人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】

脱獄日和

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 面会と言っても無限というわけではないらしい。「時間だ」という獄吏により、俺達は黒羽と別れさせられることになる。檻が並ぶその監獄部屋を抜け、再びたくさんの扉が並ぶ通路へと出てきた俺達。
 そこには地上と太い鎖一本で繋がった檻がある。これがエレベーターの代わりとなっているようだ。
 鼠入とはそこで別れた。どうやら鼠入は鼠入でなにか用事があるという。本来ならば面会には面倒な手続きやらが必要になるようだが、今回は鼠入のお陰でそれらが省かれたらしい。次回からはちゃんと受付で手続きをしろと鼠入には注意を受けた。
 ……それにしてもだ。
 遠くから金属が擦り合うような重厚な音が響く。浮遊感。下手すれば吐いてしまいそうになるほどあまり乗り心地がいいとは思えない。

「それにしても、黒羽君思ったよりも元気そうで良かったよ」
「……そうだな」
「あれ、曜さっきまでの元気はどうしたんだよ。もしかして、もう寂しくなった?」
「……う、そ、それは……」
「……い、伊波様……寂しいの……? 元気出して……」

 言いながらするりと手を掴んでくるテミッドはぎゅと俺の手を握り締めてくれる。妙にひんやりとした手だが、優しさは嬉しい。「ありがとう」と口にすれば、テミッドは嬉しそうに微笑んだ。

「……きっと、大丈夫……だと思う、黒羽さん……真面目だし……伊波様のためならきっと……大人しくしてると思う……」
「どーだろうな。逆に、曜に会うために抜け出したりしてこなきゃいいんだけど……」
「「………………」」

 有り得そうだからなんとも言えない。俺とテミッドはつい黙り込んだ。

「それにしても……随分と地下深くまできたんだな……全然着く気配ねえな」
「そりゃここは相当深いからな。監獄エリアだけでもかなり階数あるし、多分最奥部までいくとなったら一週間は掛かると思うよ」
「い、一週間……最奥部って何があるんだ?」
「監獄の最奥部と言ったら極刑囚たちが暮らしてるんだよ」

 そう、なんでもないように巳亦は口にする。
 極刑囚。授業で聞いたことはある。死よりも重い刑が極刑という。ずっと監視された状態で死ぬまで生きなければならない。あくまでもそれは日本での極刑だが、この魔界ではもしかしたらまた違うのかもしれない。

「ま、表向きは極刑囚なんて呼んでるが……実際は手に負えないから厳重に封印してるってのが合ってるかもな。……そういえば、知ってるか? この地下牢獄は学園が建つより前から存在していたんだ」
「そ、そうなのか?」
「ああ、囚人たちを働かせ矯正する施設として建てられたのがこの学園だ。そして規模も大きくなり、昔よりは大分暮らしやすくなったが最初は本当酷いものだったよ」

 その話は、黒羽からも聞いたことはあった。
 けれど、大規模な地下牢獄を見てしまったせいか、本当にこの建物がただの学園ではないことを知り、血の気が引く。
 地下深くに行けば行くほど手のつけられない魔物たちがいる。ここにきてから会うやつらは皆癖はあるものの話の通じる人たちばかりだと思っていたが、それは地下牢獄があるお陰だったのか。そう思うと、急に不安になってきた。

「……ま、でもそんな不安になる必要はないよ。獄吏たち見ただろ? あいつらが四六時中監視してるお陰で比較的平和だ。あの人形、特殊な魔法だかなんだかでできてんだと、並大抵の連中なら逆らえない」
「人形? でも、すごい人間っぽい感じが……」
「獄長が作った土人形だよ、倒しても倒してもやつら無限に湧いてくるから手を出すだけ無駄ってこと。一体潰したところで十体湧くから」
「……巳亦ってすごい詳しいな……」
「俺も試したことあるから」

 予想外の言葉に、俺とテミッドは「え」と声が重なってしまう。だって、そうだ。おとなしそうな顔をしてあっさりと白状する巳亦に驚かずにはいられない。

「あ、大分昔だけどね」
「じゃあ、地下牢獄のことにやけに詳しいのも……」
「うん、俺は元々学園できる前から地下牢獄に突っ込まれてたから」
「…………」

 なんでそれを先に言ってくれないのか。いや、言われたところで困るかもしれないけど、だからと言って、こう、なんだろうか。これは相手が人間ではないから仕方ないのか。もやもやする。

