人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】

学園地下監獄

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 錆びた鉄。獣の匂い。ヘドロ。形容し難いそれらが入り混じった最悪の空気の中、俺は、吐き気を堪えるのが精一杯だった。
 どうして、どうしてこんなことになったのだろうか。
 ザブザブと、膝下まで溜まった血の海を歩いていく。正直、吐き気を堪えることもできなかった。止まらない嗚咽。幸い吐いたものは全部吐き終えたあとなので空っぽのそこからは何も出ない。
 黒羽さん……巳亦……テミッド……。
 名前を繰り返す。まさか、あんなことになるとは。思い出すだけで、涙が込み上げてくる。
 俺のせいだ、俺が、もっとしっかりしていればあんな悲惨なことになはならなかった。
 静まり返った地下空洞。そこには、この地下世界で行われた行為により排出されたあらゆる残骸が流れ着いていた。
 最早原型の留めていない肉片や骨、そんなものばかりが浮かんでる。それを、俺は一人の男を背負って歩いていくのだ。
 眠るように気絶した紫髪の男、吸血鬼・リューグ。
 本当は投げ捨てていきたいが、今はこの男の力が俺には必要だった。

 そもそも何故こんなことになったのか、その経緯を説明する必要がある。
 ことの発端は、朝、登校前に黒羽とリューグがガチ会ったことが運の尽きだった。
 ビザール通り。朝食を取るため、俺と黒羽と巳亦、それからテミッドの四人で例の如く食事にきていたところ、同じく朝食を取りに来ていたリューグと出会ったのだ。
 幸い吸血鬼避けを持っていたので直接手を出されることはなかったが、黒羽がみすみすと見逃すわけもない。

「貴様、よくもぬけぬけと顔出せたな」
「俺だってここの生徒なんだから問題ないだろ? それともなんだ、またアンタの主の血飲ませてくれるのかよ」
「……殺す」

 売り言葉に買い言葉、あれよあれよと腰の短刀を抜刀する黒羽に、リューグは「やれるものならやってみろよ」と挑発する。そして、そこからはいつもの流れだ。
 周りに人がいるにも関わらず、リューグに斬りかかる黒羽とそれを避けるリューグ。被害は拡大、騒ぎは周りを巻き込んでは大きくなる。俺も巳亦もテミッドも止めようとしたが、間に合わなかった。
 そして地面から巨大の鎖が生えてくる。
 そう、生えてきたのだ。蛇のように意思を持って地面を割り、蠢く鎖たちはリューグと黒羽にそれぞれに向かっていく。ざわつく周囲。「まずいな」と巳亦が口にしたとき。

「っ、んだよ、これ……」
「……ッ!」

 巨大な鎖は黒羽とリューグ、それぞれの足に巻き付き、そして、地面へと縛り付ける。そして、足から首元へとぐるぐるに巻き付くそれに、俺は、慌てて「黒羽さん」と駆け寄ろうとしたが、テミッドに止められた。

「テミッド……」
「あっ、あの、伊波様……待って、この鎖は……まずい……」

 そう、テミッドが口にしたときだった。
 黒い霧が辺りに広がる。そして、一箇所目掛けて霧が集まった。それは次第に人の形へと変化する。そして、そこから現れたのは……黒だ。
 俺達が着ている制服とは少し違う、全身真っ黒な軍服のような制服に身を包み、顔面の部分に真っ黒な仮面を着けたその男(骨格からして間違いないだろう)は、くぐもった声で続ける。

「カルネージ学園校則第三条『公共の場での喧嘩・暴力行為、及び故意の施設や設置物の破壊行為を禁ずる』……これを破ったものには地下牢獄へと収容され、罰を受けることとなる」

「『リューグ・マーソン』、『黒羽』、以下二名を地下牢獄送りを決行する」無機質な声。その言葉とともに、音もなく地面が変色する。レンガ道だったそこには真っ黒な沼が現れた。そして、二人を縛る鎖はそのまま暗闇の中へと二人の体を引き摺り込んだ。この間、数秒。俺が駆け寄る間もなかった。
 二人を飲み込んだ暗闇は、何事もなかったのように元のレンガ道へと戻っていた。鎖も、地面の中へと吸い込まれていく。

