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第一章【烏と踊る午前零時】
虐殺学園システム
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紆余曲折あったが、樹園を抜け、長い坂を登り、ようやく見えてきた。
塀の側からはあんなに大きく見えたのは坂の上に聳え立っていたからか、それでも、下手すりゃドーム程あるのではないかと思うほどのその和洋折衷混沌とした建物には、たくさんの物の怪たちが出入りしていた。その光景は、大きく開いた口に吸い込まれているかのようにも見える。
どす黒い靄のようなものに覆われたその建物は、俺でもわかるほど、嫌な気で満ちていた。
国立カルネージ学園。
人ではならざるものが暮らす施設。
「……っ、……」
今になって、緊張してきた。
どくどくと心臓の音が加速する。俺は、ここでやっていけるのだろうか。不安になるが、胸に挿さった蒼い薔薇を見ると、不思議と気持ちが落ち着く。
「よし……っ」
行くぞ、と一歩踏み出そうとしたときだ。
「お待ちしておりました、伊波君」
凛とした声が、響く。顔を上げれば、豪奢な校門前、そこには一つの影が佇んでいた。
その姿を見て、一番に反応したのはテミッドだった。「シャル様」と、震える声でその名前を口にする。
目を惹くのはプラチナブロンドの髪、そして、人形のような真っ白な肌に長い睫毛。華奢な手足は同じ人間と思えないほど長く、繊細で。対象的な漆黒の制服に身を包んだその青年は、俺の前までやってくると恭しく頭を下げた。
「僕はシャル。この学園の生徒会長をしております。以後、お見知りおきを」
シャル、と名乗る青年は、人間と同じ構造をしているものの人間離れをしていた。俺の浅い知見でものを言うならば、童話の王子、否もっと手の届かない存在……まるで天使のような、そんな美青年は白い手袋を嵌めた手を俺に差し出してくる。
「……よ、よろしくお願いします」
断われなかった。というか、体が勝手に動くみたいに、気付けば俺は彼の手を取っていた。
直視し難い。けれど、目を離すこともできなかった。
ロボットみたいにぎこちなく動く俺に、シャルはくすくすと笑う。その笑顔もやはり、人間のそれとは違う、どこか無機質で。
「そう肩を張らないで。……挨拶も終わったことだし堅苦しいのはよそう。本当は理事長が来るはずだったんだけどどうも腰の具合がよろしくないみたいでね、この僕が代わりに君を出迎えさせてもらうことになったんだ」
「でも、怪我の功名というやつかな。こうしていち早く君に会えることが出来るなんて役得だな」流暢な日本語に聞こえるのは、和光の施しのお陰だろう。
シャルは無邪気に笑い、そして俺から手を離す。俺は、その笑顔から目が逸らせずにいた。
「堕ちた天使が生徒会長とは……この学園も程度が知れてるな」
その言葉に、ハッとする。一部のやり取りを見ていた黒羽はそんなことを口にしたのだ。
堕ちた天使、ということは、シャルが堕天使ということか。やはり元天使だったのかと思う反面、ここが魔界の最も混沌とした場所だということを思い出した。ああ、そうだ、ここは言わば吹き溜まり。そこの頭ということは。
「ふふ、そう思うだろう? 僕もそれは思ってるよ。僕のような若輩者が頂点なんて任されていいのかなんてさ。けど、あくまでこの学園の元の校則は『弱肉強食』だ。この意味が分かるかい? そこの黒い君」
「なんならここで君を消すことも出来るけど?」そう華が咲いたように笑いながら、シャルは腰に携えていたホルダーから細く尖ったレイピアを引き抜く。それを見たテミッドは、慌てて仲裁に入る。
「しゃ、シャル様……いけません……」
「……冗談に決まってるじゃないか。それに、無益な殺生はナンセンスだからね。弱い者いじめほど詰まらないものはないよ、僕のレイピアが鈍ってしまう」
そう、シャルは鞘にレイピアを戻す。が、それが本意かどうかは解らなかった。
一方、抜刀された黒羽の態度も堂々としたもので。
「黒羽君、この子はこの通りまだ若いからね、怒ったらだめだよ」
「馬鹿馬鹿しい。……こんな餓鬼の言葉を真に受けるやついるのか?」
フォローしてくる巳亦に、まるで真に受けていない黒羽は寧ろ面倒臭そうに息を吐いた。
その餓鬼と言う単語に、シャルのこめかみがぴくりと反応する。
「餓鬼餓鬼って、年下に負けるのが怖いのか?年功序列を嵩に着て、真剣勝負から逃げる。やれやれ、時代錯誤の妖怪連中は本当臆病だね」
天使のようなのは、顔だけだったようだ。
自信満々な言葉の端々から滲む傲慢さは拭えない。けれど、気が長くはない黒羽がこれほど煽られても反応しないということは余程若いのか、それとも。
と、そこまで考えたときだ。いきなり、視界が暗くなる。続いて聞こえてきたのは、羽撃きだ。
「相変わらず口ばっかはよく回るみたいだな、クソガキ」
無数の肉同士がぶつかるような音に混じって聴こえてきた、大きな声。
顔を上げれば、大量の蝙蝠が空から振ってきていて、俺達の間に集まってきた蝙蝠たちはやがて二つの影へと変化する。
現れたのは派手な長身の青年と、少女だった。
青年は、甘栗色の髪に青白い肌をした、貴族のような洋装をしていた。真っ赤な目は怪しく光り、色素を失った唇には笑みが浮かんでいて。