「……えと、巳亦はどうして地下牢獄に……?」
「……んー、曜にはちょっと難しいかもしれないね。まあ、別に大したことじゃないよ」
「こ、こういうときだけ子供扱いやめろよ!」

 露骨に話をはぐらかされる。少しくらいなら難しくても大丈夫だと言っても、巳亦は「聞いても楽しい話じゃないから」としか言わない。
 ……でも、監獄に入れられる内容となると確かにあまり他言できるようなものではないかもしれない。俺も、それ以上聞くのはやめた。
 それにしても、地下牢獄か。この学園にとってなくてはならないものだとしてもだ、やはり存在を知ってしまえば今までのように知らぬ顔して歩けなくなる。
 それから巳亦とテミッドと今日のご飯について話し合っていたときだ。そろそろ地上につく頃だろうかと檻の天井を見上げた矢先。
 大きく視界が揺れた。違う、揺れたのは俺だけじゃない。この空間全てが、揺れている。

「っ、う、わ!」

 地震か?地鳴りか?どちらでもいい、檻が傾き、思いっきり転びそうになったとき。巳亦に抱き寄せられた。

「み、また……」
「……厭な予感するな。曜、テミッド、大丈夫か?」
「……こっちは、大丈夫……けど、多分、まずい……気がする……」

 特にビビるわけでもなく、あくまで冷静な二人のお陰で俺も落ち着けたのかもしれない。足元が大きく傾いた中、下手すりゃ檻の鉄棒から地下へと真っ逆さまになり兼ねないこの状況。文字通り地に足が着かない中、俺は支えてくれる巳亦にしがみつくしかなかった。辺りに目を向けたテミッドは「来る」と微かに唇を動かした。
 その次の瞬間だった。
 例えるなら、鼓膜を突き破るほどの轟音。地鳴り。咆哮。頭が真っ白になり、あまりの轟音にすべての音が聞こえなくなる。軋む機体。どこかで何か崩れるような音がするとともに、エレベーターもといそのチャチな匣は落ちていく。
 ――デジャヴ。

「テミッド、抜けるぞ!」
「……わかった」

 瞬間、テミッドが、檻の鉄柵を思いっきりひん曲げた。嘘だろ、と思う暇なんてなかった。抱きかかえられたまま、俺は、俺達は、落下するから抜け出す。
「嘘だろ」と思わず叫んでしまった。まだ檻の中にいた方が安全ではないのかと焦ったが、俺の声はすぐに掻き消される。

「落ちっ、巳亦、っ落ちる、やばい! み、みま……っ!」
「大丈夫大丈夫、落ち着けって」
「んな、んなこと……ッ」

 言われても。
 矢のように飛ぶ景色。エレベーターが停止する予定でもある他階層の入り口の明かりが下方に見えた瞬間、巳亦は思いっきり壁を踏み、落下の勢いにブレーキを掛ける。もちろんそんなことを俺を抱き抱えたままやりだすので近い岩壁との距離にいつ身が削れないか不安でそれどころではなかったが、それもつかの間のことだった。入り口が見えた瞬間、巳亦はそこに飛び込んだ。

「っ、死ぬ゛ッ!!」

 情けない悲鳴とともに投げ出されそうになったところを巳亦に再び抱き抱えられた。
 無事、着地できたらしい。
「ほら、言っただろ」と巳亦は相変わらず爽やかに笑ってみせるが、俺はというと本日二度目の落下にそろそろグロッキーになっていた。
 というか。

「……っ、テミッドは……? エレベーターは?」
「エレベーター?」
「あっ、あの、地上に帰るための……あの檻……」

 声が震える。まだ助かった実感沸かなくて、膝がガクガクなっていた。俺は、先程まで上がってきていたその穴を見下ろす、けれどそこにテミッドの姿はなかった。まさか、一緒にそのまま落ちてしまったのではないか。

「まあ、テミッドなら大丈夫だろ」
「……っ、でも、最奥部まで行ってしまったらテミッドが……」
「それはないって、普通に面会できるエリアは限られてるし。そんな心配しなくても……」

 と、巳亦が言い掛けたときだった。
 どこからともなくサイレンのような音が響く。
 劈くようなその音は不快感でしかない。堪らず耳を塞いだとき、巳亦の唇が「まずいな」と動いたのを俺は見逃さなかった。