「っ、黒羽さん!」

 テミッドを振り払い、慌てて黒羽がいたその場所へと駆け寄り、地面に触れるが、何もない。言いようのない恐怖、不安感が襲いかかる。

「黒羽さんを、どこへやったんだ」

 俺は、その場から立ち去ろうとしていた仮面の男に掴みかかろうとして、伸びてきた巳亦の手に止められる。

「だめだ、曜」
「巳亦、……離し……ッ」
「獄吏に手を出したら、お前も地下牢獄送りになるぞ」

 獄吏。聞いたことのない単語だった。
 どういう意味だ、と獄吏と呼ばれたその仮面の男に目を向ける。
 男はそのまま何も言わず、そしてその体を黒い霧へと変化させた。

「っ、あ……おい!」

 風よりも早く、霧散する獄吏。止める暇もなかった。
 辺りは騒然としていた。中には「またか」という顔をした連中もいた。けれど、次第にいつものバザール通りに戻っていく。
 騒ぎも、何もなかったかのように、いつもどおりの日常が戻ってくるのだ。
 人が目の前で二人もいなくなったというのに。

「……巳亦……黒羽さんが……ッ」
「落ち着けって、曜。言ってただろ、二人は地下牢獄に連れてかれただけだってば。別に死ぬわけじゃないんだから大丈夫だって」
「……ッ、落ち着けって言われても、それじゃあ黒羽さんは……」
「……だ、いじょうぶ……だと思う……被害も大きくなる前だったし、多分、三日もすれば戻ってくるはず……です」
「みっ……三日も……?」

 地下牢獄のことは知っていた。けれど、リューグはともかくまさか黒羽さんまで連れて行かれるなんて思わなかった。場所が悪かったから?ただそれだけなのか。けれど、黒羽さんは俺のお目付け役なのだから連れて行かれるのはおかしいのではないか。それとも、黒羽に限らず俺にも校則が適用されるということか。

「……巳亦……地下牢獄ってどうやって行くんだ?」
「え、まさか行くつもりか?」
「……だって、こんないきなり……黒羽さんもびっくりしてるだろうし……」
「……確かにそれはあるかもしれないけど、黒羽君も子供じゃないんだからほっといても大丈夫と思うんだけど……」
「……」
「……あっ、なるほど、そういうことね。わかった、わかったからそんな顔するなって。ほら。とりあえず食いかけのクレープ食べな? 腹減るぞ」
「…………」
「……伊波様……」

 食べかけのクレープも、あんなに美味しかったのに味がしない。獄吏は、罰を与えると言っていた。もしも黒羽の身になにかあると思うと、心臓が痛いくらい苦しくなる。クレープは喉も通らなかった。

 巳亦は、混乱する俺に色々教えてくれた。
 無法地帯だった学園の秩序を守るために導入された獄吏と地下牢獄施設。そこには規約違反した者が閉じ込められ、時には罰を与えられるという。そして、そこを管理するのが獄吏と呼ばれる者たちだ。全員同じ背格好に声、同じ仮面と制服を着用し、獄吏に逆らったり手を出した者は重い処罰を受けることとなる。
 だから、俺が獄吏に掴みかかるのを必死に止めたという。

「地下牢獄への行き方は二つある。一つはルールを破ること」

「そしてもう一つは、これだ」そう、巳亦は足元の床を靴の裏で軽く叩いた。
 学園の昇降口、そこに佇む全長五メートルはある前魔王の銅像。それを動かすと、人が一人は入れそうな扉が現れる。

「まあ本当はちゃんとした扉もあるんだけどね、黒羽君に会うだけなこっちのが近道だから」

 そう、巳亦が扉に触れた瞬間紫色に発光する扉。音もなくそこは開いた。「じゃあ俺から行くな」と巳亦はその穴の中へと飛び込んだ。「梯子ねえから気をつけてな」と、だけ言い残して。
 どういう意味だ。そう詳しく聞く隙もなく、巳亦の姿はあっという間に消えていく。

「……っ、これって……」

 下から着地する音が聞こえてこないんだが。
 相当深くまで落ちたんじゃないか。青ざめる俺に、テミッドがクイクイと俺の制服を引っ張ってくる。

「? どうした?」
「……伊波様……こっちにきて……?」
「……こう?」

 言われるがまま、テミッドに体を寄せたときだった。
 いきなりテミッドに体を抱き締められる。細い腕からは想像つかないほどの力強さに驚くのも束の間、テミッドは俺を抱えたまま穴の中へと飛び込んだ。