「なるほど、アンタが親善大使様か。まだ小便臭い青二才じゃないか。……こんな子供を生贄に寄越すとは、人間界もなかなか酷なことをする」
すぐ目の前、俺の前までやってきたその男は頭のてっぺんからつま先までを品定めするなり、哀れんだように口にした。
そんな彼の隣、同じく喪服にも似たデザインの真っ黒なミニスカートのゴシックドレスを身につけた少女は目を輝かせながら俺の腕を取る。
薄く、淡い水色の髪を耳の後ろで結んだ、所謂ツインテールヘアーは彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れた。
「ホント、シャルと親善大使君、小便臭い同士が乳繰り合っててかわいー! ねえねえ、アヴィド様、僕この子ほしーい!」
「クリュエル、お前悪趣味がすぎるんじゃないか?」
「えー? そんなこといってアヴィド様ヤキモチ妬いてるんじゃないの? ねえ、君、名前なんてーの? 僕はね、クリュエル。クリュエル=ヴァローネ! ねえ、君の名前を教えて?」
クリュエル=ヴァローネと名乗る少女は、そうぐっと顔を寄せてくる。淡いピンクの瞳に至近距離で見詰められ、心臓がどくりと反応した。まるで、ぐっと心臓を握りしめられたような。
「お、俺は……」
それもほんの一瞬、黒羽に腕を掴まれ、すぐにクリュエルから引き離される。「あっ」と名残惜しそうな顔をするクリュエルはすぐに不服そうな色を滲ませた。
「ちょっと、無礼じゃない? 僕、まだ彼に挨拶してる途中だったんだけどー?」
「何が挨拶だ? 術を掛けようとしていた無礼者がよく言う」
「あ、バレた?」
威嚇する黒羽に、全く動じもせずクリュエルは舌を出して笑う。
「……クリュエル、お前は本当に懲りないやつだな」
「だって、人間でしかも生粋の童貞処女だよ? それも、肉付きのよくて性欲も旺盛な若い肉体。ご馳走じゃん? 据え膳食わぬはインキュバスの恥だよ!」
「恥の塊のようなやつがよく言う」
「あー! アヴィド様ソレ言っちゃだめなやつじゃーん!」
アヴィドと呼ばれる青年は、クリュエルの態度にも慣れている様子だった。
……というか、今、インキュバスって……。何かの本で読んだことがある、インキュバスは確か男の……。
「……お、とこ……?」
どう見ても女の子、それも美少女に分類されるレベルの目の前のそのドレスの少女を指差せば、クリュエルは不思議そうに小首を傾げ、そしてにっこりと笑った。
「そうだよ。僕は一応雄だけど君のご要望ならアナルでここの君の初めてをもらってもいいよ?」
言いながら自分のスカートの裾をたくし上げ、クリュエルは俺の下腹部を思いっきり握ってくる。
俺がその衝撃に耐えきれずに「あふっ」と情けない声を漏らしたと同時に、黒羽の蹴りがクリュエルに放たれた!
が、黒羽の蹴りがクリュエルの脇腹を抉るよりも先にその漆黒の影は無数の水色の蝙蝠となって形を崩し、黒羽から離れた場所でクリュエルは現れる。
「っちょ、ちょっと! 僕が下級悪魔だったら死んでたでしょー?!」
「貴様、このお方に手を出すことがどれほどの大罪か知らんのか」
「えー? だってあれさぁ、曜君に痛い思いさせなかったらいいんでしょ? だから、気持ちよくなっちゃえば合意だよねー?」
そう、悪魔のような不気味な笑顔を貼り付けるクリュエル。どうして俺の名前、と考えて、もしかして術を掛けるためなのかと理解する。背筋が凍るようだった。それ以上に、先程見せつけられたスカートの下の光景を思い出しては顔が熱くなる。
「本当、下品で野蛮な魔族の考えることだよ。品性を疑うね。伊波君、悪いことは言わない。彼らとは付き合わない方が良いよ」
「根性曲がり切った腹黒堕天使様は言うことが違うな。自分を棚にあげるとはな、下品で野蛮はお前だろう、シャル」
「気安く僕の名前を呼ばないでくれないか。汚れる」
「お高く止まった小鳥は相変わらず釣れないな。……まあいい。俺はアヴィドだ。今日は、わざわざアンタの顔を見に来たんだ。……さっきは俺の使い魔が失礼をしたな」
アヴィドは、クリュエルとは対照的で落ち着いた人だった。悪い人ではないのだろうかと思ったが、クリュエルを使い魔にしてる時点でその考えは憚れる。
クリュエルとはまた違う、得体の知れない空気を纏った人だ。見据えられると動けなくなる。例えるなら、和光や京極に似た……。
「伊波……曜です」
「……イナミヨウ、良い名前だな。何か困ったことがあれば、そこの蛇や烏や木偶、小鳥よりも俺を頼るといい。悪いようにはしない」
アヴィドは、俺にだけ聞こえる声でそう耳打ちする。
近くで見れば見るほど、整っている。彫りが深く、鼻筋が通ったその顔立ちは西洋の血が流れてるのだろう。俺が女子ならば卒倒してるに違いない。
俺は「はい」というのが精一杯で、黒羽が何か言おうとしてすぐにアヴィドは俺から離れた。
「行くぞ、クリュエル」
「えー? もう帰っちゃうのー? もっと曜君と遊びたかったのになー!」
「どうせ、制服を着ていないと校舎からは弾き出されるだろ。それともお前だけ着替えに帰るか?」
「それもいいけどぉ、学校行ったら曜君と遊べなくなるから意味ないじゃーん」
「そういうことだ」
どういうことかよくわからなかったが、クリュエルは納得したようだ。最後までぶーぶー言っていたが、アヴィドに頭を軽く叩かれると文句言いながらもアヴィドの後についていく。そして瞬きと同時にたくさんの蝙蝠へと変化し、蝙蝠と化したアヴィドたちはどこかへと飛んでいった。