「この警報は……どうやら脱獄者が出たようだ」

 流石、元囚人なだけある。警報でそんなことがわかるのかと感心する暇なんてなかった。なんだって、と硬直する俺。その事実に焦る隙もなく、今度は天井からぱらりと土が崩れてきた。それだけではない、床も、大きく揺れる。
 瞬間、先程まで太い鎖で地上と繋がっていたそこから大量の岩が崩れてきて、それが勢いよく地下へと落ちていくのを見てしまった俺は音を立てて全身の血の気が引いていくのを感じた。

「っ、巳亦、これ、まずいんじゃないのか」
「まあ、数年に何度かはあることだから……けど、ラッキーだったな曜、こんなタイミングに居合わせれるなんてなかなかないぞ」

 感心してる場合かよ。機能してないはずの胃がキリキリと痛み出す。というかそんなに頻繁に脱獄が行われてるのか。
 どうなってるんだ地下牢獄……!!

「さっきの地震のせいで檻は壊れてしまったし他に抜け道とか……ってか、脱獄囚出てるならテミッドも黒羽さんも危ないんじゃ……?!」
「大丈夫だって、そんな心配しなくても」
「だから、なんでそんな呑気なことを……っ!」
「牢を抜け出すやつはいても、実際にこの監獄から抜け出せたやつなんか一人もいないんだよ」
「……へ」
「どんなにデカかろうが強かろうが、地上へと出ることは不可能。すぐに捕まえられてもっと重い刑に処されるだけだ」

 だから、曜はなんも心配することなんてないよ。と巳亦は笑った。
 絶対不可能という言葉に対して俺は全く信用できなかった。だって、ここは何が起こるか分からない魔界だ。けれど、巳亦の自信も揺るぎないもので、新参者であり何も知らない俺はただその言葉を飲み込むことしかできない。
 けれど、そうとならば最も安全な場所は地上ということになる。それに、巳亦の言い分からするに地上へ出ることは不可能だということだ。即ちそれは、地下にいる限り安全は保証されないとも取れる。

「じゃあやっぱり早く地上へ戻らないと……!」

「そういうこと」と巳亦は頷く。
 やはり他人事感が抜けないが、考えてる暇はなかった。なんとかはしごとかそういうのはないのかと思い、エレベーターがあったそこを見上げようとした瞬間。
 地上方面から大量の土砂が降り注いでくる。

「おわっ!!」

 間一髪、巳亦に手を引かれて土砂崩れに巻き込まれることはなかったが、地上と繋がる数少ないそこはあっという間に土石流とともに塞がれる。

「み、巳亦……」
「……うーん、ここから出るのは難しそうだな」
「だ、大丈夫なんだよな……?」
「大丈夫だよ。脱獄囚が暴れてるせいで壊れてるだけでその内この道も開通するだろうし」

「まあ、それまでに脱獄囚が捕まればの話だけど」と付け加える巳亦に益々不安になってきた。
 というか、本当にテミッドは大丈夫なのだろうか。心配だが、巳亦はこうだし、連絡の取りようもない。
 また土砂崩れや落石が起きたら危ないということで、一旦俺達は通路の奥へと移動する。そこでは三人の獄吏たちが何やら話していた。脊髄反射で俺達は扉の影に隠れ、そして獄吏たちの会話を盗み聞くことにした。

『やつはまだ見つからないのか』
『震源地には何かが爆発した跡しかない』
『囮だろう。だがそう遠くへは行ってないないはずだ』
『くまなく探せ。獄長が帰還される前に必ず見つけろ』
『これ以上内部爆破されてはまずい』
『何が何でも最小限の被害に収めろ』

 脱獄囚には、死刑を。そう、声を揃える獄吏に血の気が引く。
 それぞれの手には刃の分厚い刀のようなものや銃など物騒なものが握られていた。
 それから、すぐにやつらは四方へとバラバラに動き出す。幸い、こちらには気づいていない様子だったが早かれ遅かれ見つかるだろう。

「……なんか、まずそうな雰囲気だったな……」
「……爆発ね」
「……心当たりあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」

