強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

戦闘開始

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 宿屋一階。
 慌てて降りて来れば案の定一階は悲惨なことになっていて。

「クソ、今日はなんつー日だよ……」

 壊れた壁から食堂内を荒らしまくっているモンスターたちの姿に堪らず、伯万がぽつりと漏らした時だった。

「それは同感ですね」
「ミトちん!」
「つーか、ここに来てからろくな事ねえし……」
「頸城まで……ってことは、これ、お前らのせいか!」
「まぁ、寧ろ自分は被害者ですが」
「う、煩いぞ三十三!」

 瓦礫の中から這い出てきた三十三と頸城の姿に一人で戦うことを避けられ安堵するも束の間。

「それにしてもよく見つけて来ましたね。あなた方のレベルでは流石にこの量はキツイと思いますが……良い機会です」

 追い付いた佐藤はモンスターの群れを眺めながらなにやら不穏なことを口にし始める。

「ま、待てよ、お前まさかこの数を……」
「皆さん、至急戦闘態勢に入って下さい」

 もしやと思えばそのもしやだった。
 なんでもないように促してくる佐藤に流石に体力の限界だった三人は青褪める。

「なッ、無理だろこの数!」
「ええ、全滅させることは無理でしょうが『抜き打ちテスト』です。何匹倒すことが出来るのか調べさせて頂きます」
「なるほど、死ぬ前提というわけですね」
「はい、どうぞお好きなだけ死んで構わないですよ」
「お、鬼かよ……ッ!」

 呻く伯万に、佐藤は冷ややかな視線を送る。

「それでは頑張って下さい」

 さっきの仕返しです。そう言うかのように不敵な笑みを浮かべる佐藤。
 この鬼野郎。
 無理矢理押し倒して他のやつらの前で泣かせてやりたかったが、それは後だ。
 涎を垂らし、四方を囲むモンスターたちに向かい直り、手にした長剣を握り締める。
 打倒佐藤を胸にひたすら長剣を振る。
 完全に息の根を止めることは敵わずとも、目や手足などの急所を狙えばある程度相手を怯ませ鈍らせることが出来るということを覚えてからは最初、がむしゃらに長剣を振り回していた時よりも無駄に疲れずには済むようになる。

「っしゃあ!二匹目!」
「伯万さん、いつの間に木の枝が進化したんですか」
「成り行きでな!ミトちんも使うか?」

 喋りながらも攻撃をなんとか塞ぐ三十三は小さく首を横に振る。

「結構です。自分、長物は不得意なので」

 そして、どこからともなく取り出した短剣を目の前のモンスターのコメカミに突き立てる。
 噴き出す緑の血液を被りながらも、それを拭うこともせず三十三は短剣の柄で思いっきりその横顔を殴り飛ばした。

「これくらいの方がやりやすい」

 テーブルにぶつかり、吹っ飛んでいくモンスターに三十三は小さく息を飲んだ。
 元々、三十三とは学園でよくつるんでいた。お互いに専攻している学科は違ったものの、落ちこぼれというところが同じだった二人は特別補習で顔を合わせることになって話すようになる。
 伯万自身も三十三も、魔法など頭を使うものが苦手だったが三十三は接近戦、それも短剣の使いには手馴れていた。そして無駄のなく容赦のない三十三の動きが伯万自身、好きだった。

「ミトちん、相変わらずいい攻撃すんね……っ!」
「伯万さん、余所見は禁物ですよ」
「いいんだよ、俺の後ろはミトちんが守ってくれるから」
「ええ、まあ、そうですけど」

 誰かと背中合わせに共闘なんてどれくらい振りだろうが。
 小等部、それともその前だろうか、お子様遊びレベルの習い事で模擬試合した以来じゃないだろうか。
 そんなことをぼんやり思いながらも、伯万は襲いかかってくる獣の鼻先に剣先を突き立てる。
 柄から直接流れ込んでくる獣の咆哮に腕が痺れそうになるが、構わず深く剣先をのめり込ませた。
 両親から護身のためと習わされた剣術、今となってはもう型すらなってないがなんとなく、自分が夢中になって振るっていたことを思い出す。
 絶命する直前、決まってモンスターの動きは一層激しくなる。
 まるで死力を尽くすかのようなその激しい攻撃を防ぎきったその先、その抵抗が嘘だったみたいに途切れる瞬間が伯万は酷く好きだった。昔も、今も。
 獣の声、充満する濃厚な血の香り。
 文句を言いながらも喜々として刃物を振り回す二人とは対照的に、頸城万里は仔獅子を抱きしめたままその場から動くことすら出来なかった。