「本当、いけ好かない連中だよ。……曜君! 友達は選んだ方がいい。そう、僕みたいなね」
シャルが何か言っていたが、蝙蝠の羽撃きによって掻き消されていた。
「この学園はとにかくセキュリティ面が特殊でね、まず制服を着用してること。これを守っていないと学園はその人物を受け付けないからね。この制服は言わば学園の一部と言っても過言ではないと思うね」
「受け付けない?」と聞き返せば、シャルは「ほら、あれ」と大きく開いた昇降口、になるのだろうか、口のように大きく開いた出入り口を指差す。
その時だった。制服を身に着けていない魔物が他の生徒に紛れて入ろうとした瞬間出入り口はその生徒が通った瞬間その口を閉じた。
そう、口。クチャクチャと咀嚼するように歪む扉はやがて一人の生徒、先程の制服を着ていない彼をぺっと吐き出した。謎の粘液で全身どろどろになった彼はそのまま地面の上で転がっていた。
それから、何事もなかったかのようにその口は開いた。そして他の生徒たちをどんどん内部へと誘うのだ。
よく見れば、そのようなレンガの装飾だと思っていたそれは歯のように思えてきた。
「ああやって選別するんだよ。教師や客人も限られてる。登録されていない者は誰一人受け入れない。いいシステムだろう?」
「なんか、すごいですね」
というかあの口に食べられたくないのだが。
「そうだ、忘れていた。君にこれを渡そう」
そう、思い出したようにシャルは制服から何かを取り出した。小さな紙袋に入ったそれを受け取り、中を覗く。そこには薄手の白い手袋が二枚、入っていた。
「理事長からのプレゼントだよ。学園では色々なものがある。君の肌に堪えうるものも。その手袋を嵌めていれば、大抵のものは触れるようになるという優れものだ。大切にし給えよ」
「あ、ありがとうございます!」
「大変だね、人間というのも」
早速両手に嵌めてみる。普通、ごわごわとした感触が気になるのだが、制服同様ぴたりと素肌に張り付くその手袋は、まるで布の感触を感じさせない。試しに黒羽の制服を掴んでみたが、感触も素手と変わらず感じる。
「そのモンスターの皮は防御性の高さと軽さから魔界でもなかなかの高級品でね、その手袋なんてそうそう手に入る物ではないんだ」
「すごい、素手みたいですね」
「聞いてるのかい、君」
それから、シャルからはこの学園のことについて教えてくれた。大体のことは前日に黒羽に聞いていたのだが、実際にその場にいながら説明してもらえるのとはまた違ってくる。
昇降口を通れば、校舎内は酷く豪奢だった。黒と紫を基調にした建物内部。天井からぶら下がるのは大きなシャンデリア。その上を伝って小人達が移動している。足元には制服を着た猫が駆け抜けていく。
たくさんの生徒がそこにいた。
壁には歴代理事長の肖像が並べられており、昇降口を奥に進めばちょっとした広間に出る。
そこの中央には5メートルはあるであろう大きな石像が佇んでいた。
大きな剣を手にした、甲冑姿のその大男。その目は宝石が嵌められているようだ。赤く光るそれは今にも動き出しそうなほどの覇気がある。恰幅のいいその石像の足元には見たことのない字が彫られている。
「その石像が気になるのか」
石像を見上げていると、いつの間にか隣に黒羽が立っていた。
「なんか、すごい目に入って。……この人が理事長なのか?」
「いや、この方は前魔王だ。……血を血で洗うことに喜びを見出し、誰よりも戦うことを好み戦争では常に最前線に立っていた。……今の魔王様とは正反対のお方だ。この学園の理事長も、現魔王様の支持者だ」
「……」
なら、なんで前の魔王の石像をドーンとこんなところに残してるのだろうか。そんな魔王を具現化した魔王が何故急に退任し、その後全く正反対の者がその場にいるのか。気になったが、魔界は魔界で色々あるということか。
あまり、魔王のことについて聞かないほうがいいのかもしれない。なんとなく、周りの空気が変わるのを感じたのだ。
シャル曰く、この学園には大きく分けて五つの学部が存在する。
まず一つ目は、文学部。
史学や、魔界の文学を主に学ぶ学部のようだ。基本的に実技はなく、書を読み、魔界の歴史を主に学ぶという。
二つ目は、生物学部。
名前の通り生物に関する学部なのだが、その中でも魔界の生物の生態を研究する生物科、生態を学び、治癒治療を主に学ぶ医学科、そして、生物の効率のいい痛め付け方を学ぶ拷問科が存在するという。
「医学科と拷問科の連中は対立してるんだ。どっちも体切りつけるのが趣味のくせに変わってるよね、ははは!」とシャルは笑っていたがそりゃ対立するわもいうのが本音だ。絶対に拷問科だけには行きたくない。因みに、テミッドは生物科のようだ。少し意外だ。
それから三つ目は、魔法学部だ。因みに一番生徒が多いのもこの学部のようだ。
ポピュラーな魔術を使用法を学ぶ白魔法科、そして人を傷付けることを目的とした黒魔術を学ぶ黒魔法科と二つに分かれている。黒魔法科にも行きたくないなと思った。
そして四つ目、魔界学部。
人間界で言う経済学部のようなもののようだ。
シャルいわく、魔界への社会貢献と言う名の時期歯車を作り出すための経済科と、時期教鞭をとるためのノウハウを学ぶための教育科、時期魔王になるためだけを目的とした魔王科が存在るという。他にも小さな学科はあるが、この二つが大部分のようだ。