「って、うわああああああぁあ!!!!」

 情けない絶叫が響く。落ちる。落ちる。落ちる。
 足が着かない。浮遊感。視界が真っ暗に染まったままで、なにも見えない。テミッドは俺の体を抱きしめたまま、「危ないから、僕の体を抱き締めてて」と口にした。
 こんな、抱きしめるとか、できるのか、こんな落下しながら。思いながら、やけくそでテミッドにしがみついた。ぎゅうっと、強く腕を回す。そうでもしなければ、体が放り出されそうで怖かった。
 何メートル、もうどれくらい地上から離れてるかも分からない。そろそろ落下地点で死ぬのではないかと思ったときだった。風が、生ぬるくなる。そして、テミッドは俺の体を強く抱き抱えた。そのときだった。
 空気が止まる。
 地面が割れるような鈍い音ともに、浮遊感は消える。
 ……あれ、死んでない……?
 恐る恐る目を開いたときだ。俺をお姫様だっこした体勢のまま、テミッドは立っていた。
 そして、その足元はテミッド中心に地面が割れていて。

「あ、あの……終わったよ、伊波様……もう大丈夫だよ……?」

 ……この子、かわいい顔して今までの落下ダメージ全部クッション代わりになって受け止めてくれたということか。
 ケロッとした顔のテミッドに俺は何も返せなかった。一緒にいると忘れてしまいがちだが、そうだ、テミッドも人間ではない。

「あ、ありがとう……テミッド……」

 そう絞り出した声は情けないことに震えていた。テミッドはにぱっと笑う。
 それから間もなく、同様無事着地していた巳亦とも再会することになった。

 というわけで、地下へとやってきた俺たちだったが、正直、想像以上だった。
 てっきり洞窟のような空間が広がってるのかと思いきや、そこには地上と変わりない、洋館の一室にもよく似た造りの部屋だった。玄関口、というべきか、目の前には五枚の扉がずらりと並んでいた。

「……これは……」
「俺もこっち側に来たのは初めてなんだけど、恐らくこれはそれぞれの監獄塔へ繋がる扉みたいだね。……黒羽君がどこに行ってるかわからないし、全部当たるとしても時間すごいかかっちゃうだろうし……それに、危険すぎるな」
「……だとしたら、誰かに聞いたりするってのも難しいか?」
「……話通じそうなやついたらいいと思うけど、どうだか……」

 そんな話をしているときだった。
 テミッドがなにやら部屋の隅でコソコソしていた。

「……? テミッド? どうかしたのか?」

 カリカリと壁の隅っこ辺りで地面を引っ掻いていたテミッドは、俺の声に反応し振り返る。そして。

「……伊波様、なんか見つけた……」

 長く尖った爪の先、まるまると太ったネズミをつまみ上げ、テミッドはそれを見せびらかしてきた。
 それだけでも驚いたのに、そのネズミは立派な洋装に身を包んでおり、おまけに杖まで持っていて、テミッドに揺さぶられ「やめなさい!降ろしなさい!」と喚くのだ。
 って、え……?!喋るネズミ……?!

「ネズミが喋っ……」
「……鼠入さん?」
「あっ、誰かと思いきや……巳亦! 巳亦ではないか! またお前は勝手にここの扉使ってきたんだな!」
「……そーりー?」
「鼠入さんだよ。この人は……えーと、一応、芸術科の先生で……ま、俺が世話になってる人かな」
「一応とはなんだ! 私がどれほどお前に手がかかってるかと……おい! プラプラ揺らすな! 吐く! 戻ってくるから!」
「鼠入先生……美味しくなさそう……」
「だから私は食い物ではないと言ってるだろうが! 無礼者!」

 ……なんというか、すごい元気のいい鼠だった。
 どう見ても鼠なのに発せられる声はおっさんだし、この人も先生なのか。やはり想像つかない。
 ようやくテミッドから解放された鼠入はぐっだりとしていた。床の上にくたりと寝転んでる姿はまんま鼠なのでついもふもふしたくなりたくなるが、中身はオジサンだ。ぐっと堪える。

「……あの、大丈夫ですか……?」
「……おお、すまないね少年……。って、おや、まさか君は……噂の伊波少年か?」
「あ、はい……伊波曜です。よろしくお願いします」

 そう、座り込んで鼠入に視線を合わせれば、鼠入は慌ててぴゃっと立ち上がり、姿勢を正す。

「いやはや、すまないねみっともない姿をお見せしてしまい。私は鼠入……芸術学部、芸術科全般を見ている。気が向いた芸術科にもくるといい。他の学部とはまた違う授業をお見せすることができるはずだ」

