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エリア1・始まりの町
02※
しおりを挟む伯万玄竜は考える。
もしかしてこいつ、佐藤健太は自分と同じ人間なのではないのだろうか。
でなければ、この性格の悪さというか根性の捻れ具合は人工知能としてどうなのだろうか。いやしかしいたいけない青少年相手にこの血も涙もないような所業は同じ心を持つとも思えない。
『伯万玄龍のレベルが9に上がりました』
佐藤健太の手によって増殖したスライムをひたすら焼き尽くすこと数十分。
焦げた室内、部屋に充満した硝煙の中、伯万玄竜は死にかけていた。
「っはぁ、はぁ……」
「おめでとうございます、伯万さん」
「うるせえ!サポーターのくせに手間掛けさせやがって!」
いくら一つの魔法を習得したからとはいえ、いきなり連続で使うことの負担は大きかった。
だらだら流れる汗を拭う伯万の元、モンスターがいないことを確認した佐藤がゆっくりと歩み寄ってきた。
「結果的に貴方のレベル向上に繋がったのですから万々歳ではありませんか。ほら、ポイントも溜まってます。食堂でなにか食べてきたらどうですか」
「奢れよ」
「俺が?貴方に?何故?その必要性を感じません」
「……………………」
この性悪ロボと罵る力すら残されていない伯万はなんだかもう言い返す気にもなれず。
無表情の佐藤を見ていると余計、力が抜けていくようだった。
俺は回復してくれないくせに、と心の中で不貞腐れているとぬっと佐藤がこちらを覗き込んできた。
「ともあれ、お疲れ様です。魔法を覚えることが出来ただけでも進歩ですよ」
「……ご褒美」
「は?」
「助けてやったんだから、お礼くらいしろよ」
ダメ元で強請ってみる。
すると、案の定冷めた佐藤の反応が返ってきた。
「助けてやった?敵モンスターから身を守るのは当たり前のことです。わざわざ報酬を強請る意味がわかりません。ポイントなら加算されているはずですが」
「お前をスライムから助けただろ」
「訂正をお願いします。貴方は私欲に走り俺のスライムを放ったままにしていました。助けられた記憶はありません」
「結果的に倒したじゃねーか、一緒だろ」
「違います」
「一緒!」
「違います」
「…………」
「…………」
続く沈黙。
暫く睨み合っていたが、あまりにも動じない佐藤にとうとう伯万は折れた。
「…………お前ほんと可愛くねえな」
「それはこちらの言葉です」
しかも、可愛くない上にああ言えばこう言う。
流石にカチンと来て、「んだと?」と伯万が佐藤の胸ぐらを掴んだとき。
僅かに、一瞬だけだが佐藤の表情が強張った。
「……お前」
「離して下さい」
不自然な反応に違和感を覚えた時、佐藤に腕を掴まれる。
骨ばった指に力が込められ、わかりやすいほどの拒否反応を示す佐藤に伯万は口元を緩めた。
そのまま上着のポケットに手を突っ込めば、そこには佐藤の言った通りポーションが入っていた。
それを取り出し、片手で器用にキャップを開ける伯万に佐藤は目を丸くする。
「なにを……」
「火傷、まだそのままだろ。見せろよ。手当してやる」
「結構です」
「いいから」
「伯万さん」とまだなにか不満そうな佐藤を無視してジャージをたくし上げれば、真っ赤に変色した胸が顕になる。
痛々しいくらいに焼け爛れた痕にそっと手を這わせれば、佐藤の胸が小さく跳ねた。
「……ッ!」
「……」
「……伯万さん、離して下さい……っ」
痛々しいそれとは裏腹に指先に触れる柔らかい皮膚の感触を堪能していると、佐藤の方に限界が来たようだ。
いつもの余裕はどこに行ったのか、耐えられない痛みに眉間を寄せた佐藤は伯万の胸を強く叩いた。
「へえ、まじで痛いんだ」
先程の獅子のモンスターに比べたら佐藤の抵抗は痛くも痒くもない。
レベルが上がったお陰だけではないだろうが、非戦闘型との差はやはり少なくないようで。
むしろ好都合だ、そうにやりと笑った伯万は佐藤の胸元にポーションを垂らした。
「……ぅ……っ」
傾けたボトルからトプトプと溢れる透明な液体は、赤くなった佐藤の胸を塗らしていく。
臍の辺りまで滑り落ちてくるそれを指で掬い上げ、伯万は火傷の痕に練り込むように指を滑らせた。
指が掠った程度でも反応する佐藤が可笑しくて火傷痕の輪郭をなぞるようにポーションを塗り込んでいると、薄く膜を張ったように膨れていたそこが別の生き物かなにかのように蠢き出す。
「そのように、触る必要は」
「こうした方が薬の吸収が早いんだよ、ロボットのくせに知らねーのかよ」
「そんなわけ……っ」
佐藤が何かを言いかけるのを無視して、ミミズが這うようにして爛れたその傷にポーションを絡めた指を這わせれば、僅かに肩を震えさせた佐藤が唇を噛んだ。
「くっ……んぅ……っ」
次々と元の皮膚へ修復していく佐藤の体。
日頃遊ぶか喧嘩してばかりで過ごして生傷が絶えない生活を送っていた伯万にとってポーションは慣れ親しんだものだし、他人の傷を見るのもそれが修復されていくのを見るのも初めてではない。
なのに、何故だろうか。相手が命を持たない無機物だとわかっているからか、必死に皮膚を蘇らせようと蠢く生々しい火傷も、痛みに耐える表情にも、酷く唆られた。
上半身、スライムが這ったところに残ったミミズのような火傷の痕も大分薄くなり、見られるようになった。そのことに内心がっかりしている自分自身に驚きつつ、伯万は脇腹の火傷に触れた。
「あとちょっとだな」
「……ッ!」
瞬間、大きく体を曲げるようにして佐藤は伯万の手を避けようとする。
それを押さえ込み、佐藤の肩を無理矢理掴んだ伯万はその体を壁に押し付けた。
自分の手のせいで身動きが取れず、身を捩らせる佐藤。
再度、開けたその胸に手を伸ばせば、腕の中の佐藤の体が跳ね上がった。
「伯万さ……ッ、やめてください……」
「なんだよ、薬縫ってやってるだけだろ?」
「……ッ」
「それともあれか?佐藤君はただの治療を邪なものだと勘違いしちゃうむっつり野郎かよ」
先程まで睨むようにこちらを見上げていた佐藤の瞳が、僅かに揺れた。
それが困惑だと気付き、機械相手を掻き乱すということに伯万は一種の愉しみを覚える。
「……っしかし、これは……っ」
佐藤がなにか言い掛けたが、構わず伯万はその口元を掌で塞いだ。
この世界はゲームの中で、なにやっても死なない。
少なくとも、こいつは。
「いいから大人しくしろよ、俺が好意でやってやるってんだから」
面倒な補習だと思っていたが、少しくらい楽しませてもらわないと損だよな。
そう自分に言い聞かせるように口の中で呟いた伯万は、もごもごと手の中でもがく佐藤に笑い掛ける。
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