最後は、芸術学部。これは名前の通りのようだ。
芸術全般を取り扱う芸術科と、音楽をメインにした音楽科が存在するという。
「この五つの学部の教室はそれぞれ別の棟に存在するんだ。基本は一番最初に選択した学部とその中の学科の授業を選び、それぞれの教室で受ける形になってるんだよ。因みに伊波君とそこの烏……黒羽君の場合は特例だね。君たちはどこの学部を自由に行き来することが出来る。選んだ学部ごとに胸にエンブレムのブローチが付いてる。ほら、因みに僕のを見てみるといい」
そういって、シャルは自分の胸元を指した。黒地の制服には確かに金色の特徴的なエンブレムが付いていた。
なんか俺の制服と違うと思っていたが、どうやらシャルのただのオシャレではないようだ。
その金色のエンブレムは、クラウン。王冠のように見える。
「僕は魔界学部魔王科だからね。魔王科だけ少し特殊で、魔王科を選んだ場合他の学科の授業は受けれずにずっと魔王科の授業になる。そしてその逆も然り、魔王科を選ばなかった者は魔王科の授業を受けられない。……というわけだから、伊波君たちも魔王科の教室には入れないんだ」
そう口にするシャルはどこか得意げだ。けれど、この魔界の王になるための専攻学科。とてつもなくハードルが高そうだ。
生物学科というシャルの胸にも、たしかにエンブレムはあった。銀色の大きな口を開いた獅子のエンブレム。その無数の尖った牙の中には紫色の石がはめ込まれてる。
「……生物学部の場合、専攻してるのが生物科の石が紫で、医療科は青、拷問科は赤、になる……から、エンブレム見たら分かると思う……」
「へえ、かっこいいな」
「ん、僕も、気に入ってるんです……」
えへん、と胸張るテミッド。けれどお陰で赤の石の獅子のエンブレムの生徒には近付かないほうがいいと分かった。
「因みに文学部はグリモアのエンブレム、魔法学部は魔法陣を模したエンブレム、魔界学部は2本のソード。芸術学部は確か……なんだっけ……」
「月だよ、三日月」
ポケットから何かを取り出した巳亦はそれを「これね」と見せてくれた。
三日月を模したそのエンブレムはシンプルだ。空に浮かぶあの月のように厭らしい笑みは浮かべていない。
というか、巳亦がそれを持ってるということは……。
「巳亦って、芸術学部なのか……?」
「あ、似合わねーって思っただろ」
「い、いや……なんか絵とか描いてるイメージないから……」
「芸術学部っていっても内容は色々だからな。俺の場合は紙にじゃなくて、人の肌専門」
「え」
そう言って、巳亦はエンブレムをポケットにしまう。
人の肌ってことは、その、所謂入れ墨とかいうやつなのか……?怖くてそれ以上聞けなかったが、嘘吐いてるようにも思えない。
「彫りたくなったら俺に言ってくれよな」なんて巳亦は笑うけど、おっかなくて俺は何も言えなかった。
「それで、伊波君たちのエンブレムだけど……」
そう、シャルが言い掛けたときだ。一羽の白い鳩が飛んでくる。首には大きな鈴、頭には郵便屋さんみたいな帽子。背中に荷物を背負った真っ白な鳩は、「シャル様、お届け物です」とそれをシャルに差し出した。
「理事長殿からお便りです」
「ご苦労」と、シャルは鳩の頭を撫で、「もう下がっていいよ」と付け足した。
鳩はぺこりとこちらに頭を下げるとチュンチュンと鳴き、来た通路を戻っていく。……そろそろ動物たちが喋るのにも慣れてきた。本当に喋ってるのか、言語中枢弄られたせいかわからないが……。
手にしてみると、見た目よりもずっしりと重い。
ブローチ状になっているそれを、シャルに教えてもらった通りに右胸に着ける。
不思議なもので、それを身に着けた途端なんだか右胸の辺りが暖かくなる……ような気がした。何か魔力的なものでも篭ってるのだろうか。
黒羽も、俺と同じようにエンブレムを着ける。俺よりも様になってるような気がするのは勘違いではないはずだ。
「うんうん、とてもよく似合ってるね。まるでそのエンブレムも君に着けてもらって喜んでいるように見えるよ」
「そう、ですかね」
「そうだとも。これで、君はこの学園の一員だよ。改めて、歓迎させてもらおう、伊波君」
シャルがそう頭を下げたとき、鐘の音が響く。空気を揺らすほどのその音、振動に驚いたとき、「そろそろ一限が始まるみたいだ」と誰かが口にした。
「授業が始まる前に教室に入らなければ、その時間帯の授業を受けることは不可能だ。君たちの場合は初日早々遅刻もよくないだろう。急いだ方がいいかもしれないな」
「急ぐって言ったって、どうしたら……」
「最初は適当でいいさ。……っていいたいところだが、君はまだこちらの世界に慣れていないみたいだしね。ここから先に青い扉がある。そこが、文学部の教室がある棟への入り口だ。まずは、文学部がいいんじゃないか。文字通り、この世界の理について学ぶんだ。いい案だろう?」
文学部……。確かに、五つの学部の中では一番無難そうだ。
俺は、文学部棟へと向かうことを決める。その旨を伝えれば、黒羽は反対するわけでもなく「伊波様の仰せのままに」と重々しく頷くだけだ。
「また後で休み時間頃に迎えに来るよ。頑張ってな」と、巳亦。
「何か困ったことがあれば僕を頼り給え。魔界学部は文学部の隣の棟だよ」と、シャル。
「文学部……そっか、文学部……うーん」と、テミッド。
なんとなくテミッドの反応が気になったが、各々授業へ向かわなければならない。