 そういうわけではないが、何か気になることでもあったのだろうか。珍しく歯切れ悪い巳亦に引っかかる。

「……さっきの爆発は上の階からのようだったし、そこには近づかない方がいいかもしれない」
「上って……黒羽さんがいたところか?」
「階層は違うと思うよ。爆発からして、距離は離れてる」
「……」
「それに、黒羽君なら一人でも大丈夫だろ。ちょっとやそっとじゃくたばらないだろうし」

 確かにそれは言えてるが、それはいつもの黒羽ならばの話だ。今はあんなふわふわもこもこの可愛い姿になっている……。けれど、今俺達は自分たちのことも心配しなければならない立場である。とにかくここは俺よりも土地艦のある巳亦に頼るしかない。

 というわけで、他に地上へと通じる出入り口がないか、それを探すためにフロアを移動することになったが、他の獄吏たちは総動員で脱獄囚を追ってるようだ。辺りに獄吏たちの姿はなくなっていた。
 扉を開ければ先程のエリアとはまた違う雰囲気の景色が広がっていた。塗装された壁と床。
 その通路は他のエリアに比べ天井が低く(それでも人間界では平均的な天井の高さだろうが)、幅も二人が横に並べるほど狭く、長い。真っ直ぐに伸びたそこには疎らに扉が取り付けられてある。

「……ここは……?」
「獄吏たちの移動経路らしい。通常なら入れないはずだけど……どうやらさっきの爆発で錠が外れてしまってるみたいだ」

 それは、やばいんじゃないのか……。
 心臓がバクバクと高鳴る。見つかったら怒られるんじゃないかと思ったが、巳亦はそんなことつゆほど気にせずドンドン奥へと歩いていく。それどころか。
 近くの扉を開けようとする巳亦。いいのかそれは、と驚いたが、すぐに「だめだ、開かないな」と巳亦は残念そうに口にする。

「なあ、勝手に触らない方がいいんじゃないか……?」
「真面目だな、曜は。ここなかなか入れる機会ないんだし、せっかくなんだから見とかないと損だろ」
「損……なのか……?」
「それに、なんか面白いものあるかもしれないし」

 ……この人、やっぱりこの状況を楽しんでる。
 薄々気付いていたが、巳亦は何か良からぬことを企んでるような気がしてならない。
 本当に巳亦についていっていいのか不安になってきたが、ここで一人になる方が危険だ。俺は、ぐっと堪え、巳亦についていくことになったのだが……今思えばここで巳亦をなんとしてでも止めておくべきだったと思う。後悔したところで遅いわけだが。

「み、巳亦……面白いのって言ったって、どこで囚人が暴れてるのかも分からないのに危ないだろ」
「大丈夫大丈夫、なんかあったときは俺が曜のこと守るから」
「う……それは……」

 それは、助かるけどもだ。
 つい返す言葉がなくなってしまう俺をいい事に、巳亦は「あれ?こっちになにかあるな」とか言いながら先を行く。
 本当にこの人に付いていっていいのだろうか。不安になるが、今更個人行動する方が危険なことも違いない。俺は、巳亦とはぐれないように慌ててその後ろ姿を追い掛けた。

「巳亦っ、待てよ……!」
「ああ、悪い悪い。ほら、曜、見てみろよあれ」

 そう言って、巳亦が指さした先にあったのは崩れてきた天井によって塞がれた通路だ。こんなところにも、と慄く俺の腕を引き、巳亦はその崩れた箇所に歩み寄りる。おい、とか、巳亦、とかなんか言いながら転ばないよう壁に手をついたとき。
 足元でガラリと音がした。
 崩れかけていた足元に気付き、慌てて飛び退く。丁度先程まで自分が立っていたその場所に大きな亀裂が入り、落ちていく。

「うおわっ! あっぶねぇ……」
「曜、ここから地下に行けそうだな」
「あ……確かに下になんか見える……」

「って、まさか」巳亦の言葉に嫌な予感が過る。巳亦はニコッ!となんとも人の良さそうに、無邪気に笑い返した。

「行ってみようぜ、曜」
「……本気で行ってる?」
「勿論。……それに、脱獄囚が目指すのは地上だ。案外地下の方が安全なのかもしれないしな」

 ああ、なるほど、と納得しかけて、慌てて首を横に振る。好奇心旺盛というか、あまりにも奔放な巳亦に俺は最初からこのつもりだったんじゃないかと疑ってしまうくらいだった。最初から地下に行くために動いていたのではないか、そう勘ぐる俺の視線にも構わず、巳亦は「ほら、行くぞ」と俺の肩を掴み、自分の胸に寄せる。
 抵抗する暇もなかった。巳亦に引き寄せられ、俺は更に地下へと落ちることになったのだが……。