 そういって、「宜しく」と小さな手を差し出してくる。
 俺はそれにそっと触れる。ぷにっとした感触につい何度も触ってしまいそうになるが堪えた。

「そして、親善大使もここにいるとはどういうことか説明してもらおうか、巳亦」
「えーと、説明したら長くなるんですけど、実はですねー曜のお付きの黒羽君って子がここに落ちちゃって、それを探しに来たんですけどどこにいるのかわかんないんですよね。鼠入さんなんかわかんないです?」
「落ちたってことは、監獄入りしたということか?」
「ええ、ビザールで他の生徒と揉めて……」
「ああ、なるほどな。……それならば表通りにいく必要がある。ここは獄吏たちが出入りするための通路だ。何遍も言ってるが、一階の銅像はあそこは一般生徒の入り口ではないので二度と使うな」
「はーい、気をつけまーす」
「お前は毎回それを言ってるが全然直さないからな、もう信用しておらんよ」

「こっちだ、ついてこい」と、鼠入は巳亦にプリプリ怒りながらも五枚並んだ扉の一番左側の扉を潜る。その扉の足元、ペット用みたいな小さい扉潜って中に入る鼠入。俺たちは普通に扉を開け、その奥の部屋へと移動することにした。
 扉の向こうにも似たような景色が広がっていた。五枚の扉が並んで、そしてまた左側の扉を潜る。そして更に部屋の向こうにも五枚の扉があり、そんなことを繰り返してるとやがて、見慣れない景色が目の前に広がる。
 細い通路。無造作に敷き詰められたような石畳の床。剥き出しの天井。照明代わりの炎の精霊。そして、どこからともなく聞こえてくる獣の咆哮。
 そして、

「鼠入先生、その者達は」

 黒尽くめのその男は、現れた俺たちにすぐに反応する。
 あの時と同じ仮面。間違いない、あのときと同じやつだ。
 反応しそうになれば、隣にいた巳亦に腰を掴まれ、「同じ格好だけど中身別だよ」と耳打ちされる。読まれてた。

「……すまない、私の生徒たちだ。面会を希望したいんだができるか確認してもらってもいいか。『黒羽』という生徒だ」
「了解した」

 鼠入の言葉に、獄吏は短く返した。感情を感じさせない無機質な声は聞いてるだけで胸に引っかかる。

「クロハという生徒は部屋番号A1589にいるそうだ。……案内する」
「ああ、頼む」

 獄吏は必要最低限の会話しかしないらしい。歩き出す獄吏の後をついていく俺たち。
 変な感じだった。どうしてすぐにわかったんだろうか。どこかに連絡した様子もなかった。本当に信用していいのか不安だったが、鼠入が率先して前を歩いてくれるので俺もそれについていくことができた。

 巳亦もテミッドも何も言わない。静まり返った空間に俺たちの足音が響く。
 獄吏たちはたくさんの鍵でこの地下を管理しているらしい。腰につけた輪っかにはびっしりと様々な形の鍵がぶら下がっていて、重厚な鉄の扉の前へとやってきた獄吏は迷わず一つの鍵を中から取り出し、それを鍵穴に差し込んだ。「こちらだ」と言い、先に行く獄吏。
 瞬間明らかに空気が変わるのが分かった。
 聞こえてくるのは獣のような唸り声。その空間には大中小様々な無数の檻が規則的に並べられていた。牢獄というよりは、動物園といった方がしっくりくる。けれど、中にいるのは動物よりも恐ろしいものばかりだが……。
 人の形をした者はいない。中には目があった瞬間檻に噛み付く獣もいたが、獄吏はどこからともなく取り出した警棒で乱暴に殴り、瞬間獣はぎゃんと吠え、檻の片隅で丸まるのだ。

「本当に……こんなところに黒羽さんが……」
「ここだ」

 え、どこ?と辺りを見渡す。が、どこを見ても獄吏を警戒する獣たちしかいない。そして、獄吏が示す方向、そこには俺の身長よりも低い檻が一つ転がっていた。それも、すんごい雑に。
 いやいやいや、サイズからして黒羽さん入らないだろこれ。呆れながらも覗いたときだった。檻の中心部、そこには黒い物体がちんまりと横たわっていた。