俺は三人と別れ、黒羽と共にシャルから教えてもらった文学部棟への通路に向かって歩き出した。
塀の側からはあんなに大きく見えたのは坂の上に聳え立っていたからか、それでも、下手すりゃドーム程あるのではないかと思うほどのその和洋折衷混沌とした建物には、たくさんの物の怪たちが出入りしていた。その光景は、大きく開いた口に吸い込まれているかのようにも見える。
どす黒い靄のようなものに覆われたその建物は、俺でもわかるほど、嫌な気で満ちていた。
国立カルネージ学園。
人ではならざるものが暮らす施設。
「……っ、……」
今になって、緊張してきた。
どくどくと心臓の音が加速する。俺は、ここでやっていけるのだろうか。不安になるが、胸に挿さった蒼い薔薇を見ると、不思議と気持ちが落ち着く。
「よし……っ」
行くぞ、と一歩踏み出そうとしたときだ。
「お待ちしておりました、伊波君」
凛とした声が、響く。顔を上げれば、豪奢な校門前、そこには一つの影が佇んでいた。
その姿を見て、一番に反応したのはテミッドだった。「シャル様」と、震える声でその名前を口にする。
目を惹くのはプラチナブロンドの髪、そして、人形のような真っ白な肌に長い睫毛。華奢な手足は同じ人間と思えないほど長く、繊細で。対象的な漆黒の制服に身を包んだその青年は、俺の前までやってくると恭しく頭を下げた。
「僕はシャル。この学園の生徒会長をしております。以後、お見知りおきを」
シャル、と名乗る青年は、人間と同じ構造をしているものの人間離れをしていた。俺の浅い知見でものを言うならば、童話の王子、否もっと手の届かない存在……まるで天使のような、そんな美青年は白い手袋を嵌めた手を俺に差し出してくる。
「……よ、よろしくお願いします」
断われなかった。というか、体が勝手に動くみたいに、気付けば俺は彼の手を取っていた。
直視し難い。けれど、目を離すこともできなかった。
ロボットみたいにぎこちなく動く俺に、シャルはくすくすと笑う。その笑顔もやはり、人間のそれとは違う、どこか無機質で。
「そう肩を張らないで。……挨拶も終わったことだし堅苦しいのはよそう。本当は理事長が来るはずだったんだけどどうも腰の具合がよろしくないみたいでね、この僕が代わりに君を出迎えさせてもらうことになったんだ」
「でも、怪我の功名というやつかな。こうしていち早く君に会えることが出来るなんて役得だな」流暢な日本語に聞こえるのは、和光の施しのお陰だろう。
シャルは無邪気に笑い、そして俺から手を離す。俺は、その笑顔から目が逸らせずにいた。
「堕ちた天使が生徒会長とは……この学園も程度が知れてるな」
その言葉に、ハッとする。一部のやり取りを見ていた黒羽はそんなことを口にしたのだ。
堕ちた天使、ということは、シャルが堕天使ということか。やはり元天使だったのかと思う反面、ここが魔界の最も混沌とした場所だということを思い出した。ああ、そうだ、ここは言わば吹き溜まり。そこの頭ということは。
「ふふ、そう思うだろう? 僕もそれは思ってるよ。僕のような若輩者が頂点なんて任されていいのかなんてさ。けど、あくまでこの学園の元の校則は『弱肉強食』だ。この意味が分かるかい? そこの黒い君」
「なんならここで君を消すことも出来るけど?」そう華が咲いたように笑いながら、シャルは腰に携えていたホルダーから細く尖ったレイピアを引き抜く。それを見たテミッドは、慌てて仲裁に入る。
「しゃ、シャル様……いけません……」
「……冗談に決まってるじゃないか。それに、無益な殺生はナンセンスだからね。弱い者いじめほど詰まらないものはないよ、僕のレイピアが鈍ってしまう」
そう、シャルは鞘にレイピアを戻す。が、それが本意かどうかは解らなかった。
一方、抜刀された黒羽の態度も堂々としたもので。
「黒羽君、この子はこの通りまだ若いからね、怒ったらだめだよ」
「馬鹿馬鹿しい。……こんな餓鬼の言葉を真に受けるやついるのか?」
フォローしてくる巳亦に、まるで真に受けていない黒羽は寧ろ面倒臭そうに息を吐いた。
その餓鬼と言う単語に、シャルのこめかみがぴくりと反応する。
「餓鬼餓鬼って、年下に負けるのが怖いのか?年功序列を嵩に着て、真剣勝負から逃げる。やれやれ、時代錯誤の妖怪連中は本当臆病だね」
天使のようなのは、顔だけだったようだ。
自信満々な言葉の端々から滲む傲慢さは拭えない。けれど、気が長くはない黒羽がこれほど煽られても反応しないということは余程若いのか、それとも。
と、そこまで考えたときだ。いきなり、視界が暗くなる。続いて聞こえてきたのは、羽撃きだ。
「相変わらず口ばっかはよく回るみたいだな、クソガキ」
無数の肉同士がぶつかるような音に混じって聴こえてきた、大きな声。
顔を上げれば、大量の蝙蝠が空から振ってきていて、俺達の間に集まってきた蝙蝠たちはやがて二つの影へと変化する。
現れたのは派手な長身の青年と、少女だった。
青年は、甘栗色の髪に青白い肌をした、貴族のような洋装をしていた。真っ赤な目は怪しく光り、色素を失った唇には笑みが浮かんでいて。
「なるほど、アンタが親善大使様か。まだ小便臭い青二才じゃないか。……こんな子供を生贄に寄越すとは、人間界もなかなか酷なことをする」
すぐ目の前、俺の前までやってきたその男は頭のてっぺんからつま先までを品定めするなり、哀れんだように口にした。
