人類サンプルと虐殺学園

田原摩耶

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第一章【烏と踊る午前零時】

親善大使で人類サンプル

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 普通に生きて、普通に好きな人作って、結婚して、子供に囲まれて、普通に死んでいく。
 人生なんてそんなものだと思った。

「君が、伊波曜君だね?」

 目の前には、黒い高級そうなスーツに身を包んだたくさんの男たちがいて。その先頭、白髪に近い金髪をオールバックで整えた穏やかそうな中年の男性が静かに俺の名前を呼ぶ。

「話は聞いてるね。私の名前は和光わこう。君を迎えに来たんだ」

 その声、空気は柔らかそうだが、目の奥の冷えた光は常人のそれとは掛け離れている。
 有無を言わせない威圧感。俺に、拒否権など最初から用意されていなかったのだ。
 齢十七歳。普通に生きていたことが、仇になるとは思ってもいなかった。
 母は、泣いていた。幼い妹と弟は母の涙の意味も分からず「お兄ちゃん、ばいばい」と手を振ってくれる。父は、何も言わなかった。
 俺は、それに軽く手を振り返すことが精一杯だった。笑う余裕なんて、ない。
「それでは行こうか」と、和光は俺に微笑みかけてくる。
 家の外にはたくさんのマスコミがいた。焚かれるフラッシュを眩しいとも思わなかった。

 俺は、全世界、七十億人以上の人間の中から選ばれた生贄だ。これから向かう先は、今まで俺が住んでいた場所とは異なる世界。
 魑魅魍魎蠢く、法律も秩序もない、人智を超える世界ーー魔界。そこへ、俺は親善大使として派遣されることになった。
 魔界という存在が認知されるようになったのはつい最近のことだ。地球と宇宙、それだけかと思っていた世界は実は俺達の認識外に二つ存在していた。
 神々が住まう場所、天界。そして、人ならざる住まう場所、魔界。
 どちらにせよ排除するにはあまりにも強大で、人間には到底相手に出来ない存在で。
 政府は、魔界と協定を結んだ。お互いにお互いを助け合い、共存していく道を。裏でどういうやり取りがあったのかは分からない。が、当時幼かった俺はテレビをぼんやり見てはアニメみたいだなと思っていた。
 魔界と人間界は、まずは共存していくためにお互いの文化を学んでいくことにした。
 その一歩がお互いの世界から一人、親善大使を選ぶことで。そしてあろうことか厳選な選出に選ばれたのは俺だった。

「我が王は何もかもが平均の人間というのを求めていた。人間という存在のモデルになるような存在を。全てのデータをまとめ、割り出した結果最も平均値にあったのが君だ。伊波曜君」

 和光の声は耳障りがいい。けれど、頭に入ってこなかった。
 黒塗りの車の中、運転しているのは人間なのだろうか。後ろ姿だけでは分からないが、耳の形が少し尖っているようにも思える。
 和光という男は、人間ではない。恐らく名前も、人間と瓜二つの姿も、流暢な日本語も、全て作ったものだろう。あまりにも、嫌な感じがしなさすぎるのだ。

「……ご家族と最後の挨拶は済んだのかい?」

「はい」と頷き返せば、和光は「そうか」とだけ答えた。
 魔界に行くということがどういうことなのかは、分かっていた。俺が選出されたときに国の偉い人たちが家にやってきて、概ね説明を聞いたのだ。
 魔界での待遇は最上級のものになるだろうということ。残された家族のこれからの生活は全て国が保証してくれるということ。
 ――その代わり、親善大使という役目を果たすことが出来るまで人間界に戻ってくることができない。
 まとめれば、こうだ。最初は、まるで理解できなかった。
 そもそも魔界がどんな世界なのかまだ分からない状況。けれど、絶望した両親の顔を見て、全てを悟った。
 断ることはできなかった。俺が断れば、俺以外の家族に危害が加えられる可能性すらあるのだ。
 だから、俺は、首を縦に振るしか無かった。
 父も母も、きっと断ろうとするだろうから、その前に俺が自分で選んだのだ。
 けれど、いざとその時が来るとなると、平静でいられなかった。

 停車した車から降りれば、目の前には巨大なビルがあった。磨かれたガラスは太陽の光を反射し、中の様子は伺えない。

「さあ、ついてきなさい」

 和光は歩き出す。迷いのない足取りに、俺は地に足がついているのかすら分からない心持ちで必死に後を追うのだ。
 建物の中は広い。ロビーに受付カウンター。まるでどこかのオフィスのような作りに、ここに魔界の入り口があるとは思えなかった。
 和光の姿を見ると、受付嬢も皆、一斉に立ち上がり頭を下げる。和光はそれに応えるわけでもなく、長い通路の奥、存在するエレベーターの前へと立ち止まる。

「これより先は選ばれた人間しか入れない。そう、私と君だ」
「……」
「どうした?」
「……いえ、なんでもありません」

 開く扉。エレベーター内は広い。俺は、和光と共に乗り込んだ。それまで後ろからついてきていた黒服の男たちは、全員エレベーターの前で並び、頭を下げる。
 扉が閉まる。エレベーターのボタンは一つしかなかった。
 階数も何も表記されていない、そのボタンを押した和光。同時にエレベーターは登り始める。
 四角の箱の中。俺は今までのことを思い出していた。大した事件もなく、刺激のない環境の中でのうのうと生きてきた。それを悔やんだことがあっただろうか。
 どれほど長い時間をエレベーター内で過ごしたのだろうか。時間感覚すら麻痺していた。沈黙の中。ただ登っていくエレベーター。外の景色がどんなものか、どこにいるのかすら分からない。
 あと、どれくらい登るのだろうか。そろそろ不安になってきた頃だ。エレベーターが停止する。
 そして、扉が開いた。
 目の前には、真っ白な室内が広がっていた。五百人くらいは簡単に収容できるのではないかと思うくらいの、下手すれば地元のイベントホールよりも広い室内――そこには、人の影すらない。

「あの、和光さん。ここが入り口になるんですか?」

 扉すら見当たらない。本当にここに魔界へと繋がるものがあるのか。不安になって、声を掛ければ和光は「そうだ」と頷いてみせた。

「後は、君の準備を終えれば道は開かれる」
「俺の?」
「ああ、君のだ、伊波君」

 どういう意味だ、と振り返ったときだ。和光の手に、一本の棒が現れる。そしてそれは形を伸ばしていき、鎌が現れた。それは草を穫るような可愛らしいものではない。一振りすれば人の首を切断できるような、鋭利な刃先に、自分の間抜けな顔が反射して映る。

「安心しなさい、すぐに終わる」

 柔らかい男の顔が一瞬、確かに死神に見えた。
 ぐにゃりと歪む視界。先程まで真っ白だった壁が血に汚れた赤黒い壁へと変化し、無人だったはずのそこでは喪服姿の髑髏たちが俺を見下ろし嘲笑っていた。
 ――これは、確かに人間界にはもう戻ってこれなさそうだな。
 頭部が落ちる音を聞こえた、吹き出す赤。
 そして、そこで俺の意識は途切れた。
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