 浮遊感。一フロア分の落下衝撃を予期し、構える。が、なかなか落下衝撃が来ない。
 おかしい、と思った次の瞬間、巳亦に「舌噛むなよ」と囁かれた。へ、と聞き返すよりも先に、抱きしめられた巳亦の腕から衝撃が伝わる。ぐっと奥歯を噛み締め、息を呑む。
 恐る恐る目を開けば、そこは、先程までとは打って変わっておどろおどろしい空間が広がっていた。
 充満する血の匂いに、地面に広がる赤黒い染み。そして破壊された扉と、天井に叩きつけられた肉片。ぽたぽたと滴り落ちる赤い雫に、吐き気を堪えるのが精一杯だった。

「み、巳亦……ここって……」
「どうやら当たり引いたみたいだな」
「あ……当たり?」
「監獄だよ。扉ぶっ壊れてるみたいだし、脱獄囚の牢獄か?それとも、騒ぎに便乗したやつが脱獄したのかな」
「い、いやいやいや……!!」

 思わず突っ込んでしまう。確かに、それも大切なのかもしれないが、他に突っ込むべき点は多々ある。例えば、そうだ、天井にこびりついた、赤黒いあれだ。
「巳亦、これ、何」と片言で天井のそれを指させば、巳亦は「ああ、それな、獣の肉だろ。匂いからして肉食獣の死体だろうな」と当たり前のように答えてくれる。

「肉食獣の死体が、なんでここに」
「お昼時だからな、支給された餌食べてたんだろ」
「ああ……なるほど……」

 それなら安心だ、とホッとするが、よく考えたらそういう問題なのだろうか。人肉でないだけましな気もするが、血も滴る生肉を食べるようなやつが逃げ出してんだぞ。
 もっと深刻にならないといけないんじゃないか。そう思ってしまうのは俺が人間だからだろうか。
 巳亦は辺りをキョロキョロしては、何かを探してるようだ。「どうかしたのか?」と巳亦に近付いたときだった。

「……近いな」

「何が?」と、そう聞き返そうとした矢先のことだ。
 視界が揺らいだ。違う、視界が揺れてるのではない、この施設全体が揺れてるのだ。地震だ、と身構えたときだった。
 その部屋の壁が吹き飛ぶ。――そう、文字通り吹き飛んだのだ。
 瞬きした一瞬の間、あったはずの壁は全て破片となり、俺の横をすり抜け後方へ吹き飛ぶ。爆風、そして、衝撃。その勢いを受け止めることができず、俺はその場に尻もちをつく。

「ぁ ……う、うそだろ……」

 後方、部屋の壁はその威力をもった破片を受け止めることができず、大きく崩れ落ちる。
 一センチでも動いていれば首ごと持って行かれてたのではないかと思うほど爆発とその威力に、血の気が引いた。
 よく当たらなかったな、と思ったが、その奇跡のタネはすぐに気付いた。俺の体を包み込むように張られた薄い膜のような光。それは、先程までなかったものだ。

「……危ないな、これが当たったらアンタでも死刑だぞ」

 脱力のあまりその場に崩れ落ちる俺の肩を掴み、巳亦は支えてくれる。
 一瞬、なんのことかと思った。が、すぐにそれが自分に向けられた言葉ではないのだと気付いた。
 部屋の中、充満した土埃が薄れる。そして、壊れた壁の向こう、佇むその影が一歩踏み出した。
 息を飲んだ。
 現れたのは、巨大な化物でもなければ筋骨隆々の男でもない、一人の獄吏だ。

「それはお前たちの地上での話だろう。ここは俺の城だ。俺が法律だ」

 いや、違う。獄吏たちと似たような黒衣を身に纏っているが、その雰囲気は量産されたロボットのような連中とはまるで身に纏う空気が違う。触れただけで切り裂かれそうなほどの鋭利な刃物のような鋭さ、そして、体温を感じさせない絶対零度の眼差し。
 漆黒の男は、能面のような無表情を貼り付け、巳亦を見た。睨まれていない俺でも動けなくなるほどのその鋭い視線を前に、巳亦は顔を引き攣らせた。
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