そんな彼の隣、同じく喪服にも似たデザインの真っ黒なミニスカートのゴシックドレスを身につけた少女は目を輝かせながら俺の腕を取る。
薄く、淡い水色の髪を耳の後ろで結んだ、所謂ツインテールヘアーは彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れた。
「ホント、シャルと親善大使君、小便臭い同士が乳繰り合っててかわいー! ねえねえ、アヴィド様、僕この子ほしーい!」
「クリュエル、お前悪趣味がすぎるんじゃないか?」
「えー? そんなこといってアヴィド様ヤキモチ妬いてるんじゃないの? ねえ、君、名前なんてーの? 僕はね、クリュエル。クリュエル=ヴァローネ! ねえ、君の名前を教えて?」
クリュエル=ヴァローネと名乗る少女は、そうぐっと顔を寄せてくる。淡いピンクの瞳に至近距離で見詰められ、心臓がどくりと反応した。まるで、ぐっと心臓を握りしめられたような。
「お、俺は……」
それもほんの一瞬、黒羽に腕を掴まれ、すぐにクリュエルから引き離される。「あっ」と名残惜しそうな顔をするクリュエルはすぐに不服そうな色を滲ませた。
「ちょっと、無礼じゃない? 僕、まだ彼に挨拶してる途中だったんだけどー?」
「何が挨拶だ? 術を掛けようとしていた無礼者がよく言う」
「あ、バレた?」
威嚇する黒羽に、全く動じもせずクリュエルは舌を出して笑う。
「……クリュエル、お前は本当に懲りないやつだな」
「だって、人間でしかも生粋の童貞処女だよ? それも、肉付きのよくて性欲も旺盛な若い肉体。ご馳走じゃん? 据え膳食わぬはインキュバスの恥だよ!」
「恥の塊のようなやつがよく言う」
「あー! アヴィド様ソレ言っちゃだめなやつじゃーん!」
アヴィドと呼ばれる青年は、クリュエルの態度にも慣れている様子だった。
……というか、今、インキュバスって……。何かの本で読んだことがある、インキュバスは確か男の……。
「……お、とこ……?」
どう見ても女の子、それも美少女に分類されるレベルの目の前のそのドレスの少女を指差せば、クリュエルは不思議そうに小首を傾げ、そしてにっこりと笑った。
「そうだよ。僕は一応雄だけど君のご要望ならアナルでここの君の初めてをもらってもいいよ?」
言いながら自分のスカートの裾をたくし上げ、クリュエルは俺の下腹部を思いっきり握ってくる。
俺がその衝撃に耐えきれずに「あふっ」と情けない声を漏らしたと同時に、黒羽の蹴りがクリュエルに放たれた!
が、黒羽の蹴りがクリュエルの脇腹を抉るよりも先にその漆黒の影は無数の水色の蝙蝠となって形を崩し、黒羽から離れた場所でクリュエルは現れる。
「っちょ、ちょっと! 僕が下級悪魔だったら死んでたでしょー?!」
「貴様、このお方に手を出すことがどれほどの大罪か知らんのか」
「えー? だってあれさぁ、曜君に痛い思いさせなかったらいいんでしょ? だから、気持ちよくなっちゃえば合意だよねー?」
そう、悪魔のような不気味な笑顔を貼り付けるクリュエル。どうして俺の名前、と考えて、もしかして術を掛けるためなのかと理解する。背筋が凍るようだった。それ以上に、先程見せつけられたスカートの下の光景を思い出しては顔が熱くなる。
「本当、下品で野蛮な魔族の考えることだよ。品性を疑うね。伊波君、悪いことは言わない。彼らとは付き合わない方が良いよ」
「根性曲がり切った腹黒堕天使様は言うことが違うな。自分を棚にあげるとはな、下品で野蛮はお前だろう、シャル」
「気安く僕の名前を呼ばないでくれないか。汚れる」
「お高く止まった小鳥は相変わらず釣れないな。……まあいい。俺はアヴィドだ。今日は、わざわざアンタの顔を見に来たんだ。……さっきは俺の使い魔が失礼をしたな」
アヴィドは、クリュエルとは対照的で落ち着いた人だった。悪い人ではないのだろうかと思ったが、クリュエルを使い魔にしてる時点でその考えは憚れる。
クリュエルとはまた違う、得体の知れない空気を纏った人だ。見据えられると動けなくなる。例えるなら、和光や京極に似た……。
「伊波……曜です」
「……イナミヨウ、良い名前だな。何か困ったことがあれば、そこの蛇や烏や木偶、小鳥よりも俺を頼るといい。悪いようにはしない」
アヴィドは、俺にだけ聞こえる声でそう耳打ちする。
近くで見れば見るほど、整っている。彫りが深く、鼻筋が通ったその顔立ちは西洋の血が流れてるのだろう。俺が女子ならば卒倒してるに違いない。
俺は「はい」というのが精一杯で、黒羽が何か言おうとしてすぐにアヴィドは俺から離れた。
「行くぞ、クリュエル」
「えー? もう帰っちゃうのー? もっと曜君と遊びたかったのになー!」
「どうせ、制服を着ていないと校舎からは弾き出されるだろ。それともお前だけ着替えに帰るか?」
「それもいいけどぉ、学校行ったら曜君と遊べなくなるから意味ないじゃーん」
「そういうことだ」
どういうことかよくわからなかったが、クリュエルは納得したようだ。最後までぶーぶー言っていたが、アヴィドに頭を軽く叩かれると文句言いながらもアヴィドの後についていく。そして瞬きと同時にたくさんの蝙蝠へと変化し、蝙蝠と化したアヴィドたちはどこかへと飛んでいった。
「本当、いけ好かない連中だよ。……曜君! 友達は選んだ方がいい。そう、僕みたいなね」
シャルが何か言っていたが、蝙蝠の羽撃きによって掻き消されていた。
