強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

初めての死と戦闘

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 この森林には特徴があった。それは佐藤たちが通っている不自然なくらい綺麗な道だ。そこだけを木々が避けるように生え、道の前には障害物がない。
 まるで誘導されているようで面白くない。その人為的な通路に因幡樂はそんな感想を抱いた。
 それと同時に、一つの疑問を抱く。

「こっちはどうなってるの?」

 そう、これだけ広さがある森林の中なら他の道もあるはずだ。
 そんな興味を抱いた因幡は言いながらふらりと道をはずす。が、その疑問はすぐに解消された。

「あいたっ」

 木々を割るように進もうとした因幡の目の前に見えない壁が立ち塞がる。
 そのバリアに顔面からぶつかった因幡は呻きながら後退り、額を押さえた。

「そこからは侵入不可になっています」
「ってことは、ずっと一方通行?」
「ええ、ここはそのようですね。皆さんは初心者ですからまずは雰囲気に慣れていただけるようという制作者たちの計らいでしょう」
「なんか夢がないっていうか生々しいな……」

 冷静に返す佐藤になんとなく腑に落ちないような様子の因幡だったが、構わず先を進む四人の後ろに戻る。
 そんな崩れた列の先端。佐藤の隣に居た三十三はなにかを見付けたようだ。
 ふと足を止め、斜め後ろからついてくる伯万を振り返る。

「伯万さん、あれ……」

 その言葉に顔を上げた伯万は三十三の示すそれに目を向け、細めた。
 道の先、そこには大きなステージくらいの広さの空き地があり、その中心部には見覚えのある木箱が一つ。そしてその側にはあの果物屋で見掛けた果実が一つ転がっていた。

「あー、ありゃ果物の箱だな。さっきの女が言ってたやつか」
「なんか分かりやすすぎてすげー行きたくねえんだけど」
「行かないと報酬が貰えませんよ」

「日が暮れると行動が面倒ですからなるべくさっさと済ませていただきたいんですが」なにか嫌な予感がするのか、あまりにも渋る伯万と頸城をそう促してみるが頸城の顔は益々不快そうなものになるばかりで。

「じゃあお前行けばいいだろ」

 噛み付いてくる頸城に佐藤は「俺が行っても仕方ないじゃないですか」と淡々と返す。
 そして、一番後ろで傍観していた因幡を振り返った。

「では因幡さん、お願いします」
「ええ、僕?」
「別にモンスターが現れるって決まったわけではありませんし、そのアイテムに近付くだけでいいので」

 かなり嫌々な因幡だったが佐藤に背中を押され、仕方なく言われた通りに果物の箱が落ちている広場に足を向かわせた。

「やだなぁ、こういう役回り」

 四人の視線の中、軽い足取りで中心まで歩いていった因幡は箱の前に屈み込み、そばに落ちていた果実に手を伸ばす。それとほぼ同時に側の草むらが大きく揺れ、因幡目掛けて大きな影が飛び出した。
 それは、獅子のような形をした獣のように見えた。

「因幡さん──」

 モンスターが現れました。
 そう、佐藤が声を上げようとした瞬間だった。
 恐ろしい速さで因幡の背後まで迫ったそのモンスターは大きく口を開き、佐藤の声に反応してこちらを振り返ろうとした因幡の頭部に噛み付く。
 首から上がモンスターの口の中に消え、次の瞬間、ゴキリとなにかが潰れるような音がした。

 一瞬、なにが起こったかわからなかった。突然飛び出してきた獣が因幡樂にかぶりつき、そして、響く咀嚼音。
 みるみると因幡の首周りが赤く染まり、それでも自力で獣の口を抉じ開けようとモンスターの口元を掴む因幡。しかし、ぐちゅりとモンスターが尖った牙を噛み合わせた瞬間、因幡は途切れた。
 モンスターに頭部を噛み千切られた因幡の体はそのままぼとりと地面に落ち、赤に染まるその体が動くことはなかった。
 一部始終を目の当たりにしていた伯万玄竜は全身から血の気が引くのがわかった。
 先程まで普通に話していた人間が今、目の前で食われている。
 口の中に残った因幡の頭部に何度も歯を立て血を啜る獣と事切れた因幡を眺めたまま、伯万は放心した。それは他の二人も同じで。
 ただ一人、旅先案内人の佐藤健太は変わらない無表情でモンスターを眺めていた。

「因幡! おい因幡!」

 顔を青くした頸城はそう因幡に呼び掛ける。しかし、返事は返ってこない。
 その代わりに、どこからともなく機械質な声が響いた。

『因幡樂がパーティーから離脱しました』

 脳に響くような体温を感じさせない放送に、伯万はようやく正気を取り戻した。
 そして、改めて目の前の惨状を目の当たりにする。

「離脱つーかなにあれ、頭ごと離脱してんじゃん」
「それに、今の放送は」
「パーティーメンバーになにかがあったときにお知らせする機能です。レベルが上がったときも伝わるようになっているので聞き逃さないよう気を付けてください」

 そう相変わらず淡々とした声で続ける佐藤に、そんなこと説明してる場合かよと呆れる伯万。
 流石アンドロイドと言うべきか、血も涙もない。
 すると、今の会話が不味かったようだ。不意に、モンスターがこちらを振り返る。
 真っ赤に染まった口許から覗く牙には因幡の髪の毛が挟まり、興奮で充血した黄色いその目は伯万たちを見付けるなり三日月のように歪んだ。笑っている。