「っ、く、黒羽さん……?」

 もしかして黒羽の体の一部だけとかそんな恐ろしいことないだろうな、と焦ったときだ。俺の声に反応するかのように、中心部の影がもぞもぞと動き出す。そして。

「い、なみさま……?」
「黒羽さん……っ!」

 聞き覚えのある低く重い声。間違いない、黒羽だ、と慌ててその檻にしがみついたときだった。

「……っ、て、あれ……?」

 黒羽の声帯を持ったそれは正確には人の形をしていなかった。烏を模したような愛らしくファンシーなゆるキャラのような姿になった黒羽に、俺は思考停止する。

「く、黒羽……さん……だよな……?」
「そうです、この不肖黒羽、伊波様を守ると言いながら校則を守れなかったせいでこの不始末……ッ! 貴方に合わせる顔が……」
「えーと、じゃなくて……その……見ないうちに黒羽さん……可愛くなりましたね……?」
「…………私が可愛い? 何を戯れを……」

 と、言い掛けて黒羽は羽でぺたりと自分の顔に触れる。と、そこであるはずの腕が羽になってることに気付き、触れたそこにも羽毛でもこもこになってることを察したらしい。「なんだこれは!!」と檻の中から黒羽の野太い悲鳴が聞こえてきた。

「その姿で三日過ごすことが貴様に与えられた罰だ」
「な……ッ三日もだと……!」
「使い慣れない体でいることの苦痛、というやつか……」
「鼠入せんせーも罰受けてるの……?」
「私は罰ではない! 持ち前の体だ!!」
「わっ! 怒った……!」

 言い争ってる鼠入とテミッドは置いておいてだ。檻の中、ショックのあまりワナワナと震える黒羽。正直、俺は、その姿の可愛さに話の半分くらい頭に入ってこなかった。
 罰を受けるというから手酷い拷問を受けると思っていただけに、予想の斜め上をいく黒羽の罰に正直、本人には悪いがそれはそれで有りと思ってしまう。……触りたい衝動に駆られるがそんなことしたら獄吏に怒られかねない。ぐっと堪える。

「まあ、でも元気そうで安心したよ。……ずっと曜、黒羽君のこと心配してたんだからな。黒羽君助けなきゃ! って」
「……い、伊波様……申し訳ございません、自分なんかのためにここまで来ていただき……」
「いや、いいんだ、けど、三日もここに閉じ込められっぱなしっていうのは……」

 流石に、心細いというかお付きである黒羽がいないと俺一人では何もできないのも事実だ。

「そうだな、確かに親善大使が一人身でこの学園を歩くのは心細かろう。どれ、獄長には私から話をつけておこう」
「鼠入先生……! ありがとうございます」
「とは言え私も一介の職員。国の決まりに逆らうことはできない。あまり期待はしないでくだされ」

 こほんと胸を張る鼠入。相変わらずどっからどう見てもネズミだが、俺から見てみればすごい頼りになる紳士だ。和光に直接話ができれば早いとは思うが、どうやって連絡取ればいいのかも分からない。
 それにしても……獄吏たちを束ねる獄長か。どんな人か気にはなるが、黒羽をこんな姿にする罰を思いつくくらいの人だ。もしかしたら案外……。

「……どうだかな」

 そんな中、一人あまり芳しくない表情の巳亦。
 何か引っかかるのだろうか。「難しいのか?」と聞いてみれば、巳亦はうーんとやっぱり歯切れの悪い返事しかしない。

「学園を管理してるのは学園長だけど、この地下を管理してるのは獄長なんだよ。そんな獄長が学園側の意見を素直に聞き入れる気がまるでしないんだよなあ……」
「そ……そんなに怖い人なのか?」
「ま、大丈夫だよ。もし黒羽君が三日いなくても、俺が代わりに曜のこと守るから」
「み、また……」
「ぼ、くも……僕も、伊波様……助ける……頑張ります……」
「テミッド……!」
「巫山戯るな! 貴様らのような伊達男に伊波様の面倒を見ることができるはずなかろう!」
「……その姿で言われるとちょっとほんわかするな」

 それに関しては同意だが……俺は二人の言葉に少しだけ安心した。そうだ、黒羽だけではない。俺のことを気にかけてくれてる人は。黒羽ほど一緒の時間を過ごしたわけではないが、俺にはその気持ちで充分だった。
 ともかく、今は鼠入に任せるべきだろう。
 獄吏に頼めばこうして面会を行うことも可能だとわかったし、なにより黒羽が元気そうで安心した。それが一番だった。
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