「この学園はとにかくセキュリティ面が特殊でね、まず制服を着用してること。これを守っていないと学園はその人物を受け付けないからね。この制服は言わば学園の一部と言っても過言ではないと思うね」
「受け付けない?」と聞き返せば、シャルは「ほら、あれ」と大きく開いた昇降口、になるのだろうか、口のように大きく開いた出入り口を指差す。
その時だった。制服を身に着けていない魔物が他の生徒に紛れて入ろうとした瞬間出入り口はその生徒が通った瞬間その口を閉じた。
そう、口。クチャクチャと咀嚼するように歪む扉はやがて一人の生徒、先程の制服を着ていない彼をぺっと吐き出した。謎の粘液で全身どろどろになった彼はそのまま地面の上で転がっていた。
それから、何事もなかったかのようにその口は開いた。そして他の生徒たちをどんどん内部へと誘うのだ。
よく見れば、そのようなレンガの装飾だと思っていたそれは歯のように思えてきた。
「ああやって選別するんだよ。教師や客人も限られてる。登録されていない者は誰一人受け入れない。いいシステムだろう?」
「なんか、すごいですね」
というかあの口に食べられたくないのだが。
「そうだ、忘れていた。君にこれを渡そう」
そう、思い出したようにシャルは制服から何かを取り出した。小さな紙袋に入ったそれを受け取り、中を覗く。そこには薄手の白い手袋が二枚、入っていた。
「理事長からのプレゼントだよ。学園では色々なものがある。君の肌に堪えうるものも。その手袋を嵌めていれば、大抵のものは触れるようになるという優れものだ。大切にし給えよ」
「あ、ありがとうございます!」
「大変だね、人間というのも」
早速両手に嵌めてみる。普通、ごわごわとした感触が気になるのだが、制服同様ぴたりと素肌に張り付くその手袋は、まるで布の感触を感じさせない。試しに黒羽の制服を掴んでみたが、感触も素手と変わらず感じる。
「そのモンスターの皮は防御性の高さと軽さから魔界でもなかなかの高級品でね、その手袋なんてそうそう手に入る物ではないんだ」
「すごい、素手みたいですね」
「聞いてるのかい、君」
それから、シャルからはこの学園のことについて教えてくれた。大体のことは前日に黒羽に聞いていたのだが、実際にその場にいながら説明してもらえるのとはまた違ってくる。
昇降口を通れば、校舎内は酷く豪奢だった。黒と紫を基調にした建物内部。天井からぶら下がるのは大きなシャンデリア。その上を伝って小人達が移動している。足元には制服を着た猫が駆け抜けていく。
たくさんの生徒がそこにいた。
壁には歴代理事長の肖像が並べられており、昇降口を奥に進めばちょっとした広間に出る。
そこの中央には5メートルはあるであろう大きな石像が佇んでいた。
大きな剣を手にした、甲冑姿のその大男。その目は宝石が嵌められているようだ。赤く光るそれは今にも動き出しそうなほどの覇気がある。恰幅のいいその石像の足元には見たことのない字が彫られている。
「その石像が気になるのか」
石像を見上げていると、いつの間にか隣に黒羽が立っていた。
「なんか、すごい目に入って。……この人が理事長なのか?」
「いや、この方は前魔王だ。……血を血で洗うことに喜びを見出し、誰よりも戦うことを好み戦争では常に最前線に立っていた。……今の魔王様とは正反対のお方だ。この学園の理事長も、現魔王様の支持者だ」
「……」
なら、なんで前の魔王の石像をドーンとこんなところに残してるのだろうか。そんな魔王を具現化した魔王が何故急に退任し、その後全く正反対の者がその場にいるのか。気になったが、魔界は魔界で色々あるということか。
あまり、魔王のことについて聞かないほうがいいのかもしれない。なんとなく、周りの空気が変わるのを感じたのだ。
シャル曰く、この学園には大きく分けて五つの学部が存在する。
まず一つ目は、文学部。
史学や、魔界の文学を主に学ぶ学部のようだ。基本的に実技はなく、書を読み、魔界の歴史を主に学ぶという。
二つ目は、生物学部。
名前の通り生物に関する学部なのだが、その中でも魔界の生物の生態を研究する生物科、生態を学び、治癒治療を主に学ぶ医学科、そして、生物の効率のいい痛め付け方を学ぶ拷問科が存在するという。
「医学科と拷問科の連中は対立してるんだ。どっちも体切りつけるのが趣味のくせに変わってるよね、ははは!」とシャルは笑っていたがそりゃ対立するわもいうのが本音だ。絶対に拷問科だけには行きたくない。因みに、テミッドは生物科のようだ。少し意外だ。
それから三つ目は、魔法学部だ。因みに一番生徒が多いのもこの学部のようだ。
ポピュラーな魔術を使用法を学ぶ白魔法科、そして人を傷付けることを目的とした黒魔術を学ぶ黒魔法科と二つに分かれている。黒魔法科にも行きたくないなと思った。
そして四つ目、魔界学部。
人間界で言う経済学部のようなもののようだ。
シャルいわく、魔界への社会貢献と言う名の時期歯車を作り出すための経済科と、時期教鞭をとるためのノウハウを学ぶための教育科、時期魔王になるためだけを目的とした魔王科が存在るという。他にも小さな学科はあるが、この二つが大部分のようだ。
最後は、芸術学部。これは名前の通りのようだ。
芸術全般を取り扱う芸術科と、音楽をメインにした音楽科が存在するという。