「皆さん、戦闘の準備を」
「無理無理無理無理! 今の見てただろお前、頭食われてたって!」
「大丈夫です、イベント終了したら元に戻ります」
「お前それ言っとけばなんとかなるって思ってるんだろ!」

 あまりにも冷静な佐藤に逆にこちらがイラついてくる。
 伯万が声を張り上げたとき、地面を踏み足を馴らしていたモンスターはこちらへと襲い掛かってきた。
 突進。物凄いスピードで迫ってくる獅子の先には伯万がいた。こっち来んじゃねえよと逃げ出したい気持ちになる伯万だったが、今背中を見せたら背後から噛み付かれておしまいだ。諦め、咄嗟に身構えた伯万は真っ正面から迫ってくる獣を見据え返す。
 食べられるまで僅か数メートル。逃げようとしない伯万を丸のみにしようと、モンスターの口が大きく開いた。伯万はその瞬間を見逃さなかった。限界まで開いたモンスターの上顎と下顎のその間に手をいれ、持っていた木の棒を立てる。そして次の瞬間、口の中の木の棒に気付かなかったモンスターは歯を噛み合わせるため勢いよく口を閉じた。
 瞬間、モンスターの口に綺麗に木の棒が挟まる。否、上顎と下顎にその先端が突き刺さった。
 咥内に走る激痛に咆哮するモンスター。ちょうど正面に立っていた伯万にその口から溢れた血が混ざった涎が掛かり、「っう、わッ!」と間抜けな声を上げながら伯万は退いた。
 口を固定することは出来たがいつまで持つかわからない。
 とにかく、他になにかしなければ。そう、伯万が思案したときだった。

「伯万さん!」

 聞き覚えのあるよくしった悪友の声が聞こえてくる。三十三十月だ。
 そう気付いた矢先のことだった。地面に顔を擦り付け、口の中の異物を取ろうとのたうち回っていたモンスターの尻尾の先端にじり、と小さな火がつく。
 そして次の瞬間その火はモンスターの全身へと焼け移り、獅子の形をしたモンスターは身体を焼く火を消そうと全身を地面に擦り付けた。
 足元で転がる火達磨のモンスター。その背後、すらりと伸びた影が近付いてきた。三十三十月だ。どうやらモンスターに着火したのは三十三らしい。

「流石ミトちん、そのままやっちゃって!」
「すみません、今のでMP切れました」
「おいちょっと消耗早すぎんだろどうすんだよこれ」

 苦しむようにのたうち回る獅子だったが摩擦のお陰でその全身を包む火は着実に弱まり、焼けた皮膚を露出させたモンスターはようやく苦しみから抜け出したようだ。
 体勢を立て直したモンスターは牙を剥き、伯万と三十三を睨み付けた。
 口から血を垂らした焦げた獅子は端から見ても分かるくらい弱っていたが、それ以上にむき出しになった敵意に伯万はぞくりと背筋を震わせる。やべえ、すげえ怒ってる。

「モンスターの体力は残り僅かです。トドメを刺してやりましょう」

 広場の中央。
 頭部がなくなった因幡の身体を担いだ佐藤はそう伯万に声をかける。
 その声に、血と緊張感で軽い興奮に陥っていた伯万は「トドメ?トドメだな?」と何度も確認し、口許に笑みを浮かべた。

「っしゃあ、任せろ!」

 そう、震える膝を武者震いだと誤魔化した伯万は近くにあった手頃な岩を持ち上げる。
 重い。が、これが当たれば大きなダメージになるはずだ。そう考えた伯万は構わずそれを振りかぶる。

「うおお!」
「伯万さんせめて魔法を使ってください!」

 冷静な佐藤の突っ込みを聞き流しながら向かってくるモンスターに岩をぶん投げようとしたときだった。
 背後から腕を掴まれ、それを制止させられる。頸城万里だ。

「やめろ伯万!」
「うわっ邪魔すんじゃねえよ!」
「あの子が痛がってるのが見えないのかお前!この人でなし!」

 あの子って面じゃないだろ、あの化け物は。
 あまりにも必死にしがみついてくる頸城に若干引いてしまう伯万に、因幡の身体を安全な場所へと移動させた佐藤は「大変です伯万さん」と声をかける。

「頸城さんが魅了されてます」
「ほんとこいつ面倒くせえな!」

 言いながら岩をしっかり抱き抱えた伯万は頸城の手を振り払い、そしてMP切れでやることもなくなったのでのんびり傍観していた三十三に向き直る。

「おいミトちん、そいつ捕まえてろ!」
「わかりました」
「おい、離せッ!」

 伯万の命令に嫌な顔一つせず頷いた三十三は言われるがまま頸城を羽交い締めにした。
 無理矢理伯万から引き離された頸城。
 邪魔をするものがなくなり、伯万は解放されるがまま駆け出した。腕が痛いがそんなもの関係ない。
 目の前には迫り来る猛獣。

「うおおおお! 因幡の仇いいぃ!」

 テンションが上がり雄叫びを上げながら猛獣に向かって岩をぶん投げる伯万に佐藤は「ちなみに因幡さんはまだ死んでませんのであしがらず」と丁寧な訂正を入れる。
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