉しいなぁ、僕、人間界に住んでた時期のが長いんだ。君のような、いや、人に会えるなんて素直に……嬉し……あっ、やばい、駄目だ、泣きそう……」
矢継ぎ早に口にする火威は言いながら目元を抑える。まさか本当に泣いてるのか、鼻声混じりのその言葉に圧倒される俺の横、「なーに一人で盛り上がってんだよ」とリューグは火威のケツに蹴りを入れる。「う゛っ」と倒れる火威は、慌ててケツを抑えながら「やめてよリューグ君!」と訴えかける。
「うるせえ、曜が引いてるだろ。助けてやっただけだっての」
「え、うそ、曜君引いちゃった? あの、ごめん、僕、いろんな人に独りよがりだとか雑魚とか根暗だとか気持ち悪いとか言われるから気をつけてたんだけど、こうして誰かと、それも人間の子供と話せるなんてすっごい久しぶりで嬉しくて……」
「え、いえ……あの……よろしくお願いします……?」
下手したらずっと一人で喋ってるんじゃないかと思うほど入る隙きを与えないマシンガントーク。俺はきりが良さげなところでそっと握手代わりに無傷の方の手を差し出したとき、火威の目の色が変わる。
「……え、ええ?! あく、握手?! あの、ぼ、っぼ、僕と……? 握手……? あの、僕の手、煤で汚れてて汚いから……やめたほうが……」
「そうだ、やめとけ曜、ってか俺にはタメ口なくせになんでこいつには敬語なんだよ」
「あ、そ、そうだよ、僕のことなんかゴミとか雑魚って呼んでくれていいんだよ」
「え、えーと、じゃあ火威で……」
やり場をなくした手を引っ込めて、代わりにそう口にしたときだ。更に火威の体が強張った。そして、周囲の空気に異変を感じた。張り詰めたような空気の中、空気中の何かが振動するような、そんな異変を。
「っ、や、やばい……すごいドキドキする……どうしようリューグ君、君に名前呼ばれても全然嬉しくないのにこの子に呼ばれるとすごい緊張して、ぼ、僕……僕……」
「あ? お前なにさらっと人のことを馬鹿に……」
してんだ、と恐らくリューグがそう続けようとした矢先だった。なにかに気付いたリューグは「まずいっ」と俺の体を抱きかかえ、檻の外へと駆け出した。
その瞬間、火威の背後、瓦礫の山が膨れ上がる。そう、文字通り膨れ上がったのだ。そして次の瞬間、瓦礫は爆発した。
時間が止まったと錯覚するほどの轟音、そして閃光、飛び散る破片と熱風から庇うように俺を抱き締めたリューグ。
俺はリューグの肩越しに見た目の前の光景に呆気に取られる。
閃光が消えたあと、立ち籠もる硝煙に視界が奪われる。何が起こったのかわからなかった。
「クソっ、興奮したらなんでもかんでも爆発させんのまじでやめろ!心臓に悪いんだよ!」
キレるリューグ、その視線の奥、ゴホゴホと濁った咳が聞こえてきて、そして、煙が消える。
黒く焼けた独房の中、無傷の火威が現れた。
「ご、ごめん……なんか昂ぶっちゃって……自制してるつもりなんだけど、びっくりしちゃったりするとつい、ね」
「驚かせてごめんね、曜君」と怒られた犬みたいに項垂れる火威。
この爆発、もしかして、と俺は巳亦が間接的に協力したという囚人のことを思い出した。
もしかして、こいつなのか。
想像していたのは恐ろしく凶暴な魔物だったが、実際目の前にいたのは卑屈で気弱で……それでいて少し様子がおかしい囚人だった。
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