「この五つの学部の教室はそれぞれ別の棟に存在するんだ。基本は一番最初に選択した学部とその中の学科の授業を選び、それぞれの教室で受ける形になってるんだよ。因みに伊波君とそこの烏……黒羽君の場合は特例だね。君たちはどこの学部を自由に行き来することが出来る。選んだ学部ごとに胸にエンブレムのブローチが付いてる。ほら、因みに僕のを見てみるといい」
そういって、シャルは自分の胸元を指した。黒地の制服には確かに金色の特徴的なエンブレムが付いていた。
なんか俺の制服と違うと思っていたが、どうやらシャルのただのオシャレではないようだ。
その金色のエンブレムは、クラウン。王冠のように見える。
「僕は魔界学部魔王科だからね。魔王科だけ少し特殊で、魔王科を選んだ場合他の学科の授業は受けれずにずっと魔王科の授業になる。そしてその逆も然り、魔王科を選ばなかった者は魔王科の授業を受けられない。……というわけだから、伊波君たちも魔王科の教室には入れないんだ」
そう口にするシャルはどこか得意げだ。けれど、この魔界の王になるための専攻学科。とてつもなくハードルが高そうだ。
生物学科というシャルの胸にも、たしかにエンブレムはあった。銀色の大きな口を開いた獅子のエンブレム。その無数の尖った牙の中には紫色の石がはめ込まれてる。
「……生物学部の場合、専攻してるのが生物科の石が紫で、医療科は青、拷問科は赤、になる……から、エンブレム見たら分かると思う……」
「へえ、かっこいいな」
「ん、僕も、気に入ってるんです……」
えへん、と胸張るテミッド。けれどお陰で赤の石の獅子のエンブレムの生徒には近付かないほうがいいと分かった。
「因みに文学部はグリモアのエンブレム、魔法学部は魔法陣を模したエンブレム、魔界学部は2本のソード。芸術学部は確か……なんだっけ……」
「月だよ、三日月」
ポケットから何かを取り出した巳亦はそれを「これね」と見せてくれた。
三日月を模したそのエンブレムはシンプルだ。空に浮かぶあの月のように厭らしい笑みは浮かべていない。
というか、巳亦がそれを持ってるということは……。
「巳亦って、芸術学部なのか……?」
「あ、似合わねーって思っただろ」
「い、いや……なんか絵とか描いてるイメージないから……」
「芸術学部っていっても内容は色々だからな。俺の場合は紙にじゃなくて、人の肌専門」
「え」
そう言って、巳亦はエンブレムをポケットにしまう。
人の肌ってことは、その、所謂入れ墨とかいうやつなのか……?怖くてそれ以上聞けなかったが、嘘吐いてるようにも思えない。
「彫りたくなったら俺に言ってくれよな」なんて巳亦は笑うけど、おっかなくて俺は何も言えなかった。
「それで、伊波君たちのエンブレムだけど……」
そう、シャルが言い掛けたときだ。一羽の白い鳩が飛んでくる。首には大きな鈴、頭には郵便屋さんみたいな帽子。背中に荷物を背負った真っ白な鳩は、「シャル様、お届け物です」とそれをシャルに差し出した。
「理事長殿からお便りです」
「ご苦労」と、シャルは鳩の頭を撫で、「もう下がっていいよ」と付け足した。
鳩はぺこりとこちらに頭を下げるとチュンチュンと鳴き、来た通路を戻っていく。……そろそろ動物たちが喋るのにも慣れてきた。本当に喋ってるのか、言語中枢弄られたせいかわからないが……。
手にしてみると、見た目よりもずっしりと重い。
ブローチ状になっているそれを、シャルに教えてもらった通りに右胸に着ける。
不思議なもので、それを身に着けた途端なんだか右胸の辺りが暖かくなる……ような気がした。何か魔力的なものでも篭ってるのだろうか。
黒羽も、俺と同じようにエンブレムを着ける。俺よりも様になってるような気がするのは勘違いではないはずだ。
「うんうん、とてもよく似合ってるね。まるでそのエンブレムも君に着けてもらって喜んでいるように見えるよ」
「そう、ですかね」
「そうだとも。これで、君はこの学園の一員だよ。改めて、歓迎させてもらおう、伊波君」
シャルがそう頭を下げたとき、鐘の音が響く。空気を揺らすほどのその音、振動に驚いたとき、「そろそろ一限が始まるみたいだ」と誰かが口にした。
「授業が始まる前に教室に入らなければ、その時間帯の授業を受けることは不可能だ。君たちの場合は初日早々遅刻もよくないだろう。急いだ方がいいかもしれないな」
「急ぐって言ったって、どうしたら……」
「最初は適当でいいさ。……っていいたいところだが、君はまだこちらの世界に慣れていないみたいだしね。ここから先に青い扉がある。そこが、文学部の教室がある棟への入り口だ。まずは、文学部がいいんじゃないか。文字通り、この世界の理について学ぶんだ。いい案だろう?」
文学部……。確かに、五つの学部の中では一番無難そうだ。
俺は、文学部棟へと向かうことを決める。その旨を伝えれば、黒羽は反対するわけでもなく「伊波様の仰せのままに」と重々しく頷くだけだ。
「また後で休み時間頃に迎えに来るよ。頑張ってな」と、巳亦。
「何か困ったことがあれば僕を頼り給え。魔界学部は文学部の隣の棟だよ」と、シャル。
「文学部……そっか、文学部……うーん」と、テミッド。
なんとなくテミッドの反応が気になったが、各々授業へ向かわなければならない。
俺は三人と別れ、黒羽と共にシャルから教えてもらった文学部棟への通路に向かって歩き出した。
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