「……っ」

 殺らなければ殺られる。
 分かっているが、それでも苦しそうに呻いてるモンスターを見ると何も考えることが出来なくなるのだ。
 自分にできること。咄嗟に、昼間道具屋で買った書物を取り出す。
 契約魔法の方法が載ったページを開こうとした矢先、一匹の獅子がこちらに目掛けて飛んでくる。

「ぅ、わッ!」

 間一髪、鋭い爪を避けきる。
 けれど、そのままバランスを崩してしまい頸城はその場に転倒した。

「ぁ……っ」

 拍子に、手元から書物が落ちる。
 慌てて拾おうと手を伸ばした時、横から伸びてきた白い手にそれを拾われた。

「頸城さん、これ」

 書物を手にした佐藤は頸城の前に座り込み、それを差し出してきた。
 書物を拾ってくれたのが佐藤であることにほっとする反面、なんとなく気恥ずかしくなってしまいろくに相手の目を見ることの出来ぬままそれを受け取る。

「……そんなところで突っ立っていると危ないですよ」
「……分かってるよ、んなこと」
「よろしいのですか、お二人を止めなくて」
「……」

 自分から殲滅を促しておいて平気な顔をしてそんなことを聞いてくるのだから目の前の男が人間ではないことをつくづく思い知らされる。

「頸城さん」

 死にものぐるいで戦っている相手を止める、ということが出来ないことを知っている。
 何かを護るためには犠牲が付き物だということも。それでも、と震える仔獅子を抱き締めた時。
 群れの中、血濡れた一頭の獅子が頸城に向かって大きく吠えた。
 鼓膜を揺らすその低い唸り声に腕の中の仔獅子が小さく鳴く。

「あいつは……」

 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる獅子。
 皮膚に突き刺さる純粋な敵意。
 裂かれた目元は夥しい出血をしてるというのにも関わらず、その足は確かにこっちに向かっていて。

「あのモンスターは……なるほど、その子供の親ですか」

 腕の中の仔獅子が血塗れの獅子に向かって心配そうな声を上げた。
 そんな様子を尻目に、至って冷静に分析する佐藤。
 そして、

「丁度良いです、頸城さん。あのモンスターと契約しましょう」
「はっ?!何言って……」
「弱っている時がチャンスです。ほら、来ますよ、捕縛の準備はよろしいですか」
「ちょ、ちょっと待て!ちょっと待て!」

 まだ心の準備が出来てない。
 そう続けようとするが、勿論モンスターに通じるわけもなく。

「ぅ、ぐ……ッ!!」

 腕に爪を突き立てられそうになり、咄嗟に飛び退く。
 しかし完全に避けきれることが出来ず、衣類ごと腕を避けれた。

「チ……ッ!」

 痛い。
 引き裂かれた腕よりも、胸が。
 仔獅子を親元に返せばいい、分かっているが、今この状態で返すのはまずい。
 興奮状態に陥っている獅子は子供に何をするか分からない。
 もし、仔獅子が踏み付けられればひとたまりもないだろう。
 とにかく、落ち着かせなければ。
 そう思うのに、テンパった頭は落ち着かせる呪文すら思い出せなくて。
 手元の本を一瞥する。今、自分にはこの本しかない。
 痛む腕を無視し、獅子の前に立ちふさがる。真正面、睨みつけてくる赤い瞳を見据えた。そして、深呼吸。

「ごめんな……っ」

 そう呟いたと同時に、地面から無数の鎖が勢い良く飛び出し、次々と獅子に絡み付いていく。
 苦しげな声とともに大きく四肢をバタつかせる獅子。
 契約魔法の基本。相手を完全に服従させること。

「すぐ終わるから我慢してくれ……っ、頼むから……!」

 弱っているとは言えど、一人ではまともに戦える相手ではない。
 創り出した鎖は頸城の意思同様砕けそうになっており、慌てて追加の鎖を創り出すも。

「って、いてぇ!」

 ガブリと、書物を抱えていた手に鋭い痛みが走る。
 書物ごと振り落としそうになった時、噛み付いてくる仔獅子と目があった。
 小さく、獰猛さとは程遠い相貌をしているというのに、自分より大きな頸城に歯向かうその目は確かに親を守ろうとしていて。その真っ直ぐな目が、胸の奥深く、直し込んでいたいつの日かの記憶と重なった。

「……ッ」
「頸城さん?」
「やっぱり、無理だ……ッ」

 捕縛魔法を解除し、ぐったりと地面に横たわる獅子に頸城は駆け寄る。
 獅子の巨大な体には無数の傷ができていて、その過半数は恐らく今の捕縛魔法の鎖のものだろう。
 出来たばかりの生々しい傷跡に息が詰まりそうになりながらも、躊躇いなく頸城はその肢体に触れた。
 瞬間、獅子の体を淡い光が包み込む。

「な、おい、馬鹿何やって……!」
「ああそうだよ、俺は馬鹿だよ!」

 最も得意な回復魔法だが、いつもより力を出せないのは環境が違うからか。
 他の補習生たちの言葉が痛い。
 分かっている、自分のやっていることが愚かだということは。

「……それでも、やっぱり誰かが苦しむのは無理なんだ……っ」

 魔法学校に入学志望したのも、モンスターたちのことが知りたかったから。
 戦って、服従させて、奴隷のように飼い慣らすということを当たり前のように授業で語る学園に馴染むことは出来なかった。
 自分はただ、自分を助けてくれたモンスターたちに恩返しがしたくて、もっと知りたくて、仲良くなりたかった。
 しかし、世間体は人間とモンスターの共存を望まない。
 自分の思想が異端だということも、嫌というほど知らされていた。
 次第に獅子の体の傷跡が消えていく。最初から何もなかったかのように塞がっていく傷に、三十三と伯万が顔色を変えた。

「頸城さん、貴方と云う方は……っ」
「てめーはドMかよ!余計なことばっかしやがって!」

 呆れたような視線も罵声も、頸城にとっては慣れたものだった。
 ここに来て、まともに同世代と話すことになって、少しは何かが変わるかもしれない。
 そう、少しだけ期待していたが、それも恐らく無駄だろう。
 どこに行っても、誰とも相容れることは出来ない。それでもいい、苦しむモンスターを癒せることが出来るのなら。

「もうすっこんでろ!お前が殺さねーなら俺がブッ殺す!」

 そう、長剣を握り直した伯万が踏み込んだ時だった。
 先ほどまでぐったりとしていた獅子は立ち上がり、そして頸城の手を擦り抜けるようにゆらりと伯万に立ち向かう。
 その時だった。
 宙を向いた獅子が大きく吠える。その咆哮に反応するように辺りの空気がビリビリと震動するのを身で感じた。それは傍にいる頸城だけではなかった。

「ぅぐ……ッ!」
「耳が……!」

 慌てて耳を塞ぐ三十三と伯万。
 周囲で蠢いていたモンスターたちも一斉に動きを止めた。
 そして、

「あ、あれ……?」

 その咆哮を合図に、臨戦態勢を解除したモンスターたちはぞろぞろと宿屋を後にする。
 一瞬、何が起こっているのかわからなかった。

「なんで……」

 狼狽える三人の補習生の横、佐藤だけはその様子を無言で傍観していた。
 今までの攻防が嘘だったかのように身を引いていくモンスターたちに唖然としている内に宿屋に静粛が戻る。
 そして、

「……お、前……」

 ただ一匹、その場に残った獅子は頸城に向かい合う。
 圧倒されるその気迫だが、先ほどまでの殺気は感じない。
 蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなる頸城に向かって獅子は「わふっ」と短く一吠えする。
 そして、自らの足元に擦り寄ってくる仔獅子を咥え、獅子は悠然とした態度で宿屋を立ち去った。

 破壊された宿屋の一階。
 何がなんだか分からない伯万たちの間を冷たい風が吹き抜ける中、ただ一人、頸城は胸の中に暖かいものを感じた。
『ありがとう』そう、あの獅子は確かにそう言った。
 人語が話せるわけでもないし自分にそのような能力はない、そう分かっていたが確かに、あの目は。
 思い込みでもいい、今はただ、助けることが出来たという事実に安堵した。
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